ギニアス・サハリンが死んだ。旧友だと云うユーリ・ケラーネも同様に。
「何があった」
タチに問うと、何とも云い難い表情が返ってきた。
ユーリー・リュズギャル中尉は、他部署へ書類の粗を指摘しに出ていて、不在である。
だからこそ、タチは、この不穏な話題を持ち出してきたのだろう。
「事故だ、と云うことですが」
「詳細は」
「正確に云えば、事故と云っても良いのは、ギニアス・サハリンの方だけですね。ユーリ・ケラーネは、どうやらギニアス少将に殺されたようです」
「何」
「乗用車の故障による爆発などと報告が上がっておりますが、怪しいものです。その前にユーリ・ケラーネとギニアス・サハリンが口論しながら歩いているのを目撃されておりますし、あのふたりの関係の悪さは日頃から有名でしたので――状況からして、ほぼ間違いなく。しかも、口論の中身が例のアプサラスの予算に関することだったそうで」
「――それは」
確かに、ギニアス・サハリンを疑うしかない状況であるようだ。
確かユーリ・ケラーネは、原作でもアプサラスの計画中止を決定したか何かで、ギニアス・サハリンに殺されていたのではなかったか。
しかし、それでは、
「その、殺した方まで死んだのは何故だ?」
疑問を口にすると、タチはもごもごと、何やら口の中で呟いた。
「タチ」
「その――ギニアス・サハリンは服毒死です」
「服毒? まさか自殺などとは云うまいな」
アプサラスに血道を上げていたあの男が、自ら生命を絶つとは、とても考えられぬ。誰かに毒殺されたと云う方が、まだしも可能性はありそうだが――あの男が誰かを毒殺するならわかるが、される方になるような迂闊さがあるとも思われない。
「例のアプサラスの操縦席で、服薬した後、そこで死亡したようだと」
「毒を自分で飲んだと云うのか?」
「そのようではあるのですが」
云い澱む。
「怪しいのか」
「そのような方とも思われませんので」
「確かにそうだが」
「ユーリ・ケラーネ少将が、ギニアス少将を邪魔に思って、部下に薬をすり替えさせたと云うことのようですが――正直、それで素直に毒殺される方とも思われません。正気ではないかも知れませんでしたが、恐ろしく用心深い方でしたから」
「確かにな」
「現在、薬については、科研で詳しく調査中です。まぁ、ユーリ・ケラーネ少将とその部下の仕業、と云うことになるのは確実でしょうね」
まぁそうだろう。犬猿の仲で有名であったなら、なおのこと。
「だか、お前は他の人間の関与を疑っているのだな」
云うと、タチは逡巡する様子を見せた。
「何か、感じるところがあるのか」
「……証拠になるようなことは、何も」
微妙なもの云いだ。が、タチとしては、疑いは充分以上にあるらしい。
確かに、こちらとしても信じ難い。狂的なところはあっても、ギニアス・サハリンは、それで冷静さを欠くような男ではなかった。自分の服用する薬品に些細なものでも違いがあれば、用心して手をつけないだろうと思う。
それを、どう騙して“服薬”させたのか――あるいは、知られていないだけで、他に別のファクターがあるのか。
わからないが、確信だけはあった。
――“ガルマ”だな。
ほぼ間違いなくそうだろう。
先日、アルテイシアやララァ・スン、マリオン・ウェルチに、ギニアス・サハリンが危害を加えようとしたようだと云う報告は、タチから聞いていた。その情報を捉えたのは、例の“ガルマ”の“糸”からで、そうである以上、“ガルマ”もその情報は掴んでいたはずだ。
そして“ガルマ”は、身内に手を出すものを許さない。何らかの報復を企てるだろうとは思っていたが――まさかこのようなかたちになろうとは。
「……恐ろしいですな」
タチが、戦慄した面持ちでそう呟いた。名こそ出さぬが、同じことを考えているのだとわかった。
「ギニアス少将は、己の企ての“対価”を支払った、と云うことですか」
かれ自身の生命でもって。
「そう云う、ことになるだろうな」
アルテイシアたちに手を出そうとしなければ、これほど早く排除されることにはならなかっただろうに。
「アイナ・サハリンは、ひどく嘆き悲しんでいるそうですよ」
「あんな男でも、唯一の肉親であるからな」
妹を売って、アプサラスの開発費に充てたと云われても仕方のないところはあったのに。
「肉親の情と云うのは、理屈じゃありませんからね」
