休日のお出かけである。
待ち合わせはモールの時計広場。以前に“ギレン”と会ったところじゃなくて、大人数の待ち合わせに使われる広いほうね。
ほんとはバリバリ変装するつもりでいたけど、メリーに止められた。周りに仲間たちが居るときには、なんちゃって変装のほうが良いってさ。
確かに“ガルマ・ザビ”が変装できるってことは伏せといたほうが、いざってときに使えそうだからね。
そんなこんなで、メリー改めマリアン・アンが用意してくれたのは、軍の購買で売ってる黒いシャツとカーゴパンツだった。兵士がよく着てるやつ。申し訳程度に伊達眼鏡をかけてはみたが、いつかのおざなりの変装よりもさらにおざなり。
キャスバルも同じ姿だけど、こっちは軍用グラス。なんなの、ちょっとの違いだけなのに格好いいな、畜生。
――でもさ。
「これ、化けてないよね?」
おれもキャスバルも。さっきからチラチラ人目がうるさいし。
「それでいいの! どのみち周りが強面だから誰も寄って来れないんだし。視線くらい我慢して!」
すっぴんで地味モードのマリアンが強気で言ってくる。同じシャツとカーゴパンツ。今日は女装姿じゃないから、本気で埋没しそう――よく見りゃ整った顔してるのにね。
加えて周囲の面々――士官学校時代の同期生達とダークコロニー同期生、さらに同じ部隊になった隊員達、と言ってもみんな休みが合った奴等だけだが、それでも結構な人数――も、ドレスコードだったのかってくらいに同じような格好だから、広場の一角は異様な空気で満たされていた。“ウォーリーを探せ”軍隊版って感じか。
「制圧完了! ……って言いたくなるな」
「だな。敵地じゃねぇけどなー」
「視線は概ね好意的……かな」
リノ達が言えば、
「へぇ、あんたらもガルマの“御学友”とやらかよ。つるんで馬鹿やってたんだろ?」
「ははは。ごめん、コウガだから尉官への口の聞き方を知らないんだ」
「ごめんねー、もう本当にコウガだから!」
「なんだテメェら泣かすぞ!!」
と、コウガとニケとモブリットが騒ぐ。
さらに。
「いや同レベルだからな、お前ら」
「そうだね。ライトニングからツッコミ入るって相当だよ」
と、さり気なくライトニングにも辛辣なクムランである。
その横には、大きなガタイでひっそりと佇むククルス・ドアンが。そして、他にも大勢の同期生たちが。
そして少し離れて、ギュスターヴの野郎が、なんとヘレン・ネイワンドと恋人繋ぎで甘い空気を醸し出しやがってる。
ぐるりと見回して、キャスバルが頭を振った。
『どうしてこんなカオスを作り出そうと思ったんだ。理解に苦しむな』
『仲間意識の拡大が目的……ついでにおれがお出かけしたかったんだよ。他にも一応あるっちゃあるけど、どうだかね?』
デッカイの釣り上げられたらいいんだけどさ。
『なんにせよ、碌でもないことを企んでるってことか』
そんなに重たい溜息つかないでよ、キャスバル。
一番の目的は、主要メンツを集めて、横の繋がりをさらに強化しようと思ったこと。
ワイワイガヤガヤ。まぁ険悪ムードはどこにもないから、滑り出しは順調と言えなくはない。
まずは腹ごしらえってことで、フードコートへ。コウガお勧めの麺屋を急襲する。
わぁ。ラーメンとかつけ麺とか。今生ではあまり縁がなかったけど、やっぱり滾るね。
「モヤシ増し増し!!」
強化呪文みたいな注文にみなが倣う。「増し増し!」「増し増し!!」ってさ。
『君は増し増ししないのか』
『……コレに増し増しする意味が解らない』
必死に啜ってるんだが、なかなか減らない。
既に山盛りの上に更に盛るってなに。そもそもが麺の3倍は軽くあるだろ。それに集団で増し増しして尽きることはないのかモヤシ?
