ランク・キプロードンがやってきた。当然、その娘もである。
そのせいで、これから暫くは、晩餐会だの、会議だの、会談などが目白押しである。
当然、こちらも無関係ではいられない。全部が全部、出席せねばならぬと云うわけではもちろんないが、どうしても外せぬものはある。
「軍から出たくない……」
机に突っ伏して呟くと、
「私もですよ」
タチに同意された。
「あのお嬢さん、意外に目敏いですからね、キプロードン首相がムンゾを離れる日までは、迂闊に市中に出たくないです。部下には申し訳ないですが、仮眠室を占拠しますよ。閣下は、ずっとこちらにお住まいで?」
「そうもいかん。今度の週末はお泊り会だからな」
子どもたちがやってくる日を動かすわけにはいかない。ギニアス・サハリンに対する小細工もある。
それに、キプロードン父娘は十日ほど滞在するのだ。その期間に“週末”は二回ある。まるまる被るのは今週末だけだが、来週にどんなことが起こるかは知れたものではない。それならば、予定どおりに行うに越したことはないのだ。
「ですが、土曜日はデギン閣下主催の晩餐会ではありませんでしたか」
デラーズが問うてくる。
「それは出る。だがまぁ、子どもたちがきていると云って、早々に退散するつもりだ。それならば云い訳も立つしな」
「なるほど」
実際、アルテイシアやララァに、圧の強い笑顔で早く帰るよう念押しされているのだ。女子たちが苛立っているのに、男の子たちが楽しいお泊り会になるとも思われないので、さっさと撤収するが吉なのである。
幸い、他サイド首相の来訪に関しては外事部の担当であるし、軍の人間がわざわざ出ていくこともない。軍事協定でも結ぶならともかく、サイド6では、ムンゾとそのような協定締結は――政治的に――難しいだろうから、基本的には出番など晩餐会くらいのはずなのだ。はず、である。
「ランク・キプロードンが、会談を申しこんでさえこなければ……!」
そう、週明けに、先方の希望で会談が行われることになっている。無論、軍の総帥としての立場であって、隠れられる議員団などではない。
「その間、例のお嬢さんはどうします?」
「まさか同席させるわけもあるまいからな、キャスバルと“ガルマ”にでも相手をさせよう」
ドズル配下に組み入れられたとは云え、上官であるファム・ヴァン・ロン中佐の着任は、引き継ぎの関係で月半ば過ぎになる。それまでの仕事は、部隊の立ち上げであるが、尉官はあの二人だけではないのだし、一日くらいは構うまい。
タチは深く頷いた。
「賢明なご差配です」
と云うのは、こちらの手が離せない時に、あの二人を野放しにしておきたくない、と云う気分からだろう。“ガルマ”に絞め上げられたので、さしものキャスバルも暫くはおとなしいだろうが、それはあくまでも、“ガルマ”基準での“おとなしさ”であるだろうからだ。
「まぁ、ムンゾの誇る“貴公子”ふたりだ、多少は心も動くのではないかな」
「ガルマ様は、既に婚約者がおられますけれどね」
「何、少しばかりお相手するのならば、顔の良い男であるに越したことはあるまいよ」
美貌の男であれば、割合何でも許されるのは、元々の方でも証明されている。例の“但しイケメンに限る”と云うあれである。
「しかし、男だって、美人ならどんな女でも良いとは思わんでしょう」
と云いながら思い浮かべているのは、バーバラ・シャノン・ウッドヴィル大尉だろうか。まぁ、あれはあらゆる意味で規格外なので、カウントすべきでないと思うのだが。
「まぁ、綺麗な花には棘がある、などとも云うな」
酸っぱい葡萄、と云うことかも知れないが。
「ガルマ様が、女性に対して紳士であるのは確かですが、あのお嬢さんと合うかと云うと――どうですかね」
「“ガルマ”については、そこまで心配はしていない。どちらかと云わなくても、問題はキャスバルだな」
傍若無人なことでは、どちらも人後に落ちぬふたりである。それが角突き合わすことになれば、修羅場になるとしか思われない。
とは云え、こちらが出ていくと云う選択肢は端からありはしないので、あれこれの意趣返しも含め、キャスバルには奮起してもらいたい。
「ともかくも、今日と来週は軍で泊まりこみだな。デラーズ、済まんが、明日は送ってくれ」
タチでは危険だ、と云うと、タチも大きく頷いた。