“伝書鳩”の長である男は云うが、タチ自身にそう云う肉親の情があるとは考え難かった。
「お前の発言とも思えんな」
「私は、閣下ほど国に生命を捧げたわけじゃありませんからね!」
「お前が生命を捧げたのは、クラウレ・ラルだものな」
そう返すと、呻き声が上げられた。
「……そう云う冗談は」
「まぁ、別に構わんさ、何を守るにしても、最終的にはムンゾそのものの防衛が必要になるのは同じことだからな」
国家を絶対とは思わないが、国民の生活の場としての“国”は守らねばならぬ。国粋主義は願い下げだが、民草を、その築き上げる文化を守るのは、国家に課された義務であると思う。
「さて、しかし、ギニアス・サハリンとユーリ・ケラーネの穴を、どう埋めるかな」
少将ふたりを失ったのは、人員的にいささか辛い。先日ランバ・ラルとカミラ・キールを准将に上げたのは、このためであったわけではないのだが。
「以前、ガルマ様が地球でやらかした時の、連邦軍の苦労が察せられますな」
言外に、同じ人間の仕業であることを示唆しながら、タチが云う。
「まったくだ。あちらは、将官三人に、佐官が二人だったか? 他にも処分された士官が多くいたそうだから、一概には比較できんが……」
将官二人でこれなのだ、連邦軍は、さぞや大混乱になったことだろう。
改めて、“弟”の魔神ぶりに戦慄するしかない。
「どうされますか、二人分の穴を」
「――ギニアス・サハリンの方は、副官の、ノリス・パッカードだったか、あれにそのまま代行させよう」
「大佐のままですか」
「流石にな、人選も厳しい。元々副官で、軍務もほぼ取り仕切っていたそうではないか。それならば、そちらは問題なく捌けるだろう。問題は、ユーリ・ケラーネの後釜だが――気は進まないが、ガルシア・ロメオを准将に上げるか……」
「小躍りなさるでしょうね」
「まぁ、火急の用だ、仕方あるまい」
「……また、“鳩”を?」
「そうだな、それから、監査官も入れておこう。浮かれて何をやりだすか知れたものではない」
まぁ、今回はユーリ・ケラーネの後釜と云うことで、艦隊を持たせるつもりはないので、資金の私的流用などのチェックが主だった仕事になるだろうが。
「そちらはともかく、ザビ家でお預かりの、アイナ・サハリンはいかがなさるおつもりで?」
「さて」
元々、ギニアス・サハリンから取り上げるつもりでザビ家に入れたところはある。別にこのまま置いておいても構わないが――本人の希望次第と云うことになるだろう。
「本人から、出たいと云うような話でもあったか」
こちらは聞いていないが、アルテイシアなどにそのような意向を示さないとも云い切れぬ。
タチは首を振った。
「本人からそのような話があったとは聞きませんね。ただ、ノリス・パッカード大佐が、手許に引き取りたい旨、ザビ家に申し入れをしたようです」
「ほう」
まぁ、ノリス・パッカードとアイナ・サハリンは、父娘も同然の間柄だと云うことであるのだし、唯一の肉親を失ったアイナを、これからは自分が保護するのだと思うのも当然のことか。
しかし、
「今の状況では、それは時期尚早だろうな。ギニアスまわりのあれこれを考えれば、今ザビ家を出れば、ハイエナどもにたかられるだけだろう」
そうして、よく知りもしないユーリ・ケラーネとの確執や、これまでの苦難の日々までも、面白おかしく書き立てられることになるだろう。
ギニアス・サハリンに関しては、それも自業自得と思えるが、ただでさえ犠牲になってきていたアイナ・サハリンを、これ以上苦悩させるのは本意ではなかった。
「まぁ、少なくともほとぼりが冷めるまでは、ザビ家に置いておくべきだろうな。その先どうするかは、本人の意思に任せよう」
厭がるものを無理矢理留め置いても仕方ないし、逆もまた然り、である。
まぁ、本当に厭ならば、そもそも例のお泊り会にも参加しなかっただろうから、ノリス・パッカードの許にいくことを希望したとしても、もうしばらくザビ邸に留まることを、厭とは云わぬのではないか。
タチは溜息をついた。
「流石ご兄弟、ガルマ様と同じようなことをおっしゃいますね」
「“ガルマ”が?」
問い返し、しかし不思議はないかとも思う。
アイナ・サハリンに対して、“ガルマ”がどのような感情を持っているのかはわからないが、少なくとも今の状況で、アイナかザビ邸を去ることが、子どもたちにとってプラスになるとも思われなかった。
