ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 謀略の"ギレン" 5【転生】

 

 

 

 狙撃された。

 議会が終わり、外へ出たところでのことだった。議事堂正面の外階段を降りている最中を、狙われたのだ。銃声はなかった。プロの仕業だった。

 こちらは無傷だったが、庇おうとしてきた護衛の一人が、頭を撃ち抜かれて落命した。まだ若い、やっと中堅になるかどうかと云う年齢の男だった。目端が利くと云うわけではなかったが、実直な男で、結構気に入っていたのだが。

「閣下!」

 他のSPたちがまわりを取り囲み、何人かが、入射角から狙撃手の位置を割り出したのか、向こうの建物へ走っていく。

「コルヴィン!」

 虚ろに目を見開いた男の横に膝をつき、その名を呼んでみる。が、当然、応える声はない。血が、石畳を赤黒く濡らしていく。

「閣下、早く車内に!」

 古参のSPに促され、車内に入ると、ほどなくして下手人が捕らえられたとの報が入った。

 ――どこの手のものだ。

 ムンゾ内部のものか、他コロニーのものか――あるいは地球連邦か。

 連邦だな、と思ったのは、勘でしかない。ただ、ムンゾ内部ならば他にもやりようがありそうだし、他コロニーも同様だった。

 要人――しかも軍籍にある――を狙撃するなど、その後、ムンゾの世論を戦争へ傾けようとする意図があるとしか思われない。その点、地球連邦ならば、ムンゾとの戦力差は三十倍、戦端を開くきっかけを与えて、物量差で叩き潰してやろうと云う思惑が透けて見える。

 ――まぁ、その手前には、親連邦派のムンゾの政治家があったりもするのだろうが。

 この件が、例の血気盛んな“若手たち”に知れると面倒だな、とは思ったが、もちろん狙撃などと云う派手な出来事を、メディアが放っておくわけはない。

 下手に煽るような輩がいれば、こちらの準備が整わないうちに戦争に雪崩れこむことにもなりかねない。

 それは、いかにも拙かった。

 車内から、通信を入れる。

「――サスロ」

〈ギレン! 狙撃されたそうだな!〉

 見慣れた顔が、小さなモニタの中で大きく歪む。

「私は無傷だ。だが、SPが一人失われた。コルヴィン・シスだ。そちらの遺族への保障と、それからメディア対応を頼む」

〈メディアを、どうすると?〉

「これで、連邦との戦争をと煽り立てる輩が出るだろう。その言論を抑えたい」

 と云うと、サスロは首を傾げたようだった。

〈抑える、のか?〉

「まだ、戦端を開くには準備が足りん。いずれ開戦するとなっても、時期はこちらで選びたい。今はまだ、不利だ」

 何をするにも、圧倒的に。

 MS計画はまだ完成されてはいない――やっと、MS-04ブグが完成したところ――し、ニタ研はまだ、ニュータイプの思念波を活かす方法を見出だせずにいる。

 まだ早い、せめてMS-05、所謂旧ザクが量産可能にならなくては、ムンゾは万にひとつの勝ち目もなくなってしまう。

 できれば、“ガルマ”とキャスバルが士官学校を卒業するまで――“暁の蜂起”までは、独立の気運を引き延ばしたかった。

〈……わかった、ぎりぎりまで溜めるのだな〉

 サスロは察して、頷いてきた。

「頼む。まだどちらの“計画”も道半ばだ。今仕掛けられれば、ムンゾはただ敗れるしかない」

 ムンゾが敗れれば、地球連邦は、コロニーへの締めつけをさらに厳しくするだろう。コロニーは蹂躪され、スペースノイドはアースノイドの支配下でまた足掻くしかなくなるのだ。

 そんなことは許せなかった。

「犯人は捕らえたのだったな」

〈あぁ。その尋問もある。まぁ、大本の予想はついてるがな〉

「……連邦か」

 声を低めて云うと、サスロは頷いた。

〈恐らくな。どちらにせよ、開戦するなら、ヤツが口を割らずとも、そう発表するつもりだったが――ムンゾ国内の協力者は、きっちり吐かせておくさ〉

「任せた」

 云うと、にやりと笑って、サスロは通信を切った。

 リアシートに凭れると、

「――開戦、なさらぬおつもりですか」

 セシリア秘書官が、青褪めた顔で訊いてきた。

「せんよ。急いては事を仕損じる、と云うではないか」

 自分ひとりであればともかく、この肩には、ムンゾ国民や、コロニーに住むスペースノイドの生命も載っている。数十億の生命を、これしきのことで擲って、大博打に打って出るつもりはなかった。勝機とまでは云えぬにせよ、好機と云うものはある。極力、そちらに寄せていかなくては、徒に数万の人命を散らせることになる。戦争は最後の手段であり、そうである以上、なるべく効果的にはじめるべきだ。無論、時機を見誤って、ただ犠牲を出すのは下の下だが。

