一月ほどの後。
ニュータイプ研究所を急襲した。もちろん、キシリアにも告げずにだ。
「こ、これは……」
フラナガン・ロスは、大慌てで表に出てきたが、その時には既に、部下たちが研究所内を制圧していた。“伝書鳩”ではなく、原作中にあった親衛隊とやら称する輩である。
隊長はエギーユ・デラーズ、逞しい、スキンヘッドで髭の男だ。『0083 STARDUST MEMORY』に出てくるキャラクターらしいが、残念ながら、こちらはここでが初見である――トミノ以外は興味がなかったので。
そう云えば、“ガルマ”が推していた――のか?――アナベル・ガトーは、このデラーズの作ったデラーズ・フリートとやらにいたのではなかったか。まぁ、UC0083年なら一年戦争の後だから、まだこの場にはいないものだろうが。
「閣下、制圧完了致しました」
「うむ」
「ギレン閣下、これは一体……」
フラナガン博士は、白衣の裾をもみくちゃにしながら云ってきた。
「フラナガン博士、われわれは、貴殿らがここで人体実験を行っていると云う情報を受けた。それに確証が得られたので、こうしてここを押さえることにしたのだ」
「……は」
間抜けに口を開けたフラナガン博士は、まだ事態をきちんと把握してはいないようだった。
「じ、人体実験とは……」
「――子どもを四人、“買った”だろう」
ゆっくりと瞳を巡らせると、フラナガンはうっと怯んだ様子になった。
「他にも五人、被験者がいるな? かれらに、貴殿は何をしている?」
「さ、サイコウェーブの発信や受信の有無を……」
「被験者に、ロボトミー手術まで施してか?」
それは、“伝書鳩”からの報告書に記載されていたことだった。
まだ、研究所にいる被験者は五名――MAN0001から0005までと云うことだったが、近日中に四名の増員あり、いずれも十歳にも満たぬ子どもである旨が書かれていた。それとともに、研究所における“実験”のあらましも。
「それどころか、貴殿らは、被験者に電気ショックを与えるなどして、サイコウェーブの増幅などを実験しているそうではないか」
「そ、それは……」
「人体実験、それに人身売買は、連邦法で禁止されている。これが表沙汰になれば、ムンゾは、連邦を介入させる緒を与えることになるのだぞ!」
怒鳴りつけるように云えば、さしものフラナガンも震え上がったようだった。
「か、閣下……」
「今回は、私が預かるが、今後このようなことはなしにして貰おう。被験者たちは、引き取る」
「しかし、閣下……」
「仔細はキシリアから伝える。暫く、この研究所は閉鎖させる。処分を待つように」
云い捨てて、踵を返す。
士卒たちの敬礼に応えながら歩いていくと、デラーズが歩調を合わせてきた。
「デラーズ」
歩きながら、云う。
「は」
「フラナガン博士を監視せよ。これで、連邦軍などに逃げこまれてはかなわん」
「承知致しました」
こう云う時、コロニーは有利だ。何しろ、脱走するにも宇宙船に乗らなくてはならない。そうなれば、地球上で逃走されるよりも圧倒的に見つけやすいし、亡命なども防止しやすい。
なるほど、『the ORIGIN』で、ミノフスキー博士が月面での亡命を目指したわけだ。月面は、空気や重力のことはおいてしまえば、地球上に感覚が近い。酸素量さえ保つならば、徒歩での亡命も可能である。
「被験者たちは」
「既に回収しております。衰弱しているものか、立って歩けぬものもおりまして」
「病院を手配して、まとめて収容せよ。経過はきちんと観察させよ」
「承知致しました」
「それで、“買われて”きた子どもたちはどこに?」
その子どもたちが、確実に金銭によって取引され、この研究所に連れこまれたからこそ、確証をもって踏みこむことができたのだ。
おそらくは金に困った両親に“売られた”子どもたちを、その家に戻すことはあまり宜しくないだろう――一度子どもを売った親は、買うものがあればまた売るのは目に見えたことだった――から、引取先を見つけるなり何なり、処遇を考えてやらなくては。
「――こちらに」
士官のひとりが、奥に佇む少年少女を指し示す。
そちらにまなざしを転じ、思わず目を見開いた。
見たような容姿の子どもが、その中に混じっていたからだ。
くるくるとした金髪と青い瞳、どこか、幼いころのキャスバルに似た風貌。歳のころは五歳か、そのあたり。
まさか、この子どもは、
「――名前は」
問うと、子どもは怯えたように、
「……フロリアン・フローエ」
と名乗った。
なるほど、略してF.F.、“シャアの再来”と呼ばれた男の通称に通じるものがある。
では本当に、この子どもが、後の“フル・フロンタル”と云うことなのだろうか?
