An indomitable spirit in my heart 作:アイリスさん
「ふぅ‥‥‥」
大きく息を吐く、車椅子の少女。今は家族はみんな出掛けているらしく、一人で外出中。
膝の上のバッグの中には、図書館で借りてきた本が3冊。彼女は家までの帰り道で一番の難所の、登り坂の中腹辺りで休憩中であった。
(やっぱり此処が一番キツイわ。少し休んでから行こう)
彼女は、ふと空を見上げる。今日はよく晴れている。とはいっても、もう12月。コート無しでは寒い季節。
手袋はしているものの、寒さで少し悴んでいる手に、「はーっ」と息を吹き掛ける。
(やっぱり‥‥‥シャマルのこと待っとれば良かったわ)
寒さに少し凍える少女は、家族と来なかった事を少しだけ後悔しつつ、残り半分の登り坂を恨めしそうに見上げる。
(あかんあかん。こんな坂、昔は一人で往復しとったんやし)
いくら家族が出来たからといって、頼りっきりでは自分の為にはならない。それに。
(私は、みんなのマスターなんやし。確りせなアカンなぁ)
少女は心の中で(よしっ)と気合いを入れて、坂を登るべく見上げる。
だが、車椅子の車輪に手を伸ばそうとしたところで、後ろから声を掛けられる。
「良かったら、押そうか?」
少女が振り向くと、自分より少し歳上であろう少年が、笑顔で立っていた。その顔立ちは日本人のそれとは違うし、瞳は青く、髪は碧。どうやら、外国人のようだ。
「大丈夫です。こういう事は自分でやらんと駄目なんよ。‥‥‥外国人の方ですか?日本語上手ですね」
「外国人‥‥‥ああ、そうだね。けど、本当に大丈夫かい?」
少女は笑顔で「はい」と答えたのだが、少年は車椅子を押して坂を登り始める。
「そんな‥‥‥本当に大丈夫ですから。押してもらうなんて申し訳ないし‥‥‥」
「まあまあ、たまには休みも必要だよ?」
やはり笑顔で答える少年。親切で車椅子を押してくれているのにそう言えばまだ名前も聞いていなかった事を思い出し、自己紹介をすべく口を開く少女。
「ありがとうございます。私、八神はやて言います。貴方は?」
「僕かい?僕は、ヴェロッサ・アコース。気軽に『ロッサ』って呼んでもらって構わないよ」
はやては「そんな!馴れ馴れしくて失礼になりませんか?」と遠慮しつつヴェロッサを見上げる。ヴェロッサは「ああ、大丈夫だよ。僕も君の事は『はやて』って呼ぶから」と笑顔を崩さず答える。
親切心で車椅子を押してくれる人は、たまに居る。だが、いきなり此処まで馴れ馴れしくされたのは、初めて。もしや‥‥‥と、ませた考えを巡らせたはやて。
「あの‥‥‥間違うてたらすいませんけど‥‥‥もしかしてナンパ、ですか?」
「残念。外れだよ、はやて」
二人同時に「ププッ」と吹き出す。考えが外れて恥ずかしいのはあるが、何というか、ヴェロッサは昔から知っている友達のような感覚がする。
「なんや。違うんかぁ。ロッサはそういう事するように見えたんやけどなぁ」
「その方が良かったかい?」
「先ず私とじゃ、釣り合わへんよ。イケメンのお兄さんと、車椅子なんよ?」
笑みを溢すはやて。そんな会話をしているうちに、坂を登りきった。「ロッサ、ありがとうございました」とお礼を述べたはやてだが、ヴェロッサは全く別の方向を、真剣な表情で睨んでいる。
はやてが、何だろうと思いその方向を見ると、遠くに猫が一匹。猫ははやての視線に気付いたのか、何処かに行ってしまった。
「なんや、猫‥‥‥?」
「今は、気にしない方がいい。それじゃ、はやて。『また』会おう」
表情を笑顔に戻し、手を振り去っていくヴェロッサ。「ありがとうございます」と手を振るはやて。
(また会おうって、この辺に住んどるんやろか?気さくなお兄さんやったなぁ)
はやては全く気付けなかったが、ヴェロッサはその猫に念話を飛ばしていた。《『今は』、僕達が干渉するつもりは無いよ。グレアム提督の飼い猫さん?》と。
◆◇◆◇◆
