悪役令嬢スローライフものに転生した主人公が頑張る話。

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グラセランダ

 ここが自分の知っている創作物の世界であるというのは、すぐにわかった。

 

 俺は、気づけばこの世界に赤子として生まれていた。

 

 おそらく前世での死因は過労死だと思う。

 会社がブラックだったのもあるが、日ごろから不規則な生活を送っていたのも一因だろう。

 

 生まれた世界は、魔法とか世界史とかから鑑みるに『悪役魔女の光源氏計画』だ。

 主人公が、現代日本からファンタジーな世界に転移してしまい、そこで多くのイケメンキャラを育てるという物語。

 

 転移された直後に主人公は王子から婚約破棄を告げられ、さらに魔女であるという容疑で処刑されそうになる。

 しかし、友人の力を借りてなんとか国から逃亡し、逃亡後の世界で孤児院を開くというものである。

 

 はいそうです。女性向けの小説を原作としている漫画およびアニメです。それか何か?

 

 孤児院に集まるのはちょっとアホの子成分がある女児一名と、一癖も二癖もあるイケメンショタ数名。

 そこからざまぁしたり原作知識チートを使ったりしながらスローライフを送っていくというのがおおまかな作品の流れだ。

 

 少年漫画が好きな俺はあまりこういった悪役令嬢モノの作品を嗜むことはないのだが、いかんせん姉から幾度となく勧められた結果、しょうがないから読んでやるかくらいのノリで漫画版を読み始めた。

 

 そして、無事にドはまりした。

 

 いや、別にイケメンが好きというわけではなく、そのとき少しナイーブだったのでほのぼのとした作品の雰囲気にやられてしまったのだ。

 

 作品のなかで、俺は一人のキャラが好きだった。

 

 リタ・ディ・クインツィード。

 

 主人公の友人で、帝国ファリトモアの軍人として働いている女性だ。

 

 その銀髪イケメン女軍人剣士リタ様に俺の常識はぶち壊された。様付けは忘れない。

 それまで推しというものを持ったことがなく、最推しなどと言われても「パチンコの目押しみたいなのか?」としか思わなかった俺が、初めて心奪われたキャラクターだ。

 

 この世界に転生したからには、一度でいいから会ってみたい。

 

 いや、知り合いになりたい。

 

 いや、部下になりたい。

 

 いやいや、側近または専属の執事になって傍に控えたい。

 

 そうと決まれば善は急げ。貴族家に生まれたのをいいことに、四歳ほどになってから父に懇願して礼儀作法や剣術を習わせてもらう。

 同時に基礎知識や魔術体系の知識を学んで地力をつけていった。

 

 様々な知識をつけていく中で、

 この世界がまだ原作前であるということ、

 ここは王国で、推しがいる帝国からかなり離れた場所であるということ、

 どうやら俺には少しだけ才能があるということがわかった。

 

 なんといえばいいのだろう。

 

 薄いベール越しに様々なものが見えている感覚。

 

 父親曰く魔眼と呼ばれているらしき眼で、多くの流れや波長を読み取ることができている。

 

 まだおぼつかないが、使いこなせればそれなりにはなるだろう。

 特に、礼儀作法などをきちんと記憶できるのはありがたい。

 

 八歳となり、ある程度この世界にも慣れてきた。

 

 軍事国家ファリトモアと、聖なる国ピランカス。

 この国に挟まれるようにしてあるのが、俺が今いる国、ウィンスレット王国だ。

 この三国、かなり仲が悪い。

 

 俺の推しがいる場所は国境を一つ隔てている上、俺の家系的には対立することが必然となっている。

 

 原作では主人公が海上国家に住んでいたから気づかなかった。

 

 俺は考えた。

 

 どうにかしてファリトモアに入国する方法はないか。

 

 一つ、解決策が見つかった。

 

 国境なき探検家。

 いわゆる冒険者ギルドに入ることだ。

 

 ここならば名を上げる必要はあるが、国境を越えた任務に就くことができるし、冒険者だとしてもその力量を買われヘッドハンティングされるような事例も存在している。

 

 自分の進路が決まった。

 

 十歳になると基本的な知識は十分に備わったと見なされたので、本格的に冒険者や生物学、地形、現在どの場所がどのような状況なのかを中心にして学んでいった。

 

 そして、十五歳。

 

 両親や兄、妹などに惜しまれながらも、家から出た。

 

 王国で一番大きい冒険者ギルドは、元現代日本人かつ貴族家生まれの俺には少々慣れない場所だった。

 

 暴力を厭わぬ大男、常時血の匂いを纏った剣士、不当な借金の返済を迫る集団、奴隷につけた鎖を引いている魔術師。

 

 最初はなかなかにハードだった。

 知識はあっても世界の勝手を知悉しているわけではない。杜撰でテキトーな依頼を掴まされることもあれば、料金が払われないなんてこともあった。

 

 それでも、実力を示していくとともに、段々と依頼の質が上がり、俺の冒険者プレートは石製から金属製へと変わった。

 

 命を懸けている冒険者の足もとを見てくる依頼主も、いなくなったわけじゃいないが、大幅に減った。

 

 気づけば、俺は二十歳を迎えていた。

 

 二十歳。

 ちょうどその頃、遠くで帝国の王子が婚約を大勢の前で破棄したという噂が聞こえてきた。

 

 原作が始まったのだ。

 急がねばならない。

 

 俺は、仲間を連れて帝国行きの依頼を受けた。

 ちょうどいいパーティ指定依頼が受注されていたのだ。

 旅費は依頼主が負担してくれる。

 

 しかし、一つ問題がある。

 

 どうやら依頼主は、帝国の魔女狩りの一味。

 

 おそらくだが、原作主人公の抹殺を依頼してきている。

 

 明記してはおらず、殺す相手も人間ではなく魔女だと念が押されているが、これは完全に暗殺の依頼だ。

 

 原作の記憶通りなら、最推しことリタ様の活躍により夜間に逃亡することとなっていた原作主人公を、逃亡直前で雇われた傭兵が襲った。

 

 その傭兵の役割を、俺とその仲間が負っている。

 

 俺たち以外にも、数パーティに依頼が来ていた。

 ほとんどのパーティがその依頼を受諾し、俺たちとともに帝国行きの馬車に乗っている。

 

 魔女疑惑があると言えど貴族を殺すことは抵抗があるのだろう。

 だからこそ帝国の他貴族たちは結託して冒険者ギルドに依頼を回した。

 原作で描写されているとおり、すでに帝国内の政治は腐敗している。

 

 

---

 

 帝国中央都市に到着する。

 

 他の冒険者と話し合い、決行は三日後の夜となった。

 屋敷に忍び込み、寝込みを襲う。

 

 それまでは近場の宿屋にとまるか、足がつくのを極端に嫌うものは野宿することとなる。

 

 俺はその間に帝国内の情報を集めた。

 婚約破棄されたのはシャーロット・ヴォン・スペンサー。原作主人公の名前と同じだ。

 盛大な催し物のなか突如として行われた王子の演説に、多くのものは感化され賞賛したそうだ。

 

 そして、決行日の前日は仲間と話し合った。

 

 この日から冒険者を辞めること。

 依頼を無視し、暗殺対象の令嬢を救うこと。

 できれば敵対したくないこと。

 

 これらを話した結果、全員が納得した。

 

 いつも本を読んでいる多読魔術師も、付与魔法が大好きな精霊術師も、意外とあっさりと俺の要望を飲んでくれた。

 曰く、「金ヅルがいなくなるのは困るが、すでに腹を決めているのならオレらには止められない」だそうだ。

 

 仕事仲間が敵になることを想像して多読魔術師が『かの者にとっての希望は、世界にとっての不安であった』と古書の一節を読み始めたのにはギクリとしたが、理解のある仲間で助かった。

 

 

 作戦決行。その日の夜。

 

 俺はできる限り気配を消して、建物の屋根から原作主人公が住む屋敷を見ていた。

 

 そこに見えたのは、馬車に乗ってどこかへ向かおうとする所作の美しい女性と、もう一人の軍物を着た女性。

 

 原作主人公と、推しがいた。リタ様だ。リタ様。

 

 原作主人公を馬車に乗せ、国外へと送ろうとしているのだ。

 

 記憶がよみがえる。

 このとき、すんでで襲撃に気づいたリタ様が、暗殺者を引き寄せ主人公を倉庫に逃がしたはずだ。

 その後、リタ様の高い戦闘能力によって全員が倒れたが、毒が塗られた短剣を一発だけ受けてしまうのだ。

 

