資料から見るアストリッド・キプロードンの印象は、“割と普通”だった。
タチの話でも、如何にも大切にされて育った思春期の少女って感じ。地頭が良く、行動力もあるけど、いまはまだ親の翼の下でピヨピヨ鳴いてるだけのヒナ。
“ギレン”が手を焼いたのはコレが女の子で、なおかつ父親がアレだったからだろう。
『この程度の少女に、ギレンが煩わされるとは』
そんなふうに鼻で笑ってるけど、“ギレン”を煩わせてるのお前もだからね、キャスバル。
『いつまでも根に持つな』
『各方面から釘を刺されてんだよ!』
もはや杭みたいなやつ。どういうことなの。お前がおれの手綱を取るんじゃなかったのか。なんで、おれがお前の舵取り命じられてんのさ。
『“良い子”にしているだろう?』
『……まぁね』
いまのところ、なんら問題はない。極めて優秀。
――marvelous! wonderful! fantastic!
たまにワトソンの気分になるほどに。
澄ました顔の幼馴染みを横目でジロリ。
ほんとに、なんであんなにゴネてたんだよ。お気に入りのテディベアを取り上げられた子供みたいな――おれ、テディベアだったのか……?
まぁ良いや。落ち着いたみたいだし。
身内――主に“ギレン”――からの評価はいまだに“様子見”だけど、それ以外からの評価は爆上がりしてるからね。
この調子で行ってみよう!
アストリッド・キプロードンの接待は軍務だから、装いは軍服だ。
キャスバルは赤い尉官服でビシッと決めてる。その隣で、おれは地味な下士官の深緑。どのみち引き立て役だから丁度いい。
父親が“ギレン”と会談するのを待つ間、“退屈しないように”との名目でセッティングされた、ある種の見合い()みたいなもんだし。
お互いに気に入れば御の字だけど、今回はそうは行かないだろう――なにしろ、お嬢さんには“本命”が別に居るからね。
「胡散くさい顔ね」
挨拶に対し、少女の第一声はそれだった。
元々の声域はアルト――を、さらに低めてるのは、ご機嫌麗しくないって意思表示なのかな。
大丈夫か、お付きの人達が凍りついてるけど――ひとり除いて。
セミロングの黒髪に縁取られた顔の中で、蒼い眼がパチリと瞬く。尖った唇。精一杯顔を顰めて悪態つくさまは、仔犬の威嚇みたいで可愛らしいだけだ。
「そう思わせたなら誠に遺憾。でも、生まれ持ったものだからご容赦願いたいですね」
くすくす笑いが溢れた。
「……怒らないの?」
「怒らせるつもりだったの?」
聞き返したらそっぽを向かれた。
「不快にさせる自覚がある言葉なら、口にすべきではないな」
爽やかな笑顔のまま、キャスバルが苦言を――おいヤメロ。
「うわ。正論だけど、いきなり説教ってどうなの?」
「正論が説教に聞こえたなら残念だ」
って、なんで真っ向から喧嘩買っちゃうのさ。流せよ。
途端に険悪になる空気をどうしてくれようか。
父親が“ギレン”と会談している間、場をもたさなきゃならんのだが。さて。
お付き側を窺うに、あわあわと少女を止めようとはしてるものの、ビシッと注意するでもなし。さっきも狼狽えてなかったひとり――眼鏡の女性ときたら、むしろ興味深げに見守る始末だ。
「お話し中に失礼、向こうに席を用意してるんです。エスコートを許していただけますか?」
とりあえず割り込もう。差し伸べた手に、少女はツンと鼻を聳やかした。
「お硬いお話しなら遠慮したいわね」
「アフタヌーンティーですよ。紅茶がお好きって聞いてますので、ガーデンに用意しました」
「ふぅん?」
「無骨な軍本部の庭ですが、園芸が趣味のジーヴル・アンベリール・ギルランド大佐が手を入れている区画ですので、ムンゾにしては華やかですよ」
なんて控えめに言ってみたけど、軍才が無けりゃザビ家の庭師としてスカウトしたいくらいなんだよ、ギルランド大佐。美しく整えられたそこだけ見たら、リーア首相官邸にも劣らないんじゃないかな。
「どうぞこちらへ」
にこやかに促したら、ようやく、ちょんと少女の指先が延ばした手に触れてきた。
何故かおっかなびっくり。怒ってないし、噛みついたりもしないよ?
