ドズル兄貴がゼナに頓珍漢なアプローチをしたと聞き、とりあえず吊るしあげしてみたら、位階が上がった。
少尉だって。
なぜだ。
「『ギレンが頑固で頷かないから、皆が、君の推薦状をドズルに持ち込んだだけだ。吊るし上げは何ら関係がないな』」
呆れた口調でキャスバルが言う。やれやれと首を振る姿が、キザったらしくも様になってるんだよね。
「『なるほど』」
そういうことか。
伍長から少尉まで一足飛びに上がって、軍服と襟章がピカピカの新品になった。
先日までは下士官としての扱いだったけど、これより先はようやく士官の端くれ。
まぁ、兵卒から始めて、我ながらよくぞここまで昇ったもんだ。
しかも予測してたより少し早かった。ラッキー。それだけ打つ手が増えたってこと。
だけど、同時に尉官としでの職務も増えたから、時間的にはかなりタイト。これ以上睡眠時間を削りたくはないんだけどな。
立場的には副官補佐だから、キャスバルの補佐をするシンの補佐ってことなのに、実質は、キャスバル補佐をするおれの手伝いをシンがしてる感じ。
一部立場が逆転しちゃってる。
その上、キャスバル中尉殿は、四六時中呼びつけてくれやがるから、離れることが出来ないし、忙しさ倍増。
ちょっと待て、これ牽制なの? 暗躍するなって首輪はめられちゃってんの?
「『君は放っておくと禄なことをしないからな。今もまたぞろ怪しげな企みの真っ最中だろう』」
「『怪しげとは人聞きの悪い。面妖な連中が張り付いてくるから、へっぱがそうとしてるだけだろ』」
“鳩”とか“トカゲの下っ端”とかその辺な。
その“トカゲの親玉”たるキリングは、現在、おれを通じてキャスバルの一党を取り込もうと躍起になってる。
大方、タチを引きずり下ろす腹積もりなんだろうけど、いささか強引すぎて、各方面で軋轢が生まれてるんだよね。
そりゃこのご時世、こんだけザーンの緊張が高まっている中で、個人的な政敵に拘泥するって、上に立つ資質が問われるってもんさ。
「『協力してよ、キャスバル』」
「『断る。君の職務は、僕の補佐だ。しっかりやってくれなければ困る』」
「『副官はシンだからね』」
「『君も同じだろう』」
確かに似たようなものではあるけどな。
溜息。こりゃ睡眠削るしか時間の捻出はできんってことか。
そんなこんなで、勤務時間はキャスバルに張り付き、隙きあらば、“謎の女フラウ・キャサリン”に化け、オフにはできるだけ子供らと共に過ごし、なんて日々を繰り返してたら――うん、発熱して倒れたよ。バッタリ。
どっかのトリプルフェイスに訊きたい。
どうしたらあんなにパワフルに過ごせんのさ?
完全なるオーバーワーク。常人には無理。でもまぁネタは拾ったし、タネもあらかた撒いたから、おおよその目的は達したと言っていい。
キリングはキリキリ舞いした挙げ句に、謎の女をキシリア・ザビだと結論づけて、突かましたってさ。
シャアまでスパイ扱いしたらしく、姉様は大激怒。
見事に潔白を証明して見せた上で、お前の情報網はザルかとブチのめし返したらしい。それから、弟に近づくなとも恫喝。
就任早々の大黒星に、周囲は失笑。古株の部下からも白眼視されては、キリングも大人しくするより無いでしょ、暫くはね――これ以上ミスれば失脚しかねないし。
能力を疑われれば、タチに取って代わられるんだ。
あるいは、この機にフォルタが仕掛けるかもね。まぁ、このあたりは、もうどうでもいい。
自室のベッドにぐったりと横たわる横で、アムロがハロを魔改造してる。
ねぇ、それどこまで進化させるつもり?
