コロニーでも雨は降る。
気象は地球に模しているから。朝から昼まで降った雫は、午後になるとピタリと止んだ。
コルヴィン・シスを偲ぶ集まりに、こっそりと足を運んだのは、夕刻のことだ。
講義が一緒の学生に頼んで、バイクの後ろに乗せてもらった。
キャスバルとの別行動に驚かれたけど、理由を話せば、ポンと一つ肩を叩くだけで請け負ってくれた。
行き着いた先は、小さなホール。家族と仲間だけのこじんまりとした集まりだった。
しめやかな空気には、怒りの気配が潜んでいた。そりゃそうだろう。コルヴィンは撃たれたんだ。誰かの悪意が、彼をこんな目に合わせた。
また、腹の底で“獣”が唸る気配がする。
溢れるほどの花――きっと“ギレン”が贈ったんだろう――に紛れ込ますように、白いカンパニュラを置いてきた。
職業柄か、何人かの男達が視線を向けてきたけど、みな目礼だけで済ませてくれた。
またこっそりと外に出れば。
「……キャスバル」
「気は済んだか」
置いてきたはずの幼馴染と、グッタリと草臥れた風情のタチ・オハラが居た。
「先に帰っててくれても良かったのに」
そう伝言してた筈だけど。
「『でも、迎えに来てくれたんなら嬉しい』」
正直、気が滅入ってたからね。素直に伝えれば、キャスバルの眉間の峡谷が和らいだ――ん。しかめっ面もイケメンだけどさ、余裕綽々の方がお前らしいね。
「帰るぞ。『眼が赤い。泣いたのか』」
「うん。『……怒ってただけ』」
薄情かも知れないけど、悲しんでやれるほど、あの護衛を知っちゃいないんだ。
ただ、“ギレン”を守ってくれたことへの感謝を示したかっただけ――あの男は、いまの“おれ”に出来なかったことをしてくれたから。
ふっと、息を吐いて気持ちを切り替える。
「……それで、タチさんは何故ここへ?」
「車出せと迫られましてねぇ‼」
あ、青筋。キャスバルに“足”にされたわけだ。
「助かります。帰りはどうしようかなって思ってたから」
おっとりと言えば、タチ・オハラは、ガックリと肩を落とした。
「頼みますよ。私はあなた方の配下じゃないんです」
「そうですね。それじゃお詫びとお礼にひとつ情報を――“シデン”っていう女医に注意してください」
言わずと知れたカイ・シデンの母親だ。なんか、諜報員っぽいんだよね。連邦の。
最近、その名前を耳にした。どうやらムンゾにいるらしい。
珍しい名前だから、おそらく本人で間違いないだろう。
「色々と聞いて回ってるようですよ。“僕たち”と親しい間柄の人間は誰か、とか。ザビ家の内情やらなにやら」
あからさまって程じゃないけど、それでもこうして本人の耳に入るのは失敗だろう。
もしかしたら、こんな失態が重なって、彼らはサイド7へと逃げ隠れしたのかもね。
「……本当に、この間の事といい、どこからそういう情報を得てるんですかね、坊っちゃんは」
「だから秘密ですって。『枯れ木…、ドライバイム教授達だよ。こないだ色々聞かれたって』」
キャスバルにはタネ明かし。
「捕まえられたら、“ギレン兄様”は喜んでくれると思いますよ」
上手くすれば、カイ・シデンも手に入る――連邦の火力をさらに削げるからね。
訝しむタチを尻目に、車の後部座敷に乗り込む。
「このままザビ邸にお戻りになるんですよね、そうですよね!」
それ以外は聞かん、と、口の中で呟いてるみたいだけど。
「いえ。キャスバルのフラットに寄って下さい」
「はぁあ?」
不機嫌まるだしの声。思わず笑いそうになった。仮にも“伝書鳩”だろお前。取り繕うのをやめたのか。
キャスバルの思考波も笑っている。
「ああ、今日はクラウレが来ていたはずだな。『タチを会わせてやるつもりか』」
「久々に、皆にご挨拶したいなって。『飴は必要だろ?』」
その会話に、運転席のタチが黙り込んでアクセルを踏み込んだ。
「ふわぁ⁉」
急発進は意趣返しか。体がグンとシートに沈み込む。
「安全運転!」
「黙らっしゃい」
ピシャリと会話を叩き切るタチ・オハラの声は厳しかったけど、ミラーに映ったその口角は少しだけ上がっていた。
「キャスバル兄さん! ガルマ!」
「我らが姫君!」
満面の笑顔で飛びついてくるアルテイシアを、キャスバルと二人で受け止める。
「おかえりなさい」
「ああ」
キャスバルの挨拶はいつも素っ気ない。
アルテイシアが、ぷくっと頬を膨らませるところまでが恒例行事だ。
「ただいま。リトルレディ」
薔薇色の頬に掠めるみたいなキスを。
「もうリトルは付かないわ!」
これも恒例の返事だけど。