 毒は原作主人公の覚醒した力によって治ってしまうのだが、彼女は頬に治らない傷を持つこととなる。

 本人は気にしていないようだったが、それを知っている今、俺が阻止しない理由は存在しない。

 

 弓矢を番える。

 正直、矢を使うのは久しぶりなのだが、体はかなり覚えてくれていたようだ。

 

 暗殺部隊の体に、飛翔する矢が当たる。

 炎のエンチャントをつけたそれらは着弾と同時に発火し黒染めの服ごと燃やし始める。

 

 さすがに殺しはしない。でもかなり重症になってしまうかもしれない。

 すまない。君たちの傷よりも推しの治らない傷のほうが大きな過失なんだ。

 

「なんだ、これは、燃えている?」

 

 リタ様が剣を抜いて馬車の前面に立つ。

 

 それに矢を逃れた一人が、短刀を片手に駆けていく。

 

「刺客か」

 

 すぐさま二人は剣戟を交える。

 ここで俺が弓を引けばリタ様に当たるかもしれない。

 

 俺は自分の持っていた愛剣を持って二人に近づいた。

 

 リタ様の強力な剣術に押され、一旦体勢を立て直すために大きくバックステップを踏む生き残り。

 

 その距離をとって止まった首元に、後ろから俺は剣を添えた。

 

「動くな」

 

 相手はその言葉にごくわずかに逡巡するも、俺の剣を見て自分の不利を認識し、静かに短刀を手放した。

 そしていきなり震えながら血を吐く。

 

 ぐらりと上体を揺らしてその場に倒れ伏した。

 

 俺は何もしていない。だから俺も驚いている。

 

「踏破ベルナール流、『震剣』だ」

 

 リタ様がそう言った。仰った。

 最初の剣戟で内部に与えた衝撃が、いまになって響いたということだろうか。

 

「お前は何者だ。そしてこいつらは誰の使いだ」

 

 そう言って剣の切先を向けられる。

 

「私はナンスといいます。しがない冒険者です。魔女の容疑がかけられたその女性の暗殺を命じられました」

 

 馬車でこちらを見ていた令嬢を指さす。

 

「魔女? シャーロットがか? そんなわけがないだろう」

 

 実際、原作主人公は魔女である。

 魔女は広義では地球での意味と同じだが、狭義では老いない特異体質の女性を指す。

 

 この原作主人公は老いないのをいいことに、これから多くのショタをイケメンにして自らを囲わせることになるのだ。本人はまだ自分が不老であることを知らないが。

 

 とにもかくにも、まず確認すべきことがある。

 

「お怪我はありませんか?」

「いまは別の話が先だ。お前は彼女を殺すのか?」

 

 彼女の身体に傷がないか目を光らせる。

 どうやら無傷のようだ。

 

 これで彼女が一生治らない傷を負うことも、傷口の毒を直した礼として原作主人公に魔剣を渡すこともなくなった。

 

 彼女がいま持っている魔剣はかなり重要なものだ。それをたとえ原作主人公であろうと易々と渡してほしくはない。魔剣とは家の威光を示す権力の具現なのだから。

 

「あの令嬢を殺す気はありません。むしろこの弓で救いました」

「ならいい、依頼主の名を明かして早く去れ」

 

 友人を襲われて気が立っているのか、リタ様はそう仰った。

 そもそも依頼主の名前はおそらく偽名だ。

 

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 

「私は今回の指名依頼未達成により、冒険者としての名を落とすでしょう」

「それがどうした」

「だから、雇っていただきたいのです」

「私が? お前をか?」

 

 彼女の魔剣はいまだにこちらを向いている。

 

「はい。できれば側近として」

「理解できないな」

「おいしい紅茶を入れることができます」

「紅茶は好まない」

「チェスの相手にもなれます」

「盤上のものは苦手だ」

「お菓子作りが得意です」

「…………………………知らない人間のものは、食べない」

 

 おいしいのに。

 

 俺がこれまで磨いてきた技能が生かせないだと……?

 

 確かに作中で紅茶はあまり飲んでいなかったし、チェスもしていなかった。

 

「まぁ、いいだろう」

 

 何か思案していたリタ様は、顔を上げてそう言った。

 

「側仕えでいいんだな?」

「側仕えがいいんです」

「じゃあ決まりだ。何か不手際を働いたらすぐさま首を斬る。比喩かどうかは自分で考えろ」

 

 え? いいの?

 もっと、こう、交渉とか、裏がないか試されたりとか、簡易的な尋問とか、いろいろ覚悟していたんだけど…………。

 

 よくわからんが!

 とにかくヨシ!

 

 原作開始早々にして夢が叶ったのだ。

 

 俺のテンションが爆上がりとなった。

 

 

 

 戦歴。

 冒険者十六名の無力化。

 冒険者一名の無力化補助。

 

 

 

---

 

 

 

 

 何の前触れもなくやってきた俺に対して、使用人たちの反応はよくなかった。

 

 そりゃあそうだ。

 俺はこちら側の人間からしたら襲撃者の仲間である。そうでないにしても、出自不明の男がいきなり主の側近的立場につき始めたら誰でも警戒するだろう。

 

 俺が何をするにしても、見張りのようなものがつけられた。

 

 リタ様と二人でいるときはいないが、離れるときは高確率で誰かが俺の見張りを頼まれる。

 見張り名目で俺と行動をともにする侍女さんとは少しずつ距離感を掴めてきた。

 

「お前は人を殺したことはあるか?」

 

 あるときリタ様からそう問われた。

 それに対し俺は

 

「ありません」

 

 ありのままを伝えた。

 俺はこれまで人を殺したことはない。

 

「ならいい。人は殺すな。自衛のためであっても、できるだけ殺人は犯すな。わかったな?」

 

 どこか自戒するようにリタ様は言った。

 

 後で知った話だが、彼女は不殺の剣聖と呼ばれているらしい。

 名高い流派を納めながら、殺人を犯したことはない。

 俺が不手際を起こしても物理的に首を斬られることはなさそうだ。

 

 少数ではあるが、一部の剣豪からは人を殺せないことを揶揄されることもあるらしい。

 その人たちに出会ったら圧をかけておこう。

 剣術殺し(笑)と呼ばれた俺の実力を見せてやる。

 

 リタ様からどのみち魔術と魔眼の使用を禁じられているのでそんなことできないのだが。

 

 

 

---

 

 

 

 少し経って、周りの俺に対する警戒心のようなものがいくらか柔らぎ始めた。

 

 魔眼の使用を禁じられてからずっと糸目状態なので、俺は怪しさ満点だったようだ。

 だから信用を得ることが難しかったのかなぁ。

 でももう俺たちマブダチだから。使用人みんな友達だから。

 

 最近給金が入ったこともあって、俺は休日に町に繰り出していた。

 

 この領地は民がしたたかだ。

 立地的な問題で多くの困難があるが、それでも日々を強い意志で生きている。

 

 露店を巡ってみると、なかなか物珍しいものが揃っている。

 ふむ。

 服屋はあるのだろうか。さすがにもっと町のほうに行かねばないだろうか。

 まぁ、いっそのこと縫えばいいのか。

 

 

「それで、これはなんだ?」

 

 仕入れた布地で俺が夜なべして作り上げた軍服のような何か。

 

 提出されたそれに、リタ様は怪訝な様子だった。

 

「プレゼントです」

「何の意味がある」

「私服をあまり持っていらっしゃらないようなので」

「わけがわからん。それに私服ぐらい…………、持っている」

 

 サイズも合うはずだ。

 その材質は服に通常使われるものよりも高価なものが使われている。なんせ冒険者時代の貯蓄を使ってあつらえた上等品である。

 黒を基調とし、この国の紋章を入れながらも、勲章の付けやすさや、動きやすさを追求している。

 ボトムスをスカートにしているのも、動きやすさを追求した上での論理的工夫だ。他意はない。嘘です。あります。

 

 いや、もちろん男性用の軍服をそのまま着用しているリタ様の硬派さもすぱらしいのだが、やはり私は自分の内なる声には逆らえない。

 

「この際、髪も伸ばしてみてはどうですか?」

「なぜだ」

「もったいないでしょう」

「伸ばす気はない。理由は三つ。

 戦闘に差し支える。

 領民から遊んでいると思われる。

 手入れが面倒だ。異論はあるか?」

 

 指を立てて解説をしてくる。

 だが負けてられない。

 負けられない戦いがここにある。

 

「似合うと思いますよ」

「何か裏があるようにしか聞こえないぞ」

「伸ばしてくれたら毎日拝みます」

「理由が四つになったな」

 

 ちくせう。

 

「そんなお前こそ休日に執事の服で出歩いていたと聞いたが」

「私服は持っていますよ。前職が前職なので無骨なものばかりではありますが」

 