『ほんとならお前の役目なんだぞ、キャスバル』
お嬢さんのエスコート。おれには婚約者が居るんだからさ。
『君のほうが向いてるだろう』
『そういう問題じゃねぇわ』
水面下でやり取りしつつ。
「わぁ!」
アストリッドが歓声を上げるのもむべなるかな。角を曲がった先に現れたのは、有名な画家の描いた庭園のような風景だった。
よくぞまぁコロニーに――しかも軍本部の庭に――こんな空間を拵えたものだ。
無骨な建物は木々の緑の枝が隠し、群れて咲く花々の向こうに、どこまでも続いていると錯覚しそうな小道が伸びている。
「すごく綺麗!」
少女の蒼い眼がキラキラしてる。
お付きの人たちも感嘆の声を漏らしてるから、受けは良い感じ。最初の微妙な空気は払拭できたかな。
「さぁどうぞ、レディ・キプロードン」
導く先で、木漏れ日の下に用意されたテーブルは、いつかの童画の挿絵のように見えた。
素朴な木目の天板は、庭の花で飾られている。
ティーセットは敢えてシンプルなハーフレース。傍に置かれたバスケットも雰囲気あるでしょ。
「ピクニックみたいね」
「愉しんで貰えたら嬉しいです」
一番庭が美しく見える席に少女を座らせて、お茶会が始まった。
「いい香りだけど、これはなに?」
「セイロンティーですよ。フルーツサンドには合うでしょ」
正確にはヌワラエリヤ。水色が明るくて香りが華やかなスリランカのハイグロウンティーだ。他の産地もそうだけど、この時代まで生産されてるんだって感動した。
ティースタンドは三段。下からカラフルなサンドウィッチ、二段目にスコーン、上段は季節のプチケーキ。
どれに合わせても問題ないチョイスだろ。
『……全体的に甘すぎるんじゃないか?』
『定番のキューカンバーも用意してある。スコーンはプレーンにしたし、手前のジャムは甘すぎないやつ。ケーキはお嬢さん達に任せときゃ良い』
お前は紅茶に口づけときゃ優雅に見えるんだから、大丈夫。ほんと、この光景の中で映えるったら。接待が無けりゃ見惚れてたね。
おれたちとアストリッドの他に席についたのは、お目付け役らしき、サキ・ミヨシという名の眼鏡の女性だ。
二十代半ばに見えるけど、貫禄さえ感じる落ち着きっぷり。それから“鳩”に似た匂い。多分、“そっち系”なんだろう。
父親がランク・キプロードンの側近って聞いてるけど、娘にもマークが必要みたい。
チラリと視線が合った瞬間に、見事な社交スマイルが飛んできた。微かな圧は牽制か。
「 ねぇ、あなた婚約者と仲が良いんでしょう? どんな話をするの?」
いつの世も恋バナは乙女の好物なのか、アストリッドが蒼い瞳をきらめかせて身を乗り出してきた。ミヨシまでが興味深気な視線を向けてくる。
反して、欠片も関心のなさそうなキャスバルである。
『お前、少しは話に加わる姿勢を見せろよ』
『すまない。話題についていけなくてね』
『お前ほどの色男がなぜだ!? さては入れ喰い状態で飽きたんだな!』
『酷いな、冤罪だ』
しれっとした顔しやがって。
ふぅ、と、吐息。
「改めて聞かれると恥ずかしいな。他愛もない話ですよ、その日にあった事とか……でも、彼女の声で語られれば、ずっと聞いていたくなるし、笑っていたら嬉しくなるし、悲しんでたら泣きたくなる。このところ軍務であまり帰れなかったから、余計に貴重な時間でした」
にこりと微笑んでみたら、アストリッドが顔を覆って呻いていた。なんなの。
「やだ恥ずかしい」
「ガルマにアルテイシアの話を振るからこうなるんだ。ぞっこんだからな」
キャスバルが肩をすくめる。
「じゃあ、あなたはどうなの?」
「生憎と多忙過ぎて出逢いがないんだ」
「出逢っても、さっきみたいにツンケンして、きっと相手に逃げられてるのよ!」
「それは残念だな」
なんてカップを唇に運ぶ姿は余裕綽々。ぜんぜん残念そうじゃない。
悪態をついたほうがムキーって感じでバタバタしてるし。
唇を尖らせて、アストリッドがそっぽを向いた。
「私は、もっと大人の男の人が良いわ。世慣れてるけど優しくて、博識で、格好良くて面倒見が良いひと!」
「つまり、お守りをしてくれる相手ということか」
だからなぜそこでそう返すんだ、お前は。
アストリッドが吠え立てる前に、強制的に割り込んで。
「キャスバル、お茶のお代わりをどうぞ?『それ飲んで黙ってろ』」
「ありがとう『会話に参加しろと言ったのは君だろう』」
喧嘩を売れとは言ってない。
そして、そこのミヨシ、呑気にフルーツサンド食ってねぇで、お嬢さんの手綱取れよ。
どいつもこいつも。リーア側の人員はハラハラ見守るだけだし、ムンゾ側はおれに丸投げだ。
小さくため息をついたら、アストリッドに睨まれた。
「何よ」
「いえ、きっとのびのびと育てられたんだろうなと」
