ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 謀略の"ギレン" 50【転生】

 

 

 

 ランク・キプロードンがムンゾを訪問することになった。

「マジか!!」

 思わず叫び、マツナガ議員やダルシア・バハロにぎょっとした顔をされた。

「……失礼した」

 動揺して、と云うと、オレグ議員に微苦笑された。

「閣下は、キプロードン首相が苦手とお見受けしますが、リーアで何かございましたか」

 何か。

「……まぁ、少々」

 父親の方と云うか、キプロードン父娘と云うか。

「しかし、無論顔は合わせられるのでしょう」

「キプロードン首相は、軍には用はおありにならぬでしょうが、晩餐会には出ねばなりませんからな」

 そう、そこに誰を伴うかも問題だ。まぁ、同伴が義務ではない――そのあたりは、クリスマスパーティーなどとは異なる――から、相手なしで行って、早々に挨拶をし、さっさと逃げてしまうのが得策だろう。髪の色や恰好、態度などを変えても、父親の方には既に見破られているのだし。

「何にしても、改名前とは、微妙なタイミングを狙ってこられましたな」

 ダルシア・バハロが云う。

「改名後ですと、それを言祝ぐようにも取れますからな。相変わらず、潮目を読むのに長けた御仁だ」

「まぁ、それがリーアの生命線でしょうからな」

 頷いてやる。

 リーアの前首相にはあまり興味がなかった――確か、コロニー同盟反対派だったのだ――ので、歴代首相がどのような人物たちであったのかは良くは知らぬ。

 しかしながら、各サイドの要人たちの子弟を受け入れる学校を持ち、またかれらの別荘地をも抱えるとなれば、生半な政治手腕のものでは舵を取ることなどできなかっただろうことは確かなので、コロニー寄り、連邦寄りの振れ幅はあれど、いずれも優れた政治家であっただろうことは、想像に難くなかった。

 そのような政治家のひとりであるランク・キプロードンが、ムンゾへ来るのだ。それは、様々な憶測が流れるのも無理からぬ話であるだろう。

「ギレン殿が何やら外交なさった成果ですな!」

 マツナガ議員は明るく云うが、こちらとしては、まったくありがたくもない“成果”である。

「そう云うつもりでは、まったくなかったのですよ」

 と云うが、三人は取り合おうとはしなかった。

「またまたそのような」

「本当に、ギレン殿は謙虚であられる」

「深い思慮がおありだったのでしょうな」

 好意的に取ってくれるのは嬉しいが、度が過ぎれば困惑するしかない。

 が、三人はまったく構わぬ風だった。少しはひとの話を聞いて欲しいものだ。

「それで、キプロードン首相は、いつごろムンゾ来訪を?」

「おや、ご存知ないとは」

 目を丸くされたが、残念ながら、こちらも他サイドの動向ばかりに意を払ってはいられぬのだ。

「生憎と、このところごたついておりまして」

 主に“UNKNOWN”とガルシア・ロメオ、“ガルマ”、それから“アプサラス”と啼く少将などに忙殺されて。

「確か、再来月とか。まぁ、打診自体は以前からしていたのでしょうが、このタイミングと云うのは、やはりギレン殿のリーア訪問のせいかと」

(いやいや)

 あれは、“訪問”などと云って良いものではない。

「キプロードン首相と会談はなさるので?」

「何故、私が」

 今のところ、こちらは軍の総帥であって、政治向きでは首長に準じる地位にあるわけでもない。ランク・キプロードンと会談する予定もないし、したいとも思わない。

 何より問題だと思われるのが、アストリッド・キプロードンが随行してくるのかどうかである。

 “オルガ・イツカ”はともかくとして、“ビスケット・グリフォン”すなわちタチは素顔で会っている。無論、“伝書鳩”の長は、表向きの交渉の場に出るような人間ではないが、何かの拍子にアストリッドに見つからぬとも云い切れぬ。

 そうなると、既にバレている父親のみならず、アストリッドにも“オルガ・イツカ”の正体がバレることになりかねない。

 そこから芋蔓式に一般にもバレる、と云うことだけは、どうにか回避したいのだが。

 つまりは、晩餐会などの席ならばまだしも、一対一の差しで話すことは、極力回避したいのだ。

 こちらも、本家ギレン・ザビよりはましだと思うが、腹芸は得意な方ではない。腹芸の権化のようなリーア首相と差しで話すなど、墓穴を掘る未来しか見えないのだ。

「ですが、キプロードン首相は、ギレン殿と是非、と云われたようですよ」

 オレグ議員の言葉に、呑みこみ損ねた唾が気管に入り、思い切り噎せる。

「……っ、な、何ですかそれは……っ」

「そう云う話が出回っておりましたぞ。デギン閣下が、嬉しそうにお話しでしたからな」

 ――そこか……っ!!