 制服とかはわざわざ何を着るか考えなくていい分楽なのだ。

 戦闘を実質禁止されているので、そういった冒険者風の服を着る意味もない。

 

 とにかく俺は、なんとかしてこの人の信頼を勝ち取らねばと思った。

 

 

 数日後、俺がリタ様にセクハラ発言をしたという噂が広まっていた。

 

 おのれ女中ェ……。

 

 

---

 

 

 

「シャーロットから手紙が来た」

 

 便箋を書斎で開き、リタ様はそう言った。

 

 シャーロット。主人公だ。

 海上都市からここまでの手紙なら実際にこの手紙を書いたのはかなり昔なのだろう。

 

「なにか吉報はありましたか?」

「ああ、自分のすべきことがわかったとある。なにより、手紙を出せるほどには金銭的に良好らしい。少し安心した」

 

 ホッとしている様子だったので、その空気に便乗して「お祝いに紅茶を淹れてきましょう」と言ったら「いらん」と返された。

 

「もう、かなりの時間がたったのだな」

「ええ、もう私も一流の側近です」

「私はもうお前の考えがわからなくなった」

 

 ぽつりと告げられる。

 

「私はお前が必ずいつか寝込みを襲ってくるだろうと思っていた」

「は? 私がですか?」

「首を掻くにしろ夜這いにしろ。そうなれば即座に撃退し牢獄送りにしてやろうと考えていた」

 

 俺は愕然とした。

 そんな風に思われていたとは。

 

 糸目か?

 この糸目がだめなのか?

 それとも黒髪が苦手なのか?

 この世界で黒髪は天使の末裔と呼ばれたり忌み子とされたり極端だからな。

 

 目を開いた状態で魔眼をオフにする練習をしよう。

 

「好き好んで辺境の領主につこうとする冒険者はいないだろう?」

「好き好んでるんですよ」

「信用ならん。私はお前について知らないことが多すぎる」

「私の名前はナンス。本名はロジェ・アルサン。元子爵家。剣術流派は我流。好きなものは料理と絶対領域とあなたです」

「絶対領域? たしかそんな二つ名の英雄がおとぎ話にいたか」

 

 俺の脳内にスカートとタイツを履いた勇者の姿が浮かんだ。

 

 

 

 

---

 

 

 

「ここが最後だな」

 

 数か月後。

 俺はリタ様とは別の貴族の伯爵邸に来ていた。

 

 ぶっちゃけると、俺たちを原作主人公にけしかけようとした首謀者の家だ。

 依頼主を逆算して多くの貴族を物理的、または社会的に制裁を下し、現在最後の主犯格のもとへ向かっている。

 

 案内人に連れられ館内に入ると、絢爛な飾り物や著名な絵画が目に入った。

 

 あ、でもあの壺ニセモンだな。

 

「ようこそ我が邸宅へ。功名高き剣聖殿。」

 

 現れたのは髭をおしゃれに整えた壮年の貴族。

 

 俺はリタ様の傍に控えているだけで発言さえ許されないが、自分か糸目であることをいいことにじろじろと身体を見まわした。

 

 来客用の部屋に案内される。

 リタ様の周りには俺以外にも領地から連れてきた従者が数名要る。

 対してお相手の貴族、デヴィットという名前のその人は、自らの周りに騎士を配置ち、こちらと比べて武力において優っている状態だ。

 

 普通ならこのような場所に帯刀した騎士を連れてくることは失礼だが、用心のためと言えばまかり通るし、なによりこちらも武装した状態なので文句は言えない。

 

「さて、確か、緑王草を我が領地から輸入したいのでしたね」

 

 髭を撫でながらデヴィットさんはそう言った。

 書類をぺらぺらと捲っている。

 

「それは建前だとわかっているでしょう。私は今回、あなたを断罪しに来たのですよ」

 

 それを聞いてデヴィットは鼻を鳴らした。

 手にもっている書類をリタ様の目の前に掲げる。

 

 リタ様はいつでも戦闘状態に入れる状態が見て取れる。

 

 

「ところで、これが見えるかね」

「それがどうしたと?」

「これはね、王家に送っている輸入品の総計だよ。

 私は領地でとれる豊かな作物や薬草を多く納めている。

 つまりね、王族は私の味方だ。対して君は公爵家といえど辺境にありいつ攻め入られるかもわからない身。どちらに理があるかな」

 

 こちらは武力行使に出ることができるぞ。そう言いたいらしい。

 

 

 デヴィットの周りに控えた騎士一同が一斉に剣柄に手を掛ける。

 

 しかし、それよりも先にリタ様の右手にはサーベル型の魔剣が握られていた。

 

「それは……」

「妖刀『一縷』」

 

 『魔剣序列(ランキング オブ ギヨーム)

 

 魔剣と呼ばれる剣のなかで、古来から大いなる武力として用いられ、いまだ残っているとされる魔剣がある。

 それらをまとめ、順位をつけたものが魔剣序列だ。

 

 上から、

 一位、魔剣「不退・結(ふたい むすび)

 二位、妖刀「一抹(いつまつ)

 三位、妖刀「残火(ざんか)

 四位、魔剣「白亜(はくあ)

 五位、魔剣「玲瓏(れいろう)

 六位、妖刀「一縷(いちる)

 以下省略。

 

 リタ様が持っているのは、六位、『一縷(いちる)』。

 世界で六番目に強い魔剣といえる。

 原作では暗殺者から受けた毒を治療した主人公に渡したもの。

 いまはリタ様が手に持っている。

 

「名ばかりで無用の長物と思っていたが、なかなか使えると、最近気づいた」

 

 横に振るって手に馴染むことを確認し、ゆっくりと半身を出して構える。

 

「リタ様、私も微力ながら加勢を――」

「いや、いい。相手は貴族剣術だ。私が相手をする」

 

 連携のとれた攻撃が、リタ様に襲いかかる。

 が、勢いをそのままにして、合わせるように撫で斬りにされる。

 

 数秒後には、動き出した騎士のうち数名が地に臥せっており、それ以外の騎士は壁やら高そうな像やらに激突して意識を失っていた。

 

 リタ様の剣術は踏破ベルナール流。

 ダンジョン開拓用に創られた最もパワフルな剣術だ。

 

 特異な身体強化術とその剣術が組み合わされば、想像を絶する強靭さと速さを手にすることができる。

 

 もちろんこの強さは剣術だけでなくリタ様自身の天稟によるところが大きいのだが。

 

「こ、こんなことが……」

 

 自分たちの部下の有様をみたデヴィットは、顔面を青染めながら降伏した。

 

 今日を以て、原作主人公襲撃の首謀者はすべて首を挿げ替えることとなる。

 もともと、杜撰な管理体制のなかで貴族たちがあてにしていたのはコネや金ではなく、国の法を超えて自らの言を通すための武力であった。それが幸いして、同じように武力を以て御することができた。

 リタ様は強い。その認識が周知したことは、この国で相応の意味を持つ。

 

 国が大々的に闘技大会も行うような国だ。権力と武力は密接にかかわっている。

 

 第六位の魔剣を持ち出して最上級の剣術を用いるリタ様に敵うものはいなかった。

 

 そんな力を持っているからこそ、リタ様は俺を側に置いたのだろう。俺が獅子身中の虫であったとしても易々と首をかかれることはなく、むしろ何かを知っていそうな俺が近場にいることにより敵の情報を掴む手がかりになると考えているようだ。

 

 俺が敵になるというのはあり得ないというのに、一向に信頼してもらえない。

 いまだに菓子類を作っても食べてもらえないので、館にいる従者の方々に振るまっている。これがなかなかに好評だ。外堀りから埋めていくのもいいかもしれない。

 

---

 

 この軍事国家ファリトモアでは、この時期に仮面舞踏会が開催される。

 いわゆるお祭りだ。

 軍都では大々的に祝われ、他領地等から多くの屋台が出て、大通りなどは大層賑わうらしい。

 来るものはみな仮面をつけ、誰でもない自分を楽しみながら日頃の苦を忘れる。

 

 ある種の忘年会であり、ハロウィンの様相を呈し、どこかクリスマスの物悲しさを併せ持つ。一年で一回の行事だ。

 

「ということで皆さん、飾り付けをしましょう」

 

 俺は使用人の前でそう言った。

 執事長が何言っとんこいつみたいな目でこちらをみている……。

 なかまにしますか? →はい。

 

「いつのまにこの様な飾り物を……」

 執事長が机の上に置かれたキラキラとした光沢を持つ様々な小物にため息をつく。

 

