「リノ! リノ・フェルナンデス!! ここだよ!」
大きく手をふる。
ムンゾ自治共和国国防軍士官学校の入学式典の会場である。
周囲には、新入生もいれば、在校生も教官も、来賓の方々だっているけどさ。
大声を出したおれに視線が集まるけど、大したことじゃない。
もともと注目されてるし。ザビ家の子供なんてそんなものだ。
「ガルマ! それから…シャアも! 久しぶりだな!」
リノが駆け寄ってくる。
――お前、いまキャスバルって呼びそうになったろ?
笑顔のまま圧力をかければ、一瞬、大きく仰け反られた。
キャスバルの思考波が笑う。
『ガルマ、怯えさせてどうする』
『大丈夫さ。リノは図太いから』
このくらいじゃ滅気やしないんだよ。
わざとらしい咳払いの後で、リノが右手を差し出した。それを軽く握って、
「また会えて嬉しいよ。(首尾はどう?)」
「この先よろしく頼む。(言われたとおり集めといたぜ)」
「こちらこそ。(流石だね)」
小声でやり取り。思考波がつながらない相手をちょっと手間だと思っちゃうのは、キャスバル達とのやり取りに慣れすぎてるからなんだろう。
リノが振り返って合図を送れば、数人の新入生が集まってきた。
「ガルマ、良ければ友人を紹介させてくれるかい?」
予定調和の流れだった。
パズルを通じてリノに依頼してたのは、入学してすぐに共に行動しうる“仲間”を数人集めてもらうこと。選抜基準は一芸に秀で、かつ“ザビ家”に媚び過ぎないタイプ。
お調子者のくせにどこか皮肉っぽいリノは、意外に人をよく観察するから、その人選について心配はしていない。
「もちろん」
答えれば、リノの横に4人が並んだ。
「はじめまして。ルー・ファンです。リノとは同じハイスクールでした(チェスのジュニア大会3位だけど、お役に立てますかね?)」
「ケイ・ニシムラだよ。(ハッキングなら任せて。)ケイって呼んでくれ」
「……ベン・ショランダー」
「彼は力持ちなんだけど、シャイでさ」
と、リノからの補足が。
「クムラン・ヒルベトです。農業区画の出身です。よろしくお願いします。(なんで僕が引っ張ってこられたんでしょうか?)」
ちょっとオドオドした感じが、小動物みたいで可愛いからじゃないかな――なんて言えるはずもないから。
「ガルマ・ザビです。よろしく、ルー・ファン、ケイ、ベン・ショランダー、クムラン・ヒルベト。リノに、仲良くなれそうな人がいたら紹介してってお願いしてたんだ」
おっとりと微笑んで。
「恥ずかしながら、僕、あんまり同い年の人と話したことがなくてさ」
これは嘘じゃない。
“ガルマ・ザビ”の世界はとても狭くて、それこそ家族とキャスバル含むダイクン一家の他は、シャアとリノくらいしか接点が無かったから。
『……いまさら気が付いたけど、おれのお喋りの相手って、ほとんどお前じゃないか、キャスバル』
『本当にいまさらだな』
まあ、幼少期からずっと一緒にいたもんな、って、感慨に浸ってる間は無いね。
「俺達のことも呼び捨てで良いですよ」
ルー・ファンがニコリと。
見回せば皆が頷くから。
「じゃあ、遠慮なく。僕のこともガルマって呼んでほしいな。敬語もいらない」
「えええ!? ………ガルマ、さん、じゃだめ?」
上目遣いがあざといぞ、クムラン。お前、可愛げ担当な。
「できれば呼び捨ててほしいけど。馴れてからでも良いよ」
視線を合わせて微笑めば、クムランの丸い頬が紅く染まった。リンゴみたいで齧りたくなるね。
「ガルマ」
ぐいと腕を引かれる。なんだよキャスバル、ホントに齧ったりしないって。
振り向くけど、キャスバルの視線はおれから外れていた。
見やれば、背の高い金髪碧眼の、ガラの悪そうな青年が近づいてくるところだった。
「よう、御曹司。そいつらはお取り巻き候補か?」
初対面でこの言い草である。
チベットスナギツネみたいになりそうな顔の表情筋を、必死に抑える。
『キャスバル、ヤンキーがケンカ売ってくんだけど?』
『相手にするな』
『無視させてくれそうにないけどね』
ついでに周囲もざわついてる。ここで舐められるわけにはいかないんだよ。
ふふふ、と笑えば、キャスバルは顔を顰め、リノは一歩退き、残る四人は腕まくりをした。
「はじめまして。僕を知ってるようだけど、君は誰?」
穏やかそうに聞こえても、これ、友好的な挨拶じゃないから。『名乗れ無礼者』ってことな。
「彼らは友人だ。君のユニークな発想には当たらない。個性はときに合えば美徳だけど、今はその時ではないようだね」
クスリと嗤う。目を細めて。
ヤンキーはニヤニヤと笑った。
「随分まどろっこしい言い方だな」
「残念だけど、君とは合わないみたいだ――相応しい友人に恵まれることを祈ってるよ」
さっさと失せろ、“ジョン・ドゥ”。
ヒラリと手を振ってあっち行けと示したんだけど、無礼者は去らなかった。
「確かに合わねえけどな。俺はジョニー・ライデン。あんたの兄貴から、子守りを頼まれてんだ」
――はぁ?
このヤンキーが、おれの子守りってどーゆーことさ?
「僕には兄が3人いるんだ」
「ギレン閣下さ。在学中にあんたがヤンチャし過ぎねぇようってな」
まぁ、“ギレン”以外には考えられんけど――監視のつもりか。面倒なことを。
「“ギレン兄様”の名前を出せば、僕が素直に従うとでも思った?」
“ギレン”本人でも無い――お前如きに、“おれ”に紐がつけられると、本気で思ってんの?
腹の底で“獣”が舌舐めずり。あんまり侮るなよ。パクリと喰っちゃうぞ?