「お、俺はゾルタン・アッカネンだ! こっちは、妹のミルシュカ」
黒髪、灰色の瞳の子どもが、さらに小さな少女を抱えながら、云う。フロリアン少年よりもやや年嵩の、こちらはちゃんと本名だったか。では、抱えられているやはり黒髪の少女は、失われたと云う妹か。
そして、青い髪の少女。ゾルタンと同じか、あるいはひとつふたつ年上だろうか。落ちついた雰囲気の少女だ。
「――マリオン・ウェルチよ」
さて、この少女は何に出ていたのだか――とにかく、ニュータイプの資質があるには違いあるまい。
「なるほど」
「わたしたちをどうするの」
少女はまっすぐ顔を上げ、そう問いかけてきた。
「さてな――当座は、こちらで預かることになる可能性が高いが……」
しかし、既にアムロ・レイがいることを考えると、そして女と子どもに甘い“ガルマ”のことを考えると、少なくともこのマリオン・ウェルチに関しては、他家に預けた方が良いようにも思われる。
と、
「――閣下」
デラーズが、紙の束片手に囁きかけてきた。
「何だ」
「フロリアン・フローエと云う子どもですが――どうやら、アストライア様の従姉妹の子ども、と云うことのようです」
「なに」
なるほど、整形したと云うことだったが、“フル・フロンタル”がシャア・アズナブルに似ていたのは、そもそもかれの縁戚であったからなのか。
「それならば、フロリアン・フローエについては、アストライア様に預かって戴こう。事情をご説明すれば、預かって戴けるに違いない」
「他の三人は如何致しましょう」
「ゾルタン・アッカネンとミルシュカ・アッカネンは、うちで預かる。マリオン・ウェルチは――“ガルマ”がいるからな……」
あの女誑しのことだ、マリオンにやさしくした挙句に惚れられでもすれば、アルテイシアとの間に戦争が勃発する。そう云う危機は、なるべく回避したい。
「ランバ・ラル、と云うか、クラウレ・ハモンに預けよう。あちらならば、“ガルマ”も迂闊に構いにはゆくまいし」
「姫君の心を、徒に波立てることもございますまいからな」
事情を察して、デラーズは頷いた。
「うむ。いらぬ諍いの種を、わざわざ蒔くこともあるまい。――私は撤収する。後は任せた」
「は」
敬礼を受け、フロリアン少年を抱えて踵を返す。マリオン・ウェルチとアッカネン兄妹は、不安そうに後をついてくる。
「――どこにいくの」
フロリアン少年は、きょろきょろしながら訊いてきた。
「君の預け先だ。君の遠い親戚にあたる」
「そんなひとがいるの?」
小首を傾げる、その様は小鳥のように愛らしい。多分、フロリアン少年は、アストライアとアルテイシアには喜んで迎えられるだろう――キャスバルの方は、どうだかわからないが。
車内から連絡を入れ、フラットに向かう。
アストライアは、待ち構えていたようだった。
「ギレン殿、事情はお聞きしましたが、私の親戚とは……」
「この子です」
フロリアン少年を差し出すと、青い瞳が見開かれた。
「フロリアン・フローエと云うようです。あなたの、母方の従姉妹の子どもであると」
「まぁ……」
こうして並べてみれば、フロリアン少年とアストライアの顔は、よく似ていた。母子と云っても頷けるほどだ。
「……フロリアンと云うの?」
「は、はい……あの、ぼくのしんせきって……?」
「そうみたい。あぁ、よく似ているわね」
キャスバルの幼いころに。
だが、キャスバルは、これくらいの歳のころであっても、もっと意志の強いまなざしをしていただろう。将来“赤い彗星の再来”になったかも知れない少年は、そう云う意味では、あまりキャスバル・レム・ダイクンとは似かよっていなかった。
と、
「お母さま! ギレン殿が来られているのですって?」
ぱたぱたと駆けてきたアルテイシアも、母親に抱かれた子どもに目を見開く。
「まぁ、可愛い!」
十二歳になる少女は、子どもに手を伸ばした。こうして見ると、姉弟と云っても誰も疑うまい。
「この子? この子をお預かりするの?」
「そうよ。――ギレン殿、そちらのお嬢さんは?」
と、マリオン・ウェルチを見て、アストライアが問う。
「この娘は、ランバ・ラルとクラウレ・ハモンに預かって貰おうかと思いまして」
“ガルマ”の傍に少女を置くのは少々、と云うと、アストライアは微苦笑した。
「ガルマさんは、女性には本当に甘いから……勘違いで不幸になることもあるでしょうからね」
「ガルマは気が多いって、ランバ・ラルが云ってたわ!」
アルテイシアが、少し頬を膨らせて云った。
「おやおや、ランバ・ラルが。それは炯眼」
「ギレン殿も、そう思う?」
まっすぐに見つめられてそう問われれば、流石に頷くこともできなかった。許婚者の少女の夢は、あまり壊したくはない。
「……まぁ、“ガルマ”は、女性と子どもには親切ですからな」
「じゃあ、勘違いされたりもするってことじゃない!」
「そのために、ラルとクラウレ・ハモンにこの少女を任せるのですよ」
「……ならいいわ」
ちょっと拗ねたような態度、幼くても女は女、か。
やがて、あたふたとランバ・ラルがやってくる。
「ギレン殿! 私は何も聞いていませんぞ!」
と叫ぶのは、フロリアンのことか、それともマリオンのことか。