「もう少しリトルレディでいておくれよ。君が大人のレディになったら、こんなに気安くキスできないだろ?」
「ガルマなら良いわ!」
晴々と笑う少女は輝くみたいに美しい。
お転婆で気が強くて、とても優しい――自慢の妹みたいな。
いつか、アルテイシアに恋人なんかできた日には、結構な衝撃を受けるんだろうなぁ、おれ。
ちょっと遠い目になる。
『おれの屍を越えて征ける男じゃなきゃ、許す気になれねぇな』
『……何を言っているんだ君は』
キャスバルが呆れた思考波を送ってくるけど。
『アルテイシアの相手は全力で見極めるぞ。キャスバル、お前も一緒にな!』
『………………』
『なに?』
『いや別に』
煮え切らないキャスバルを訝しむ間は与えられなかった。
アルテイシアに腕を引かれ、居間へと導かれれば、ご母堂様とクラウレ・ハモンが揃っていた。相変わらずの美しさである。
「おかえりなさい、ふたりとも」
他人の子供のおれも、キャスバルと、同じように受け入れてくれるこのひとは、ほんとに聖母みたいだと思う。
アストライアがこうした扱いをしてくれるから、アルテイシアも、おれに「おかえり」って言ってくれるんだろう。
抱擁はくすぐったいけど、嬉しい。
団欒は和やかで、どこかでまだささくれだっていたらしい気持ちが穏やかに凪いでいく。
タチは、ちゃっかりクラウレの隣を陣取っていた。まあ、同じ部屋にランバ・ラルがいるから、それ以上どうなるもんでもないけど。それでも、その顔は満足そうだった。
お茶を飲んでお菓子を食べて。
猫のルシファを膝に乗せて、アルテイシアの話しを聞いて。
つかの間の平和を噛みしめる。
『……明日からは、ちょっとおとなしくするよ。シャアとリノからパズルの返事も届いたし。いい加減に真面目にやらないと、卒業に差し障ったら元も子もないからね』
『そうだな。だが、刺激的な日々は、きっとまだまだ続くさ』
キャスバルの青い眼は、愉しげにきらめいていた。
なんだそのフラグを立てそうな物言いは。
向き直ろうとしたら、アルテイシアの華奢な手で両頬を挟まれた。
「ガルマ! ちゃんと聞いてる?」
ぷくっと膨らんだ頬が愛らしくて、思わず笑みが落ちる。
「聞いてるさ、お姫様。ルシファが大冒険をしたんだろ?」
「そうよ!」
得意そうな少女の向こうに、苦笑いのランバ・ラル――なるほど。その絆創膏は、ルシファの爪痕ってわけだね。
楽しい時間は矢のように過ぎる。そろそろお暇の時間がきて、アルテイシアは引き止めてくれたけど、帰らないわけにはいかんのだよ。
家にはアムロも待ってるからね。
タチが送ってくれるのかの思いきや、車を出してくれたのはランバ・ラルだった。
ふぉう。厳しい顔してるわ。
クラウレ・ハモンを振り返れば、その唇が「叱られてらっしゃい」と弧を描いた。艶めかしいが、嬉しくない。
口をへの字にして後部座席に乗り込もうとすれば、親指で助手席を示された。駄目だろ。仮にも護衛対象を助手席にって。
視線で抗議するけど、親指の向きは変わらない。
肩をすくめて隣に乗り込む。車はスマートに走り出した。
「それで、どこからお説教?」
切り出してやれば、ギロリと睨まれた。
ランバ・ラルは、ダイクン家の護衛が任務だ。心情的にもザビよりはダイクン寄りだから、キャスバルを連れ回す――別に強要してないけど――おれに対して、含むところがあるんだろう。
「……ガイアたちに会ったそうだな」
「ええ。会いに行きました」
「タチ・オハラを巻き込んでか」
「成り行きで」
「パイロットになるそうだな」
「はい」
全てに素直に答えたのに、ランバの眉間の皺はさらに深くなった。
「本当に士官学校に入るつもりか」
「“ギレン兄様”もそのつもりでいますよ」
「……わからんな」
心底、不思議がってる声だった。
「ザビ家に生まれ、ムンゾ大学にあっさり入れるようなオツムがあって、人誑しで、悪巧みにも長けてる。しかし壊滅的に体力がない。そんなお前が、よりによって一介のパイロットだと?」
その言い草に笑ってしまった。
「ひどい評価!」
まぁ、そうかもね。なにせランバ・ラルとの付き合いも長いから、猫皮が少し薄くなるのは否めない。
「あっさりじゃないですよ。努力はちゃんと認めてほしいな、色々ね。あと人並みには体力あるから!」
抗議はさせてもらう。
勉学も、人付き合いも、“悪知恵”だって、必要に迫られて磨いてきたものだ。実は血反吐吐くくらい頑張ってる。おれは天才じゃないからね。
それから、周りが体力オバケなだけで、平均的な体力ならあるはずだ。どいつもこいつも、おれを虚弱扱いするんじゃないよ!
