「〜〜〜ッ!」
力尽きて倒れ伏したおれを、周囲は気の毒そうに見下ろしていた。
姿勢は微動だにしないけど。流石に“ギレン”の護衛だよね。
「足を崩して良いとは言ってないぞ。“ガルマ”」
温度のない声が執務室に響く。
視線だけ投げる先、重厚なデスクで書面と向き合う“ギレン”は、チラともこちらを見ようとしなかった。
長時間の正座で麻痺した脚を抱えて、こちとら床に這いつくばってるってのに。
そもそもアレだ。おれが逃走すると踏んだのか、“ギレン”は、わざわざガーディアンバンチまで護送要員を寄越しやがった。
スキンヘッドで髭面の、見上げるほどの大男。どっかで見たような気がするソイツとその部下に連行されて、ここへ直行させられたのが、そろそろ2時間前。
それからずっと正座って、コレ拷問だよね!?
「……閣下、そろそろ。これ以上は下肢の血流に差し障りが」
髭面スキンヘッドが、重々しい声で“ギレン”に。護送中、ずっと神妙かつションボリと大人しくしてたことが功を奏したのか、そんな助け舟を出してくれた。
「これしきで反省するとは思えんがな。……まあ良い。善からぬ振る舞いをすればこうなるのだと、少しは身に沁みただろう」
つまり、好き勝手すれば、また正座させるぞって脅してる訳だ。
鼻を鳴らしそうになるのを抑えて、殊勝に頷いて見せる。
髭面スキンヘッドが合図すると、部下が数人寄ってきて、そっと体を起こしてくれた。いつまでも床でウゴウゴしてたらみっともないからね。
「ありがとう」
微笑んでお礼。眉が寄っちゃうのは、ごめん、まだ脚がビリビリしててさ。
皆、この“拷問部屋”から逃がそうとしてくれてるんだろうけど、おれ、まだ“ギレン”に用事があるんだよね――と、言うか、おれにとってはコッチが本題。
ある意味、この時期に家に帰されたのは好都合と言っても良いくらいに。
だから、担ぎ上げられて連れ出される前に口を開いた。
「ところで、“ギレン兄様”、僕からもお話があります」
ニコリと笑みかける。
髭面スキンヘッドが目を剥いておれを見た。部下も同じく――助けようとした少年が実はゴリラだった、みたいな顔をしないで欲しい。
耳に痛いような一拍の静寂の後、
「……本当に懲りているのか、“ガルマ”」
地を這う低音が。
良い声な分、迫力があるね。護衛たちは凍りついたかに動きを止めているし。怖い怖い。
「懲りてます。兄様」
次はもっとスマートにやってのけるよ。“ギレン”の手を煩わさずに済むように。
それはともかく。
「でも、できれは今、駄目でも夜には聞いていただきたいお話しなんです」
どうあっても近々で聞いてもらうから。
寝室まで押し掛けられたくなかったら、今のうちに聞いておくれよ。
じっと見つめる先で、“ギレン”の眉間はフィヨルドみたいに険しかった。
暫しの見つめ合い睨み合い、絶対に退かないおれの意志を悟ったんだろう。
“ギレン”は肺の中の息を全部吐くみたいな、特大のため息をついた。
「デラーズ、席を外せ」
髭面スキンヘッドが、ピクリと反応した。
ふぉ?
――デラーズ? “デラーズ・フリート”か!
