「セ、セイウンスカイさん!?あ、あのあの!もしかして―――」
「そうだよーキングと同期の」
「や、やっぱりですの!!」
憧れの存在であるキングへ―ローと同期のセイウンスカイに会えたことにカワカミプリンセスは喜びを隠せない。
フンスフンスと鼻息を荒くするカワカミプリンセスであったが、
(あれ?私キングさんの名前を出しましたっけ?)
なぜ自分がキングヘイローに憧れていることをセイウンスカイさんが知っているのだろう?そう疑問に思ったカワカミプリンセスであったが、
「もしかして君もキングみたいにクラシック路線を目指しちゃったり?」
「え?あのそれはその……」
突然の質問に戸惑う。この1600mを走り切ればはっきりすると思っていたが煮え切らない。
「セイちゃん的におすすめはしないかな~あそこを目指してる娘たちみーんな『目指せ三冠!』だの『ダービーで勝つ!』だの暑苦しくってさ~息苦しいのなんのって」
「そ、そうなんですの?」
嫌そうに語るセイウンスカイであったがカワカミプリンセスは少し疑問に感じた。キングさんついでに画面に見えたセイウンスカイさんの姿は、
(真剣で、それでいて楽しそうだったような……)
「そうそう。そういう意味ではティアラ路線の方がまーだ気楽かな~。クラシック路線よりはぬるいっていう意見もあるしね~」
「は、はあ」
「優雅で気品のある『お姫様』を目指すには程よく生ぬるい環境で走れて調度いいんじゃない?」
「……」
『お姫様』を目指すなら確かにティアラ路線の方がいいかもしれない。優雅で気品がある『お姫様』。
だが引っかかった。何かが違う気がした。私が目指す『姫』とは……
「んじゃそういうことでおさらばしちゃいま~す」
「え?ちょ、待ってください!」
カワカミプリンセスからの制止の声を全く耳にせずセイウンスカイは立ち去ってしまった。
セイウンスカイが立ち去りしばらくボーっとしていたカワカミプリンセスであったが、日が暮れ始めたのでトレーナー室に戻ることにした。
「ただいまですの~」
ガチャリとドアを開けてトレーナー室に帰って来たカワカミプリンセス。そのあまりの静けさに違和感を感じたトレーナーがカワカミプリンセスの元に近づいてきた。
「おお、お帰り~って随分服が汚れているようだが……」
「えっと……その、一発ぶっ飛ばしたらころんじゃいまして」
全力で走ることを禁じられていたのにそれを破ってしまった。自分の性格上隠そうとしてもどうせバレると思い正直に打ち明けることにした。
するとトレーナーはカワカミプリンセスの方をがっしりと掴み、
「怪我はないか!?何キロ走ったんだ!?セーブしながら走ったか!?走った後アイシングはちゃんとしたか!?足に違和感はないか!?足以外に痛むところはないか!?腫れはないか!?隠していることはないか!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいまし!!」
普段の気だるげ様子からは想像できないほどの慌てぶりにカワカミプリンセスは驚き、そして困惑した。
「確かめさせてくれ!」
そう言ってトレーナーはカワカミプリンセスの足に近づき太腿辺りを優しくじっくりと揉み始める。
「ひ、ふふふふふふふくすぐったいですわ!!もう~大丈夫ですわよ!!」
トレーナーを落ち着かせるため「軽く」トレーナーの頭をはたくと、ドスンという音が地面から響いた。
「?何の音でしょうねトレーナーさん」
トレーナーの方へ首を下に向けると、なぜかトレーナーが地面にめり込んでいた。
「……?」
数秒後状況を理解し、
「や、やっちまいましわぁぁあああ!!!!!」
カワカミプリンセスはトレーナーをお姫様抱っこで持ち上げ保健室へと向かった。
「大丈夫ですよ。大した怪我ではありません」
初老で白髪交じりの男性保険医がトレーナーにそう告げた。ベッドに横たわるトレーナーの頭には包帯が巻かれており、顔にも絆創膏やガーゼが付けられている。
「だってさ。顔を上げていいぞ」
トレーナーの視界には土下座をしているカワカミプリンセスの姿が映っていた。
「ごめんなさいですわ!私のせいでこんなことにぃ~!!」
「気にするな、俺も悪かった。少し興奮しすぎた」
「そ、そうですわね!気にしたら負けですわよね!!」
