タチを中佐に上げた。専ら、情報部の長に据えたキリング中佐とのかねあいである。
「本当に昇進することになるとは……」
タチは、喜び半分、戦慄半分と云った様子だった。まぁ、位階が上がれば責任も重くなる。戦慄の理由は、そのあたりのことだろう。
「嬉しくないのか」
微妙な口調に、そう訊ねると、
「嬉しさ半分、面倒くささ半分、って云うところですね」
と云う率直な言葉が返ってきた。
「あれでしょう、私の昇進は、どうせキリング中佐を情報部の長に据えるから、その対抗上、と云うことなんでしょう」
「よくわかっているじゃないか」
そう、キリングと云う男を、ムンゾ軍情報部の長に据える人事が確定したのだ。
キリング自身、問題のありそうなタイプではあるのだが、少なくとも、情報部を統括者もないまま野放しにしておくよりは、暴走しそうな男であれ、束ねがいた方がましなのではないかと考えてのことである。
まぁ、問題を起こせば、これ幸いと切ってしまえば良いのだ。タチを昇進させたのは、万が一の時に、“鳩”と情報部、両方を統括させる布石でもある。無論、その時にはさらにひとつ位階を上げ、今のタチやキリングの位置には別のものをつけさせることになるだろうが。
タチは、深々と溜息をついた。
「あんたの考えることなんて、どうせそんなところでしょうよ。――手綱は取れるとお思いで?」
「さてな」
原作軸のギレン・ザビとはそれなりに相性が良さそうだが、何しろこちらは贋者である。諜報機関を抱えるのは吝かではないが、そう云う連中は往々にして、上司にすら情報を隠匿するきらいがある。
情報の隠匿は許さないと、タチには常々云っているが、キリングがそれをきちんと聞くかどうかはわからない。もちろん、聞かぬのならば即処分だが。
「私としては、キリング中佐に情報部を任せるのは、若干不安を感じるんですがね」
「わかっている」
ああ云うタイプは十中八、九、何がしかの“やらかし”があるだろう。
だからこそ、その後始末要員として、タチを中佐に上げたのだ。
「情報部にいる“鳩”はあるのか」
「流石にそれは……ただ、うちと向こう、両方の協力者を兼ねているのは何人か」
その動向を押さえておけば、多少は様子がわかるでしょう、と云う。
「可能なら、今からでも“鳩”を入れるか、あるいは何とか籠絡して内情をリークしてくれる要員が欲しいものだが」
とは云え、キリングを情報部のトップに据える時に、一緒に“鳩”を送りこむのが悪手であるのは理解していた。諜報機関などと云うものの連中は、恐らくキリングの存在すら、あまり好ましくは思うまい。であれば、それと一緒に編入されてくる他の士官に対しても、はじめから懐疑のまなざしを向けるだろうことは、想像に難くなかった。
そう云うまなざしを向けられるとわかって“鳩”を送りこむよりは、キリングに対する不平分子、あるいはそもそも情報部の中心から外れたもの、などを取りこんだ方が、話が早いし、周囲から警戒もされ難いだろう。
そのあたりはタチも同意見のようで、
「それくらいなら、“内通者”を探しますよ」
と肩をすくめられた。もっともな話である。
「まぁ、われわれとしては、“風通し”が良ければ、手段はどうでも構わんが」
「そうですね。まぁ、今の情報部ですと、キリング中佐がトップに就くことを歓迎しない輩は一定数いそうですから、“協力者”を探すのも、そう難しくはないでしょうがね」
「まぁ、聊か問題はありそうだな」
「なかなか尻尾は出さんでしょうがね」
そう云えば、と思い出したように云う。
「キリング中佐、早速ガルマ様にちょっかいを出したようですよ」
「ほう」
それはそれは、よもや、タチと微妙な仲だと云われているらしい“ガルマ”を取りこんで、自分こそが諜報部門の長になろうと云う腹づもりであるものか。
――“ガルマ”は、そもそも自分が気に入った以外のスパイの類には、かなりあたりがきついのだがな。
ある意味では、タチに対する態度など、まだまだ可愛い方である。
“糸”なるものを駆使して企んでいた“ガルマ”を、キリングごときがどうこうできるとも思われぬし、また、気に入って手を組むとも思われないが――“かかる火の粉を払う”などと称して、“ガルマ”がキリングとやり合うことにでもなったなら、まわりが大被害を受けることになるだろう。ストッパーは無理としても、多少の重石は欲しかった。