 本当に、“身内”は味方とは限らない。

 もしもランク・キプロードンが娘を伴って来訪したならば――そうしてアタックでもされようものならば、“父”は喜々として、アストリッドの背を押すのだろう。

 ――本当に勘弁してくれ。

 欲しいのは、そう云う援護射撃ではないのである。

 ――……待てよ。

 ランク・キプロードンのムンゾ来訪が三ヶ月後だと云うのなら――ちょうどキャスバルと“ガルマ”に内示も出た後である。“ガルマ”を呼び戻し、キャスバルともども接待役にすれば良いのではないか。

 思いつくと、それが一番良い差配であるように感じられた。

 とりあえず、接待はキャスバルと“ガルマ”に任せ、ランク・キプロードンに関しては、仕方ないので会談には応じる。しかしそれ以上は譲らない、と云うことでどうだろう。これが、自分の中では妥協に妥協を重ねた、もっとも譲歩したプランになるのだが。

「……キプロードン首相がどうしても、と云われるならば、会談するのも已むなしですが、できればそのあたりは、“父”まわりとやって戴きたいものですな」

「おや、リーアで、“次はムンゾで”と約束なさったのではないのですか」

「っ、それは、向こうが一方的に云ってきたことで」

「では、ますます熱烈ですな」

「ギレン殿は人誑しですな」

「本当に」

 好き勝手云われている。

 このように、まわりが勝手に“事情を察して”くれてしまうのは、“昔”からのことだが――何と云うか、こう云うかたちでの忖度も、それはそれで面倒くさいと云うか、勝手に話を作るのは止めてほしいと云うかである。

 やられてみればわかると思うが、こちらの言動をどこまでも好意的に捉えて称賛してくるのは、云ってみれば褒め殺しである。平たく云って、とてもとてもとても面倒くさいのだ。

 過小評価は癪に障るが、度を越した過大評価もまた、精神的に良いとは云えない。

 ともかくも、ギレン・ザビとは違うのだ。そう、声を大きくして云ってやりたい。云えるはずもないのだが。

 ともかくも軍に逃げ帰り、タチを捕まえる。

「大変だ、ランク・キプロードンが来る」

 と云うと、

「そうですよ、報告書をご覧にならなかったんですか」

 と返された。

「いつのものだ」

「半月ほど前です」

「そんなものあったか……」

「ありました。ちゃんとご覧下さいと申し上げましたよ、大事なことが載っておりますからとも、申し上げた憶えがあります」

 正確な日付を聞いて、報告書を確認すると――確かに、そこに記載があった。見落としていたと云うことか。

「どう云うことだ……」

「ギニアス少将の件で慌ただしかったあたりではありませんか」

 キャスバルが、控えめに口を出してくる。

「アイナ・サハリンの処遇もございましたし――」

「それにしても、これを見落とすとは……!」

 我ながら、迂闊にもほどがある。

 本当に、書類の読み飛ばしは良くない。気をつけなくては。

 タチは、にやにやと笑った。

「どなたかからお聞きになりましたか」

「あぁ、議会で――何故、当事者よりまわりが先に……っ!」

「いや、ちゃんとご覧になれば、閣下の方が早かったはずですがね」

 そう云われれば、ぐうの音も出ない。

「とりあえず、もう一度ご報告致しますと、三ヶ月後、リーア首相がムンゾを訪問されます。今回は、ご令嬢も同行されるとかで、まぁ結構な人数になる公算が高いですね」

「あれが来るのか……!」

 アストリッド・キプロードンが。

「充分に予想されたことでしょう。キプロードン首相に云われてたじゃありませんか、“次はムンゾで”と」

「その“次”が、こんなに早くくると思うか!」

「まぁ、そこは予想外でしたが――しかし、ジオン共和国に改名する前に、となると、これくらいのタイミングにならざるを得ないのでは?」

「――あぁ、まぁ、そうではあるがな……」

 改名が既に決まっているので、このタイミングでも少々微妙ではあるが――しかし、改名後となると、連邦の心証はもっと悪くなるだろう――、それでも絶妙のタイミング、と云って良かっただろう。流石は、蝙蝠――否、バランス感覚に優れたリーアの首相である。

 それにしても、

「誰もかれも、色仕掛ばかり……」

 ギニアス・サハリンは云わずもがな、ランク・キプロードンとて、娘はともかく、父親の方は含みがありまくるに違いない。セシリア・アイリーンやマハラジャ・カーンを躱したと云うのに、ここにきて二方向から攻められることになろうとは――しかも、前門がギニアスとランク・キプロードンなら、後門にはララァ・スンがいる。そして、ララァ・スンの後ろ盾には、アルテイシアと“ガルマ”が存在するのだ。