「サプライズです」

「随分と身勝手な人ですね」

「リタ様が書斎に篭っている今がチャンスです。日頃部下に仕事を回さず頑なに自分だけでやろうとする困った主を驚かせてやりましょう」

「あなたが信頼されてないだけでは」

「ぐぅ」

 

 ぐうの音は出た。

 やめろ、その言葉は俺に効く。

 

 イルミネーション的な飾りを館いっぱいに散りばめてお祭り気分を味わおうということだ。

 

 俺は全力でみなを説得、というよりは頼み込んで、なんとかこの計画に乗ってもらった。

 

 忍び足で廊下や壁に糸をつける。

 特殊加工の施された粘着物で貼り付けられた糸は、対応する魔法で水へと変化する。壁や天井を傷つけない親切設計だ。

 

 料理を配置し、外にもベンチを置いておく。今日は月が綺麗な夜になりそうだ。

 

 魔術によって吊り下げたガラス玉のような簡易魔道具に火を灯す。青く淡い火は、まさにこの世界でのイルミネーション。いい感じだ。

 領内の湖には似たような光の点るものを置いている。精霊流しをイメージしたものだ。もうちょっと光度を落とすか。

 

 俺の尺度で調整可能になるよう反転魔術を利用しよう。

 

 準備が終わったところで、俺はリタ様の書斎に向かった。

 

「どうした」

「これを見てください」

 

 三角錐に小さな球体が入ったものを見せる。

 

「関所で用いられる嘘探知器か。どこでこんな」

「借りました」

「借りまっ……」

 

 その魔道具に魔力を流す。

 自身の根幹に接続するためなかなかの痛みが俺を襲うが、構わず宣言する。

 

「『私は今宵から1ヶ月の間、貴方様に危害を加えるつもりはない』」

 

 嘘探知は作動しない。

 これから一生危害を加えないと言ってもいいのだが、それだと逆に信用出来ないだろう。

 

 呆けた顔をしているリタ様だったが、その後眉を顰めた。

 

「ということなので、クビにしないでください」

「なんのつもりだ?」

「どうぞこちらへ」

 

 書斎の外へと案内する。

 扉を開けたとたん、リタ様の表情が変わった。

 

「な、なんだこれは、! お前がやったのか!?」

「巷が賑わっているので、館も今日はおしゃれをしたようですね」

 

 いい反応だとこちらも嬉しくなる。

 

「今夜だけでも思いっきり羽を伸ばしませんか?」

 

 リタ様の動揺が困惑に変わった。

 

 

 

---

 

 

 

「めちゃくちゃ食わされた……」

 

 1時間後、お腹を抱えるリタ様がそこにはいた。

 

 シェフは今日本気を出していたようで、いつもより少し豪華でかつ後を引かないようなものを作っていた。

 

 外へ向かい、ベンチに座る。

 かなり大きい特製のベンチは、俺の趣味により人をダメにしそうなソファのように改造されている。

 館内の喧騒が見える状態でありながら静かなそこは、ある種の神秘的雰囲気を出していた。

 

「昔、仮面舞踏会に連れて行ってもらった時のことを、思い出した」

 

 訥々と語られるリタ様の昔話。

 

「すぐに人酔いして、近くの店の端にある椅子に、座っていたんだったか」

 

 懐かしむような声色だったが、少しおかしい。

 

「あのとき、私を連れていってくれた教育係は、数年後、父を殺した。なぜなのかはわからない。毒殺らしい」

「その話はよしましょう」

「ああ、今日はいい日だからな。本当に、いい日だ」

 

「なんだか眠くなってきた」とリタ様の目が細まっていく。

 こんなところで寝ると牛になってしまう、太ってしまうぞリタ様。

 ふとましいリタ様か。んーーーーー…………、アリです!

 

「リタ様、ここに枕がひとつあります」

 

 俺は自分の膝を叩いた。

 

「どうです、いまなら-」

「借りる」

「ぐぇっ」

 

 心臓が止まるかと思った。

 膝に確かな重みがある。

 

「なんだその顔は」

 横目で睨まれる。

「幸せを噛み締めています」

 

 あーあ、今ここで誰か俺を殺してくれないかな。

 幸福度が頂点に達しているいまなら介錯がなんと半額。

 

 俺が幽霊だったら成仏していたぜ。

 

 リタ様の眠りに合わせて、イルミネーションの明度を落としていく。

 そのまま一刻ほど経って、ゆっくりとリタ様を抱え、寝室に寝かせた。

 

 

 

---

 

 

 

「もうすぐスタンピードが起こる」

 

 窓から領地を見ながら、リタ様はあるときそう言った。

 

「スタンピード? 魔物の大量発生ですか?」

「ああ。私の一族が公爵という立場にいるのは、辺境ながら多くの武勲を立ててきたから。そして武勲を立てられたのは、一定時期になると魔物が大量発生するからだ」

 

 こちらに視線を向けないまま、リタ様は呟くように言った。

 

「この地域の魔物の強度は知っているだろう? 逃げてもいいんだぞ」

「逃げませんよ。私はあなたの部下なのですから」

「機嫌取りは必要ない」

 

 事実なのに……。

 

 だがしかし、ここは辺境というだけあって、まだ未確認の魔物や、新しい生態系などが多く存在しているこの場所だ。誰か他の実力者に助力を願う必要があるだろう。

 

 できればまともな人間がいいのだが、武と知と義を併せ持つような人材は国中を見回しても少ない。

 

 そう思ったのだが、どうやらリタ様はあてがあるようだ。

 

 

 一か月後。

 

 遠方から貴族がやってきた。

 典型的な貴族といった感じの、まぶしい装飾品を身に着けた女性だ。

 

「このジャクリーヌ・スウェイル・ベレスフォートが、わざわざあなたのためにやってきましてよ」

「なんというか、久しぶりだな」

「私と腹の探り合いをする準備はできているかしら?」

 

 あからさまな上から目線でリタ様と挨拶を交わすが、リタ様自身は気にした様子はない。

 

 この女傑のちょっと不思議なところが、邸内の移動時に俺の方をじっと見ていたことだ。

 

 うん。

 たぶんこの女。魔眼持ちだな。

 

 俺以外にも魔眼持ちはもちろん存在している。

 何か特別な魔眼を使って俺を事細かに分析しているのかもしれない。

 

 彼女がやってきてすぐに、魔物の大規模な侵略が始まった。

 

 だがこの女性が表立ってこのスタンピードを迎え撃つようなことはなく、リタ様に部下を貸し出しただけだった。

 それでもお抱えの騎士たちは目を見張るほどの強さを見せた。

 タンクは真っ向から魔物の攻撃を受け止めるし、剣士のうち一人は抜刀と納刀がめちゃくちゃ速い。回復術師も状況判断能力が通常のそれと比べて数段上だった。

 数十年すれば、この中の数名がこの軍国の将軍に成りあがることだってあるかもしれない。

 

 そんなこんなで魔物の大量発生は比較的穏やかに鎮圧された。

 死者も出ていない。もちろん怪我をした者はいたが、回復術師が速やかに治療していた。

 

 その後、小規模のパーティのようなものが催され、俺も、リタ様の傍を離れてシェフの料理を手伝っていた。

 このシェフは自分の腕に自信と誇りをもっておりなかなか厨房に入らせてくれなかったが、いまでは生来の友のような仲で、協力しながら日々より美味なものを求めて料理を研究している。

 

 まぁ、まだ俺の紅茶も料理も、リタ様の口元には届かないのだが。

 かなしい。

 いや、俺は推しを近くで眺められればそれでいいんだ。うん、そうだ。

 

 パーティ内で食事を運んでいると、一人の従者から声を掛けられた。

 

 どうやら助っ人貴族のジャクリーヌ氏が俺を呼んでいるらしい。

 

 すぐさま伝えられた場所へ向かうと、そこではジャクリーヌとリタ様が何やら会話をしていたようだった。

 

 俺の姿が見えてすぐ、リタ様は俺に「お前に話があるようだ、私は部屋へ戻る」とだけ伝えて去った。

 

 その後ろ姿をジャクリーヌが笑いながら眺めている。

 

 どことなく苛立ちを以て俺はジャクリーヌに相対した。

 

「糸目のあなた、ナンスという名前だったのね」

 

 観察する。

 ジャクリーヌさんの騎士はそのほとんどが精鋭だが、なかでもずば抜けているのが側近の男だ。

 この騎士の名前は知っている。なぜなら、同じ王国の冒険者だったからだ。

 

 隣に控えているその男は、ヴィクター。

 Sランク冒険者ヴィクター。

 二つ名、紅一文字(ドレッドノート)

 

 燃えるような赤髪が特徴的で、二の太刀要らずと呼ばれる必殺の剣術を修得している若い男だ。

 

 確か好んで用いる基本剣術は……王国(ミデン)式とアルストア流と、なんだっけ、グレイ流だったか?