そして替え玉の嵐。ちょっと何人前だよそれ。
「相変わらず喰わねえなぁ、ガルマ」
「君らの胃袋がブラックホールなだけだよ!」
うわぁ。どこに吸い込まれてんのさその量。確かに美味しいけど。
でも、まだ買い食いとかもしたいじゃないか。
そんなこんなで、ぞろぞろとそぞろ歩く。広いはずのショッピングモールも、これだけの人数がいると狭く感じるね。
行き交う人たちは、当初こそギョッとした顔をするけど、すぐに慣れてしまうみたい。
時々、キャスバルやおれを見つけて寄ってこようとする人はいても、仲間たちに阻まれて果たせずにいる。
うん、ガード完璧。
概ね予定通り、なのかな。
一同といえば、初対面の人員もいることながら、共通の話題で盛り上がって――「あいつ腹筋薄いくせに無茶苦茶するよな!」「野生の御曹司って呼ばれてたんだぜ」「素っ頓狂だよねぇ」「可愛い!」「微笑みは菩薩だが怒ると地獄を出現させるんだよな」「堕天使長だから仕方がないだろ」「ガルマさんはいい人だよ!」「悪いやつとは言ってない」――……ねぇ、ちょっと突っ込み(物理)いれてきて良い?
『君の日頃の行いが知れるな』
『なぜだ、真面目に過ごしてるのに』
解せぬわ。
和気藹々としているから文句は言わんけどさ。
固まってワイワイやってる輩もあれば、マイペースで楽しんでいるらしきひとりふたり、それから周囲を気にせずふたりの世界を作っているワニとヘレンとか、いつのまにか女の子をナンパしやがったらしきニケとか。
良い方向にマイペースな連中だから、好きに買い物したりなんなり、各自が楽しめているようで何よりだ。
モールをほぼ制覇して、まだ時間があるからと、勢いに乗った面子でムンゾのテーマパークに。
有り体に言えば遊園地。
突然現れた兵士の一群に場は騒然となりさしたが、遊びに来たと知れれば、生温い視線を向けられた。
さて、遊園地といえば。
「ジェットコースターだろう!」
「絶叫系アトラクションは外せないね」
「メリーゴーラウンドとかコーヒーカップは?」
「ゴーストハウス!」
まあ色々あるよね。
「ギュスターヴ、観覧車に乗ろう!」
「ああ、勿論だ!」
リア充はウキウキドキドキらしいよ。
「君みたいに可愛い子に会えるなんて、俺はラッキーだったな」
ところでニケ、さっきと連れてる女の子違くないか?
一部を除いてほとんどが野郎だから、むさ苦しいことこの上ない。
さらに今いるメンバーが、個別に連絡を取り合って勤務明けの仲間を呼んだりするから、集団は膨れ上がる一方だ。
かといって全員まとまっている訳じゃなくて、三三五々、小さな集団があちこちに。
交流しつつも、合う合わないもあるからこんなもんだろ。顔つなぎとしては上々。
キャスバルとおれの周りは、リノやクムランをはじめ、士官学校時代の同期生達が交互にガードしてくれてるから心配ないし。
「それで、君は何に乗るんだ?」
「そうだね、ひと通り回ってみようよ。考えてみたら、僕たち初めてじゃないか、遊園地」
「そうだな。君の父君が庭に移動式メリーゴーラウンドを呼んだことはあったがな」
そうね。パパンったら、オルゴールのメリーゴーラウンドを繰り返し廻してたおれを見て、何を思ったのか、その週末にはメリーゴーラウンドを呼びつけたんだよ。本物のポニーが引くやつ。
兄姉たちは、みんな呆れてた。
めちゃくちゃビックリしたけど、アルテイシアが大歓喜してたから、良い思い出。
「……君たちの会話を聞いていると、別世界の人間かと思えてくるな」
背後に控えてたククルス・ドアンが低く笑った。
どうも、休みが合わなかったシンに頼まれたらしく、ずっと離れずに護ってくれてるんだよ――デートに浮かれまくってるどこかのワニとは大違いだよね!
