トレーナー「好感度が見えるメガネ?」   作:アシスト

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2.何とかならない

 

 ウマ娘のトレーナー職は給料が良いし、何よりやりがいに満ち溢れている。ウマ娘たちと切磋琢磨し、多くの観客が集うレースに勝たせることができたときの達成感は、言葉にできないほどだ。

 

 その分、ブラック企業も二度見するほど真っ黒に忙しい。

 基本的に俺達には休日というものが存在しない。彼女たちに休みを取らせても、練習メニュー作成やレースへの申し込み、理事長に提出する資料作成等々、トレーナーはやるべきことが非常に多い。あーあ、その辺ボタン一つで出来るようにならないものかね。

 

 そんなわけでだ。タキオンの実験に付き合ってやりたいのは山々だが、俺にもやるべきタスクがある。先にそっちを片付けてからじっくり付き合おうとするかね。テイオーの件もあるし。

 

『えー……トレーナー君、私の実験を優先してはくれないのかい?』

「お前たちのための仕事だからな。こればっかりは仕方ないと割り切ってくれ」

『じゃあさっさと終わらせたまえ。実験時間は有限なんだ。ほら、はーやーくー。はーやーくー』

「うっさい。一回メガネ外していいか」

『外したら【トレーナー君とゴールドシップ君が夜な夜なずきゅんどきゅんしてるって噂知ってる?】ってメールをテイオーに送っちゃうよ?』

「あー! このメガネめっちゃかけ心地いいわぁー!」

 

 

 

 

*————————*

 

 

 

 タキオンに茶々を入れられながらも、山ほどあった仕事は昼前には全て終えることができた。これが火事場のウマ力ってね。

 

 かなり体力を使ったし、少し早いけどカフェテリアで昼食を取ろう。そういえば最近新メニューが追加されたとか聞いたな。それを頂こう。

 

「モグモグ……モリモリ………やはりここのご飯は美味しいな。箸が止まらないよ」(83)

「いい加減止めたれやオグリ。食堂のおばちゃんら、肩で息吸いながら涙目でごっつこっち見とるで」

 

 カフェテリアに入ると、視界に映ったのはオグリキャップと山のように積まれたどんぶり。きっとタマモクロスも一緒にいるんだろう、どんぶりの山に隠れてピコピコ動いている耳しか見えないけど。

 

 オグリは俺の担当ウマ娘の一人だが、頭の数字は『83』。

 解説のタキオンさん、この数値どう思われます?

 

『80台か。トレーナーの衣類をパジャマや枕にすることに一切の躊躇いを持たない程度の好意だね。愛されているねぇ』

「(なるほど)」

 

 いや「なるほど」で流せるレベルじゃねぇだろ俺ぇ…。

 最初のテイオーがバグっていたせいで、80台でその程度なら「まぁええんとちゃう?」と思ってしまう自分がいる。感覚狂ってますわコレ。

 

 2人はまだ俺のことに気が付いていないようだ。

 どれ、バレないように近づいて、少し驚かしてやろう。オグリの驚き顔ってあんまり見たことないし。ふっふっふ。

 

「しかしオグリ、いつにもまして食うてへん?今日は練習休みのはずやろ」

「ああタマ……実は少し悩み事があってな。そのせいかな、あまりにも食事が喉を通ってしまうんだ」(83)

「逆やろ普通! せやけどオグリやからなぁ……で、悩みって何なん?」

「トレーナーの事を考えると、お腹が空くんだ」(160)

 

 雲行き怪しくなってきたね。

 今オグリの好感度が跳ね上がったように見えたんだけど、気のせいだと思いたい。だってまだ何もやってないよ俺?

