An indomitable spirit in my heart 作:アイリスさん
ガチャリ、と扉が開き、ノエルが応対に現れる。
「あの、ノエルさん。忍さん、いらっしゃいますか?」
「いえ、フェイト様。忍お嬢様は先程お出掛けになられまして、留守でございます」
「そう‥‥‥ですか。分かりました。また、改めます」
落胆して、来た道を戻ろうとしたフェイトだが、ノエルに呼び止められる。
「お待ちください」
ノエルはフェイトに、一台の携帯電話を手渡す。「あの、これ‥‥‥」と疑問のフェイトに、「お嬢様からお預かりしたものです」と答え、笑みを浮かべるノエル。
「忍お嬢様の番号が登録されています。必要な時は、そこにお掛け下さい」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げて、フェイトは屋敷を後にする。とは言っても、此れから行く宛は無い。一先ずは、休めそうな場所を探す必要がある。
(他に‥‥‥何処か‥‥‥)
頼れそうな場所と言えば、月村家の他は、アリサの所くらいか。高町家は危険だ。だが、アリサに何と説明したら良いのか。現時点で魔法の事を説明して、違法渡航の事まで説明しなくてはならないのか。
(駄目だ。今アリサまで事件に巻き込めない)
途方に暮れて、フェイトは公園のベンチに座って夕陽を眺める。
(やっぱり‥‥‥一度時の庭園に戻るしか‥‥‥でも)
震える手で、スカートの裾を握り締める。フェイトの身体には、未だに鞭で叩かれた痕が残っている。ついこの前の、母プレシアの仕打ちを思い出して、フェイトはビクッと震える。
(やっぱり‥‥‥私には、無理なのかな‥‥‥一度で良い。母さんに、振り向いて欲しかった。母さん‥‥‥)
フェイトの頬を涙が伝う。と、持たされていた携帯電話のバイブが震える。慌ててフェイトが出ると、忍の声。
《フェイトちゃん、今何処?》
「市内の、公園です、忍さん」
《もう一度、ウチに行きなさい。ノエルに話は通してあるから》
電話の向こうの忍の声は、コソコソと何かから隠れているような、囁くような小さな声。「分かりました。ありがとうございます」と伝えて電話を切ったフェイトは、探査妨害を展開しながら、再び慎重に月村家へと歩き出した。
◇◆◇◆◇
「ごめんなさいね、ちょっと用事を思い出しちゃって」
フェイトの携帯への連絡を終えた忍は、クロノの方へと戻ってくる。
「構いませんよ。あの子達だけでは見えて来ない部分が有りまして。無理に同行を求めたのは此方ですし」
足元に魔法陣を展開し、アースラへの転移を始める二人。
アースラの応接室(似非茶室)へと足を踏み入れた忍。そこにはなのはとユーノ、それに、艦長と思しき人物が待っていた。
(この人が、未来のフェイトちゃんの‥‥‥)
フェイトに粗方の事を聞き出していた忍。目の前の制服の女性は、緑茶に大量の砂糖を混ぜて飲んでいる。恐らくリンディ・ハラオウンに間違いない。
(要注意人物ね)
忍も大概だが、リンディは同等かそれ以上に知略の回る人物。なるべく真実を悟られないよう、発言は慎重を期す必要がある。
「初めまして、月村忍さん。アースラ艦長の、リンディ・ハラオウンです。態々お越し頂いて、ありがとうございます」
「月村忍です。此方こそ、お招き頂きありがとうございます」
笑顔で挨拶を交わす二人。一見普通の会話に見えるが、周りの空気は重い。
「なのはさん達に大体の話は伺いました。ですが、幾つか腑に落ちない点が有りまして。此方の質問にお答え頂けると助かります」
「私が答えられる範囲でなら」
二人は笑顔で会話を続ける。が、その目は互いに鋭い。耐え切れなくなってハラハラしているなのはと、息を飲むユーノ。
「質問は、2つです。貴女の力についてと、フェイトさんの素性と行動の目的についてです」
その2つは、忍の想定内。準備はしてきた。ただ一つの穴が有るとすれば、ユーノの反応のみ。
「私の一族は、ヴァンパイアと呼ばれる、魔力を持った吸血鬼の血筋です。貴女方の魔法とはその体系が大きく異なります」
忍は魔法陣を展開。ミッド式でも、ベルカ式でも、勿論エルトリアのフォーミュラプレートとも違う魔法陣。周りに配置されている文字は、ヘブライ語と呼ばれる、旧約聖書時代の古代文字。
それを見て「成る程」と納得しているリンディと、興味深そうに見ているクロノ。忍は妹のすずかの事は伏せながら、注意深く説明を続けた。
一通り忍が説明を終えると、それにリンディが興味を持ったようで、後で詳しく調べさせて欲しいと願い出る。
「構いません。新たな発見も有るかも知れませんし」