「そこは、以前も申し上げましたが、閣下が権力をお持ちの独身男だからですよ、もちろん」

 タチが云う。

「閣下がデギン閣下ほどのお歳であればともかく、まだ四十を過ぎたばかりじゃありませんか。軍から勇退なさっても、今のデギン閣下のお歳まで政界の第一線におられると考えれば、あと三十年くらいは権力をお持ちと云うことになります。そりゃあ、皆さん狙ってこられるでしょうよ」

「三十年もなど、絶対に御免被る!!」

 権力の座など、長く坐り続けるべきものではない。キャスバルの成長を待って、さっさと政界からも引退するのが安全だ――頂点にいるのが長くなれば長くなるほど、過ちを犯すリスクも高くなるし、“独裁者”だの何だのと云い立ててくる輩の数も多くなる。

 できることなら、軍から身を引くのと前後して、政界からも引退してしまいたいのだが。

「いや、無理でしょう」

 タチはにべもなかった。

「閣下は、それこそ死ぬまで権力から逃げられませんよ。欲しい人間には見向きもしないで、要らない人間には貼りつくのが権力ってもんじゃありませんか」

 云いたいことはよくわかるが、

「……本当に要らんのだが」

 長く権力を持っていて、碌なことになった試しがなかったので。

「人間、諦めが肝心ですよ」

「“諦めたら、そこで試合終了”なのだがな」

「長いものには巻かれろ、とも云いますよ」

 タチは、どうあってもこちらを権力から解放させたくないらしい。

 深く溜息をつくが、それでタチが意見を変える素振りは欠片もなかった。

 キャスバルはと見ると、考え深そうな面持ちでこちらの会話を聞いているが、特に口を挿んでくる様子はなかった。

「――先のことはともかくとして、とにかく、キプロードン首相の来訪は無事乗りきらなくてはな」

 何か不測の事態でもあろうものなら、連邦が喜々として乗りこんできそうな気がする。

「そのあたりは、閣下ご懇意の方面と、風通し良くお願いしますよ」

 タチに云われ、深く頷く。

 ランク・キプロードンの訪問は、最高でも最低でもトラブルなし、でなくてはならぬ。何かあれば、即連邦が介入してくるだろうからだ。

 ――本来的には、外交は私の仕事ではないのだがな……

 しかし、軍人とても他国との交流はするものであるし、議員もまた然りである。

 であれば、多少はそのような場に引き出されるのも仕方のないことではある、が。

 ――あの時、“親の顔が見たい”などと云わなければ……!

 と思っても、後悔先に立たずである。

 仕方ない。

 とりあえずは、この“試練”を大過なく切り抜けることだけに注力することにしよう。その他のことどもは、その後の話である。

 タチとキャスバルのまなざしが生ぬるいのはわかったが、見なかったことにして、目の前の書類に視線を落とした。

 

 

 

 ダークコロニーのケリアン・ラウ少佐から連絡があった。

 バーバラ・シャノン・ウッドヴィル少佐が、突如としてダークコロニーに突撃してきたのだと云う――クリームイエローのザクⅡで。

 バーバラ・ウッドヴィルは名家の令嬢で、実は見合いを仕組まれたことがある。何故かその後、向こうは“ガルマ”に執心になったので、これ幸いと縁談は断りを入れたのだが――何と云うか、無駄に行動力があるのは知っていたが、こうくるとは思わなかった。

「目立つカラーのMSで、秘密工廠であるダークコロニーに突撃、とは……!」

 しかも、それで訓練生たちに撃墜されたのだと云うから、話にならぬ。最後の方など、狙撃手上がりの訓練生にセンサーをすべてやられ、なす術もなく拿捕されたのだとか。

 ――馬鹿なのか。

 と、オブラートに包みもせず、ぼかしもせずに云ってみたいものだが、流石にそれは拙いので、

「一体何を考えているのだ、バーバラ・ウッドヴィル!!」

 と叫んだのだが、タチには白い目で見られてしまった。

「と、とりあえず、回収してほしいと、ケリアン少佐から連絡が入っております」

 キャスバルが、やや狼狽えた風でそう告げてくる。

「ウッドヴィル少佐の上官は誰だったかな……」

 あの暴れ馬――じゃじゃ馬どころの話ではない――を野放しにした愚か者は。

「エゴン・ランバート中将です」

 タチが答える。

「ですが、あれのお守りは、ランバート中将でなくても厳しいですよ。キシリア閣下でも、大暴れする未来しか見えません」

「――まぁ、確かにな」

 エゴン・ランバートの、聊か薄くなった頭を思い浮かべてみる。最近、さらに薄くなったように感じていたが、あるいはそれは、バーバラ・ウッドヴィルが配下にあるからなのかも知れなかった。だとしたら、気の毒としか云えぬだろう。

