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「では以上を持って、本日のトレーナーミーティングを終了とします。皆さんお疲れさまでした!」
ベテラントレーナーのその一言で、ミーティング参加者は一斉に席を立ちあがる。かくいう俺もその中の一人だ。
案の定、テイオーとオグリのことで頭がいっぱいで、ミーティング内容はほぼ頭に入ってこなかった。やはり一人で悩んでいても埒が明かない。それとなく、誰かに相談してみよう。
ルドルフとライスへの相談は最終手段として、他に相談できそうな相手といえば桐生院さんか後輩トレーナーだ。が、桐生院さんへの相談はやめておいた方がいいだろう。万が一テイオーに見られたら、夜を待たずしてうまだっち(殺)だ。
『どうにかなるの精神で突き進むと言っていなかったかいトレーナー君?』
「そんな昔のことは忘れた。というか、あれを見たらそんな甘い考えできなくなっちまった」
いやね、ミーティング前にね、チームメンバー全員にメールを送ったのよ。『今夜俺んちで懇親会やるぜ。食費は全部俺持ちだ。遠慮はいらん、全力で食べに来い』って。
以下、返信内容。
ルドルフ
『心得た。今日の生徒会の仕事は早めに切り上げることにしよう。君の家に行くのは久しぶりだな、今から待ち遠しいよ』
ライス
『お兄さまのおうちで懇親会……! ライス、とってもたのしみにしてるね!』
ゴルシ
『手土産に今一本釣りしたクロマグロ持ってくわ。酢飯の用意は任せたぜトレーナー!』
オグリ
『全力で食べさせてもらうよ、トレーナーを』
テイオー
『ねぇなんで? なんでボクと二人っきりじゃないの? ねぇなんで?ボクがトレーナーの一番じゃなかったの?ねぇなんで?ねぇなんで?ねぇなん(以下文字数上限までびっしり)』
5分の3内容がおかしかったが、テイオーがダントツでヤバい。何がヤバいって、俺がメールして5秒であの文字数を返信してきたってところがマジやばたん。もう話し合える気がしないし、なるようになる気もしない。
一応『ちゃんと勉強には付き合ってやるから』と返したが、その返信は未だ来ていない。あれ、これ詰みじゃね?
「どしたんスか先輩! 出荷前の鶏みたいな顔になってますよ!」
「おお、後輩か。って誰がチキンやねん」
「そこまで言ってねえっス!」
突然背後から話しかけて来たのは、さっきのトレーナーミーティングまで一緒にいた、タマモのトレーナーである俺の後輩。己の直感だけで今まで生きてきたような、バカだけど何処か憎めないタイプの男だ。
後輩に相談するのも気が引けるが、四の五の言ってる場合ではない。今は藁にでも
「なぁ後輩。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「何スか急に改まって?」
「これは俺の友人の話なんだが。最近担当ウマ娘からうまぴょいされないか不安で圧し潰されそうなんだと。なんと助言してやったらいいと思う?」
「うまぴょい? よくわかんないっスけど、なるようになりますよ! 果報は寝て待てっス!」
その段階はとっくに通り過ぎてるんじゃバカ者。こちとら寝てる間にずぎゅんどきゅんされてもおかしくない段階まで来ちゃってんだよ。
思わずそうツッコみそうになるが、これはあくまで友人の話。俺の話じゃないから「なるほど、一理ねぇな」と目をそらしながら頷く。
そんなやり取りをする俺たちの前に、ツカツカと真っ直ぐに近づいてくるウマ娘の影が一つ。
「おいトレーナー。迎えに来たぞ」
「おおっ、グルーヴ! もう約束の時間っスか」
「よっ、グルーヴ。生徒会室以外で会うのは珍しいな」
「むっ、貴様は会長の……」
俺たちの前に現れたのは、一冊のファイルを腕に抱えたエアグルーヴ。確かこの娘も、後輩の担当ウマ娘だったな。