家へと戻ったはやてが早速借りてきた本を開き読み始めると、「ただいま帰りました~」というシャマルの声が聞こえてきた。はやては本をテーブルに置いて、車椅子で玄関まで出迎えに行く。
「お帰り、シャマル」
「ごめんなさい、はやてちゃん。思ってたより遅くなっちゃいました」
「ええよ、ご近所付き合いも大事やし。本も自分で借りてきたよ」
シャマルは近所の会合へと出掛けていた。本人は一時間程で帰って来れると思っていたらしいのだが、話し合いが思った以上に長引いて、今の今迄掛かった訳である。そんな、「ごめんなさい」とひたすら謝るシャマルの気を反らそうと、先程の出来事を思い出したはやてはニヤリとして態とらしく話し出す。
「あ、そうや。私、さっき帰って来る時に男の子にナンパされたんよ」
「‥‥‥へっ?‥‥‥‥‥‥‥‥‥えぇぇぇえ!?」
思った以上に驚くシャマルに、満足気なはやて。「冗談や」と真相を明かそうとしたのだが、シャマルははやてに口を挟ませない程に捲し立てる。
「はやてちゃん、どんな子!?オッケイしたんですか?駄目、駄目ですよ!はやてちゃんにはまだ早すぎます!」
「いや、あの、シャマル‥‥‥」
「絶対、絶対駄目ですから!」
こういう時に限って、守護騎士の面々が帰ってくる。はやてがネタばらしをする暇もなく、シャマルは他の3人に話して‥‥‥。
「いけません、主はやて。まだ早すぎます」
「主の幸せは我らの幸せ。‥‥‥ですが、我が主‥‥‥」
「どこのどいつだ!はやてをたぶらかしやがって‥‥‥ぶっ潰す!」
(ア、アカンわ‥‥‥‥‥‥)
シャマルの言葉を真に受けたシグナム、ザフィーラ、ヴィータの3人と、少し顔をひきつらせるはやて。そのはやての表情が、一層事態を悪化させる。誤解が解けるのは、夕飯後だった。
◆◇◆◇◆
その日の夜。
「フゥ‥‥‥」
浴槽に入り、ゆっくりと息を吐くフェイト。隣には‥‥‥ベッタリとくっついて離れないなのはと、その様子をチラチラと見ながら風呂に浸かるヴィヴィオ。
3人は、月村家の風呂に入っている。因みに、忍とすずかはもう入浴済み。
本当は、ヴィヴィオが「フェイトマ‥‥‥フェイトさんと」と希望したのだが昼間の事もあってか、なのはが「私も、フェイトちゃんと一緒がいい!」と強引に一緒に入っている。
「ねえ、フェイトちゃん。フェイトちゃんは、あんな男の子とは仲良くならないよね?」
「駄目だよ、なのは。ロッサの事そんな風に言っちゃ」
「フェイ‥‥‥ト‥‥‥ちゃん‥‥‥」
(なのはにとって)予想外のフェイトの反応に、なのはは涙目になって、プルプルと震えている。いつ泣き出してもおかしくない状況に、「えっ?えっ?なのは?」とフェイトは困惑。
(私‥‥‥なのはを悲しませるような事何かしたのかな?)
先程迄のやり取りでは、泣く程の事は無かった筈。困ってオロオロしているフェイトに、意外にもヴィヴィオからの念話。
《抱き締めたら、多分泣き止むと思う‥‥‥》
フェイトは頬を真っ赤にしながらも、なのはを抱き締める。「ごめんね、なのは」と囁くように話すと、なのはが嘘のように泣き止む。
「フェイトちゃん‥‥‥」
瞳を閉じて、御満悦のなのは。フェイトはそのまま抱き締めつつ(ホントに、これで良かったのかな?)と思いながらヴィヴィオに苦笑いを向ける。
《大丈夫。なのはさん‥‥‥‥‥‥ママの事大好きだから》
《でもヴィヴィオ。それって、なのはが暴走したりしない?》
《大丈夫‥‥‥多分》
ヴィヴィオ本人もフェイトも、フェイトの事を『ママ』と呼んだ失言には全く気付いていない。二人の間では、それほど自然な会話だった。二人にとって約1年振りの、親子の会話だった。
丁度その頃。忍は自室でモニターの向こうのヴェロッサと話していた。勿論、現夜天の主、八神はやての状況について。
そう言えば、闇の書編で八神家書いてなかったですね。
なのはは変わらずマイペース。
ヴィヴィオは惜しいですね。折角『ママ』だけで通じたのに見逃すとは。
‥‥‥あれ?ヴェロッサがプレイボーイに見えてきた‥‥‥