 

「わかってると思うけど、私はね、情報収集が好きなのよ」

「そうですか。素晴らしい魔眼をお持ちである上に知りたがりとは、隠し事が好きなこの国の貴族たちは涙目でしょう」

「そうよ。私の目には真実が映り、私の耳には多くが届く。

 ――――もうすぐ、この軍国に聖なる国が攻めてくるわ」

 

 聖なる国ピラカンサス。

 人民が神の加護を賜る強力な宗教国家。

 

 初めて聞いたが、攻めてくること自体は知っていた。

 原作主人公が海国へと亡命したのち、この国と聖なる国とで大きな戦争が起こる。

 それによって王族が数名海の国へ逃げてくるのだ。

 主人公はこの王族のショタを捕獲して、新しい未来の逆ハーレム要員に加えるというわけだ。

 

しかし、まだまだ先のことだと思っていたが、この時既に侵攻することは決まっていたのか。

 

「私は聖なる国の傍につく。さすがにあの影響力には抗えない」

「賢明な判断ですね」

「あなたにも賢明であってほしいと思っているの」

 

 目を細めてこちらを観察してくるのがわかった。

 

 この人は原作にも登場しない。それもあってどう動くのかわからない。魂胆が見えづらい。

 

「あなたはあの子に魔術および魔眼の使用を禁じられているそうね」

「ええ、その代わりにとても好待遇ですよ。あなたもどうですか?」

「私はいいわ。危険な辺境で魔術も使えず鈍物に跪く日々なんて」

 

 鈍物?

 いま、こいつは、リタ様を鈍物だと言ったのか?

 

「おお、あなた、そんな瞳をしていたのね。黒く底の見えない瞳」

 

 こいつは何を言っている。

 リタ様を侮辱したことはわかる。

 

 腰もとに手をやるが、そこにはいつも装備している刀剣はなかった。

 

 落ち着け、こういうときは素数を数えろ。

 2、3、5、7、11、13、17、57。

 57? あれ?

 

「何が言いたいかわかりませんね」

「ふむ。この言葉を知っているかしら『この世で最も重いものは、理解できる敵に向けた杖である』、竜明暦最高の医者、ギヨーム・イラズムスの言葉ね」

 

 手を俺に差し伸べるかのように掲げる。

 

「あなた、私のもとにつかない?」

 

 この状況で勧誘か。

 

「私ならもっといい待遇をしてあげる。

 あなたにはそれだけの価値があるわ。どうかしら」

「…………」

 

 この女はどこを見ているんだろう。

 俺が忠誠を誓っているのはリタ様ただ一人。

 他の誰かのもとにつくなど天地がひっくりかえってもありえない。

 

「ならばあなた様は、この言葉を知っていますか?」

「なにかしら」

「『推しのためなら死ねる』」

 

 「オシノテメナラ、シネル?」と彼女は初めて困惑した表情を見せた。

 

「恥ずかしながら知らないわね。意味を聞いても?」

「別の主君に仕えるのは論外という意味です。私があなたのもとに下ることはない」

 

 その瞬間。

 ヴィクターが叫んだ。

 

「お前、ふざけているのか!!」

「いいえ」

「ふざけているな! ふざけているんだろう! この方の勧誘を、慈悲を、断るなど、笑止千万!! いくら同郷の冒険者とは言え度し難い!」

 

 荒ぶる彼を、ジャクリーヌが制止した。

 ジャクリーヌの瞳が怪しく煌めく。

 

「『大人しくしなさい』」

「っ…………申し訳、ありません…………」

 

 たじろぎながら謝罪をするヴィクターを一瞥する。

 彼女は俺のほうを怪しい魔眼を以てじろりと見た。

 

「ナンス、あなた、思ったより熱い男なのね」

掌握の魔眼(プラタナス・ギア)ですか」

「あら、博学なこと」

 

 掌握の魔眼。

 分析から支配まで幅広い使い道が存在する魔眼。

 一介の貴族と称すにはあまりにも天から愛されている。

 

「私はあなたの敵になりたくはないわ。このままだとあなたは『理解できる敵』になってしまう。あなたを殺したくないの」

「なら私の勝利ですね。私はあなたを理解できませんので、杖でも矢でも向けることができます」

「後悔するわよ」

「本望です」

 

 彼女はフッと笑った。

 いままでの野心を隠すような笑みではない柔らかな微笑を浮かべた。

 

「あなたが忠誠を誓う相手が、私だったらよかったのに」

「なら三十年くらい遅かったですね」

 

 俺は一度礼をして、踵を返しその場を去った。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 リタ様を探したが、自室にもいない。

 

 プライバシーを侵害するのはよくないし、ましてや私は異性だ。あまりリタ様の行動に踏み入ってはならないだろう。

 それでもどこか予感がしたため、邸宅の外を探すことにした。

 

 外は雨で、立ち込めた暗雲が月光を遮り、真っ暗な空間を作り上げている。

 土砂降りの雨だ。

 

 館を出て少ししたところで、リタ様の姿を見つけた。

 

 リタ様は篠突く雨の中、たった一人で立ち尽くしている。

 

「風邪を引きますよ」

 

 そう言った瞬間、足を払われ地面に押し倒された。

 あっという間の出来事で、何もできず、起き上がろうとしても重心に乗られていてぴくりともしない。

 

 息を切らしながら彼女がこちらを見ている。

 

「お前は、敵か? 味方か?」

「リタ様……」

「聞いたんだろう、聖なる国が攻めてくるという話を」

「信じたんですか?」

 

 なるほど。

 ジャクリーヌめ。リタ様にも戦争の話を吹き込みやがって。

 

 戦争前にいろいろと手を回してリタ様を別の国に旅行に行かせるつもりだったのに、本人が戦争について気づいてしまえば退くことはない。手の打ちようがないな。

 

「リタ様……」

「どうなんだ、そろそろ吐いたらどうだ? 目的がなんなのか」

「リタ様」

「最初からわかっていたはずだ。私が、お前のことなど、信用していないことを」

「リタ様」

「なんだ」

「風邪を引きますよ」

 

 すると、リタ様は少し言葉に詰まった様子になり、嗚咽を漏らしながら倒れた。

 持っていたレインコートをリタ様に掛ける。

 

「帰りましょう。失礼致します」

 

 リタ様に肩を貸しながら、俺は邸宅へと戻った。

 

 

---

 

 

 案の定、リタ様は風邪にかかっていた。

 これまでの心労、疲労も祟ったのだろう。

 自室へ戻ったあと、「寝る」とだけ言って風呂に入り寝室に戻ったが、次の日には高熱を出していたらしい。

 

 女中が大慌てで風邪を引いたと伝えに来た。

 なぜか俺は変な信頼を得ているみたいだが、俺も実のところこういう時の適切な対応は知らない。

 

 風邪は回復魔法でも治療できない。

 万能にみえても、魔法には明確な限界と制限がある。

 

 この世界でも、風邪は脅威だ。

 

 従者たちもどうしたものかと悩んでいた。

 医者を呼ぶかどうかという話が聞こえてくる。

 

「ナンスか……」

 

 リタ様の目が覚めた。

 自分が布団に入っていることと、額にかぶせられた氷嚢を見て、少しばかり思案しているようだ。

 

「私は、病に罹ったのか?」

「ただの風邪です」

「ただの、か」

 

 そろそろ氷嚢がぬるくなってきたので、新しいものに取り換える。

 桶の水を換えてこなければならないな。

 

「どこか行くのか?」

「水を換えに」

「魔術を使えばいいじゃないか」

「禁止されておりますので」

 

 ぼんやりとした風に、リタ様は「そうか、私はお前を信用していないんだったな」と呟いた。

 

「仕方がない。いまだけ魔術の使用を認めよう」

「わかりました」

 

 少しリタ様から離れて火で水を少し蒸発させ、室内の湿度を上げる。

 その後、桶に水と氷を生成し、冷たい氷水を作り出した。

 どのみち桶が足りなくなったら水を流しにいかなければならないな。

 

「お前、そんなに魔術が使えたんだな」

「人並み程度にはですね」

「並みの人間は、火と水を同時に出せたりはしない」

 

 そうかもしれない。

 

「ジャクリーヌは?」

「すでにお帰りになられました」

「そうか……」

 

 あの人も病臥している者を叩き起こすほど人でなしではないらしく、俺を含めた数名の従者に見送られて帰っていった。報酬は別途渡すことになるだろうか、それともその前に聖なる国が侵略してくるのだろうか。

