「せめて一太刀ミャーー!」
あまりに疲弊し切った体を、脳天の真上からの叫びに叩き起こされた。
私はそれにグンと頭を引っ張られるように上空の方に顔を上げる。目を大きく開いて視線を持っていかれる。フユ、そして敵対しているジュラトドスさえもそちらに意識を奪われた。
「シュカ!?」
私はその正体に疲弊を吹き飛ばされるほどの衝撃を覚える。
シュカがお手製の武器を握りしめて、ジュラトドスに向かって飛び込んでいる。モンスターに対してトラウマを持つシュカにとって、こんな体験をすることはまずあり得ないだろう。そのあまりの恐怖が目の潤みとなって顔にありありと表現されている。
しかしながら、その顔は歯を食いしばり目も相手を捉えてギリッと睨んでいる。そのモンスターを止めようと、一太刀報わんという意志を感じる。
「ミャー!」
シュカはその勢いのままジュラトドスの脳天に直撃。
ジュラトドスの頭が下へと大きく揺れ、体が大きく前に傾く、それを倒れないように支えるべく右足を出す、が、一回でその衝撃は支えきれずに、その後二歩三歩足がふらついているのが見える。
「シュカ!危ないよ!」
フユが思わずシュカに向かって大きく叫ぶ。
シュカはジュラトドスの頭に着地。ジュラトドスの頭はのっぺりとしていてしがみつくために掴む箇所が全くと言っていいほどない。なんとかシュカの持つ武器を頭に軽く刺して、シュカはそこに捕まってぶらんぶらんとなっている。
「ミャミャミャーー!」
シュカがいることになんとか対応しようと、ジュラトドスは頭を左右にぶんぶんと振る。それに大きく振り回されるシュカ。今の頼みの綱は武器が軽く刺さっているだけというあまりに不安なもので、それに死に物狂いでシュカは捕まって泣き叫んでいる。
「バウ!」
奥の方から鳴き声がして、その方向を見ると、シュントが駆けてくるのが見えた。シュカが飛び込んだのを見て一目散に駆けつけてきたのだろう。
「バウ!バウ!」
シュントはその足を止めることなく私たちに数回鳴いて見せる。
「え?乗れってどういう…ってうわぁ!」
私たちが戸惑っていると、シュントは私の股下をそのスピードのまま潜り込み、無理矢理私を背中に乗せる。
ジュラトドスは頭を振るのをやめない。あまりに邪魔に感じたのか、頭を振る勢いに足がふらつくくらいである。しかしながらシュカも懸命にしがみついて離さない。
ジュラトドスは段々とその場に足を止めることが困難になってきたのか、あっちへこっちへと体ごと揺れ動いている。
「あれはまずい…!」
それを見て、同じく無理矢理シュントに乗せられたフユが青ざめる。
「え?それはなぜ…?」
私が疑問を口にするもそれを無視して、
「シュカ、手を離して!」
フユはシュカに向かって叫んだ。
「ミャアーーー!」
シュカがそれに応えてパッと手を離す。丁度ジュラトドスが大きく顔を振ったタイミングで、シュカは大きく空を舞った。
そしてジュラトドスは、その頭を振った勢いを止めることができず、体が大きく横に揺れた。
そして、
ドン!
大きな音を立てて、あの天然ダムにぶつかった。
もちろんその衝撃にただでさえ脆い天然ダムが耐えるはずもなく、その天然ダムはそこから大きく崩れる。奥からは大量の土石流。それがジュラトドスを大きく包み込むように溢れて襲い掛かる。
大きく空を飛んだシュカをシュントはしっかりキャッチ。シュカの背負うリュックを口で咥え、そこでブランとなるシュカ。
ただ、そこで一息つく暇がないことはもう分かり切っていた。
ジュラトドスを襲った土石流。それがジュラトドスのみを襲うだけで止まることはない。堰き止められて溜まっていた泥水の量は尋常じゃない。それが私たちの方にも勢いをそのままに流れてくる。
「シュント!全速力!」
私はそれに反射的に声をかける。シュントはそのままありったけの力を持って駆け続けた。
結局、少し高度の上がる傍道に入り込むまで、数分ほど自然を相手に追いかけられていた。
「……これはまたすごいね…」
フユがそれを見て呆然としている。
「…うん、すごいね……」
私もそれを見て、さすがに驚かないはずがなかった。
先程私たちを追いかけていた土石流、それが未だに動きをとどめていない。私たちが脇道に逸れておよそ数分、元々浅いだろうと私たちが通ってきた道にこの粘土色の濁流が音を立てながら流れている。私たちが通っていたあの道には確かくるぶし、脛辺りまでしか水深がなかったのに。今は大の大人三人分くらいの深さがあるように見える。最も、それ以前にこの濁流、ジュラトドスが容易く転がされ流されるほどの力を持っているので、とても入ってみる気にはならない。
「ジュ、ジュラトドスは、どうなったんですかミャ?」
シュカが私たちにそう問いかける。先程の体験のせいで今は腰が抜けて動けず、結局シュントの背中にうつ伏せという形で落ち着いている。
「うーん、彼奴も伊達に水中に住んでないだろうから、あれぐらいじゃ死なないとは思うけど…」
フユが顎に手を当てて思案して見せる。
「…まぁ、少なからず、僕たちへの脅威は去ったと考えていいとは思う」
フユは、そう結論づけた。
「よ、よかった、ですミャ…」
シュカのその声は、色々な意味で力が抜けていた。
続けて、
「シュカは、オトモとして、働けましたかミャ……?」
シュカがそういう風に声をかけてきたので、
「そりゃあ、今日のMVP、私たちの命の恩人、…すごく助かったよ」
私はそう返した。
「それは、よかったですミャ…」
シュカは、トロンと笑顔を作ってみせた。