「あぁ、今しがた保護したのでな。――こちらのフロリアン・フローエは、アストライア様の従姉妹子にあたる。もうひとりのマリオン・ウェルチは――“ガルマ”のこともある、うちには置けんのでな。済まないが、貴殿とクラウレ・ハモン殿とで養ってはもらえまいか」
「は……」
息を吐いたランバ・ラルと、マリオン・ウェルチのまなざしが合った。
一瞬の沈黙。
の後、
「わかった、ガルマ殿と云うよりは、アルテイシア様のためだな。よし、その娘はうちで引き受けよう」
ランバ・ラルは、そう云って大きく頷いた。
「助かる。女らしい女のいないザビ家よりは、ハモン殿といた方が、この娘にも良いだろう」
「……それは、キシリア殿のことか」
「おや、私は何も云ってはいないが?」
澄ました顔を作り、そう云ってやると、ぐうと呻いて歯を食いしばる。
「ギレン殿ったら」
アルテイシアが袖を引くので、ランバ・ラルを苛めるのは止めにした。
「すまん。――そう云うことでな、済まないが頼まれてくれ」
「……くそ。わかった、アルテイシア様のためにな!」
「それで構わんよ。うちには、残りの二人が来ることになるのでな」
そう云うと、ランバ・ラルはわずかに目を見開いた。
「……多いな」
「十歳に満たぬ子どもを、流石に収容施設にはな。まぁ、うちにはまだアムロ・レイもいる、子ども同士、うまくやってくれればいいが」
さて。
「ザビ家は託児所か」
流石にラルが吹き出す。まぁ、この面相の男の家が子どもだらけ、と云うのは、確かに意外過ぎて笑えるか。
「似たようなものだ。――とにかく、“買われた”子どもたちだ、それなりに接してやってくれ」
「わかった」
そうして、フロリアンとマリオンを残し、車に戻る。
中では、ゾルタンとその妹が、不安そうな面持ちで待っていた。
「さて、お前たちは私の家だ。なに、うちには他にも子どもがいる。あまり構えず、楽にするといい」
まぁ、大人は揃いも揃って悪人面ばかりだが。
子どもたちはじっとこちらを見ると、意を決したように頷いた。
本宅に戻ると、アムロ・レイは不在だった。どうやら例のごとく、カイ・シデンと一緒に出かけているようだ。
「――これが、家……?」
ゾルタンとミルシュカは、ザビ家本宅の広くて長い廊下に、きょろきょろと忙しなく視線を動かした。
「私の父親の家だ。君たちの他に、十歳になる子どもをひとり預かっているのだが――今日は出かけているようだな」
メイドが、子どもたちの部屋の準備ができていると云うので、そちらへ向かう。
「――当座、ここが君たちの部屋になる。ベッドが一つだが、まぁ暫くは良いだろう?」
別々の部屋にいるよりも。
来客用だった部屋は当然のように広く、ダブルのベッドの他に、簡単な食事の取れるくらいのテーブルと椅子のセットが置かれている。バス、トイレも併設なので、立て籠もろうと思えば立て籠もれる部屋だ。大きな窓の外にはバルコニーがあり、そこから、ズムシティでは贅沢な、広い庭園が見下ろせる。
「わぁ……おしろのなかみたい!」
いち早く反応したのは、妹のミルシュカの方だった。
「姫君のドレスはないがな。まぁ、ムンゾの首相の私邸だ、城のようなものかも知れんな」
「おうさまなの?」
「私の父がな」
と云うと、少女は首を傾げ、
「……おうじさまなの?」
と、やや眉を寄せて云った。
――王子様か!
はははと笑う。
「“王子様”と云うなら、“弟”の“ガルマ”がそうだな。私は軍人だよ。――アムロが戻ったら紹介しよう。とりあえずはゆっくりするといい」
そう云い残して、部屋を出る。
自分の書斎に戻ると、ドズルからの通信が入っていた。
折り返すと、画面に現れたドズルは、弱りきった顔を向けてきた。
〈――兄貴〉
「どうした。“ガルマ”か」
〈よくわかったな〉
「あれのことだからな、何かやらかすだろうとは思っていた」
もちろん、鉄オル世界でのこととは違って、今回士官学校に入ったのは、ある意味“ガルマ”自身の意志ではある。
しかし、元々の学生時代でも教師相手に悪戯したり、授業脱走も多々やった人間が、ここにきて急に品行方正になれるとは思われない。派手な事件の一つや二つは起こすだろうと思ってはいたが――まだ一年時の、この段階でか。
〈……実は、ガルマとキャスバル、そのまわりの連中を呼び出した。それが――既に二度目でな、かつ今回は、駐屯地の連邦軍兵士たちと揉めたらしい〉
「なに」
もうか。早過ぎるだろう、いろいろと!
〈いや、ガルマたちに非は――少しくらいはあるな、兵士たちの出入りする食堂に行って、乱闘騒ぎを起こしたんだ。もちろん、意味もなくじゃない、一緒にいた女生徒に、兵士どもが絡んだのを助けようとして、なんだが……騒ぎが大きくなって、駐屯地の方から苦情が入ってな〉
「……あの馬鹿め」
思わず、そう吐き捨てる。
駐屯地の連邦軍兵士と揉めごとだと? これから三年間、その隣りで学ぶ上、士官学校生は連邦軍との合同演習もある。あそこで騒ぎを起こせば、間違いなく狙い撃ちにされると云うのに。
しかも、ザビ家の末子、となれば、揶揄混じりの侮蔑が投げつけられるのは明らかなことだ。否、侮蔑程度ならば良い、これで、駐屯部隊の長がこちらになにやら捩じこんでくるようなことがあれば、また面倒なことにもなりかねないと云うのに!