「兵は拙速を尊ぶ、とも云うと聞きましたが」

「充分な兵であればな。――要は、連邦軍の中のスペースノイドを、どれだけ切り崩せるかと云うことだ」

 もちろん、訓練を受けて軍に入ったような士官たちを籠絡するのは極めて困難だろう。

 だが、そうであってもやはり、命令とは云え、己の故郷を自ら攻撃するとなれば、躊躇う心は生まれるはずだ。しかも、それが“正当な要求を圧殺する”ためであれば、なおのこと。

「――コルヴィン・シスの葬儀に出るのは危険だろう。たくさんの花と、そうだな、弔辞を送ってくれ。下手に私が弔問に赴くより良いだろう」

 死んだSPについてそう云うと、秘書官は小首を傾げた。

「そうは思いませんけれど――でも、そうですわね、参列者の方々の安全を考えれば、そうなさるのが宜しいかと思われます」

「うむ」

 しかし連邦も、暗殺などと、随分直接的な手段に出てきたものだ。

 ――まぁ、確かに手っ取り早くはあるが……

 しかし、あまりにも乱暴ではある。

 今の時点でギレン・ザビを殺せば、それこそムンゾの世論の反発を招くだけなのだろうに。

 それとも、コロニー同盟の首謀者と目されている人間を暗殺して世論を盛り上げ、いっそのこと戦争に突入させて、物量作戦でコロニー側をメタメタに叩くつもりなのか。

 ――しかし、それではあまりにも雑ではないか。

 叩きのめしたことにより、コロニーの反連邦運動は、一旦は下火になるだろう。だがそれは、あくまでも表面的な部分においてであって、スペースノイドの中に燠火のように燻ることになるだろう。そしていつか、また連邦の暴虐を耐え難く感じる日が来たときに、火山が噴火するような、爆発的な活動になるのだ。

 そのことを、果たしてどれほどの連邦サイドの人間が、想定しているのだろうかと思う。

 そうなればこそ、宇宙世紀の二百年ほどの間に、幾度もコロニーサイドの叛逆があり、その都度ニュータイプが現れて、歴史の歯車を回してきたのだ。

 さて、しかし、これに対してどう云う手を打っていったものか――1stにおいても『the ORIGIN』においても、連邦は開戦するまでの間、ザビ家と云うかムンゾには、警戒以上の関心は払っていなかったように思える。元々連邦議会を追放されたジオン・ズム・ダイクンが首相を務めていたのだ、普通ならば、かなりしっかりとした監視体制を敷いていてもおかしくはないのに、“暁の蜂起”あたりまでは、その監視も緩かった。いや、士官学校のあるガーディアンバンチには連邦軍の駐屯地があったから、その武力でもって、非常事態も鎮圧すれば良いと考えていたのかも知れない。

 だがそうなると、この時間軸の連邦は、いかにも事を急いていた。

 ギレン・ザビを殺したとて、動き出したコロニー同盟が無に帰すわけではない。そうであるなら、むしろスペースノイドを激昂させるだけの、無意味な作戦にしかならないのではないかと思うのだが。

 確かに、ギレン・ザビがいなくなれば、一時はコロニーサイドの士気は下がるだろう。だが、いずれギレン・ザビを殉教者として祀り上げる輩が出てくれば、ジオン・ズム・ダイクンに続いて二人目の、偶像崇拝の対象となる人間のできあがり、と云うわけだ。連邦には、あまり宜しくない展開である。

 その上、原作と違って、今のムンゾにはキャスバル・レム・ダイクンがいる。ジオン・ズム・ダイクンの遺児であり、母や妹とともに健やかに育ちつつあるキャスバルは、次のムンゾの象徴として、巧くサイド3をまとめていけるだろう。方便ででも、キャスバルが“ギレン・ザビの仇を取る”と云い出せば、ザビ家もかれに協力せざるを得ない――サスロなどは歯噛みするかも知れないが。

 そうなれば、父親に近い、あるいはそれ以上のカリスマの主であるキャスバルを中心に、ムンゾは一致団結することになるだろう。それは、あるいはこのままザビ家主導で一年戦争に突入するよりも、さらに強い団結力をムンゾにもたらすかも知れないのだ。

 さて、連邦の連中は、それくらいのことも想定できない愚かもの揃いであるのだろうか?

