An indomitable spirit in my heart 作:アイリスさん
「御苦労様。よくやったわ、ファリン。今日はゆっくり休みなさい」
「ですが、御嬢様」
その日の深夜。ノエルと共にやっと帰宅した忍が、事の次第を聞いてファリンを労う。当のファリンはと言えば、少し申し訳無さそうに、遠慮がち。
「いいえ、貴女のお蔭で一人の犠牲者も出さずに済んだのよ?」
別室では、フェイトとヴィヴィオがノエルに手当てを受けている。すずかは封印直後から眠ったまま。決して無事、とは言い難いが、それでも『あのすずか』と対峙してこの程度で済んだのなら上出来と言える。
「分かりました。では、お言葉に甘えて。お休みなさい、忍御嬢様」
やはりまだ申し訳無さそうな表情だが、部屋を後にするファリン。バタン、と扉が閉められたのを確認し、「フゥ‥‥‥」と息をつく忍。
(あの神社から連れ出したのは‥‥‥やっぱり正解だったわね)
メイド長として有能なノエルは勿論、忍はファリンの力も充分過ぎる程に買っている。事実、暴走したすずかを一人の力で封印出来るのは、忍の知る限りファリンだけ。彼女をノエルと共に『あの古びた神社』から半ば強引に連れ出して共に生活するようになるまでは、すずかに封印を施すには大規模な施設と大人数を要していた。
(それにしても‥‥‥湖の騎士、か)
ベッドに横になり天井を見つめながら、忍は思考を巡らす。やはり、フェイトに直接交渉させるのは色んな意味で危険である。フェイトの保護観察処分が無効にも成りかねないし、何より今はまだ管理局の目が着いて回るフェイトでは、密かに会うのには限界がある。
(やっぱり‥‥‥私が行くべきよね)
交渉の手段を求め、忍はヴェロッサにメールを送る。流石に夜中だし、おいそれと通信を繋ぐのは憚られる。
(明日には連絡も来るだろうし、すずかの様子を見に行こうかしら)
‥‥‥と、ヴェロッサからの通信。どうやら起きていたようだ。モニターを開く忍。
「ごめんなさい、起こしてしまったかしら?」
《お気に為さらず。少々考え事をしていたので起きていましたよ。メールの件ですが、僕もそう思っていた所です。僕がそちらに行く為の言い訳も、そろそろ枯渇してきた所だったので》
言いながら、モニターの向こうで笑うヴェロッサ。慎重に、周りに気付かれないようにフェイト達の為に動いてきた彼には頭の下がる思いである。
「ありがとう。日時は追って知らせてもらえるかしら。此方がそれに合わせるから」
《分かりました。では、また後程》
手を振り、ヴェロッサは通信を切る。「フゥ」と一息ついた忍の元に、手当てを終えてきたノエルが戻ってきた。
「ノエル、二人の様子は?」
「ヴィヴィオ様の方は大丈夫ですが、フェイト様の方は、完治まで少し掛かるかと」
あの状況でも、ヴィータはどうやら非殺傷設定、魔力ダメージのみで戦っていたらしい。一晩眠れば完治するであろうヴィヴィオは問題ない。
忍は「そう‥‥‥」とだけ洩らし、表情を曇らせる。話を聞いている限り、この『闇の書事件』最後にして最大の敵、ナハトヴァールとの決戦にはフェイトの力は不可欠。クリスマス迄には完治してもらわねば困る。
「申し訳ありません。やはりファリンには攻撃スペルも教えておく巾でした」
深々と頭を下げるノエル。忍は曇らせた表情を戻し、諭すように話す。
「そんな事は無いわ。それに、ファリンにこれ以上力を付けさせたら、あの『スキマ』が黙っていないでしょうから。‥‥‥貴女ももう休みなさい」
「はい」と再び頭を下げて部屋から出ていくノエルの姿を見送り、天井に視線を戻す。
(八神‥‥‥はやてちゃんと守護騎士か‥‥‥)
◆◇◆◇◆
「‥‥‥ねえ、『なのは』」
『フェイトちゃん、何?』
別室。眠っているヴィヴィオの隣、フェイトはベッドに横になったまま、『なのは』に問う。
「私‥‥‥足手纏い、じゃないかな?」
『またその話?何度も違うって言ってるよ?』
『なのは』とは視線は合わせず、横を向いたままのフェイト。その瞳には、気を抜けば直ぐに決壊してもおかしくはない涙。
「でも‥‥‥『なのは』の未来でも、結局なのはを救えてない。私じゃ、運命は変えられないのかな?」
『もうっ。フェイトちゃん、そんな弱気になったら駄目だよ?それに‥‥‥』