現時点でも水陸空全てに対応、ハイウェイ走れるくらいのスピードが出てるんだぞ。しかも記憶装置付き。
「『出来るところまで! いまは思考波で動かせるようにしてる』」
「『ちょっと待て。その機密事項どっから漏れてんの?』」
サイコミュシステムじゃねぇのさ。それ、いまんとこNT研究所とダークコロニーでしか展開してないぞ。
「『父さんが持ってた資料だよ』」
「『テム・レイ博士よぅ……』」
まぁソコだろうとも。
いつかの世界よりも親子仲が改善してるのか、アムロは親父さんを素直に尊敬してるみたいだし、テム博士の方でも、たまの帰宅の際には息子との会話を――殆どが専門用語だった――を心掛けてる様子だったから。
しかし概要だけでここまで応用しやがりますのよ、アナタのご子息さん――流石だな、アムロ。
――marvelous!!
「『褒めるんだ』」
「『褒めないでか』」
うちの子は天才なんだぞ!
アムロがクスクス笑ってる。
良いんだ。甘やかしてる自覚はあれども、この子らの倫理観はマトモな方だから――いまんとこ、まだ、ね?
「『思考波ってことは遠隔だろ。使い道色々あるね』」
「『さしあたってはガルマの手伝いかな。そしたらこんな風に倒れないよね』」
え、なに、心配してくれてたのか。
うわ、感動。なんて優しいんだ。天使かな。そういや天使だったわこの子。
「『…………なんか、頭の中でファンファーレみたいなのが鳴るんだけど?』」
「『ごめん。嬉しくて漏れた』」
「『変なの』」
「『変かな?』」
「『うん。変』」
ふぉ。しょぼん――なんてしないがな。
足の踏み場もないほど散らかされた床を占拠してるアムロは、いっぱしの研究者のように見えた。将来は科学者とかになるのかな。楽しみだ。
そんな風にノタノタ過ごしてる日の午後のことだった。
NT研究所に詰めている監察官のルーナ・アベイルから、火急の連絡というか、迎えというか。
「今すぐにおいでください!!」
と、ほとんど拉致られるように彼女の部下と思しき人員に車に押し込まれた。
これ、事前にアベイル嬢本人から報せが来てなかったら、絶対に応じなかった。一応病み上がりのはずなんだが。なにがどうなってるのさ。
法定速度マックスで突っ走る車は、研究所のエントランスホールに突っ込みかねない勢いだった。
正面にはアベイル嬢が蒼白な顔で待機していた。
「何が……『っ!??』」
あったのと尋ねかけて、問を引っ込める。
敷地に足を踏み入れるのとほぼ同時に、とんでもない強さの思考波が襲ってきたから。
――なにコレ!?
ララァに鍛えられてなかったらダンゴムシ確定だった。それほどに強くて尖った“意識”が突き刺さってくる。
これはひどい。
オールドタイプでも頭痛を起こさせるレベルだよ。アベイル嬢も、ずっとこめかみを抑えている。
ここにいるニュータイプたちはヤベえことになってそう。よもや潰されてやしないだろうな。
「『シャリア達は?』」
「敷地外に退避させました。3人とも倒れて、まだ意識が戻りません」
なんてこった。
「『博士たちはどうなってるの?』」
「まだ実験棟に。ですが、いまは誰も入れません。被験者の一人が暴走して、サイコミュシステムが制御不能の状態です」
ああ。おれが前に無双やった時と同じか。
「『僕が行くよ』」
それしか方法はないようだし。
「ごめんなさい。こんなことをお願いして」
「『大丈夫です、心配しないで』」
アベイル嬢には外で待機してもらって、ひとり研究棟へと急ぐ。誰もいない施設はガランとして、パニック映画か、ホラーゲームのムービーみたいな印象だった。
足を進めるにつれて、突き刺さる思考波が強くなる。