唇を尖らせると、隣りでため息をつかれた。
「……正直に言え。何を企んでる? お前のやってることは、一つ一つは世間知らずのボンボンの質の悪い我儘のようだが、その実、全てが繋がってる」
そうだね、他愛ないイタズラとか、ワガママで済まされる範囲で動いてきた。
真意に気付いてるのは、“ギレン”とキャスバルくらいだろう。
ランバ・ラルが勘付いたのは流石だけど。
でもさ。
「何も」
企んでる訳じゃない――敢えて言えば、企むための下準備に過ぎない。
「いまは、まだ。何もかもが足りないし、達してない。取り敢えずは良い子でお勉強に勤しむことにします。あとは状況次第かな」
これも正直に答えたのに、ランバ・ラルの眼差しはさらに険しくなった。
「質問を変えよう。お前には、何が見えている?」
「……“ギレン兄様”の見てる未来と――その敵が」
薄く嗤う。
“おれ”の喰らうべき敵だ。
腐っても統一政府。強大な敵に違いない。そして、戦いは避けられない。
「なんて顔をしやがる――ギレンがお前のことを“最大火力”なんて言い出したときには、ヤツまで弟可愛さにどうかしちまったのかと思ったが」
「“ギレン兄様”が⁉」
ぐるんと体ごとランバ・ラルに向き合う。
ボスが、“おれ”を、“最大火力”って言ってくれてるの⁉
「バカお前運転中だ!」
飛びつかんばかりのおれを、ランバの片手が押しやった。ぬ。テンション上がりすぎたか。
でも、そうか。“ギレン”が、おれを。ふふふ。ふふ。
「……そういう顔は相応に悪ガキなんだがなぁ」
独り言みたいに零して。
「しばらくはまだ子供でいろ――そうしていられるうちはな。お前の読みどおりなら、そう長いことじゃないんだろうが」
静かな声だった。
ランバ・ラルの年齢を思い出す。髭もあるしゴツいし、立場もあるから、本来よりは年嵩に見えるけど、実はまだ若いんだよね。
この男も、子供時代は短かったんだろう。口調にそれが滲んでた。
「いずれ、否応なくお前もキャスバルも担ぎ出される。それまでに、ちゃんと“心”を育てておけよ」
心が育つのは子供のうちだとか、実のない人間に従いたい奴なんて居ないとか、耳に痛い話ばかりだったけど。
聞けなくはないのは、それがちゃんと心が育った実のある大人の言葉だったからかね。
黙り込んだおれの頭の上に、ランバ・ラルの固い手のひらが乗って、髪をかき回した――やめろ。それでも撫でてるつもりか。
車は停まっていて、そこはザビ邸の門前だった。
ゆるゆると門が開いていく。
手を振って車から降りる。エントランスまで送るつもりだったらしいランバを抑えて、
「ここで大丈夫です。ありがとう」
澄ました顔で礼を伝える――“ザビ家の末子”として知られてるおっとりとした微笑みで。
ランバが苦虫を噛み潰したような顔になったのを見届けてから、ふはっと笑う。
ほら、お前が手を焼く悪ガキの顔だろ?
