「正確には『担当ウマ娘の好意を数値化するメガネ』さ。我ながら面白いものを発明してしまったものだよ、はっはっは!」
「なにわろとんねん」
朝5時、まだ朝日が頭すら出していない時間帯。
いきなりタキオンから電話が入り、彼女のラボに呼び出されたと思ったらこれだ。
高笑う彼女と未だ寝ぼけている俺の間に置かれた一つのメガネ。一見何の変哲もない普通のメガネだが、タキオン曰くこのメガネをかけるとウマ娘の好感度が見えるらしい。なんだこれは……たまげたなぁ。
「なんだいトレーナー君。世紀の発明品を目の前にしているのに、随分とリアクションが薄いじゃないか。もっと驚いてくれたまえ」
「……まだ寝起きだからな……いろいろと理解が追い付かないんだ。えーっと、何だ。結局のところ、俺はなんで呼び出されたんだ」
「もちろん実験さ。トレーナー兼モルモット君には今日一日、このメガネをかけて生活してもらう」
「……ん? それだけでいいのか?」
タキオンの言う通り、俺は彼女のトレーナーでありモルモット。拒否権など存在しない。
故に実験という言葉を聞いた段階で腹を括ったが、その内容は拍子抜けするほど優しいものだった。
「君は普段通り生活すればいい。メガネから得たデータは直接私のPCに転送される仕組みになっているから問題はない」
「……いろいろとハイテクなメガネだってことはわかった。どれ」
タキオン製メガネを手に取って、実際にかけてみる。
かけた感じは普通の伊達メガネだが、レンズ越しに見えるタキオンの頭の上には『54』の数値が浮かんでいる。
これがタキオンの好感度か。これはまた感想の難しい微妙な数値だな…そもそもどういう仕組みで好感度を算出してるんだこれ。
「タキオン、54って見えるんだけど、これって高いのか?」
「普通だね。50が中央値だと思ってくれていい。私はトレーナー君のことを目が合えば挨拶する程度には好意を持っているみたいだ」
「それただの社交辞令では?」
「今回表示される数値は厳しめに設定しているからね。60もあれば信用されていると素直に喜んでいいよ。それじゃあ私は別の準備があるから、今日はよろしく頼むよモルモット君」
タキオンはそう言い残すととラボの奥に消えていく。
…………まぁ、いつもの実験(発光モノ)に比べてば大したことない内容だし、気楽にやろう。みんなが俺のことをどう思っているか知る良い機会だと思おうじゃないか。そうしよう。
というかタキオンの奴、何を思ってこんなメガネ作ったんだよ……。
*———————*
「「おはようございまーす」」
「ああ、おはよう」
廊下ですれ違う、俺持ちじゃない数人のウマ娘たちから挨拶をされる。その頭に数字は浮いておらず、タキオンの説明は本当だったんだと理解する。
これが無差別に好感度が見えるメガネじゃなくて本当に良かったと思う。寝起きの頭じゃ考えもしなかったがこのメガネ、かなり危険な代物だ。下手したらウマ娘不信にもなりかねんぞ。
もしもみんなからの好感度が低かったらどうしようという不安が、いまさらになって心に募ってくる。
いや、おちつけ俺。みんなと過ごした練習の日々を信じろ。長い時間かけて培ってきた俺たちの絆は本物だ。大丈夫、きっと高い数字が見えるはず。
「あっ! おはよートレーナー!」
そう自分に言い聞かせていると、聞きなれた元気な声が俺の耳に届く。
この声は、そう。トウカイテイオーだ。普段から娘の如く可愛がっているテイオーだ。好感度が低いはずない!
「ああ、おはようテイオー。今日も元気いっぱ……んん?」
「メガネかけてるなんて珍しいねー! いつもより賢く見えるよ!」(1260)
おっ、バグかな?