これ、増幅されてるな。
しばらく来ない間に、サイコミュシステムも進化してたみたい。
“意識”の膜で自分を守りながら、厳重に閉ざされたラボの扉を開く。
阿鼻叫喚地獄がそこにあった。
部屋の真ん中で、ひとりの子供が泣き叫んでいる。
女の子のようにも見える整った顔立ちの。プライマリースクールに入りたてくらいかな。
その泣き顔は、怒りに満ちていた。
ものすごい癇癪。
支離滅裂の思考の切れっ端がぶつかってくる。
痛い悲しい嫌い傍にいて悔しい寂しい大嫌い行かないで――爆発しすぎて、本人もパニックを起こしている様子だった。
目が合った瞬間に、唸りをあげてコードが飛んでくるし、同時に金属のアームも叩きつけられそうになる。
咄嗟に避ける。
あっぶなー。
小型化していたはずの例の装置が、前にも増して大きなものに取り替えられていて、さながらに暴れるヒュドラだ。
いたるところに死屍累々。
ああ、フラナガンも居るね。変なふうに曲がった手脚が、けっこう深刻な状況っぽいわ。
マシンの起動音にかき消されそうな、切れぎれの苦鳴が、室内に這うみたいに満ちていた。
「『こんにちは。はじめまして』」
場違いなほど明るい声を出す。
にこりと笑いかけて、思考波で猫騙し。
パァンと、風船が破裂するイメージを強制的に投影し、子供が怯んだ一瞬の隙を突いて、装置の支配を奪い取った。
確かに思考波は君のほうがずっと強いけど、一日の長はこっちにあるんだ。
一拍の後、のたくっていたコードが床に落ち、唸りを上げていたアームが止まった。
そのまま装置の動力を切る。これでもう動かせないだろ。
「『装置は抑えました。怪我人の搬送をお願いします』」
〈はい! すぐに向かわせます〉
身につけといたインカムで、アベイル嬢に報告。
子供はポカンとしておれを見て、怖がるように一歩下がってから、それでもギッと睨みつけてきた。
根性あるなぁ。
「『やぁ、派手にやったねぇ。でも残念、僕のほうが強いよ』」
「『誰だお前!』」
「『“ガルマ・ザビ”だよ。ところで君は誰なの?』」
「『うるさい! 博士は僕の方が強いって言ってた!』」
「『フラナガン博士が?』」
「『ガルマ・ザビよりサイコウェーブが強いって! だから母さんは僕を置いていったんだ!!』」
うわ、顔ぐしゃぐしゃなんだけど。
ギャンギャン吠えてるけど、母親に置いてかれて寂しいって、怖くて心細いって泣いてるのか。
「『お前なんか大嫌いだ!』」
ブンブンと腕を振り回して叫ぶ。
思考波がループしてる。感情がおさまらないらしく、しゃくりあげる子供は、息をするのも苦しそうだった。
疳の虫が強すぎるのかな。でも、それだけじゃなさそう。
よくよく見れば、子供の腕には、注射のときのパッチみたいなのが。
「『……アベイル嬢、フラナガン博士は、この子に何か薬物の投与を?』」
〈え? そんな報告は受けてませんが……〉
まぁ、このマッドがおとなしく報告するとは思えんが。これは事案かな。
尋問してやろうかと足を踏み出す前に、バタバタと駆け寄ってくる複数の足音が届いた。
待機していた職員や警備員だ。
ふむん。ここで猫皮脱ぐわけにはいかないか。命拾いしたね、フラナガン。
床に転がる男に向けて、好意的とは言い難い視線を投げるおれを、子供の深い色の瞳がじっと見ていた。
警戒心の強い猫の子みたいだな
これ以上刺激しないように、そうっと“意識”の膜で覆ってみる――ん、よし。そのまま暴れないでね。
姿勢を低くしつつ、そろっと子供に近づく。
着ていた上着を脱いで、バサリと羽織らせつつ包み込めば――捕獲成功!
と、思いきやガブリと噛まれた。アイタ!