「このッ」
「おやすみなさい!」
車から伸びてきた手をヒョイと避けて、今度こそ門の中へと。
振り返らなくても、ランバ・ラルの苦笑いする顔が見えるような気がした。
✜ ✜ ✜
「え? 僕もガーディアンバンチへ?」
“ギレン”の秘書官――残念ながらセシリアさんじゃない――に告げられて、首を傾げた。
狙撃されてからも“ギレン”は精力的に活動を続けていて、今度はデギンパパと一緒に連邦のゴップ将軍に会うんだそうな。
出かけていった先が、ガーディアンバンチ。
連邦でも“モグラ”と称された男を、よくぞ引っ張り出したものだと感心してたけど、よもや、その会談におれまで引っ張り出されるとは予想してなかったわ。
でもまあ、呼んでくれるなら行くさ。ガーディアンバンチ。
連邦軍の駐屯地に入れる機会は、そうないからね。
『キャスバル。敵陣偵察できるけど、どうよ?』
『もちろん行くさ。視ておくに越したことはないからな』
思考波を交わし、秘書官には身支度を整える旨を伝える。
キャスバルとふたりで部屋に飛び込んで。
「キャスバル、一人で着けられる?」
「問題ない」
かねてから用意しておいたそれらを引っ張り出して押し付けておいて、おれも着替える。
連邦要人の前に出るのに相応しく、軍の駐屯地で浮かず、なお且つ好感度高めにって、相当難易度高いよね。
衣装係が用意してくれたのは、さりげないシャドーストライブのグレースーツだった。
シャツは白。ネクタイはあえてのブルーにイエローのドット。靴とベルトはおとなしく黒革で。
対するキャスバルは、細かなヘリンボーンのキャメルスーツ。シャツはやっぱり白。ネクタイはバーガンディーで、イエローのドットがお揃いだった。ダークブラウンの靴とベルトが印象を引き締めてる。
「んん。シャアには見えないよ、キャスバル。困ったな」
「瞳はブラウンにしたぞ」
確かに。用意しといたカラーコンタクトで、その双眸はシャア・アズナブル(本人)と同じペールブラウンになってるけどさ。
なんか、迫力が違う。
眼差しの強さとか、物腰とか。
「……仕方ないなー」
ちょっと座れと椅子に押し付けて、頬と鼻にそばかすを足していく。
白い肌を汚すのは気がひけるけどさ。鼻の頭と頬骨の上に少しだけ色を乗せて日焼けみたいに。
「こんなもんかな」
「へえ。器用だな」
興味深げに鏡を覗き込む様に、ちょっと笑った。
「行こう。そろそろ出ないと」
「ああ。そうだな」
エントランスに二人並んで出ていけば、秘書官はギョッとした顔をして、口を二度、三度開閉してから、ため息を落とした。
「……ガルマ様」
地を這うような低音。だけど、怯むと思う?
「彼は“シャア・アズナブル”です。一緒に連れていきます」
ツンと顎を上げて言い切る。
言い合ってる時間はない。秘書官は肺の中の息を全部出し切るみたいなため息をついた。
「叱られますよ」
「必要だから、仕方がないです」
答えながら、車に乗り込む。キャスバルもとい、“シャア・アズナブル”も続けて乗り込んできた。
これがセシリア・アイリーンなら、何としてでも止めんと立ちはだかっただろうけど、目の前の第二秘書官にはそこ迄じゃない。
何度も息を落としつつも、車は速やかに発進した。
同じムンゾにあるから、そう遠い訳ではないけど、ガーディアンバンチにたどり着いたのは、既に夕刻といった時刻だった。
ゲートからは、軍の車両がお供と言う名の監視でついた。
目隠しされるなんてことはないから、存分に敷地内を観察する。
建物の位置、距離、装備配置に、大凡の人員やあれやこれや。
記憶しつつ、脳内に立体のマップを作成する。そのイメージをキャスバルに投影。
『大体、こんな感じ?』
『ついでにこれもな』
キャスバルからの情報補完で、マップをさらに修整する。
傍からは、初めての軍施設に興味津々の子供達にしか見えなかったんだろう。
たまに行き合う連邦軍兵士達の中には、手なんか振ってくれる奴もいたから、微笑みと会釈で返してやった。
「……! !! !!!」
案内された部屋には、当然、“ギレン”もいるわけだが。
ふぉう。般若面。
戸口まで迎え出てくれたその表情が、壮絶なことになってる。デギンパパとゴップ将軍がいる前で、その顔はアリなの?
