帰還する。
懐かしの我が家よ、我が友よ。
「『キャスバル!』」
「『ガル…ッ!?』」
――っせい!
虚をついた投技はキレイに決まった――受け身は取られたけど――そのまま絞め技に移行する。逃がすものか!
「『キャスバル! はかったな! キャスバル!! “仲間たち”は動かすなって言っといたろ! おれが帰れなかったの、ほとんどお前のせいだったじゃないか!! 裏はとってあるから誤魔化してもムダだ!』」
ガチガチに固めて、ギュンギュン締め上げる。
「『……認めたくないものだな……自分自身の、若さ故の過ちというものを』」
――ここでそれかよ!!!
エントランスに踏み込むなりのドタバタ騒ぎに、出迎えた面々はポカンとしてたり呆れてたり。
「ガルマ!? キャスバル兄さんも何をしているの!?」
アルテイシアが、腰に手を当てて見下ろしてきた。
セルリアンブルーのドレスの裾が、花びらみたいに可憐に揺れる。
床に転がったままでスマン。とりあえず、キャスバルを解放して立ち上がり。
「『ただいま帰りました』」
「おかえりなさい、ガルマ。仕方のない人ね」
そう言って微苦笑するさまは、まるで大人の女性のようだった。
少しだけ伸びた金色の髪、困ったように下がった眉、長い睫毛に飾られた水宝玉の瞳が、柔らかな光を揺らして。
頬のラインは少女らしさを残したままなのに、弧を描く唇は聖母さながらの――。
息を呑む。
「『……アルテイシア、僕のお姫様、君はこんなにも美しかったかな? ……なにに喩えれば良いんだろ、もう…見つからないかも……』」
眩しさに目を細める。
白い頬に朱が上るその艶めかしさときたら!
「『……触れても良いんだろうか? 争いに塗れたこの指で汚してしまわないかな、消えてしまったりしないだろうか……?』」
「『その兄をいきなり締め上げておいて、なにを言っているんだ君は』」
キャスバルの無粋な声が割り込む。
あ〜、お姫様が恥ずかしがって離れちゃったじゃないか。
「『びっくりしたぁ。でもいつも通りだったね、ガルマ』」
「『ガルマが変わるわけ無いじゃん!』」
「『それ“通常運転”って言うんでしょう、知ってる!』」
アムロとゾルタンとフロルが、笑いながら抱きついてくるのを抱きとめる。
「『ただいま。会いたかったよ』」
夢に見るくらいにね。
うわ。みんな、また背が伸びてる!
こりゃ抜かされるの確定だな――特にフロル、何食べたらそんなにニョキニョキ伸びるの。
背中に回される腕の強さも。3人とも、もう、誰かを守れるくらいには、逞しくなってるのか。
でも、まだ護らせておくれよ。おれがさびしいからさ。
「『帰る早々、騒がしいことだ。それが上流の流儀とやらか?』」
ふは。相変わらずだな、パプティ。でも出迎えてはくれるんだ。
「『真似しないでよ?』」
「『誰がするか!』」
それから。
「おかえりなさい、ガルマ!」
「『ただいま、可愛い蕾の姫』」
手を伸ばしてくるミルシュカを抱き上げる――ふぉ、言わないけど重くなったな。太ったわけじゃなくて、幼子が少女へと成長してるんだ。蕾が咲き初めるみたいに。
ワンピースとリボンは少しだけ大人びた淡い緑に白い花柄で、彼女の暗い色の髪によく映えた。
「『ほんとうに騒々しいわ……でも、おかえりなさい』」
「『いきなりあれってどうかと思う……けど、無事に帰って来てよかった』」
そして、早くも大輪の花の片鱗を見せ始めているララァ・スンとマリオン・ラルが、アルテイシアの左右から、呆れた声を投げてくれた。
「『ごめんよ。ちょっとはしゃいだ。嬉しくてさ。だけど“楽園”に戻れたんだ、浮かれるのも仕方ないだろ?』」
――大目に見ておくれよ。
カナリアイエローのワンピースのララァと、ホライズンブルーのパンツスーツのミルシュカもまた、少女の繊細さを残したまま、うら若き乙女に変じようとしていた。
なんて華やかなんだろう。
そして、なんて愛しさだ。みんなみんな。
おれの“宝物たち”。護るべきもの。戦う理由。
ぐるりと見回して……。
「『――……?』」
あれ、ひとり多いんだが?