〈――関わった連中は、一週間の自室謹慎だが……ガルマとキャスバルは主犯格だからな。一週間の自宅謹慎にした〉
「つまり、この後“ガルマ”が帰ってくると」
〈あぁ。……初年度の最初からこれでは、俺も胃が痛いよ。ギレン兄、ガルマの奴に釘を刺しておいてくれないか〉
「――わかった」
わざわざこちらに連絡をよこしたからには、もちろんそのような意図があったのだろう。
大学を出て、士官学校に入れたと思えば、もうこれだ。釘は、特大のものを刺さねばなるまい――“暁の蜂起”までは、あまりことを荒立ててもらっては困るのだから。
「“ガルマ”は、もう帰宅するのか?」
〈あぁ、もうそろそろ出るはずだ〉
「では、何とか云って、少し足止めをしろ。逃げられぬよう、こちらから迎えをやる」
〈お、おぉ〉
“伝書鳩”では、“ガルマ”に翻弄されるだけだ。確実に連行するように、エギーユ・デラーズを直々に送ってやろう。
ドズルの胃はともかくとして、今、あまり連邦軍と揉められては困るのだ。
ドズルとの通信を終えると、即座にデラーズに連絡を入れる。
〈は、ガーディアンバンチへ、でございますか〉
デラーズは困惑した風だった。まぁそうだろう、士官学校と連邦軍駐屯地しかない場所へ、何の任務だと思うに違いない。
「“ガルマ”がな」
〈ガルマ様でございますか〉
「そうだ。“ガルマ”が、駐屯地の兵士たちと、何やら揉めごとを起こして、自宅謹慎になったのだが――私に叱責されるのを厭がって、雲隠れしかねんのでな。ガーディアンバンチで確実に取り押さえて、私の許まで連れ帰ってほしいのだ」
私用で申し訳ないのだが、と云うと、デラーズは苦笑混じりに頷いた。
〈……いろいろと武勇談はお聞きしておりますが――まさか士官学校に入学されて早々に、とは〉
「あれは、そんなものなのだ」
元の学生時代、恩師から“羊の群れの中に、もこもこでみゃあみゃあ鳴く、三毛の化け虎がいる”とか云われたのだ。脚が太く、蹄ではない爪がある生きもの、だそうだ。まぁ、普通の学生ではなかったわけだ――ごく平和な世界線であっても。
「せっかく士官学校に入れて、一息つけるかと思えばこれだ。ドズルの胃も痛んでいるようだし、灸のひとつも据えてやらねばなるまいよ」
〈ザビ家の御曹司では、やんちゃで良い、と云うわけにも参りますまいなぁ〉
「そう云うことだ。任せたぞ」
〈は〉
デラーズは敬礼して云い、そうして翌日には、“ガルマ”を自宅に引っ立ててきた。
「その場に正座しろ」
と云うのが、再会して最初の言葉である。
“昔”、やんちゃばかりだった“ガルマ”――もちろん、その頃は“ガルマ”でも“三日月”でもない――に、当時の保護者のようだった人物がよく与えていた罰が、正座で一、二時間じっとさせた上での説教だったのだ。それが、一番堪えていたようだったので、運用させてもらうことにする。
“ガルマ”は、少しばかり目を見開いたが、観念したのか、おとなしくその場で正座した。
それから二時間。
「〜〜〜ッ!」
流石にこちらでは正座の習慣がないせいか、“ガルマ”が床にころりと転がる。
「足を崩して良いとは言ってないぞ。“ガルマ”」
仕事の合間に横目で見るが、“ガルマ”の表情は、別に懲りているようには見えない。
――もう少し継続、か。
と思ったところで、
「……閣下、そろそろ。これ以上は下肢の血流に差し障りが」
“ガルマ”の殊勝っぽい顔に騙されたデラーズが、そう口を挟んできた。
「これしきで反省するとは思えんがな」
実際、床から見上げてくるまなざしは、どちらかと云えば恨みがましいいろしかないのだし。
だがまぁ、これ以上やると、“父”やキシリアあたりが面倒か。
「……まあ良い。善からぬ振る舞いをすればこうなるのだと、少しは身に沁みただろう」
と云うのに、殊勝に頷いてくるが――目つきはまったく反省した風ではない。そう云うところだ。
デラーズとその部下たちが、“ガルマ”を助け起こしている。かれらからすれば、こちらは血も涙もない、厳格なだけの兄なのだろうが。
「ありがとう」
微笑んで云うのに、かれらは労るような手つきで“ガルマ”を抱え上げた。が。
「――ところで、“ギレン兄様”、僕からもお話があります」
微笑んでそう口にする“ガルマ”に、男たちは目を剥いた。
まぁ、そうだろうとも。本当に懲りた人間は、そんな声で“話がある”とは云い出さない。
「……本当に懲りているのか、“ガルマ”」
――お前はそう云う奴だ。
と思いながら睨めつけるが、“ガルマ”はしれっとした顔で頷いただけだった。
「懲りてます。兄様」
それは嘘だ、と確信する。
どうせ、肚の中では、何やらぐちぐち云っているのだろう。反省はしていない。しているとしたら、大騒動にしてしまったことか、あるいはドズルや駐屯部隊の長まで話がいってしまったことについてだけだろう。己の所業については、欠片も反省などしていない。それが、“ガルマ”と云う生きものだ。長いつき合いなのだ、それくらいはわかっている。
“ガルマ”は、少しばかり眉を寄せ、いかにも殊勝らしい表情を作って云った。
「でも、できれは今、駄目でも夜には聞いていただきたいお話なんです」
胡散臭い気分で“ガルマ”を見れば、兄弟の中では格段に大きな瞳が、じっとこちらを見つめてきた。
どうやら与太話の類ではないようだ。
「――デラーズ、席を外せ」
溜息をついてそう云うと、デラーズは、やや当惑ったような面持ちになった。こちらの云うように振るまって、“ガルマ”がさらに拷問されないか、と案じているようだった。
――拷問などであるものか。
それに、殊勝な顔をしているのも、どうせ今だけなのだ。
ともあれ、男たちは、おとなしく部屋を出ていった。
残されたのは二人だけ、その間に沈黙が落ちる。
「……それで、今度は何だ」
じろりと見やれば、“ガルマ”は至極真面目な顔で云った。
「月を抑えて」
月。それは、フォン・ブラウンやグラナダやアンマンやアナハイムや――月面にある都市を、ムンゾの支配下に置けと云うことか。原作で、キシリアが少々強引なやり方でそうしたように?