「どうなさいます、ケリアン少佐は、回収をと云ってきておりますが」

「……デラーズをやろう」

 あの暴れ馬に惑わされずに、きちんと回収できそうなのは、デラーズをおいて他にはなかった。“ガルマ”をガーディアンバンチから回収したその実力を、今回も遺憾なく発揮してくれると信じている。

「対ガルマ様並の重装備が必要ですかね」

「あの女、ある意味では“ガルマ”以上だからな」

 己の美貌と実家の権力を、残念なほどに熟知して、かつその行使を欠片も躊躇わないのが、バーバラ・シャノン・ウッドヴィルと云う女なのだ。奇矯な言動でまわりを煙に巻いているが、天然なのではない、すべて計算ずくなのである。

「閣下の、女性に対する過剰なくらいの“用心”の、何分の一かはウッドヴィル少佐が原因ですかね」

「あれがすべてではないが、一端を担っているのは間違いないな」

 まぁ、こちらではなく“ガルマ”がターゲットである分、他の女たちよりはまし、と云えなくもないが。

「で、処分はどうなさいます」

「まずは降格だな。配属は――少し考えよう。とりあえずは謹慎させる。もちろん、MSは取り上げる」

「まぁ、それが妥当なところでしょうね」

 ともかくも、フル装備のデラーズたちをダークコロニーに派遣する。

 一両日あって、デラーズは帰ってきた。物々しい装備の部下たちと、それに囲まれたバーバラ・ウッドヴィルを伴って。

「まぁ、ギレン閣下!」

 しかして、暴れ馬の第一声がこれである。明るい声、華やかな笑顔、欠片も反省の色など見られない。

「バーバラ・ウッドヴィル少佐、貴官は、自分か何をしたか、正確に把握しているのか」

 厳しい声で云ってみるが、柳に風、暖簾に腕押しの風情である。

「もちろん、存じておりますわ」

 との返答は、舞踏会などには相応しいだろうが。軍務の場にそぐうものではない。

「ですが閣下、個人の幸福も、また追求すべきものでございましょう? ですからわたくしは、わたくしの幸福の追求のため、夫とするべき方に会いにいったのですわ」

 この喋り方に、頭が痛くなる。しかも、バーバラ・ウッドヴィルは、それを見越してこのような喋り方をしているのだ。

「ほう、では、秘匿されるべきかのコロニーに、目立つカラーリングのMSで訪れたことはどうなのだ。また、あの場を訪れる際には、所定の艦船に搭乗すべき旨の通達も、佐官であれば知っていたはずだな?」

「まぁ、そうでしたかしら。わたくしの記憶にはございませんでしたわ」

「――それは、上官が通達していなかったと云いたいのか」

「わたくしの記憶にはないと申し上げております」

「なるほど、では、上官は通達したが、貴官の記憶が弱かったと、そう云うわけだな」

「わたくしの記憶にはございませんわ」

 政治家答弁である。

 しかし、このような返答は、議会などでは――多分に詭弁ではあるが――許されても、軍務においては許されぬ。

「――わかった」

 ならば、やるべきことはひとつだけである。

「必ず知っておくべき通達を記憶することもできぬ、貴官には、少佐の任に耐えることができぬと云うことだな。――バーバラ・シャノン・ウッドヴィル、貴官の位階を下げ、大尉に落とす。また、貴官に与えていたMSは没収、パイロットの任も解く。加えて、無期限の謹慎とする。解除の知らせがゆくまで、軍に出てくることも罷りならん。おとなしく家に帰るのだな」

「そのような」

 と微笑むが、目にはぎらぎらとした光が宿っている。流石は“ムンゾの雌虎”と呼ばれた女である。その殺気もなかなかのものだ。

 確かに、純粋な戦闘力としては惜しい。が、“ガルマ”やキャスバル以上に手綱を取れぬものを飼っていて、規律を壊滅状態にされたくはない。

 大体、仇名のひとつにある“バトル・バービー”とは何だ。軍人で女性の人形に擬えるなら、“G.I.ジェーン”ではないのか。確かに見た目だけなら、“G.I.ジョー”よりは“バービー”のシリーズにいそうだが。