絶賛帰宅祭りを開催してたから、気がつくのが遅れて固まった。
パチクリと凝視する先。
「あの…はじめまして…」
「『…………お初にお目にかかります、レディ』」
コーラルピンクのワンピースの――君は誰だい?
ギニアス・サハリンの妹だった。
鳴き声が「アプサラス!」の、いつかの世界線ではマッドサイエンティスト系ラスボスだった男――なんでそんな危ないモノをまだ野放しにしてんの“ギレン”!?
ん、折を見て“始末”しといたほうが良いのかも。ともあれ、その妹の方はまともだったはず。
――アイナ・サハリン。
物語の中では、民間人であったにもかかわらず、兄にアプサラスのテストパイロットにされていた少女。思えばひでぇ扱いだ。妹に「人殺せ」ってんだからさ。
それにしても、けっこうな美少女だよね!
儚さと気の強さを併せ持った、しかもプロポーションは早くも女性の柔らかな曲線を描き出してる――ある種の嗜好の野郎どもをホイホイして止まなさそうだから、ザビ家で早めに保護して正解かも。
年下のはずのアルテイシアが、まるで姉のように振る舞うのに、素直に微笑んでる様もまたアンバランス。
居間に集まって、皆で寛いでいる。
アムロとゾルタンとフロルとパプティは“The Bee”の新作ゲームをプレイしている模様――時々パプティの悲鳴と怒号が聞こえてくる。相変わらずカモられてんのか。
少女たちは、それを半ば呆れながら見守ってる。
一部を除いて、平和な光景ではあるな。
――……あー可愛いなー綺麗だなー美しさは罪ってこーゆーことかー。
『……見惚れてるわけではないだろうな』
『お姫様になら否定はしない』
アルテイシアにならね。でも、アイナはちょっと違う。そりゃ見惚れる程の美貌ではあるけどさ。
『彼女の兄がヤベェやつなんだよ』
『ああ、知っている。研究費を出せとギレンに纏わりついていた奴だ。果ては妹を愛人にと言い出していたぞ』
『馬鹿なの? あ、アプサラス馬鹿だったわ』
事故で宇宙線を浴びて躰を壊したらしいけど、その際に視た“光”に魅せられたとかで、メガ粒子砲を拡散照射できるモビルアーマー――“アプサラス”に異常に執着してたはず。
他にも色々と突っ込みドコロが多かったけど、それで済んでたのは、アレが画面の向こう側にしか居なかったからだ。
ナマでいるなら油断ならんわ。考えてもみろ。正真正銘の“物狂い”が身近に徘徊してんだぞ。こっちの世界線でどこまで毀れてるかは未知数だけど、アプサラスのために毒殺爆殺謀殺の嵐だったことを思えば、あの子達に近寄れる距離に置いときたいなんて思うもんか。
――どうすれば穏便に“始末”できるかな。
『……ガルマ』
ふと、手の甲に、とん、と宥めるみたいに指が触れた。
瞬間に、肺に詰まった息が通って、ついでに強張ってた体からも力が抜けた。
『――……キャスバル。お前が居ないとき、おれ、ちゃんと息ができてたのかね?』
それなりに馬鹿やって騒いでた筈なのに。
『さぁな』
青い眼に素っ気なくはぐらかされた。でも、まぁいいか。いまは隣りにいるし。
そろりと、アムロの“思考波”も触れてくる。それからゾルタンと、フロル……マリオンに、パプティやララァまでが。
意識のトゲトゲで、間違っても傷つけたりしないように、柔らかく保たなきゃね。
『いまさらよ』