アイナ・サハリンが兄を失って悲嘆にくれているのに、特に少女たちは胸を痛めているだろう。少女たちの慰める手を振り払って、アイナがノリス・パッカードの許にゆくなら、それはひとつの“疵”になるであろうし、その後、メディアなどで、兄妹のことを面白おかしく報じられているのを見れば、それは一層深いものになるに違いない。
“ガルマ”は、それをひどく嫌うだろうと思ったのだ。アイナ・サハリン自身のことではなく。
それならば、ノリス・パッカードほどではないかも知れないが、アイナ自身のことを考えてやる人間も必要であるはずだ。
「――まぁ、“ガルマ”は“ガルマ”だからな」
「原因はあの方でしょうに」
先刻伏せたことを、かなりはっきりとタチが口にする。
「それは棚に上げてあるのだろうさ」
危機を回避するためなら、手段を選ばぬのが“ガルマ”である。
「ギニアス・サハリンも、下手なことをしなければ、もう少し生きられたのだろうにな」
「雉も鳴かずば撃たれまい、ですか」
「そうだな」
よりにもよって、アルテイシアに手を出そうとした、それがあの男の敗因だ。
“ガルマ”がどのような人間であるか、またアルテイシアが“ガルマ”にとってどれだけ大切であるのかを、良く調べていれば、生命を落とすのはもう少し先のことになったはずだ。
そう云う意味では、まったくギニアス・サハリンの自業自得ではあるだろう。
いずれにせよ、
「――禍の種は除かれた、と云うことだ」
身近なものたちにとっての、あるいは、この先起こるはずの“一年戦争”にとっての。
タチは、また肩をすくめた。
「こう云う“騒ぎ”がムンゾで起こるのは、もうこれっきりにして戴きたいですね」
と云ったが、それは“ガルマ”にこそ云うべき言葉であっただろう。まぁ、云って聞くような“ガルマ”でもないのだが。
そうするうちに、ユーリー・リュズギャルが戻ってきて、不穏な話はそこで終いになった。
――話を聞いてもらいたいの。
そのようなメールを受け取った時、思い浮かんだのは“ガルマ”のことだった。
メールの差出人は、もちろんララァ・スンである。
お泊り会のない週末を目前にした、夕方のことだった。
つまり、この週末に会いたい、と云うことである。アルテイシアたちもか、と返すと、自分ひとりであると返ってくる。
さて困った。
あまり、お泊り会以外で子どもたち、特にララァ・スンを家には入れたくない。そのまま粘られてはかなわないからだ。
――外で良ければ、会おう。
と返してやると、即承諾の返事がきた。
いろいろ考えて、ホテルのラウンジを予約する。
他の話題もあるだろうが、基本的には“ガルマ”の話になるだろうことは目に見えている。間違いなく、ギニアス・サハリンに絡む話だろう。
となれば、余人に聞かせるわけにはいかない話になるのは自明のことだ。ララァにあまり積極的に出られたくないので、他人の目は欲しかったが、話の内容を考えれば、余人の耳の届くところは御免被りたい。
それで、このような中途半端な選択となったのである。
待ち合わせは土曜の午後、昼時を過ぎ、ちょうどアフタヌーンティーに良い時間だった。
流石に、前回のような“気合の入った”恰好ではなく、仕事帰りの勤め人のようなスーツにした。
ララァ・スンはと云えば、ウエストのないたっぷりした緋色のワンピースに、前回買ってやった革のトングサンダルと云うスタイルだった。髪型が少しひねった風――昔のアニメ『赤毛のアン』の、ダイアナに似た――なのは、大方アルテイシアの“入れ知恵”に違いない。あるいは、結ったのもあの娘たちであるのだろう。
隣りに並ぶと、まぁ何とか、父と娘のように――
――まぁ、見えないな。
まずもって人種が違うのだから、当然のことか。
ともかくも、援助交際やらパパ活やらに見えなければ、もう何でも良い気がしてきた。
予約した席は、オープンなラウンジの中では、最大限プライバシーに配慮されていた。まぁ、“ギレン・ザビ”の名で取って、それがなされていなければ、店の信用にも関わるだろうから、当然のことか。
「――それで」
アフタヌーンティーのセットと、紅茶とサンドウィッチを注文してから、おもむろに口を開く。
「話を聞いてほしいと云ったな。学校のことではあるまい、アイナ絡みか、それとも――“ガルマ”のことか」
単刀直入に切り出すと、翠の瞳がまっすぐにこちらを見た。