「――“ガルマ”につけた、例のフォルタ中尉はどうした」
いかにもスパイな青年――青年と云って良いのだろうか――の名を口にすると、タチが微妙に渋面になった。
「残念ながら、碌なことをしていませんよ。ガルマ様とつるんでないだけマシ、と云ったところでしかありませんね」
「そんなか」
「えぇ、そんなです」
まぁ、それでもきちんと情報は上げてくるので、こちらとしても強く云えない部分はあるんですが、と云う。
聞けば、ファム・ヴァン・ロンの弱みやら、その副官たちの“火遊び”やらを収集しているらしい。
「あのファム中佐に、握られるような弱みがあるのか」
そこに一番驚いた。
筋金入りのジオニストだと云う話を聞いていたし、実際、“ガルマ”の上につけると云う話を内々にした時も、ザビ家の力にも、“ガルマ”と云うある種 の“玉”の存在にも、ほぼ心を動かされぬ風であったので。
タチは、ひょいと肩をすくめた。
「まぁ、人間、誰しも握られたくない弱みのひとつやふたつ、あるものなんですよ」
閣下にもあるでしょう、連邦のどなたかとの関係やら、と云われるが、ゴップやブレックス・フォーラとの関係は、別にそこまで問題視されるものではないはずだ。
「わかりませんよ、何にでも、勝手に意味合いを見出すことはできますからね」
「金や何かが動いているわけでもないのにか」
「簡単な約束でも、“密約”なんて云ってしまえるんですよ」
「……」
確かに、それはそうであるのだが。
ともあれ、
「フォルタ中尉は、ある意味優秀なのだな」
「えぇ、そうですよ。だから厄介なんじゃありませんか」
と云うが、今この時は、もしかすると都合が良いのかも知れなかった。
「――フォルタ中尉に、キリングを探らせることはできるか」
「できなくはないですがね、奴は“鳩”だと知れていると思いますよ。警戒されませんかね」
「だが、お前と微妙に齟齬があるのも知れているのではないか?」
「……まぁ」
「それなら、キリングに接触しても、お前に不満のある“鳩”と目される可能性はある。それに、フォルタ中尉に気を取られれば、お前が情報部内に協力者を求める作業もやり易くなるのでは?」
「……正直に云いますと、その可能性は否定できません。フォルタ中尉は小賢しいところがありますからね。キリング中佐が、それを私が嫌うだろうと考える可能性は高いです。まぁ、キリング中佐が目を取られる可能性も高いですね」
「なるほど、それならば、“ガルマ”にフォルタ中尉をつけたのも意味があったと云うことか」
「まぁ、そう云えなくもないですね」
あのフォルタのことですから、既にキリング中佐に接近している可能性もありますよ、と云う。
「なるほど、優秀だな」
「あれで、あの性格でなければ良かったんですけどね」
深々と、溜息。
が、こちらは使えるなら何でも良い。それに、直接の部下ではないから、そう云う意味でも気楽である。
「――ところで」
タチが表情を改めた。
「少々、ザーンが不穏なことになっているようです。あちらにやっているものたちから、連絡方法を変えたいと云う話が参りました。それも、暗号通信だったのですが」
「他サイドへの通信も、ザーン当局に睨まれる可能性が出てきたと?」
「残念ながら」
頷きが返る。
「既に、ザーン当局指定のポート以外での、他サイドとの通信は遮断されたとのことです。内部では、物流の中で、信書への検閲がはじまっているそうです。他サイド宛の荷物も、一度開封されている可能性があります」
「訪問時、既に報道規制はあったようだからな。それが、個人の手紙や通信にも及んできたか」
「そうですね。信書の検閲やSNSなどの発信内容によっては、監視がつくこともあるのだそうで」
「そのものは、ザーンに留まって大丈夫なのか」
「一見してわかるような政治活動も、政治的言動もありませんからね。かれらは問題ありませんよ。ただ――」
「ただ?」
「ザーンで会った学生たち、かれらは少々拙そうです」
云われて思い出す。
フィオレンティーノ・マガバン、ヤン・アンデシュ、マガバンの下で徒党を組んだ若者たち。
元々、当局に睨まれているとは云っていたが、それが遂に暴発したか、あるいは完全にマークされることになったのか。
「何かやらかしたか」