――酷いな、ララァ。
『いっぱい疵がある』
呟くみたいにアムロが。
『……痛いか?』
――もう痛くないよ、ゾルタン。
『ほんとうに?』
――ほんとさ、フロル。痛がってないだろ。
優しい子たちだから、おれが気づかない疵にまで気がつくんだ。
『どうってことない。帰ってくれば治っちゃうからね。顔を見れば』
嘘じゃない。地球でついた疵だって、いつの間にか癒えてたんだし。
“ガルマ・ザビ”の殻は存外に脆くて、あちこちに罅がはいるけど、反面とても剛くて、皸以上をゆるさないから。
『……ギレンは何故、こうも君ばかりを前線に送り出すんだろう』
キャスバルの小さく落ちた“思考波”に、苦笑がこぼれた。
『そこでしか役に立たないからさ』
「『そんなことない!』」
叫んだのはアムロだった。
「『ガルマはおやつ作ってくれるだろ!』」
「『困ったらお話聞いてくれる!』」
って、ゾルタンもフロルも。
だけど突然騒ぎだせば、繋がってないアルテイシアとアイナ、それからミルシュカが驚いちゃうよ。
パチパチと瞬きを繰り返す三人に、にこりと笑って誤魔化す。
「『ごめんよ、こっちの話』」
「また、内緒話?」
すねた口調。
ニュータイプじゃないことに、アルテイシアは少しばかりのコンプレックスがあるらしかった。
「『いや。ポロッと溢れた愚痴に、アムロたちが反応してくれたんだ』」
「愚痴って?」
「『常日頃から、もっとお役に立ちたいなって』」
格好悪いとこバレちゃったねって苦笑い。
「『……嘘じゃないけど、本当でも無いわね。“役立たずで辛い”って言ってたのよ』」
「『仕方ないわ。ガルマって、アルテイシアの前では格好つけたがるもの。さっきだって見惚れたでしょう。“お姫様が綺麗すぎる”ってずっと聞こえてた』」
「『ララァ……マリオン……口に出さない方向でお願いしたいんだけど』」
「『嫌よ』」
「『ごめんね。でも、アルテイシアが聞きたいって』」
ニコリと。
ふぉおう。女性陣の結束は固いな!
「『諦めろ、最初から君に勝ち目なんか無いのさ』」
キャスバルがニヤニヤ笑ってる。
アムロはつついてくるし、ゾルタンは口でヒューヒュー言ってくる――まだ口笛吹けないんだな。
フロルの視線は生温かく、パプティには鼻で笑われた。
――ガックシ。
でも、まぁ、お姫様が頬を染めて微笑んでくれるなら、それで良いのかもね。
✜ ✜ ✜
辞令がおりたのはその頃だった。
ふぉ。ほんとに中央も中央。まさかのドズル兄貴の直属機関――そりゃ上官は別にいるけどさ。新しく設立されたモビルスーツ部隊のひとつ。テスト運用の感があるよね。
しかも、キャスバルと一緒!! これは“ギレン”との根比べに勝ったってことなのかな。
さて、他のメンバーは……シン・マツナガ…少尉…は、キャスバルの補佐…ですよねー。ギリィ。
それから、ライトニング…准尉。……レッドグレイヴ大尉も居るのか……。お! モブリット、ニケ、コウガとギュスターヴも。みな1階級昇進してるのか。ふぉう、同期揃い踏みじゃないの。有り難し。
あ、ムラタ…准尉もいる。“暁の蜂起”でおれを庇って怪我をしたんだよ。彼もパイロットになってたのか。
ええと、あとは……クク…!?
――ククルス・ドアン!??
えええええ!? あの面長投擲ザクのか! 未婚で子だくさんになった男!!