 

 トレーナーとして、担当ウマ娘に悩みがあると言うのなら聞き捨てならないのだが、俺の第六感が『あかんあかん! 知らない方が幸せなこともあるんや!』と全力でそれを拒否しようとしてくる。

 

 だが時間は待ってくれない。オグリとタマモの会話は止まることなく続く。

 

「なんやそれ。どういう理屈やねん。オグリのトレーナーはそない美味しそうに見えるんか」

「ああ、美味しそうなんだトレーナーは」(1200)

「……いやいやオグリ、今のはタマちゃん渾身のボケやって。同意されてもヒジョーに困るんやけど」

「そうなのか? でも本当なんだ。こうやって何か食べていないと今にもトレーナーを食べに行きたくなってしまう」(88)

「オグリん!? それ意味わかって言うとる!?」

 

 一瞬オグリの好感度がテイオーにも劣らない数字に見えたのは、きっと寝不足か妖怪のせいだろう。

 

 ふーん。オグリは俺が美味しそうに見えるのかぁ。

 まったく、食いしん坊さんだなぁオグリは。俺の顔がタコ焼きにでも見えてるのかねぇ、あっはっは。

 

『つまりオグリ君はトレーナー君への性欲を、同じ三大欲求である食欲を増加させることで誤魔化しているわけだ。なかなか興味深いね。ちなみに1200は部屋中に隠し撮りしたトレーナーの写真を張り付けて快感を覚える程度の好意だ』

「(やめろォ! 折角考えることを放棄していたのに現実を突きつけるのやめろォ!)」

『頭を抱える気持ちもわからなくはないが、データ採取はまだ始まったばかりだよ。さぁ、オグリ君に話しかけたまえ』

 

 メガネから聞こえる死刑宣告にも近い命令。

 い、いや待て。おちけつ、おちけつ俺。頭を冷やして考えてろ俺。

 

 相手はあのオグリキャップ。彼女の辞書にはレースと食欲以外の言葉はないと言っても過言じゃない。タキオンはああ言うが、オグリは真面目な顔をしてボケを言うタイプの天然ボケボケウマ娘。性欲が存在しないが故に食欲が過剰気味になっている、という希望的観測もできるのではないか?

 

 そう考えると、声をかけても何も問題ない気がしてきた。寧ろ今話をして、しっかり悩みを聞いてあげるべきだろう。こういうことは後手に回すと話が拗れるからな。

 

 俺は意を決してオグリの背後に立ち、声をかける。

 大丈夫、オグリを信じろ。

 

「よっオグリ。今日もたくさん食べてるな」

「やぁトレーナー。今日も美味しそうだな」(1400)

 

 いやダメかもしれん。

 

「おお、噂をすればオグリのトレーナーやん。なんやなんや、タマちゃんには挨拶なしか?」

「おっ、いたのかタマモ。どんぶりの山で見えなかったよ。ちっちゃいから」

「だれがドチビや! はったおすで!」

 

 タマモは俺を慕ってくれている後輩(男)のウマ娘。オグリと一緒にいることも多いし、担当ウマ娘以外ではかなり交流があるほうだ。関西弁も俺の故郷の方言だから親しみやすいし。

 

 今はそれよりもオグリだ。初手から回れ右したくなる挨拶だったが、ここで逃げちゃだめだ。あくまで今通りかかったフリをして、オグリの悩みを聞き出さねば。

 

「噂をすればって、2人して俺の話でもしてたのか?」

「ああ。どちらのトレーナーが美味しいかって話をしていた」(1400)

「してへんわそんな物騒な話!? 今日のオグリ何かおかしいで! トレーナー! オグリの悩みを聞いてやってや! きっと込み入った話になるさかい、うちは席外すで! 先に部屋戻っとるわ!」

 

 俺にオグリを押し付け、逃げるように走り去っていくタマモクロス。

 気持ちはわかる、あとは任せろ。

 

「むっ、別にタマも一緒にいて良いんだが……」(1400)

「アイツなりに気を使ってくれたんだろう。それで、悩みって何だ? 俺が美味しそうって言ったのもその悩みが起因してるんだろう」

「……ああ。一週間ほど前の話なんだが、トレーナーが私たちに手作りおにぎりを差し入れしてくれたことがあっただろう。量こそ少し物足りなかったが、不思議とお腹も心もいっぱいになる美味しいおにぎりだった」(1400)

 

 おお、あったなぁそんなこと。実家から大量に米が送られてきたから、それをおにぎりにして練習後に配ったんだ。みんなそれはもう美味しそうに食べてくれたものだ。

 