「言外に無礼って言っているの?」
「そう聞こえたかい」
「キャスバル、君の好きなアプリコットジャムだ『しっかり口に詰めておけ』」
どうしてそう火に油を注ごうとするんだ。
『別にアプリコットはそこまで好きじゃないぞ』
んなことは知ってる。
「レディ、悪く取らないでください。リーアは良い所だと思っただけです」
「どうして?」
「あなたの言動が伸びやかだから」
「そっちのキャスバル中尉はどうなのよ?」
「私が気になるのかい?」
「誰が!」
ソーサーに戻されたカップが高い音を。やめて、けっこう良い品なんだ。
「彼は、君の反応が可愛くてちょっかい出してるだけだから気にしないで」
「ガルマ?『なにを言ってるんだ君は』」
『そうでも言っとかないとお前の無礼が問題になるんだぞ』
『彼女の無礼はどうなんだ』
『アストリッド・キプロードンは賓客!』
『……覚えていろ』
お前が覚えてろよ。
「そうは見えないけど……」
「レディ、ケーキはどれにします?」
目を眇めるアストリッドの視線を、キャスバルからティースタンドに向かわせる。
その間にお茶のお代わりも。
ミヨシ、ほんとにマイペースだな。アストリッドよりも先にケーキ選ぶなよ。
「レディの故郷は素晴らしいサイドですよ。お父上をはじめとして、歴代の首相がよくバランスを取っているから、リーアは豊かで連邦との軋轢も少ない。この時期にムンゾに来たって立場は揺らぎもしないでしょ」
喧嘩上等のルウムと違って、リーアは連邦とも各サイドとも良い関係を保っている。
ザーンのように首根っこを押さえられることもなく、ムンゾより有利に事を運ぶ様は見事のひとことだ。
「でも、リーアを“蝙蝠”だって言う人は多いわ」
少女の眉間が曇るけど。
「言いようですね。そういう人達でさえ、誰もその手腕を否定できません。リーアは豊かで安定している。市民にとって、それ以上のことが?」
どれほどに恵まれたサイドに生まれたのか、そろそろ自覚しなよ。
ニコリと微笑めば、アストリッドは黙った。
「お父上を誇るといい」
キャスバルが薄く笑った。ん、ギリギリで嫌味にはなってないな。
「ムンゾだって豊かよ」
「そう有るべく皆が尽力しています。もちろん、父も兄姉達もね」
「権力者はみんなそうね……父が大事なのもリーア。私達家族は二の次だった」
「お父上に顧みられなかったと? そうかな?」
アストリッドは、馬鹿にしたみたいに鼻を鳴らした。
「愛されてるひとは、他もそうだと思うのね。ガルマ・ザビ。ムンゾで一番愛されてる貴公子さん?」
少女の唇が歪んだ。明らかな皮肉の気配。
ふぉう、こんな毒を吐いてくるとは。
キャスバルの“意識”が尖る。隣で膨れ上がる怒気を包み込むように抑え込むけど、空気が変わるのまではどうにもできない。
流石にミヨシが息を飲んだ。
『何も知らない小娘が』
『キャスバル、大丈夫。彼女はまだ子供だ、八つ当たりしてるだけ』
『アルテイシアよりも歳上だろう』
『僕らのお姫様は“特別”さ』
まだ子供でいても良かったのに、駆け足で大人になろうとしてるんだ。おれの婚約者じゃなかったら、もっと伸びやかに過ごせただろうに。
苦笑い。
「そうですね。仰るとおり、僕は父からの愛情を疑ったことなど一度もありません。デギン・ソド・ザビは、確かに僕を愛している。けれども、“ガルマ・ザビ”を地球に降ろしました。ムンゾを守るために」
ジーン・コリニー中将の要求を飲むしかなかった。あの頃のムンゾは一触即発で、いつ、市民が連邦軍の銃口の前に晒されるか知れなかったから。
「ご存知ありませんでしたか?」
――そんな訳ないだろ。
アストリッドの視線が落ち着きなくさまよう。こんな返しは想像すらしてなかったろうし。
そんな積りで言ったんじゃないって、声にならずに唇が小さく震えた。
「それが為政者です。あなたのお父上も、僕たちの父も、“ギレン・ザビ”も」
お嬢さんが好意を抱いてる“オルガ・イツカ”なんて、まさにそのものさ。だって“ギレン”だもの。
まるで“良き羊飼い”みたいに“羊”――民衆を導き、守り、公正に養う。
それが為政者――独裁者とは違う。
とくに“ギレン”は、“羊”の為に命すらかけるけど、自分自身とそこに関わる人間を“羊”の範疇に入れないから、たとえ崖から落ちようと救うことはない。
恋に夢見る気持ちでいて、もし嫁になんて来たら、不平不満が渦巻くだろ。
虐めたい訳じゃない。だけど、知っておいて欲しいからさ。
「……まぁ、お父上に限って言えば、多忙だから会いたくても会えないことだって、言葉が少なくて誤解することだってあるんじゃないですか? ちゃんと“お父さん”だと思いますよ。レディ・ミヨシを傍に置くくらいだもの」
そうでしょ、とミヨシを見れば、眼鏡の奥の眼が微かに見開かれた。