階級は…いまんとこ少尉か。
――ほわぁあ……こりゃ、逃げられないように気をつけないといかんね。民間人の子供が居るような場所には出撃させられないや。
なんて、リストを隅々まで読み込んでみたけど。
――……………………“黒い三連星”は居ない、か……。
ちょっと期待してたのに。くすん。
んんー。引き抜けないかなー。ガイア中尉たち。居てくれると安心感が段違いなんだけどなぁ。
残るは新兵と……トール・A・フォルタ中尉? “ギレン”の“鳩”まで混ざってるのか。ごった煮みたいな部隊だな。
直属の上官になるはずのファム・ヴァン・ロン少佐は、前部署の引き継ぎで就任が遅れてるらしい。どうなんだろうね? 有名なシオニストって聞いてるけどさ。
そんなわけで、各自の実力を測るためにも、例の最新シミュレーターで模擬戦闘訓練行ってみよー!
「『助けてアムロ!!』」
まだ面長じゃない――シミュレーターだから当然だが――ザクが、物凄い気迫で追いかけてくるんだ!
〈『君は何故そこでアムロを呼ぶんだ』〉
キャスバルの声が低い。
ごめん、つい。だってククルス・ドアンが相手だからさ。
泥臭い闘い方だけど、物凄く強い。
――こいつもチートかよ!
回避で精一杯で、反撃の余裕なんかない。強すぎて泣き叫びそうなんだが。
「『助けてキャスバル!』」
言い直す。
〈『仕方ないな』〉
ため息混じりの“思考波”が届くとほぼ同時に、キャスバルの駆るザクが突っ込んできた。
うわ、すご!
互角いけるのか――元祖チート様は流石である。テンション上がるわ。
〈加勢する〉
って、この声はレッドグレイヴかよ。キャスバルを墜とすつもりなの。
「『させるもんか!』」
反対に狙い撃とうと思ったら、ちょ、おれが予測軌道上じゃねぇの!?
その流れでなんでこっちが狙われてんのさ!??
「『ギュスターヴ!』」
〈残念だな! 今は敵方だ!!〉
めちゃくちゃ晴れやかな声出しやがって。そしてここぞと攻撃してきやがって。
「『ムラタ!』」
〈はい、ガルマさん! ッチ、盾2号が舐めんなよ!!〉
〈誰が盾2号だ!!〉
“盾”を量産してたら、いつの間にか序列が出来ていたらしい。
士官学校時代からおれを護ってたムラタが盾1号ってことで、ギュスターヴは2号なんだそうな――ワニは認めてないけど。別に1号になりたいってわけでもないらしいがな。
ともあれ、凌いでも凌いでも攻撃がくる。
〈貰った!〉
くそ、ライトニングか。流石に速いな!
「『やーだー!』」
〈って、これでも避けるのかよ!?〉
回避だけはSSS級だからな!
「『フォルタ中尉、ライトニングをお願いします!』」
〈用心棒あつかいしないで貰えませんか〉
良いから押えてよ、ほら!
「『もう、なんでこんなに追いかけ回されるかなぁ』」
〈仮にも指揮機だろ、君〉
ニケが呆れた声で突っ込みをいれてきた。
そういやそうだった。キャスバルとダブル指揮だっけ。
そしてあっちの指揮はシンだから、シビアに際どく攻めてきやがるんだよね。
だけど、こっちの“母艦”は墜とさせるもんか。
飛来するエース共を、こっちもエースで迎え撃つ。
「『ニケ、ワニ墜とせる?』」
最速を誇るニケと、頑強を誇るギュスターヴが戦ったらどうなるんだろ。
〈へえ……面白そうだね〉
〈やってみろ!〉
お。お互いに火がついた様子。
超ハイレベルの戦いになりそうで見守りたいけど、そうも言ってられないみたい。
〈あっぶねぇな!〉
〈避けんなコウガ!〉
〈避けるわ!〉
って、モブリットとコウガである。
相変わらず仲良いなお前ら――いまは敵味方だけど。
モブリットのランスが、コウガを度突きまわそうとブンブン振り回され、迎え撃つコウガのトマホークもブンブンと。超高速で飛び交いながらね。
――このバーサーカーコンビめ。
仮想空間で、紅白に分けての戦闘はもはや乱戦。
主だったメンバーは、紅組にキャスバルとおれ、ニケとモブリット、ムラタにフォルタ。
白組がシン、ライトニングとレッドグレイヴ、ギュスターヴにコウガ、ククルス。
あっちでもこっちでも、エース級のパイロットどもが鎬を削ってるんだ。
壮観の一言だけど、そうも言ってられない連中もいる――新兵どもである。
アワアワしてる輩を回収してやらねばな。
近寄らなくても向こうが突っ込んでくるから、うまく避けないと巻き込まれて大破判定されちゃうんだよ。
〈〜〜ッ、た、助け…ゥウワァー!!〉
あ、ほらまた一機。
ふぅ、と溜め息ひとつ。
取り敢えず、脚部3連装ミサイルポッドからぶっ放して空間を少しばかり開けさせる――これに当たる奴が居ないのも凄いよな。
新兵どもの前に滑り出して。
「『さあ、あっちの領域まで抜けてくよー、白組の“母艦”墜としに行こー!』」
Now, follow me!