「閣下は、わたくしを何だとお思いですの」

 と云う、その口調はまさしく特権階級にあるもののそれだ。つまり、自分の係累が動けば、何でも思うとおりになると思っているものの。

「ウッドヴィル家の令嬢ではあるが、その前に一個の軍人だと思っている」

 つまり、世間の権力よりも、軍内部での規範に従うべき人間であるのだと。

「つまり、わたくしに対する処分を、撤回なさるおつもりはない、と?」

「私を、そのように甘い人間だと思っていたなら、心外極まりないことだな」

「そのようなことは思いませんけれど。流石はザビ家の惣領であられますわね」

「皮肉かね」

 “父”は、こちらにザビ家の次代を担わせる気などないだろうに。

「まさか」

 バーバラ・ウッドヴィルは肩をすくめ、美しく溜息をついた。

「閣下は志操堅固でいらっしゃるのですね。わたくしなどでは、とてもとてもお相手に相応しいとは申せませんわ」

 確実に厭味だ。

「それで、“ガルマ”に狙いを定めたと?」

「まぁ、そのような!」

 心外そうに云うが、本心ではあるまい。

「違うのか。――だが、“ガルマ”にはアルテイシア・ソム・ダイクンと云う許婚者がある。横車を押すのは止めてもらおう」

「わたくしはただ、夫となる方には強い殿方をと思うばかりですわ。それに、偶々ガルマ様が合致したと云うだけのこと」

「それならば、このキャスバル・レム・ダイクンはどうだ」

 云ってやると、横に控えていたキャスバルに、ぎょっとした顔をされた。

「キャスバル中尉は、血統、知力、体力ともに申し分なく、ある意味では“ガルマ”以上に強いが、そこは視野に入らんのか」

「まぁ、ダイクンの御曹司を、わたくしなどが……」

「息子は駄目で、娘の許婚者を奪おうとするのは良いのか」

「そのようなこと。わたくしはただ、ガルマ様のお目に止まればと、それを思うばかりでございますわ」

 のらりくらり。

「――まぁ良い。いずれにせよ、処分は変わらん」

 指揮官としても決して無能ではないのだが――今回の暴挙は、すべてを帳消しにして余りある。

「謹慎せよ。貴官の父上が何と云おうと、これに関しては覆らん。バーバラ・シャノン・ウッドヴィル大尉、通達があるまでは、軍部のあらゆる部隊、施設、艦船、その他への立ち入りを禁ずる」

「……まぁ」

 伏目がちに云うが、騙される気はない。

「デラーズ、ウッドヴィルの邸まで連行せよ。確実に家人に引き渡し、かつ今回の処分について、周知徹底させるように」

「は」

 デラーズ、そしてフル装備の親衛隊員たちは、軍靴の踵を合わせて敬礼した。

 バーバラ・ウッドヴィルは、アンニュイな面持ちで、敬礼はしなかった。

「……閣下、ガルマの代わりに、私を売ろうとなさったのですか」

 “囚人”が護送されていくと、キャスバルが、恨みがましいまなざしでそう云ってきた。

「買われるわけはないと思っていたのでな」

 それで心が動くような女なら、とっくの昔に同期、あるいは上官の誰やらを捕まえて、寿退社なり何なりをしているだろう。

 バーバラ・シャノン・ウッドヴィルの面倒なところは、あれであの女が、勇猛果敢な戦士でもある、と云うことである。

「可愛らしい士官も、幾たりもあるだろうに、なぁ」

 溜息が出るが、キャスバルは賛同できないようだった。

「ガルマのようなものはなかなかおりません」

「あたり前だ、あんなものがそうそういてもらっては困る」

 “ガルマ”は、バーバラ・ウッドヴィル以上の怪物である。

 しかも、バーバラ・ウッドヴィルの所業はその父親も認めざるを得ないものだが、“ガルマ”を溺愛する“父”は、未だにあの本性を認めようとはしないのだ。この温度差たるや、である。

「面倒なのはウッドヴィル大尉だが、被害が大きいのは“ガルマ”だからな。ウッドヴィル大尉は、やることは確かに派手だが、人的、物的な被害はそれほどでもない」

 仮にバーバラ・ウッドヴィルが、“ガルマ”と同じように連邦に地球に降ろされたとして、あれほどの被害を出すことはできるまいと思う。己の欲望には忠実であるし、そのためには手段を選ばぬところもあるが、その影響は限定的であるからだ。

 それに引き換え、“ガルマ”は、蜘蛛が糸を張って獲物を待ち構えるように、入念に策略を張りめぐらせて、あれだけの将官・佐官を葬り去った。あれだけのことは、バーバラ・ウッドヴィルにはできぬことだ。

 つまり、戦力としての大きさで云えば、“ガルマ”の方に軍配が上がることになる。その分、碌でもない影響力も大きいと云うことだ。バーバラ・ウッドヴィルが無期限謹慎処分になったとしても、軍が傾くことはないだろうが、“ガルマ”の場合は――つまりはそう云うことである。