「私は、これから暫くは、穴熊のように籠もりきりになりますよ。リスクは最小限に止めておかなくてはなりませんからね」
「結構濃厚に接触したからな……」
どうにも、あの父娘は侮れない。
ドズルに“ガルマ”への伝言――アストリッド・キプロードンの接待――を
金曜日はほぼ定時で上がり、デラーズの運転で部屋に帰る。
既に子どもたちは揃っており、キッチンでは夕食の準備が着々と進んでいた。その中には、アムロやゾルタン、フロル、そしてアイナ・サハリンの姿もあった。
「お帰りなさい」
ララァ・スン、そしてアルテイシアが、女主人宜しく出迎えてくれる。ここは自分だけの部屋のはずなのだが。
「明日は、キプロードン首相のための晩餐会なのですってね?」
給仕を差配しながら、アルテイシアが云う。
「そうだな、夕方から出る。ひと通り終わったら、すぐ戻るつもりだが」
「そう簡単に帰れますの?」
「子どもらが部屋にいると云えば、ムンゾの人間は離してくれるだろう。キプロードン首相に関しては、来週会談する予定なので、それで勘弁してもらうさ」
特に軍部の人間は、月二回のこの“お泊り会”のことをよくわかっている。それもあって、明日については問題ないだろうと思うのだ。
問題なのは、
「――来週週明けに、キプロードン首相と会談することになっている。その時に、キャスバルと“ガルマ”をお借りするが」
「別に、キプロードン首相のご令嬢に、そう云う意味であてがおうとおっしゃるわけではないのでしょう?」
軍務の一環となれば、仕方ないことと呑みこみますわ、と云う。しかし恐らくは、後でちくちくとやるのだろうが。
「そうだ。どうも、キプロードン首相の方は、娘とこちらをどうにかしたいらしくてな。いろいろと躱すためにも、あのふたりに接待を任せたいのだ」
「やっぱり!!」
と叫んだのはララァ・スンだった。
「怪しいと思ってたのよ! 普通のひとなら、初対面の相手に、そんなになついたりしないはずだもの!」
「財布扱いだったとは思うがな」
とでも云っておかないと、夕食の席が審問会になってしまう。
「あなたがそのつもりでも、向こうはどうだかわからないじゃない!」
とは、まったくそのとおりではあるのだが。
と、その肩を、アルテイシアがそっと撫でた。
「大丈夫よ、ララァ。ガルマをお使いになるのですもの、あの人は、きちんとギレン殿を守って下さるわ」
「そうかしら……」
「えぇ。あの人、あなたを応援すると云っていたじゃないの。安心して待つといいわ。必ず巧くやってくれるはずよ」
「――随分と信頼しているのだな」
思わず云うと、アルテイシアはにっこりと笑った。それはもう、力の籠った笑顔だった。
「もちろんですわ。ガルマが、私との約束を破ったことがないと、ギレン殿ならおわかりでしょう?」
「……それは確かに」
そのあたりと贈り物などがマメなところに、女たちが“ガルマ”に惹きつけられる理由があるのだろう。その分、男たち――子どもを除く――に対しては、かなり雑なところはあると思うが。
「まぁ、あなたが承服して下さるなら、それに越したことはない」
「私、信じておりますので」
なるほど、それではこちらはララァ・スンからの信頼がないと云うことか。
――まぁ、そう云う相手にしていないのに、信頼も何もあったものではないか。
そんな信頼があったなら、ララァこそがおかしいと云うことになる。
ともあれ、それ以外はいつもどおりに、初日の夕食は終了した。
アルテイシアとマリオン、ゼナ・ミアは、いつもどおり一旦帰宅し――しかし、フロルは残った、これもいつもどおりだ――、女性陣はララァ、ミルシュカ、そしてアイナ・サハリンが残った。
「アイナ・サハリン、ここでは、泊まりの日は基本的に雑魚寝だ。ララァやミルシュカと同じベッドだが、構わないな?」
流石に、ハイティーンの少女を居間のソファで寝かせるわけにはいかないし、かと云って、主寝室は最後の砦――ララァどころか“ガルマ”も入れていない、まぁキャスバルが一緒にくるからだが――なので、そこを明け渡す気もないのだ。
アイナ・サハリンは、こくりと頷いた。
「こちらに加えて戴けるだけでも感謝しております。兄が閣下にご迷惑をおかけしているかと思うと、心苦しいばかりですが……」
「そこはあまり気にするな」