 

「すまないことをした」

「いえ。構いません」

 

 昨日のことを思い出したようだ。

 推しに押し倒されて嫌だと思う人間はいるのだろうか。

 

「お前は、昨日、ジャクリーヌになんと言われたんだ?」

「こちら側につけ、そう言われましたね」

「そうか。いつ向こうに行くんだ?」

「行きませんよ」

 

 おどろいたような顔をしてこちらを見たリタ様だったが、その際、額の上からずれた氷嚢がその視界を塞ぎ、本人はおろおろし始めた。

 もとの状態に戻すと、いまだ俺の言葉を飲み込めていないとばかりにリタ様が質問を投げかける。

 

「なぜだ」

「私はあなたの部下ですから」

 

 彼女は眉を顰めた。

 悩んでいるのか、気に召さないのか、判別がつかない。

 

「何か魂胆が、目的があるんだな」

「ありますよ。その目的を達成するためには、あなた様にあと八十年ほど生きてもらう必要があります」

「随分と壮大だな」

「はい。八十年後、リタ様に、私が淹れた紅茶を飲んでいただきます。美しい庭でのティータイムならさらに芸術点がつきますね。魔物にも、人にも脅かされず過ごしてもらう。それが私の大いなる計画です」

 

 「世辞がうまいな」とリタ様は笑った。

 それを見て、俺はこの世界にカメラがないことをとても残念に思った。

 

 

 病状が回復し、全快とも言える状態になったところで、ジャクリーヌに対する報酬をどのように返すかということになった。

 

 彼女の言った聖なる国が攻めてくるということが本当なのかは置いておく。

 まずは目先の恩義に報いる必要がある。

 

 個人的にはあまり協力したくないが、彼女がいなければ魔物の大侵攻は止められなかったかもしれない。

 

 向こうに決めてもらったほうが手っ取り早いということで、文を送り返事を待つことになった。

 リタ様直筆の文章が向こうにも届き、すぐさま返事が返ってくる。

 

 これまた高価そうな紙が使われ、代筆でも頼んだのかと疑うほどの達筆にてこう書かれていた。

 

 戦の恩は戦で返していただきたいと考える。

 私の領地は小型であるがダンジョンを擁している。

 そのダンジョンが最近いろいろときな臭いので助太刀を頼みたい。

 ダンジョンの壁や階層を崩さないように重戦士ではなく魔術師であることが望ましい。

 正直、まだ心残りがあるのでナンス殿を選んでいただくとありがたい。

 数日ダンジョンの探索をすれば終わりとなると思う。

 

 おおよそこんな感じだ。

 

「私がお呼ばれしているようですね」

「好事家なのは知っていたが、ここまであからさまとはな」

 

 どれだけ時間や金を積んでも俺があちら側に寝返ることは絶対にないというのに。

 一度欲しいと思ったものは是が非でも手に入れるようなスタンスらしい。

 

「どうしましょうか」

「行ってやれ」

「貴方様は向かわないので?」

「私は雑務がある。大きな戦闘の直後だしな」

 

 なら俺は館内で戦力になりそうな人を選んで向かわなければいけないのか。

 

「承知しました。行ってまいりましょう」

「頼んだぞ」

「はい。リタ様も、あまり無理はなさりませんよう」

 

 十数名の兵士を選び、そのダンジョンがあるというベレスフォート領地へと向かう。

 リタ様からは魔眼も魔術も使用を認められているので、おそらく苦戦することはないだろう。

 

 ダンジョンなら冒険者として何度か向かったことがある。

 そもそも冒険者ギルドという存在自体が傭兵、自警団、ダンジョン探索者をまとめて作られた組織なのだ。そのためダンジョンや遺跡の調査依頼も多かった。

 

 乗り気にはなれないが、さっさと終わらせてリタ様のご尊顔を拝む毎日に戻るとしよう。

 

 到着した場所は大きな砦だった。件のダンジョンは見えない。

 ダンジョン監視用および情報伝達用らしきその建物は、古くからの歴史を感じさせる造りでありながら今も尚健在な堅牢さを持っている。

 

 案内されたその場所にいたのは、その中央に座っている強面の男。

 

「お前がナンスだな」

「ええ。今回助力を頼まれました。ジャクリーヌ様にご挨拶を申し上げたいのですがこの場にはいらっしゃらないのですか?」

「あの小娘は、いない。そして、来ることもない」

 

 杖でペン回しをしながら、凄まじい眼力でこちらを注視する男。

 立ち振る舞いは普通なのに眼力だけヤバい。

 冒険者に入る前の俺だったら漏らしてしまっていたかもしれない。

 

「ダンジョン攻略要請、ありゃあ、嘘だ」

「嘘? と言いますと?」

 

 流れがまずいことになってきたと感じる。

 位置取りを確認し、逃げるための構想を練った。

 

「お前さんの主の嬢さん。若いのにもったいねぇが、死刑が下った」

 

 動きが止まる。

 

 死刑が下った。

 その言葉を裡で反芻する。

 

「具体的な説明を求めます」

「あー、時系列に沿って説明するか。

 まず、枢機卿がお前の主を神敵だと表明する。

 そして、この国に『コイツを死刑及び領地の譲渡をしなければ停戦を破る』と持ち掛ける。

 死刑を実行するのに邪魔なお前がここにおびき寄せられる。ここが今だ。わかるな?」

 

 なぜ、リタ様を神敵と……?

 

 わからない。

 原作はまだ聖なる国とのかかわりが少なかった。

 

 魔剣か……?

 第六位の魔剣を持っているリタ様は敵国にとって脅威だ。

 もしかしたらそういうことなのかもしれない。

 

 その脅威を消すときに脅威となったのが俺。

 その俺をジャクリーヌは引き剥がすことにした。

 ああ、本人が聖なる国の側につくと言っていたのに、なぜ信用してしまったのだろう。

 

 俺は間違えてしまった。

 

「ま、なんと言うか、残念だったな

 とにかく、死んでくれや」

 

 広域に様々な魔法陣が展開されていた。

 この男のものだ。

 

 右側から氷が、左側から石礫が放たれる。

 

 飛来するそれらを、

 俺は、

 

 

 抜刀とともに消し飛ばした。

 

 

「ありゃ……」

 

 魔術で想像された物質には核が存在している。

 それらの核を総じてアルカヌムなどと呼称することもある。

 

 ミリ単位の調整を行って、寸分たがわずアルカヌムを斬ることができれば、その瞬間に魔術は霧散する。

 

「魔術斬り……、こりゃ負けたな」

 

 一瞬で距離を詰め、男に掌底を放ち気絶させる。

 同じ要領でその空間にいた他の冒険者の意識も刈り取った。

 

 従者の方々に告げる。

 

「私は先に帰ります」

 

 先程の男を連れていったほうが情報源があって有利かと思ったが、速さを重視し誰も連れていかないことにする。

 

 そこから、俺はひたすら走った。

 ただ、走った。

 

 山の木々をなぎ倒すように走る。

 民家の屋根の上を走る。

 荒野の魔物を蹴散らしながら走る。

 

 道のりではなく距離だ。

 このまま障害物を超えて最短でクインツィード領地へ戻る。

 

 魔眼を発動させ、視界のものを透過し演算。

 

 体力はまぁいい、だが魔力は消費し過ぎれば終わる。このぐちゃぐちゃな感情を制御し、冷静にリタ様の救援として働くために最適な行動をとらねばならない。

 

 

 領地に入るあたりで、遠くに軍が見えた。

 軍だ。

 軍団。

 

 白と赤を基調とした色の法衣。

 聖なる国のなかでも異端審問協会に属する兵の配色だ。

 

 俺はその軍団の末端に追いつくと、そのまま頭を踏み台にして駆けた。

 

 上空にあげられた槍先を避けながら、人を足場にして疾走する。

 

 おそらく、この数の軍団なら、先頭には聖なる国の四大司教のうち誰かがいるだろう。

 

 聖なる国の住民は、全員が十二歳を超えると加護を持つ。

 それは剣の扱いがうまくなるとかだったり、足が速くなるとかだったり、異能や魔眼とは別の理に属するものだ。

 

 大司教はそのなかでも相当上位の加護を持っている。

 

 原作で主人公が大司教と戦闘になったことがあったな。あのときは確か他の大司教が止めに来たんだったか。

 

 気づけば、目の前に刃が迫っていた。

 認識阻害の魔術?