だけど、アッパーは避ける。
んんん、手強い。〆落とす訳にはいかんのだが。
悩んでるうちに到着した警備員や職員、救護隊の人たちが、床に転がっている怪我人たち――いずれも重傷――を次々に回収していく。
だけど、この子には誰も寄ってこなかった。
投げられる視線は、どれも得体の知れないものを見るようなもので、とてもまだ一桁台の年頃の子供に向けるようなものじゃなかった。
この惨状を作り出した“バケモノ”を怖れる眼差し。
子供が怯えたみたいにしがみついてくる。
これはよろしくない傾向。
「ガルマさん! 大丈夫ですか!?」
少し遅れて到着したルーナ・アベイルだけが、パタパタと気遣わしげに駆け寄って声をかけてくれた。
さっきは慌てててよく見てなかったけど、彼女のいつもはきっちりと求められている黒髪が、幾筋かほつれて、血の気の失せた頬にかかっていた。
それでも緑の瞳には、変わらず聡明な光が宿っている。
「『アベイル嬢、博士がこの子にどんな措置をとったのか、詳しく調べてください。感情がひどく乱れて、サイコウェーブが制御できなくなっています。子供の癇癪では片付けられません。どれほどこの子を怖がらせたの?』」
最後の方はひんやりとした声になった。
アベイル嬢が眼を見開く――おい、そこの救護員、なぜ一歩下がる。
「『脳波が無理やり増幅されている。これはみな、あの装置の暴走によるものです。この子が起こしたことであっても、引き金を引いたのは博士だ』」
断じるよ。責任の所在はフラナガン、貴様だ。
この子は被害者。その構図をしっかりと描いておくから、頭に叩き込んで置くといい。
「わかりました。今回の“事故”については必ずお調べします」
「『お願いします。それから、シャリア達のケアも』」
「もちろんです」
ペコリと頭を下げてから。
「『皆さんも、もう大丈夫ですよ。この子はこれ以上暴れないもの。僕が連れて帰ります』」
努めて穏やかに微笑む。見た目だけは優しさマックス。
内心では、フラナガンどうブチのめすか思案中だけど。ふふ。
有難いことに、話している間、子供はおとなしくしてくれていた。“意識”の膜の中で、いまは少し眠たげな様子。
暴れて疲れたのかもしれない。
タオルに包んだ猫みたいだね。ああするとなんでかジッとしてくれるんだよな。
連れ帰る宣言に、異論は出なかったから、すたこらと踵を返す。
アベイル嬢がついてきてくれたから、長い廊下を並んで歩いた。
抱え上げた子供は、腕の中でぐったりしてる。帰りの車の中で、かかりつけのお医者様に連絡しておかないと。
「アベイル嬢、この子は誰なんです? 親は呼びました?」
子供が寝たから、思考波は沈黙。声も小さくして尋ねる。
こんな事態になって、親御さんは仰天してるんじゃないか。怒鳴り込んで来ないかな。
「ご両親はアースノイドなんです。連絡はしましたが、すぐに迎えには来れないと仰って。子供の名前はカミーユ・ビダンといいます」
「『カミーユ・ビダン!??』」
声がひっくり返って、思考波も漏れて、腕の中の子供がびっくりして起きて、拳でポカンと殴ってきた。アイタ!
「びっくりさせてごめんよ」
おれもびっくりしたんだよ。
だって、まさかこんなところに居るとは思わないじゃないか、どっかの“物語”の主人公だった少年が。
なんで居るのとか、思考波は渦巻くけど、ひとまず封印しよう。
おれが落ち着かんとカミーユがまた暴れるし。
どうどう。イイコイイコ。“意識”の膜でしっかりと包みなおす。
そーっと抱えなおせば、眠気が勝ったのか、カミーユは、またパタリと小さな頭を胸に預けてきた。
よし。しばし眠るが良いよ。
「何かご存知なんですか?」
ホッと息をつく間もなく、アベイル嬢が怪訝な視線を向けてきた。洞察力にも優れる彼女に、なまじな言い訳は通用しない。ちょっと苦笑い。
「僕の“情報”が正しければ、この子の両親は、ともに連邦軍の所属のはずですよ?」
子供を知っていると答えれば――本当はこっちが正解だけど――不自然になるから、その親の情報を伝える。