――無理だ。
結論づけて、首を振る。
「それはできん。すぐさま月に軍を置けば、連邦を徒に刺激することになる」
そうじゃなくて、と云うように、“ガルマ”は畳みかけてきた。
「月にムンゾの企業を置いてよ。誘致、買収なんでもいい。ムンゾの実質の支配権を強化して。三年後、連邦が簡単に月を落とせないように、経済圏をコロニー寄り、ぶっちゃけムンゾ寄りにしといて欲しいんだよね。そのうえで、彼らの保護としての軍を追々に」
「……この先、連邦が月を抑えると?」
「“おれ”が連邦なら、絶対にそうするね。ムンゾとルウムの喉笛を狙える。今のところ、まだ動きは無いようだけど――アナハイムがあるから甘く見てるんだろ。だからこそ、今しかないよ」
自信満々にそう云うが、こちらの意見は違った。
最近になって思うようになったのだが、世間の人間は、実はそれほど頭を使って生きてはいない。
こちらの目から見て、あまりにも明白な陥穽に足を取られ、失策をおかす人びとの姿を見ていると、そう思わずにはいられないのだ。
百年先を見通す目を持った“大政治家”などは、本当の混乱の世にしか現れない。その間に蠢くのは、利に対する鼻の利く、小物の“政治屋”やその取り巻きでしかない。
だからこそ、原作においてあれだけあからさまな行動をしていたムンゾの野望を、連邦軍は事前に食い止め得なかったのだ。いかに、その場しのぎの策しか考えていなかったかがわかるだろう。もちろん、その方が儲かると踏んだ、死の商人たちの損得勘定が、多分に作用したきらいがあるとしても。
それでも、そこまで“相手”の肚のうちを勘繰らずにはいられないのは、
「――お前の“悪知恵”か」
そう云うと、“ガルマ”はぷくりと頬を膨らませた。
「……おれの考えをなんでも“悪知恵”扱いするのやめてよね」
「事実だ」
「ひど!」
とは云うが、本当にいつものことだから、仕方がない。
「だいたい、“ボス”が共栄圏の確立とかを着々と進めてるから事態が複雑化してるんだろ――良いコトだけどね! 士官学校入ってから実感したけど、ホント、この時間軸、流れが変わり過ぎてて読むのが大変なんだよ」
まぁ、そこは否定しない。
コロニー同盟などと云うものを作ったお蔭で、各サイドのムンゾのあからさまな“敵”はいなくなった。原作においては敵対していたハッテ――例のブリティッシュ作戦で、コロニー落としのために殲滅されたところだ――ですら、今となってはムンゾ寄りの意見を表明している。
逆に云えば、ムンゾが少しばかり“馬鹿”をやらなくなれば、連邦に対する不満ばかりが噴出すると云う、何ともな状態ではあるのだ。“絶対民主主義”とはこれ如何に、である。
まぁ、だからこそコロニー同盟が成立し得たのであるし、それ故にこそ、原作を離れ、先が見通しづらいものにもなっているのだ。
だが、
「そこを何とかするのが、お前の役目だろう」
政治的な謀略はお手のものだが、戦術的なそれは、元々“ガルマ”の役割だ。
「この謀略の海を、ひとりでここまで泳いで来たんだぞ。ようやくお前もそこまで育った、この先は役に立って貰わんとな」
“入れ知恵”がその都度あったのはあれとしても。
「そんな“お兄様”に、出来た弟からお土産。コレね」
かるく放られたものを受け止める。掌に収まったのは、
「……メモリ?」
「おれの“オトモダチ”の情報だよ、学校の。弟の交友関係は気になるだろ? 各サイドすべて網羅してある。親御さんはじめ、周囲関係者の影響力が大きい辺りはもちろん、それ以外もね。“ギレン”の“計画”と照らし合わせて見なよ」
にやにやと笑いながら、云う。
「ちなみに✗が付いてるところは、“オトモダチ”が、つい“うっかり”家族のアドレスを間違えて教えてくれたトコだから」
必要になったら使うといいよ、と笑う。
胡散臭い思いで、透かし見るように記憶媒体をかざす――もちろん、何が見えるわけでもない。
“ガルマ”の云うのは、草の根運動的に親ムンゾのコミュニティーを組み上げる、と云う話か――だがそれこそ、こちらがそう云ったネットワーク構築が不得手であることなど承知だろうに。
正直に云えば、鉄華団だってそう御せていたわけではなかったのだ。軍隊としての規律のない、同年代の緩い集団などと云うものは、感覚や感情優先でやり辛かった。組織と云うものは、上意下達のしっかりしたシステムと、その運用を監視する監査部と、どちらもが機能していなくてはならないのだ。
鉄華団は、そう云う意味では、まったく“組織”の名に相応しくはなかった――所詮は、少年たちのコミュニティーでしかなかったので。それはそれで良さがないわけではないが、“使える組織”ではなかったと云うことだ。あれを率いて何とか生き残った自分たちを、今となっては全力で褒め称えたい。自画自賛の極みだが。