すごく落ち着いて大人びて見えるけど、実のところ、さほどに歳は変わらない。そんなところが共通するシンとククルスは、案外、仲がいいみたい。
「遅くにできた子だから、父はめちゃくちゃ僕に甘いんです。お恥ずかしい」
「ザビ家の末っ子への溺愛ぶりは有名だからな。それで、メリーゴーラウンドから行くのか」
「……そうですね」
付き合ってくれるのか、ククルス・ドアン。
すげえな、メリーゴーラウンドに乗るククルス・ドアン。そしてキャスバル・レム・ダイクン。
絵面がものすごい。唇を割って笑いがこぼれる。おれが楽しくてはしゃいでると思ってるんだろうけど――そして実際に楽しくて笑ってんだけど。
「なんでポニーに混じってクジラがいるの」
おかしいだろうクジラ。ついでにサメとイルカとマンタ。
「あっちはドラゴンだな」
ククルスが指差す先には伝説の生き物たちが。
「君はユニコーンにしたらどうだい?」
さり気なくセクハラやめろ、キャスバル。
無難にポニーに跨れば、キャスバルはなんとカボチャの馬車――シンデレラかよ!?――ククルス・ドアンはドラゴンに。
仲間たちもワラワラと参加するようで、例のクジラにはクムランが乗っていた。
その後もジェットコースター各種、その他アトラクションを制覇してけば、いつのまにか時刻は夕刻である。
うわ、遊んだな!
残るはゴーストハウスと観覧車のみ。
さぁ、観覧車に……。
「ゴーストハウスだな」
「……観覧車に」
「ゴーストハウスが先だ」
いやそれはスルーしようかと……。
見るからにおどろおどろしい建物を眺め上げる。けっこうデカいんだけど。ええと、脱出ゲームとコラボってんのか……。
――……ッ!??
企画を見た瞬間に回れ右しようとしたおれの肩に、キャスバルのリンゴを潰せる右手が食い込んだ。アイタタタ!
「こんな子供騙しを怖がる君じゃないだろう?」
「それ“The beeプロダクション”だぞ!!」
つまり、おれがこっそり運営して貰ってるゲーム(他諸々)メーカーだ!
正直ヤバい匂いしかしない。
だってあそこは、地獄を創り出すことに特化したメンバーが揃いに揃って、阿鼻叫喚、どころか八大地獄をコンプリートなんて噂される有様。“某地獄の補佐官様”とか居やしないか、そろそろおれが戦慄してるレベルなんだ。
「なんでムンゾの遊園地に進出してんの!?」
――……あれ? そういや聞いてた気もするけど、忙しくて聞き流してたかも??
「へぇ、あの“The Bee”のか。それは凄そうだな」
って、なにをお目々キラキラさせてんのさドアン!?
「さぁ、行くぞ!」
そしてなぜそんなに愉しそうなんだキャスバル!??
引き摺られまいと咄嗟に伸ばした手を摑んでくれたのはクムランで、その手はさらにリノを、リノの手はライトニングを引っ掴んでた。
引きつりまくった顔で振り向いた先では、
「……定員6名様…ちょうどぴったりですね……」
スタッフが陰気な微笑みを浮かべて手招きしていた。
暗転。
結論から言おう。
「『二度と入らない!!!!!』」
心から叫ぶ。
どっかのホラゲじゃねえが、どうあがいても絶望。
ゴースト云々以前に、隣にいる仲間への疑心暗鬼をコレでもかと煽りまくる展開。
人間関係に罅をいれる目的で作られたとしか思えない。
――どんだけ性格悪いんだよ!?
こんなカップル/バディクラッシャー企画、なんで許可がおりたの……。
え? “真実の絆”を確かめるため? 建前だよね?
興味があるやつは、ムンゾパークのゴーストハウスに直行しろ。ただし自己責任で!