迷惑度合いでは、“ガルマ”とどっちこっちと云うところだ――“ガルマ”と同等、と考えると、戦慄せずにいられないのは確かだが。バーバラ・ウッドヴィルにはそれほどの脅威を感じなかったことを考えれば、大した破壊力であると云えるだろう――もっとも、その矛先の大部分が自軍であると云うのは、どんなものかと思わずにはいられないが。それならば、とりあえず“敵”が自軍の外である場合が多い“ガルマ”の方が、多少なりともましである。
ララァ・スンとアルテイシアとしては、面前の敵はアストリッド・キプロードンと云うことで、アイナ・サハリン、及びその兄については、あまり心配はしていないようだった。ララァなどは、あるいは自身の身に引きつけて、家族の犠牲にならざるを得ないアイナに対し、同情的であったのかも知れない。
ともあれ、その日は概ね何ごともなく終わった。
翌日は、朝食はザビ邸組――と、フロル――で取ったが、昼食までにはアルテイシアとマリオンがやってきた。
「晩餐会は、スーツで出られるのでしょう?」
と云いながら、アルテイシアはこちらの用意した衣装を検分した。
「ギレン殿はおひとりですから、不備があるかも知れませんもの。そうならないように、私たちがきちんとさせてさし上げますわ」
その科白で、その圧はどうなのかと云いたくなるような笑顔だった。
――あなたは、私の妻でも何でもないだろう。
と云いたかったが、云えば藪蛇になるのは目に見えていたので、くちを噤んでおくことにする。
クリーニングから帰ってきて、そのままにしていたスーツを駄目出しされ、小さな皺までスチームアイロンで丁寧に消される。タイとチーフ、カフスなど、二人、そのうちゼナ・ミアやアイナ・サハリンまでが口を出しはじめるものだから、こちらが何か云う隙など、まったくなくなってしまった。
仕方なくダイニングテーブルについて、メールチェックなどをしていると、年少組の男子三人から微妙なまなざしを向けられてしまった。
基本的に、こう云う局面では、男はおとなしく女の云うことを受け入れるに限る。
恐々とする少年たちとともにティータイムの準備をしていると、少女たちが今宵の衣装のコーディネイトを終え、満足そうに振り返ってきた。
夕方になり、デラーズに送られて首相官邸に赴く。
他サイドの首相を迎えての晩餐会と云うことで、車寄せのあたりには内外の報道陣が人垣を作っていた。無論、中には連邦系の報道機関もあるし、さらにその中には連邦の諜報員も紛れているのだろう。
割りあてられた控室に赴くと、そこには既にサスロ、ドズル、キシリアが揃っていた。
男二人はドレススーツ姿で、サスロは臙脂、ドズルは深緑のタイとチーフである。スーツのスタイルも違うが、どちらもよく選ばれたものだとわかる。これは、“弟”たちの趣味と云うよりは、その婚約者たちのセンスだろう。
キシリアは、割合やわらかめのラインのドレスをまとっている。イヤリングは、かつて“ガルマ”が贈ったものだが、胸元を飾るそれに合わせたネックレスは、恐らくシャア・アズナブルの贈り物であるのだろう。安いものではないだろうに、学生の身でそれを贈ったシャアの、精一杯背のびした様が見える気がする。
サスロはこちらの格好を見るなり、わずかに眉を寄せた。
「……いつもと少し雰囲気が違うな?」
「あぁ、アルテイシアやララァ・スン、それからアイナ・サハリンに遊ばれた」
いつもなら選ばぬペイルブルーのタイとチーフ、カフスも銀の装飾性の強いものだ。唐草の絡まったような、かつての北欧系のデザインに近い。
ドズルが、驚いたような顔になった。
「兄貴、アイナ・サハリンをお泊り会に入れたのか」
「ギニアス・サハリンが煩いのでな、ポーズだけでも見せてはどうかと思ったのだ」
「ララァ・スンは、それで良いと云ったのか」
「アルテイシアの差配があるのでな。意外に巧くやっているようだ。――それより、お前たちは、相手を連れてはこなかったのか」
ベルナルダ・ハイメ、ゼナ・ミア、シャア・アズナブルのいずれの姿もないようだが。
そう云うと、サスロは渋い顔になった。
「まだ結婚したわけでもないから、遠慮するそうだ。これから仕事をすると云っていたから、云い訳なのかもしれんがな」
「俺の方もだ。結婚していないのに、晴れがましい場所には出たくないと云われた」
「シャアはくるわ。私を一人で参加させたくないのですって」
「そうか。しかし、他の二人は、いつなら早くないのだ……」