鼻白むヤンキーにむけて。
「ご健闘くださいね? “ジョン・ライトニング”。期待してます」
「なっ!?」
敢えて名を間違えたおれに、ヤツが掴みかかることはできなかった。
「ガルマ殿!」
図ったとか思えないタイミングで、朗らかに呼びかけられたから。
「お初にお目にかかります。シン・マツナガと申します。この度はギレン閣下のお計らいで、士官学校に入ることが叶いました。この先、親しくしていただければ幸いです」
これまた長身かつガッシリとした体躯の青年だった。黒髪に黒瞳。穏やかな笑みを浮かべた顔は精悍の一言に尽きる。
“ギレン”の名前が出たってことは、こっちも監視要員なんだろうけど。
「こちらこそお目にかかれて光栄です。どうぞ、ガルマとお呼びください。マツナガ殿はマツナガ議員の?」
「はい。閣下から父へ取りなして頂きまして。私のことはシンと」
――って、年長者を呼び捨てるのもな。おれの躊躇に気付いてか、シン・マツナガは太い笑みを浮かべた。
「お互いに遠慮は無しで。同輩になる身だ」
「では、そうさせてもらいます」
ニコリと笑み返して、差し出された手を握る。
「では、僕の友人を紹介させて下さい。まずは、“シャア・アズナブル”とリノ・フェルナンデス。彼らとはルウムで知り合い、親しくさせてもらってます」
名前を出せば、“シャア”が卒なく挨拶を繋げ、リノは、やや拙いもののやはり丁寧な挨拶を返した。
その後に、知り合ったばかりの四人を引き合わせる。ここまでは、和やかに。
そして最後に。
「まだ友達ではないけど。彼は、“ジョン・ライトニング”。かなりユニークな御仁みたい」
ヤンキーを紹介してやる。
シンは面白そうに口の端を吊り上げた。
「なるほど? よろしく“ジョン”」
「ジョニー・ライデンだ!」
ムキになるヤンキーに笑いがこぼれる。ま、この辺にしておいてやろうかね。イジメかっこ悪い。
「いいじゃない。ライトニング。ライデンって、極東の言葉では雷槌だもの」
「……そうなのか?」
キョトンと見返してくる顔は、案外幼い。
「そうだよ。僕、君のことはライトニングって呼ぶことにする。よろしくね」
愛称としてはカッコいいじゃない。と、ニコニコすれば、皆も口々に“ライトニング”と口にした。
いつの間にか、険悪な空気は霧散していた。
「はぁあ!?」
ライトニングだけは、まだ納得してないみたいだけどさ。
「じゃあね。僕、宣誓があるから、あっちに移動しないと」
「流石、主席さま!」
リノが茶化すけどさ。
「なんとかね。『お前がお情けで譲ってくれたからな!』」
『実力とは思わないのか?』
キャスバルの思考波が笑う。
『おれがお前に勝てることなんて、可愛げくらいだ』
『可愛げを辞書で引け』
『問題ない。可愛いの欄に“ガルマ”って足してあるから――ちなみにお前の辞書な』
『おい!』
ふはは。
皆から離れて、指定された席につく。しばらく待てば、壇上にムンゾ自治共和国議長であるデギンパパ、軍総帥の“ギレン”、校長のドズル兄貴、それから連邦のレビル将軍らが上がった。
生徒側はと言えば、おとなしく座ってはいるものの、隣とヒソヒソ話してたり、眠かけをしてたり、カチコチに緊張してたり色々だ。
8割男子だから、むさいこと極まりないけど、ちらほらと花も咲いてる――士官を目指すくらいだからキリリとした女性が多いみたい。
なんて、キョロキョロしてられんから、行儀よくしてないとね。
やがて式典が始まる。
壇上に立った“ギレン”は、おもむろに両手を大きく広げた。
「――諸君」
よく響く声が会場を打った。
「今ここに、諸君ら有望なる新入生を迎え、大いなる期待に胸踊らせることを禁じえない。――時代は現在、新たなる局面へと向かいつつある。いかなる局面へか――人類とサイド世界の偉大な発展への局面である――……」
ギレン・ザビのオリジナルの演説を知る身としては、“ギレン”のそれは些かソフトだとは思う。だけど、徒に煽る意図のない言葉は、思うよりも耳に馴染んだ。
「――諸君はコロニー社会の前衛となる。諸君の働き如何で、世界は、その姿をどのようにも変えるだろう。諸君はエリートだ、選抜されてこの場にある諸君らこそが、コロニー社会の守護者であり、また新人類のリーダーともなり得る存在なのである。――」
伸ばした手を、ぐっと握りこむ動作も、いかにもギレン・ザビらしいね。
若い熱気。会場の生徒の視線は、おそらく、すべて壇上の長身に注がれている。
士官学校や兵学校に入学する生徒の数は、年々増加している。その殆どが、“ギレン”の唱えるコロニー共栄圏に共感し、地球の――連邦からの圧政から故国を解き放ちたいと望んでいる。
つまり、ここにいる皆にとって、連邦は敵だ。
“ギレン”の背後――居並ぶ連邦将校たちの居心地の悪そうなこと。ちょっと笑ってしまいそうだ。ヨハン・イブラヒム・レビルは、流石に肝が据わってそうだけど。
「奮起せよ! 未来の将星をめざして邁進せよ! コロニー社会の変革のために!!」
“ギレン”の宣言に、誰かが立ち上がって雄叫びを上げた。式典に相応しいものではなかったけど、その熱はすぐさま周囲に伝播し、会場中の生徒が立ち上がって叫んだ。
まるで鬨の声だ。
おれも立ち上がって、腹の底から声を張った。
「我らが総統万歳! 祖国に勝利を!!」
手を差し上げて――ホントは「ジーク・ジオン!」って叫びたかったけどね。
おれの言葉を、隣の奴が真似て。さらにその隣も、後ろも。在校生も交えて、全生徒の唱和に変わるまでは、あっという間だ。