 ――そう云えば、連邦とは交渉してみたこともなかったが……

 話だけでも持ちかけてみていれば、暗殺されかかることはなかったのだろうか?

 考えてみて、自分の考えに首を振る。

 そんなはずはない、コロニー同盟を立ち上げた段階で、ムンゾは連邦を敵に回したのだ。あの時こうしていれば、は、繰り言でしかない。連邦の狸どもは、決してムンゾを許さないだろう。

 いや――

 本当に、まったく交渉の余地はないのだろうか? 例えば、『the ORIGIN』においてひとたびはムンゾ――ジオン公国に捕らえられ、解放されてまた戦うことになったヨハン・イブラヒム・レビルなどは?

 ヨハン・イブラヒム・レビルと云う人物は、イメージではあるが、乃木希典のようなタイプの男であり、愚直かも知れないが、政治的には無力な人物であると見た。人品卑しからぬことと、政治を操る才があることとは別の話であり、また、将兵を慈しんだからと云って名将であるとは限らない。ヨハン・イブラヒム・レビルは、慈悲の心のある将軍であり、作戦指揮には優れているかも知れない――とは云え、真の“名将”ならば、負けるとしても大きな犠牲を出すことはあるまい――が、所詮は戦場でしか役立たぬ男であるには違いない。

 だがまぁ、多少なりともコロニーと節点があり――ジオン軍士官学校の入学式に、来賓として出席する程度には――、スペースノイドの気分もわかっていなくはない、こちらから接触するには妥当な人物ではある。それが、何の役に立つのかは、さっぱりわからなかったのだが。

 ――レビル将軍か……

 さて、どんなかたちで接触しようかと思案していると、

「――閣下、デギン閣下から、帰宅前に公邸に寄られるようにと」

 秘書官が、“父”からのメッセージを読み上げた。

 ――ふむ。

 “父”ならば、レビルとも連絡を取りやすいのではないかと、ふと思う。

「……わかった。寄せて戴くと返事をしてくれ。――車を公邸に」

「承知致しました」

 秘書官は云って、運転手に行先変更を伝え、“父”に返答を送信した。

 

 

 

 ムンゾ共和国首相公邸は、思ったよりも静かだった。

 まぁ、首相の長子とは云っても、幼子ではなく、大人も大人である男なのだ。それが狙撃されたくらいでは、そう大きくは騒げまい――立場も立場だ、自分とても、成人した息子が同じ目にあったとして、大きく騒ぎ立てはしないだろう。無論、裏で何かしらの手を打たないわけではないけれど。

 公邸の使用人たちは、ザビ家から来ているもの以外はもう帰されたのだろう――もはや夕刻である、勤め人は帰る時間だ。

 長年“父”の片腕を務める老執事が、礼儀正しく頭を垂れた。その白手袋に包まれた手が、執務室の扉を叩き、ゆっくりと開く。

「――ギレンか」

 中から、“父”の声がした。

「父上」

 応えて、中に足を踏み入れる。

 “父”は、重厚なデスクについて、こちらを見つめてきた。

 背中で扉が静かに閉じられた。

「撃たれたと聞いたが」

「当たったのは私ではなく、警備のものでした。これからの男でしたのに、惜しいことをしました」

「そうか。――遺族へは」

「手配しております。葬儀には、花と弔辞を。私が出向いては、また危険があるやも知れません」

「そうか、そうだな」

 “父”は、重々しく頷いた。

「ところで父上」

「うむ」

「連邦軍の、ヨハン・イブラヒム・レビル将軍と、連絡を取る窓口をご存知ではありませんか」

「レビルに?」

 眼鏡の奥の瞳が、疑問を浮かべてこちらを見る。

「そうです。今回の件は、まだどこの手のものかはっきりとはしていないのですが、当然、連邦の関与も疑われております。そのことについて、連邦軍の中でも比較的話がおわかりの、レビル将軍と会談する機会を持てれば、と」