今からそれでは、結婚した後も公式の場に出たがらない可能性はあるではないか。
キシリアは肩をすくめた。
「仕方ないわ、私たちのような家は、そうはないもの。そこに、一般の家からとなれば、それは気後れもするでしょう」
確かに、シャアの両親は、名家ではないが、テキサスコロニーの管理人であり、そこそこに公的な仕事もあったので、やや抵抗がないのだろう。その上、先日のルウム出張でも、キシリアの許婚者として、いろいろと引っ張り出されていたのだ。他の二人に較べれば、確かに多少は慣れているか。
「まぁ、お前にとって、シャアは良い相手だったと云うことか」
「私にとっては、そうね」
下心――権力や金に関しての――がない男と云うのは、確かにキシリアのような人間にとっては貴重だろう。
「あの子にとっては、私もただの女と云うことよ。――でも、そう云うのも、思ったよりも悪くはないわ。あの子には、権勢欲も何もないのだもの、一緒にいても、落ち着くのよ」
「確かに、ベルナルダにも、こちらを利用してやろうと云うのはないな」
サスロも頷いた。
「むしろ、最初は怒鳴り合いの喧嘩ばかりだったな。俺とそう云う風にやり合えたのは、あいつが初めてだったから――そこに引っかかったってことだろう」
それに大きく頷く、ドズルの相手――ゼナ・ミア――については、云わずもがなである、
「ところで」
やや皮肉っぽく、キシリアは片眉を上げた。
「お前は、あのララァと云う娘は連れてこなかったの」
ランク・キプロードンの娘を警戒していると聞いたけれど、それなら相手を伴ってきた方がよかったのではないの、と云われ、吹き出しそうになる。
そのキシリアの言葉に、サスロやドズルも同調した。
「そうだぞ、ギレン。この間、あの娘たちを連れてアフタヌーンティーに行ったのが、記事にもなっていたろう。ララァと云う娘を横抱きにした写真も載っていたから、何か進展があったかと思ったが、違うのか」
「俺も思った。俺のような武骨者とは違う、流石はギレン兄だと思ったぞ」
「……お前たちも、“ガルマ”の仲間なのか」
“父”が“ガルマ”に乗せられて、ララァ・スンとの間を取り持とうと考えているとは知っていたが、まさかここもとは思わなかった。
が、キシリアは首を振った。
「そう云うわけでもないわ。あの子があの娘を応援しているのはわかっているけれど」
「三分の一の年齢の少女を、私が相手にすると思うのか」
「思わないけれど、あの子の目は結構確かよ」
「それはわかっている」
「わかってないわね。つまり、お前はあの娘を伴侶に選ぶ可能性が高いと云うことよ」
その言葉に、思わず沈黙する。
ララァ・スンと? 今はトリプルスコアだが、向こうが成人したところで、それがダブルスコアにわずかに近づくだけではないか。『逆シャア』の“シャア・アズナブル”よりも、完全にロリコンである。少なくとも、そう批難されても反論のしようがない。あれと同じようにララァが十七になった時にはこちらは四十五である。間違いなくロリコンと目されるだろうし、否定材料も出てこない。
「お前とシャアくらいの歳の差なら、一考の余地もあるだろうが……」
三十三と二十一ならまだいけようが、こちらは完全に犯罪だ。
「お前は、キプロードン首相の令嬢には、もっと冷たかったと聞いたわよ」
と云う、それは、タチからの情報なのか。
「でも、あのララァと云う娘には、それなりに接してやっているじゃないの。つまりはそう云うことよ。時間の問題ね」
「そう云う予言はいらんのだよ」
とにかく、今はこの先に待ち構えるだろう“一年戦争(仮)”、そして今そこにいるキプロードン父娘が問題なのだ。
「私の頭は、今はムンゾ、来たるべきジオン共和国のことでいっぱいだ。他のことを考える暇はない」
最悪、負ければ原作軸のような死に方もあり得るのだ。下手人はキシリアとはならないだろうが、“父”次第ではどうなるか知れたものではない。
とにかく、戦いは小競り合いで済ませて、早々に講和に漕ぎつけたい。そのためには、余計なことどもに意識を取られているわけにはいかないのだ――戦いの後まで、無事生き残るためには。
「……本当につまらない男ね」
キシリアは溜息をついた。
「余計な世話だ」
と返したところでドアが叩かれ、シャア・アズナブルがひょこりと顔を出した。
途端にキシリアが融け気味になる。