「それはまだです。ただ、マガバンと一部の学生たちが、政府や連邦関連の施設を襲撃する計画を立てているようで」
「……まぁ、そうなるだろうな」
若さは力であるが、それに伴って無謀さも付随してくるものだ。つまりかれらは、その無謀な熱情に従って、行動を起こそうとしていると云うことか。
「ああ云う連中は、どうしても情報が足りないからな……」
ムンゾ軍総帥と云う立場であっても、すべての情報を拾えるわけではもちろんない。況してや、閉鎖的なザーンの、しかも地下に潜むような学生たちに於いておや、である。
「どうされますか」
タチが問いかけてきた。
「どう、とは?」
「かれらを気にされていたようなので。保護でも致しますか」
「いや」
その問いには首を振る。
「ひとりふたりならまだしも、あの人数をまとめて保護などできまい。それに、多少は痛い目を見なくては、ああ云う連中は慎重になったりはしないものだ。やらせておけ、何かあっても自業自得だろう」
「まぁ、そうですね。“鳩”に余力があるわけでもありませんし」
「それくらいなら、ザーンの政情について、少しでも情報を送って欲しいからな。そちらを優先しろと伝えてくれ」
「は」
「――しかし、これでまた、“ガルマ”の予測が実現化に近づいてしまったな……」
――戦端は、ザーンで開かれるよ。
あの言葉が耳朶に甦る。
ザーンの情報統制、学生たちの不穏な動き、そして、ある意味駄目押しとなりそうな、ドズルとゼナ・ミアの婚約に対する、ムーアでのお祭り騒ぎ。
さて、どれが最後のトリガーを引くことになるのだろうか。
「やはり、ガルマ様は恐ろしい方ですね……」
「ああ云うことにかけてはな」
役には立つが、敵に回せばこれほど恐ろしい相手もないだろう。
ともあれ、その予測と、構築された情報網が有益であるのは間違いなかった。
開戦は近い。確実に近づいてきている。
「引き続き、ザーンの状況については、随時報告せよ」
そう云えば、タチは、
「承知致しました」
と頷いてきた。
ドズル、キシリア、マ・クベ、アンゼルム・カーマン、それにサスロを密かに呼び出した。タチとの会話から数日の後のことだ。
極秘会議だ。議題はもちろん、火種であるところのザーンの現状と、今後の方針についてである。
「われわれがおりまして宜しいのですかな」
痩身の老将――アンゼルム・カーマンが、細く整えた口髭の端を捻りながら、薄く笑った。
この老将は、なかなか広い人脈を持ち、また、政治感覚もそれなりに優れていると聞いている。実際、人脈が広い割には派閥を作るでもなく、飄々と軍務にあたっている。その目の鋭さと、時折聞こえてくる浮いた噂の数々さえなかったなら、世捨て人じみても見えただろう。
狸、と云う声も聞くが、どちらかと云えば蝙蝠のようにも思われる。不偏不党と云うよりも、その鷹のような目で、いつも情勢をじっと見つめているような。
「構わん。と云うよりも、今後の軍の方針に関わることだ。貴官らにも聞いておいてもらわねば、説明は二度手間になる」
「……サスロ殿がおられるのは」
微妙に不満げな――カーマンの存在故だろう――マ・クベが、そのように指摘してくる。
「ムンゾの財政について、説明してもらわねばならんのでな。そのあたりは許せ」
そう云ってやれば、マ・クベ、そしてカーマンも、微妙な表情ながら頷いた。
「と、云うことは、遂に開戦、と云うことですかな」
マ・クベが、茶器――軍の備品であるから、丈夫さ優先のマグカップである――を玩弄しながら、呟くように云う。
「まだ、兆しがある程度のことだ。だが、この面子には、可能性が高まっていることは認識してもらわねばならん」
そうして、“伝書鳩”の報告などを説明してやると、キシリアが深く溜息をついた。
「ザーンが不穏だとは聞いていたけれど、ここまで切迫していようとは思わなかったわ」
「残念ながら、ドズルとゼナ・ミアの婚約が、多少状況を後押ししてしまったところはあるようだな」
と云えば、ドズルは赤くなったり青くなったり、忙しく顔色を変えた。
「お、俺は別れんぞ!」
「そんなことは要求しない」
サスロが呆れ気味に云った。
「それに、事態はとっくにその向こうに進んでいる。ただでさえ孤立気味のザーンが、この後どう出るか、だが」
「連邦は、ザーン駐屯部隊を増強していると、専らの評判ですからな」
カーマンが頷く。