「――レビルは、そこまでの力はあるまい」

 あれは、戦場でしか役に立たん男だ、と“父”は云った。

「それについては同感です。ただ、あの方ならば、余計な腹の探り合いが少なくて済むかと」

「連邦軍と話し合う機会を持った、と云う事実を作っておきたいわけか」

「お察しのとおりです」

「……それならば、それこそ他に人があったろう。例えば――ゴップなどが」

「――ゴップ将軍ですか……」

 “ジャブローのモグラ”と呼ばれた、連邦軍の狸。

 確かに、ゴップの方が政治的な話はスムーズに進められそうだ、が、何しろ海千山千の大狸だ。ギレン・ザビはそろそろ四十だし、中身はそれこそover100だが、錬度では負ける気がしてならない。

 ――個人的には、ブレックス・フォーラ准将の方が好きなんだがな……

 『Z』において、エゥーゴのトップであった人物は、確か地球連邦議会の議員から軍人に転身したのだと、その手のサイトで見たような憶えがある。理想家肌の人物だったが、軍でもそこそこに力があったようだから、政治力もそれなりに持っていたのだろう。

 しかし、そのブレックス・フォーラは、一年戦争の時であれば、恐らく大佐くらいの地位だろう。一年戦争時に、地球連邦議会議員から軍人に転身したと云う、その記事が真実であれば、今はまだ軍人ですらないのかも知れない。恐らく地球連邦でも良家の出――だからこそ、地球連邦政府議会員であったのだ――ではあるのだろうが。

 しかしながら、例え既に軍籍があるのだとしても、それで一足飛びに実権を握れるほど生易しいところでは、連邦軍はない。かと云って、実力主義と云うわけでもないのだから、連邦軍と云うのは、本当に困ったところなのだ。

 それに、かれは割合理想家肌で、そう云うところはもちろん好ましいのだが、今の時点で腐りきった連邦軍の代表扱いをするには、やや弱い気がしないでもない。

 仕方ない、やはりここはゴップを相手にするしかないか。

「――父上」

 顔を上げて云うと、

「案ずるな、ゴップとの交渉は儂がやる」

 “父”は、そう云って少し笑った。

「コロニー同盟については、お前に任せっぱなしであったからな。確かに、ゴップ相手では、お前には分が悪かろう」

「……恐れ入ります」

「なに、偶には、儂にも親らしいことをさせてくれ」

 と云う。“ガルマ”にばかり甘い“父親”だと思っていたが、意外や意外、である。

 ――なるほど、それなりに子どもに対する愛はあると云うことか。

 まぁ確かに、例の“ヒトラーの尻尾”発言も、走りがちな息子を諌めようとする言葉であったと思えば、一種の愛情ではあったのだろう。

 どうも、原作――それは1stでも『the ORIGIN』でもだ――のザビ家は、コミュニケーションに難があると云うか、回りくどい言葉ばかりでお互いに意思の疎通を欠いていると云うか、そう云う家族であるように思われる。そう云う意味では、自分や“ガルマ”が成り代わったのは、家族のためには良かったのかも知れない。まぁ、どちらも所詮は偽者でしかないわけだが。

「……ゴップ将軍は、中々政治力に長けた方とお聞きしますが」

「うむ。しかしまぁ、それだけ影響力も大きいと云うことだ。互いに巧く使い合えればな」

「使い、合えましょうか」

「向こうも、交渉の余地は欲しかろうよ」

 本当にそうだろうか?

 まぁ、原作を見る限り、ゴップと云う男は、政治力で地位を上げてきていたようだから、己の手柄になりそうなことは見逃すまい。ヤシマグループのトップであるシュウ・ヤシマ――云わずと知れた、ミライ・ヤシマの父――とは知己であり、そうは見えないが、それなりに人情味もなくはないらしい。己の利益やら何やらに反しない範囲であれば、コロニーサイドに多少の共感はしてくれる、かも知れない。あくまでも“かも知れない”レベルの話ではあるが。

 それに確か、一年戦争終盤では、デギン・ソド・ザビと、和平交渉に入る心づもりでもあったようだ――それは結局、“ギレン・ザビ”が父親をソーラーレイで殺害したことにより果たされなかったのだけれど。

 ――まぁ、戦いたいばかりのレビルよりは、数百倍マシか。

 交渉相手としては、難敵も難敵ではあるだろうが、巧くやれれば上がりは大きい。

「――お手数おかけ致しますが、宜しくお願い致します」

 そう云えば、“父”はかすかに微笑んだ。

「そう堅く考えるな。まぁ、儂に任せておけ」

「……は」

 もちろん向こうにしても、ムンゾ議会の議員とは云え、たかだか四十の若造と、ムンゾ共和国首相であるデギン・ソド・ザビとでは、どちらが交渉相手として不足がないかなど明白だ。