「それって、同じことじゃないの」
「……確かにな」
“何ちゃってニュータイプ”である“ガルマ”の内心は、ララァ・スンには筒抜けであるだろう。
“ガルマ”のやったことを全面的に肯定するとは思われないが、しかし、ララァ・スンも黒社会を覗いたことのある少女である。こちらが思うような、否定的な見解ばかりでもない可能性は高い。さて、どう話したものか。
「ガルマのことは、措いておくわ。アイナさんのこと、どうするの?」
「どうもこうも」
肩をすくめる。
「ほとぼりが冷めるまでは、現状据え置きだな。その後は、本人の意思に任せる」
父親代わりだと云う男から、引き取りたいと云う申し出はあったが、時期尚早だろう、と云うと、少女は目を瞬かせた。
「ガルマと同じことを云うのね」
「良識的な判断だからだろう――あれを、“良識的”と云って良いものかは議論の余地のあるところだが」
「そこは否定できないわね」
「まぁ、そう云う“猫皮”を被ることはできると云うことだ。――あぁ、ありがとう」
アフタヌーンティーセットと、紅茶とサンドウィッチが運ばれてきた。
「ギレンさん、本当にそれでいいの」
三段重ねの皿に目を輝かせた少女が、伺うようにそう云ってくる。
「腹が減っているのでな」
サンドウィッチは、ローストビーフ、スモークサーモンとクリームチーズ、それに胡瓜が挟まれている。アフタヌーンティー用のちんまりしたものではなく、軽いランチ用の、結構なボリュームだ。
「朝ご飯食べなかったの」
「トーストとコーヒーくらいだな」
「云ってくれれば、作りに行ったのに」
「心ゆくまで惰眠を貪りたかったのだ」
そのために叩き起こされるのなど御免だ、と言外に云うと、少女の頬がぷくりと膨れた。
どんな顔をしようが、独りでいるのに、誰かにペースを乱されたくはない。ただでさえ、“ガルマ”に不法侵入されているのだ。これ以上のイレギュラーには対応したくない。
「ザビ邸にいた時は、きちんと起きてなかった?」
「そうでもないな。皆、わかって放っておいてくれた」
「自堕落なのね」
「だから、仕事中は頑張れるのだ」
ビジネス系の書籍でよく書かれているように、切り替えは大切なのである。
「そんなものかしら」
少女は、割ったスコーンにクロテッドクリームとジャムをたっぷり載せながら云った。
「まぁ、人によりけりだろうな。で、アイナの件は、それで納得できたのか」
「――まぁ……そうね。考えてくれてはいるのね」
「引き受けたのは、そもそもこちらの方から云い出したことだからな」
ギニアス・サハリンの許に置いておいて、その先どうなるか知れたものではないから提案したのであるし。
「ノリス・パッカードは父親代わりだそうだから、引き取られて拙いことはないだろうが――兄の噂が巷間を騒がせている間は、守れる“壁”があるに越したことはないだろうからな」
そのあたりは、ザビ家はいろいろと慣れている。キシリアとシャアの時も、そして――残念なことに――自分と“ガルマ”の時もである。
「アルテイシアは、アイナを守るつもりみたい」
「それはありがたいな」
アルテイシアが決めたことなら、“父”も、そして“ガルマ”も否とは云うまい。
“ガルマ”は、アイナに対しては、アムロやララァほどには心を砕くつもりはないようだったから、アルテイシアが守ると決めなければ、それこそ放り出してしまう可能性もあったのだ。
それが回避されるなら、こちらの手間もひとつ減ると云うことである。
「あのひとは、何でも手の中に入れたがるのかと思ってたけど、違うのね」
「あれは、総量を予め決めてしまっているからな。そこから外れた人間には、それはもうシビアだ。何でも抱えたがるのは、私の方だよ」
「でも、家族や“大事なひと”は抱えたくないのね」
「それを優先すると、碌なことにならんからな」
原作のデギン・ソド・ザビを見れば良い。あの男が遂に――息子の手で――殺されたのは、結局のところ、兄弟の中でただ一人、ガルマのみを愛したことに遠因があるのだと思う。
愛は、何ものかを重んずる代わりに、他のものたちを軽んじることに繋がる。だからこそ、恋愛中の恋人たちにとって、“世界はただ二人のために”あるように感じるのだ。
逆に云えば、特定の誰かを愛する限りにおいて、汎人類的な意味において、分け隔てなく“人間”を愛することは不可能になる。まぁ、特定個人を愛さないからと云って、他者をまったく平等に扱い得るかと云うと、その限りではないのだが。