納得。エギーユ・デラーズ。見たような顔のはずだよ。0083 STARDUST MEMORY、推しはアナベル・ガトーだったけど。
どっかに居るのかな、アナベル・ガトーも。
なんて、呑気に考えてる場合じゃないか。
一礼して出ていく男たちを見送る。扉が閉ざされて、部屋の中はおれと“ギレン”だけだ。
「それで、今度はなんだ」
ギロリと睨んでくるのを、真顔で見返す。
「月を抑えて」
切り出せば、“ギレン”は二度、三度瞬きをした。頭の中で、おれの言葉の意味を精査してるんだろう。
ふっと息をついて、“ギレン”は首を振った。横に。
「それはできん。すぐさま月に軍を置けば、連邦を徒に刺激することになる」
だろうね。ムンゾ叩きの機会を虎視眈々と狙ってる連邦に、攻める口実を与えることになる。だけど、そんなことはおれにだって分かってる。
「月にムンゾの企業を置いてよ。誘致、買収なんでもいい。ムンゾの実質の支配権を強化して。3年後、連邦が簡単に月を落とせないように、経済圏をコロニー寄り、ぶっちゃけムンゾ寄りにしといて欲しいんだよね。そのうえで、彼らの保護としての軍を追々に」
「……この先、連邦が月を抑えると?」
「“おれ”が連邦なら、絶対にそうするね。ムンゾとルウムの喉笛を狙える。今のところ、まだ動きは無いようだけど――アナハイムがあるから甘く見てるんだろ。だからこそ、今しかないよ」
“ギレン”は、椅子に深く身を預けて嫌な顔をした。見ようによっては仰け反ってるようにも、ふんぞり返っているようにも見える。
「お前の“悪知恵”か」
「……おれの考えをなんでも“悪知恵”扱いするのやめてよね」
「事実だ」
「ひど!」
毎度ながら、おれをなんだと思ってんのさ“ギレン”。
ぷくっと膨れっ面。
「だいたい、“ボス”が共栄圏の確立とかを着々と進めてるから事態が複雑化してるんだろ――良いコトだけどね! 士官学校入ってから実感したけど、ホント、この時間軸、流れが変わり過ぎてて読むのが大変なんだよ」
本当に奇々怪々。確かにジオンと連邦なんて二極で考えるようなもんじゃないけど、それでも元の時間軸じゃ、この2つの勢力の激突が主軸だったのに。
今やムンゾに続きルウムも、果ては中立を保ってたはずの――って言うよりコウモリだけど――リーアまでがコロニー側の勢力として台頭してきてるんだから。
挙げ句にその内部でも、地球寄りにコロニー寄り、過激派に穏健派、様々に入り混じって複雑怪奇。
火種はすでに至るところに。さて、戦端はどこで開かれるものやら。少しでも有利に事を運ばないと。
「そこを何とかするのがお前の役目だろう」
シレっと言ってくれるもんだね!
「この謀略の海を、ひとりでここまで泳いで来たんだぞ。ようやくお前もそこまで育った、この先は役に立って貰わんとな」
悪い顔。そういう顔すると、子供が泣くかもよ、“ギレン”。
「そんな“お兄様”に、出来た弟からお土産。コレね」
ポイと放れば、パシリと。
「……メモリ?」
「おれの“オトモダチ”の情報だよ、学校の。弟の交友関係は気になるだろ? 各サイドすべて網羅してある。親御さんはじめ、周囲関係者の影響力が大きい辺りはもちろん、それ以外もね。“ギレン”の“計画”と照らし合わせて見なよ」
ツテが欲しいと思ってる辺りを、重点的に押さえてあるから。
入学して間もないけど、ザビ家の立ち場を生かした立ち回りで、1寮の同輩は元より、他寮生に上級生、果ては教官や厨房その他の関係者まで顔を繋いである。
加えて、ムンゾ大学時代に築いたネットワークだって健在だからね。
ここへ来て、ようやく、おれの耳目と手足が形になりつつあるんだ。
諜報は“ギレン”のお家芸かも知れないけど、おれはおれなりのネットワークの中心で、蜘蛛みたいにおっとりと、諸々のデータを吸い上げさせて貰ってる。
「ちなみに✗が付いてるところは、“オトモダチ”が、つい“うっかり”家族のアドレスを間違えて教えてくれたトコだから」
必要になったら使うといいよ――サスロ兄さんにでも任せれば、活かしてくれるだろ。
まるで透かし見るみたいに、“ギレン”は部屋の明かりに記憶媒体をかざした。
「……まさかと思うが、この話のためにわざわざ騒ぎを大きくして帰ってきたんじゃあるまいな」
「たまたま良いタイミングだっただけ」
「どうだか」
疑わしそうな声だった。
「お前ならそれくらいのことしてもおかしくないからな」
信用ないなーと、唇を尖らせる。
でも、おれ、そこまで策略家じゃないつもり。
「ってことで、諸々よろしく! おれはこのまま学生の本分とやらを全うするからさ」
「……学舎の占拠とかするんじゃないぞ」
ギロリと睨まれて肩をすくめた。
「いつの話をしてんの。しないよ」
――必要がなきゃね。
小さく笑う。一瞬去来する懐かしさには蓋をして。
「とりあえず、おれの話はいまんトコこんくらいかなー」
細かいことを言えば切りがないから、ざっくりとね。
さ。用事は済んだから、今度こそ“拷問部屋”から脱出するかね。
✜ ✜ ✜
ここで問題です。
「おまえ、ガルマ・ザビだろう! オレと勝負しろ!!」
と、自宅の廊下で知らない子供に指を突きつけられたらどうしますか?