 “父”も、これまでジオン・ズム・ダイクンの絡みで、連邦軍とは丁々発止のやり取りをしてきているはずだから、任せておけば間違いはない。

「せっかくだ、お前もゴップと顔繋ぎくらいはしておくと良い」

 と“父”は云ったが、それは、

「……同席せよとおっしゃる?」

「良い機会だろう」

「……は」

 まぁ、それは確かにそうではある、が。

「――では、宜しくお願い致します」

 まぁ、“父”の交渉術も見せてもらいたいので、ありがたいのはありがたい。無論、見たからといってすぐ実践できるようなものではないのは、よくわかった話ではあったのだが。

「後学のために、同席させて戴きましょう」

「うむ。スケジュールが決まり次第、連絡しよう」

「お願い致します」

 “父”は鷹揚に頷いて、先刻よりも明るい笑顔を向けてきた。

 が、ふと面を改めると、

「……気をつけるのだぞ、ギレン」

 と云ってきた。

 その表情に、胸を突かれた。

 デギン・ソド・ザビは、かれなりに子どもたちのことを案じているのだ。ただ、“ガルマ”以外には、その迂遠な云い回しなどとも相俟って、まっすぐに伝わってはいないのだが。

「……心致しましょう」

 背筋を伸ばし、まっすぐに“父”を見る。

 “父”は、またかすかに微笑んだ。

「うむ」

 頷きに笑みを返すと、深く一礼してから部屋を辞した。

 

 

 

 ゴップ将軍との会合は、それから半月にも満たぬうちに行われた。電光石火とはこのことである。

 無論、一国の首相がそうそう長いこと国を留守にするわけにはいかないので、ゴップが視察と称してガーディアンバンチを訪れ、そこにこちらが出向いていく、と云う運びになった。ムンゾの防衛体制としては少々問題だが、こういう時には、連邦軍の駐屯地があるのは悪いことではない。

 軍の駐屯地であるので、ホストは向こうと云うことになる。会談の場である指令棟に入ると、連邦の制服を身に着けた士官たちが出迎えてくれた。

「ようこそ、デギン・ソド・ザビ閣下、ギレン・ザビ閣下。ご案内致します」

 そう云って敬礼してきたのは、まだ若い士官だった。緊張に顔が強張っている。

 まさかここで、こちらを暗殺しにかかってくるとは思えない――何しろ、駐屯地の隣りは、例のムンゾの士官学校だ――が、念のためあちこちにまなざしを向けておく。もちろん幾人もの士官たちが、警備のためにだろう、そこここに立っている。こちらがまなざしを向けても直立不動を保っているのは、流石にきちんと訓練されたものばかりを選ってあるのだとわかる。

 まぁ、向こうにしても、この会談は秘密裏に行いたいのだろう。迂闊に兵卒などを配置すれば、情報漏洩など容易く起こる。それを警戒しての、士官の配置なのだろうとわかる。

 指令棟の奥まった一室に、ゴップ将軍はいた。この駐屯地の長らしき男と、他に地球から来たのだろう佐官が数名。中々の布陣である。

「――ゴップ将軍」

 “父”が呼びかけると、ゴップは原作で見たとおりのタヌキ面に笑みをたたえ、立ち上がって手を差し出してきた。

「デギン首相、ご足労戴きまして」

「いやいや、貴殿こそ。地球からサイド3は近くはない」

「コロニー駐屯地を訪れることは滅多にありませんからな、いい機会でしたよ」

 出だしは中々友好的だ。

 軽いジャブのような世間話の後、“父”が面を改めた。

「――ところで、お伝えしていた件なのだが」

 そう云うと、ゴップが、笑みはそのままに、目を鋭くした。

 そして、控える将校たちに、

「席を外せ」

 と声がけした。

「ゴップ将軍、ギレンは同席させて構わないか。儂の仕事ぶりを見たいと云うのでな」

 “父”のこの言葉に、将校たちが色めき立つ。

 が、ゴップはにやりと笑っただけだった。

「それならば、身体を改めさせてもらおう。武器などの携帯がないかどうかをな。そして、私は銃を持たせてもらう」

 二対一では不利だからな、と云う。

「ご随意に」

 云いながら立ち上がり両手を肩の高さまで挙げる。

 将校たちは、執拗に身体をまさぐってきたが、はじめから武器の類は持ってきていない。それがなくとも、この体格であるから、やろうと思えば素手でゴップを殺すことはできるだろう――但し、その後足の衰えた“父”を庇って、ガーディアンバンチを脱出できるかと云うと、それはほぼ不可能だろうが。