少なくとも、いつかの“物語”のなかでは、母親であるヒルダ・ビダンは連邦軍中尉だったはず。ちなみに父親の方は大尉だったか。いまはどうなんだろ。コロニーサイドはともかく、地球サイドはそこまで大きく変わってないんじゃないかと思うんだが。
「なんですって!?」
アベイル嬢の声も裏返る。
そりゃそうだろ。水面下ではあるものの、いまや敵対関係であるはずの連邦軍関係者の息子が、なんでムンゾの機密施設に居るのかって。
あり得ないでしょ。
「ご存知なかった?」
「フラナガン博士からは、アースノイドかつオールドタイプのご両親が、ニュータイプであるご子息を持て余して預けられたとだけ。ここに連れてこられたのは昨日で、まだ確認中だったの」
連れてきていきなり実験かよ。
「博士の独断専行ですね」
吊るし上げの材料はいくつあってもいいけど、これ、拾いきれないくらいあると見た。
そろそろブタ箱にぶち込めないかなー。
アベイル嬢の緑の瞳が、ギラギラと剣呑な光を帯びてゆくのをニコリと見守る。
物凄く優秀だからね、彼女。絶対に敵に回したくないタイプ。尊重して、粗雑に扱うべからず。
そのルーナ・アベイル嬢をこともあろうに欺いたんだ。一時的にとはいえ、ヤベえ情報を隠した。
これはフラナガンの野郎にとっての面白くない――過酷な――未来が見えるよね。
いいぞもっとやれ。
「この件については、重ねてお任せいたします」
「承りました」
アベイル嬢が獰猛に微笑んだ。
透徹した眼差しはどこまでも清くありつつ、うちに燃え盛る轟々とした怒りが見て取れた。
童顔から少女のようにも見えるアベイル嬢だけど、この姿を侮れる奴なんか居ないだろ。法の女神テミスさながらだ。
ざまみろフラナガン。
おれがどうこうするより、よっぽど相応しい末路をくれてやれるだろうさ。
そう確信して、カミーユを抱えたまま、送りの車に乗り込んだ。
ザビ邸に到着しても、カミーユは目を覚まさなかった。
かかりつけの医者は、何が興奮剤のようなものが投与され、効果が切れた反動で眠っているのだろうと。
どんなものが投与されたかは、アベイル嬢からの報告待ちだ。クソナガンめ。
現状、影響が残る可能性は低いと診断されたから、ひとまず安心だけど。
客間のベッドに、くったりと横たわるカミーユは小さかった。
いつか画面の中に見たよりも、ずっとずっと小さくて、頼りなく脆く見えた。
研究棟で、大癇癪起こして無双している時ですら、庇護対象にしか見えなかったのも頷ける。
こんな小さい子を、なんだってあんな外道施設に置いていきやがったんだ。
いつかの“物語”のなかでも、カミーユの家庭は恵まれたものじゃなかった。この世界でも、それは変わらないのか。
あれと同じ家庭なら、迎えは来ないかも知れない。だとしたら、うちで預かるより他にない。
参ったなあ。
この先、この子も“守るべき宝物”に加えるべきなのか。もう一杯だと思ってたのに。
だけど、そう迷う裏側で、“おれ”が嗤う。そもそも見捨てるつもりなら、最初から迷うことすらしないだろうって。迷った時点で負けなんだよ。知ってる。
溜息。しゃーねーなー。色んな言い訳したけど、抱き上げたときの軽さとか、胸にくっついてたほっぺたとか。思い出すとな、ダメだな。
部屋の外、近づいてくる複数の気配。アムロが冒険に出ていた仲間達を呼び戻したか。
寝てる仔猫のイメージを飛ばせば、バタバタした気配が少し静かになった。ん、優しい子たちだよね。
しばらくしてソロリとドアが開いた。
覗き込んでくるのは、アムロとゾルタン、そしてフロル。何故かパプティとカイも居た。
少女達が居ないのは、まだクラウレと出かけてるからだろう。
「『……そいつ誰だ?』」
ゾルタンは、眉間にギュッとシワを寄せていた。少しばかり視線が険しい。自分の縄張りに新入りが入ってきた猫みたいな顔だった。
アムロとフロルも、似たような面持ちだ。
パプティの視線は突き放したもので、カイはただ様子見の姿勢だった。
「『カミーユ・ビダン。NT研究所から連れてきた』」
その一言で、ゾルタンとフロルの表情が歪んだ。
あれから数年だったけど、まだ傷は癒えきってない。そりゃそうだ。
「『……酷いことされてたのか?』」