拳をぷるぷる震わせながら見下ろしてくる“ギレン”は、フツーに怖い。
背後で、キャスバルの思考波が珍しく揺らいでた。
「兄さま、“シャア・アズナブル”です」
ニコッと笑って紹介する。
“ギレン”は、クワッと三白眼を見開いた。
「……! “ガルマ”!!」
はいよ。
次の言葉を待つけど、“ギレン”は引き攣った顔のまま、名を呼ぶことしかしなかった。
「ごめんなさい、兄さま、駄目でしたか?」
上目遣いに見上げながら聞いてみる。
『おい、火に油を注いでるぞ!』
『むしろガソリンに引火しそーだけど。今のおれは、空気を読まない甘やかされた我儘坊っちゃんだからな!』
『……後の説教は君が受けろよ』
『なに言ってんの。一蓮托生。逃げられるわけ無いだろ、お前も』
そんなやり取りを水面下でしつつ、デギンパパには満面の笑みを。ゴップ将軍には丁寧にお辞儀を。
デギンパパは、ほんの一瞬だけ、面白がるような光を、グラスに遮られた眼の奥に灯した。
「――ガルマよ」
重々しい声。“ギレン”と違って、そこに怒りの気配は無かった。
「ここは遊び場ではない。気安く友人を伴ってくるところではないと、弁えなかったのか」
言葉は厳しいけど、口調は穏やかで、それを聞いていたゴップが、ほんの微かに苦笑を浮かべた。
「……ごめんなさい」
素直に謝る。
「“シャア”はルウムで知り合ったんですけど、今度ムンゾの士官学校に入るんだと云うので――見学がてらいいかなって思ったんです」
もちろん、デギンパパは“シャア”がキャスバルだってことに気づいていて、おれの我儘に付き合ってくれてるわけだ。
「――いや、中々友人思いのご子息ですな」
ゴップの声に、皮肉の気配はなかった。呆れはあるんだろうけど、不快に思うほどでは無いってことか。
「今回は仕方がない。しかしガルマよ、お前もザビ家の名を負うものとして、弁えた行動を心がけねばならぬ。良いか」
「……はい」
「わかれば良い。――申し訳ない、ゴップ将軍。まだまだ幼くてな」
デギンパパの手が伸びて、頭の上に乗った。
促される様にして、改めて謝罪する。
ゴップは、笑顔のままおれを見て一つ頷き、
「いやいや、若いとは良いことです。老いぼれた身には、眩しくも思える」
デギンパパに向き直ってそう答えた。
「それでつい甘やかしてしまうのですよ。――老いてから子など作るものではありませんな」
「末の子と云うのは、ただでさえ可愛く思えるものですからな」
まるで世間話みたいに和やかに話してるけど、どちらも大狸。
親しみの裏で、ピリピリと張り詰めるような緊張は緩まずにあった。
この間、“シャア・アズナブル”は、ひたすら空気に徹することにしたらしい。
席を進められて、ソファに並んで掛ける。何気に“シャア”が“ギレン”から一番遠い席を選んでて、笑いそうになるけど我慢。
ゴップの視線はこちらに向いてるから、一瞬たりとも気は抜けぬのだよ。
ちょいちょい振られる会話は、ときに試すようなものも含まれてるし。
「ご友人はルウムの出身とか?」
「はい。テキサス・コロニーです」
「ああ。あちらは埃っぽいのだったかね? 地球の古き良きアメリカと同じに?」
その物言いは、裏を読めばこうなる。
(紛い物のテキサスは、地球の本物のテキサスと同じように造られているんだろうが、大したもんじゃないんだろう?)と。つまり、遠回しの侮辱であり、おれがそれに気付くか、そしてどう反応するかを知りたいんだろう。
「ふふ。どうでしょう。とても美しいところですよ」
おっとりと笑って、デリカシーに欠ける発言を受け止めつつ、いなす。
「ゴップ将軍は、ピーカンパイをお召し上がりになったことは? テキサスの有名なパイです」
「いや?」
首を傾げるゴップに、殊更に悪戯な表情を作って。
「では、いつか食べ比べてみてはいかがでしょう? アズナブル婦人の焼くピーカンパイは、きっと地球のそれより美味しいかも知れませんよ?」
その返しに、ゴップは目を見張ってから、ペしりと自分の額を叩いた。
古狸は、当然その裏の意味に気づいただろう。
(地球より劣ると侮るな)
ルウムも、ムンゾも。コロニーのすべてを。
いなすまでは予想してたんだろう。だけど、チクリと返されるとまでは思ってなかったのか。
ゴップが向けてくる視線が変わった。世間知らずの箱入りに向けるそれから、幼くとも“ザビ家”の人間に向けるそれへ。