側近の娘を付き人に付けたってだけじゃない。
ミヨシはその範疇を軽く超えた存在だ。姉のように気を配り、有事の際は身を捨てても対象を庇う護衛。
さっきだって、キャスバルの怒気に反応して、その指がカトラリーを武器として掴みそうになってた――アストリッドを守るために。
それで咎められるのは、キャスバルでもアストリッドでもない。ミヨシだけだったろうに、それすら覚悟してたんだろ。
肩をすくめて笑う。
――お生憎。この茶会で、騒ぎなんか起こさせるもんか。
「ね、和やかにいきましょう。お姫様に厳命されてるんです。リーアのレディをちゃんとエスコートするように」
正確には、ララァのためにアストリッドを穏便に撃退せよって指令。勿論、もっとオブラートに包んであったけど。
「……ザビ家は一途なのですね」
ここまで殆ど発言しなかったミヨシが口を挟んだ。
「ガルマ様は、婚約者をとても大切にしていらっしゃる。兄上方や姉上にしても、そう見えました。お父上も、細君の他に、どなたかを側に置くことはなかったと聞いています」
強制的に話題を変える気か。良いけど。
「よく言われますね。円満でいられることを嬉しく思ってます」
ニコリと微笑む。
いつかの世界線ではいざ知らず、デギン・ソド・ザビは、家庭内が――“ギレン”の反抗期を除いて――円満であったからか、他に慰めを求めることをしなかったし、サスロ兄さんはベルナルダの尻の下、ドズル兄貴はカーンの申し出を蹴ってゼナ一筋、キシリア姉様は、悔しいがシャア(本物)にべた惚れだ。
外から見たとき、意外や意外、ザビ家は結構な恋愛脳(配偶者限定)なんだよね。
“Zabi the Iceheart(氷の心のザビ家)”は、溶かした相手にだけ変わらぬ愛を捧げる、なんてロマンチックな噂があるのを知ってる。
権力者の多くが愛人を抱える、明治や大正の政治家的な、もしくは旧い貴族的な傾向のあるコロニー社会からすると、ちょっと異質。
そして、家族の結束も固い。
そのあたりも、どうやら民衆の人気のもとになってるらしい。
一度結婚に失敗してる“ギレン”にしても、あれは政略だったのがいけなかったなんて言われてるしさ。
「ギレン総帥はいかかでしょう?」
――ほらきた。
「……どうでしょう。いまこのとき、閣下のお心にあるのはムンゾですからね。ある意味で、このサイドこそが伴侶と言えるのでは」
どっかの誰かみたいに、そのうち「“僕の恋人はこの国(ムンゾ)さ”」とかなんとか言い出すんじゃないかな。
「閣下の心を溶かすのは容易ではありませんよ。そうだろう、ガルマ?」
キャスバルからのアシストも来た。
「ええ。……兄の理想はとんでもなく高いんです」
苦笑して肩をすくめる。
敢えて兄と呼ぶのは、ザビ家のひとりとしての言葉だって知らせるため。
「そんなに?」
アストリッドが身を乗り出してくるのに、キャスバルと二人で深々と頷いた。
「まず第一に、閣下は自分と同じように、このムンゾに身命を捧げてくれる女性を望むだろう。さらに、自分を支えられるだけの聡明さと、その時間を邪魔しない慎み深さが最低条件だな」
キャスバルの言葉に更に続けて。
「さらに見目の良さと、存在するだけで癒やされる程の包容力、そして兄様を満たせるくらいの無尽蔵の愛情を注いでくれることが絶対条件。そして兄様が優しくしても良いと思えるくらいの可愛げも必要……まぁ、こんな風に数え上げればきりがないんです。ちなみに最初の奥方は、条件をほぼ満たしていたそうですが、何故か破局しました」
どうよこの難攻不落。乙ゲーなら、攻略法知らなきゃルートにすら入れない。箸にも棒にもかからないで終わるからね。
アストリッドはポカンと口を開けている。んん。クッキー放り込みたくなるね、その顔。
ミヨシといえば、言葉を探して失敗したって様子。唇がムニャムニャ動いてから止まった。
「と、こんな感じですが、それでも挑戦者は後を絶ちません」
「本人より父親たちが推して来ているな」
「そして敢え無く敗退してますね」
ランク・キプロードンも敗者に数えられるだろうよ、きっと。
「……なによそれ!」
アストリッドが憤慨してる。
「“ギレン・ザビ”の理想ですよ」
こんど、“The Bee”から乙女ゲームで売り出そうかと思ってるんだ。
「そんなひと居るわけないじゃない!」
「レディはどうです?」
「無理!!」
ミヨシが止めるより先にアストリッドが叫んだ。
よし、無理って言ったな。ミヨシが睨んでくるけど、これはアストリッドの意思だ。
「――……それでも、もし閣下の心を溶かすことができたら、ガルマ様のように婚約者バ……婚約者を大切にされるのではないでしょうか」
――おいミヨシ、いま「婚約者バカ」って言おうとしただろ?