回答:全力でくすぐる。
「ギャーーーーーーーーハハハハハハハハハッ!??」
黒灰色の髪の男の子である。アムロより少し年下かな。灰色の吊り目が、利かん気の強い子猫みたいな印象だった。
抱えあげてくすぐり倒せば、けたたましい笑い声をあげてのたうつ。
「悪い子誰だー?」
「っ! この、やめろ!! ギャハハハハ!!」
「降参する?」
「――しないっ! ぶは!」
気が強いなー。
しばらくコショコショし続けたら、ヒクヒク喉を鳴らし始めたから止めた。児童虐待はしたくないからね。
「はー。すごいね君。なかなか根性あるなぁ」
「……どうだ! オレの勝ちだ!!」
涙目で渾身のドヤ顔を向けてくるのに吹き出しそうになった。
「もっとくすぐる?」
「引き分けだ!!」
一瞬で青ざめる顔。表情が豊かで何より。
「ところで、君は誰さ?」
家にいるのはアムロだけのはずだろ。いつの間に子供が増えたの。聞いてないよ“ギレン”。
ここには居ない“兄”にぼやく。
「オレは……」
「『ガルマ!!』」
子供が名乗る前に、別の声がおれを呼んだ。
噂をすればじゃないけど――廊下の向こうから駆けつけてくるのは。
「『アムロ!!』」
黒灰色の髪の子供を腕から放して、飛び込んでくるアムロを抱き留める。
「『久しぶりだ! 元気だった? メッセージだけじゃ物足りないよ。よく顔を見せて』」
「『僕もおんなじ年なら良かった! そしたら一緒に学校に行けたのに!!』」
ぎゅうぎゅう抱きついてくる体は、前よりも背が伸びてるようだった。
離れてる間にも育ってる、当たり前だけど。その成長を側で見守れないのが少し寂しい。
突如、廊下の真ん中で始まった感動の再会に、子供は灰色の眼を見開き、ポカンと口も開けていた。
「『ギレンさんに叱られた?』」
「『ちょっとね』」
叱られたって言うより、ずっと正座させられてただけって言うか。
曖昧に濁す。
少しだけ大人びてきた思考波が、おれが悄気げてないか労るように、そっと撫でてくるのに唇がほころんだ。
優しいね。お前は。
ぎゅうぎゅうと抱きしめ合ってたら。また廊下の向こうから足音が近づいてきた。
「アムロ、お前、いきなり駆け出すなよ。ビックリするだろ」
おや。どっかで見たような顔だ。
ヒョロリとした、幾分か年重の少年が、小さな黒髪の女の子の手を引いて。
「だって。『……ガルマが部屋から出てきたから……』」
ああ、そうか。ずっと待っててくれたのか。
もう一回ぎゅっと抱きしめて。
「『アムロ、彼がメッセージにあったお友達?』」
聞けば、笑顔で大きく頷かれた。
お前が父親から友達を作れって言われこと、ずっと気にしてたのを知ってる。
おれとキャスバルが士官学校へ入ってから、お前が一人ぼっちにならないか心配だった。
だけど、暫くして届いたメッセージには、友達が出来たって書いてあった。
涙ぐむほど安心したおれに、キャスバルは呆れた風に鼻を鳴らしてたけどさ、その青い眼にだって安堵は溢れてたんだ。
そのお友達が、お前なんだね。
「……カイ・シデン」
「ああ。アンタがガルマ・ザビ?」
「そうだよ。よろしくね」
おっとり微笑んだのに、胡散臭そうな視線を向けられた。何故だ。
差し出した手とおれの顔を交互に見て、手を出すまで数秒。さらに握手まで数秒って、どんだけ警戒されてるの、おれ。
「くすぐったりしないよ?」
「……よろしく」
一瞬だけ握られた手はすぐに放された。なんなの。電撃とか出すとでも思ってんの?