隣に座るデギンパパから、満足そうな気配が。“ギレン”は変わらすギリギリ睨んできてるけどさ。
「そのときには、ご一緒できると良いですな」
「ぜひ。ご案内させてくださいね」
にこやかに朗らかに。決して媚びることなく。
「――なるほど、確かに愛すべき若者だ」
ゴップが浮かべた微笑みは、作られたそれとは違ってた。
少しはお眼鏡に適ったってことなのかな。
「長男は政治家として十全の働きをし、末子は愛される若者とは、貴殿はよくよく恵まれた御仁ですな、デギン殿」
いっそ羨ましそうにすら聞こえる声だった。
デギンパパはちょっと胸を張って、柔らかな声で礼を告げた。
おれ達が到着する前は知らないけど、会談はごく和やかに終了した。
来たときと同じ車で退出する。デギンパパと“ギレン”とは別々だ。
もちろん、帰り道も基地内をつぶさに観察する。人の出入りとか動きとか、その動線はある程度決まってるからね。
『どう、キャスバル?』
『兵舎は2ブロック。中央は管理塔、連隊本部。挟んで反対側に兵器庫、銃器格納庫。事前情報と一致するな』
『ここには一個連隊、3000人が詰めてる。動線はとてもシンプル――少し緩いね』
目を細めて嗤う。
シンプルなのは良い事だ。迅速に動けるなら。だけど、ここの動線は単調で、無駄も多い。
脳内のマップに、引かれる幾筋ものラインに、キャスバルの思考波も嗤ってる。
鮮やかな赤で上書きされるのは、想定した侵入ラインか。
『……良いね。ついでに、こう』
『悪くない』
子供がイタズラ書きに夢中になるみたいに、攻略策を練っていく。
とてつもなく大胆に、緻密に、狡猾に組み立てられたそれらを、大切に頭の中にしまい込む。来たるべきその日の為に。
本当は、いつだって怖いんだけどね。
自嘲が滲むのは仕方ないんだ。
おれは臆病だから、例えば、キャスバルが――未来の仲間たちが、戦火の中へ征くことを思えば、体の芯が凍えるような心地になる。
いっそ、そうなる前になにもかも叩き潰してやりたくなるし。
『……ガルマ』
キャスバルが名前を呼んで、その指でおれの手の甲をとんとんと叩いた。
淵に沈んでいきそうだった思惟が引き止められ、ふっと緊張が逸れる。
思考波の揺らぎに気づいてる幼馴染が、密やかに笑った。
『また、アムロに噛みつかれるぞ』
『……そうだね、ごめん』
『君が不安になるのは、いつだって僕たちのことだからな』
鼻を鳴らすキャスバルを軽く睨む。否定はしない。怖いのは、“お前ら”と、“ザビの家族”が大切だから。
『だが、君の案じる誰も彼もが、君より余程しっかりしてるさ――いい加減に無駄だと気づけ』
『ヲイ』
なんだそれ。そこは慰めるところじゃ無いのか。このおれの扱いよ。
抗議はさらりと聞き流される。
ふーっとため息をついて首を振った。
「……ちょっと疲れたな」
「そうだな」
流石に緊張せざるを得なかったしね。シートに凭れ、重くなる瞼に逆らわずに目を閉じる。
せめてもの意趣返しに、体重をかけて寄り掛かってやったのに、キャスバルの体幹はちっともブレなかった。
毎度ながら、幼馴染が頑強過ぎて悔しすぎるわ。
✜ ✜ ✜
コンコン、と、2度のノックのあと、返事を待たずに扉が開いた。
「ガルマ。ちょっといいかい?」
その声に振り返る。
「わぁ。シャア、久しぶりだね! 元気そうだ」
ニコリと微笑んで答えたけど、なんか違和感が――あ、眼が青い。
パチクリと瞬きして見やる先で、シャア・アズナブルは、普段のキャスバルと寸分違わぬ出で立ちで戸口に立っていた。
「はぁあ〜?」
その唇から素っ頓狂な声が。
やめろよ。お前、顔はキャスバルに似て美形なんだからさ。
「なんで⁉ どうして⁉ 屋敷の人は皆、僕をキャスバルだって……」
「うん。眼まで青いと、ホントにそっくりだね」
近づいて、その顔に手を伸ばす。微かに浮いてたはずのソバカスも消えてるし。双眸に宿る意思の強さも、出会った当初とは桁違いだ。
だけど、おれがキャスバルとシャアを見誤るわけ無いだろ。
「ねえ。どこが違う?」
――そりゃ全部、さ。
よく似てるけど、“似てるだけ”だ。
なんて言えないから、曖昧に笑う。そもそも思考波で繋がってないしね。
「大丈夫。とても良く似てるから」
「……君も間違えるなら完璧だって、キシリアが」
ヲイ。
物凄く低い声が出そうになって、息を飲み込んだ。ちょっと苦しいんだけど。ねえ、シャア、お前、今なんて?