忍は此れに関しては快諾。もしかしたら、妹のすずかの、呪われた力を消し去る方法も見つかるかも知れないという打算があった。
「ありがとうございます。それと、フェイトさんの事ですが」
リンディが遂にフェイトについて切り出す。忍にも緊張が走る。此処でリンディが騙されてくれるかどうか。
「先ずは‥‥‥そうですね、知っていればですが、フェイトさんの素性。それに、目的。うちのクロノ執務官から逃走したり、なのはさん達の前に急に現れて助けたりと、あの子の行動は今一掴めません」
忍はそれに、極めて冷静に答える。出来るだけ自然な表情を心掛けながら。
「あの子がそちらの執務官に攻撃して逃走したのは、男性恐怖症だからです。いきなり男性に睨まれて、恐怖を感じたんだと思います」
その答えは想像していなかったようで、リンディとクロノの表情が固まる。口元を緩めて、一瞬ニヤリとする忍。
ユーノは一瞬疑問を浮かべた表情をしたが、黙って元の表情に戻る。なのははと言えば、「知らなかった‥‥‥また忍さんばっかりズルい‥‥‥」とふて腐れている。
「そう‥‥‥ですか。では、どうしてフェイトさんは此方の世界の魔法を使用しているのですか?フェイトさんは‥‥‥何者ですか?」
一瞬だが、再び不敵な笑みを浮かべる忍。待ってましたとばかりにその口を開く。
「あの子は、『イギリス』に住んでいる、私の遠縁の親戚なんです。数十年前に偶然遭遇した、そちらの魔法体系を研究したのを継承したのが、あの子‥‥‥フェイトちゃんです」
「イギリス‥‥‥ですか。成る程」と言って、リンディは何やら考え込む。忍にも緊張が走り、冷や汗が流れる。クロノと念話でやり取りをしたであろう後、リンディが再び話し始める。
「筋は通っていますね。理解出来ました。それで、ジュエルシードについてですが‥‥‥‥‥‥」
◆◇◆◇◆
話を終え、アースラから降りた忍達。なのはが笑顔で忍に寄ってくる。
「フェイトちゃん、忍さんの親戚だったんですね!言ってくれたら良かったのに!」
「ごめんなさいね、なのはちゃん。驚かせようと思って黙ってたんだけど、言い出せなくなっちゃって」
フェイトが月村家の親戚、と聞いて笑顔が戻ったなのは。「親戚なら、仲良しで当たり前だよね!よかったぁ」と忍に対する嫉妬からは解放されたようだ。それに対して、ユーノの反応は違う。それはそうだ。忍が初めてフェイトと対面した時、とてもではないが知っている仲の反応では無かったし、男性恐怖症だって、ユーノとは話もしているし何度も接触している。矛盾している忍の発言は、ユーノに疑念を持たせるには充分だった。
《忍さん、フェイトの事ですが》
《ユーノ君、後でちゃんと説明するから。少しだけ時間を頂戴》
ユーノの念話にそう答え、忍は足早に帰路に着く。
(流石は提督ね。騙し切れなかった。時間稼ぎくらいにはなるかしら)
◆◇◆◇◆
一方のアースラ艦内。リンディがゆっくりとお茶を飲みつつ、クロノ、エイミィが話し合っていた。
「へぇ。フェイトちゃんは忍さんの親戚なんだね。AAAクラスの魔導師なんて凄いよね、クロノ君」
「本当にそうなら、話は簡単なんだがな」
「え?違うの?」
エイミィの疑問に、黙ってお茶を啜っていたリンディが答える。
「グレアム提督の事をどうやって調べたかは分からないけど、フェイトちゃん‥‥‥あの子は恐らく、私達の世界の人間でしょうね。テスタロッサ‥‥‥大魔導師と同じ名前‥‥‥」
「ええ、艦長。プレシア・テスタロッサですね。確かプレシアには娘が居た筈‥‥‥エイミィ、頼めるか?」
そのクロノに、「オーケー、クロノ君、まっかせなさい!」と親指を立てて答えたエイミィ。早速戻って行動を開始する。
残ったクロノとリンディ。「フェイトの方はどうしますか?艦長」というクロノにリンディは「逃げも隠れもしないみたいだし、様子見かしら?」と含みのある笑みで答えた。
◆◇◆◇◆
フェイトが月村家に戻ってくると、すずかとノエルが出迎えてくれた。それも、先程までとは全く違う態度で。
「フェイトちゃん、それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「すずかお嬢様の言う通りです。『フェイトお嬢様』もお人が悪い」
二人の言葉に、「へっ?」と声を洩らして思わず固まるフェイト。
そんなフェイトの手を引きながら、ノエルが再び口を開く。
「では、参りましょうか。フェイト・テスタロッサ・ツキムラお嬢様」
忍の介入で一周目とは異なる事態へ。
管理局も動きだし、無印編もいよいよ大詰めへ。