生徒会室にはルドルフに会うために頻繁に行くから、生徒会副会長であるグルーヴともそれなりに交流はある……んだけど、正直ちょっと苦手なんだよなぁこの娘。何故だかわからないが、俺に対して刺々しいというか、当たりが強いというか。
「貴様……随分と私のトレーナーと仲が良いのだな……」
「ま、まぁ後輩だしな」
ほらー、今だって俺のことを親の仇みたいな目て睨みつけてくる。見上げられているハズなのに見下ろされている気分だ。
「……まぁ良い。さっさと行くぞトレーナー、私は一秒でも時間が惜しい」
「なんだ後輩、グルーヴと練習の約束でもしてたのか?」
「いえ!練習じゃなくって勉強を教える約束っス!わざわざ迎えに来てくれるなんてトレーナーとして嬉し泣き不可避っス!」
「……グルーヴに、勉強?」
違和感。
それは妙な話だな。先も述べたが、後輩は基本的にバカだ。いくら社会人と学生とはいえ、グルーヴは才色兼備ウマ娘。後輩が教えられるようなものは何もない筈だが…。
まぁ、よそ様のトレーナーとウマ娘の私用に口出しするのもアレだし、邪魔者は退散するかね。俺も対策考えないといけないし。
「……おい貴様、ちょっと待て」
「えっ? 俺?」
「この資料、事が終わった後で会長に届けるつもりだったのだが、貴様に任せることにする。その方がう……勉強時間もとれるしな。大切な資料だ、慎重に持っていけ」
「……? おお、わかった」
再び違和感。
グルーヴが人に仕事を任せるなんて本当に珍しい。後輩がたまにグルーヴの仕事を肩代わりしているのは知っているが、それは後輩が勝手にやっていることだ。グルーヴは完璧主義なところもあるから、生徒会長であるルドルフへの重要資料提出なら尚更自分でやりそうなものなのだが…。
「……ところでトレーナー。朝渡したドリンクはちゃんと飲んだだろうな?」
「もちっス! 飲んでからやたら身体が熱いっすけどね!」
「今日の日差しは強いからな。そのせいだろう」
「なるほど!」
なにやら怪しげな会話をしだす後輩とグルーヴを見て、ついに違和感の正体に気づいた。
それは瞳だ。いつもなら”女帝”の名に恥じぬ鋭く真っ直ぐな瞳をしている彼女が、底なし沼のように深く濁った瞳をしているんだ。
というか、この瞳には見覚えがあるって言うか、さっきのテイオーに似てるって言うか、さっきのオグリに似てるって言うか、ハイライトさんが定時じゃないのに退社してるって言うか。
……………ま、まさか。
「後輩後輩、ちょっとこのメガネかけてみ?」
「わかったっス! ふっふっふ! どうっすか先輩! 眼鏡キラーンなオレ、知的っぽく見えますか!」
「うん見える見える。で、グルーヴの頭になんか見えない?」
「7200って見えます!何スかあれ!」
ダメみたいですね。
「貴様ら、いったい何を遊んでいる」
「ああ、すまんな。時間取らせて悪かった。メガネ返せ」
「っス!それじゃあ先輩、お先に失礼するっス!」
「おう。元気でな」
「ところでグルーヴ、どこで勉強するんスか?」「音楽室を貸し切った。あそこは防音室でもあるからな、存分にできる」「グルーヴは本当に勉強熱心っスね! 流石オレ自慢のウマ娘っス!」「褒めても何も出んぞ。寧ろ出させ……んんっ、なんでもない。早く行くぞ」
そんな意味深な会話をしながら歩いていく女帝と後輩の姿を、見えなくなるまで見送ってやる俺。
………いやぁ、無理やろ。好感度がデカすぎる。俺の力じゃ助けられないってアレは。後輩よ、お前のことは忘れない。お前との思い出は棺桶まで持ってってやるからな。でも一応タマモにSOSメールは送っておいてやろう。
『なかなか面白い後輩君だったねぇ。まるで今夜の君みたいだ』
「俺の未来が確定してるかのような言い方はNG」
俺はああはならないって。流石に。
………ならない、よな?
※なります