なんで、お前が、キシリア姉さまを、名前呼びしてんのさ。
おれの顔を見て、シャアが一歩後退った。
「……ガルマ? ねえ、ちょっと瞳孔開いてないかな。え? なに怒ってんの? えええ???」
逃げようとするけど、逃がすと思うの?
戸口から引っ張り込んで、壁ドンである。
「ねえ、シャア。なんで姉さまを呼び捨てにしてるのかなぁ?」
「えええええ、そこ⁉ だってキシリアがそう呼べって!」
「姉さまが? あの、誇り高く、孤高の花みたいな、綺麗だけど男を寄せ付けない、あの、戦乙女みたいな姉さまが? ……お前に?」
ズイと顔を近づける。至近で覗き込んだシャアの眼は、薄っすらと涙の膜すら這ってたけどさ。
さて、どう締め上げてくれようか。思案する耳に、駆けつけてくるような足音が。
なんだ。どこかに盗聴器でも仕込んであったか。
「おやめなさい、ガルマ!」
姉さまの声。
あんまり怒ってはいない。ちょっと困ったみたいな。どこか恥ずかしがるみたいな。
――恥じらう?
姉さまが、なんで?
「た、助けて、キシリア!」
「姉さまを誑かしたのか⁉」
「ガルマ!」
どうどう、と、引き離されるけど、おれ馬じゃないよ、姉さま。
「落ち着きなさい、ガルマ。その子の面倒を私がみてるのは知ってるでしょう」
「知ってます! 知ってますけど、でも呼び捨てなんて……」
家族以外には冷徹と評される姉さまが、新参者のシャアに名前呼びを許すなんて、それって“トクベツ”ってことじゃないか。
唇が尖る。
なんだか、姉さまを盗られる気がする。いやもう盗られてるのかも知れない。
――キャスバルならいざ知らず、シャア・アズナブル如きに。
いや、シャアが悪いっていうより、キャスバルくらい超人なら納得しても良いとか悪いとか……。
グルグル唸るおれを、姉さまがそっと抱きしめた。
「しょうのない子ね。いつまでも甘ったれで」
「だって」
ザビ家はおれの“テリトリー”だ。領域侵犯は許しがたい。
「お前はシャアが嫌い?」
「…………嫌いじゃないです。友達だし」
そう。今生での友達の枠に入ってはいるんだよ。
「ガルマ!」
なんかシャアが眼をキラキラさせてこっちを見るけど、それとコレとは別だからね。
ギロリと睨めば、うっと仰け反った。
フフフ、と、姉さまが柔らかな息で笑う。こんなキシリア・ザビを知ってるのは、家族だけで良いなんて思ってたけどさ。
「…………姉さまが許してるなら、僕がどうこう言うことじゃ無いんでしょうけど」
自分でも拗ねてるとわかる声だった。
「良いですよ――ただし」
切り出したおれに、姉さまは面白がるような視線を向け、シャアはゴクリと喉を鳴らした。
「僕よりいい成績を叩き出してよね」
その条件に、シャアが眼を見開いて叫ぶ。
「無茶振りだ!」
「無茶じゃない。キャスバルの成績を抜けとは言ってない」
オールSAとかは求めてないんだから、有り難いと思うが良いさ。
姉さまはとうとう声を上げて笑いだして、シャアの背中を叩いた。ちょっと親しげ過ぎませんかね?