「我らが総統万歳! 祖国に勝利を!!」
声を揃えて。会場が、幾度も繰り返される轟のような声に、震えるほどに。
壇上の“ギレン”は動かない。もしかして呆然としてる? そんな訳ないよね。
次の瞬間、三白眼がもの凄い鋭さでこっちを向くから、ちょっと慌てて手を広げた。
「そこまで! 一同、静まれ!!」
叫びはかき消されるかも知れんと危惧したけど、幸いに隣、さらに隣、後ろと伝達されて、生徒はまた行儀よく席についた。
キャスバルは勿論、リノやその仲間たち、シン・マツナガも静止に一役買ってくれたみたい。ライトニングはどうか知らんけど。
内心でホッと胸を撫で下ろす。式典が無茶苦茶になるのは避けたいし。
外面は涼しい顔のまま見上げれていれば、“ギレン”と交代で、今度はドズル兄貴が壇上に立った。
一瞬こっちを向いた目には、太い笑みの色が浮かんでいた。
咳払い一つで、まだ浮ついている会場が静まる。この兄貴も、“ギレン”とはまた違う求心力があるよね――っていうか、最強じゃないのさ、ザビ家。
おれも、もっと頑張んないと。
そんなことを思ってたら、ドズル兄貴が口を開いた。
「本学の校長を拝命しているドズル・ザビである。俺はすこぶる正攻法な男だ。これから貴様らを徹底的に鍛える。エリートか何か知らんが、弱い青白いやつに用はない。覚悟のない者は今すぐ立ち去れ」
シンプルかつ明確な表明だった。
「今日はここに来賓として連邦宇宙軍のレビル中将閣下が来ておられる」
途端に巻き起こったブーイングは、兄貴の眼光に抑えられたけど、生徒一同がレビルたち連邦将校に向ける視線は、刺し貫くかに強い。
ドズル兄貴は不敵に笑う。その厳つい顔は凄みを増して、軍属にあるとはどういうことなのかを言外に示しているみたいだった。
「その御前で口にするのも何だが、俺は本学の務めがせいぜいコロニー自警団の養成なんかだとは考えていない。本当の軍人、本当の士官を育て上げることだと考えている。校長として言いたいことは以上だ」
スパッと。
うわ。格好いいんだけど兄貴。
思わずキラキラした眼で見上げたら、視線が合って、「うむ」と頷かれた。満足そうな顔だった。
それから、教官が新入生ひとりひとりの名を呼び上げた。けっこう時間が掛かってて、もしかしたら、もとの時間軸よりも人数が多いのかも知れなかった。
「以上372名。代表ムンゾ共和国出身、ガルマ・ザビ」
「はい」
ようやく呼ばれて立ち上がる。
「前へ出てデギン・ザビ共和国議長に対し宣誓してください」
言われて進み出れば、デギンパパとドズル兄貴が、心做しか前のめりで見守ってくれてる様子だった。
背筋を伸ばし、顎を上げる。視線を強く前に。だけど、表情は柔らかく。
壇上からの視線を受け止め、敵意は跳ね返す。
「宣誓。我々は、ムンゾとこのサイド世界の自由と平和を、この心身を剣となし、盾となって守り抜くことを、その力を得ることをここに誓います。新入生代表 ガルマ・ザビ」
微笑めば、ムンゾサイドは一様に頷き、レビルは、とうとう渋い顔になった。
こうして、入閣式典は無事に幕を下ろした。
✜ ✜ ✜
寮は二人部屋だった。
当然のように、キャスバル――“シャア・アズナブル”とセットである。
「お前、ベッド上で良い?」
「ああ。夜中に落ちられて起こされるのは御免だ」
「助かるわー」
ふぃーと息を吐き、私物を纏める。と言っても、私物の持ち込みはかなり制限されてるから、あっという間に片付いた。
「ガルマ」
「何さ?」
「地が出すぎてるぞ。自慢の猫の皮はどこへやった?」
「ああ、失礼。僕としたことが。入学に浮かれていたんだ。『この部屋では勘弁してよ。どこで気を抜けばいいのさ?』」
“シャア”は、フンと鼻を鳴らしてベッドに腰を下ろした。
『寮だぞ。どこで漏れるかわからない。“これ”で話せば良いだろう?』
『ん。“こっち”ではキャスバルで良い? シャアってお前の名前じゃないから、違和感ヒドくてさ』
『構わない。普段は気をつけろよ』
『りょーかい。わかってる』
思い切り伸びをしてから、部屋の中を見て回る。
『狭いなー』
ザビ邸の自室はもちろん、キャスバルのフラットで用意されてた部屋とも比べものにならない。
机と寝台と、トイレとシャワーブース。
「『――ねえ、バスタブが無いんだけど?』」
「『どこまで坊やなんだ君は』」
“シャア・アズナブル”が呆れたような溜息を落としたとほぼ同時に、ノックが2回。
「誰?」
「片付けは終わったかい?」
入ってきたのはリノだった。
「終わったよ。どうしたの、なにか足りないものでも?」
「いいや。皆が談話室に集まってるから、疲れてなければどうかと思って」
「誘いに来てくれたのか。ありがとう。――“シャア”、行っても良い?」
フッと息を吐いただけで、キャスバルが立ち上がる。
思考波は面倒くさそう。気は乗らないけど、拒否するほどでは無いってことか。
「凄く偉そうだぜ、シャア」
リノが苦笑するけど、“シャア・アズナブル”はこんなもんだよ。中身がそれだから仕方がない。
「お目付け役だからこれでいいんだ。リノも、もうちょっと砕けた感じでいいよ」
「そうか?」
連れ立って談話室へと赴けば。割と広い。生徒数に比すればこんなもんなんだろう。
とても居心地が良さそうな一角が、すでに抑えてあった。
四人組はともかく、シンとライトニングまで居るのはどうしたことか。仲良くなったの?
