晩餐は圧巻だった。
何がって、そのメンバーがさ。
ザビ家からは四人――ドズル兄貴とサスロ兄さんが都合で不在だけど、デギンパパとキシリア姉様と“ギレン”とおれが揃ってるし。
ついでに、キシリア姉様は、シャア・アズナブル(本人)を連れてきてるし。
ダイクン一家は言わずと知れたキャスバルをはじめ、ご母堂様のアストライアに妹君のアルテイシア。
今回は護衛ではなく“友人”として、ランバ・ラルとその妻であるレディ・ハモン。
以下、子供らがズラッと。
アムロ・レイに、ゾルタン・アッカネンと妹ミルシュカ、マリオン・ウェルチに、フロリアン・フローエ。
なんつーか。物凄く豪勢だよね。
大人組はいずれもサイド世界の主要人物、子供組は漏れなくニュータイプor強化人間って。
食堂の長テーブルが、ズラリと埋まってる様に感嘆する。
「久しぶりに、このテーブルが満席になったな」
デギンパパは、その頬を柔らかな微笑みに緩めた。
「この部屋が、こんなにも賑やかになるのはいつぶりか。アストライア様をお迎えしての晩餐とは、嬉しい限りだ。特にキャスバルやアルテイシアの立派に育った様を見ると、ジオンが今ここにあればと思わずにはいられない」
しみじみと告げられる声には、喜びと共に、僅かばかりの寂しさがあった。
「……それもこれも、すべてはデギン殿のお計らい故ですわ」
アストライアは、歳を重ねても――歳を重ねたからからこその美しい笑みを返す。
「お蔭様をもちまして、私も子どもたちも、穏やかに過ごしております。キャスバルだけは、少々やんちゃが過ぎるようですけれど――」
微かに潜められる眉。チラリとキャスバルに視線を投げるさまは、世の母君達と変わらない。
加えてこちらもチラリ。
ん。デギンパパの手前、言及しないけど“あなたもよ”ってことか。
条件反射で肩をすくめたのは、キャスバルもおれもほぼ同時だった。
そっと目を逸らす。
なるほど、おれが“ギレン”に絞られてるころ、お前はご母堂様に叱られてたわけだね。
ちなみに、“ギレン”からは正座2時間という過酷な制裁を受けたものの、デギンパパからは「怪我のないように程々にな」と、それでいいのか的なお叱り――お叱りじゃないなコレ――しかなかった。むしろ、よく帰ってきたって抱擁されたし。
なにはともあれ。
運ばれてくる皿は彩りに満ちていた。
「なぁ、これ、ナイフとフォーク、どれから使うんだ?」
ズラリと並んだカトラリーに、ゾルタンが当惑した声をあげる。
「外側から使うんだよ」
皿ごとに使い分けるのさ、と説明すれは、なんでそんな無駄なことするんだって唇を尖らせた。
だよね。まあ、この無駄な感じもこの階級のステータスだから、今のうちに慣れろ。
『……失敗したらどうしよう……』
アムロは、ここに来てだいぶ慣れてた筈だけど、大人数での晩餐に緊張を隠せてない様子だった。
『……そとがわから……』
フロリアンは、わずか5歳だってのに、早くもマナーを覚えようとしてか、せっかくの食事の前で顔が強張ってるし。
ふむ、と顔を巡らせる。
「スープ、どのスプーンでのむの?」
「この丸いのよ」
すっかりミルシュカに懐かれたアルテイシアが、お姉さんらしく指導してる。
どっちも可愛いなぁ。お花畑である。
マリオンは、あんまり心配ないみたい。わからないところは、さり気なく隣からレディ・ハモンが教えてあげてるし。
となると、この子たち三人のフォローだけで良さそうだね。
「『さてさて。“良い男”は食事だってスマートに摂らないとね?』」