「ザーン内部の状況はわかりませんが、ムーアの報道などを見ても、圧政とまでいくかは知りませんが、抑圧的な内政であることは間違いありませんな。最近ですと、他サイドへの渡航も条件がかなり厳しくなっているのだとか」
マ・クベが薄く笑った。
「――流石は情報通でいらっしゃる」
「わしは、おツムの方はさほどでもないのでな」
「ご冗談を」
うそ寒いような会話である。
――これだから、謀将同士の会話と云うものは。
心温まる会話をしろとまでは云わないが、せめて冷気くらいは消してほしいものだ。
「――で、いよいよ戦いが近いと、そう云うことかしら」
キシリアが、その冷気を払拭しようとするかのように、口を開いた。
「そうだな、そう考えておいてほしい」
無論、戦争は起こらないのが最上だが――どうやっても回避できないことはある。
であれば、次は起こった後のことを考えるのが、次善の策――いや、今となっては最善の策なのだ。
「例のサイド7の騒動を考えても、連邦軍、あるいは政府の中にも、戦争をと望む輩があるのは確かなことだ。その後ろに、どれほどの商人たちが列をなしているのか、想像もつかんほどだな」
戦争は、大概“死の商人”どもとセットになってやってくる。かれらは、意図的に戦争を起こさせずとも、軍や政府に齧りつき、敵味方なく骨までしゃぶり尽くすのだ。
「それに、軍が踊らされている、と云う構図ですかな」
「それだけではあるまいよ。連邦にも、タカ派は少なからずおるだろうからな」
「踊らされる輩も、自ら踊る輩もあるのだろうな」
戦争の原因など、ひとつだけと云うことはあり得ない。互いの“正義”がぶつかり合い、そこに様々な利権が絡んで、小さな川が大河へと流れこむように、戦争と云う大きなものに帰着するのである。
「で、どうなさるおつもりですか、総帥?」
キシリアの口調は、兄妹と、上官と部下の中間くらいのものだった。
「もしもザーン、あるいはムーアで有事があったとして、ルウムの時と同じにはできないわ。それは、よくおわかりのはずね?」
「もちろんだとも」
流石に、ドズルをムーアのために出すわけにはいかない。ドズルは、ムンゾ国軍の実質的な総指揮官である。こちらが政治に片足を突っこんでいる分、原作よりも軍内部でのウェイトはドズルが重くなっている。
それに、そもそも少将と中将では、責任の重さもかなり違ってくる。未来の妻の故郷だからと云って、ムーアにドズルを派遣するわけにはいかないのだ。
「とは云え、誰かしらに部隊をつけて派遣することにはなるだろうな。人選はその時考えることにするが、慎重な人間を選ばなくてはなるまいよ」
間違ってもガルシア・ロメオや、あるいはロバート・ギリアムのような人間をやるわけにはゆかぬ。キリングなどは論外である。
「その時には、なるべく穏健なのをやってくれないか。無闇に雪崩れこまれては、財務も融通が難しくなる」
「もっともなお話ですな」
サスロの言葉に、カーマンが頷いた。
「武功に逸る輩を外に出して、碌なことになった例がありません。この老骨を出して戴いても結構ですぞ。マ・クベ殿には、別に相応しいお役目がありしょうからな」
その言葉に、当のマ・クベは薄い笑みを浮かべただけだった。
「しかし――本当に、ザーンでことが起こるのか?」
ドズルが首を捻った。
「起こるでしょうな」
マ・クベがこれに返す。
「私の耳にも入って参ります。ザーンは、情報統制も厳しく、反連邦派のものたちは、息をひそめて暮らしているのだとか。もちろん、ザーン全体で何かが起こるとは考えにくいですが、内圧によって、どこかが綻びれば、そこから不満が噴出し、暴動に発展する可能性は非常に高い」
骨ばった指が、指揮棒のように宙に曲線を描いた。
「そう云うものは、枚挙に暇がない。旧世紀末で云えば、東欧の共産圏の崩壊や、天安門、香港、タイなどの“民主化運動”とやらですな」
「後者は失敗例かね」
「えぇ。ですが、失敗もまた予兆なのですよ。つまり、世界は変革されようとしていることを表していたのです」
「まぁ、永遠に続く繁栄がないように、永遠に続く圧政もないからな」
「どんなものもいずれは終わる――それまでに、どれほどの血が流れたとしても」
「――だが、われわれとしては、連邦との“関係”を、ずるずると長引かせるつもりはない。そこに流血が伴うのであれば、なおのこと」