そりゃ出たら面白いけど、電撃。
カイはするりとおれから離れて、落ち着きなくウロウロし始めた黒灰色の髪の男の子に向き直った。
「ゾルタン、お前も妹置いてフラフラ消えんなよ。ミルシュカが泣くだろ」
――ゾルタン!?
ふぉう。ちょっと待って。
ゾルタン・アッカネン? あのNTの??
言われて見れば面影があるような。
成程、“ギレン”がニタ研にチョップかましたってことか。
「『……ガルマ?』」
おれの動揺を感じとったアムロが、ギュっと袖を引いてくる。
『ゴメン。大丈夫。ちょっと知ってる名前だったからさ』
『ゾルタン?』
『そ。名前だけだけどね』
『……それだけであんなにビックリするの?』
疑いの眼差し。ふぉ。不貞を咎めだてされてるみたいな気分になるのは何故だ。
『……フラナガン機関って、前に話したことあるだろ? ゾルタン・アッカネンは、そこの子だ』
『うん。ギレンさんが連れてきた』
『あそこは、“ニュータイプ”を研究してる。つまり、おれたちみたいに“お喋り”できるヤツかもって…』
『できないよ!』
被せ気味に答えられて面食らう。
『できない! “この声”も聞こえてないし!』
確かに、レセプターは震えない。いや、微かに震えてるかも知れないけど、微弱過ぎて読み取れないんだ。
『僕とガルマとキャスバルだけだ!』
そこに含まれる幼い独占欲に、くすぐったい心地になった。
キャスバルだけじゃなくて、おれも、お前のプライドの一員か。嬉しいね。
興奮に鮮やかさを増した碧い瞳に笑みかけて。
『……そうだね。彼にも、妹君にも“この声”は聞こえてないね。おれたちだけだ』
頷けば、ようやくアムロは笑顔を見せた。
一拍おいて、カイと遣り取りしているアッカネン兄妹に意識を向けると、ミルシュカと呼ぼれていた妹が、チラチラとこちらを見ていた。
頬が赤く染まって、灰色の眼もキラキラしてる――4、5歳くらいかな。ちょっと痩せすぎで小さいけど、顔立ちは可愛らしい。
怖がらせないように片膝をついて、少女としっかり視線を合わせる。
「はじめまして。お嬢さん」
「おうじさま?」
そう呼ばれたのは初めてかな。
「ガルマ・ザビだよ。王子様ではないかな。残念だけど」
「でも、ギレンさんが、おとうとはおうじさまだって」
少女が唇を尖らせる。
ちょっと。なに言っちゃってんのさ“ギレン”。
「どうかな? 僕たちのお姫様は、僕をナイトって言ってくれるけどね」
幼かったアルテイシアが、絵本の中の騎士に憧れて、おれとキャスバルをナイトに叙勲したんだ。
なんとも可愛らしい思い出である。
「おひめさまがいるの!?」
灰色の目が真ん丸になる。兄は吊り目だけど、妹はちょっと垂れ気味。
「そのうちに会えるよ」
きっと、あの頃のアルテイシアみたいに、お姫様や王子様に憧れてるんだろう少女は、それはそれは期待に満ちた顔で頷いた。
途端に。
「このスケコマシ!!」
振るわれた小さな拳をぽすんと受け止める。なんつー言葉を知ってんのさ、ゾルタン。
「物凄く心外。名誉毀損で訴えちゃうぞー」
そもそも幼女は守備範囲外も良いところだ。
「ひどい! おにいちゃんキライ!!」
「なんでだよ! オレはおまえを守ってやってんだろ!!」
ふぉ。兄妹喧嘩が勃発か。
ハイハイと引き剝がして、ミルシュカはカイに託し、ゾルタンを俵担ぎにして、アムロに向き直る。
「『厨房に行こうか?』」
「『行く!!』」
久々に腕を奮おうかね。
ゾロゾロと連れ立って行く様に、なんとなく“ハーメルンの笛吹き男”を思い出した。
毎度パンケーキじゃ芸がない。
ってことで、ちょっと趣向を変えてクレープでも焼くかね。
実はあんまり材料変わらないんだけど。
「ひらひらしてる!」
「これに包むの?」
「そう。こうやって、くるくると」
「うまそう!」
皮だけ焼いて、あとはクリームでもフルーツでもチョコレートでも好きに包むといいよ、と、具材を差し出してみれば、子供らは大興奮である――カイだけちょっと大人しいけどね。
じっと、観察してくるみたいな視線が気にかかる。
「甘いもの苦手なら、ベーコンでも包む? ツナでも良いし」
「別になんでもいい」
「そう?」
バニラアイスにラムレーズンとクリームチーズ、チョコリキュールを加え、くるくると巻いて差し出してみる。ちょっと大人テイスト。
手にとって、一口齧ったカイの頬が緩んだ。お気に召したようでなにより。
そして子供らは、目についたものを片っ端から包んでる。
大丈夫か? 相性考えてないよね?