目を擦ってもメガネのレンズを擦っても、テイオーの頭の数字は変わらない。50が中央値じゃなかったんですかタキオンさん。
『失礼だね、50が中央値だと断言した覚えはないよトレーナー君』
「うおっ!? 何だこの声!」
『私の声はこのメガネをかけている者にしか聞こえないようになっている。テイオー君には上手く誤魔化したまえ。しかしまぁ……さっそく面白い結果がでたねぇ』
「んー?? どうかしたのトレーナー?」
「い、いや。なんでもない。ちょっと耳鳴りがな」
脳に直接語りかけてきたタキオンに驚きながらも、テイオーを誤魔化す。このメガネ、通話機能も付いてるのか。何でもありかよアイツの発明品。
「(おいタキオン。テイオーの数字がさっそくバグってるんだけど、もしかして故障か?)」
『残念ながら故障じゃない。至って正常に機能しているよ。君の目に見えているのは紛れもない事実さ』
「(でも1260って……いや極端に低いよりは嬉しいけども。そもそも100が天井じゃなかったのか)」
『下限は0だけど、上限の設定はしていない。でもこの結果は私も予想外だ、そしてトレーナー君、君はもっと危機感を持った方がいい』
「(えっ?)」
『今回の設定上、100ならトレーナーのことが好き過ぎて夜も眠れない程度の好意なんだ。しかし、テイオー君のはその約12倍。いつどこで拉致監禁からのうまぴょいコンボをきめられてもおかしくない程度の好意だ。夜道には気を付けたまえ』
何やら物騒なことを言い始めるタキオンだが、いやいや、流石にそれは言い過ぎたろう。
俺にとってテイオーは天真爛漫を
「耳鳴り? トレーナー調子悪いの? しっかり休まないとだめだよ!」(1260)
「わかってるよ。心配してくれてありがとな、テイオー」
「もー、あんまり子ども扱いしないでよー」(1480)
テイオーの頭を撫でる。口では嫌々言っているが、テイオーの顔は嬉しそうににやけている。同時に好感度も200ぐらい上がったが、まぁ気にしなくていいだろう。
そして見ろ。この邪心の邪の字も見当たらない無垢な笑顔を。こんな娘がそんな物騒な真似するはずないだろ!
そう思いながらテイオーの頭を撫で続けていると、俺のポケットに入っていたスマホが鳴りだした。
取り出して確認すると、相手は桐生院さん。はて、何用だろう。
「もしもし? どうかしましたか桐生院さん」
「突然すみません。午後からのトレーナーミーティングについてちょっとお話が……」
トレーナーミーティング。読んで字のごとく、トレーナー同士の交流会みたいなものだ。
話を要約すると、ミーティング場所に変更があったみたいで桐生院さんは電話してくれたみたいだ。
「そうでしたか。ご連絡していただきありがとうございます」
「いえいえ。あと、これは別件なのですが……最近ミークが気に入りそうな喫茶店を見つけたんです。もしミーティング後にお時間があれば、一緒に偵察に行きませんか!」
「へぇ。それは是非ご一緒にいいい゛い゛い゛!?」
突然、右腕に走る激痛。痛みのあまりスマホを落としてしまい、通話も切れてしまった。
俺の右腕を握るのは、テイオーの小さな手。しかしその力は人間の何倍も強い。
「ちょ、テイオー? どうした急に? 瞳のハイライトはどこに置いてきた?」
「トレーナー? ボクね、トレーナーの隣はウマ娘が一番似合うと思うんだ」(1480)
「お、おお…そうか。そう言ってもらえるとトレーナー冥利に尽きるな」
「トレーナーの隣はボクが一番似合うと思うんだ」(1530)
「痛たたたた!? テイオー痛い! テイオー痛いって!」
「トレーナーの隣はボクだけのものだ。ずっとずっとずっとずっと!」(1720)
好感度が上がるほどに強く握られる俺の腕。あれ、このメガネ、実はスカウター?とか思ってる場合じゃないぐらい痛たたたたた!?