言えば、良い男になりたいゾルタンは勿論、アムロとフロリアンもこっちを見た。
「『カトラリーの扱いは必須。基本は外側から内側へ、それぞれの料理にあったものがセットされてるんだ。出てくる皿の順番も決まってる』」
ひとつひとつの形とその意味をサラッと説明すれば、賢い子どもたちは見る間に吸収していく。
音を立てずに皿に乗ってるものを掬う方法とか、綺麗に切り分けるコツとかも。
たまに失敗するのだって、今はちっとも問題じゃない。
「『一番大切なのは、美味しい料理を美味しく食べること!』」
それを忘れたら本末転倒だからね。
ニンマリと笑えば、子供らは一様に笑顔を見せた。
アミューズは白身魚と季節の野菜のゼリー寄せだった。オードブルに鴨のコンフィ、海老とアボカドのラヴィゴットソース、林檎とクルミ入りのクリームチーズ蜂蜜掛けとかね。
スープはヒヨコ豆のポタージュ。ズッキーニとマッシュルームが合わせてあるのが奥深い。
どちらかと言えば、女性や子供の喜びそうなメニューだと思う。今のところ。
彩りも綺麗なそれらを、銀のカトラリーで楽しみながら食べる。
キャスバルの所作は流石に洗練されてて、子供らは真似しようと一生懸命だった。
不意にカシャンと皿が鳴って、ゾルタンのフォークからプチトマトが飛んで逃げた。
くり抜いた中に生ハムをみっちり詰め込んであるそれは、狙ったみたいにコチラの皿の中に着地した。
瞬間、ムンクの叫びみたいな形相になったゾルタンに軽くウインクして。
「流石にうちのは活きが良いね!」
飛んできたトマトをパクリ。
勿論、マナー違反だけど、実はこのくらいの振る舞いはユーモアで済まされる。目くじら立てる方がみっともないってね。
給仕も心得たもので、得意そうな顔で腰を折った。
「産地より直に取り寄せておりますので」
そして何食わぬ顔で、ゾルタンの皿に新たなトマトを。
ゾルタンは目を白黒させてたけど、給仕に小声で礼を言い、微笑ましそうに頷きを返されていた。
『飛ばしても良いの?』
アムロがワクワクした顔になるけど。
『わざとじゃなけりゃね。……ヲイこら、飛ばそうとすんな』
しかもこっち狙ってるよね!?
フォークの角度を計算し始めたと思しきアムロを慌てて嗜める。
『アムロ。食事はきちんと摂れよ』
キャスバルが、すかさず注意してくれたから事なきを得たけど、カタパルト発射の寸前だったよね、いま。
『……おれの言うことは半分しか聴かんのに、キャスバルの言うことは全部聴くよな、アムロって』
ボヤけば、アムロがペロリと舌を出し、キャスバルが小さく笑う。
ホントにもう。何だよ。拗ねちゃうぞ。
「『ねえ、学校での話を聞かせてよ』」
アムロがおねだりしてくる。
「主にキャスバルが爆走してるよ」
好成績高評価だけど、問題児のレッテル貼られてるその1だからね。
「何を言う。一番暴走してるのは君だろう、ガルマ」
「持久走を爆走したのは君じゃないか」
「寮を煽ってそう仕向けたのは君だ」
そんな言い合いを交えながら、士官学校がどんなところか、どんな愉快な仲間たちがいるのかを、話して聞かせる。
更には、今回の謹慎の原因になった一件まで。
「悪漢共は、か弱き……弱くはないけど、ともかく乙女の手を掴んで攫って行こうとしてたんだ」
アムロは勿論、アルテイシアやフロリアン、アッカネン兄妹に、シャア・アズナブルまでが身を乗り出して興味津々。
「そこへ颯爽と現れたキャスバルが、“その手を放したまえ”って連邦兵士の腕を捻り上げてね」