回避からの急襲訓練にはもってこいだろ。主要戦力が前線に出てるから、向こうの艦の護りはやっぱり新兵がメインだし。
――いまなら墜とせる。
〈ムリです! ガルマ伍長! ムリです!!〉
〈あっちもこっちも大混戦なのに、これ突っ切るって難易度鬼でしょう!!〉
「『大丈夫。“為せば成る”って鷹山さんも言ってた』」
〈誰だよヨウザンサン!?〉
〈連れてこいよヨウザンサン!!〉
〈やってみせろよヨウザンサン!〉
「『なんとでもなるはずだ』」
新兵が涙声でヨウザンサンコールしてるけど、江戸時代の米沢藩主だから連れてくるのは無理。
さぁ勇気を出してゆけ、と新兵ザクどもの尻を蹴り飛ばせば。
〈クソ! 逝くぜーーー!〉
〈〈〈うぉーーー!!!〉〉〉
って、お前ら脳内変換ミスってるだろ。
飛び出す奴らの前に、来たか、白の角つき――シン・マツナガ。
〈〈〈〈〈ぎゃー!!!?〉〉〉〉
「『止まるな! 突っ込め!!』」
〈〈〈〈〈ぎゃー!!!!〉〉〉〉
それ返事か? ともあれ、一機体も減速せずに突っ込んで行くのを良しとする。
「『シン、僕が相手をするよ』」
〈光栄だな〉
お前の方が強いんだけどな――純粋に戦うならば。
さて、どんな搦め手を使ってやろうかな。
そんなこんなで、最新シミュレーターによる模擬戦は、今やギャラリーが出るほどの人気である。
スクリーンの前でワイワイガヤガヤ。それは構わない。
だがしかし。
――……おれが墜とされるかどうか賭けるのやめろよ? 野次馬どもめ。
リーアの首相たるランク・キプロードンが、娘を連れてムンゾに来訪して、ズムシティは物々しさを増した。
連日、ニュースでやってる。
――ほんとに急だよね。
“ギレン”の外交の賜物だってさ。コロニー同盟が、より強固なものになるんだとか。
まぁ、そうかも。ムンゾとルウムとリーア、コロニーの中でも最大規模を誇るサイドだからね。今頃、連邦の誰とかはやきもきしてそう。
軍本部のカフェテリアで、劇物とまではいかないコーヒーを啜りながら――ダークコロニーのアレは何だったんだろう、酸化した泥水?――モニターを眺めてる。
「割と可愛いよね、リーア首相の娘さん」
「気が強そうだけどな、お前と同じく」
「アンタは口にデリカシー詰めて出直して来な!」
「ははは。詰めても飲み込めないなら意味ないよね」
「テメェら泣かすぞ!」
「喧しい! 黙って飲め!!」
ってさぁ。
モブリットとコウガ、ニケがいつも通りの会話をして、ギュスターヴがこれまたいつも通りに突っ込む光景が目の前に。
おれの隣でキャスバルは我関せず。
シンは苦笑い。ライトニングは二杯目のコーヒーを取りに行き、ムラタは、何故かまだギュスターヴを睨んでいた。
これでレッドグレイヴとフォルタとククルスが揃えば主要面子全員集合だったね。
のんびりしてたら。
「キャスバル中尉、ガルマ伍長、ドズル中将閣下がお呼びです」
ふぉ。突然の呼び出しである。
先導されてついていく。
『キャスバル、またなんかした?』
『君じゃあるまいし』
『お前にも前科あるからな』
そっぽ向くんじゃない。
通された先はドズル兄貴の執務室だった。
さすがに立派。華美さはないけど、質実剛健を地で行くような。
ムンゾの国旗を背に、革張りの巨大な椅子に腰掛けた兄貴は、実際よりももっと大きく、恐ろしく、強そうに見えた。
「おお、来たか。ガルマ、キャスバル」
「お呼びと伺いました」
「参上いたしました」
踵を合わせてぴしりと敬礼。
「うむ。実は、お前たち二人にやってもらいたいことがある」
兄貴はそこで言葉を切って、それから小さく息を吐いた。
――なに、面倒くさいことなの?