クリームにアイス、グミやらチョコやらキャンディーにマシュマロ、クッキーまで全部のせ。美味しそうに食べてるけど、それホントに美味いの?
子供味覚恐るべし。
「……なぁ」
口の端にクリームを付けたカイが声をかけてくる。
「なに? お代わりはそれ食べ終わってからね」
「違う……あんた、“ニュータイプ”なのか? アムロも?」
問われた内容に内心で目を剥くけど、表面上は、キョトンと“なに言ってんのお前”的な表情をキープしたおれ偉いわ。
「――ニュータイプって言ったら、ゾルタン達じゃないの? フラナガン機関にいたんでしょ?」
「ん〜〜っ。だけどさ、あいつらより、あんたらの方が繋がってるみたいな感じがするぜ。さっきも、誰も教えてないのに、アムロはアンタが出てきたことに気づいてたみたいだし」
ぬ。怪しまれてるぞ、アムロ。
さて、どうしたもんかね。
「それなら嬉しいけどね」
ニコリと微笑んで。
「だけど、居間の時計が鳴ってたでしょ? 僕がここへ帰ってきたのは昼時だったから、それから2時間。アムロなら“ギレン”の説教が終わる頃合いだって考えたはず」
ちなみに、この時計は屋敷の何処にいても音が聞こえる。そういう仕組みになってるらしい。
推理小説みたいなことを言ってみれば。
「……なんだ」
カイは、手品の種明かしをされた子供みたいな顔をした。
「って言うか、そんなことが分かるくらい怒られてるのかよ?」
「残念ながら。怒りん坊なんだよね、“ギレン兄様”って」
「……………そうか?」
顔は怖いけど、そんなに怒る人だったっけ、なんて。案外、懐かれてんじゃないか、“ギレン”。
何とかごまかせたかな。
『……ごめん。ガルマ』
こっちを向かないままで、アムロが謝ってくる。ん。いい判断だ。
『大丈夫。随分と勘がいい子だね。この先要注意だ』
『……友達やめなくていい?』
『もちろん! 当たり前だろ! 友達は大事に!』
不安そうな思考波に全肯定を返せば、キラキラ光るみたいに意識が揺らめいた。
そうだね。いざとなったら取り込んでしまおう。秘密を漏らさないように絡め取ってさ。
『……酷いことしちゃ駄目だよ』
『おれがお前に酷いことするわけないだろ?』
以前、お前がそう言ってたじゃないか。
『僕とキャスバルにはね。でも、カイは違う』
――なんだろ。この線引き。
確かにおれ、大事なひととそれ以外との対応が違い過ぎて、ドン引かれたり泣かれたりすること、昔からあったけどさ。
『……お前の大事なものなら、壊したりしないよ』
安心しな。
『うん!』
「アムロ、甘熟バナナのチョコクリームクレープ食べる? バニラアイスとサクサクチョコチップクッキー入れてみたけど」
王道アレンジである。
「食べる!!」
満面の笑顔向けられて、こちらもつられてニッコリ。
「そいつだけズルいぞ!」
「マシュマロカスタードキャラメルアーモンドチョコクレープ食べるひと〜?」
「オレだ!」
「じゃあ、お嬢さんにはベリーベリーの乙女クレープなんてどうかな? クラッシュベリーズアイスにホワイトチョコとラズベリーソースでドレスアップ」
「わあ! お花みたい!!」
そう。花束をイメージしてみたんだ。
差し出せば、ニコリぱくり。
おやつと言うには大量食いだけど、まあ良いか。
「ちゃんと夕食も食べるんだよ」
「「「「はーい」」」」
ん。良いお返事である。
お腹いっぱいになったらしき子供らを部屋に追い立て、お昼寝タイムを申し付けてみたわけだが、寝付かせるまでがまた一仕事だった。