「やあ、みんな」
すぐに席を勧められて座れば、ソファの真ん中。両隣が“シャア”とリノ。あとはぐるりと。
これがレディたちなら夜の店で接待される客みたいだけど、全員オトコだと、舎弟に囲まれてるYAKUZAっぽい。
ちょっと遠い目。
――花が欲しいよ花がッ!
『諦めろ』
『なんでさ、少ないけど女子生徒はいるよ?』
『実はアルテイシアに、“ガルマが浮気しないように見張れ”って厳命されていてね』
思考波が含み笑う。
『……リトルレディに?』
『ああ』
おやおや。我らが小さき姫君は、存外にヤキモチ焼きか。“お兄ちゃんたち”が離れて不安らしい。
可愛いなぁ。アルテイシア。
小さい頃の独占欲って、ある程度満たされてないと、大人になってから影響するし。
仕方がない。お姫様を不安がらせるわけにはいかないからな。
『じゃあ、おれもお前を見張らなきゃね。キャスバル』
『……まだ分かってないのか』
呆れが強く滲んでて、首を傾げる。
『――? なにが?』
『いいや。君が妹を悲しませなければそれでいい』
これで家族思いなんだよ。キャスバル。
だけど、おれがリトルレディを悲しませるわけないだろ。
花は諦めて、改めて寛げば、皆もリラックスしてる様子だった。
「――さっき上級生に肩を叩かれたよ。“俺達の入学式でもアレやりたかった”ってさ」
ケイが笑っている。
チェスの譜面からルーが顔を上げた。
「我らが総統万歳! 祖国に勝利を!! ――って?」
「それ!」
「連邦の奴ら、青い顔になってたしな!」
ライトニングも混じってるし。ベンは無言だけど、ウンウン頷いて会話に参加してる。
「レビル将軍は、流石に狼狽えることはなかったが、渋い顔になっていたな」
シンが少し悪い顔で笑った。
「そうだね。僕、睨まれたよ。宣誓のとき」
「アレは敵を見る目だったぜ!」
リノの言いようにクスクス笑いが零れた。
レビルの眼光の鋭さよ。あんなの、入学式で生徒に向けるようなもんじゃないよ。大人げない。
怯むことを期待してたなら、お生憎様だ。
「僕だったら泣いてたかも」
「良かったなぁ、クムラン、主席じゃなくて」
「どうせなれないからね!」
ケイが混ぜっ返して、クムランがプンスコしてた。
皆が朗らかに笑う。
キャスバルは、そのさまを、ただ静かに眺めていた。
『ねぇ、キャスバル』
『なんだい?』
『僕たちは、この時間を楽しもう。せっかくの学校生活だ』
いつかの時間軸じゃ、味わうなんて出来なかったはずだろ。
『……ああ。だが、僕は今までの時間だって楽しんできたよ。多分、この先もそうだろう』
その横顔が、薄く綻ぶのを見て、なんだか安堵する。
『そう?』
『いつだって君が何かやらかすから、退屈してる暇はなかった』
しんみりは一瞬だった。
思考波が、フフンとせせらわらってくるのに着火。ヲイこら。なんたる言い草か。
『それはお前だろ! お前の発案したイタズラは無駄にレベルが高いんだよ。おれがどれだけ苦労して実行してきたと思ってるんだ!』
『君の発案が幼稚だから修整してやったんだろう』
ああ言えばこう言う。口喧嘩は苦手なんだ。ましてやキャスバル相手じゃね。
『顔が強張ってるぞ?』
『誰のせいだよ』
ちょっと拗ねモード来た。半分くらい思考を閉じようとしたら、手の甲をトントントンと突かれた。
『からかい過ぎた。僕としたことが、入学に浮かれていたんだ』
『それ、さっきのおれのセリフな』
全くもう。宥めるつもりならちゃんと謝れよ――なんて、まあ良いか。確かに浮かれてるのかも知れないし?
皆でわあわあ騒ぎながら時間を過ごして、やがて消灯時間になって追い立てられた。
シャワーを済まして寝台に這い込む。
『眠れるのか、こんなに狭くて固いベッドで?』
キャスバルが聞いてくるのに肩をすくめた。
『仕方ないだろ。バスタブと同じで、持ち込み出来ないんだから』
返して、目を閉じる。
ホントはシャワーだけでも有り難いし、横になれる静かなベッドなら上等なんだよ。今まで甘やかして貰ってただけで。
そこそこの寝心地の寝台で、小さく笑った。
『……おやすみ、キャスバル』
『ああ。おやすみ』
やんわりと思考波が意識を掠めるのに任せて、すとんと眠りに落ちた。
学校生活は、概ね順調だった。
なんだか懐かしい気もするし。この感じ。同世代の少年少女が寄り集まって切磋琢磨。ときに甘酸っぱいやり取りがチラホラと。
おれとしても、主席入学の意地にかけて、みっともない所は見せられないと頑張ってるから、成績は問題ない。
一般科目なんて、そもそもムンゾ大学卒業してるし。実技もそれなりに。
持久力を過度に求められるようなモンじゃなければ、問題はないんだよ!
『…キャス…バル…っ その…バカげたスピード、を…、なんとか、しろ! ペースメーカー お前、なんだぞ…ッ!』
おれの心臓を潰しにきてる。
思考波すら息も絶え絶えで、ちょっと倒れそう。眼の前が白く霞んでる気がする。
肺がッ! 肺がァァア!!
『ついてこれてるじゃないか、ガルマ』
『……ドンケツでな!!』
ただただトラックをひたすら周回。
何周させる気なんだ教官! このサディストどもが!!
「何をやっておる。しゃんとしろ!」
叫んだ一人に、貴様も一緒に走りやがれと視線を投げれば、何故か、いい笑顔で頷かれた。
――違う! 睨んでんだよおれは!!