「シャア」
と云う表情は、恋する乙女そのままだ。
サスロ、そしてドズルが、居心地悪そうに身じろぎした。
「キシリア」
若者も、輝くような笑顔になった。
「ギレン殿、サスロ殿、ドズル殿も、ご無沙汰しております」
本日のシャア・アズナブルは、ダークスーツに臙脂のクロスタイ、それを留めているピンは、キシリアのネックレスと同じ意匠のように見える。少し軽いようにも思えるが、ぎりぎり成人の若者には、これこそが相応しいのかも知れない。
「ナイトの登場か」
「は、はい、僭越ながら務めさせて戴きます」
と云う表情には、以前にはなかった精悍さが備わってきている。なるほど、キャスバルにより似てきた。
「良かったな、お前の相手は、よく育ってきた」
と云ってやると、キシリアはわずかに頬を染め、
「揶揄わないで頂戴」
そう云いながらシャアに近づき、その腕に絡みついた。
「お先に。行くわよ、シャア」
「えぇ。……では、失礼致します」
そうして、恋人たちは部屋を出ていった。
「あぁくそ、キシリアを羨ましく思う日がくるとはな!」
サスロが云い、
「俺も、ゼナに会いたくなった……」
ドズルが頷く。
「お前たちはそう思っていられるが――私は、これからが戦場だ」
ランク・キプロードン、そしてアストリッド・キプロードンとの。
サスロは眉を寄せた。
「そんなに油断ならん相手なのか」
「いや――ある意味では、“父上”と同じようなものだ」
「あぁ……」
「それなら、それこそララァ・スンと婚約でもすれば良いじゃないか」
ドズルは云うが、
「三分の一の年齢の子どもと、私にどうにかなれと?」
思わず地を這うような声が出て、ドズルは慌てたように手を振ってきた。
「い、いやっ……だが、政略結婚なら、それくらいの年齢差もあるだろう。兄貴が良ければ、と思ったんだが」
「私は何も良くはない」
そもそもキャスバル――“シャア・アズナブル”ですらロリコン呼ばわりされたような相手なのだ。年嵩のこちらなどは云うに及ばす、である。
「俺は、悪くないと思うがな」
と云ったのは、サスロである。
「お前も“ガルマ”の一党か」
睨みつけてやるが、この“弟”は首を傾げただけだった。
「そうは云うがな、お前の立場を考えれば、この先権力や地位、財力なんかに色目を使わない女は、もうほとんど出てこないだろう。その点あの娘は、そう云う意識はないようだからな。貴重な相手と云えるんじゃないか?」
「それにしても、年齢的には犯罪もいいところだ。少なくとも成人くらいはしていないとな。相手をあてがってくる輩が煩わしいだけで、別段不足していると思うわけでもないのだし」
ゲイだの不能だのと云われることも、今生だけのことではないので、今さらとも思う。
「だが、今現在、まさに面倒なことになりかけているんだろうが」
「だから、極力接触しないようにするのだ」
「あぁ、だから、キャスバルとガルマを……」
ドズルが呟く。
「そうだ。まぁ、若い美麗な士官たちに接待させるのも、外交の一端ではあるだろう」
ドズルは、きちんとおの二人にアストリッド・キプロードンの歓待を命じてくれたそうだから、少なくとも、ランク・キプロードンとの会談前後は、あの娘に煩わされずに済みそうだ。
「まぁ、兄貴は意外にモテるからなぁ」
「金も権力もある男は違うな。その上、いずれムンゾの、ジオン共和国の頂点に立つとなれば、親の方が放っておかんさ」
などと云い交わすが、サスロもドズルも、自身も似たような立場であるのを忘れてはいないか。
「まぁ、俺ですら、愛人を求めてないかと云われるくらいだからなぁ」
「お、俺もだ。もしや、マハラジャ・カーンか」
「それだ。正直、そうなったらベルナルダが怖い。御免被ると断ったがな」
「俺も、ゼナと籍も入れていないのに……あの男、親父の片腕だと云うが、何を考えているんだかな」
マハラジャ・カーンは、どうも相変わらずであるようだ。
「……なるほど、お前たちにいったか」
「って、お前もか、ギレン」
サスロが、驚いたように云って、思い直したか首を振った。
「いや、そうだよな、お前の方が、正妻に捩じこめる可能性が残ってるもんな。――何と云って断った」
「妻としたとして、人質になったら見捨てるような男だが、それでも良いかとな」