視線を投げたらあからさまに逸らされた。
「“氷の心のザビ家”かぁ……晩餐会でキシリアさんとお話したけど、婚約者と仲が良さそうでちょっと羨ましかった――シャアさんは、そこの誰かさんと同じ顔なのに、もっと優しそうで素敵だったわ!」
「そうか。だが彼はキシリアのものだから諦めてくれ。ガルマが心配する」
「狙ってないし! 私の好みは違うって言ってるじゃない!!」
ああ、“オルガ・イツカ”な。一巡して話題が戻ってきた。
「……どこにいるんだろう? お父様は、ムンゾに来れば会えるかもしれないって言ってたのに」
ポソリと漏れたのは独り言だろう。
ふぉ。会わせる気満々だったじゃねぇか、ランク・キプロードン。だけど、“ギレン”がそれだってことは、まだ伏せてんのか。
今頃は見極めてんだろうな、娘を託せるか否か――多分、断念するだろう。娘を可愛く思うのなら。
「……見失った砂金を砂粒の中に探すのは困難極まりない。砂金と思ったものは、雲母かも知れないし、白金かも知れない」
“オルガ・イツカ”はもういない。ここにいるのはギレン・ザビだけだ。
「だから諦めろって言うの?」
ぶっちゃければね、そう。諦めてよ。
ただ微笑めば、アストリッドは顔を顰めた。
「その顔が胡散臭いって言ってるのよ」
「生まれつきです、悪しからず」
その後も、はぐらかしたり躱したり。のらりくらりと時を稼いで、やがて“ギレン”とランク・キプロードンの会談の終了が知らされた。
ところどころでアストリッドとキャスバルが角突き合わせる場面もあったけど、概ね和やかにお茶会も完遂したと言えよう。
迎えに来たランク・キプロードン一行に娘を引き渡す。
別れ際、父親に連れられて去って行くアストリッドが、ふと弾かれたように“ギレン”を振り返った。
誰も何も告げなかったはずだけど、何かに気付いたのかな。少女の顔は泣きそうに歪んでいた。
“ギレン”はすでに背を向けていて、その様子は見ていなかった。
ランク・キプロードンは娘の肩を抱いて、そっと歩みを促していた。
少女の恋は、恋のままで綺麗に終わるだろう。
――ごめんよ。
おれの“天秤”はもういっぱいで、これ以上は乗せられないから、君を守ってあげることはできないんだ。
✜ ✜ ✜
“ギレン”に呼び出された。
反省会だって。それって、主におれに反省を促したり、キャスバルに反省を促したりするあれだろ。踊るカボチャ。つまり説教。
しゃーねーなーと、ほてほて“家”まで出向いていけば、“ギレン”はすでに帰宅していた。
「来たよー」
「ああ。何か作れ」
そこからか。
お互いしかいないから、双方で猫の皮がベロベロに剥げてる。何年振りだろ。
「冷蔵庫の中身勝手に使うよ」
「アルテイシア達に言っておけよ」
「はいよ、りょーかい」
実家のコックが子供らにあれこれ持たせるからか、結構充実してる。比較的簡単に調理できるものが多くて、ありがたいね。
シンプルなアヒージョとか、カルパッチョ、皿に盛るだけの生ハムサラミ類、チーズ数種。小腹が空いてたからピザも焼いた。
テーブルについて一通り飲み食い、片付けも済ませてから、居間のソファに移動した。ついでだから、酒も用意。
「まずは、アストリッド・キプロードンの“接待”はご苦労だった。何とか無事に収めたようだな」
「頑張った!」
そこはララァのため、アルテイシアのため、それから“ギレン”のためだもの。
アストリッドは可哀そうだったけどさ。
「……まぁ、そうだろうとも」
それから“ギレン”は大きな溜め息をついた。ギロリと三白眼が向けられる。
「今回の反省会は、わかっていると思うが、キャスバルの件だ」
うわ。ついに本題が来たよ。
「わかってる。もう、あっちからもこっちからも、ものすごく釘を刺されてる」
「釘か」
「五寸釘通り越してもはや杭みたいな? 吸血鬼に打つあれ。ヤバいやつ」
「ランバ・ラルか」
「ドズル兄貴と士官学校の先輩たちからもね」
キャスバルと“万魔殿”のコントロールをしっかりしろってさ。
「それでようやく、こちらの云った意味がわかったのか」
「あれだけ云われりゃね」
各方面から苦言が来まくって、そんなバカなとタチに情報提供を求めたら、出るわ出るわ。捏造が無い事もチェックした……捏造であって欲しかった……。
「本当に、どうしてああなった」
“ギレン”が頭を抱えてる。
――どうしてだろ。
「わっかんねー。いつの間に“テディベア”になってたんだろ、おれ」
「何だそれは」
「小さい子ってさ、お気に入りのぬいぐるみとか、絶対に手放さないでしょ。洗濯しようとしてるのに、すっごいギャン泣きして抵抗したり。あんな感じ?」
もしくは“ライナスの毛布”。あって当たり前、無いと大事件。
「キャスバルが小さな子ども?」
だよね、納得いかないよね。でもさ。
「所有物みたいに思ってるフシがあるんだ。もしくは、自分の延長……“三日月”がバルバトスに感じてたそれに似てるかも。ついでにおれの方でも、キャスバルを異物として認識できてない」
思考波が繫がることが当然過ぎて、切断されると欠損してるって感じるんだ。
同じことがキャスバルにも起こってたら、引き離されて感じるのは、不安を通り越して痛みだ。
「……なんだと。だが、それならアムロ達はどうなんだ。そこまででは無いだろう」
「キャスバルとは、最初に繋がってからずっとそのままだった。アムロも時期は早かったけど、その後でゾルタンやフロルが来たからさ」
分散されたんじゃないかな。
「おい、待て。いつからだ? いつから繋がっていた?」
“ギレン”がガタガタ言わせてきた。ひぇ。やめてよ。するりと逃げる。
「……フラットに行った初日に。吃驚しすぎて殴り合いになったんだ」
「あれはそういう事態だったのか!?」
そう。まぁ今更なんだけど。
「聞いてないぞ!」
「言う時期を逸しちゃってたんだよ……」
そっぽを向く。だってさぁ、直ぐに色々とやらかしてたし。
「それは置いといて、話を戻すよ!」
過去をほじくり返してもどうにもならんのさ。
“ギレン”はまだなにか文句を言いたそうだったが、さあ、先に進めるぞ!