「また、ガルマを怪獣か何かのように……」

「云っておくが、その“怪獣”には、貴官も含まれるのだぞ、キャスバル中尉」

 そう云ってやると、キャスバルは沈黙した。

 最近、多少はおとなしくなっているようなので、少なくとも配属替えの内示があるまでは、このままで通してほしいのだが。

 ともあれ、まずは面倒をひとつ片付けた。

 次は、キプロードン父娘と、その前に“ガルマ”である。さて、どうしたものか。

 

 

 

 

〈お久しぶりです、“ギレン兄様”。ボロボロにしても良い巡洋艦ちょうだい〉

 ケリアン・ラウからの通信、かと思えば“ガルマ”だった。

 定時を過ぎて、キャスバルが退勤していて本当に良かったと思う。いる時間帯だったなら、面倒なことになっていたのは想像に難くない。

 そして、開口一番かこの科白である。

「……あると思うのか?」

〈じゃあ、海賊狩りに行ってきて良い?〉

「……良いと思うのか?」

 既にサイド7まわりでやらかした後である。あの時は、連邦側も誤魔化されてくれただろうが、次はとなればそうもいくまい。

 それに、これ以上MSを向こうに知られれば、こちらの手の内を晒すことにもなる。

 許可などできようはずもなかった。

 が、“ガルマ”は食い下がってきた。

〈訓練に必要なんだよ。頼むよー。対モビルスーツ戦の練度は上がってるけど、メインは戦艦! いきなり実戦で勘掴めとか鬼だろー? メガ粒子砲の攻撃範囲とか、掃射のタイミングとか、シミュレーションだけじゃ身につかんからさー。ねーねーねー〉

「できるはずがないだろう」

 そう返せば、“ガルマ”はあからさまに不満げな顔になった。

〈だって、おれをここに放り込んだの、モビルスーツパイロットの練度を上げるためだろ? ジオン軍の強化に必要だから〉

「確かに、そう云う面もあるな」

 がしかし、主たる理由は、キャスバルと引き離したい、と云うものだったのだが。

〈ねぇ、“ギレン”。訓練で艦が一隻ボロボロになるのと、モビルスーツパイロットが百単位で墜とされるのと、どっちを取るかなんて明白じゃないの?〉

「どこで訓練するつもりだ」

〈デブリ帯で。掃海にかこつけてやるよ。MWでさ。そしたら連邦にも見つからずに済むだろ〉

「駄目だ」

〈なんでさ!?〉

 何でも何も、

「無駄にできる艦など無い」

 端的に云えば、軍内部の均衡の問題である。

 戦艦乗りたちの間では、昨今、MSなどと云うガラクタに予算を注ぎこみ過ぎている、と云う不満が高まっているようなのだ。

 実際、ダークコロニーの工廠も、新型MS開発にかなりのウェイトをおいてしまっており、その分、新しい艦船の建造が遅れてしまっている。

 無論、建造は急がせているが、今の時点で無駄にできる戦艦などないのが実情である。

 MSが量産できても、その母艦となる艦船がないでは、出撃することもままならぬのだ。

〈一隻ケチって何人死なせるつもりだよ!〉

 などと云うが、実際に出撃させることができない方が、もっと問題である。

「訓練で身につくところなど高が知れている」

〈その“高が”でも確実に生還率があがるんだよ!〉

 だがそのために、貴重な戦艦を潰すつもりはない。

 ザビ家でやりたい放題しているから、金銭感覚が鈍っているのかも知れないが、戦艦一隻にどれほどの予算が使われていると思っているのか。MSの五機や六機どころの話ではないのだ。

 “ガルマ”は納得しなかった。

〈……自軍を削りたいの?〉

 などと云ってくる。

「そんな訳があるか」

 そんなわけはない。

 が、いかなジオン――否、ムンゾと云えど、予算をすべて軍事費に充てる訳にはいかないし、その軍事費のすべてをMS絡みに費やすわけにもいかないのだ。

 既に、MSの開発と生産、パイロットの訓練にはかなりの金と手間をかけている。この上、艦船を差し出すとなれば、戦艦乗りたちの反発は今まで以上のものになるだろう。

 既に、ギニアス・サハリンから不満が出ているのだ。あの男は直截に云ってきたが、それより“行儀の良い”士官たちがどう考えているかを思えば、ギニアスどころの話ではあるまい。