まぁ、こう云うものは“餅は餅屋”だ。得意そうなサスロにでも投げて、巧く活用させることにしよう。
それにしても、
「……まさかと思うが、この話のためにわざわざ騒ぎを大きくして帰ってきたんじゃあるまいな」
疑惑のまなざしをなげると、にこりと笑いが返された。
「たまたま良いタイミングだっただけ」
「どうだか」
まったく信じられない。
「お前ならそれくらいのことしてもおかしくないからな」
信用ないなーと、などと云うが、どの口がと思う。
と、“ガルマ”は、ぴっと敬礼らしきものを向けてきた。
「ってことで、諸々よろしく! おれはこのまま学生の本分とやらを全うするからさ」
「……学舎の占拠とかするんじゃないぞ」
云うと、“ガルマ”はひょいと肩をすくめた。
「いつの話をしてんの。しないよ」
――どうだか。
どうせ、その言葉の後ろには、“とりあえず今は”とか何とかつくのだろう。
――わかっている、お前はそう云う奴だ。
胡乱な表情でいるのがわかったからか、“ガルマ”はくるりと踵を返した。
「とりあえず、おれの話はいまんトコこんくらいかなー」
じゃあね、と云う声とともに、扉がぱたんと閉まる。
――逃げたな。
とは思ったが、まぁ、頃あいではあっただろう。そろそろアムロも帰ってくるのだろうし。
そう思っていると、やがて扉の向こうから、子どもたちの賑やかな声が聞こえてきた。
さて、ネタを振られたからには、動かねばなるまい。
とりあえず、グラナダは元々サイド3への物資輸送の拠点であったから、ムンゾの企業も数多く駐在している。それを、近隣都市であるアンマンにも進出させることにした。
と云っても、アンマンにはアナハイム・エレクトロニクスの拠点のひとつがあり、商売もそちらが手広くやっている。
それで、とりあえず、既にあるジオニック社のMWのレンタル業から入ることになったようだ。ジオニック社のMWは、後のジャブロー建設現場でも使われていたから、取っかかりとしては良いだろう。そこから様々なもののレンタルを展開していけば、各都市の企業活動に食いこんでいくこともできる。アナハイム・エレクトロニクスの製品は、質は高いかも知れないが、中小企業が使うには高過ぎるのだ。そこに、食いこんでいく余地がある。ジオニック社のマシンも、原作よりは高性能になったのだろうし。
企業活動についてはそれこそ門外漢なので、こちらもサスロの出番である。ついでに例のリストも投げ渡したから、どちらもうまくやってくれるに違いない。
では、こちらが動くのはと云うと、コングロマリットに対する働きかけくらいだ。相手はヤシマ・カンパニーCEOシュウ・ヤシマ、つまりはミライ・ヤシマの父親である。
ヤシマ・カンパニーは、そもそも軍需産業を担う半官製企業であったが、最近になって民営化し、現在はサイド7の建設などを請け負っているらしい。実は、テム・レイは元々ヤシマの社員だったのだが、民営化に伴い、アナハイム・エレクトロニクスに移っていたのだと云う。勤めて日が浅い企業だったからこそ、簡単にヘッドハンティングできたのだと思うと、知らぬながらも良いタイミングだったのだと思う。
「ギレン・ザビ殿か。お噂はかねがね」
シュウ・ヤシマは、その穏和な顔に微笑みを浮かべ、手を差し出してきた。かれの滞在中の宿である、インペリアルホテルのスィートルームの客間である。
その手を、しっかりと握り返す。
「こちらこそ、お名前はムンゾにも鳴り響いております」
「それは貴殿のお名前こそだ。各サイド関係者の間で、ギレン・ザビの名を聞かぬことはありませんよ」
促されて、腰を下ろす。
シュウ・ヤシマが、偶々ルウムを訪れていた――おそらくは、テキサスコロニーを買ったからだろう――時に捕まえられて、本当に良かったと思う。そうでなければ、こちらから連絡を入れてもそうそう会える人物ではないし、連邦の情報網に引っかかって、“事故”やら何やら仕掛けられる可能性もある。
まったくもって、僥倖と云うべきだった。
「それにしても、ムンゾ軍の総帥ともあろう方が、私などにどんなご用です?」
にこやかながら、そのまなざしには強い疑念が含まれている。
まぁそうだろう、ヤシマの母体は、連邦軍の兵器を製造していたヤシマ重工だ。ゴップ将軍と親交があると云うのも、おそらくそこからの繋がりであるのだろう。昨今は、レジャー産業にも手を伸ばしつつあるが、やはり半官製企業であるとのイメージは根強い。
そんなところに、反連邦と目されるムンゾの軍部の人間が、何の用だと思うのは致し方のないところだ。