「おれもひとのこと言えないけどさ、テリトリー意識がすごく強いんだ、キャスバルも……うちの子達はみんなそう。身内とか親しい人間に対して、独占欲、なのかな? 他人が領域に入ることをひどく嫌うんだ」
例えば、アイナ・サハリンが子供たちの輪に入れたのは、女子組を束ねるアルテイシアが招き入れたからだ。
「キャスバルがアストリッドに噛み付いたのも、彼女が“ギレン”にちょっかい出したからからじゃないかと」
よそのサイドの娘が、兄のような存在に纏わりつこうとしたのを不快に感じた可能性はあるだろ。
ましてや身内である――妹みたいな――ララァが慕う相手への横恋慕だ。
「ほう?」
「なんとかなったけどさ……」
思い出してガックリ肩が落ちる。
「最低限の礼は失しなかった、と云う報告は、粉飾だったのか」
「“最低限”をどこにもってくるかで違うよね」
「良識の範囲内、と云う意味だと思ったが」
「小娘の喧嘩を真っ向から買っちゃってたよ」
「……何と云うことだ」
双方で溜め息。
「ほんと、どんだけヒヤヒヤしたと思ってんの? キャスバルの口に紅茶とかスコーン詰め込んで黙らせてさ。リーア側はアストリッドを野放しにしやがるし、ムンゾはおれに丸投げだし」
おれを何だと思ってんの。これまで猛獣扱いされたことはあっても、猛獣使いになったことは無いんだよ。
「……だけど、それ以外では極めて優秀。恐ろしいくらいに頭が切れるから、判断も行動も迅速。カリスマはあの通り。人気は言うに及ばず。欠点は唯一、おれっていうテディベアを抱えてること」
「唯一の欠点で全てが台無しだ」
そんな悲壮な顔しないでよ。
「それにテディベアにしては、随分と物騒じゃないか。“ぬいぐるみ”は、自ら動いて精鋭部隊を組織しようと画策したりはしないはずだが」
だってさぁ。
「かかる火の粉は払わないとね」
何より、戦いに備えての準備は必要だろ。敵を知り兵を練り武器を揃え、時を読み期を操る。
“ギレン”か邪魔してたから、思うように進まなくて難儀してんだぞ。
「お前は、平地に乱を起こすようなところがあるからな」
「失礼な!」
「……まぁいい。アストリッド・キプロードンには速やかに帰ってほしかったからな、キャスバルが酷くとも、問題にはならんだろう。父親の方とは話もついたし、この件は、これで終わりだ」
“ギレン”はソファに沈み込んで、深く息を吐いた。
「これで、面倒なのがひとつ減ったと云うことだな。後は、ギニアス・サハリンを残すのみ、か」
グラスの氷がカラリと音を立てて崩れた。
「それ! ギニアス・サハリン! なんであんなヤバいの野放しにしてんのさ? さっさと排除したいんだけどヤっていい?」
アイナの兄だぞ。あの子達に接触する可能性もあるってのに、どういうことなの。
「殺ってどうする」
「下手に飼っとくより、ヤっちゃった方が世のため人のためだと思うけどー」
あれは狂人だ。それは知れてる。“糸”から聞こえてくる事共がそれを示してるから。
「いずれこっちを殺りにくるよ」
「そんな男でも、アイナ・サハリンにとっては、唯一の肉親だからな」
何を甘いことを。
ぶっちゃけ、アイナは天秤に乗ってない。アルテイシアが気にかけてるから、あの子達のそばに居ることを許容してるだけ。
「せめて、何かやらかしてくれた後ならやれそうだが……例えば、こちらを毒殺しかけるとか」
「やめてよ」
冗談じゃない。あの男は致死の狂気に冒されてる狂犬みたいなものだ。咬まれて助かるなんて思わない方が良い。
「そういう危ないのはなし。タチにおれの“糸”渡したでしょ。もう拾ってるはずだよ」
「……本当に、渡したのか」
なに、信じてなかったの。
「渡したよ。戦争になったら、どのみち前線に出るんだ。指揮と諜報と両方は難しいから。だったらタチに渡しといたほうがいいでしょ」
あの男なら最大限に活用してくれる。
それに、渡したからって、おれが使えなくなるわけでもなし。
「――まぁ、ギニアス・サハリンについては、最悪、開戦後に難癖をつけて処分するか」
渋々って感じで“ギレン”は言うけどさ。
「そんなことしなくても。実験中の事故なんて、いくらでもあるんだから」
ニコリと微笑む。“事故”なら、アイナだって納得するでしょ。それにギニアスは身体も毒されてるから、頓死したって疑われないさ。
「……相変わらず恐ろしいな」
“ギレン”が微かに身を震わせた。なにを今さら。
「だって、優秀な他の科学者を殺されたくないでしょ」