「今、ムンゾにランク・キプロードンが来ているだろう、リーアの」
「はい」
「父親がギレンと会談している間、娘のほうの相手を頼みたい」
ふぉ。アストリッド・キプロードンの接待とな。
「……でも兄様、それって外事部のお役目では?」
ちゃんとした対応部署があるのになんでさ。小首を傾げてみれば、兄貴は苦笑いを浮かべた。
「それだと、娘が我儘を通して、ギレンとの会談の場に顔を出さんとも限らんそうだ」
――なるほど。絶対にブロックしとけってことか。逃げてんなぁ、“ギレン”。
『余程に苦手なタイプとみた』
『執務室で頭を抱えていたな』
キャスバルの思考波が小さく笑った。そうか、お前、“ギレン”の秘書官やってたもんな。
『タチも戦々恐々としていた。リーアで何があったんだか』
『……詳しいことは知らないけど、首相公邸を案内してもらって、お礼だって随分と良い店でお茶をご馳走して、翌日はリーアの誇る湖沼エリアを、一緒に散策したらしい。アストリッドの満面の笑顔の写真があったって』
ララァが般若面みたいな顔して訴えてきた内容に拠ると、少女の眼差しには好意が溢れていたらしい。
おれへの土産の写真に混ざってたって。本人がまだ見てないってどういうことだ。
『……ギレンから聞いたのとは印象が違う。まるでデートだな』
そうね。“ギレン”なら、「引っ張り回された挙げ句、引っ付かれて、更にたかられた」とでも言うところだろ。
でもさ、ララァがそう感じたってことは、アストリッドもそう認識してる可能性が高いんだよ。「あれはデートだった」って。
“女の勘”は馬鹿にできない。隠してても隠してなくても、自覚すらしてなくても、パートナーと思い定めた相手の些細な変化や、その周りにいる人間の好悪を感じ取るんだ。
おれたちが余程に注視してやっと気付くことを、彼女たちは感覚として知り得るんだから恐れ入る。
『アストリッドが、“ギレン”にそういう意味で好意を持ってるのは間違いなさそうだね』
『どうするつもりだ?』
『邪魔するよ。おれが応援してんのはララァだぞ』
『排除する気か』
『勿論。ご退場いたたく』
好意が深く根を張る前にね。思い出の中でキラキラさせるが良いのさ。
『女に甘い君としては珍しく手厳しいな』
『まさか。何年おれの幼馴染みやってんの。たとえ“美と愛の女神”が相手だって、“宝物”を泣かすってんなら、全面戦争も厭わないからな!』
『……それもそうか』
『そうさ』
と、思考波でのやり取りのあと。
「『承りました』」
力いっぱい微笑んで了承したら、なぜかドズル兄貴が仰け反った。
「……その、な?」
「『はい』」
「彼女はムンゾの賓客だ。くれぐれも丁重に、だぞ?」
なんでそんなに心配そうなの、兄貴。
大丈夫だ。抜かりはない。
「『はい。ムンゾ滞在を愉しんでいただけるように尽力いたします』」