まだ暫くはこの企画やってるみたいだからな。
最後まで、なんとか“裏切り者”を出さずに脱出したおれたちに、「奇跡だ!!!」とスタッフが総出で拍手してくれた。いや、出てくんなよアクター。
ヘロヘロボロボロ涙目で、皆と絆を確かめ合う。
「……いや、なかなか凄かったな……」
「あそこで皆が信じてくれて、僕、僕……!」
「『君たちのことは信じるさ!!』」
「俺、途中でもうダメかと思ったぜ〜」
「だな。心底ヤバかった」
「『そこまでじゃなかっただろう?』」
そりゃ、おれとキャスバル“ノイズ”が聞こえるから、皆を信じるのは難くない。
だけど、なにもわからないはずのクムランとリノ、ライトニングとドアンが最後までメンバーを信じぬいてくれたことは奇跡かもね。
これがノーマン・モーブスやトール・A・フォルタ、シュウ・レッドグレイヴだったら信じきれずに崩壊してたかもだが――や、してたな崩壊。率先して裏切りそう、おれが。
「『凄い仲間に恵まれたもんだよ』」
「『……確かに、そうかも知れないな』」
キャスバルが同意すれば、皆が一斉に破顔した。
こんな遊びに過ぎなくとも、再確認できるもんだね。
罵り合う恋人たち――ホラーハウス被害者の金切り声を背にして、いざゆかん観覧車。
ラストには相応しいでしょ。夕闇に浮かび上がるムンゾの夜景を愉しむなんてね。
近づけば、ライトアップされた色とりどりのゴンドラが美しかった。
一周するのにおよそ15分。この天辺でキスすると結婚できるなんてジンクスもあるらしいよ。
「アルテイシアと来たかった……」
「これだからリア充は!」
ライトニングにどつかれた。
「僕もいつか恋人と来たいな……」
「出会いのための暇をくれ!」
クムランが遠い目で呟けば、拳を握ったリノが叫ぶ。
「休みにここに来ている時点で難しいんじゃないのか?」
って、意外に辛辣だな、ドアン。
「自由を売り渡したいとは、まだ思わないな」
いや、キャスバル、お前はそろそろ考えた方がいい。
そして、リノ達はがっつかなきゃ、どうにでもなりそうな気がするんだが。
観覧車の列に並ぶ。他の仲間達もわらわらと、なんか、殆ど一群が占拠してるみたい。もちろん他の恋人たちもいるけど。
定員は4名か。恋人同士はひとつのゴンドラで、グループだと四人ずつ詰め込まれてるね。
じゃあ今回は四人かな、と、思ってたらザワザワと仲間たちが割れた、というか、道を開けたのか。
なに、割り込み?
どこのどいつだと視線を向ければ、全く場にそぐわない人物がいた。
『……ノリス・パッカード大佐……』
うわー。来たのか。
遊園地めちゃくちゃ似合わないんだけど、その強面、そしてヘアスタイル。
『君を目指している。どういうことだ、ガルマ?』
『……そうねー』
ザビ家で預かってるアイナ・サハリンの身柄を、どうにかして引き受けようと、奮闘してるからさ、そろそろこっちにもアクションくると思ってたけど、なかなか寄って来ないから仕掛けてみた。
軍本部では邪魔が入ることが多くとも、外なら食らいつき易いでしょ――ってことでお出かけしてみたんだが。
ショッピングモールには現れなかったから、今日は駄目かと諦めてたところだった。
『……まさか、遊園地に来るとはなー』
周囲の困惑をものともせずに、ノリス・パッカードはつかつかと歩いてくる。
すっごく目立ってるんだが大丈夫か。子供が怯えて母親にしがみついてるじゃないのさ。
「皆で楽しんでいるところにすまんが、少し時間をくれないか、ガルマ伍長」
眉間にしわが寄って、唇の端がヘの字に下がって、めっちゃ怖い顔なんですが。
いわゆる悪党ヅラ。泣く子が泡吹きそうなやつ。
「ノリス・パッカード大佐、はじめまして。いかがなさいましたか?」
敢えてにこやかに応える。
「少々話したいことがある」
「了解です。ではカフェにでも移動しましょうか?」
「いや、ここで構わない」
って、観覧車でか。
「すまんが他は遠慮してくれ」
ちょっと待ってふたりで?