「何を言っているんだ。そこは君が、“美しいお嬢さん、僕たちと一緒にお茶をしませんか?”って彼女を誘ったんじゃないか。場違いにもあの状況で」
ヲイ、なんてこと言いやがるんだ。
「ガルマ、本当なの!?」
ぷくっとアルテイシアが頬を膨らます。
「記憶にございません。『キャスバル、お姫様がご立腹じゃないか!』ともかく、いきり立った連中は、僕たちに殴りかかってきたんだ」
「わあ!」
「こわくなかった?」
「怖くないさ。キャスバルがいたからね」
「まあ、こう見えて格闘技の成績は悪くないからな、君は」
「“こう見えて”は余計だよ。さて、乙女を守るため、キャスバルと僕は立ち向かった。五人の悪漢どもは、不利と見たか仲間を呼んでね」
「多勢に無勢じゃないか!」
シャアが憤りにかフォークを握りしめた。ヲイ、マナーどこ行った。
姉様も苦笑いだけで許してて良いの、ねえ。
「そこに飛び込んで来たのが、我らが頼もしい仲間たちさ」
「皆、一騎当千の強者でね」
切った張ったの大乱闘を、キャスバルと二人で話していれば。
「あなた達、本当に反省しているのかしら?」
ふぉ。ご母堂様からお叱りが。
肩をすくめたおれの隣で、キャスバルがペロっと舌を見せる。
“ギレン”は呆れ顔だけど、デギンパパもキシリア姉様も笑っていた。
楽しくお喋りしながら、スズキのプレゼも、梨のソルベも、ラムチョップのグリエも、美味しくいただく。
複雑なマナーも、ゲームのコツみたいな扱いだと、我先に身に着けてくれるしね。
晩餐は和やかで、楽しげな笑い声が終始絶えなかった。
局地的にブリザードが吹き荒れることもあったけど――“ギレン”とキシリア姉様との間に。
多分、フラナガン機関が原因なんだろう。その辺りはおれも一枚噛んでるからね。
それでも、姉様のご機嫌は見せ掛けより悪くは無さそうだった。
目付きこそ鋭くしてるけど、“問い詰めてやる”って感じはしても、“取っちめてやる”って感じはしないし。
以前に増して表情が穏やかになったのは、シャアがそばにある故なのか――ちょっとだけ悔しい。
まぁ、姉様が幸せならそれで良いか。
コーヒーと小さな摘み菓子を食べ終えたところで、“ギレン”とキシリア姉様は話合いに入るようだった。
デギンパパは、やれやれと言った顔で肩をすくめてみせたけど、心配する様子は無い。
暖炉の前の居心地の良い椅子に腰掛けたパパの周りで、子供らがてんでに騒いでいた。
シャア・アズナブルだけは、背筋を伸ばして若干の緊張を見せてたけどね。
ダイクン一家とラル夫妻は、泊まっていくことになったから、皆、同じ部屋で寛いでいて。
――なんて平和か。
唐突に胸を衝かれるような心地になる。
強いて思考に上らせないように、そっと意識の奥底で思う。
ねえ、“ギレン”。ここに、楽園みたいな光景があるよ。
守りたいと強く思うほど、腹の底の熾火みたいなそれがジリジリと意識を炙るようで。
おれは臆病だから、いつだって“敵”が怖ろしい――いまも。この先の戦いを思えば、地球など無くしてやりたくなるほどに。
『……怖がるな。僕たちがいるだろ?』
『僕も一緒に守るよ!』
隠しきれなかったみたい。おれの“震え”を感じ取ったらしき二人から。
それから、トトト、とこちらへ来たフロリアンか、ヨシヨシと頭を撫でてきた。
優しい子だ。
5歳児に慰められるとか、おれ、ダメだねー。
よくわかって無いだろうに、何故かゾルタンまでが寄ってきて、ギュっと手を握ってくれるし。
ふお。なんだ。まとめて可愛いんだけど!!