だから、首を洗って待っていろ、アストリッド・キプロードン。
✜ ✜ ✜
深夜。ラップトップに溜まりに溜まったデータを精査する。
ケイの組んでくれたシステムのおかげで、おおよそ整理されたそれは、以前よりはカオスの度合いを減じていた――闇鍋くらいまでね。
――あー…きな臭いな、ザーン。
思うよりも情勢が悪化してる。士官学校同期たちは、叶う限り、家族を呼び寄せたって話だし。
ほんとに厳しいな。いつまで保つのか。今日明日で連邦の介入があっても不思議じゃないレベル。
溜め息。いまさら回避できないかな。無理なのは解ってるけど。
ザーンは最初に造られたコロニーだけあって、地球との繋がりが古くて濃いんだよ。
だから、“ギレン”が“コロニー共栄圏”を唱えたとき、連邦政府の顔色をうかがって“コロニー同盟”への軍事部門の加盟を見送った。
内部でどれだけ議論されても、市民運動が盛り上がりを見せても、ザーン政府のトップは常に連邦政府の意志に従ってきた。
最初の頃はそれでも良かったんだ。連邦はザーンを優遇する措置をとってきたから。
だけど時が経つにつれて、“共栄圏”はその名のとおりに発展し、各コロニーは段々と豊かになった。
各サイドの交流が盛んになれば、スペースノイドの同朋意識は強まり、市民は地球に対して口々に声を上げ始めた。自由と平等を求めて。
“数”は“力”だ。もう、地球連邦政府は、“棄民の裔”を無視できない――取り残されたザーンを除いては。
最初のコロニー群だけが、いまだ連邦の軛に繋がれ、言いなりに支配され続けている。
ザーン市民がそれを不満に思わないわけがないだろ?
市民の反発は圧政を招き、その抑圧がさらなる反発を呼ぶ――負のスパイラル。
連邦としちゃ、思う儘にならないムンゾに対する不満さえも、間接的に、刃向かえないザーンに向けてるのかもね。
締め付けと搾取は年々酷くなる一方だって聞いてる。
故郷を見限って他サイトに移住する市民も増えてきたから、最近じゃ出入りさえ厳しく制限される始末。
一番交流のあるムーアがピリピリするのも無理ないよね。いまやルウムと並んで――下手するとルウムより――連邦アレルギーを起こしてるから。
さらにムーアはゼナ・ミアの出身コロニーだから、ドズル兄貴との婚約で湧いてるし、いざとなりゃムンゾが出てきてくれるって気が大きくなってる。
どっちもこっちも、今やムンゾ頼み。
ランク・キプロードンが娘を連れてきたの、このあたりの狙いもありそうだよね。
娘が他ならぬ“ギレン”に嫁げば、コロニー同盟はこの上なく強固になる。しかも政略じゃなくて娘側からすると恋愛()結婚。民衆は大喜び。
よしんばリーアに対して連邦が横槍を入れたとして、令嬢の恋を邪魔する肝の小ささを市民らに詰られるのは連邦の誰かだけで、キプロードンの疵にはならんし。
どっち向いてもコロニーサイドに損はない。
――許さんがな!