「しかし……その日からいくら食べてもお腹が満たされないし、トレーナーを見るほどお腹が減ってくるんだ。何かの病気なのだろうか……モグモグ……」(84)

 

 そう言いながら、お茶を一杯啜る感覚でかつ丼を食していくオグリ。何か食べている間だけは好感度が落ち着くようだ。

 

 ふむ。事情は大体把握できたぞ。解決策は見当もつかないが。

 タキオン殿下、お知恵を貸していただきたい。

 

『あの時のおにぎりか。あれにはトレーナー君のフェロモンが大量に染み込んでいたからね。一番あれを食べたオグリはトレーナー中毒になってしまったんだろう』

「(つまり、どういうことだってばよ)」

『君の手料理以外じゃ空腹が満たされないってことさ。だがまだ治療は可能だろう。君の手料理とそれ以外の料理を同時に食べさせながら経過観察し、徐々に君の手料理以外でも満腹になるよう量を減らしていくのが妥当かな』

 

 なるほど。わかりたくない部分から目をそらして要約すれば、オグリは俺の料理の虜になってしまったということか。

 

 そういうことなら一つ、良いアイデアを思い付いたぞ。今日の夜、チームのみんな全員を我が家に招いて懇親会をしよう。オグリに料理を振る舞えるし、テイオーもルドルフたちの前なら暴走しないだろうし、チームの仲も深められる。まさに一石三鳥。おっ、いいんとちゃいますこれ。

 

『はぁー……実に甘々な考えだねぇー……』

「(んっ?何か言ったかタキオン)」

『何も言ってないよ難聴系モルモット君』

 

そうか。ならよい。

 

「オグリ、お前の悩みはわかった。それなら今日の晩ご飯、俺の家に食べに来い。チームのみんなも呼んで懇親会をしよう」

「なっ! いいのかトレーナー! 私はたくさん食べてしまうぞ!」(86)

「命に比べりゃ安いもんよ」

 

 時間とお金さえかければ解決できる悩みなら、リボ払いであろうと喜んでしてやるぜ。こういう時に使わずしていつ使う金だって話だ。

 

 

 ふぅ…しかし、オグリは何とかなりそうでよかったぜ。ちゃんと話し合えばどうにかなるもんだ。この調子なら病みテイオーも話し合いさえできれば元のテイオーに戻るんじゃないか? 明日の朝日は無事に拝むことができそうだ。

 

「ああっ…トレーナーの手料理、とても楽しみだ…! 想像するだけで涎が止まらないよ…!」(89)

「はっはっは。しっかり腹空かせて来いよ。あとオグリ、ずっと気になってたんだけど、口元にご飯粒ついてるぞ」

 

 俺はそう言って、オグリの口元についていたご飯粒を人差し指で取ってやる。

 これがいけなかった。

 

「ああ、ありがとうトレーナー。もったいないことをするところだったよ」(90)

 

 ご飯は一粒も残さず食べる派のオグリは、俺の人差し指についたご飯粒を食べるため、パクっと、俺の人差し指をしゃぶるように口に含んだ。

 

「おいおいオグリ、それは流石に行儀が悪」

「————っ!!!」(100)

「………いっ?」

 

 瞬間、オグリの目の色が変わった。

 

『これはいけない。 トレーナー君、今すぐオグリ君から指を抜くんだ』

「(え、ちょ、タキオンさん、どゆこと?)」

『ただでさえオグリ君はトレーナー中毒なのに、トレーナーフェロモンを分泌する指を直に口に入れたんだ。後戻りできなくなるよ』

「(ははっ、そんな馬鹿な)」

 

「………んっ……んん………おいひい……おいひいっ……!」(2300)

 

『訂正だ。もう後戻りできない』

「嘘だと言ってくれ」

 

 一心不乱に、しかし妙に色っぽく。両手で俺の手首をがっちりキープしながら人差し指を舐め回すオグリさん。それだけならまだよかったのに、何故か瞳の光も消えかけている。言い換えるなら、暴走テイオー一歩手前の瞳をしている。

 

 後戻りできない、だと?

 そんなの俺は信じないぞ!