 いやこれは、

 

 首を反らして回避する。

 目の前には誰もいない。ただ刃物だけが虚空から露出している。

 

 声が響いた。

 

「曲者が現れたな。神託の邪魔をする奴らはみな神敵だ」

 

 影の加護。

 大司教の一人だな。

 自分や近くにあるものの気配を消すことができる加護。そこらへんの魔眼では対応することができない。

 

 体勢を崩し、地面に着地する。

 そして、なんとなくいま俺に向けて多くの矛が向けられていることに気がついた。

 

「神敵は抹殺する」

 

 脳に響くような声。その音がどこから発生しているのかもわからない。

 

 俺はすっと目を閉じた。

 瞼の奥にある瞼。その瞼の奥にもまた瞼がある。

 

「何をして……」

「『名は体を表す(コール・ザ・グレイトフル・ウィード)』――――」

 

 石化の魔眼の効果。視界に入るものを短時間硬直させる。

 

「開門、『審判の魔眼(ドラセナ・ギア)

  『魅了の魔眼(ラナンキュラス・ギア)』、

     『先見の魔眼(ローバイ・ギア)』、

   『鑑定の魔眼(サルビア・ギア)』、

     『残滓の魔眼(スケトシア・ギア)』、

  『硬質の魔眼(ピラカンサ・ギア)』、

 『強化の魔眼(ディモルフォセカ・ギア)』、

    『熱視の魔眼(ヘリオトロープ・ギア)』、

      『刹那の魔眼(アルストロメリア・ギア)』、

  『継承の魔眼(ヘリクリサム・ギア)』、

 『思考の魔眼(アルメリア・ギア)』、

     『察知の魔眼(ジニア・ギア)』、

    『引力の魔眼(バーベナ・ギア)』、

  『切望の魔眼(クロッカス・ギア)』、

    『並列の魔眼(タンジー・ギア)』、

  『石化の魔眼(マンドラゴラ・ギア)』」

 

 すべてが見える。

 すべてに影響を与えうる。

 

 俺の魔眼は多くの魔眼の能力を複合したものだ。しかし、奥の魔眼を開いても、それにいたるまでの外側の魔眼も開いておかなければ効力を発揮しない。使い勝手はそこまでよくないのが俺の眼だ。

 

 強引に加護を引きはがされ、影の加護の持ち主とその軍勢が姿を現した。

 

 彼らが動揺を浮かべるよりも前に、全員の武装を切り裂く。

 強化の魔眼(ディモルフォセカ・ギア)で鋭さと耐久を底上げした剣によって、鎖帷子も衣のように斬り裂いた。

 

 命はとらない。

 それは俺にとって精神的ダメージが大きすぎるし、なによりもリタ様が望まない。

 

 影の加護がなければ、いくら大司教であっても魔道具である程度武装した人間でしかない。

 

「ヒィっ、いの、た、助けてくれ。おれの、おれの……」

 

 実際に、この男は影の加護が使えないとわかるやいなや戦意を喪失した。

 

 邪魔をしないのなら捨て置いてもいい。

 

 両手を上げている大司教から、残滓の魔眼(スケトシア・ギア)で情報を読み取る。

 記憶というか、残留思念のようなもの、それが脳内に流れ込み、脳にかかるはずの負荷を並列の魔眼(タンジー・ギア)で肩代わりさせる。

 

 いくつもの光景が脳裏に浮かび上がり、記憶が、言葉が混濁する。

 あまり時系列が正確ではないが、見えてくるものを繋ぎ合わせればそれなりにわかることがある。

 

 …………大体理解できた。

 

 この領地に来ている大司教はこいつ一人だけ。聖なる国の兵もすべてこいつの手下だ。別動隊はいない。

 しかし、軍国の将軍が三人、リタ様を死刑にしようとこの場にやってきている。

 

 三人。このまま行けば必ずかち合うことになる。

 

 将軍のうち一人は重戦士エルネスト、もう一人は風使いキリアン。そして最後に軍国の王子の近衛兵隊長だった歴戦の猛者、ディミトリ―。

 

 いくら魔剣序列高位の魔剣を持つリタ様が相手とはいえ、この国が誇る実力者をほとんど動員するとは。

 

 逆に言えば、リタ様は自身の死刑の宣告に対して異議を唱えているからこそ、この国が強硬手段を講じるつもりなのかもしれない。

 そうだったら、ああ、そうだったらいいな。

 聖なる国が攻めてくると聞いてもこの場所に残ることを決めた彼女だ。その愛国心のもとに、何もせず刑を受ける可能性が大いに高い。

 

 さて、この三人の敵と戦うより遠回りして避けたほうが時間と魔力を削らずに済みそうだ。

 

 と思うが否や、

 察知の魔眼(ジニア・ギア)が襲撃を観測する。

 

 空を見上げると、遠くから放たれた無数の魔術を見る。

 湾曲の属性を付けているのか、魔術を矢に乗せているのか、それらは俺に向かって空中でアーチを描いて飛んでくる。

 

 刹那の魔眼(アルストロメリア・ギア)の影響で体感時間が遅延され、迫る影がゆっくりと大きくなっているのが見える。

 先見の魔眼(ローバイ・ギア)が数秒後の未来を予知する。

 切望の魔眼(クロッカス・ギア)で乱数を調整し、運を上げる。

 鑑定の魔眼(サルビア・ギア)で鑑定し、攻撃が風を纏っていることに気づく。

 

 風使いだ。

 

 風の将軍キリアン。

 奴が俺の存在に気づいたようだ。

 

 重力によって加速する魔術攻撃の嵐を、俺は刀で斬り、そらし、受け止め、吹き飛ばす。

 

 攻撃の雨が続く。

 すべての魔眼を行使して、ただひたすらに防御し続ける。

 

 弾丸以上の速さで近づいてくるそれらを、さらに上の速さで剣を使い無効化し続ける。

 

 手首に攻撃が掠り、それだけで肉が裂け、骨が砕ける。

 

 それで利き手が使えなくなった。

 だがしかし、弾幕は止んだ。

 

 一人の法師が近づいてくる。

 

 その風貌は虚無僧のようで、被り物から表情を伺うのは難しい。生憎とこちらは透視の魔眼まで持ってはいない。

 

「あの総攻撃を耐えるか……、一騎当千だな」

 

 どこか機械的な声だ。

 

「ふむ…………。アンドレ、他の将軍に伝えろ」

「へぇ、なんと?」

「Sランク級冒険者百々目鬼(オール・ギア)が現れたと」

「マジですかい?」

「ああ、練度の高い身体強化魔術と、エーテル光が無に等しい最効率化された魔術。まさか会うことができるとは」

 

 百々目鬼(オール・ギア)…………。

 そう言えば俺はそんな風に呼ばれたこともあったな。

 とある依頼の折に貴族から洒落でつけられたんだったか。

 

 俺が早馬を追おうとするのを、彼は間合いをうまく使って妨げる。

 こういう敵は厄介だ。

 

「行ってくれたな。

 あーあ、王下都市最強の冒険者が、なぜこんなところにいるんだ」

 

 視線が俺に向いているのがわかった。

 

 俺はその言葉に剣先を上げることで意を示す。

 

「待て。私は下りる。伝達係も送ったし。

 君とは争わない。

 無駄だからだ。

 君みたいなのが来るとは聞いていない。勝てない。見逃してくれ」

 

 さきほどの大司教と同じく、会ってすぐに戦意を喪失。

 

 判断が早いのか、それとも臆病なのか。

 

 一応、無属性魔術で将軍を気絶させる。

 反応しようとしたようだったが、すでに間合いを詰めたこの近距離でそう安易に防げる道理はない。

 眠るようにその場に崩れ落ちるのを確認した。

 普通の打撃によるものではないので、回復魔術師がいたとしても全快までには時間がかかるだろう。

 

 俺を見て及び腰になっている兵たちがぞろぞろと隊列を見出し、人波が裂け道ができた。

 

 その道を駆ける。

 

 すでにクインツィード邸は視界に入っていた。

 

 それと同時に、もう一人の将軍の姿も見える。

 たしか、エルネスト。本名は……わからないな。

 残滓の魔眼では文字情報の取得は難しいので情報も朧気だ。

 

 風が荒んでいる。

 

 いま倒した将軍の能力によるものではない。

 

 俺を認知し、闘志を宿らせている、剛強な大将軍のものだ。

 

「いいのが来たなぁあ」

 

 僧侶であるとは思えない出で立ち。

 長く伸ばした髭に、剣呑な目。肩には大きな槌を持っている。

 

 その男は高い観測能力でこちらに気づき、

 高い身体能力で空を飛び、

 空中を踏んで軌道を変え、

 圧倒的破壊力を帯びた鉄塊のような戦槌を、水平に振りぬいた。

 

 硬質の魔眼による柔化を行おうにも目で追えない速さだから無理だ。

 