そう云ってやると、カーマンが片頬を歪めるように笑った。
「そのおっしゃりようは、連邦と完全に袂を分かつようにも取れますな」
「冗談だろう」
そんなリスクしかないことなど、するわけがない。
それに、
「完全に袂を分かつなど、コロニーには元より不可能だ。この面々であれば、重々承知したことだと思っていたが」
ちらりと老将を見やると、カーマンは苦笑して手を振った。
「愚昧なものどもは誤解しかねない、と云うことですよ。まさか、われわれに限っては、そのように取ることなど考えられませんな」
「――しかし、相手があることです、こちらがこう決めたからと云って、向こうがそれに乗ってくるとは限りますまい」
「それについては、多少の“あて”はある」
そう云ってやると、智将ふたりは面白そうに頬を緩めた。
「なるほど、では、くだくだと申し上げることは致しますまい」
「閣下の“あて”と云うと、あのあたりですかな」
「多分、貴官らの察したとおりだろうな」
ゴップ、あとは、ブレックス・フォーラがどう動いてくれるかである。どちらも連邦議会にも影響力がありそうなので、そのあたりで軍に圧力をかけてくれぬものか、と云う甘い考えもある。
「まぁ、“あて”が本当にあてになるのかは不透明だが、働きかけを何もしていないよりはましだろう。外交努力を放棄しては、後々碌なことにならんからな」
いざ停戦協定を、となった時に、交渉相手が存在しないでは話にならぬ。
「その上で、そろそろ戦時体制に軍を持っていかねばならんのだが」
「それなら何故、キリングなんかに情報部を任せたの」
キシリアの声は、多分に批難を孕んでいた。
「ガルマにあの男がちょっかいを出していると聞いたわ。良からぬ誘いをかけているそうね。あの蜥蜴のような男を野放しにしておくつもり?」
そう云う口調は、まるっきり“ガルマ”の姉、そしてこちらの妹としてのものでしかなかった。
「これは布石だ、“キシリア少将”」
この場がどのような場かを、やんわりと指摘してやる。
兄妹だけしかいない場ではないのだ、あまりに感情に走ったことを云えば、謀将ふたりに軽く見られるだけである。
「何、キリングについては野放しにしているわけではない。むしろ、情報部そのものを野放しにしないために、あの男を配置したのだ」
「では、やはり閣下は、情報部をご自身で掌握なさるおつもりか」
マ・クベが薄く笑って、そう確認してきた。
「あやつの失態待ちと云うことですかな」
カーマンも、顎を撫でながら云う。
「キリングと情報部の失態を待って、タチに諜報部門全体を統括させる気か!」
ドズルの言葉に、キシリアは細い眉を跳ね上げた。
「にしてもだ! それならばそれで、何故、さっさとタチ中佐にすべてを任せない? キリングに情報部を与えたところで、まともな働きができるとは思われん!」
「情報部の連中には、一度痛い目を見てもらわねば、“伝書鳩”配下に組みこまれることを良しとはするまい?」
諜報部門の一本化は必要なことではあるが、何某かの“正当な理由”がなくては――併呑される方としては納得できる“理由”が欲しいところだろう。
「そのために、ガルマを犠牲にしようと云うのか!」
「犠牲になるようなタマではあるまい」
と云うのに、サスロとマ・クベは頷き、ドズルはまなざしを逸した。
カーマンが、面白そうに笑いをこぼした。
「噂はいろいろお聞きしましたが、ガルマ様はそこまでの方ですか」
「……あれでなかなかやる」
サスロが云い、
「閣下のお言葉も尤もだと思われるような方ですな」
マ・クベが薄く笑った。
「お前たちの目は曇っている!」
キシリアは怒鳴るように云ったが、ドズルはやはり無言で明後日の方を向いた。
「なるほど」
カーマンは笑った。
「では、何があろうと、ご自分のことは何とかできる、と云うことで宜しいのですな。それならば、われわれとしても話が早いと云うものだ」
「概ねそれで間違いない」
頷いてやるが、キシリアはまだぎりぎりと歯噛みしたままである。
「情報部については、タチに任せてある。キリングが尻尾を出すか、情報部員か反逆するか、いずれにしても、この機会に情報部の手綱を取ってしまいたいのでな。――それよりも、問題はザーンと連邦軍の出方だ」
「ザーンの内部だけで済むようならいいが、ムーアに飛火するようなことがあれば、いよいよと云うことになるでしょうな」