ほんとに乗るのか観覧車。てっぺんでキスすると結婚できるっていう噂の観覧車なんですけども。
『……いや、キスはされまいが』
『うん。そんな心配はしてない』
ちょっとふざけてみた。現実を軽めに逃避したんだよ。
仕方ない、腹をくくるか。バトルにはうってつけの密室であるわけだし。
にこりと、完全に社交用の微笑みに切り替えたおれに、キャスバルが眉を寄せた。
『ほどほどにしてやれよ』
『ん、ほどよくこんがりな』
見つめ合うおれの大佐の間に、見えない火花と聴こえないゴングが。
観覧車のスタッフの震え声に促され、決闘に赴くように足を進める。
中に乗り込み向かい合わせに席につけば、ゴンドラは小さく揺れたあと、ゆっくりと昇り始めた。
「要件は一つだ。アイナ様の身柄を引き渡して頂きたい」
ほらきた。
ドズル兄君は関与していないと取り合わなかったらしいし、“ギレン”には簡単に会えない。キシリア姉様は本部に居ないことが多いし、サスロ兄さんやパパンとは接点が無いとくりゃ、最後は“ガルマ・ザビ”だよね。
腕を組んで、底光りするような眼差しで睨んでくるのに、真っ向から視線をかち合わず。
「お断りします。現段階でそれは尚早。無礼を承知で申し上げれば、男手ひとつで何ができます? ましてや大佐はお忙しい身の上、アイナ嬢のケアができるとはとても思えません」
キッパリはっきりバッサリいくよ。
そもそもゴシップを狙うハイエナみたいな輩がウヨウヨしてるってのに、どう対抗すんの。
「使用人を雇う」
「今日昨日のことで、信用のおける人間が見つかるとでも?」
元からいる使用人ならともかく、いまから雇おうもんなら、たちの悪いのが紛れてこないとも言い切れないだろ。
「だが、これ以上ザビ家に世話になるわけには」
「何故です?」
真っ直ぐに尋ねる。
「……もとよりパッカードはサハリン家につかえてきた。地球から移住の際にも付き添ってきた間柄だ。さほどに縁のないザビ家にお任せするのは、些か心苦しい……」
「大佐が父代わりでいらしたとも聞いております」
「ならば!」
「ですが、それだけが理由でしょうか?」
微笑みを引っ込めて表情をすべて消す。普段なら見せることもない“ガルマ・ザビ”の――ザビ家の人間としての顔。
戦場では鬼のように恐れられる男が、目の前で僅かに瞠目する。
ゴンドラの中に沈黙が流れた。重い緊張。ほんとなら夜景を楽しむところだけど、この男から視線を逃がすわけにはいかないからね。
鼓動が五つくらい打つ間、らしくもなくノリス・パッカードは逡巡する様子だった。
促すこともせずに、ただ待っていれば、大佐は低い声で唸った。
「アイナ様は、サハリン少将の妹君だ」
「存じております」
「大変に言いにくいことだが、サハリン少将は貴家に対し…」
「存じております――それゆえ、あの日、僕が彼女たちを迎えに参りました」
みなまで言わさず、偶然なんかじゃないと突きつける。
おれは知ってる。ギニアス・サハリンが、あのとき何をしようとしていたか。
思い返せば血が沸騰しそう。
「……ですが、“なにもなかった”のですよ、大佐。世間で噂されているようなことは、“なにも”」
とことん冷たい声が出た。パッカードの動きを止めるには充分なほどに。
「“事実”は単純です。サハリン少将は、残念ながら病に倒れられた。ケラーネ大佐は、不運にも事故にあわれた。それだけです」
公式発表のままに告げる。つまり、それ以外の“真実”などムンゾは認めないってこと。
「噂は噂、いずれも憶測の域を出ません。世間は面白可笑しく騒ぐもの。そんな下らない好奇の目に、アイナ嬢を晒すつもりは更々ないのですよ」
「彼女を護ると言うのか」
「もとより、アイナ嬢を我々にお預けになったのは、サハリン少将でした」
「ザビ家になんの利がある!?」
軋むような声音。返答いかんでは絞め殺すとでも言い出しそうな気迫をひしひしと。