「それで幸せなの?」
「やりたいように生きている。不幸とは思えないな」
世間一般の“幸せ”ではないかも知れないが、少なくとも、変に家族に縛られるよりは、これこそが幸福だと思う。
「私が、“ガルマ”のように、女性に甘い言葉を囁くようなことを自然だと思うかね? また、“ガルマ”が私のように、ムンゾの、スペースノイドの未来を案じると? われわれは、ちょうど背中合わせなのだ。私が得ようと思わないものは“ガルマ”が得、“ガルマ”が考えもしないものを私が考える。われわれは良くできているのだよ」
そう、その配分を間違わず、また戦争さえその間に介在しなければ。
紅茶を飲みながら、ララァは小首を傾げた。白鳥と云うよりは、小鳥のような仕種だった。
「それなら、どうして仲良くできないの?」
「……云っておくが、われわれは仲が悪いわけではない」
「じゃあ、仲が悪そうに見えるの、と云った方が良い?」
「それは、私がどちらかと云えば政治家で、あれが完全に軍人だからだな」
云いながら、スモークサーモンとクリームチーズのサンドウィッチを口に入れる。それから、紅茶を一口。
「軍人は、勝利まで最短かつ最も消耗の少ない方法で辿りつくのを好とする。政治家は、必ずしも勝利を目的とはしていない。そのあたりの、手段やタイミングの選び方などで齟齬がでるわけだ」
「同じことを目指していても?」
「軍人は叩き潰したい、政治家は支配する時に禍根を残したくない。過度に叩き潰すと、恨みになりがちだからな。その間でバランスの取れたポイントを探すのはとても難しい」
それに、と続ける。
「同じものを見ているかどうかは、本当のところ誰にもわからんのだ。神でもない限り、他人の胸の裡など知ることはできん」
「ニュータイプでも? ……でも、そうね」
少女は、逡巡するような素振りを見せ、やがて躊躇いながらも口を開いた。
「――アイナのお兄さんのこと、あのひとが関係あるんでしょう?」
ララァ・スンにしては持って回った云い方であるのは、他の耳を意識してのことだろう。
ストレートに云うならば、“ギニアス・サハリンが死んだのは、“ガルマ”が裏で糸を引いていたのではないか”である。
「あれは、一応、人間関係の縺れがあってのこと、となっている」
「“でも”?」
「あれが関与している疑いはある」
証拠は一切ないのだが。
「――そう」
納得したように、少女は頷いた。
「じゃあ、知らないわけじゃないのね」
「あれと同じ“糸”を使うものがあるからな。とは云え、証拠などないし、疑っているのも、私とそのものだけだろうが」
「……あのひと、全然悪いことをしたって思ってないの。でも――やっぱりしてたのね、“こわいこと”」
「片鱗でも見たのかね」
「いいえ。嫌な感じがなくなったって云ったら、“良かったね”って笑ったのよ」
「なるほど」
聡い少女には、それだけで充分だったと云うわけだ。
「あなたが、あのひとを“魔物”だとか“邪神”とか呼ぶわけはわかったわ。でも――あなたも、あのひとがそう云うものだって知っていて、手許に置いておくのね」
「私にとっての最大火力だからな。まぁ、手綱を取り切れなければ、こちらにも大ダメージがくるが」
優秀な部下ともども背かれて、危うく権力の基盤をひっくり返されそうになったことも、“過去”にはあったのだ。
「そう――それなら、あなたも“こわいこと”するんだわ」
「そうだな」
頷いてやる。
“こわいこと”はやるだろう。それが、他人に手を汚させるのか、あるいは自分の手を汚すのか、どちらかはわからないが。
「だから云っているのだ、家族を人質に取られたとして、その生命を贖うために、犯人の要求に屈したりはしないと」
「それも“こわいこと”になるのかしら」
「妻子にとってはそうではないか?」
「それ以外の人にはどうなの」
「――場合によっては」
状況によっては、自分もブリティッシュ作戦をやる可能性はある。実際、そのためも想定して、余分の小惑星をアステロイドベルトから運んでもあるのだ。
ララァ・スンの云う“こわいこと”がそれならば、そう、そう云うこともやってのけることができる。それを考えれば、確かに“ガルマ”と変わらぬものはあるか。