あの男は正気じゃないもの。微かに残るアイナへの情を除けば、心を占めるのは“アプサラス”だけ。
――随分と歪んだマザコンだよ。
生身の女をもはや信じられず、“鉄の子宮”に自分とすべての“美しいもの”を詰め込んだつもりでいるんだろう。だからこそ他人の手を厭う、彼の母のように汚されたくないから。
まだ迷う素振りの“ギレン”に肩をすくめる。
「そういうのは、おれがやるよ。得意だって知ってるでしょ。“ボス”は手を汚さなくていい」
「……だが…」
「よく“兵は拙速を尊ぶ”って言ってるじゃない。もたもたしてるより、さっさとヤッちゃった方がいいと思うよ」
「……“ヤる”の字が“殺”に聞こえるんだが」
まぁ、そう聞こえるよね、ふふ。
“ギレン”が目を手で覆って上向いた。
「デギン・ソド・ザビやドズルたちは、どうしてこう云うところが見えんのだかな……」
――そんなの。
「“ギレン”が自分でよく言ってるじゃないか、人間は、見たいものだけ見るんだって」
「……つまり、きゅるんとしたお前の顔だけ見たがっていると云うことか」
そうとも言えるし、違うとも言える。
パパンと他の兄姉たちは、おれの隠し損ねた尻尾すら可愛いって思っちゃってるんだよ。
そもそもが“謀略のザビ家”。末っ子だけが100%善良なんて冗談のネタにもならない。腹黒は標準装備。
それでも、家族に向けては全身全霊で好き好きオーラを出すから可愛がられてんの。愛の循環ってやつ。
「そんなことより、この先のことを考えようよ」
「――それを云うなら、この先どうキャスバルを躾けるかが問題だろう……!」
ふぉう、爆裂したよ。
「もう大丈夫だよ……多分」
合流したからお互いに安定してるし。
「多分、じゃない、断言しろ。でないと、危なくてお前らを一緒にしておけん!」
「えぇ、離した方がやばいって。また同じことになると思うけど?」
それは確実。取り戻そうと画策してあの騒動だったらしいし。
「キャスバルに、お前を戦場に出す覚悟があるとは思われん! せめて、“多分”を取って、大丈夫だと断言できるようにしろ!!」
んん。ん〜。
そうだね、少なくとも、キャスバルがおれを信じて送り出せるレベルの“強さ”を示さねばなるまいよ。
「はいよ、りょーかい」
やってみるわ。
✜ ✜ ✜
ファム・ヴァン・ロン少佐が部隊長に就任して、軍規が厳しくなった。
『キャスバル、行儀よくね』
『わかっている』
『それでも言うよ。規律は守って。また引き剥がされるなんて御免だからな』
『わかっている』
――なら良いけど。
接待が終わって、軍務は通常に戻る。
おれは伍長だから、当然、尉官とは扱いに差がついた。キャスバルは面白くなさそうだったけど、そういうものだって早く割り切っておくれよ。
それでも、キャスバルの直下の班に入れたのは、少佐の格別の計らいだったんだろう。副官はシン、おれはその下で、新兵含む兵たちの面倒をみてる。
他の尉官達もみな部下が付いて、それぞれの班ができた。残念ながらギュスターヴやニケたちは別の班に分かれたけど、同じ隊にいるからか、あんまり離れた感じがしない。
因みに、この班のモデルケースはガルシア艦のMS部隊だったりする。上手く機能してたからね。各方面のMS部隊が、あれを倣って編成されたわけだ。
そして元になったガルシア艦のMS隊と言えば、今後も同じメンバーで行くみたい。隊長をはじめ欠員が出たリュファス隊と、おれたちが抜けたガイア隊だけは人員の入れ替えがあったって聞いてるけど――どうせならこっちに来てくれたなら良かったのに、“黒い三連星”。
先を行く二人の後ろを一歩下がって追いながら、部下たちの状況を報告する。
時々、キャスバルが隣に並ぼうとしたり、シンが後ろに下がろうとするのを睨んで牽制。だから下士官なんだってば。
「……解ってはいるが、やりづらいな」
シンが苦笑いしてる――髭を生やしたら凄え貫禄。ぜんぜん若造に見えないんだよね。
「『班長命令で…』」
「公私混同と謗られますよ、キャスバル中尉。『ダメだって言ってんだろ』ともかく、報告は以上です」
思考波混じりの会話って、楽だけど気を抜くとクチからも出るから要注意。高速会話になるとそんなことも無いんだが。
「少し練度が劣るな。『新兵もそれ以外も大した差がないとは。案外使えないものだな』」
「一層訓練に努めさせます。『ダークコロニー出身と一緒にすんな。あっちは適正テストで高得点だった選りすぐりの精鋭共だぞ』」
『僕もダークコロニー出身ではないな』
『お前にはおれの“経験値”があるだろ!』