 こんなことで軍を割るわけにはゆかぬのだ。

〈だったら、十全に研ぎ上げさせろよ。それだって折れる刃はあるだろうけど、鈍らを叩きつけるより遥かにマシだ〉

「我々は兵力を蓄えた。同盟も整えた。お前がかつて言ったように、月さえも抑えてある。そうやって闇雲に敵を恐れるのはやめろ」

 それだから、“昔”から、同じ組織の中でも反発されることが多いのだ。

 闇雲に強さを求めたところで、それは必ずしも最終的な勝利には直結しない。徹底的に叩き潰せば相手が降伏すると思うなら、それは大間違いである。

 過度な恐れは、やり過ぎに繋がる。やり過ぎれば、敵ばかりか味方も脅威に感じるようになるだろう。

 その先に何が待っているか? わかり切ったことだ、つまりは味方からも排斥されることになるのである。

 “ガルマ”がザビ家の人間で、戦争の英雄であったとしても、否、だからこそ、人びとはその過ぎた力を恐れ、葬り去ろうと思うようになるだろう。

 そして、軍の人間は、“ガルマ”のシンパよりも遙かに多いのだ。それに異物と判断されたなら、どのような事態になるかなど、火を見るより明らかなのである。

〈――……闇雲?〉

 “ガルマ”は、軋るような声を出した。

〈本気? 兵力が足りてるって? 同盟は万全だって?? そんなの、覆そうと思えば、100も200も手はあるんだよ!!〉

「落ち着け…………お前のような“悪知恵”を持つものが、そうそう居てたまるものか」

〈……おれを賢いなんて思ったこと無いくせに〉

 そこは否定しない。

 “ガルマ”を賢いと思ったことはない。本当に賢ければ、“昔”のあれやらこれやら、回避できたことは少なくなかっただろうから。

 だが、目的が絞られた時の手段と手腕については、認めざるを得ないのは確かなことだ。たとえ、それがこちらの倫理観などからは、聊かならず外れていたとしても。

 だが、“ガルマ”の欠点は、自他の力を見誤りがちなことだ。それから、まわりの人間の思惑や意識などをあまり把握できないところも。

 良くないのはそれだけではない。

「――……落ち着けと言ってるだろう。じきに呼び戻す」

 普段はフラットなくせに、冷静さを欠けばまったく状況が把握できなくなるところもだ。

「艦はくれてやれないが、それ以外の方法で訓練ができるように図らせよう。お前は余計なことを考えずに、あとひと月、教官を全うしろ。良いな」

 “ガルマ”は、暫、黙りこんだ。

〈……おれ、戻れんの?〉

「その予定だ」

〈その後はどこに飛ばす気さ?〉

「中央に戻すつもりだが」

〈……位階は?〉

 その言葉に、思わず渋面になる。あちこちからきている推薦状を思い出したからだ。

「上がると思うのか?」

〈………ラウ少佐から推薦は?〉

「来ている」

〈……ロバート大佐とカーティス大佐からは?〉

「来た。プロホノウ操機長からもな」

 まったく、皆、“ガルマ”に誑かされていると思う。しかも悪いことに、これに関しては“ガルマ”は絶対に、意図的に誑かしているとわかっているのだ。そんな状況で位階など上げて、その上でキャスバルとつるまれたなら、何をやらかされるか知れたものではない。

〈……ぜーんぶ蹴るんだ〉

「いまお前に権限を持たせると碌なことにならん」

 ただでさえ、またダークコロニー内で派閥を構築しつつあると聞いているのだ。

 この上位階まで上げて、それを統率する正当な理由を与えてやるつもりなどない。

 位階を上げてほしければ、まずはキャスバルをきちんと躾てから云うべきである。

〈――………………“ギレン”じゃなかったら、クーデター起こしてんね?〉

 ――云うに事欠いて!

「そういうところだ!」

 まったく反省も何もあったものではない。

 通信を切り、ドズルに連絡を入れる。訓練用の何かを与えなくては、勝手に“演習”とやらをやりかねないからだ。

「ドズル、頼みがある」

〈お、おぉ、何だ兄貴〉

 通信に出たドズルは、やや引き気味に云った。さて、今自分はどんな表情をしているものか。

「済まんが大至急、MS用のシミュレーターを組んでくれ。敵には、連邦の新型と、最新の艦船を混ぜたものにしてな。難易度を最高に上げてくれるとありがたい」

〈おぉ、それは、戦闘機用のやつを弄れば、何とでもなるが――もしかして、ガルマか〉

「そうだ」

 思わず指先で机を叩いてしまう。

「あいつめ、“要らぬ艦船を一隻よこせ”などと云い出した。既に宇宙艦隊からは、MSに金をかけすぎていると云われているのにだ。これ以上あちらに金を注ぎこむような真似をして、軍をふたつに割ってしまいたくはない。そのためのシミュレーターなのだ。頼むぞ」