「『そうだね。果敢にもやり返してたよ。“読む”?』」
「『うん』」
“記憶”を開放して、彼らが読むにまかせる。カイには読めないから、事情を話そうかね。
見てきたことをそのまま伝えてみれば、みな複雑な面持ちに変わった。
「『博士を助けたのか?』」
ゾルタンが唇を尖らせた。フロルも不満そうだね。でもさ。
「『この子にとどめ刺させるわけにはいかなっただけ。でもまぁ、奴は遠からず審判が下るね。その後は、飼い殺されるか、放逐されるか……逃亡するか」
ちなみに後ろの2つは破滅と同義。
NT研究所を離れるとなれば、奴は消される。
研究成果を持ち逃げさせるわけにもいかないし、余所で被害者を出させるわけにもいかないから。その辺りは“ギレン”が赦さないだろ。
よしんば追っ手を掻い潜るとしても、そのときはおれが手を下すまでだ。
ぶっちゃけ、ここまでくればフラナガンなんか居なくても研究は進むしね。もう不要でしょ。
「『ねぇ、お前たちに酷いことしやがった奴を、おれが赦すとでも?』」
聞けば全員が首を横に振った。
そう。どのみち奴の破滅は決まってるんだよ。
少し落ち着いたのか、子供たちはさらに寝台に近づいて、眠るカミーユを覗き込んだ。
「『小さいね』」
「『そりゃ、フロルに比べたらね』」
同じくらいの年だろうに、ほんと、凄い身長差だよ。
「『起きないの?』」
「『いまは疲れて寝てるんだ。起きたら構ってやってよ、アムロ。きっとハロに興味津々だろうから』」
機械いじりが趣味らしいから話は合うでしょ。
「『ここに住むのか?』」
「『……どうだろ。迎えが来なかったら、そうだね。仲良くしてあげて、ゾルタン』」
「『わかった!』」
ん、良い子のお返事だ。
「『お前たちよりも、むしろララァ達の仲間に入るんじゃないのか? 可愛い顔をしている。女の子だろう』」
って、パプティ、言ってはならぬことを!
その瞬間、ぐっすりと寝入っていた筈のカミーユの双眸が、カッとかっぴかれた。
控えめに言って鬼の形相。
子供らが仰天して退避――凄い回避能力――する中で、出遅れたパプティの表情が歪んだ。
「『女みたいって言うな!!』」
ベッドから飛び起きたカミーユが、思いっ切り振り抜いた拳の先は、パプティの股間だった。
ああ、身長差が仇になったか……。
物凄い苦悶の面持ちで蹲るパプティの背中を、そっとトントンする。
これは酷い。こっちの股間もヒュッってなった。
「『僕は男だ!』」
「『男ならその攻撃はやめてあげて』」
そして、きたないものに触ってしまったみたいな素振りもやめてやれ。気持ちはわかるが。
部屋の隅っこで、アムロ達がドン引いている。
「『うわぁ』」
「『……ヤバいやつじゃん』」
「『ララァ呼ぶ?』」
おい、フロル。
確かにララァは最強だけど、最初から頼ってどうする。まずはぶつかってから――……確かにぶつかりたくはないが。
ベッドのうえで仁王立ちしている子供に溜息。
「『カミーユ、拳はしまいな。パプティは不意打ちだから滅せたけど』」
『……死んだみたいに言うんじゃない!』
声が出せるくらい回復してから反論しろよ、パプティ。
「『ここにいるやつは、みんな君より強いよ、カミーユ・ビダン』」
相手を見極めて、勝てる喧嘩を売れってば。
ベッドの高さを加えても、まだ小さなカミーユ坊や。
「『ばかにするな!』」
「『してないよ』」
「『女みたいって言った!』」
言ったというか間違えたというか。
「『羨ましいくらい整った顔立ちだもの。むしろ誇りなよ』」
「『女みたいなのはイヤだ!』」
「『……何が気に入らないのかわからないけど、子供のうちだけだよ。そこにいるフロルだって、会ったばっかりの頃は君とおんなじように腕に抱えられたんだ』」
今じゃニョキニョキがっしりドンって感じで、とてもじゃないが持ち上げられる気がしない。
例えに出されたフロルといえば、誇らしげにフンと胸を張った。うん、厚くなったよなぁ。
「『うそだ!』」
「『ほんとだよ。“メモリー”読む?』」
「『やめてよそれ!』」
アムロが飛びついてきた。なんでさ。別に恥ずかしいシーンを流したりはしないぞ?