サササッと勢いよく立ち上がるカワカミプリンセス。
「……」
それに対して少し複雑そうな顔をするトレーナーであった。
そんな2人の様子を見ていた保険医は「ふふふ」っと楽しそうな声を漏らす。
トレーナーとカワカミプリンセスが保険医に顔を向けると、
「ああ、すみません。意識を取り戻したトレーナーさんの第一声が『カワカミの足は無事ですか!?』だったのを思い出しまして。お2人ともお互いを大切にしているのですね」
「トレーナーとして当たり前のことですよ」
さも当然のことのように答えるトレーナー。そしてさらに一言。
「怪我なく悔いなくカワカミに夢を叶えてほしいのです」
「夢……」
トレーナーの言葉にカワカミプリンセスは頭を下げる。
夢、今の私の夢は……
「で、叶えたい夢、走りたいレースは決まったか?」
気軽に適当にカワカミプリンセスへ尋ねるトレーナー。その雰囲気に釣られたか素直に答えていく。
「私はキングさんのような気品で優雅それでいて荒々しく力強く気高くなりたい、そんな存在にさせてくれる熱いレースで走りたいと考えています」
「それじゃあクラシック路線を目指すか?」
「それもいいのですが、ティアラという響きも魅力的ですの。姫に相応しい称号だと思いますわ」
「なるほど。どっちも譲りたくはないと」
「……贅沢でしょうか?」
思い悩むカワカミプリンセスの表情を見たトレーナーはニヤリと笑い、
「そんなことはないさ。どっちもとってしまおう」
「え?」
「知ってるか?スイープトウショウっていうウマ娘なんだが」
トレーナーはポケットからスマホを取り出し画面をカワカミプリンセスに見せつけた。
「どなたですの?」
カワカミプリンセスが画面をのぞき込むとそこには大きな魔女帽子を被るちっこいウマ娘が勝気な表情で腕を組み立っていた。
「この方はいったい……?」
「スイープトウショウ。去年の秋華賞を勝利したウマ娘なんだが桜花賞の頃の記者会見の時にとんでもないことを言ってな」
「どんなことをぶちかましましたの?」
「『今あるつまんないジョーシキとか考え方とかぜーんぶ、変えてやるんだから!』だってさ」
「つまんない常識?」
トレーナーは顎に手を当てしばらく思考した後言葉を紡ぐ。
「その『常識』はティアラ路線のウマ娘よりもクラシック路線のウマ娘が強いってことだ」
「え?そうなんですの?」
「……少しはレースの歴史を勉強しような。それはさておき、たまにティアラ路線のウマ娘が勝つこともあるが、あくまで『たまに』だ。その数はごくわずか。その結果、ティアラ路線はクラシック路線の添え物、中にはティアラ路線はただのお遊びなんていう輩もいる」
「……あんまし気に入りませんわ。勝負にかける思いは優劣がありませんもの」
カワカミプリンセスはセイウンスカイのことを思い出した。『生ぬるい』というその言葉、そしてそれに沸々とした気持ちを得たことを。
「……いい返事だ」
トレーナーの表情はどこか満足気であった。
「俺もそう思う。いやティアラ路線のウマ娘そしてそのトレーナーは誰もが思っていたはずだ。『自分たちが一番早い』ってさ。でも現実はそう甘くはない。なのにこのスイープトウショウは最近さらにぶちかましたんだよ。『宝塚記念』に勝つってさ」
「宝塚記念……たしか6月に行われるでっけぇレースですわね」
「そうだ。このレースは今では阪神で行われてるんだが、そこの宝塚記念で勝ったティアラ路線のウマ娘はいまだにゼロなんだよ」
「え?それなのにスイープさんは」
「『勝つ』ってそう断言したんだよ。普段なら誰もが鼻で笑うところだがスイープトウショウは全く動じていなかった。まるで『勝つのが当たり前だ』とそう言ってるようで。そんな姿を見せられたら『このウマ娘ならひょっとして……』と思ってしまうだろ?」
「……そう思います」
「俺は確信しているんだ。このウマ娘ならやってくれると。常識なんかぶっ飛ばすと。そしてそれはスイープトウショウじゃない、カワカミプリセス。君も常識なんかぶっ飛ばす、そんなウマ娘になるとさ」
「ええと、つまりは?」
「最高に価値あるティアラにしてみないか?」
カワカミプリンセスがトレーナーの提案を聞いて1年ほど経った。
桜が見頃となり、暖かな風が吹く今日この頃、1人のウマ娘が廊下にいた。