閨閥政治を目指すものにとって、やった娘を失わせる可能性のある男は、利益誘導のためにも良くはない、と考えたのだろう。以後、マハラジャ・カーンから、そのような申し出はまったくない。それならば、情の深そうなドズルあたりを狙った方が良い、と云う判断になったのだろう。
サスロは、半ば呆れたような溜息をついた。
「よく云ったな――俺は、そこまで非情にはなれん」
「だから、ひとりの方が気楽なのだ」
冷酷非情と云うほどではないはずだが、限りなく冷徹にはなれる。そのような人間だと予め知らしめて、それでも娘を嫁がせたい、あるいは娘も嫁ぎたい、と云うなら一考の余地も出てくるが、そうでないなら一蹴するしかない。リスクを考慮できない相手と、この立場でともに歩むことなどできようはずもない。
「なるほどな、よくわかった」
サスロは頷いた。
「で、その科白は、ララァ・スンには云っていないのか」
「少女のふわふわした夢を、今の段階で壊すこともあるまい」
成人するか、それに近づいてなお今のように寄ってくるのなら、確認してやる必要はあるだろうが。
「子どもの時分の感情など、どこまで持続するか知れたものではないさ。今は、そのままにしておいても良かろうからな」
この先は、それこそララァ・スン次第と云うことだ。
「流石だな、ギレン兄貴!」
ドズルは感心したように云い、サスロは溜息をついた。
「お前がそう云う心であるのなら、俺たちがとやかく云うことでもないな。――そろそろ行こう、晩餐会がはじまる」
その言葉に促され、兄弟三人で、連れ立って控えの間を後にした。
晩餐会の会場は、所謂迎賓館のようなところに設定されていた。
連邦政府や他サイドの賓客をもてなすための施設である。外務や通商などを統括する部署のものも、次官級会合などで使う機会があるようだが、軍部にはあまり縁のない場所である。特に、昨今は連邦との会合なども通信会議が主になっているので、なおのことだ。
席次は、まぉ大体予想されるとおりで、ランク・キプロードンは“父”と並んで正面中央の席に、アストリッドはその隣りで、キシリアやシャアの傍だった。
ありがたいことに、こちらは丁度反対側の席で、隣りにはリーア防衛軍の重鎮が坐った。
昨今の連邦軍の装備や布陣、またその人事のあれこれを話す。こう云う会談ならば吝かではないのだが。
サスロやドズルは、こちらの坐るテーブルに直角に置かれた別々の列の、中ほどの席でそれぞれリーアの随員たちと語らっているようだ。キシリアがこちらの並びで、位階が上のドズルが向こうと云うのは、普通に考えればおかしなことなのだが、いずれもファーストレディがおらず、娘たちがその代わりを務めるふたりであるから、そのあたりを配慮されたものだろう。アストリッドとても、本来はこちらの並びにいるはずがないのだが、未成年を親の近くに、と云う担当者の気遣いであるに違いない。
――こちらにとっても、ありがたいことだがな。
隣りなどに坐らされては、いつ何時ぼろが出るかわからない。君子危うきに近寄らずとやら、危ない橋は渡らぬに如くはないのだ。
「素晴らしい晩餐ですな!」
将官にあたるだろう地位の男は、料理に舌鼓を打ちながら、そう云ってきた。
今日のメインは仔羊のステーキ、魚は白身魚のムニエルである。どちらも、ザビ邸のシェフにはやや劣る――そこは、大人数を相手にするので仕方あるまい、助手も大勢であろうから、粒が揃っていないのかも知れない――が、それでも下手なレストランをかるく凌ぐ味である。まぁ、“外”からの賓客をもてなす料理を出すのだから、当然と云えば当然なのだが。
「リーア首相をお迎えするとなれば、この程度は当然のことでしょう」
「いやいや。軍隊などでは、あまり味は見こめませんからな。ムンゾもそうでしょう?」
「さて……私が士卒用の食堂を利用した折には、さほど不味いとは思いませんでしたが」
しかし、“ガルマ”がダークコロニーで飲んだのは、コーヒーとは名ばかりの劇物だったと云っていたそうであるが。
「それは羨ましい! そう云えば、そのような報道をされておいででしたな」
「ムンゾのゴシップが、そちらまで流れておりますか」
苦笑すると、相手は穏やかに首を振った。
「いやいや、市民に人気がおありなのだなと拝察致しました」
「……お恥かしい話でございます」
「何の何の。そう云えば、ギレン閣下は、先だってリーアにお越しだったとか。ご一報戴ければ、私どももご歓待致しましたのに」