「『それでも駄目!』」
「『昔の話をするのは年寄りの証拠だって言ってたぞ!』」
ゾルタンが絞めに来るのを往なす。
「『年寄りですからー』」
「『だめー!』」
ふぉ。フロルからサイコウェーブ・パンチがバチンと。
ギャンギャンやってたら、カイがそろそろとベッドに近づいて行った。
「本当だぜ。そいつ……ゾルタンもこんなんだった」
と、おおよその身長を手で示して。
「『とりゃ!』」
「うわぁ!?」
膝カックンされてるし。
カミーユはその騒ぎをぐるりと見回して、それからぽすんとマットレスに座り込んだ。
スプリングが跳ねてほわんほわんしてんの可愛いな。
「『――……ここ、どこ?』」
「『いまさらか!?』」
吠えるなパプティ。
「『ザビ邸だよ。ザビ一族の館』」
「『ガルマの家?』」
「『そう』」
「『そのひとたちは?』」
ぱちりと瞬いた瞳が、アムロたちを見ていた。
「『うちの子達と友達だね。アムロ・レイにゾルタン・アッカネン、フロリアン・フローエ。それからパプテマス・シロッコとカイ・シデン。今は出かけてるけど、女の子達もいるよ』」
カミーユは首を傾げた。
「『みんなここに住んでるの?』」
「『フロルとカイは別に家がある』」
「『………僕は…僕も、この家の子供になるのか?』」
“声”は沈んで震えていた。視線も彷徨う。
母親に置いていかれたことが余程に堪えているんだろう。この年頃の子供の世界なんて、大部分が親で出来ているようなものだし。
「『さあ? お迎えがくるかも知れないし。でも、しばらくはここで過ごすことになるだろうから、できたら仲良くしたいな』」
カミーユを視線を落として唇を噛んでいた。
うちの子になりたくないとも、仲良くしたくないとも、それ以外の不平不満も悲しみも、何一つ言葉にならないようだった。
まぁ、しばらくは難しいだろうさ、受け入れるのも、諦めることも。
どうしてもここが嫌だったら、その時は改めて考えるしかないか。
そっとしておこうと思ったけど、わりとお構いなしで、ゾルタンが突っ込んでいった。あえて空気を読まなかったのかな。
「『お前すごいな! フラナガン博士をやっつけたんだろう!?』」
「『ガルマもやってた!』」
それはバラさんで良いんだよ、フロル。
カミーユが仰け反るのも気にせずに、年頃の近い二人がベッドの上に乗り上げていく。
そうなれば、彼らの中心であるアムロも一緒にベッドに並ぶ。3対のキラキラした眼に囲まれて、カミーユはどうしていいか戸惑う様子だった。
うん。微笑ましい。ニヨニヨしてしまうよ。
『こんな凶暴な子供を家に置くつもりか!』
『これくらいのヤンチャはいなせよ、パプティ。勉強しすぎでちょっと鈍ってるんじゃない?』
ムンゾ大学でもスキップしてやったぞ、と、先日高笑いしながら自室を強襲してきた。
能力は申し分ないから、さもありなん。
祝いをよこせと、値の張る蔵書をせがまれて揃えさせられたのは、つい先だってのことだ。
それはともかく、一連の事柄で、カミーユの疲労感はもう限界に達しているだろう。
「『ほら。そろそろカミーユは寝かせてあげな』」
話しは起きてからだってできるだろ。
「『はーい』」
「『分かったよ』」
「『また後でね、カミーユ』」
聞き分けが良くてなにより。
「『いいか、暴れるんじゃないぞ!』」
威嚇するんじゃない、パプティ。
子供たちを部屋から出して、場にまた静けさが戻った。
カミーユはポスンと枕に頭を預けて、深い藍色の瞳をじっと抜けてきていた。
「『一人で眠れるかい?』」
「『あたりまえだ!』」
「『でも、なんか子守歌を歌いたい気分なんだけど、聴いてくれる?』」
「『……………仕方がないな』」
「『ありがとう、じゃ、歌うね』」
まずは壮大なオーケストラの演奏から。一瞬、目を丸くしたカミーユ坊やは、はじかれたみたいに笑った。
「『それで眠れって言うのか?』」