ふぃ〜。
まあね、ベッドまで追い込めばころりと寝息をたててくれたから、大変だったのはそこまでだけど。
ふぃ〜、again。
さてと。忘れそうになるけど、おれ、休暇じゃなくて謹慎中なんだよね。
つまり、罰則も課題もあるわけだ。
先ずは反省文だけど、何を書けば良いんだっけな。記憶の隅からテンプレートを引っ張り出す。
……あ〜。うん。長々書かないでスパッとシンプルに纏めよう。
面倒くさいからじゃないよ。ほら、おれを含めて13人分読まなきゃいけないわけだからね、ドズル兄貴が。忙しいのにゴメンね。
ってわけで、事件のあらましと反省点をパパっと纏め、二度とこんな“事態には”致しません、からの謝罪で結ぶ。
サクッと仕上げたそれに封をして、さっさと鞄にしまう。
それから、一週間分の教本に目を通す。戦史関係がちょっと面倒だけど、そこはアレだ。歴史小説とか大河ドラマっぽくドラマティックアレンジで頭に叩き込めば、割と何とかなるし。
フフフ。どうよ“ギレン”。学生の本分とやらを全うしてるおれ、真面目じゃないか。
なんて。
呑気に過ごしてるけど、気掛かりがひとつ。
『……キャスバル? キャースーバールー?』
何度呼んでも返事がないけど――
フラットまでは距離があるから、おれ程度の思考波じゃ届かないのかも知れんケドさ――時折かすめる意識はめちゃくちゃ尖ってる。つまり不機嫌。
ずーっと脳裏にチクチクチクチクトゲトゲトゲトゲ刺さってくると、鬱陶しいを超えて心配になるんだよ。
謹慎中に連絡取り合うなとかの指示は無かったしなー。
部屋を出て、執事にキャスバルと連絡を取りたい旨を伝える。こういうの、ちょっと不便。直接架けたいけど、これも家のルールだから仕方がない。
程なくして繋がったことが伝えられたけど。
「キャスバル、そっちはどう?『お前、なんでそんなにチクチクトゲトゲしてんのさ。なんかあったの?』」
「やあ、ガルマ。数時間振りだな。『いまからそっちに行く』」
「『はい?』」
聞き返そうにも、もう通話は切れていた。
なに? 何が起こってるの? ねえ??
✜ ✜ ✜
「やっぱり君の顔を見ると落ち着くね、キャスバル。『うわぁ。そっちにもナニかいる……』」
「君が退屈がってるんじゃないかと思ってね。『親戚だそうだ』」
表面上はにこやかだけど、チクチクトゲトゲが止まないキャスバルである。
そして、来訪者はキャスバルだけじゃなかった。
執事が丁重に応対してるのは、ダイクン家御一同様。もちろん本元のローゼルシア様じゃなくて、アストライアさんとアルテイシア、護衛だろうランバ・ラルと、未知の子供二人。
千客万来じゃないか。
そしてなおオソロシイことに。
『キャスバル、なんか、この子……』
「『フロリアン・フローエです』」
うん、金髪巻毛の男の子の方、思考波出してるよね!??
レセプターがビリビリしてる。
ゾルタンとミルシュカが左程でも無かったから油断してた。
昼寝から飛び起きてきたらしきアムロが、めちゃくちゃ警戒してる。ちょっと毛並みを逆立てた子虎みたい。寝癖ついてるし。
「はじめまして。僕はガルマ・ザビ、こっちはアムロ・レイだよ。よろしくね。『聞こえてるんだね?』」
一応確認。視線の先でチビっ子が頷く。蒼い眼には不安と怯えと疎外感がチラついてた。意識も同様にぷるぷる震えてるし。
キャスバル、お前なんかしたの? 何もしなくても、まさかあのチクチクトゲトゲをこの子に向けてたわけじゃあるまいな?