サスロが眉を寄せた。
「ルウムが端緒となるならば、割合近いと云っても良かったが、ザーン、あるいはムーアとなれば、こちらからは距離もある。正直に云えば、あまり良いとは云えないが」
「ルウムとて、月の裏側にあたりますからな、グラナダやフォン・ブラウンを中継できるだけまし、程度のことでしょう」
「サイド7でないだけ良かった、と云うべきかな」
例の“UNKNOWN”のことを思い浮かべながら云えば、カーマンとマ・クベが苦笑した。
「そう云えば、あれこそガルマ様でしたな」
「まぁ、一応ガルシア少将、いえ、准将が指揮官と云うことになっておりましたが」
「……そもそも偵察を命じたのは私だが、連邦は、よくあれで“ガルマ”の云い分を信じたものだ」
ムンゾから最も遠いサイドまで出向いての大捕物に、“海賊嫌いなので”と云う理屈で押し通せたものだと思う。
マ・クベが微笑した。
「そこは、ガルマ様の誑しぶりのお蔭と申すべきところでしょうな」
「あぁ、ワッケインとか云う向こうのか」
「確かに、例の“暁の蜂起”からの付き合いだとか」
「あれのことだ、そこまで考えてのことではあったろうが――肝を冷やしたところではあったな」
と云うと、謀将ふたりや“弟妹”にも笑われた。
「何をおっしゃるやら」
「閣下のように肝の太い方が、そのような」
「それは誰も信じんだろう」
残りふたりも生ぬるく笑うばかりだ。
――解せぬ。
こちらは相当にチキンなつもりでいると云うのに――それともあれか、“ガルマ”の“怖がり”と似たような扱いをされていると云うことなのか。
皆の顔を見回すが、いずれも冗談を云っているつもりはなさそうだった。
――まぁ、仕方ない。
主観と客観は違ってくるものなのだ。
それよりも、
「……そろそろ、具体的な方針について話し合いをはじめても?」
途端に表情を改めるのは、流石と云うべきか。
テーブルに資料を広げると、対連邦の布石について、話を切り出した。
「――フォルタ中尉が暗躍しております」
苦り切った顔で、タチが云った。
「おや、想定内かと思っていたが、違うのか?」
“弟妹”や謀将たちとの話し合いから数日後のことである。
トール・フォルタは、見た目に違わぬ“働きぶり”で、既にキリングの懐に入りこんでいると聞いていた気がするのだが。
「想定はしていましたが、ガルマ様とやり合いかけたと云うのは、想定外もいいところですよ!」
あの方には、下手にちょっかいを出すなと、あれほど、しつこいくらいに周知徹底したはずなのに! と叫ぶのに、リュズギャル中尉か苦笑した。
「フォルタは、何と云うか、少々自信過剰なところかありますしね。“鳩”の同世代では、確かに頭ひとつ抜けていましたから、気持ちはわからぬではないのですが」
「以前、あれが“鳩”をノイローゼにしかけた時は、フォルタ中尉はまだ所属していなかったのか?」
子どもたちのプレゼント(ダミー)に小麦粉爆弾、のことを思い出しながら云うと、タチは首を振った。
「おりませんでした。あの直後に、欠員補充で入れたのです。ついでに申し上げますと、あの後、閣下がザビ邸を出られた時に、ガルマ様に場所をリークしたのは、どうやらフォルタ中尉だと云うことのようです」
「何」
流石にそれは聞き捨てならなかった。
「ほう、あれに情報を流したのがフォルタ中尉だったと」
覚えず声が低くなる。
リュズギャル中尉は顔を強張らせたが、タチはある意味平然としていた。
「いくらガルマ様でも、協力者なしにああ云う真似はできなかったでしょうね。――あの時期のフォルタが、“鳩”に配属されて日が浅かったことを考えると、その優秀さは比類ないと云えるでしょう。まぁ、優秀さの無駄使いのような気も致しますが」
今もガルマ様に接近中だそうですから、一度よく揉まれてくれば良いんです、と云う。
「あれに、フォルタ中尉が揉めるかな」
「あの方以外に、誰がフォルタをどうこうできるとおっしゃるんです」
既に、キリング中佐ですら手玉に取られているそうなのに、と云う声は、嘆きのようですらあった。
「と云うか、“ガルマ”にしか揉めんのならば、その方が凄いような気もするが」
タチを辟易させ、キリングを手玉に取った挙句、どうにかできそうなのが“ガルマ”だけ、とは。