「もう1周! ラストダッシュしろ!!」
ふおぉ。これでラストか。と、安心したのも束の間。
『なに……本気でダッシュ ……してんのさ キャスバル!!?』
『ラストスパートだ』
しれっと返る思考波に殺意が。
――この体力オバケがッ!!
死にそうなのはおれだけじゃないぞ!
みんな朦朧とした顔で走ってる。もう脚がもつれそうなヤツも居るし。
「うわあ…」
「……速すぎだよ…」
外野の視線も呆れが入ってるみたいだし。
毎回毎回、これじゃ身が持たない。勘弁してよ。
ひーひー言いながらゴールに転がり込む。
「良くついてきたな、御曹司」
まだ余力を残してるらしきライトニングが頭をぐりぐりしてきやがるけど、跳ね除ける気力も体力も尽きてんだよ。
「水だ。飲めるか?」
シン。有り難いけど、いまは息するだけで精一杯。
クムランが、背を擦ってくれて、ルーとケイが扇いでくれてる。
お礼は口パクで涙目だけど、皆にちゃんと通じたみたいで安堵。
もう意識を手放して良いかな。
「各自クールダウンして解散!」
その声に合わせて、体が浮いた。
――ふぉ?
あ。ベン、日陰に運んでくれるのか。俵担ぎでもなんでも助かります。
コンクリートが冷たくて全身で懐けば、周囲から笑いが聞こえた。
でも、あんまり馬鹿にした感じじゃないんだよね。
「ガルマさん大丈夫かー?」
「シャア、お前加減しろよなー」
級友が口々に。
「――……問題ない!」
ムクリと起き上がれば、なぜか拍手が。
「もう飲めるか?」
今度こそシンの差し出してくれた水をがぶ飲みす――むせた。
「ガルマ!?」
今度はリノが背を擦ってくれる。
うう。ちょっと鼻から出た。
「落ち着いて飲めよ」
キャスバルの呆れた声。
「――誰のせいさ!?」
「本気で走らなきゃ訓練にならないだろう?」
くそう。正論。
見下ろしてくる“シャア”を睨むけど涼しい顔。まあ、お前はそうだよね。
ふぅ、と溜息。
「……速いなぁ、“シャア”。誰も君に追いつけないじゃないか」
しみじみ言えば、ペールブラウンを装った眼が密やかに笑う。微妙なドヤ顔。憎らしや。
「諸君、誰か“シャア”に挑むやつはいないか? 見事抜き去った猛者には僕のノートのコピー権を進呈するぞ!」
宣言すれば、わあッと周囲が湧いた。
ちなみにこのノート、もともとリノたちが写すためだけに作ってるんだけどね。割と好評。
「っしゃ挑戦するぜ!」
「シャアに勝つって無茶振り過ぎるだろ!」
「でも面白そうだよな」
「デメリットはないもんなー」
ふはは。おれには無理だが、みな挑んでくれたまえよ。
「……当然、僕にもなにかメリットあるんだろうね? ガルマ」
ひんやりした声が迫ってくる。
「君にはノート必要ないだろ?」
「だからさ。それに、リノ達にも意味がない。別に報奨が必要だ」
そんなこと言ったって。おれがしてやれるコトなんかあったっけ? 何もかも、おれより上手くやってのけるお前に?
ちょっと悩む。
「……何が良いの? “シャア”」
思い付けなくて、直接尋ねる。
「そうだな。じゃあ、久々にバンケーキでも焼いてもらおうか」
その答えに眼が丸くなる。
いやいやいやいや。お前、アムロか。
「ダメ。せめてスコーンにしてよ。キューカンバーサンドイッチとプチケーキもつけるからさ」
バンケーキは争いの元だ。一人にだけ作ると、残りの二人に責め立てられる恐ろしい代物だ。
ここでお前だけに焼いてみろ。後で知れたら、アムロとアルテイシアからの吊し上げが待っている。おれはそれを学習したんだ。
「アフタヌーンティーか。悪くないな」
キャスバルがニンマリと笑う。うわ。悪そうな顔だな。
「え? ガルマさんが作るの?」
「そうだよ、クムラン。うちに預かってる子がいてね、喜ぶ顔が見たくて色々作れるようになったんだ」
「菓子だけか?」
「簡単なのなら、食事も」
「へー、意外。ならポークジンジャーは作れるか?」
「ケイ、生姜焼き好きなの?」
「うん。地元でよく食ってたけど、ココじゃ出ないから」
そうだね。士官学校の食事なんて栄養と量重視だもんね。早食いも兵士のスキル。わずか20分の食事時間で、何もかもかっ込まなきゃならないし、そんな洒落たものは供されない。
「君の故郷の味ってわけにはいかないだろうけど、それくらいなら」
「じゃあ、ミートパイは?」
「キャベツロール作れるかい?」
口々に好きなものを口にする野郎どもを、なんとも言えない気分で見守る。
だよね。お前ら食べざかりだもんな。
「じゃあこうしようぜ。シャアに勝ったヤツは、ガルマのノートと一品何か好きなものを作って貰う。御曹司をコックにする機会なんて滅多に無いしな」
ヲイ。なに仕切ってんのさライトニング。
「もしくはノート無しで、二品でも良いな」
シン、お前まで。
「まあ、せいぜい挑んでくれ」
キャスバルが、ツンと顎を上げた。
うわ。煽り過ぎだ。周囲の目がギラギラしだしたじゃないか。
『君が言ったんだろ。“誰もお前に追いつけない”って』
たしかにね。
言い出しっぺだけど、おれも、アフタヌーンティーの準備をどうしようかって、既にもう考えてるし。
その思考波にキャスバルが薄く笑って、それがさらに級友たちを刺激してるみたいだった。
さて。
息も整ったし悪ふざけも済んだし、そろそろ次の授業に移動しなくちゃ。
このときのおれは、まだ呑気だった。
数日後、30人を超える生徒がオーバーヒートで倒れ、医務室送りになる事件なんて予想してなかったんだ。
だって、持久走を短距離走なみのスピードで集団爆走するなんて、誰も思わないだろ!?