視線をやれば、あからさまに目を逸らされた――ヲイ。
大人気ない。ホント、お前意外とヤキモチ焼きだし。大方、ご母堂様と妹君の関心がこの子に向いたのが気に入らなかったんだろうけどさ。
しゃーないなー。ミルシュカと同じくらいかな。5歳くらい?
ゾルタン達もそうだけど、こんな子供を被検体にしやがったのか。許すまじフラナガン機関。研究員共、うっかり事件事故に巻き込まれるなんてことは日常的にあるんだぞ。アナグマが巣でくたばることだって……。
『『ガルマ』』
『なにもしないよ?』
キャスバルとアムロが同時にジト目を向けてくるから、ニコリと微笑む。
ふお。フロリアン坊やまでドン引きとは。
コワクナイヨー。
『とりあえず、僕達のことについては口を噤むよう言いつけてある。逆らうことはないと思うが』
キャスバル、睨むのやめれ。
『まあ。でもナイショでお願いね』
よっこらしょ、と、子供を抱えあげる。
突然の浮遊感にビックリしたらしき子供がしがみついてくるままに任せ、居間まで移動。
当然、アムロもキャスバルも付いてくるし、アルテイシアも駆け寄ってきた。その後ろから、もうひとりの見知らぬ少女も。
「ガルマ、ここにも女の子がいるって本当?」
「ああ。ミルシュカっていう、小さい子だよ。フロリアンと同じくらいかな。兄のゾルタンって子と一緒に預かったみたいだね」
「ふぅん」
おや。お姫様のご機嫌も麗しいとはいかないのか。よもやキャスバルみたいにフロリアンに敵愾心を抱いてるわけではあるまいが。
「ねえ、そのミルシュカって子は…」
「ガルマ!」
ドスンと、いつかのアムロみたいに突撃してくるゾルタンによろめきそうになる。オイコラ。こちとらお子さんひとり抱えてんだぞ、危ないだろ。
噂をすればじゃないけど、カイもミルシュカも。なるほど、午睡から覚めて、カイが連れてきたってことか。
「おひめさま!」
灰色の瞳を輝かせて、ミルシュカが飛びついたのはアルテイシアだった。
「え?」
「ガルマのおひめさまね! きれい!!」
絵本と一緒だと大興奮のミルシュカに、アルテイシアは面食らってるみたい。パチパチと瞬きするさまが愛らしくて笑ってしまった。
「そうだよ、ミルシュカ。彼女がアルテイシア。僕のお姫様だ」
答えれば、アルテイシアの青い瞳が、真っ直ぐに向けられた。
士官学校に入ってから、まだ二月足らずだけど、久々に見る少女は、心做しか輝きを増しているように思えた。
「……本当にあっという間に綺麗になるね、リトルレディ。眩しいくらいだ」
かぐや姫みたいに何処かに去らないでおくれよ、と、少しだけ切なくなって目を細めれば、アルテイシアの頬は薔薇色に染まり、ミルシュカともうひとりの少女がキャアキャアと悲鳴だか歓声だかをあげ、一気に場が騒がしくなった。
『……ガルマ、君って』
『なんだよキャスバル。これ、ホントに悪い虫が付かないように見張らないとだろ!』
『むしろ、君に悪い虫が付かないかと心配されてるんだがな』
『つかないだろ? 女の子、全然寄ってきてくれないじゃないか。まあ、お前の隣じゃ霞むからな〜』
こっそり思う。本物のガルマだったらいざ知らず、おれ、“ガルマ”だからね。御曹司力が足りてないんだろ、きっと。
「それで、そちらのお嬢さんは? ランバと一緒に来てたみたいだけど」
よもや隠し子じゃあるまいから、やっぱりフラナガン機関にいた娘なんだろうけど。
アムロと同じくらいの年かな。
「マリオンだ!」
答えてくれたのはゾルタンだった。
「マリオン・ウェルチよ。ゾルタン、あなたは相変わらずねぇ」
「お前だって変わらないだろ!」
「ゾルタン、レディに“お前”呼びはいただけないな。いずれ君も“格好いい男”になるんだ。今から磨いときなよ」
「……オレ、格好いい男になる?」
「なるとも。見目もいいし、頭も良い。その年で力もあるしね。だから、女性には優しくしなきゃ」
肯定すれば、その顔が何故か一瞬クシャリと歪んでから、得意そうな笑顔に変わった。
「わかった!」
「良い子だ。アムロ、フロリアン、君たちもだよ――きっとキャスバルに迫るくらい良い男になるね、楽しみだ』
「……キャスバルが一番なの?」
アムロが不満そうに唇を尖らせるけど。
「そりゃ宇宙一だからね! 追い抜くなら相当頑張らないと。強敵だよ?」
「頑張る!」
「オレも!」
「……ぼくも」
ん。いいお返事。キャスバルは呆れたみたいに鼻を鳴らしてるけど――でも、満更じゃないんだろ?