「まぁ、フォルタが連邦軍に入っていなくて良かった、としか云いようがありませんね。ガルマ様の情報戦略も凄いですが、フォルタはフォルタで、完全に敵に回すと面倒ですからね」
「それは確かだな……」
“ガルマ”との関係や何かは一旦措いて、確かにフォルタは有能であるには違いないのだ。もちろん、敵に回ったとしても、最終的には“ガルマ”がどうにかできるだろうが、恐らく非常に面倒なことにはなるだろう。ムンゾ側にあれば、かき回されるのは仕方ないが、少なくともこちらの作戦を潰しにかかってくることはないはず――はず、と云うのが恐ろしいところだ――なので、それを阻止する手間だけは省ける。
「まぁ、キャスバル、“ガルマ”一党をどうにかするのと、どっちこっちと云えなくもない気はするが」
「人数が多くてネットワークが広い分、あちらの方が圧倒的に厄介ですからね」
「しかし、ひとりなら小回りがきくのではないか」
「確かに、われわれの情報網も使えば、ガルマ様と遜色なくやり合えるかも知れません」
「……どちらも酷い云われようですね」
リュズギャル中尉は、苦笑と云うか、苦笑するしかないと云いたげな顔になった。
が、こちらとタチの返答は一択である。
「お前も、あのふたりに振り回されてみればわかる!」
まったく、タチのこの言葉に尽きるのだ。
「碌なことをせんふたりだと云うことだけは、再認識したな」
フォルタの第一印象は、残念ながら覆らなかった、と云うことだ。
「そんなにですか……」
優秀なんですけどね、と、やや呆然と、リュズギャルが呟く。
フォルタに肩入れしたいらしいリュズギャル中尉には悪いが、そこはまったく譲れるところではない。
「そう、その優秀なフォルタからタレコミです。ガルマ様が、またぞろ何か企んでおられるご様子だそうで。ガルシア艦隊所属の折に知り合った、マリアン・アン少尉に接触しています」
「あぁ、女装男子だとか云う」
所謂“男の娘”と云うものなのだそうだ――まぁ、太古の昔から、LGBTQとやらはいたわけだから、宇宙世紀にいたところで何の不思議もないわけだが。
「それがどうかしたのか」
地球からの帰還時、女装してきた“ガルマ”である。大方、そちら方面の技術を学ぼうと云うところではないのか、と云うと、盛大に顰め面をされた。
「あれ以上ですか? それに、フォルタ曰く、ガルマ様がレクチャーされているのは、キシリア少将風の顔の作り方、だそうですよ」
「何」
キシリア風とは、確かに不穏だ。しかも、“キシリア”ではなく“キシリア風”とは。
まぁ、顔を似せたところで、身長差がある――原作どおり、“ガルマ”の方が低い――ので、キシリアの変装姿に間違われることはない、と思いたいが――
「あの方が何を目論んでおられるかはさっぱりですが、碌なにおいはしませんでしょう」
「確かにな」
触れたくはないが、放置すると大変なことになりそうな、そんなにおいしかしてこない。
とは云え、まだ何もやらかしていないのに、難癖をつけて罰するわけにもいかなかった。法治国家であると云うことは、時に面倒なところもある――まぁ“ガルマ”のように、それでも法を乗り越える輩はあるものだが。
「ともかくも、フォルタ中尉には、引き続き“ガルマ”の監視をさせよ。まぁ、監視役も暴走しかねんからな、そのあたりのフォローも頼む」
「もちろんです。私だって、徒に仕事を増やすつもりはありませんからね」
タチのセリフに、リュズギャル中尉がまた苦笑。
「本当に、この時期に情報部をどうにかしようなんて考えないで戴きたかった――私の仕事が増えるばっかりじゃありませんか」
「それは済まなかった。“鳩”がいるので情報部が野放しだったのを、思い出したのだが最近でな」
そもそも原作軸ですら、情報部は影が薄かった。情報部長かいるかどうかすら、原作を見ても、Wikiのようなものを検索してすら、ほとんど出てこなかったくらいなのだ。作中で戦慄とともに語られていた“キシリア機関”は憲兵や特高のようなものだったし、純粋に諜報部門と云うものは、原作軸では見かけなかったのだ。
「まぁ、有事になってから翻弄されるよりは、今のうちにどうにかできそうな分だけまし、と思ってくれないか」
「まぁ、連邦とやり合いながらと云うのは、確かに厳しいでしょうけれどね!」
それにしても、と云いたい風な口調である。