「頑張りなさいな」
「キシリアまで!」
また呼び捨てたな。こめかみをヒクつかせつつも、姉さまから離れて、シャアを抱きしめる。
「メッセージは送ってたけど、改めて。ムンゾ大学入学おめでとう、シャア。君ならできるって信じてた」
元は中の下の成績でしかなかったお前が、あの家庭教師の手で、ビシバシ鍛えられてたのは知ってる。
あのセンセー、やる気を見せればどこまでも伸ばしてくれるけど、そうじゃないとまるっと放棄するヒトだからね。
ハイスクールを一年スキップして、ムンゾ大学に入学を果たした。それって、お前が物凄く頑張ったって証拠だし。
「ガルマぁ」
シャアの手が背中に回って、ギュッと抱き返された。
「そんな情けない声。キャスバルなら絶対に出さないよ」
フンと鼻を鳴らしてやって、それから、努めて晴れやかに笑う。いつまでもシャアをオロオロさせとけないし。
「ひどいな!」
「ホントのことさ。でも、まあ、皆が惑わされるくらいには似てるよ。及第点はあげる」
そんなおれたちに、キシリア姉さまはひとしきり笑って、仕事があるからとひとりで帰っていった。
去り際にシャアのカフスボタンに仕込まれてた盗聴器を返せば、「目ざとい子ね」と頬を抓まれた。いてて。
二人きりになってから。
「……ガルマ、例の研究所に行ってきたよ」
お。フラナガン機関か。
パズルに込められてたメッセージを読み解いて、姉さまに頼み込んでくれたらしい。
「残念ながら、現時点では僕はニュータイプじゃ無いって言われちゃった」
シャアが苦笑する。
――まあ、そうかもね。想定内だけど、確かに残念ではある。
「そうか……とても少ないみたいだからね」
「ああ。研究所にも、候補を含めてもまだ5名しか特定できてないって」
「それ、君が聞き出したの? 凄いな!」
「ああ。博士が教えてくれた」
ふぉう。やるじゃないかシャア・アズナブル。大方、姉さまの連れって事で口が軽くなったんだろうけど、それにしたってね。
「会えた?」
「直接は会えなかったけど、ガラス越しに見た」
「子供だった?」
「いいや。僕たちより少し年上だったかな」
ふむん――先達ってやつかな。
もともとフラナガン機関自体は、本来なら一年戦争開戦後に発足した筈のものを、“ギレン”が前倒しで姉さまに立ち上げさせたものだ。
だから、その人員も、いつかの時間軸のそれとは異なるんだろう。
そんなことを思ってたら、シャアが少し眉を寄せた。
「ジオン・ズム・ダイクンの思想では、ニュータイプはスペースノイドから自然発生する、“新しい人類”ってことだけど、見た感じは普通だったな」
その言い分に、パチクリと瞬く。
「そりゃニュータイプだからって、角が生えてたりはしないだろうさ」
「そうなんだけどさ……」
言い淀むシャアに首を傾げる。とくに急かさずに言葉を待てば、そのうちに整理がついたのか、ポツポツと話し始めた。
「博士の話じゃ、ニュータイプは“サイコウェーブ”ってのを発してるらしいよ。それによって空間や他者を認識し、言葉に寄らない会話さえできるって――だけど、その発現には、強い衝撃やストレスが関わっている可能性が極めて高いってさ」
例えば、生命を脅かされるほどの危機的状況や、心理的圧迫、極限状態での緊張等が、素養を持つものをニュータイプに覚醒せしめるのだと、フラナガンは想定してるってことか。
そして、それを人為的に行うことで、ニュータイプを作り出すことさえできると。
シャアの話を要約すると、そういう事になる。
フラナガンの野郎。既に“強化人間”の構想練ってるじゃねぇか。
これは“ギレン”への注進は必須だ。釘どころか杭を打ち込んどいて貰わんとね。
「僕は好きになれないな、あの人。ニュータイプたちを見る目は、同じ人間を見てるように思えなかったし!」
憤慨するシャアを抱きしめる。
「……ニュータイプも同じ人間?」
「当たり前だろ! 君の言ったとおり、角も尻尾も生えてやしなかったよ‼」
「最高だ! シャア、君は優しいね」
ぎゅうぎゅうと抱きつく。
「なんだい、いきなり」
意味がわからない、なんてボヤきながらも、宥めるみたいにポンポンと背中を叩いてくれる。
「君は、ホントに良い男だよ――……だけど」
「だけど?」
抱きつく腕に力を更に込めてギリギリと。
「姉さまと仲良くするつもりなら、僕を踏み越えて行くんだね!」
「ええ⁉ そこに戻るのか⁉」
「戻るとも!」
今日からおれは猛勉強だ。
オールSAまでは行かずとも、8割以上は獲得してやるさ‼
そこからの一年は、キャスバルに呆れられ、“ギレン”に訝しまれるほど、必死に勉学に励んでやった。