そりゃね、ギニアス・サハリンは、妹を“ギレン”に売ろうとしてた。その兄が居ないいま、彼女の身は宙ぶらりん。
後見のない若くて美しい女の行く末なんて、そう明るいもんじゃないって思うかもね。
鼻から苦笑が抜ける。
「なくてはいけませんか? “謀略”を冠するザビ家が、利がなくて少女ひとり守るとは信じられないと?」
ザビ家のイメージなんて、未だにそんなところだろうさ。ケッ。
「正直なところを申し上げれば、アルテイシアのためですよ」
やさぐれた口調になっても仕方ないよね。だけど、その返事が意外だったのか、大佐は幾度か瞬きをした。
「……アルテイシア様の?」
「アイナ嬢はアルテイシアの大切な友人です。その友を守るのだと彼女は宣言しました。ですから、僕はアイナ嬢のことも護らねばなりません」
お姫様が大事に抱えてるものを、横から掻っ攫わせるわけにはいかんのさ。
「……なるほど……」
意外な回答は、一周回って腑に落ちたのか、パッカードが繰り返し頷いていた。
納得したなら話を進めるよ。
「お引渡しはできませんが、大佐が会いに来られることはお止めしません。いついらっしゃっても。深夜でも早朝でも、アイナ嬢さえ頷けば、いつなりとお通しするように、既に申し付けてあります」
これは本当。いつ来るかと思ってたのに、ぜんぜん来ないんだもの。
ますます意外だったのか、思いも掛けないことを聞いたとでも言うように、パッカードはポカンとした顔を晒した――間抜けというより、やっぱり怖い顔。
「……会いに行ってもいいのか?」
「勿論です――ですから、大佐がするべきは、こんなところで僕を捕まえることではなくて、真っ直ぐにザビ邸にいらっしゃることだったんですよ」
微笑みを戻す。社交用のそれより、少し砕けたものを。
観覧車は、もう頂上を越えて地上へと戻ろうとしていた。
ああ、景色勿体なかったなー。
もう一回乗りたいのになー。
でも、残念ながら、本日のイベントはこれにて終了だ。
「さて、このあと僕とキャスバルは家に帰りますが、ご一緒されますよね、大佐」
問いかけというより確認だから。イエス以外は想定してないんだ。
しばしの沈黙。向かい合う先で、ノリス・パッカードは、身体がしぼむんじゃってくらい大きな息をはいた。
「……謀られた。君を捕まえにきたはずが、誘き出されていたのは俺だったということか……」
「どうでしょう?」
少なくとも遊園地に誘き出そうとは思ってなかったし、観覧車でお喋りするとも予測してなかったよ。
地上に降り立てば、なにやら心配したらしき仲間たちが勢ぞろいしていた。
場を埋め尽くす兵士の群れに、大佐がぎょっとした顔をする。
「『大丈夫』」
ノリス・パッカード大佐は、見かけの100倍紳士だからね!
✜ ✜ ✜
「『アイタタタ!?』」
「『“報・連・相”を怠ったな?』」
キャスバルの手が、頭をギリキリと握り潰そうと――やめて! 脳みそ溢れる! 溢れるから!!
「『今回の外出は、ノリス・パッカードを誘き出すためだったんだな?』」
大佐の召喚が、おれの小細工によるものだと気づいたキャスバルは、黙ってたことにオカンムリだ。
「『メインは仲間たちの交流! 大佐は“来たら良いな”くらいだったんだよぅ』」
「『で、どの程度の公算だった?』」
「『えぇと…』」
「『正直に答えないと握り潰す』」
「『ひぅう!? 70%!!』」
「『それは、ほぼ確信してたんだろう!』」
ギューッと頭が絞られて、あまりの痛みに悶絶する。
助けて、おれ孫悟空(本家)じゃないんだ。緊箍児に苦しんだヤツの気持ちなんか解りなくないんだよぅ。
「『なにか謀るなら相談しろと!』」
「『したよ! アイナ嬢のことどうしようかねって!!』」
お前、興味のかけらもなく『任せる』のひと言だったじゃねぇのさ!!
それって“良きに計らえ”ってことだろ、だからそうしただけだ!
思考波の動きを読んだキャスバルが、がっくりと肩をおとした。
「『そういう奴だったよ、君は……』」
そうだとも!