 動体視力には自信があったのに。

 

 俺は身をそらして回避しようとしたが、あまりにも速すぎる。

 予備動作もなかった。

 

 仕方なく、負傷した利き手を犠牲にする。

 

 ギャリギャリと音をたてて、俺は遠くに吹き飛ばされそうになった。

 

 引力の魔眼を使って、地面を引き寄せるように作用を起こし、反作用でその場にとどまる。

 

「ほお、割れない風船を殴ったみたいだ」

 

 快活というにはいささか獰猛に、その男は笑う。

 

 俺は強化の魔眼を以て耐久力ではなく敏捷性をさらに強力にした。

 

「いいぞいいぞ、お前、生きてるなァ!」

 

 将軍エルネストが、大きく槌を振り上げた――――

 

 

 地面が、爆ぜた。

 

 

 長い攻防が繰り広げられた。

 

 一撃一撃が重かった。

 信じられないほど重かった。

 

 しかし、勝ったのは俺だった。

 

 腕を斬り落とされたエルネストが、満足そうに笑いながら気絶する。

 膝が地面に落ちているが、顔は依然として上を見ていて、手には柄を握っている。その状態のまま気絶していた。

 

 俺の方も無傷ではない。

 はっきり言うと、利き手が欠損した。

 

 致命的な傷を少し魔術で治療し、目的の場所へと向かう。

 かすり傷やぼろぼろになった燕尾服を治療・修繕する余裕はない。

 

 

 

 庭に、使用人たちが集められている、

 

 邸宅の窓から、人影が見えた。

 

 俺は魔眼を最大限に使って人物とその位置関係を把握する。

 熱視の魔眼によって、リタ様が二階の廊下にいることがわかる。

 

 脚力を駆使してそのまま飛び上がり、窓から廊下に転がり込む。

 

 驚く声が聞こえた。

 

 その廊下には、液体が撒かれていた。

 転移や加速等の一部魔術の行使を妨げるポーションだ。

 通常の魔術もいくらか阻害される。

 

 その場にいたのは二十人ほど。

 

 帝国が誇る最強の将軍ディミトリ―、ジャクリーヌ、ヴィクター。それらの部下。そして――

 

 全身を刃物のようなもので裂かれ、もはや虫の息となったリタ様。

 

 魔眼は彼女が生きていることを伝える。

 

 俺が彼女に近づこうとすると、ヴィクターが横に入った。

 

「おいなんでおま――――」

「どけ。」

 

 ヴィクターの剣柄を押さえ、横っ腹を蹴って飛ばす。

 邪魔者は窓から落ちていった。

 

「リタ様、」

「……な、」

 

 回復魔法を行使する。

 

 ぐったりとした彼女の顔が蒼白色から通常の色に戻るまで、残存魔力を無視して魔術を行使し続ける。

 

「この声、ナンスか……?」

「はい、貴方様のナンスですよ」

 

 意識が戻ったようだ。

 俺は彼女を片手で抱きかかえると、そのまま近くにあった執務室に向かう。

 

 将軍の私兵達がそれを止めようと動いた。

 

正々堂々と(グラセランダ)。」

 

 その言葉で全員の動きが止まる。

 この国の闘技大会や決闘等で用いられる言葉だ。

 

 執務室にリタ様を寝かせる。

 彼女は状態を起こしながら俺に問いかけた。

 

「なぜ、帰ってきた、それに、お前、腕が……」

「まだあなたの肺に与えられた傷が治っていません、喋らないでください」

 

 呼吸を整える。

 彼女は無事だ。生きている。

 

 きっと、俺の考えは正しい。

 

 防音の魔術を部屋にかける。

 

「これから話すことをよく聞いてください」

「…………」

「一年後、この国の枢機卿が崩御する。そうすればあなたはおそらく狙われなくなる」

 

 なぜなら――

 

「なぜなら、聖なる国の枢機卿があなたを殺そうとした理由が、未来を見るためですから。

 気づいているかもしれませんが、あなたは魔眼を持っている。遠く長い未来を見通す魔眼です。

 その魔眼と枢機卿の未来をみる能力が競合して、結果どちらも未来予知ができなくなっている。

 枢機卿はその原因を探し貴方様に気づいた」

 

 原作でリタ様は未来が見えていた。

 枢機卿が死んで少ししたところで、彼女は原作主人公に忠告をしに来た。

 自分には未来が見える、これからよくないことが起こる、と。

 

 実際に海上都市で海神族の襲来が起こり、主人公はリタ様の忠告のおかげで事前に準備することができていた。

 

 だが原作では、枢機卿がここに襲いにくることはなかった。

 彼は作中でずっと魔剣集めをしていて、妖刀「一抹」を手に入れようと必死だったから。

 

 その魔剣も主人公が持っていたせいで叶わなかったのだが。

 

「理解できなくても構いません。ただ救いはあることだけわかっておいてください」

 

 彼女の魔剣を抜き取る。

 

 そして、呪文を唱えた。

 

 魔眼を開門するのにも、特定の封印を解くのにも、キーとなるのは呪文であることが多い。

 

「『かの者にとっての希望は、世界にとっての不安であった』」

 

 妖刀『一縷』が変質する。

 それは黒い光を纏い、底知れない気配を奔流を吐き出し始めた。

 

「封印を解きました。これは、妖刀『一抹』です」

 

 魔剣序列(ランキング・オブ・ギヨーム)の第二位に位置する妖刀だ。

 あまりにも人を殺しすぎたその力を、古い魔術師は封印した。

 見た目と性質がとてつもなく乖離していたので、妖刀『一縷』は不壊の剣、妖刀『一抹』は暴虐の剣として、それぞれ別のものだと記録された。

 

 魔剣序列一位の『不退・結』は最終決戦兵器として一時期のみ用いられたものなので、現在も力が変わらず人に御せるという点から、実質この剣が魔剣のなかでは最強だろう。

 

「この魔剣は、逃亡中のあなたを守ってくれます。

 あなたはこれから、海上都市に逃げてください。あなたの友人がいる場所です」

「だが」

 

 反論しようとした彼女だったが、そのまま大きく吐血する。

 俺はなけなしの回復魔法をかけた。気休めだ。

 

「安心してください。

 あなたが思っているより、あの令嬢は強い」

 

 なんせ、主人公なのだから。

 

「そうですね、彼女と出会ったら、『タスケテ』と言ってください。例えどれだけ彼女が荒んでいても、絶対に助けてくれるでしょう」

 

 現代日本から転移してきた主人公なら、きっと日本語で「助けて」と言われれば話を聞くだろう。

 きっと、大丈夫だ。

 

 気配が近づいてくる。

 痺れを切らした奴らがこの部屋の扉を開こうとしているのだろうか。

 

「では、幸運を」

 

 立ち上がり、名残惜しさを感じながらも、扉に手をかけた。

 

「おい!」

 

 扉を開ける直前、彼女は叫んだ。

 

「なんで、お前は、私を助ける……」

 

 少し考えた。

 何を言おうか迷って、

 結局最初に思いついたものになった。

 

「私はあなたの部下ですから」

 

 

 

 

 部屋を出る。

 

 

 目の前には、軍国最強の将軍。

 

「忠臣よ。そなたの義には敬意を払おう」

 

 両手に持った高そうな盾と剣を体の前面で重ねていた。

 

「まだ少ないだろうが、そなたの魔力は残っている。それで戦え。最後の華を、私に見せてくれ」

 

 澄んだ瞳でこちらを見た。

 魔眼ではこうはならない。人間らしい目だ。

 

 俺はその構えを見て、後ろを向いた。

 

「『施錠』」

 

 扉を強化し、閉ざす魔法。

 すべての魔力を、そこに込める。

 

 その影響は壁にも波及し、現在この廊下にいるものたちを閉じ込める簡易的な結界となった。

 

「なに、を…………」

 

 将軍は絶句した様子だ。

 

「バカモノ! なぜそんなに主を守る! 魔力すべて使い切りおって!

 我と、我と!

 戦っては、くれないのか…………?」

 

 耐えきれないといった様子で盾を地面に投げつけた。

 

 

「何を言ってるんだ?」

 

 

 俺は、鞘から罅割れた剣を抜いた。

 

 

 将軍が顔を上げる。

 

 視界の端でジャクリーヌが崩れ落ちる。

 

 最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 戦歴。

 百名弱の兵士の無力化。

 A級冒険者ハクドの無力化。

 聖なる国大司教の無力化。

 軍国将軍二名の無力化。

 軍国将軍一名の腹部への恒久的損害、右腕の破壊。

 魔剣序列(ランキング・オブ・ギヨーム)第十一位『微酔』の破壊。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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