震えが霧散する。
そうだね、“正攻法”で守らないとイカンよね。
気持ちを切り替えて。
「『明日はボードゲームでもしようか? “人生ゲーム”とか』」
その提案に子どもたちは歓声をあげた。
『おい! あの悪辣なゲームをここでやる気か!?」
キャスバルがちょっと焦ってる。
悪辣ってなんだよ。架空の人生を10割刺激的にしてみただけだろ。
『やらないよ。今度はフツーのヤツ』
『市販のだな?』
『ううん。自作の』
大体、5割増の刺激で作ってみた。
『市販のにしろ』
何故だか頑強に食い下がられる。青い眼が座っててジワジワ怖い。
『市販のって刺激が少なくてつまらないだろ。寮でやったときには、教官すら巻き込んで大盛況だったじゃないか』
『大盛況と言うより、阿鼻叫喚だった。変な中毒性があるって禁止になっただろう」
それな。なんか、末路が悲惨過ぎて魘されるんで、勝つまで止めぬとか意地になってた一群が居たっけね。
ちなみに、完全勝利(無欠の人生)で上がれる確率は1割くらい。どんなにトントン拍子に進んでても、8割は破滅。あとの1割は平凡だが穏やかな生活ってヤツで、何故だが一番人気が高い。
『市販のにしろよ』
駄目押しされて、了承する。
『わかった。今回は市販のにするね』
『この先もだ』
『……わかった。この先も市販のにする』
了承すれば言質を取ったとばかりに満足そうなキャスバルだけど。
こっそり思う。
でもさ、おれ考案の“人生ゲーム”、近く発売されるんだよね。
実家が玩具メーカーの級友が、家族に送り付けたところから作成、販売が決まったみたい。ちょっとしたお小遣い稼ぎになったってホクホクしてるところ。
市販のゲームなら良いんだよねってことで、そのうちお目見えしよう。
団欒は楽しいけど、そうこうしているうちにも夜は更けていく。
子供たちはそろそろ休む頃合いだね。
「ほーら、お風呂で泡アートするぞー。ライオンになるのは誰だ―?」
「おれだ!」
「はい。じゃあゾルタンはライオン。ウサギは誰―? いない? じゃあクマはー?」
「ぼく!」
「はい。フロリアンはクマね。アムロはテヅルモヅルで良い?」
「なにそれ!? やだ! “ゴジラ”が良い!」
ふぉ。なるほど、気に入ってたのか、“ゴジラ”。前に“投影”こみで話してやったときにはガタブルしてたのに。
「ん。“ゴジラ”了解。キャスバルは“ダース・ベイダー”でいこう」
「いらん。一人で入る」
そう? まあね、全員で入ったら流石にバスルーム狭くなるからね。
ライオンもクマもゴジラも、会心の出来だったと思う。
ガップリと泡の怪物に頭を喰われてる子供らは、ギャアギャアと悲鳴だか歓声だかを上げていた。
泡アートに興奮した子供らが、流すのを拒否しまくったせいで、風呂時間が大幅に伸び、乗り込んできた“ギレン”に叱られたのも、まあご愛嬌だよね。
「ときに“ガルマ”。お前のそれはなんだ?」
「テヅルモヅル。ここら辺の触手、よく出来てるだろ?」
フフフ。この繊細なレースみたいなフワモコを見ておくれよ。
“ギレン”は物凄い変な顔をした。
「さっさと流して出ろ」
「はいよ。りょーかい」
さて。
ライオンとゴジラとクマとテヅルモヅルを退治するの誰だー?
✜ ✜ ✜
「『オレは生まれ変わった!!』」
謎の雄叫びに飛び起きる。
――なに!? なにごと!??
目をかっぴらいた先に、ゾルタン・アッカネン。
……お前か。
「『オレだ!』」
いつの間に不法侵入しやがったのか。ベッド脇にいる子供に、フーッと息が落ちた。
めちゃくちゃビックリした。心臓がバクドキしてる。
この夜更けになんだよ。子供も大人も寝る時間だ。睡眠大事。
さあ、寝るのだゾルタン。
「『いやだ!』」
なんでそんなにテンション高いんだよ。
寝惚けたにしてはダイナミック過ぎないか?
何に生まれ変わったのさ。ライオン・キング?
「『寝ぼけてない。ニュータイプだ!』」
――……ニュータイプ?
起き抜けの混乱にみまわれていた頭が、徐々に醒めてくる。
ちょっと待て。
うっかりスルーしてたけど、思考波出てるよねコレ!??