帰宅して自室でジタジタしてるわけだが、ノリス・パッカードは早速アイナに会いにいってる。
遊びに行ってたはずのおれが、アイナの父代わりの男を連れて帰ってきたことにアルテイシアは驚いていたけど、表情は明るかった。
大佐のことはアイナから色々聞いてたんだろう。いそいそと案内してた。
アムロたちは“ギレン”のところにお泊り会で、家に居るのはアイナを放ってはおけない女子組ばかりらしかった。
ふーっと溜息をつきあっていたら、扉がノックされた。
気配で誰だかわかってる。
「『お入りよ、ララァ』」
「『反省会は終わったの?』」
するりと猫みたいにしなやかな動きで、ララァが部屋に入ってきた。
「『終わらないのが反省会!』」
「『それは君だけだ』」
いや、お前もだからね、キャスバル。
バチバチと思考波をぶつけ合ってたら、一際大きくバチンと。
アイタタ。容赦がないなぁ、レディ・スワン。
「『……アイナ嬢の様子はどう?』」
「『落ち着いてるわ。ときどき泣いてることはあるけど、ポツポツ喋るようになったし、微笑んでくれることもあるわ』」
「『そう、良かった』」
あらかじめ女中頭からも、同様の報告を受けてる。
芯の強い女性だから、ひとりになっても、自分の足で立てるんだろう。
さりとて、助けが不要なわけじゃない。ノリス・パッカードが来てくれたことは、彼女にとって心強いことだったはずだ。
ララァの瞳の中に、咎め立てするような色が見え隠れしてるけど、悪びれないよ。
アイナの嘆きは、確かにおれのせいだけど、理由があってのことだ。悪党とでも偽善者とでも好きに呼ぶが良いさ。
ララァは小さく息を吐いて、それから肩を竦めた。
キャスバルはそんな彼女を見て、それからおれを見て、頭を横に振った。
「『“謀略”の血統っていうのは御し難いものだな』」
「『お前のそれは血統によらず御し難いからね』」
「『堂々めぐりなんだから、やめれば?』」
――……ララァ様、ほんとに手厳しいな。
キャスバルとおれが揃ってそっぽを向くのに、ララァは腕組みをしてズンと立つ。圧が強い。
「『アイナがあの人と一緒に行くって言ったらどうするの、どうしてあの人を連れてきたの』」
プンスコしてるのは、アイナが心配だからなのか。
「『問題ない。大佐は彼女を連れて行かない、いまはまだ、ね』」
帰る途中でもさんざっぱら脅かしといたから。アイナが矢面に立つのはパッカードの本意じゃない。世間の噂が一段落つくまでは、うちに預けておくって決めてた。
「『そう』」
少し安心を滲ませたララァだけど、すぐに翡翠の瞳にはトゲトゲする光がもどった。
「『遊園地、ずるい』」
「『……ノリス・パッカード大佐を捕まえる作戦だったんですー』」
「『遊びたかった気持ちは何%なの? 正直に言わないとサイコウェーブアタックするわよ』」
「『ひぅう!? 100%!!』」
「『有罪!!』」
正直に言ったのにバチバチバチと――なんでさ!?