挙げ句に、たった一人、その地獄から生還してのけるなんて。
そしてそれは、学校史に残る“シャア・アズナブル”の武勇譚の始まりだった。
学科は全てA。実技体育は言うに及ばず。
いつかの時間軸では一匹狼みたいだった奴が、仲間内で、澄ました顔して悪ふざけ。
どこまで活躍するのか、天井が見えないよ、もう。
『キャスバル、お前、最強伝説でも打ち立てる気か?』
『良いね。君も協力しろ』
傲然と顔を上げて微笑む姿が、ものすごく様になってる。
『はいよ。りょーかい』
思考波だけでゲラゲラ笑った。
✜ ✜ ✜
優雅に紅茶を楽しむ幼馴染の後ろで、約束通りサーブする。
時間はアフタヌーンって訳には行かなかったけど――授業が終わってからだからね。
茶葉と茶器一式、ケーキスタンドとクロテッドクリームは実家から取り寄せた。ガーディアンバンチじゃ手に入れるのが面倒だし。
ジャムとスコーンとケーキとサンドイッチは、厨房をジャックして拵えた。
クロスも用意して、ついでに悪ノリで執事服まで着用。
典雅なティーラウンジに姿を変えた談話室のソファで、キャスバルはご満悦のようだった。
見事にオオカミの口になったスコーンを二つに割って、クリームとジャムを滴るほど山盛りに。
「うわ美味そう……」
「……あそこだけ世界が違うぜ……」
「あれがセレブってやつか……?」
外野がガヤガヤ煩いけどね。
持久走爆走事件をはじめ、一寮は優秀だけど、とかく問題が絶えないとの評価を得て、おれ達は早くもドズル兄貴に呼び出しを食らったけど、日々はそこそこ平和。
この年頃の集団なんて、元気があり余ってるんだから、多少のヤンチャは大目に見てよ。
「……目の毒だぜ」
ライトニングが拗ねた声で言う。
あの爆走のとき、彼は医務室送りにはならなかった。むしろ、僅差でキャスバルに敗れたわけだから、悔しさはひとしおなんだろう。
口には出してないけど、シンも同様。
リノとケイはシカバネ組で、ルーとクムランとベンはおれと一緒にフツーに走ってくれた組。
「そこのバスケットにクッキーなら入ってるよ。残念賞」
厨房ジャックしたついでに、厨房員を茶葉で買収して大量に作ってもらった。
聞きつけた野郎どもが我先に漁りだす――あ、レディ達も居る。ん。女子のほうが強いね。
「そう言えばさ、厨房員が教えてくれたんだけど、ガーディアンバンチにもけっこう美味しいお店があるんだって」
「ふぅん?」
キャスバルの眼がちらりとこちらを向く。
「行きたいのか?『君は食いしん坊なところがあるからな』」
「興味はある。『食事は人生の重要なファクターだぞ!』」
おれたちの会話に、皆も気が惹かれたようだった。
「休みに出てみるか?」
「早めに外出申請しないと」
ケイとルーが言えば、
「店の予約もしておかないとな」
シンが補足する。だね。人気店なら予約は必須だろう。
「お高くとまった店なら御免だぜ」
ライトニングが言うけど。
「軍施設ばっかりのここじゃ、そんなに格調高い店はないんじゃないかな」
クムランが突っ込む。
「そうかもね。教えてもらったのはトラットリアだった。イタリアンだね」
「ピザ」
ベンが目をキラキラさせる。そうか、ピザ好きか。
そんなこんなで、休日に皆で出かけることになった。
ガーディアンバンチは、知っての通り、演習場を挟んで、ムンゾ自治共和国国防軍士官学校の敷地と地球連邦軍の駐屯地が隣接してる。
周辺には、2つの軍施設の関係者を目当てにした店舗が結構あった。
ぞろぞろと連れ立って校外に出れば、チラホラと上級生や他寮生の姿も。
「予約の時間には早いから、買い物でもする?」
「本屋に寄っても良いかな?」
ルーが言う。
「良いよ。チェス雑誌?」
「ああ。新刊が出てるはずだ」
「僕もパズル雑誌見ようかな」
「ガルマ、お前はレシピ本にしろよ」
ライトニングが突いてくるけど。
「“シャア”に勝つ算段はできたの?」
フフンと笑って返す。連戦連敗記録更新中だろ。リクエストは一勝してからにしてよ。
「くそ! 次は必ず!!」
「毎回聞くぜそれ」
グッと拳を握るライトニングを、ケイが混ぜっ返した。
「んだとテメェ」
「やんのかコラ」
「やめなよ。もう、みんな振り返って見てるだろ!」
クムランが言葉で止めて、ベンが無言で引き剥がす。
「ライトニング、本当に年上かよ〜。実は年下とか?」
「んな訳あるか!」
リノのからかいにも律儀に反応する――そういうところだよ、ライトニング。
「賑やかなことだな」
シンが肩をすくめてる。
本当に賑やかだ。まさに若者って感じで、少しばかり眩しい。
『君はたまに、年寄りみたいな思考になるな』
『ふふふ。実は千歳を軽く超えていてね』
『……今度はなんの影響を受けてるんだ?』
『なんだろうね』
呆れた様子のキャスバルに、低く笑う。
そんなこんなで、本屋で買い物して、雑貨屋を覗いて、歩きながら喋って、別腹とばかりに歩き食いなんかもしてみて。
「……楽しいな!」
護衛も無しに街を練り歩いたのなんて、テキサス・コロニー以来だ。あの時は、キャスバルと二人で護衛をまいたんだけど。
今このとき、周囲を探っても監視が無いんだよ。
「僕たちは自由だ! 買い食いで汚した口の周りを手で拭っても、咎め立てされることは無い!」
ライトニングとシンは監視代わりかも知れないけど、どっちかと言わずとも、もう仲間だからさ。
天を仰いでうち震えるおれに、皆が生暖かい目を向けてくる。
「ンな事で喜べるのかよ。案外お手軽だな、御曹司は」
「ガルマさんが楽しそうで何よりだよ」
皮肉っぽいことを言うライトニングが、クムランに抓られてる。
「なんだかんだで、君は箱入りだからな」
“シャア”が意地の悪い顔で笑った。
『キャスバル、お前もだよ』
『君ほどじゃない』
さて、どうだか。
おれは、箱に籠められてるだけの、元野良だからね。
トラットリアは、小綺麗でこじんまりとした店だった。
素朴な煉瓦の内装が、イタリアらしさを演出してる。
皆で頼んだのはピザ食べ放題。
それとは別にパスタ数種類、前菜全皿。
ハウスワインはピッチャーで。
「わ。これ美味しい!」
「コッチも美味いぞ!」
「それとってくれ」
「お前ワイン飲みすぎじゃね?」
「ピザ追加で〜!」
店員が走り回るくらいに、あっという間に皿が空になる。
ピザ一片なんて三口で飲んじゃうし。あれ、チーズって飲み物だっけ?