『ほら見たことかトレーナー君。ここがトレセン内じゃなかったら、今頃君はテイオーにわからせられていただろう。……いや、病むほどに愛されるのもトレーナー冥利に尽きるのかな?』
「(そんなわけあるかい! テイオーはどうしちまったんだ!)」
『本当にわからないのかい? 意中の相手が別の女からデートに誘われたんだ。腕の一本や二本へし折りたくなる衝動に駆られるのは至極当然の事さ』
「(そんな当然ある!?)」
そんな当然信じたくない。信じたくないが、テイオーに握られてミシミシベキベキと音を立てる俺の腕が『信じたほうが身のためやで?』と身を挺して訴えかけてくる。なんてこったい。
「ねぇトレーナー。今夜トレーナーの部屋に遊びに行ってもいい?」(1720)
「痛い痛い! いったん腕を離してくれたら考えてやる! あと理由も聞かせてくれ!」
「それはもちろん…………えーっと、あっ!そうそう! もうすぐテストがあってさ! 苦手な教科があるから教えてほしいなーって!……保健体育とか」(1720)
ハイライトもなく、瞳孔を開いたままテイオーはそんなお願いを口にする。
俺は難聴系主人公じゃないからテイオーが最後にボソッと呟いた一言も聞こえてしまった。もしもテイオーを自室に招いたら最後、俺は二度とお天道様を拝めなくなってしまうだろう、いろんな意味で。
くっそぅ……ウマ娘に好かれるのはトレーナーである身として嬉しいはずなのに、どうしてこうなっちまったんだ。テイオーに限らず、俺はチームのみんなと健全で良好な間柄を築いてきたと思っていたのに……!
『……おそらく、そう思っているのはトレーナー君だけだと思うよ』
「(ん? 何か言ったかタキオン?)」
『いや何も。それより今は目の前に集中したまえ。命がかかってるんだから』
そういえばそうだった。俺の右腕はもう感覚を感じない程度に逝っている。次は
「ねぇトレーナーいいでしょ? 別に無理なら断ってもいいんだけどー……夜道には気を付けた方がいいかなー?」(1720)
「にんじんハンバーグ作ってお待ちしてやるから楽しみにしとけ」
「ほんと!? やったあ!」(1800)
ようやく俺の腕を離し、大袈裟に万歳しながら喜ぶテイオー。
しかし瞳に光は未だ戻らない。というか途中から瞬きすらしてない。お願いだからルドルフに憧れて輝かせていたあの頃の瞳に戻ってくれ。
「えへへ、夜が楽しみだなぁ……! なんだか身体が熱くなってきちゃった! 発散するためにちょっと走ってくるねトレーナー!」(1860)
「お、おう。でも今日はせっかくのオフ日だからな。ほどほどにしとけよ」
「わかってるわかってる! えへへー、無敵のテイオー伝説、いよいよ今夜スタートだー!」(1900)
テイオーはルンルンとスキップして俺の前から去っていく。
ただの立ち話で好感度が600ぐらい上がったんだけど、俺は一体どこで何を間違えたのだろう……。
『しょぼくれている所悪いが、いいのかトレーナー君、あんな約束をしてしまって』
「仕方ないだろ! ああでも言わなきゃ離してくれそうになかったし! 夜までに対策を練らないと……!」
事実は受け止めなければならない。
テイオーがあれほど俺を想ってくれていたことに気づかなかった俺にも非がある。彼女の暴走は必ず止めて見せる! Not拉致監禁! Notうまぴょいだ!
「そんなわけでタキえもん。何か良い案はない?」
『自分で考えなよ』
「そんな!」
『君たちのうまぴょいには興味ないからね。引き続き実験の方を頼むよ、モルモット君』
引き続きって……言われてみれは今日はまだテイオーとしか会ってないな。
俺が受け持っているウマ娘はテイオーとタキオンを含めて6人。今日は練習のないオフ日だが、授業を受けるために残りの4人もトレセンには来ているはずだ。
あの4人なら面倒事になることはないだろう。きっとテイオーが特別だっただけだ。思春期とかいろんなものが拗れてああなってしまっただけに違いない。うん、ポジティブにガンガン行こう。
『その後トレーナー君の姿を見たものはいない……って展開にならないことを祈っているよ』
「はっはっは。ならないならない」
※なります