「私のような立場であれば、一般人には想像もつかぬような“悪”をなさねばならぬこともある。権力を持つと云うことは、そのような罪科を背負うことでもあるのだよ」
かつての自分が、その罪科によって断罪され、生命を絶たれることになったように。
「それは、どうしても必要なの?」
「あれが為したように、私も為さねばならぬ場合があると云うことだ」
そして、やるからには“ガルマ”がそうであったように、罪の意志など欠片も抱かずに為すことになるだろう。それは、善し悪しではなく、必要に応じたものだからだ。
「男のひとって、変に頑なよね」
アンニュイな表情で、少女は云った。
紅茶のカップをゆるく回す。
「罪科って、誰かを助けるためなら、それは罪とは云わないんじゃないかしら?」
「個人の話であれば、それで済む場合もあるが、私や、あれのようなものはどうだろうな」
いずれ、歴史が断罪してくることになれば、あまり愉快なことにはならぬだろう。
記録は残らぬことが多いし、況して心中の思いなど、測ってくれるものとてありはしない。
「――まぁ、いろいろ終わらせて、早く隠居したいものだよ」
それがいつになるかはわからないが。
ララァ・スンは、澄んだ翠の瞳で、じっとこちらを見つめてきた。
「――あなたは大丈夫」
やがて、そんなことを云い出した。
「あなたは、断罪されることにはならないわ。そうだとしても、私があなたを守ってあげる」
「それは心強いな」
だが、いかな最強のニュータイプと雖も、そんなことは不可能だ。歴史は、今を生きるものの手になるのではなく、未来を生きるものたちが描くものであるから。
しかし、ララァ・スンは譲らなかった。
「信じて。あなたは私が守ってあげるわ」
真摯なまなざし。
それを見れば、頷かないわけにはいかなかった。
「……では、宜しく頼むかな」
暫しの後、渋々とそう云うと、少女はにっこりと笑い、
「任せておいて」
と云い切った。
マ・クベがやってきたのは、それから数日の後のことだった。
「ガルマ様にお会い致しました」
薄く笑んで、男は云った。
その笑顔に、何となく厭な空気を感じる。
「会ったか。――それで?」
「お聞きしていたより、おとなしいご様子でしたな」
と云う様は、恐らく“ガルマ”の見た目に騙されてしまったのだろう。
あれは、そんなに殊勝な生きものではない。
とは云え、
「ムンゾ一の智将の前に立つとなれば、さしもの“ガルマ”もおとなしくなるようですな」
尻尾を掴まれぬために、用心したのだろうなと思う。
マ・クベは――1stではともかく――、『ORIGIN』では油断のならぬ男、と云う風が強かった。“ガルマ”とて、それがわかっているからこそ、この男の前では神妙にして見せたのだろう。
まぁ、マ・クベは智将として知られた男であるし、その作戦にしても、武力を背景に圧力をかけることはあっても、“ガルマ”のような、あるいは原作軸のキシリアのような、闇討ちに近いことなどやってはいなかったはずだ。
そもそも――まだ作られてはいないが――搭乗機であるギャンにしたところで、ヨーロッパ中世の騎士がモチーフと云う段で、本人の気質も知れようと云うものではないか。
そのような相手に、あの本性をばらすとなれば、いろいろと軋轢が生じてくる可能性もある。“ガルマ”としては、そのあたりはきれいに口を拭って、ギニアス・サハリンとユーリ・ケラーネの件などお首にも出さずに応対したのだろうと思われた。
それにしても、
「“ガルマ”に用があるとも思われなかったのだが」
「えぇまぁ――私の配下に、ガルマ様の腹心が数名おりますので」
と、しれっと明かしてきた内容は、こちらであれば最大警戒するような類の事実だった。
「それは――何やらやらかされてはいないのか」
「私のコレクションに、“蜘蛛の糸”が少々」
と云うのは、例のタチが受け取った“糸”――“ガルマ”の使っていた情報網――のことか。
「それは……貴重なものに、問題はなかったのか」
「まぁ、払える程度のものでしたので」
「それを“ガルマ”に確かめたのか」
「いえ、それほどのことでもございませんな」
マ・クベは、ふと笑った。
「そう云えば、流石は閣下の弟君ですな、ガルマ様も、結構な目をお持ちだ」
「あれが、何か」
「私の供した茶器を、よくご存知でした。さしたるものでもないと云うと、“価値は、見出してくださる方の中に”、と」
それは、茶器の話か、あるいは?