そのウマ娘は短めの芦毛の後ろに手を組みながらゆったりとした足取りで小さく鼻歌を歌いながら歩いていく。
しばらくするとそのウマ娘はドアの前に足を止めた。そしてノックをせずにガラリと引き戸を開け口を開いた。
「やぁやぁお久しぶり~キーンーグ♪」
その部屋には茶色の髪の毛をウエーブにさせた少女、キングヘイローがベッドに寝そべりながらテレビを見ていた。
「あなたねえ…何度も言ってるでしょ!ドアを開けるときにはノックをしなさいと!聞いてるのスカイさん!!」
「そんな細かいことは気にしない気にしない。キングたる者細かいことは気にしないものじゃないかな?」
「~~!!」
「ハイハイそんなプリプリしな~い。せっかくの美貌が台無しだよ~」
「誰のせいよ!誰の!!」
「さあ~?誰だろうね~?」
セイウンスカイはキングヘイローの小言を聞き流しつつキングヘイローの元へ近づいていく。
「何見てるのさ?」
セイウンスカイは椅子を持ち出しキングヘイローが見るテレビを覗き込んだ。
「見てわかるでしょ?この時期のG1レース、桜花賞よ」
「へ―そうなんだーセイちゃん初めて知った~」
「嘘おっしゃい」
などと会話をしているとテレビの画面が切り替わった。今年のティアラ路線を賑わかせてくれるであろうウマ娘が次々と入場していく。
「ほうほう誰もかれもかわいこちゃんですな~特にあの茶色の長髪の娘なんか特に」
「……」
セイウンスカイが指摘したそのウマ娘は派手なピンクを基調としたまるで魔法少女のような勝負服を身に着け目を閉じている。
「あの娘…見覚えあるわね……」
「もしかしてこれのこと?」
セイウンスカイはカバンから『今年メイクデビューに挑むウマ娘!』という見出しの新聞を取り出した。そしてパラパラとめくりとある記事をキングヘイローの目の前に差し出した。そこには
「名前:カワカミプリンセス
目標:キングさんのような可憐で美しい姫になりたい!」
と書かれていた。
「…そうねこの記事よ」
新聞をキングヘイローに渡すとセイウンスカイは席を立ち退屈そうな足取りで窓に向かう。
「でもセイちゃん的に残念だな~キングを目指すとか言いながらティアラ路線に逃げるんだもの」
窓前に立つと肘を窓枠に乗せ気だるげに顔を乗せ、
「―――生半可な気持ちでキングを語らないでよ」
その眼はまるで汚い物を侮蔑するかのように鋭く冷たかった。
「……」
キングヘイローはベッドから動かず口も動かさない。
沈黙が場を支配してからどれほどの時が経ったのか、
『今年のティアラ路線の始まりを告げるゲート音が今!』
バタン!
『鳴り響きました!!』
実況者並びに解説者の声が鳴り響く。それ以外の音、そして声はこの部屋にはない。
『さあ遂に最終コーナーを過ぎ最後の直線!先頭はこのまま逃げ切れるのか!?』
部屋の沈黙は変わることはなかったが、
『内から!内から来た!茶色髪を大きく長引かせ桃色の姿が道をこじ開けていく!!彼女の名前は―――カワカミプリンセスだ!そしてそのまま前を抜き去り!今!ゴーーーーール!!』
実況は大フィーバーしている。
「あらあらもう勝っちゃったか~」
セイウンスカイはクルリと半回転しキングヘイローへ目を向ける。
「あとはテキトーなレースで勝ってティアラをゲット。そして目標クリアでお疲れさまでした~ちゃんちゃん♪」
「……」
キングヘイローはいまだに無言を貫いていた。セイウンスカイはわずかばかり戸惑ったが、すぐにいつも通りの余裕たっぷりな表情に戻り、
「じゃあ帰るね~」
その場を立ち去ろうとした。
が、
「待ちなさい、スカイさん」
キングヘイローは沈黙をついに破り、重々しい声でセイウンスカイを呼び止めた。
「ん?何かな?もう終わったよね?」
「いいえ」
キングヘイローは数秒顔を下げた後、
「これからが始まりよ」
腕を組み何かを楽しみに待つような笑みを浮かべた。
「え?」
キングヘイローはテレビの音量を上げる。ちょうど勝利者インタビューの真っ最中であった。
インタビュアーが今回の勝者であるカワカミプリンセスにマイクを向けるとカワカミプリンセスはマイクをブン取り高らかに宣言した。
『私ことカワカミプリンセスはここに宣言いたしますわ!ティアラ路線クラシック期のG1レースを全て無敗で勝ち切ります!すなわち!!