ワイワイ騒いでたら、外でなんか別の騒ぎが。
――女の子の声がする。
それから癇に障るような、野郎の笑い声が。
『キャスバル、誰か絡まれてる?』
『ああ。連邦の奴らだな』
青い眼が剣呑に細められた。
カタリと音を立ててキャスバルが立ち上がる。
それに従うようにおれも立ち上がる。
「ちょっと席外すね」
支払いはコレでよろしく――言いながら、カードをリノの手に落とす。うわ、油でベトベトじゃないか……仕方ないけど。
「おい!?」
「食べてていいよ」
ニコリと笑って。
店を出れば、そこには見覚えのある少女の腕を掴んでいる、連邦軍の奴らが居た。
ん。取り敢えず5人か。
「やあ、ゼナ・ミア嬢。僕たち、いまそこの店で食事をしてるんだ。良ければ一緒にどうかな?」
朗らかに爽やかに、場違いなセリフを口にすれば、当然、有象無象がいきり立つ。
「なんだ、ガキは引っ込んでろ!」
「ありきたりな返事ですね。でも、僕、あなた達には話しかけてません、あしからず」
語彙力も顔面偏差値も足りてないような三下にはね。
「彼女は同級生でね。さあ、返してもらおうか」
キャスバルがゼナに手を差し伸べる。
「はぁ? 痛い目に合いてぇのか?」
「なんだ、可愛い顔してんじゃねぇか、お前らもまとめて可愛がってやろうか? 女が一人じゃ足んねえしな!」
「そうそう、仲間も呼んであるんだぜ?」
聞くに堪えないけど。
「……ねえ。少し前にうちの女子生徒が襲われた事件があったけど、もしかしてあなた達がやったの?」
一応聞いてやるよ。
「どーだかなぁ?」
「いちいち覚えちゃねぇよ。どの女に突っ込んだかなんてな。お子様には刺激が強いかぁ? なぁ、お坊ちゃん」
「お前もアンアン鳴かしてやるぜ?」
ん。確定でいいかな。これ以上は面倒くさい。ムカつくだけだし。
ゲラゲラ笑う中に、ニコニコ踏み込んで、取り敢えずゼナの腕を掴んでる男の手の指を曲げてやった。
おれ、婦女子への暴力は容認しないタイプ。だけど、野郎に振るう分には容赦しないんだ。
「――ッ!? 痛ェ!!」
「ガルマさん!?」
「ゼナ嬢、店の中へ。早く!」
「はい!」
強く促せば、翻る背中――に、手を伸ばそうとした男は、キャスバルに阻まれた。
「残念だな、彼女は僕たちと食事を楽しみたいようだ」
「ガキが!」
振りかぶる拳を、キャスバルはきれいに避けた。ついでに足をかけて、転ばせる。
「無様だね」
「なんだと!」
「あれ、声に出てましたか?」
テヘペロ。
掴みかかってくる腕をいなす。さて、どうやって潰してやろうかね?
「『ガルマ、やりすぎるなよ』」
「わかってる。『殺しゃしないさ』」
舌舐めずり。視線があった男が、一瞬、怯んだような顔をした。
先ずは中指を立てた男の顎を打ち上げる。ついでに喉笛を軽くドン。大丈夫。潰しきってないから生きてはいるさ。
続く男の膝頭を真っ向から蹴り通す。ふは。絶対に曲がらない方向に足が曲がるってビックリだろ?
汚い悲鳴と怒号が。
隣でキャスバルも獰猛に笑ってる――殴り合ってる筈なのに、お前にはかすりもしないじゃないか。まるで相手がサンドバッグだ。
だけど奴ら、当初5人だけだったのに、本当に仲間を呼んでやがったのか、気が付けば増えてるし。
ど れ か ら 殺 ろ う か な――なんて、指で選んでたら。
「俺たちも混ぜろよ!」
「食後の運動だぜ!」
次々に店を飛び出してくる仲間たち。
へえ。ライトニング、いいストレートだね。
って、リノ、それ店のモップだろ!? 返してこい!
「……早く片付けて続き食おう」
ベン。お前、この後まだ食べる気なの?
「ガルマさん危ない!」
おれに突進してきた男に、クムランが全身で突っ込み返す。丸っこい体にどれだけ弾力があるのか、暴漢は面白いくらい吹っ飛んだ。
それはともかく。
なんだろう。周囲が大乱闘になってるんだけど。
士官学校生VS連邦兵士?