「いえ、貴殿がゴップ将軍と親しいとお聞き致しまして――是非、ご面識を得たいと思った次第です」
「……私からゴップ将軍に繋げるのは、無理と云うものですぞ」
「いえ、そちらは一度お目にかかっておりますので」
「……なるほど」
シュウ・ヤシマは、頷いた。
「つまり、ゴップ将軍との伝手として、私と知り合っておきたかった、と」
「それもあります。が、それだけではない」
「と、云うと?」
「ヤシマの子会社を、ムンゾに進出させて戴きたい。そして、ムンゾの企業も、サイド3から広く進出さへたいのです」
「何を今さら。ジオニック社など、地球にも支社を置いて、手広くおやりのようではないてすか」
「いえ、ああ云う重工業ではなく、もう少しやわらかい方面でやりたいのですよ」
「例えば?」
「例えば、通信機器や、そのOSです。ムンゾには、コード・ロジカルと云う企業がありますが、サイド3では圧倒的シェアを誇っても、他のコロニーではまだまだだ。それを、もう少し広く展開させてやりたいのです」
シュウ・ヤシマは眉を寄せた。
「……難しいのではありませんか。ムンゾの企業に警戒感を抱いているものは多い。情報を抜かれるのではないかと危惧する市民は、もっと」
「中世期の中国のようだとおっしゃりたいのですな。しかし、ムンゾでは、あそこまで国家が介在しているわけではありません」
「しかし、イメージと云うのは、かなり影響が大きいものですよ」
「……確かに」
まぁ実際、元のアレコレにおいて、性能は素晴らしいとレヴューで絶賛された携帯端末が、後ろに国のついていそうな企業の製品だったために、手が出なかったことはある。個人的には、ひとつの企業にすべての情報を握られたくなかったので、SNSすらほとんどやらなかった――仕事の連絡をそれで回されたので、少々不便ではあったが、プライベートまで紐づけされたくはなかったので、仕方ない――くらいなのだ。シュウ・ヤシマの云いたいことはわかる。
だが、
「――そのあたりの機微を、ヤシマ・カンパニーのノウハウをお借りして、何とかしたいのです。どうも、ムンゾのソフトな方面は、ガラパゴス化しているのではないかと云う危惧がございまして」
「ほう」
「何しろ私も軍と政治ばかりしかわからぬもので――経済となると、さっぱりお手上げなのです」
元の仕事は小売だったわけだが、正直、何をどうすれば売れるかと云うノウハウはさっぱりなかった。得意で、かつ上から期待されていたのは、人間関係がゴタついている職場でバランサーになることで、決して販売員として有能だったわけではなかったのだ。
職場の人間関係が落ちつけば、他のできる人びとが結果を出してくれるので、こちらは、その土台を作ることだけしか期待されていなかったのだと思う。
そんな人間に、経済の何がわかると云うのか。ケインズやクルーグマン、ピケティなどを熟読しておけば良かったのか。ドラッカーなら、読まずとも割合近い意見であると思うのだが。経済と経営は、また違う問題である。そして、残念ながら、経済はまったく向いていない。需要と供給の問題だと簡単に云われても、それを見出す目がないでは、手も足も出ないのだ。
“昔”は、それこそ組織の収支などは、得意なものがやってくれていたので不自由なかったが、ムンゾの国庫のみならず、民間企業の収支がどうの、と云う話になると、自分が手を出してどうこうできる気は、まったくしない。サスロにできるのは、それこそ国庫の収支の管理くらいで、民間企業はそれぞれ、やり方もあるのだろうし。
シュウ・ヤシマは微笑した。
「なかなか、率直なお言葉ですな」
「粗忽者でございまして」
苦笑を返す。
「いやいや、中々、己が知らぬことを知るのは、難しいことです」
「“無知の知”でございますか」
「その逆は多いですがな」
確かにそのとおりではあるが。
「……まぁつまり、門外漢の私に、力をお貸し願えないかと云うご相談なのですよ」
「なるほど」
ヤシマは、暫考えこんだ。
まぁ、無茶なことを云っているのはわかっている。
半官製企業であったヤシマ・カンパニーのトップが、連邦に反旗を翻す勢いのムンゾの人間に、そうそう助力してくれようはずもない。
だが、こちらの姿勢を訴えておけば、もしかしてもしかすると、何かの折に力になってくれることがないとも限らないではないか。
正直、こう云う交渉は苦手どころの話ではないので、ヤシマがどれほど心を動かしてくれるかはわからなかった。
やがて、ヤシマはふと顔を上げた。
「――全面的に協力できるとは申し上げられないが、できる限りの助力は致しましょう」
云われて、息が抜けるのがわかった。
「……それは、とてもありがたいことです。感謝致します、ヤシマ殿」
頭を垂れると、かるい笑いが返ってきた。