もとからのポテンシャルに、“ガルマ・ザビ”の“記憶”を“記録”として吸い上げたキャスバルは、既におれの操縦技術を軽く凌駕してるんだよ。このチート野郎め。
ふと、前方から足音が聞こえて顔を向けたら、くだんのファム・ヴァン・ロン少佐の姿があった。
すぐに邪魔にならないように廊下の端に寄って敬礼。少佐は真っ直ぐに歩いてきて、そのまま通り抜けるのかと思ったら、キャスバルの前まで来て止まった。
「キャスバル中尉か。調子はどうだね?」
「は! 問題ありません」
ビシッとシンプルな回答――だけど、愛想も素っ気もねぇな。
少佐は首を傾げてキャスバルを覗き込んだ。
浅黒い東亜系の容貌。すこし眉尻が上がって、反対に唇の端っこが下がってる。沈黙したままじっとしてるのは、その後の発言を待ってるんだろう。
『キャスバル、御愛想』
『生憎と売り切れだ』
――じゃねぇよこの野郎。
少佐は、まだ黙って待っている。
やべぇ。おれとシンは、呼びかけられてないから口を開くことができないんだ。ただ敬礼してるだけ。
数呼吸分の間のあとに、少佐はやっとキャスバルから視線を外した。
「シン少尉はどうだ?」
「は! 問題ありません」
ビシッとシンプルな回答――シン、お前もかよ。
少佐はまた暫し黙って、最後におれの顔を見た。
「……ガルマ伍長」
「は! 少佐の指揮下、精一杯努めております!」
元気よく答えれば、少佐は眉間を少しだけ緩ませた。
「そうか。兵達の様子はどうだ?」
「より練度を上げるよう、キャスバル中尉より指示を言い付かったところであります!」
「足りぬか」
「比較対象がダークコロニー出身者でありますので……」
如何ともし難いのさ。
上目に視線を合わせてみる。可愛気が通用するとは思ってないがな。
「なるほど。そう言えば、君は向こうで教官を務めていたな?」
「は! 臨時ではありますが、拝命しておりました」
「では存分に鍛えてやれ。期待している」
「光栄です! 鋭意務めさせていただきます」
会話と言うには固いけど――少佐と伍長なんてこんなものでしょ――ある程度お喋りしたことで満足したのか、ロン少佐は再び歩きだした。
去っていく背中に改めて敬礼。こうしてるとまともな部類に見えるんだけどなぁ。
指揮も部下の扱いも真っ当。だけど、就任の挨拶はやべぇ演説だった。
讃えよジオン。ジオン万歳。永遠なれジオニズム。
とんでもねぇジオニストだ。もはや信者。むしろ狂信者。愛国心がやたらに強くて、極度の連邦アレルギーを起こしてる。そして常にアレルゲン殲滅の機会を伺ってる。
こんな戦争へのピタゴラスイッチ連打しやがりそうな佐官を、なんでおれたちの上官に据えやがったの、“ギレン”。
そもそも、キャスバルは親父さんの思想があまり好きじゃないんだぞ。
少佐がジオニズムをプッシュするほどに、眼差しが冷たくなって肝が冷える。そりゃ信奉する“預言者”の忘れ形見に絡みたい気持ちはわからなくないけど、やめて、ほんとにやめて。
正直なところ、ジオニズムなんてどうでも良いと思ってる。全人類を宇宙に上げるなんてムダもいいとこだし、それより不平等を是正しろって。
アースノイドだけの特権なんてものが無くなれば、スペースノイドだってこうまで騒がないだろ。
地球環境の保全についてはそろそろ全力で臨まんと拙いが、あの昔から叫んでて今尚こうだってんなら、宇宙からアースノイドの滅亡を見下ろしてやれって思わなくもない。コロニーの環境整備は万全だからな!
『……ローゼルシア様と話せば良いんじゃないかな、少佐は』
強烈なジオニストは大概第2世代目だし。話が合うんじゃね?
『まだお元気なのか』
『元気だとも! 呼び出されて散々っぱら説教されたさ。なんでアストリッドを逃したのって。“ギレン”かお前にあてがっときゃ、コロニー同盟はさらに盤石になったのにってオカンムリだった』
まぁ、おれも考えなくはなかったからね。
でも個人の感情まではコントロールできないから、ムリでしたって正直に、真っ直ぐに答えといた。
ブツクサ言いながらも赦してくれるところまでがデフォなんだよ、ローゼルシア様。
まだまだお元気。最近、身体にあう薬が見つかったとかで、庭なら自力で散歩しちゃうくらいにね。
だから、ダイクン家の威光はいまだ健在。キャスバルが後継者としてちゃんと成長するまでは、意地でも頑張るって言ってた。
――さて。あと何年かかるかね?
小さく溜め息を落としながら、途轍もなく優秀な“我がまま坊主”に目を細めた。