そうさ。ニヤリと笑う。
オーケストラは、演奏次第でよく眠れるのさ。
カミーユ・ビダンは、とにかく感受性が高すぎるほどに高かった。
そのうえレセプターも鋭敏で、思考波をよく拾う。
まるで神経がむき出しになっているみたい。これじゃ外界の刺激に過敏すぎるほど反応するのも良く分かるわ。
加えて、“癇癪”が、成功体験として刷り込まれているようでもある。
相当に無関心な親だったんだろう。泣いて暴れて騒いで、ようやく目を向けてもらえるような。
とは言え、家には同様にエキセントリックなところのあるゾルタンもいるから、家人たちはさほど戸惑わなかった。
アムロたちは、“同朋”ということもあって、早々にカミーユを受け入れたし、アルテイシアやララァ、マリオンやミルシュカも拒絶するようなことはなかった。
パプティとは、なんやかんやと衝突してるけどな。
それからもう一人。
「『キャスバル、相手は子供だ。いい、子供だよ』」
「『ああ、もちろん分かっているとも』」
おかしいな、どこかの物語では、その年の差ゆえにちゃんと子供扱いをしていたはずなんだが。
「『分かってるなら、頭を鷲掴みするのやめてあげて』」
手加減しているのは分かる。リンゴを握りつぶせるその手に掴まれても、カミーユはギャーギャー吠えるだけで痛がってはいないから。
「『殴りかかってこないのなら放してやるとも』」
そこは「これが若さか」で済ますところじゃないのか――まぁ、お前も若いからな。
「『カミーユも大人しくね。安易な暴力はだめだよ』」
「『いやだ! 女の子みたいだって言った!』」
「『事実だろう』」
「『キャスバル!』」
火にガソリン投下と変わらんからな、それ。
仕方ないなぁ。
どっこいせと持ち上げて、キャスバルの手からひとまず取り返しといて、暴れるのを抑え込む。
「『あーばーれーなーいー。いちいち目くじら立てるほうが女々しいんだぞ。良い男ならドンと構える余裕を見せなよね』」
「『やり返さないと馬鹿にされたままだ!』」
「『やり返し方を学習しろって言ってんのさ、その賢いオツムならできるでしょ』」
スポンジみたいに知識を吸収してく、その頭脳には驚かされるばかり。
「『だいたい、可愛いのはお前だけじゃないよ。アムロもゾルタンもフロルも、パプティだって可愛いだろ』」
「『君の可愛いの範囲は、相変わらず特殊だな』」
大丈夫だ。お前も可愛いから。
「『皆は女の子みたいじゃないだろ!』」
「『お前もすぐに同じようになるさ』」
チラッと、初めてあったときのアムロたちの姿を“投影”。ほら、みんな可愛かろ。
カミーユはパチクリと瞬きした。
そしたら、キャスバルが――おいコラ、お前は“投影”下手くそなんだからヤメロよ。多分、おれの子どもの頃の姿だろうけど、めちゃくちゃ弱っちそうになってるから!
「『これが、こうなる』」
指をさすんじゃない。
「『……あんまり変わってないぞ』」
「『なんたる!』」
そんな風に言うなら、お前らだけオヤツ抜きな!
湯気を上げるケトルのイメージで怒りを伝えてみれば、腕の中でカミーユがアタフタしはじめた。
どうせオヤツ抜きになどならないと踏んでいるキャスバルだけは、変わらず小憎らしいニヤニヤ笑いだったが。
「『嫌だ! みんなと食べる!!』」
「『なら大人しくなー。来て早々ゾルタンのカップ破砕記録更新されちゃ困るんだわ』」
「『……わかった』」
ん、いい具合に餌付けできてきたな。
いつまでも抱えてると腕かぷるぷるしてくるから、どっこらせとカミーユを開放――そこで軟弱者を見る眼を向けてくるんじゃないよ、キャスバル。
廊下をパタパタと走っていくカミーユの背中をのんびりと追いかける。
いまこのとき、ザビ邸を流れる空気は平和だった。
でもさ、おれが何をしても、してなくても、世界は回ってる。
世界を掻き回す渦は、台風みたいに、じわりじわりと迫っていた。