いつの間にか、仲間以外の生徒も乱入してきてる。
おれやキャスバルに届く前に、皆が相手をしちゃってるし――だけど。
「少し分が悪い」
キャスバルが顔を顰めた。
「だね」
人数は生徒が勝ってるけど、連邦の奴らの方が大人だし、流石に場馴れしてる。
さて。
「シン、そこの3名と班を組んで! ケイとルーは二人で! ベンはクムランと! ライトニングはフォロー!」
バラバラに相対するのが不利なら、相性の良いもの同士を組ませれば良い。
シンとライトニングは、技量が頭一つ抜けてるから、別に指示を。
一声かけるだけで、彼らの動きがまとまる。伊達に毎日訓練受けてる訳じゃないのさ。
兵士側も連携を取ろうとしてるけど、ライトニングがいい感じで撹乱してる
『キャスバル、あいつ逃さないで』
ひとり、ジリジリと逃げようとしてるけど、させるもんか。
『やれやれ、人使いの荒いことだ』
『おれも働いてるだろ!』
獲物が背を向けたと同時にダッシュ。
手を伸ばすけど、リーチの違いか、キャスバルの方が一歩早くヤツの襟首を掴んで、地面に引き倒した。
すかさず鳩尾を踏みつける。
ガボガボと酒臭い胃液を履いて悶絶した男を、さらに蹴って横に転がした。
窒息しないようにね。あ、おれ優しいわー。
『悪魔の慈悲だな』
『“小悪魔♡”って言ってよ』
キャスバルが鼻で笑った。
周りを見れば、ん。みんなも片付いたみたい。
「大丈夫? ガルマさん」
「問題ない。クムランは無事?」
「はい!」
「――リノ、唇切れてるじゃないか! 殴った奴どれ?」
「その辺で潰れてる」
どれか分からないから、適当に踏みにじる。
「うわぁ」
「ガルマってそーゆーとこあるよなー」
「フツーにヒデーわ」
ルーにケイに、ライトニング。笑いながら言ってくるお前らも同類だからね。
そして校長室である。
いつものメンバーに加えて、ゼナ嬢と、乱闘に参加した上級生1名並びに他寮生2名が、ズラッと並ばされている。
その前列に、おれとキャスバルが代表で立ってるわけだけど。
「……ガルマよ」
肩を怒らせたドズル兄貴の、重々しい声が響く。
背後で皆が恐縮する気配だけど。
「はい、ドズル兄様……いえ、ドズル校長」
ニコリと微笑んで見上げれば、兄貴は肩を怒らせたまま、眉を八の字に下げた。
「……お前達を呼び出すのは、今月にはいって、もう2度目である」
「はい。お時間を取らせてしまってごめんなさ…申し訳ありません。ドズル校長」
「また、この度は駐屯地から苦情も来ておる」
その言葉に、おれは口を閉ざして、じぃっと兄貴と視線を合わせた。
ねえ。ドズル兄様。僕らは、悪漢に攫われんとした乙女(同級生の少女)を救わんとして立ち向かっただけです。
しかも、奴らが過去にもうちの女生徒を傷付けたことは間違いないでしょう。
野放しにしてたら、また誰かが襲われるかも知れないんです。
――そんな輩から、苦情?
ドズル兄様、奴らの肩を持つの?
無言の抗議を込め、そっと首を傾げれば、ドズル兄貴は眉を下げたまま、大きく息を吐いた。
「無論、それに対してはこちらからも抗議し、調査並びに厳罰を要求しておるわけだが」
さすがドズル兄貴!
キラキラした眼で見上げれば、返る苦笑。
「お前たちも罰則なしと言うわけには行かんぞ。なにせ、先方の負傷が酷い。喉を潰された奴と、膝を砕かれた奴がいるそうだ」
あ。それおれがやったやつ。
『だからやり過ぎるなと言っただろう』
『ごめーん』
謝ったのに、思考波でピシャリと。
「ついでに顎を砕かれた奴もな。まあ、自業自得だが」
ドズル兄貴の補足に。
『あ、コレはお前だろ。あの顔面陥没してた奴』
『……どうだったかな?』
空とぼけるのに、思考波でピシャリ。それにパシリとやり返されるから、さらにベシっと。
ビシバシと、見えない応酬が炸裂する。
その間もドズル兄貴の説教は続いてたけど。ごめん、よく聞いてなかった。
最後に。
「――ガルマ・ザビ、並びに“シャア・アズナブル”両名は、一週間の自宅謹慎加えて反省文の提出。他、乱闘に加わった者は一週間の自室謹慎かつ反省文の提出。ゼナ・ミアについては、反省文のみの提出とする!」
言い渡された罰則は、ちょっと甘過ぎるくらいではあったけど。
「閣下! わたくしにも一週間の謹慎を! 彼らは私のせいで!!」
思いつめた顔で、ゼナ・ミアが一歩前に出た。
それに、ドズル兄貴は目を見開き、それから一瞬、太い笑みを見せた。それはすぐに厳しい顔に隠れてしまったけど。
「下がれ。ゼナ・ミア。命令は絶対だ」
ですが、と、唇はそっと動いたけど、言葉は出てこなかった。
見るからに悄気げたゼナを、皆が気遣うなかで、兄貴は少女の頭に、ポンと大きな手をおいた。
「まあ。なんだ。ここから先は、独り言だぞ」
ドズル兄貴らしからぬ、小さく潜められた声。その視線は窓の外に向いていた。
「ゼナ・ミア、無事で良かった。お前たちも、良く守った」
横顔はどう見ても笑っていた。
皆が目を見張る。それからくすぐったいような顔で視線を交わし合って。
ゼナ・ミアは顔を赤くしていた。
――さすが兄貴。
浮かんだ微笑みを、無理やり真面目な顔に引き締め、姿勢を正す。
「ドズル校長に敬礼!」
一声上げれば、皆が従った。
ドズル兄貴の手が、ひとつゼナの頭をなでてから、ビシッと敬礼に答える。
「下がってよし!」
「御前、失礼します!」
一斉に答えて、校長室を後にした。
✜ ✜ ✜
『ふぉう。自宅謹慎か……』
『僕は真っ直ぐにフラットに帰るからな』
『ちょ!? おれだけ“ギレン”に怒られろっての!?』
『また学校で会おう!』
『キャスバル! ヲイ!! この薄情者!!!』