などと云われ、ひやりとする。
「いやいや、単なる物見遊山でしたので、そのようなことは。リーアの文化の地盤などを見せて戴きましたが」
「そうですな――リーアは確かに、文化芸術を大切にしております。その分、防衛にはあまり力を入れておらんのですが」
少々不満気な声。
政治的には、過剰な軍備は連邦から睨まれる元だ――ジオン公国、そして今のムンゾを見るが良い――が、真の中立のためには、自前の強力な軍備が不可欠である。この男の不満は、そのような面についてのものなのだろう。
「ですが、あまりにも軍備を拡張すれば、連邦に睨まれて、中立を保つのが難しくなるでしょう。軍備が心許ないように見せるのも、中立を保つ知恵であると拝察致しますが」
「ムンゾが羨ましいですな」
男は溜息をついた。
「リーアの軍備は、張りぼてに等しい。万が一の時には、連邦かムンゾに頼るか、あるいは鎖国宜しく港の出入り規制をするしかない。自衛に必要な、最低限の軍備すらも怪しいような状況です。まったく、軍とは名ばかりのものですよ」
「ですが、軍備を拡張していけば、限りがない。そこを外交努力で乗り越えようと云うリーアの姿勢は、それはそれで称賛に値するものと思われますが」
今年最新鋭の装備も、来年になれば旧式である。MS-05ザクが、ほとんど出番もないままに“旧ザク”と呼ばれることとなったように。
軍備は、そのマシンは古びる。だが、文化は古びない。文化で戦えるのならば、本当にそれに越したことはないのである。
「軍備にいくら注ぎこんだとしても、残るものは何もない。それは、ある種の必要経費ではあるでしょうが、個人的には、後世に残せるものがある方が良いと思いますがね」
男は、鼻白んだような顔になった。
「……流石はムンゾ軍総帥閣下、見る目が違っておられる」
とは、間違いなく厭味であっただろう。
「軍など、小さくて済むならそれに越したことはございませんので」
と云った言葉が、正しく伝わったかどうか。
――取りようによっては、“ムンゾに頼れば良い”とも聞こえるからな。
正直に云えば、“連邦にやらせておけば良い”で片がつくなら、こちらこそがそうしたいところである。軍事費などは、基本的には金を溝に捨てるようなもので、とても建設的と云えるものではない。
連邦がまともに機能していれば、それこそ対海賊のみの自衛軍でも事足りるはずなのである。それが適わぬのは、ムンゾの独立心と、連邦中枢の腐敗あってのことなのだ。
男は、少々気分を損ねたのか、その後はあたり障りなく話を切り上げて、反対側に坐る外務担当大臣と話しはじめた。
これはもっけの幸いだ――リーアの人間に捉まって、“もう少しお話を”などと云われれば、抜け出すのに難儀することになるだろうが、同業にそっぽを向かれれば、他は最大の難敵、ランク・キプロードン以外に留めようとするものはあるまい。
そのランク・キプロードンは、ムンゾの重鎮たちに捉まることになるだろうから、そうそうこちらにはやって来れないに違いない。
晩餐会が大過なく終わると、退出する人並みに紛れて、会場を抜け出す。
“父”に捉まったらしきサスロがもの云いたげにこちらを見たが、三十六計逃げるに如かずである。その向こうにキシリアやシャアの姿があるならば、99%アストリッドもいるだろう。退散するのが最善である。
さっさと逃げ出し、デラーズの車に乗りこむと、何故かドズルもそこにいた。
「邪魔するぞ、兄貴」
などと云う。デラーズは、階級差で黙らせたか。
「お前も逃げてきたのか」
と云うと、頷かれた。
「リーア防衛軍の連中が煩くてな。何か云っただろう、ギレン。お蔭で、俺の方に迫ってくる輩が多くなった」
「すまんな。あまり軍拡の話をしたい気分ではなかった」
「援助だの提携だのと云い出しかねん雰囲気だったからな。まぁ、サスロ兄やキシリアは残っていたようだから、外事は向こうに任せるさ」
「そうだな」
わずかに沈黙が落ちた。
「――そう云えば」
ドズルが、おもむろに口を開いた。
「リーア首相の娘、キシリアと結構話していたな」
「そうか?」
席の位置的に、そちらは見えなかったので、何とも云い難い――仮に見える位置だったとしても、まなざしのひとつもくれてはやらなかっただろうけれど。
「あの娘を、ガルマとキャスバルに任せるんだろう? なかなか賢そうな娘じゃないか」