 ややしばらくあって、やっと納得したものか、将校たちは諦め気味に部屋を出ていった。

 扉が閉まる音がすると、ゴップはおもむろに口を開いた。

「中々度胸のあるご子息ですな」

「そうでなければ、コロニー同盟など結成しようとは思うまい」

「確かに」

 笑いが交わされる。

「それで、コロニー同盟云々の話でしたかな」

 次の言葉は、中々直球だった。

「まぁそうですな」

「連邦としては、到底認めるわけにはいかん、と云うことはおわかりのはずだが」

「無論。だが、交渉権をはじめから奪われているわれわれとしては、そうでもしなければ生きてゆきにくいのだと、貴殿もおわかりのはずだ」

「地球連邦政府は、そもそも人類を宇宙へ上げるために、その目的のためには戦争を回避する必要があったからこそ、人類史上初めての統一政府として成立したのです。コロニー同盟の動きは、その崇高な理念を、中世紀の頃まで引き戻そうとするものだ。賛同致しかねますな」

「――崇高だったのは、最初だけでしょう」

 思わず口を挟む。

 『UC』の話がどこまで“正史”なのかは知らないが、巨大化した政府は自浄能力を失い、この百年足らずの間にも、とことんまで腐ってしまった。それは、UC0100、否、0200を過ぎても変わることなく、連邦政府は度々コロニーサイドの反乱に悩まされることになるわけだ。一年戦争、グリプス戦役、第一次ネオ・ジオン抗争、第二次ネオ・ジオン抗争――所謂“シャアの反乱”と云うものだ――、マフティーの動乱、コスモ・バビロニア建国戦争、ザンスカール戦争、そしてマハの反乱を経て、遂に地球連邦は崩壊に至るのだ。

 たかだか二百年ばかりで、人類の統一政府は崩壊する――それは、仕方のないことだっただろう。そもそも人間は、他に敵を持たなければ団結することはできない生きものなのだ。他の村、他の国、違う人種、地球か宇宙か、そう云った差異によって彼我を区別し、敵と味方に世界を峻別して生きている。それは、地球連邦政府と云う統一政府ができても変わらない。各コロニーが藩国と化して、相争うようになっている。

 コロニー同盟でやろうとしているのは、そう云う意味では、かつての国際連合における、常任理事国と単なる加盟国との差を、極限まで均すようなことなのだと思う。

 無論、加盟国側の国力の差があるから、完全にすべてのコロニーが均等な力を持つことにはならない――地球とほぼ同じ人口のムンゾやルウムと、できかけのサイド7を同一に扱うことはできない――だろう。

 だが、中世紀の中国のように、同じ国の人民でありながら都市と農村とそれぞれの戸籍において、居住地の制限がある――これを知った時には、それこそガンダムの地球とコロニーの関係性だと思ったものだ――と云うのは、基本的人権の問題として戴けない。財産によって多少の格差が出てくるのは、社会システム的に不可避のことではあるが、生まれた土地によって差別されるのは公正なことではない。

 もちろん、地球にいるものがすべてエリート層であるわけでないことはわかっている。だが、現在の人類すべてが地球に住み得ないことは仕方ないとしても、それを一部の特権階級が独占するのは宜しくないことであるし、また地球に住むことそのものを特権であるかのように云い立てて、コロニーの人間の権利を圧迫するのも許し難い。

 一律に地球連邦がコロニーのすべてを支配するのではなく、多少の自治――それこそ、中世紀の中国で云うところの自治区ではなく、コロニーごとに自律的な政治を行い得る基盤のある――を認めて欲しい、こちらの要求は、そう云うことなのだ。

「全人類百億人を、地球に住まう少数の都合よく支配するのは如何なものか、と云っているのです。崇高な理念とおっしゃるのならば、コロニーサイドからも幾たりか人を選んで、連邦政府の舵取りに参加させて戴きたい。われわれの云うのは、そう云う話なのですよ」