「まぁまぁ堪えてくれ。――それで、ザーンの様子はどうだ」
そう問うと、タチの表情は改まった。
「まだ、完全に封鎖はされていませんね。協力者も、逐次報告は難しいが、商用と称して月に二、三度はムーアに出られるので、そこから連絡してこれるようです。ただ、もし何か“不測の事態”が起こったとすれば、そのルートも閉ざされる可能性はある、と」
「まさか、総動員令でも出すつもりなのか」
「可能性はあります。何しろ、今やコロニー社会で連邦寄りなのはザーンだけですからね。況してや、隣りのムーアが、ドズル閣下とゼナ・ミア少尉の婚約で沸き立っているとなれば、ルウムの二の舞とまではいかないでしょうが、何かが起こる可能性はあります」
「例の学生たちは」
「少し前に、過激な学生運動の一斉検挙があったそうですが、摘発された中には含まれていませんでした。但し、もちろんすべての逮捕者の名が表沙汰になったわけではないようですから、陰で処分された可能性もあります。残念ながら、われわれの協力者は、行政機関や政財界には強いですが、そちら方面には明るくないものですから」
「まぁ、普通はそうだろうな」
無論、“鳩”の協力者であるからには、社会全体の動きも押さえてはいるだろうが、個別の組織――しかも、学生グループだ――の詳細までは、興味も薄いだろうし、その報告を求められているとも思わないだろう。
「ともかく、可能な限りザーンの情報を収集してくれ。もしもムーアとの間で何かあれば、ルウムの例もある、ムンゾが動かぬわけにもいかなくなるやも知れん」
「承知致しました」
「まったく、コロニー同盟が強固なのは結構だが、ムンゾばかりに軍事的負担が大きいのだけは考えものだな」
かつてのアメリカのような“世界の警察”などとは云う枠は、謹んで連邦に献上しようと思っていたのだが。
「それだけ、連邦に対する不信感があると云うことでしょうね」
リュズギャル中尉が云い、タチも頷いた。
「駐屯地の費用は各コロニー持ちですが、その駐屯部隊の兵士たちの素行が非常に悪いのです。ムンゾの場合は、最大の駐屯地がガーディアンバンチにあるので、まだしも摩擦が少ないですが、それでも、歓楽街などでの連邦軍兵士によるトラブルは、枚挙に暇がありません」
「あぁ、確かにな……」
『ORIGIN』の作中でも、クラウレ・ハモンの店“クラブ・エデン”で傍若無人に振るまう連邦軍兵士の姿が描写されていた。
それでも、メインの駐屯地が、士官学校とともに隔離された――と云って良いだろう――ガーディアンバンチにあるので、まだあれだけで済んでいるのだとも云える。他サイドに於いては、そのような“隔離場所”など作れまいから、すなわち駐屯地と同じバンチに住むものたちは、絶えずその暴力の標的になる危険性を孕んでいるわけだ。
そうなれば、兵士たちの暴力の被害者が出れば、反-連邦運動がたちまち燃え上がることになるわけだ。
それが、軍を上げての弾圧に直結すれば、その先行は火を見るより明らかだ。
「だが、それがすべて火種になったとしても、火消しをしたり、あるいは連邦と対決したりと云う“体力”は、われらにはないのだがな」
「それでも、かれらはそれを求めてくるでしょうね」
もちろん、そうであるには違いない。
まぁ、連邦とムンゾの国力差は、原作で他ならぬギレン・ザビが云ったほどにはないだろう。少なくとも、現時点においてはそうだ。
だが無論、七分の一ほどもあるとも、また云うことはできなかった。恐らくは二十分の一程度、あるいは、もう少し多いか少ないか。
中世紀の国連などとは異なり、ムンゾを滅ぼし得る兵力を、寄せ集めではなく保持しているのだ。それは、かつての世界大戦のようにはなり得ない――特にこの時間軸では、連邦側が構えていることもあって、はじめから総力戦ともなりかねない。
それを、どう回避し、また少なくとも敗北でないありように持っていけるのか――これこそが、自分に求められているところなのだろうと思う。
「……まぁ、やれるだけやるしかあるまいよ」
かなわぬことはあるにせよ、請われれば動いてやらねばならぬ。それこそが、コロニー同盟などと云うものをはじめてしまった自分の義務であろうから。
溜息とともにそう云えば、タチとリュズギャル中尉は、苦笑交じりに、
「及ばずながら、力を尽くさせて戴きます」
と返してきた。