 1stでのジオン敗北の理由のひとつに、ドズルとキシリアが完全に軍を二分してしまったことがあるようだ。

 無論、陸海軍の対立など、江戸の昔からあったことではあるが、そう云う歴史的なあれこれを、わざわざ宇宙世紀でまで再現したいとは思わない。

 無論、完全な融和などはあり得ないが、少なくとも、原作軸よりは風通し良くできなくはないはずだ。

 であるからには、これ以上の厄介ごとは回避するのが吉である。

 ドズルはどんと己の胸を叩いた。

〈おう、ガルマの頼みなら、最高のものを作らせよう! 幸いと云うか、ミノフスキー博士やテム・レイ博士も、今はやや暇なようだからな、あの辺を巻きこめば、兄貴とあいつの求めるような、最高のシミュレーターかできるはずだ!!〉

「それは凄そうだな……」

 MSの第一人者たちが組んで作れば、MSの動き自体も本物と変わらぬものが作れるだろう。そこに、最新の連邦艦隊の艦船データを合わせれば、ムンゾの艦船を一隻潰すよりも、より良い訓練ができるに違いない。

「よし、では、そちらはお前に全面的に任せる」

〈おぉ、任せてくれ!〉

 すぐにかからせる、と云って、ドズルはにこやかに通信を切った。

 さて、これでひとつはケリがつきそうだ。

 次は、

「――連絡するか……」

 と云って、通信を入れたのは、ゴップのところである。正直、気が重い。

 案の定、

〈ギレン・ザビ!!〉

 怒鳴り声からのスタートとなった。

 最近は、すっかり狸っぷりがお留守になっている。それもこれも、大体は“ガルマ”のせいなのだが。

「はい」

〈いい度胸だな、どう云うことだ〉

「申し訳ございません――サイド7のことでございましょうか?」

 “ガルマ”のやらかしに、何か報告漏れでもあっただろうか、と首を捻ると、

〈とぼけているのか――ランク・キプロードンだ!〉

 そちらか、と思う。

〈聞けば、貴様の“休暇”中に、サイド6をおとずれたからのムンゾ訪問だそうではないか! 着々と手を打っているようだな?〉

「お言葉ですが、あれは不慮の事故と云うものです」

 こちらとしても、意図して会ったわけではないし、会いたいとも思っていなかった。

「キプロードン首相の娘と知り合いまして。あまりに傍若無人なので、“親の顔が見たい”と申しましたら」

〈その“親”が出てきた、と〉

「然様でございます」

〈そんな戯言を、誰が信じる!〉

「戯言ではございません。正直、私は対面したくはありませんでした」

 心の底から云う。

「こちらは物見遊山のつもりだったのです。私はほとんどズムシティから出ることもありませんので、偶には羽目を外したいと、それだけのことだったのです。あの時、ランク・キプロードンさえ出てこなければ……!」

 今、アストリッド・キプロードンの“襲撃”に怯えることもなかったのに。

 ゴップは沈黙した。

〈――本気、の、ようだな〉

「本気ですとも!」

 思わず語気が強くなる。

「本当に、あの時迂闊なことを口にするのではなかったと、後悔しきりでございます」

〈そ、そうか〉

 少々引き気味に、ゴップは云った。

 まぁ、信じてほしい。実際、キプロードン父娘に関しては、後悔しかないのだし。

「“ガルマ”の件で頭が痛いと云うのに、この上頭痛の種などほしくはございませんでしたよ」

〈お、おぉ、そう云えばな、例のRCX-76の流出だが〉

 ゴップは慌てたように、別の話題を口にした。

 RCX-76――例のガンキャノン最初期型のことか。

「流出元が判明しましたか」

〈うむ、まぁな。どうも、先走った輩が、海賊に機体の横流しをしたようだ。次世代機がロールアウトしたから、旧型は不要と考えたか、あるいは……動機は、現在調査中だがな、とりあえず、こちらの手落ちであったようだ〉

「それはそれは」

 まぁ、流出させた士官の氏名や位階などは知らされないだろうと思っていたので、今回の“報告”は想定内である。

 それに、これだけの流出事件を起こしたからには、最低でも降格、と云うことになるだろう。後日、連邦内の人事を調べさせれば、そのあたりは見えてくるはずだ。同時に、真の黒幕が誰であるのかも、また。

 とりあえず、今はそこを追及したところで意味はあるまい。

「今後は、海賊の手に連邦の兵器が流れるようなことのないよう、徹底した管理をお願いしたいものですな」

〈――わかっておる!〉

 ゴップは唇を捻じ曲げて答えた。

 まぁ、少なくともこの男が咬んでいるわけではないようなのは、一安心である。兵站担当の将軍に本気で横流しなどされようものなら、連邦の軍備はどうなってしまうのだろうか。

〈ともかくも、貴様もせいぜい尻尾を掴まれぬようにするのだな〉

 と云って、それはどの“尻尾”だろうか?

「――心致しましょう」

 とりあえず頭を垂れてみせると、ゴップは鼻を鳴らして通信を切った。

 

 

 

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