「ガルマだって素敵よ!」
アルテイシアが褒めてくれる。嬉しいね。ニコリと微笑んでお礼。
「ありがとう、リトルレディ。僕も、君の隣に相応しくあれるよう頑張るよ」
手があいてたら抱きしめて頬にキスのひとつでも贈りたいけど、今はね。
ワイワイと居間に。
家族だけのときは広すぎた空間も、これだけの人数が入ると、やっとその役割を果たしてる感じだ。
「なあ、俺は帰るよ」
「なんで? もっと一緒に居ようよ」
アムロが、いつの間にか帰り支度をしていたカイの腕を引っ張ってる。
随分と懐いてる様子。さっきもだけど、なんやかんやで世話焼きな質なんだろう。アムロだけじゃなくて、アッカネン兄妹の面倒も見てくれてたし。
「また明日来るぜ」
「ええ〜」
アムロはゴネてるけどさ。流石にザビ家とダイクン一家並びに関係者がゾロっといる中での晩餐に参加する気にはなれないらしい。
「オヤツのリクエストがあったら、アムロにメッセージ送っておいてよ」
軽く言えば、ヒョイと手を上げて。
「フラップジャック!」
ふぉ。シリアルバーか。イギリスの伝統菓子のひとつ。まあ、なんとかなるかな。
「了解。気をつけてお帰りよ」
「ああ。じゃあな、アムロ。また明日な! ゾルタンも大人しくしとけよ! ミルシュカは……お姫様に夢中だな」
子供のくせにニヒルな笑みを残して、カイが帰っていく。
アムロはちょっと残念そうだけど、それ以上はごねなかった。
さてと。おれは今夜の準備でもするかね。
本日の晩餐は大人数になると厨房に伝えれば、料理人一同が力瘤をつくって大きく笑った。
「執事長から聞いてます!」
「何人増えたって対処しますよ!」
「久々に腕を奮えます!!」
子供がいっぱいいるから、それなりのメニューをと頼む。
あと、大人組の好きそうなものもね。
「任せてください!」
「ギレン閣下へはプチトマト増量しますね!」
なんて、凄く良い笑顔で振られるから、思わず顔が引き攣った。
「いや……それもう止めてあげて」
「正座2時間って聞きましたぜ?」
「それ拷問じゃないですか!」
「ソースはやっぱり山葵ですかね……」
厳しすぎると憤慨してるようだけど。
「今回は僕が悪いからね」
苦笑いして答える。
ちょっと調子に乗ってやり過ぎた感はあるからさ。
「女の子助けたって聞きましたけど?」
「うん。彼女が無事で良かったよ。でも、相手に大怪我させちゃったから……」
「婦女子に乱暴する輩なんて、ぶっ飛ばしてやりゃいいんですよ!」
うん。それは全面的に同意するけど。
「今度はもっと上手くやります」
「それでこそガルマ坊っちゃんだ!」
なんて。もう坊っちゃんなんて年じゃないけど、まあ良いか。
ついでに、明日のオヤツにフラップジャックを頼めば、これも快く承諾してくれた。良かった。
そうこうしてるうちに、“ギレン”も帰ってきたとの知らせが――え、いつの間にか出かけてたの?
相変わらず、重いのか軽いのか分からないフットワーク。
何故か壮絶な微笑みを浮かべた料理長に。
「……“ギレン兄様”の好きなものもちゃんと出してあげてね?」
と、心の底からお願いすれば、「勿論です!」と返ってはきたけど。
そこはかとなくドス黒いオーラが漂い出した厨房から、そそくさと逃げ出す。
ごめん、“ギレン”。
厨房はおれの支配下だけど、支配しきれてないみたい。
でも、どんな料理が出てきても、料理人のプライドにかけて絶対に美味しいから安心してね!