『幻想世界ウマネスト』~最強大魔王降臨!?~ 作:れいのやつ Lv40
「えへへ〜、みんなやる気まんまんだね〜」
勇者パーティの面々はにこやかに微笑むウララに向かって駆け出した。いや、駆け出そうとした。
「あ、あれ?」
足を踏み出して一歩進む。その歩みはとてつもなく遅い。
まるで自分の体ではないような感覚さえ覚える。
「ふ、二人とも! これって……!」
「甘く見ていたわけではありませんが、『適性Gの世界』がこれほどまでに辛いなんて……!」
「で、デタラメすぎるネー!?」
重い体を必死になって持ち上げようとする彼女たちを見て、ハルウララが楽しげに笑った。
「みんな大変そうだねー。ウララはこれが普通なんだけどねっ!」
ハルウララは生まれた時から、適性『G』を、最低の才能を与えられて育った。だから、身体が重く感じたこともないし、息苦しくなったこともなかった。彼女にとってはこの世界こそが『現実』であり、当たり前の世界なのだから。
「ぐぅう……! ど、どうすれば……」
「こっちに来れないなら、ウララからいっちゃうよ~?まずはグラスちゃん!」
ハルウララは軽やかなステップで一気に距離を詰める。そのスピードは異常で、グラスワンダーの反応が遅れるほどであった。
(違う……! ウララさんが速いんじゃない……! 私が遅くなっているだけだわ!)
だがその事実に気づいたところで、どうすることもできなかった。ハルウララがグラスワンダーの懐に突進してその勢いのまま抱きついた。普段なら容易に受け止められていたはずのそれに、グラスワンダーは為す術もなく吹き飛ばされた。
「きゃあっ!?」
勢いのついた体は止まらず、そのまま地面に叩きつけられる。
「うぐぅ!?」
「グラスちゃん!?」
「よくもグラスを! ウララといえど容赦できないデース!」
エルコンドルパサーが怒りに任せてハルウララに飛びかかるが、しかしハルウララは体を傾けるだけであっさりとかわしてしまう。
「えっ、嘘っ!」
「みんなの動きがいつもよりよーく見えるよ!」
ハルウララは今まで自分より遥かに適性の高いウマ娘たちの動きを見てきたのだ。自分と同レベルまで落ちた相手ならば、見切ることは容易だった。
「エルちゃん、めっ! だよ!」
「はぶっ!?」
ハルウララは出来の悪い子供を叱るかのようにエルコンドルパサーの額をぺちっと叩く。暴力にすら達していないそれはしかし、どういう原理か彼女を吹き飛ばすほどの威力があった。エルコンドルパサーは地面の上を転がり、目を回して動かなくなってしまった。
「エルちゃんまで!? そんな……!」
「スペちゃん、逃げてください! あなた一人で勝てるはずがありません!」
「大魔王からは逃げられないんだよ〜?」
ハルウララがいつも通りのゆっくりとした走り──今のスペシャルウィークにとっては速すぎる速度で迫る。
「どーん!」
「へぶっ!?」
反応する間も無く、口に出した擬音からすればいささか弱い威力でハルウララはスペシャルウィークの背中を押した。子供のじゃれあいのようなそれだけで、スペシャルウィークは地面に倒れ込んでしまう。
「やったあ! ウララのかちー!」
スペシャルウィークを地面に倒したハルウララは、嬉しそうに両手を合わせてぴょんぴょん跳ねている。さっきからハルウララは普段の日常の延長のような攻撃とも疑わしい行動しか取っていない。ただそれだけで、彼女はウマ娘三人を相手取って圧倒していた。
「う、うそぉ……私、こんなに弱かったの……?」
スペシャルウィークは自分の身体能力の低さに愕然としていた。彼女はこれまで、自分が弱いと思ったことはない。むしろ、自分がウマ娘として優れた才に恵まれていることも自覚していた。だが、その才能を最低に落とされれば、自分はこれほどまでに弱い存在なのか。今までどれだけ自分の才能に助けられていたかを実感させられた。
そして、同時に悟った。今の自分たちでは、ハルウララには絶対に勝てないということを。
(ふ、踏んできた場数が違いすぎる……!)