―――無敗の四冠ティアラを達成してやりますわ!!!』
カワカミプリンセスは右拳を握りしめ天高くかち揚げた。
会場は静寂に包まれた。まるで何を言ってるのか理解できなかったからだ。
ぽつりと誰かがつぶやく。
「いや、ティアラ路線と言えども四冠とったやつなんていたか?それも一年でさらに負けなしでだぞ?常識的に無理無理」
「で、でもよ。去年『常識』を打ち破ったウマ娘がいたよな?」
「ああ、スイープトウショウだ。ティアラ路線のウマ娘が初めて宝塚記念で勝ったんだ。もう常識なんてものはないかもしれないぜ?」
「そうだよ!もう何が起こっても不思議じゃない!俺は見てみたい!こんなバカげた宣言が実現できるかを!」
「俺も!」「私も!」「自分も!」「僕も!」「アタシも!」「ワシも!」
そのような声が少しずつ次第に大きな声となり競バ場を包み飲み込んでいく。
「うおおおぉぉぉぉ!!」
歓声が最高潮に達した時、実況者が叫ぶ。
『これはとんでもないことになりました!まさに前代未聞の挑戦です!』
テレビからは興奮した実況者の声と客の歓声が響き続けている。
それを聞いていたセイウンスカイは
「え?うそ、マジ?」
と声を出しながらキングヘイローの隣に行き食い入るようにテレビを見る。
テレビの中ではカワカミプリンセスが一切動じることなく堂々と胸を張って立っている。
そしてしばらくした後大きくうなずいた後、ターフから出て行った。
「ありゃりゃ…とんでもないことになっちゃったね~」
「そうよ、あなたがカワカミさんを焚きつけたからよ」
「へ?何でそのことを?」
セイウンスカイがキングヘイローに問おうとしたその瞬間、キングヘイローのスマホが鳴った。
キングヘイローはスピーカーモードで電話に出る。
『やっりましたわー!キングさん!桜花賞取りましたわ!!』
電話の相手はカワカミプリンセスだった。
「!?」
セイウンスカイは珍しく激しく狼狽えたがキングヘイローの方は全く動じていない。
「そうね。しかも大胆な宣言もしたわね」
『はい!ぶちかましてやりましたわ!!』
「こんなことを言ったら他のウマ娘がただじゃ置かないわよ?」
『ええかまいませんわ!熱い戦いがあってこそティアラの価値が上がるというもの。私は負けませんわ!!』
「そう」
『そして私が宣言を達成し胸を張れるウマ娘になれたその暁には―――私と高松宮記念で戦ってください!!!』
「……ええ、受けて立つわ!!」
セイウンスカイはそれを聞き驚愕した。キングヘイローとカワカミプリンセスが”走る”?
そんなセイウンスカイの驚きを知ることもなくキングヘイローはカワカミプリンセスとの話を続ける。
「でも私にそこまでの価値はあるかしら?」
『ありますとも!キングとは常に皆の上をいく者なのですわ!!』
「そう。ならキングとしてその期待に応えてあげるわ!!覚悟しなさい!!!」
『はい!!』
その返事を聞いた後キングヘイローは電話を切る。
「どうしたのスカイさん?ボーっとしちゃって」
キングヘイローはからかうような笑みを浮かべセイウンスカイに語り掛けた。
「えっと、その、知ってたの?カワカミプリンセスのこと」
「ええ。私のトレーナーづてで知ったのよ。カワカミプリンセスのトレーナーと知り合いなのだそうよ」
それを聞きセイウンスカイはその場にしゃがみ込んだ。
「うわーセイちゃん空回りしちゃった?」
「そうでもないわ。あなたなりに気遣ってくれたのでしょう?」
「…うん」
「私のようになりたいと言っていたカワカミさんがもし負ければ私の名前に傷がつく。クラシック路線なら特に」
「…うん」
「でも比較的緩いティアラ路線で負ければまだ傷が浅く済む。クラシック路線よりは目立たないから」
「…うん」
「…ありがとう」
キングヘイローはベッドから身を乗り出しセイウンスカイを優しく抱きしめた。
セイウンスカイは一瞬驚いた後、安堵の表情となったが
「でも、キングに負担をかけることになっちゃった」
きゅっと唇を噛んだ後
「ちゃんと”走れる”の?」
「ええ、当たり前じゃない」
「……安心した」
セイウンスカイはキングヘイローから体を離し立ち上がる。
「じゃあそろそろ時間だからセイちゃんは帰りま~す」
「ええ、気を付けて」
「ハイハ~イ」
部屋を後にしたセイウンスカイは速足で廊下を歩き階段を降り、建物の外へ出た。
靴を履き玄関を出て門に向かう途中、建物へと振り返り、
「待ってるから。キング」
そう言い残し門を通り過ぎて行く。
門にはこう記されていた。
『トレセン学園医学部リハビリセンター』
時間がかかってしまいまして申し訳ありません。
スイープトウショウのストーリーでウマ娘のティアラ路線の立ち位置が少しわかりましたので盛り込んでみました。