 ゴップは唇を歪めた。

「それで、自分たちも地球に住まわせろと云い出すのではないのかね」

「それは、宇宙移民を棄民政策であるとお認めになるようなお話ですな」

 もちろん棄民政策には違いないのだが、それを云い出すと面倒なことになる。そうではなく、

「われわれが要求したいのは、純粋に、連邦政府への参画です。われわれも暮らす世界を動かす政治に、われわれの代表が参加できないのはおかしい、そうではありませんか。つまり、コロニーにも、地球連邦議会に議席を与えて戴きたい、と云う話なのですよ」

「コロニー出身者の議員もいるはずだが」

 ゴップは、はぐらかすように云う。

「それは、連邦軍などの功労者に与えられるものでしょう。そうではなく、今、現時点でのコロニーの代表を、連邦議会に送りたいと云うのです」

「……それは」

「王権神授説の昔ではないのです。人民の代表を議会に送るのは、民主的な政治体制ならば普通のことではありませんか」

 もちろん、全コロニーから一人、などと云うのではなく、各コロニーから一人ずつだ。ザーン、ハッテ、ムンゾ、ムーア、ルウム、リーア、それにサイド7、各月都市も。人口に合わせて人数を調整するならば、ムンゾとルウムは二人ずつか。

 まぁ、はじめからそう多くは望まない、まずは各サイドから一人ずつで構わない。ただ、コロニーの声を、“中央”に届けたいだけなのだ。

「われわれがコロニー同盟を結成しようと云うのも、このような理由があってのことなのですよ」

「……なかなか」

 ゴップは、片頬を引き攣ったように引き上げた。

「なるほど、くせものだと云う噂は本当だったようだな、ギレン・ザビ。だが、それを連邦議会が呑むと思うのかね」

「だからこそのコロニー同盟ですよ、ゴップ将軍」

 数の論理と云うのは、こう云う風に使うべきだ。

 地球の住人はおよそ二十億人、ムンゾとルウムもそれぞれ二十億人。ザーン、ハッテ、ムーア、リーアはそれぞれ十億、月都市と宇宙居住者は合わせて十億人。サイド7はほとんど人が住んでいないが、それでもコロニーや月都市を合わせれば、百億を超える人間が、地球圏内に住んでいる。ムンゾほど軍備の整ったサイドは他にはないが、それでも、例えばムンゾが連邦と開戦したとして、各コロニーで同時に武装蜂起でも起ころうものなら、連邦軍がムンゾに向け得る部隊数は、大きく削られることになるだろう。

 あるいは、連邦軍の中にもいるコロニー出身者が反旗を翻したならば? 連邦軍は壊滅とまではいかぬにせよ、かなり兵力を削られることは間違いない。そこを、MSを駆使してこちらが叩けば、大勝利とまではゆかぬにせよ、痛み分けに持ちこむことも可能だろう。

「われわれは、より住み易い地球連邦を求めているのです。それは、何も地球上に住みたいと云う意味ではない」

「住みたいと願うものもあるだろう」

「それに関しては、われわれの感知するところではありませんな。われわれの求めているのは、あくまでも地球とコロニーとの間の格差の是正だ」

 コロニー出身者には、連邦議会の門戸が開かれぬなど、宇宙移民は棄民政策であるとの批判を裏打ちするような格差を是正し、中世紀アメリカの州制度のようなゆるやかな自治を是認する。その上で、連邦議会に各サイドから議員を送りこみ、特権階級と化した連邦議会議員たちを揺り動かすこと。とりあえずこれが、今の自分の目標になるだろうと思う。

「ご一考戴きたい。さもなくば、地球連邦は、各サイドの反乱などによって、いずれ崩壊への道を辿ることになるでしょう」

「……それは脅しかね」

「いえ、来たるべき未来ですよ」

 何と云っても、自分にとっては“既に描かれたる未来”だ。

 もちろん、永遠に続く政体などないが、個人的にはコスモ・バビロニアやザンスカール帝国の政治形態を是とするのは厳しいものがある。できればこのままゆるやかな議会制民主主義として――原作内の“絶対民主主義”ではなく――、衰退するにもゆるやかな移行が可能であればと思うのだ。