「――確かに、雑器の中に美を見出した、千利休の例もあるからな」
「閣下のお好みの高麗青磁も、その類ではございましょうな」
「――そうかも知れんな。それで?」
「それで、とは」
「わざわざ“ガルマ”の話を持ち出したのは、何かあるのかと訊いているのだが」
そう云うと、マ・クベは薄く笑った。
「流石は慧眼であられる」
そして、懐から封筒を取り出し、目の前に置いてきた。
「……これは」
「閣下が、ガルマ様の推薦状をすべて蹴っておられるとお聞きしましたので」
これは私からの推薦状です、と云う。
思わず眉間に力がこもった。
「正直に云うが、私はあれを昇進させるつもりはない」
「おや、どうしててございますか」
「あれの力が増えて、碌なことになる未来が見えんからだ。――あれが地球で何をしたかを考えるとな」
そして、公にはできぬが、ギニアス・サハリンとユーリ・ケラーネにどのような最期を与えたかを考えれば、権力は持たせ過ぎぬに越したことはないと思う。
「おやおや、では、私のお持ちした推薦状も」
「受け取る気はない。持ち帰るが良い」
マ・クベは肩をすくめた。
「随分頑なにおなりだ。閣下らしくもないことですな」
「何とでも云うが良い。“私は”受け取るつもりはない」
「……ほぅ」
低い笑い。
「では、閣下でなければ受け取られる可能性はあると?」
「中将である貴官以上のものなどそうあるまいが――そうだな、私以外なら、受理される可能性はあるだろう」
暗に、宇宙軍総司令官であるドズルならば可能性はある、と云ってやると、マ・クベはにやりと笑った。
「なるほど、理解致しました。しかし、お珍しいことですな、閣下のこのようなお言葉を聞くことになろうとは」
「私はもう、あれの件で頭を悩ませたり、絶叫したりは御免だと云うことだ。ドズルが上げるのであれば、責任はドズルに取らせる」
「なるほど」
頷いて、マ・クベは封筒を懐に戻した。
「では、こちらはそのように致しましょう。閣下の御心を煩わせるのは、私の本意ではございませんので」
――よくも云う。
とは思ったが、それもこれも自分の心根のせいだと思えば、封印するより他ない言葉である。
それで話は終わりで、てっきり退室するのだと思っていると、
「ところで」
踵を返そうとする素振りすら見せず、マ・クベは云ってきた。
「まだ何かあるのか」
「えぇ。閣下は茶の湯を嗜まれるとお聞きしました」
「囓った程度だな。それが」
「私をお招きいただけぬものかと思いまして」
「……正直に云うが、道具がない」
一応、茶器などは一式揃えはしたが、菊炭もなし、灰も風炉も釜もない。そもそも、宇宙世紀も百年になんなんとする現在、それらを作っているところがあるのかもわからないのだ。
せっかくなら、電気の炉――電熱コイルのあれ――などは使いたくない。電気炉などと云うものは、ザビ家の人間が茶道を嗜むにはつや消しに過ぎる。かと云って、菊炭などコロニーで作るはずもないので、あったとしても地球からの取り寄せだ。元々高いものであるのに、さらに高くつくのは明白である。
茶室などはどうとでもできようが、菊炭、灰、風炉や炉――炉を切るのならば、炉壇や炉縁も――などは、どうにもならぬものである。
「炭やら何やら、手に入らぬものが多いのでな。流石に、ガスや電気で湯を沸かすのは味気ない。立礼しかできぬのは、この際棚上げにするとしてもだ」
大体、コロニー内部で火を焚くことは可能なのか――ガンキャノンで砲撃をしていた――原作軸でも、ついこの間のルウムでも――ことを考えれば、火気厳禁でもないだろうが、二酸化炭素や一酸化炭素を放出することになる炭を使った炉など、除去装置を持てる金持ちにだけ許されるものだろう。
「電気でも何でも、湯を沸かせれば良いのではないのですか」
マ・クベは、かれにしては驚きも露わにそう云った。
「そう云うものではない。茶の湯と云うのは、茶の味そのものを愉しむのではなく、室礼や道具、季節の風や松籟の音までを愉しむものだ。地球ですら金のかかるものだったが、コロニーではそれ以上のものがあるな」
「……高麗青磁のことを伺った時にも思いましたが、閣下は誠に造詣が深くていらっしゃる」
ゆっくりと、マ・クベは云った。
「そのような閣下のお心に適う茶の湯と云うものに、ますます興味が湧きました。是非とも、環境を整えてお招き戴きたいものですな」
「フラット暮らしでは儘ならん。期待せずにおいてくれ」
そう云うが、マ・クベからは、薄い笑いが返ってきただけだった。