しかも、おれの思考読んでる――まだ一言も喋ってないのに会話になってるって、そういう事だろ。
「『ニュータイプだからな!』」
嬉しそうな声を上げて、部屋から飛び出して行こうとした子供を、ベッドから飛び降りてぎりぎりで捕まえる。
『Emergency! キャスバル、起きてキャスバル!!』
『いま起きてそっちに向かってる』
キャスバルからはすぐに応答があったけど――多分、あの叫びが届いていたんだろう。
『アムロは……起きないな……』
スヤスヤと夢の中。さもありなん。こんな真夜中だ。
さて、どうしたものか。
「『Shhh. ゾルタン、それ内緒にして』」
先ずはストレートにお願いする。
「『なんでだ?』」
「『悪い奴らに利用されかねないから』」
よっこらしょ、と、ベッドに腰を下ろし、足の間にゾルタンを座らせる。
「『アイツらみたいな?』」
思考波が一瞬震えて、痛みの投影が来た。電気ショックかな。それからミルシュカの泣き顔と、ゾルタンの怒り――これは記憶の断片か、研究所での。
――フラナガンの野郎ども。いつか同じだけの目に合わせてやるよ。
ブワリと沸き立つ黒いものを、なんとか意識の深いところに押し留める。
レセプターが震えて、ゾルタンが、底の見えない灰色の眼を向けてきた。
熾火みたいな、クラクラ滾るような何かが奥底にあった。
子供のする眼じゃないだろ。そんなの。哀しくなる。
言葉にならない色んな感情が、ザリザリと触れてくるのを、丸ごとギュっと抱き込めば、騒がしいはずの子供は、おとなしくされる儘になっていた。
ややあって。
「『わかった。ナイショにする』」
「『……良い子だね』」
基本的には、素直な良い子なんだろう。怒りも悲しみも、妹に向ける愛情も真っすぐで激しい。
だから、行く先を見失えば、たちまち溢れてねじ曲がりそうな。
そのまま抱き込んでいれば、キャスバルが、ノックも無く部屋のドアを開けて入ってきた。
『ガルマ』
『ん。キャスバル。ゾルタンがコッチに来た』
『ああ。……予想はしていたが、思ったより早かったな』
『だね』
興奮がおさまって眠気が戻ってきたんだろう。ゾルタンは、腕の中でウトウトと眠かけ始めてる。
ふぅ、と、胸の中の息を吐いて。
『この分じゃ、ミルシュカやマリオンも時間の問題かもな。もしかしたら、アルテイシアも。お前の妹だし』
言えば、キャスバルが首を傾げた。
『アルテイシアはどうかな。僕たちとこれほど長く過ごしてるのに、聞こえないだろう? 繋がる素養があれば、直ぐにでもそうなる。君と僕がそうだったみたいに』
あの出会いの日。目が合うよりも先に、思考波がつながった。
心底驚いて、直ぐに喧嘩になった。
思い出したら小さく笑いが溢れて、キャスバルの思考波も、懐かしむみたいにさざ波を打った。
『……そうだね。あの頃はこんなにたくさん仲間が出てくるとは思ってなかったけど、案外、居るもんだ』
『そうだな。こうなってくると、この先、ずっとは隠し通せないだろうな』
やっぱりそーなるよな。
目を見交わして、頷く。
今はまだなんとか隠して、それから、そうだね。“ニュータイプ”が迫害されないように、搾取されないような道筋を作って行かないと。
だって、おれたちは思考波で話せるだけで、超人でもなんでもないんだ。過剰に期待されても迷惑なだけ。
『フラナガン機関は姉様の管轄だけど、最近、“ギレン”も強引に介入してるから、そっちから何とかしてもらおっかな』
『ああ。“ギレン”は何だかんで人道家だからな』
キャスバルも同意して、共犯者の顔で笑った。
『さてと、ゾルタンはこのままここで寝かせるとして、キャスバルはアムロの部屋で寝てくれる?』
『何故?』
『明日の朝、アムロに噛み付かれたくないからさ。起きたときお前が傍にいれば、少しは落ち着くだろ』
答えれば、呆れ顔を見せるけど、否定されることはなかった。
けっこうテリトリー意識強いんだよ、アムロ。キャスバルもそうだけど、基本、おれのテリトリーは、彼らのそれと重複してるから、知らない間にこの部屋にゾルタンが侵入してるとなると、ちょっと拙いコトになる。