「いやいや。噂でお聞きするより、数段謙虚な方だと思いましてな。障りにならん程度であれば、助力して差し上げたいと思ってしまったのです」
「は」
噂。どのあたりからの噂かはわからないが、それは随分と、傲岸不遜な人間だと云われているのだろうなと思う。
まぁ、コロニー同盟にしてもムンゾ内のあれこれにしても、かなり強引に進めたには違いないので、甘んじて受けねばなるまいが。
「恐れ入ります。私は経済はさっぱりですので、実際にご教授戴くのは、弟のサスロになるかと思いますが」
「可能な限りは、ご期待に沿えるように致しましょう」
「ありがとうございます」
話が一段落ついた時、
「……お父様?」
少女、と云うにはやや落ちついた声が、ノックとともに呼びかけてきた。
「何だ、ミライ。来客中だぞ」
とシュウ・ヤシマが云うからには、これはミライ・ヤシマ、のちのWBクルーのあの女性だろう。
「えぇ、ですからお茶をお持ちしましたの。宜しいかしら?」
「……うむ」
鹿爪らしい顔をする、こう云うところは、年頃の娘を持つ、普通の父親なのだなと思う。
「失礼致します」
そう云って入ってきたのは、想定されたとおりのミライ・ヤシマだった。
但し、もちろん1stよりは若いし、『the ORIGIN』のシャア・セイラ篇で見たよりは年上である。『the ORIGIN』枠であるからには、一年戦争時には二十二、三、つまり今は十六、七歳と云うことになる。“ガルマ”やキャスバルとほぼ同い年と云うことだ。『the ORIGIN』において、地球上に逃れていたキャスバルたち――テアポロ・マスに養われていた――を見かけたミライが、“十五でカレッジに”と云っていたから、おそらく今は大学生なのだろう。つくづく優秀な女性である。
「どうぞ」
と云って茶器を置く、その仕種もさり気なく優美である。容姿は地味だが、知性に満ちた女性であると知れる。
「お嬢様ですか」
「ええ、ミライと申します。今は大学で学んでおりまして、宇宙飛行士に憧れているとか申すのですよ」
「ミライ・ヤシマです。ギレン・ザビ閣下ですわね、ご高名はかねがね」
そう云う声は落ちついて、とても十代とは思われない。
「これは、聡明なお嬢様だ。うちの末弟もあなたと同じ年頃ですが、爪の垢を煎じて飲ませたいですな」
「弟君と云うと、デギン閣下が溺愛されていると評判の、ガルマ様ですか」
少女は、そこばかりは歳相応に、目を輝かせて云った。
「歳の頃は同じくらいですが、較べものにもなりません。大学を出て、今は士官学校ですが――ひと悶着起こしまして、初年度から謹慎です」
「優秀な方ではありませんか。男の子と女の子では、いろいろと違いますでしょう。やんちゃもまた良し、ではないのですか」
シュウ・ヤシマは云うが、そう云うレベルの話では、残念ながらない。
「末っ子で、皆が甘やかすので、どうにも奔放で――この先何をやらかしてくれるのか、ひやひや致しますよ」
「まぁ……」
ミライは云って、くすりと笑った。
ミライ・ヤシマは、原作の時間軸では婚約者のカムラン・ブルームと別れ、紆余曲折あって、ブライト・ノアと結婚したが――この時間軸では、下手をすればそのままカムランと結婚することになるのかも知れない。
だとすれば、マフティー・ナビーユ・エリン=ハサウェイ・ノアが生まれることはなく、マフティーの動乱もないことになるのか――とは云え、このラインでこのまま行けば、マフティーの動乱どころかグリプス戦役も、第一次/第二次ネオ・ジオン抗争も、その他の細々とした紛争もないことになるだろう。
そのなかで、ブライト・ノアではなく、カムラン・ブルームの妻になることが、ミライ・ヤシマの将来にどのような影響を及ぼすのか――あるいは、シュウ・ヤシマが存命であれば、また違う未来のかたちもあり得るだろう。そうなれば、ヤシマ・カンパニーもまた、本来とは違うかたちで継続していくことになる。その影響は、どのように表れることになるのだろうか。
神ならぬ身には、すべてを知ることはできないが――ハサウェイ・ノアのいない未来は、少々淋しいようにも思われた。
「――頼もしいご令嬢だ。羨ましい限りです」
「まだ子どもですよ」
「いやいや。――ミライ殿の希望が、現実のものになる日も遠くはないでしょう」
「……そうあれるよう、励みますわ」
まっすぐに顔を上げて、少女は云った。その面差しの中には、原作で見た意志の強さと聡明さとが、早くもかたちをなしていた。
「羨ましい限りです」
繰り返して云い。
気を良くしたシュウ・ヤシマと、暫く雑談してから部屋を辞した。
これで、ヤシマ・カンパニーと多少なりとも結びつきができただろうかと考えながら。