そうして数日の後には、ドズルが“ガルマ”の位階を上げたと云う知らせが入った。
一報をもたらしたのは、ドズル本人ではなく、准将となったランバ・ラルである。
「おいギレン!」
そう云って入ってきたラルに、リュズギャル中尉がぎょっとした顔になった。
「――“閣下”と云えと強制はしないが、せめて“総帥”くらいにしてくれんものかな」
部下の手前もあるのだが、と云うと、ラルは頭を掻いた。
「すまん、どうもいつもの調子でな」
「で、どうした」
「そうだ、お前、ガルマのことだ!」
と机を叩く。
「ガルマが、一足飛びに少尉になると聞いたぞ! どう云うことだ!!」
「どうもこうも」
肩をすくめるしかない。
「マ・クベまでが、あれを昇進させろと喧しいのでな。私は推薦状を受け取るつもりはないが、ドズルは知らん、ドズルが上げようと関知しない、と云ったのだ。――早速そちらに持っていったか」
「お前、どう云うことになるか、わかってるのか!?」
「わかってはいるが、あまりにも推薦状をよこす輩が跡を絶たんのでな。上げた責任はドズルに取らせることにした。私はもう知らん」
「……投げるなよ」
眉を下げて、ラルは云った。
「お前が投げたら、軍はどうなる。あいつら、碌なことをせんぞ。また、部署を越えてつるんでいるようだしな」
「まぁ、見えていたことだ」
例の“暁の蜂起”組が優秀なのは知れたことだ。
問題は、かれらは裏で繋がっていて、例の“糸”宜しく、網目のように軍全体を覆い尽くそうとしていることだ。
あまつさえ、士官学校の同期や先輩後輩まで取りこみ、ケリアン・ラウやロバート・ギリアム、ウォルター・カーティス、マルティン・ブホロノウすら取りこんでいた――そこに、さらにマ・クベが加わるとなると、どう云う事態になるかは火を見るより明らかだ。
「俺は! お前が防波堤になってくれるとばかり!」
「なりたいのは山々だが、多勢に無勢と云う奴だ。お前とタチ、デラーズ以外は、恐らくあれの能力だけを注視しているのだろうさ」
しかし、あるいは軍とはそんなものなのかも知れない。敵を殲滅することを第一とするのが軍人であれば、かれらの目には、“ガルマ”の悪辣さすらこの上ない武器と映っているのかも知れない。
しかし、生憎とこちらは政治畑が専門である。政治を行う上で、“ガルマ”のあの悪辣さと、増殖していくシンバたちは、大変に脅威なのだ。こちらにはこちらの目算があり、算段がある。ただ勝利だけを目指して邁進すれば、泥沼の戦いになるのは目に見えている。
政治の役割と云うのは、戦争を、泥沼の戦いから引きずり上げる手段である。相手を打ちのめすことだけ考えているうちは、結局のところ戦争の終結などあり得ない。戦争を終わらせるのは、勝利ではなく、戦争への倦厭と政治の力なのだ。
そして基本的に、自分以外は皆、軍人である、軍人でしかないと云うことなのだろう。軍人は、勝利以外は求めない。どのような手段であれ、勝てば良いと考えるのが、軍人、そして軍の本質なのである。
「まぁ、人事的な防波堤にはなり損ねたが、戦争の最終的な防波堤にはなってやるさ。それが、私が現在、総帥の地位にある意味なのだろうしな」
“軍人”でしかないものに停戦合意、そして講和条約まで任せるなど、戦いを終わらせる気がないと宣言しているようなものになりかねないからだ。どちらが勝ったの負けたの、そのような言葉面にばかりこだわっていると、時機を逸することになるのは、過去の戦争でも掃いて捨てるほど見かけたことである。
多少のぶつかり合いの後――つまり、軍人にとっては戦い足りぬ状況――で、戦闘を停止させる、それは、政治家がよほどの力を持っているか、あるいは政治家が軍の頂点にあって初めて成り立つことなのだ。
さてしかし、軍の頂点にあろうとも、政治家としての能力、そして軍人たちを黙らせるだけのパワーは必要だ。自分に、それが備わっているかどうか。
――まぁ、やってみなくてはわからんな。
どのみち、他に人などないのであれば。
「やるだけやるさ。お前も、力を貸してくれるのだろうな?」
そう云ってまなざしを向けると、ラルは一瞬黙りこみ、そして力強く頷いた。
「もちろんだ!」
「……よし」
ともかくも、進むしかない。
表面上は穏やかでも、既に戦いの種は芽生えている。嵐は来る、回避はできぬのだ。
「頼りにしているぞ、ランバ・ラル」
そう云って笑いかけてやると、男からは、やや引きつり気味の笑顔が返ってきた。