彼女は戦慄した。ハルウララは現実より強くなっているわけではない。ただこちらを自身と同じレベルにまで落としただけ。だが、ウマ娘としての恵まれた才を当然のように持って過ごして来た三人と、秀でた才も無く、最弱のウマ娘として日々を歩んで来たハルウララとの間には隔絶した差があった。三人が当たり前に持っているものを、ハルウララは生まれながらに持っていなかった。それに何の疑問も覚えずに彼女は今日まで生きてきた。
文字通り、生きてきた世界が違うのだ。ハルウララは『持たざる者』だけが適応できるこの世界の王。『持てる者』であることを当然として日常を過ごしていた彼女たちでは、ハルウララに敵う道理などなかった。
「まだ、負けていません……!」
気丈にも、グラスワンダーが立ち上がった。それを見たゴールドシップは感心するように呟いた。
「まだ立つのか。でももうわかってんじゃねえか? お前らじゃ……いや、この世界じゃ誰もウララには勝てねぇって」
「……そうかもしれません。それでも! 私は諦めたくありません!」
「……そうかよ。なら見せてもらうぜ。この世界の支配者にどう立ち向かうのかをな」
ゴールドシップはニヤリと笑った後、静かにその戦いを見守ることにした。
「グラスちゃん、大丈夫なの?」
「はい、これくらい問題ありません。それよりも……」
グラスワンダーは杖を掲げて呪文を唱える。
「来たれ、癒しの力、我が手に集え! 『ゲインヒール・スぺリアー』!!」
その瞬間、三人の全身に暖かい光が満ち溢れる。
「体が軽くなっていくデス……!」
「すごい……!」
三人の体が癒えていく。しかしグラスワンダーは首を振った。
「これは『適性G』まで落ちた影響で本来使用不可能な魔法を全魔力を消費して無理やり発動させたものです。効果はほとんどないでしょう」
本来のステータスであれば、体力を回復させるどころか全員を全快させるほどの効果を持つはずの回復魔法は、今の彼女の力では雀の涙程度の効力しか発揮できない。グラスワンダーは歯噛みした。
「だからなんですか! 私たちはまだ負けてません! これからウララちゃんに勝つんです!」
「そうデース!」
しかし彼女たちの心は折れていなかった。ハルウララを倒すために再び立ち上がる。
「二人とも……ありがとう……!」
そして、三人は一斉にハルウララに向き直る。しかしやはり、わずかでも癒えたはずの体は普段とは比べ物にならないほど重く感じられた。
「ウララさんと私たちの間には絶対的な差がある。どうにか、その差を埋めなければ勝ち目はありません」
グラスワンダーの言葉に、二人が頷いて思考に耽る。ハルウララはその様子を不思議そうな顔で眺めていたが、やがてにっこりと笑って言った。
「まだみんなで遊ぶんだね! いいよ! ウララ、まだまだ遊び足りないから!」
「「「……」」」
その言葉を聞いた瞬間、三人の背筋に冷たいものが走った。薄々察していたことだが、彼女はこれを戦闘と認識していない。ただの楽しいお遊戯会程度にしか思っていないのだ。
(……ウララがやべえのって、こんな能力じゃなくてあの精神性の方なんじゃねえか?)
ゴールドシップはハルウララの真の恐ろしさを垣間見た気がした。ハルウララは戦闘という行為を全く理解していない。だからこそ、三人はこの程度で済んでいる。もし彼女が戦うということの意味を理解していたならば、今頃スペシャルウィークたちはとっくにゲームオーバーになっているだろう。それは彼女の明確な弱点であり、同時に相手を絶望に叩き落とすものでもあった。
それはひとえに、ハルウララの常軌を逸した精神性。ハルウララは自分の理解が決して及ばない相手であっても、嫉妬も、嫌悪も、恐怖もしない。誰に何を言われようと、どんな状況に置かれても動じない。彼女は悪意を悪意と認識しない。敵という存在は彼女の世界にいない。
故にハルウララは傷つかない。恐怖を知らない。嫉妬を知らない。嘆きを知らない。純然たる無垢。狂気すら孕む純粋さ。ある種の境地にすら至っているそれこそが、最弱のウマ娘というベールに隠された、ハルウララという少女の本質だった。