「私としても、地球連邦が滅んで欲しいなどとは考えてはおりません。むしろ一日でも長く続いてほしいと思えばこそ、改革をと考えるのですよ」

「それならば戦争も辞さぬと?」

「それは連邦政府こそでしょう」

 そうでなければ、要人暗殺など考えたりはするまい。

「戦争など、できる限り回避するべきです。戦争となれば、金も人命も失われる」

「そちらを考えるかね」

「当然です、金がなければ人民の生活は守れないし、人命がなければそもそも国を動かすこともできない。しかし、避けられぬならば、無論戦うのに吝かではありません」

 そこは、戦いを忌避するが故に、連邦の要求を何でも呑むと思わせはしない。

 ムンゾは戦える、ただ、望んで戦うわけではないと、それはきっちり示しておかなくてはならぬ。

「連邦軍は、自分たちの強さをあまり過信なさらぬが宜しかろう。われわれは、既に新たな武器を手にしている。泥沼の戦いにならぬよう、極力戦争を避けるも、賢明な道かと思われますな」

「交渉で、道が拓けると思うのかね」

「そう願っておりますよ」

 内部分裂さえしなければ、ムンゾが一年戦争で敗北を喫することはなかったはずだ。

 今回、内部分裂の原因であるキシリアとサスロ、そしてキャスバルとランバ・ラルは押さえてある。細かい反対派はあるにせよ、ムンゾはひとつだ。これで、“暁の蜂起”に突入できれば、なお一層。ムンゾは――ジオン共和国と名を変えて――デギン・ソド・ザビ首相のもとでひとつになり、地球連邦軍と戦えるだろう。

 完成に向かいつつあるMS、MS-04ブグや、その量産機となるMS-05旧ザクは、もう一年もすれば軌道に乗る。ドズルは、既にパイロットの選抜に入っていると聞いている。MWの操縦から入らせてはいるそうだが、コクピットなどは、既にコンソールは実機とほぼ同じ仕様で訓練させているそうだ。

 ムンゾは勝てる。少なくとも、原作のような、内部分裂による無残な敗北だけはなくなった。

 だからこそ、自信を持って云えるのだ、

「――交渉が無理とおっしゃるなら、戦場で見えるのみ、でしょう」

 と。

 ゴップは、口許だけを笑みのかたちに歪めてきた。

「……これは、なかなか」

 その目は、笑うどころではないようだった。

 そして、“父”に目を向けて、

「――なかなか豪胆なご子息だ」

「賢い子でな」

 と“父”は云うが、元の“ギレン・ザビ”に較べれば、こちらの知能など大したことはない――元のアレの弟よりは知能テストの結果は良かったらしいが、数値は不明――はずだ。まぁ、悪賢いとは度々云われたので、“父”の云うのはそちらの方面なのかも知れなかったが。

 とまれ、戦争を忌避するばかりの臆病者ではないと、ここはゴップに知らしめるのが大事だった。

「若輩ではありますが、戦いを知らぬわけではありません」

 “昔”のアレコレも、鉄オル世界での戦いも。

「ザビ家と云うのは、いずれも優秀な一族なのですな」

 羨ましいとは、まぁ世辞であるのだろうが。

「しかし、そうなると、そのザビ家で一番に愛されていると云うガルマ・ザビとはどのような人物なのか、とても気になりますな」

 ――え。

 まさか、この席で“ガルマ”の名が出てこようとは思わなかった。

 どう云うつもりか、ゴップはにこにこ――のつもりだろう、本人的には――と笑いながら、追撃をかけてきた。

「どうでしょう、せっかく私もムンゾにいるのだ、お会いするわけにはいきませんか」

「――止めた方が」

 心底から云うと、“父”にぎろりと睨まれた。

「ギレン! お前は、ガルマをそんなに疎んじているのか」

「いや、疎んじているのではなく」

 本もののガルマ・ザビならともかく、中身はアレだ。元のアレでは、身内から“どこに出しても恥かしい”とまで云われたものを、この局面で出すなどと!

 と云うのをストレートに云うわけにもゆかず、もごもご云っているうちに、“父”とゴップの間で話が進んでいく。

「宜しい、連邦軍の重鎮と面識を得ておくのも、あれには良い勉強になろう。こちらに呼んで宜しいかな」

「それは是非」

 ゴップはゴップで、年若いザビ家の末っ子を、できれば手懐けたいとでも思ったのか。にこにこと頷いている。

「――ギレン」

 “父”が、眼鏡の下から促す視線をよこしてくる。

「……知りませんよ」

 どうなっても。

 そう小さく云いおいて、“ガルマ”を呼び出すために、通信機のスイッチを入れた。

 

 

 

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