 

「オグリ! 正気に戻れ! 俺の人差し指は棒アイスじゃないぞ!」

「ああ……棒アイスじゃない……そんなものとは比べ物にならないほど、トレーナーの指は濃厚だ……んんっ……!」(2600)

「オグリぃいいいい!!」

 

 ダメだ! 完全にハイライトさんがフェードアウトしちまった!

 好感度もテイオーのそれを遥かに凌駕してやがる!

 

 今のオグリに碌な言葉は響かない。どうやったら指舐めをやめてくれる……いや考えるまでもない。俺の指が美味いというなら、もっと美味い料理で釣るまでだ!

 

「頼むから舐めるのをやめてくれ! 今日の晩ご飯はもっと美味いもの作ってやるから!」

「………」(2600)

 

 ダメ元でそう言うと、オグリは何も言わずにチュポンと、俺の指を口から出す。うおお……指先めっちゃふやけとる……。

 

「……本当だな、トレーナー? 今のよりもっと濃厚なものを作ってくれるんだな?」(2600)

「あたぼうよ! 極上のにんじんハンバーグを腹いっぱいご馳走してやんよ!」

「……そうか。そういうことなら、今はもう我慢しよう」(2600)

 

 オグリはそう言うと、どんぶりの山を両手で持って席を立つ。

 食事の時間はここまでのようだ。

 

「でもトレーナー。覚えておいてほしい」(2600)

「な、何をだ?」

「もしもだ。もしトレーナーの手料理でも、この欲求が満たされなかったなら」

 

 

「————私はもう、我慢できないよ」(3000)

 

 

 そのどす黒い瞳は、例えるなら、一ヶ月の禁欲生活を終える直前の怪物。

 プリティ要素の欠片もない目をしながら、オグリは俺にだけ聞こえるようにそう呟き、ゆっくりと去って行く。

 

 ………えっと。我慢できないって、食欲をだよね?ねっ??

 

『あっはっは。なかなか良いデータが取れたよモルモット君。さぁ次に行こうか』

「お前は鬼か! もうそれどころじゃねぇし! 俺今夜どうなっちゃうんだよ!」

『そりゃあ、テイオー君とのうまぴょいからのオグリ君とのうまだっちだろう。運が良ければ他のメンバーが助けてくれるんじゃないかな? ちなみに私は今晩もやりたい実験があるから、懇親会とやらは欠席させてもらうよ』

「この人でなし!」

『ウマ娘だからね』

 

 いやいやタキオンと漫才なんかしてる場合じゃない。迅速に対応策を考えなければ。

 

 テイオーだけでも手一杯なのに、まさかオグリまで……一体何がいけなかったんだ。フェロモン? んなわけないだろ。もっとちゃんとした理由があって然るべきだ。

 

『まぁまぁ、そう焦る必要もないよトレーナー君。私が居なくても3対2、数だけならまだ優勢だ。ゴールドシップ君はともかく、君の味方には頼りになる皇帝様と妹様がいるだろう』

「それはそうだが……」

 

 確かにルドルフとライスなら仲裁に入ってくれるかもしれない。けど、俺たちはチームだ。皆の仲を取り持つのもトレーナーの仕事。彼女たちを衝突させるようなことは避けたいし、できることなら俺だけでなんとかしたい。

 そもそも身に覚えがなかったとはいえ、両方とも俺がまいた種だ。俺だってガキじゃない、自分のケツは自分で拭く。

 

 ……と、カッコよく言い切りたいところだが、具体的な解決策が思いつかないのも事実だ。俺のうまぴょいも掛かってる。あの2人に相談するのも視野に入れておいた方がいいかもしれない。

 

 ルドルフは俺の最初の担当ウマ娘、そしてライスは実妹。比べるものじゃないが、2人との絆は他のみんなより少しだけ硬く結ばれている。信じよう、仲間たちを!

 

「……うん、そうだな。持つべきものは仲間だ。ポジティブに、ポジティブに行こう」

『その意気だトレーナー君。非科学的だが、思い込みの力が物事を優位に進めることもある。何とかなるの精神で行こうじゃないか』

「だな。何とかなる何とかなる。今までだってみんなで困難を乗り越えてきたんだ、今回もなるようになるさ!」

 

 

 

 

 

※ならない

 

 

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