「では、あの二人に指示は出してくれたのだな?」
ランク・キプロードンとの会談の間、適当に接待しろと云う指示は。
「おぉ。ガルマは、何やら張り切っていたぞ。あの分だと、キャスバルもしっかり巻きこまれることになるだろうな。――安心したか」
「あぁ」
とにかく、こちらからアストリッド・キプロードンの意識を逸してくれさえすれば良い。どうせ十日くらいの辛抱なのだ。その間、とにかく身辺には近づかせず、“オルガ・イツカ”がこちらであると、悟らせなければ勝ちである。
「もしかして、あのアストリッドとか云う娘と、リーアで何かあったのか」
云われるのに、ただ肩をすくめてやる。
ドズルは人が良い。キプロードン父娘と接触した時に迂闊なことを云わぬよう、与える情報は最低限であるべきだろう。軍の機密については口が堅いのはわかっているが、それ以外については信じられぬところはある。
それなのに、
「もしや、最近タチ少佐を見かけんのは、あの辺の関係か」
こう云う時だけ勘が良いのだ、この“弟”は。
「……想像に任せる」
言葉を濁すが、ドズルは、察したように頷いた。
「それで、ガルマがやたら張り切っているんだな。ララァ・スンの味方だと云っていたからなぁ」
「は」
いやまぁ、確かに聞き知ってはいたが、それをドズルにも云って聞かせたのか。
「多分、話の具合によっては、親父にも抗議するぞあれは。良かったな」
「良くはない」
確かに、アストリッド・キプロードンは躱したかったが、それはララァ・スンのためではない。
が、ドズルは一向構わぬ風だった。
「ララァ・スンより上のようだが、あのアストリッドと云う娘だって、そう年齢的に変わるわけでもないからな。それなら、親しい方を推す気持ちはわかる」
良かったな、と云われるが何も良くはないのである。
運転席のデラーズは無言。その沈黙が痛い。
「私は、半分以下だの三分の一だのの年齢の少女たちと、どうこうなる気はない」
きっぱり云うが、ドズルの表情は変わらなかった。
「ガルマはやる気だぞ。覚悟した方が良い、ギレン」
あいつは何だかんだ、やりたいようにすると云ったのは兄貴じゃないか、と云われると、返す言葉もない。確かに、日頃“ガルマ”をそのように評しているのは、他ならぬ自分自身であるのだ。
途中でドズルを降ろし、自宅に戻る。デラーズは律儀に部屋の前まで送ってきたが、ドアを開けるところで一礼して去っていった。
「お帰りなさい」
出迎えてきたのはアルテイシアだった。結構な時間だが、まだ留まっていたようだ。何と云うか、浮気を疑っている妻のような表情である――アルテイシアの夫になるべきは、こちらではなく“ガルマ”なのであるが。
「晩餐会はいかがでした?」
相変わらず圧の高い笑顔である。
「――リーアの軍担当者と話が合わんので、早々に帰ってきた」
「あら、キプロードン首相とお話なさらなかったのですか」
そうこうしているうちに、ララァ・スンたちも玄関先までやってくる。
「“父”やキシリアたちと話していたのでな。捉まれば長くなると思って、ドズルと抜け出してきた」
「そうですか」
頷かれる。若干、圧が下がったような気がする。
「あまりお飲みにならなかったんですか? お酒のにおいもしないですね」
と云うが、その実チェックされていたのは、化粧品や香水の匂いなのだろう。まぁ、両側は男の来賓であったから、しても整髪料のにおいくらいだっただろうが。
「腹は膨れたが、あまり食った気はしなかったな」
ああ云う場では、注意しながらものを云わなくてはならぬ。その緊張を弛めようとすると、無闇にアルコールを摂って泥酔寸前になりかねぬので、今日は努めて節制したのである。
せっかく戻ってきたのだ、少し息をつきたかった。
「そうですか」
アルテイシアは、にこりと笑った。
「私たちはそろそろ帰りますが――ララァが、簡単なおつまみを作っていましたの。宜しければ、それでお酒を召し上がって、一息つかれてははいかがかしら?」
それはつまり、ほぼ“そのつまみで酒を呑め”と云う命令にも等しい。
「……では、そうさせて戴こう」
そう云うと、ララァの顔が輝いた。
「すぐ準備するわ!」
ぱたぱたと奥へ去っていく。
その後を追いながら、さて、この後の“一息”はどれほどの長さになろうかと、苦笑混じりにジャケットを脱いだ。