“ギレン”は駄目だ。
でも、相手が“ギレン”じゃなけりゃ悪い手じゃないんだよなぁ……。
キャスバルとアストリッドの相性が良ければそれもアリだけど、“ギレン”が苦手な相手なら無理そうか。
事前リサーチ必要。
ここは直接会った人間に聞いてみるのが一番だよね。
では、連絡してみよう。どうせ今頃は籠もりきりだろうから捕まるでしょ。
「タチ少佐、元気にアナグマしてらっしゃいますかー?」
背景から見るに、仮眠室。殺風景だわ。目の座った男がいると、余計に殺伐として見える。
〈殴るぞ。リヒテン・ノビル送りつけられたいんですか〉
「無限ビンタは嫌ですね」
〈だったら“良い子”にしてらっしゃい〉
お、恫喝の気配。これで獰猛だからな、タチ。“ギレン”には見せない爪と牙がチラリ、ギラリ。
「やだなぁ。めいいっぱい“良い子”してるじゃないですか」
〈それでか! ……まあいいです。何の用ですか? さすがに無駄話する暇はありませんよ〉
いや、そんな暇はおれにもないし。
「アストリッド・キプロードンと、その周りの情報ください。解析してあるんでしょ」
〈その程度ならアンタだって調べ上げてるでしょうに〉
そりゃね、プロフィールやら何やらは全部押さえてあるけどさぁ。
「実際に会ったときの印象とかも知りたいんですよ〉
〈……対価は?〉
眼鏡越しに、冷徹な眼差しが返った。
勿論、タダでもらおうなんて考えちゃないさ。
「フォルタ中尉に“糸”の行使権を…」
〈やめろ本当にやめろ! 何の嫌がらせだアンタ!〉
言い終える前にタチが叫ぶ。ふぉ。過剰な反応にびっくり。
「……それ見越して送り込んできたんじゃ?」
〈ない! 絶対にない!! アンタ時々発想が明後日過ぎるんですよ、あの暴走戦車みたいな男になんてもの渡すつもりですか!?〉
「…………そんな暴走戦車を同じ部隊にって嫌がらせじゃないですか」
〈それもありますけどね!〉
「あるんだ」
〈あれぐらいじゃないと、アンタ達に潰されますからね〉
そんなに忌々しそうな顔で睨まないで欲しいな。
「えぇ、そんなこと」
〈あるんですよ!〉
相変わらずのキレ芸である。どうどう、落ち着いて。
「……じゃあ、タチ中佐に“蜘蛛の巣”の行使権をあげますよ。僕が知る限り、あなたが一番よく情報を扱えるから」
“ガルマ・ザビ”の最大の武器でもある“蜘蛛の巣”。
“糸”の自覚は当人達にすらないから、取り締まられることも、排除されることもない、混沌とした、巨大な情報網。
勝手が違って難儀するかも知れないけど、そこに散らばる数多の“蜘蛛”と“子蜘蛛”達を束ねることができれば、千里眼を得るのも夢じゃないよ。
にこりと笑ったら、モニターの向こうでタチが息を呑んだ。
〈――……本気ですか?〉
少し声が震えてる。
「うん」
〈……あれを、全てですか?〉
「そう」
〈本当に“蜘蛛の巣”の全てを?〉
「あげる」
〈本気ですか、後でナシって言っても聞きませんよ、いいんですね?〉
「すごい念押し」
いつまで続けるのこの問答。
思わず笑ったら、さらに視線が厳しくなった。
「それだけ重要なことだって分かっているのかアンタ」
〈凄まないでよ。だって、タチは“ギレン”を裏切らない。見捨てないし、ずっと着いていく。そうでしょ?〉
この男とデラーズは、“ギレン”を護る盾であり鎧であり剣だ。ずっと見てた。それで確信した。
だったら強化してやるに及くはない。
“鳩”の入り込めないところまで、おれの“糸”は張り巡らされてる。その先は、とうとう連邦政府内部まで伸びたからさ。ここまでくると、少々おれの手に余るし。
“鳩”と並行して使えば、あるいはゴップすら軽く凌駕する情報網が出来上がるだろ。
「『だから、ちゃんと“ギレン”を守ってね』」
向かう視線の先で、タチはしばし黙り込んだ。レンズの奥でギラギラと瞳が光っていた。
〈ようやく……お眼鏡にかなったってことですか〉
絞り出すような声、唇の端が上がった。
「けっこう前からですけどね」
せいぜい期待に応えてよ。
モニター越しでもわかるほど、タチは深々と息を落とした。
さあ、交渉成立なら“仔猫ちゃん”の印象やら、詳しく聞かせてもらおうかな。