『なのは』が言い終わる前に、フェイトは「ごめんね」と一言残して瞳を閉じる。今回の件で相当落ち込んでいるフェイト。『なのは』も察して、『うん、おやすみ』と遠慮がちに話してヴィヴィオの方に移動する。
フェイトも毛布を頭から被り、『なのは』に気付かれないように声を殺して啜り泣く。変えられるかどうか分からない絶望的な未来と、自身の不甲斐なさに。
(私は‥‥‥悪戯に過去を変えてしまっただけなのかも知れない。ヴィヴィオを更に悲しませただけなのかも‥‥‥)
暫く泣き続けたフェイトが漸く眠りについたのは、明け方になってからの事だった。
◆◇◆◇◆
翌朝。迎えに来たエイミィに支えられ、フェイトが早くにハラオウン家に戻った後の、月村邸の忍の部屋。
『忍さん』
「『なのは』ちゃん‥‥‥?こんな朝早くにどうしたの?ヴィヴィオちゃんは?」
『まだ寝てます。それより、会えて良かった‥‥‥』
『なのは』の言っている意味が、理解できない。昨日寝る前にも話したし、『会えて良かった』というのは合点がいかない。
『時間がないんです。フェイトちゃんの事で、話しておきたい事が』
話している『なのは』の放つ桜色の光は、少しずつ弱くなってきている。気のせいと思いたいが、その輪郭さえもぼやけて来ているように見える。
「『なのは』ちゃん、貴女‥‥‥?」
『忍さん、フェイトちゃんを‥‥‥フェイトちゃんを助けて!』
驚き固まる忍に向かい、切迫した様子の『なのは』は続ける。
『新たな記憶が、私に流れ込んで来てるんです。フェイトちゃんは‥‥‥私にスカリエッティのアジトを任せて代わりに『ゆりかご』に‥‥‥』
その瞳には、デバイスの身体では不可能な筈の、涙。そのヌイグルミの身体は徐々に薄くなっていく。
『おかしいと思ったんです。あの時のフェイトちゃん、『私がゆりかごに』って凄い剣幕で退かなくって。私を助ける為だったなんて‥‥‥』
「そんな‥‥‥」
漸く事を理解し、言葉を失う忍。もう霧のように薄くなった『なのは』は、時間の限り話し続ける。
『だから‥‥‥お願いです。フェイトちゃんを、『ゆりかご』から必ず助けてください。力になれないのは悔しいけど、未来でヴィヴィオと、信じて待ってます‥‥‥』
言い終わるのと同時に、『なのは』は消える。「待って、『なのは』ちゃん!」と伸ばした忍の手は空を切る。
(未来が変わった‥‥‥?フェイトちゃん、まさか自分がなのはちゃんの身代わりになるなんて‥‥‥)
『なのは』の言葉を思い出す。彼女の言葉が真実だとすれば、未来でフェイトはなのはの代わりに『ゆりかご』に突入。ヴィヴィオ達を助け自らの命を犠牲にした事になる。
(そんな‥‥‥未来の私、何やってるのよ!)
未来の悲劇を知っていながら何も出来なかったであろう自分に対する悔しさと苛立ち、後悔の余りドンッ、と思い切りテーブルを叩く。
文字通り自分を犠牲にしてなのはを死の運命から救ったフェイト。何とか彼女を助けられないかと思案を重ねるが、そんなに簡単に策が思い付く筈もない。
『なのは』の代わりにその場に現れたヴィヴィオの兎のヌイグルミ型デバイス『セイクリッド・ハート』の頭を撫でながら、忍は溢れる涙を必死に堪える。
「ねえ、私は‥‥‥どうしたら良いのかしら?」
そんな忍の言葉に、どうやら話せないようでクリスは首を傾げていた。
◆◇◆◇◆
惑星エルトリア。彼女達の世界線の、未来のなのは達の所から戻ったアミタは、ディアーチェと話している。
「何と‥‥‥我らの世界線では『ゆりかご』を起動させずに事件を解決したのか」
「はい、王様。ですから、何処まで参考になるかは分かりませんけど‥‥‥」
戻ったアミタは確かに幾つかの方法を聞いてきた。だが、肝心の『ゆりかご』で試していない為、その可能性は未知数。
「まあ、仕方あるまい。‥‥‥で、その箱は何だ?」
アミタの持っている平べったい、包装された箱を見ながら話すディアーチェ。「コレですか?」と気付いたアミタ。
「皆さんにお土産です!海鳴温泉饅頭ですよ!温泉入って来たので」
「お主‥‥‥何をしに行ったのだ?」
スキマ妖怪さんと博○神社の事はさておき。再び未来が変わり、なのは生存ルートへ。代わりにフェイトが‥‥‥。
ヴィヴィオが真実を知るのはもうすぐです。次回からは晴れて『高町ヴィヴィオ』となります。