眼の前にお星様がいっぱいクルクルきらきらしてる。
ガードしてたから、かろうじてダンゴムシにはならずに済んだけど。
キャスバルといえば、その瞬間に亀みたいに全力で“内側”に引っ込んで、さらにガードを掛けたみたい。ううう、防御力までチートかよ。
「『連れてって!』」
「『ええぇ。君たちくるなら貸し切りとかにするしかないんじゃ?』」
「『そういうのじゃなくて、普通に遊園地よ! ニュースで見たの、凄く楽しそうでずるいわ!!』」
ふぉう、ゴネモードきちゃったよ。
「『助けてキャスバル!』」
「『君の自業自得だ……が』」
いつの間にか、勝手におれのラップトップを開いてやがったキャスバルが、そのモニタをこっちに向けた。
うわぁ、メッセージが溢れそうね。
「『今回、都合不参加だった連中から、リベンジを求める声がこんなに来ている』」
「『……やるのか第二弾』」
「『二弾で済むかは知らないが。まぁ、ここに混ざればなんとかなるんじゃないか?』」
「『ほら! こう言ってるわ!』」
援護射撃をうけて、ララァが勝ち誇ったみたいな顔を向けてくるけどさ。
「『……キャスバル、エスコートできるの?』」
女の子たち皆ってことになれば、ちゃんと見てないといけないんだぞ。
当然、アムロたちも来ることになるだろう。ボーイズの暴虐を捌きつつ、乙女たちを楽しませねばならないって、ハードルけっこう高めだから。
貸し切るとかじゃなけりゃ、警備その他、クリアしなきゃいけない条件は山のように。
「『そこは“Best Teams”を呼び出せばいいだろう』」
って、それ、“暁の勇士たち”のことだよな。つまり精鋭中の精鋭部隊。
乱用もいいトコだけど、確かにそれならなんとかなりそう。
と、言うか自らエスコートするつもりは皆無かよヲイ。
それでも、まぁ。
「『――……アイナ嬢の気晴らしにはなるかもね』」
どうせなら、ノリス・パッカードも巻き込もう。
今度の悪巧みにはキャスバルも協力してくれるみたいだし、なんとかなるでしょ。
ラップトップのメッセージを捌きつつ、小さく笑う。
さて、降臨するお姫様たちの神々しい美しさに、奴らは圧倒されまいか。
連れて行くことを前提に画策はじめたおれとキャスバルに、ララァ嬢は極めてにこやかに微笑んだ。
「『できれば、ギレンさんと観覧車に乗りたいわ!』」
――……えぇと。
流石にそれは、ミッション・イン・ポッシブルだと思うよ?
✜ ✜ ✜
後日、第4段まで開催された休日ムンゾツアーは、無事に完遂できた。
お姫様たちが楽しそうだったのが何より。
アイナも毅然と頭をもたげて微笑んでた――隣でパッカード大佐が睨みをきかせてたし、仲間たちの蟻の這入る隙間もない完璧ガードで、ゴシップ野郎どもの出る幕ぜんぶ潰してやったしね。
件の観覧車は、今度こそ楽しめた。
おれはお姫様からのキスを――頬に――貰って有頂天。
そしてララァといえば、なんとか引きずり出してきた“ギレン”と一緒に観覧車に閉じ込めてみた。
このミッションをコンプリートしたおれは、トム・クルーズ並だと思うよ!
でも、残念ながら、キスには至らなかったらしい。
悔しがると思えば、洗練されたエスコートが嬉しかったと、上機嫌だったから良かったよ。
そんなドタバタを経て、日々はまた日常に戻って…
「ガルマ・ザビ伍長、キリング中佐がお呼びだ。ついてこい」
ないな。
居丈高に呼び止められて、顰めそうになった表情を努めて柔らかく保つ。
軍本部の廊下だもの、それなりに人目があるから、猫皮は剝がせない。
「ロン少佐にお伝えしてから参ります」
「その必要ない」
ってさぁ、おれの直属の上官はロン少佐なんだがな。如何にキリングの階級が上とはいえ、これはどうなのよ。
そもそも、キリング中佐ってアレでしょ、ムンゾの情報将校。タチを一方的にライバル視してる野郎。
前にタチの愚痴で名前を聞いたことあるけど、なんともヤバそうな奴だった。
面倒くさい匂いしかしないんだけど。
内心でため息をつく。だいたい、下っ端を迎えによこすってどうなの。誰だよおまえ。襟章は少尉だ。
中将閣下たるマ・クベなんか、本人が出向いてきたぞ。
このことからも、キリングの中での俺の立ち位置が知れるってもんでしょ。
“ギレン”の日頃の嘆きが耳によみがえる――「ムンゾには良い人材が少ないのだ」――確かにね。
いつかの“物語”では敵勢力だからそれでも良かったろうけどさ、現実にそこに所属してるとなると、どうにもこうにも。
どっかから掘り起こしてこれないもんか。
さて、どうしたもんかとアレコレ考えながら、ほてほて後をついていく。
大方おれを利用しようって腹だろうけど、そう易々と手懐けられると思わないでもらいたいね!