『それなら、ここに運んでくるさ』
『……ベッド、大きいのに買い換えようかなぁ』
いまでも小さくないんだけどさ――ひとりならね。
クスクス笑いながら出ていったキャスバルは、文字通り、アムロを担いで戻ってきた。
ぜんぜん起きなかったらしい。ぐんにゃりとして、爆睡中の猫みたいだね。無邪気な顔で可愛いったら。
子供らをシーツに転がし、両側をキャスバルと挟み込むようにして、ぎゅうぎゅう詰めになって4人で眠った。
朝方、アムロのキックで、おれだけベッドから落とされた。解せぬ。
そんなこんなで、帰宅してからの7日間は、おもに子守週間だったけど、合間を見てムンゾ大学の恩師たちに挨拶に行ったりもした。
ついでに謹慎の原因になった連邦兵士の横暴ぶりを話したら、ドライバイム教授が暗黒微笑を浮かべていた。怖い怖い。
それから、普段はあまり帰宅しないサスロ兄さんも帰ってきて、生ぬるいお説教を受けたり。
当然、正座なんてしてないし、座り心地のいいソファに向かい合わせで座って、ザビ家に相応しくあるための薫陶が主題。合間に、繰り返し「怪我するような真似はするな」と挟まれる。
ん。心配してくれてたみたい。
「――ところでお前、本当に軍に行くつもりか?」
と、唐突に話題が変わって首を傾げる。
「はい。父様も“ギレン兄様”もそのつもりですし」
「親父はお前が望むなら、そうそう反対するまいよ。ギレンは何を考えているのか知らんが」
フーッとため息を落とされる。おや、サスロ兄さんは不服か。
「お前、俺に付いて外部交渉やらないか?」
「外部交渉? それ、“ギレン兄様”が聞いたら、多分、物凄く反対すると思いますけど」
「それなんだよなぁ」
ううん、とサスロ兄さんが唸っている。
子供の頃は、あんまり合わないってお互いに思ってたけど、家を出た事で適切な距離が取れたのか、ムンゾ大学に入る頃には普通に会話するようになってた。
と言うか、ムンゾ大学時代、一番お世話になってたのは、実はサスロ兄さんだったし。
うちで一番法律と経済に明るいのはこの兄だからね。
「でも、なんで僕に交渉役を?」
首を傾げる。
コミュニケーションは、今生で死ぬほど頑張ってるけど、元来は得意じゃない方だ。
面倒くさがりでハーミット願望満載だからね――残念ながら、いまだに引き籠もれた試しはないけど。
「向いてると思うぞ。この間のメモリ、あのネットワークを作ったのはお前だろう?」
「ええ。ザビ家の、ひいてはムンゾの役に立つかと思って」
「ああ。役に立ったよ。あんなところからツテができるとは、正直思ってもいなかった」
サスロ兄さんが、珍しく皮肉の気配のない笑みを見せた。
ココ最近で拵えたネットワークは、おれにしてみたら情報網でしか無いけど、サスロ兄さんにとってはそれ以上になるもんね。まあ、それ見越して“ギレン”に渡したんだけどさ。
「お前は、家では格段に見目がいいし、当たりも柔らか……く見えるから、交渉役としては悪くない。損得勘定も…まあ、……あまり毟り取るようなことを控えれば、な?」
その微妙な間と最後の疑問形はなんだ。
ニコリと微笑みかければ、サスロ兄さんの視線が逸らされた。
「まあ、考えておいてくれ。専属にならなくても、手伝ってくれるならそれで良い」
「……“ギレン兄様”に確認してから、かな。勝手なことしてまた正座2時間とかは嫌ですから」
答えれば、サスロ兄さんがぎょっとした顔をした。
「正座2時間!?」
「はい。今回のお仕置きでした」
サラリと答えれば、
「……なぜギレンは、お前に対してだけそんなに厳しいんだ」
その目を憐れむように細めて、兄さんは机の引き出しからチョコレートを取り出した。
知る人ぞ知る名店の逸品であるそれを、箱ごと手渡され、笑ってしまった。
これ、慰めとか励ましなんだよ。子供の頃から、ぜんぜん扱いが変わらないね。
「ありがとう、サスロ兄様! ふふふ。家族がみんな僕に甘いから、自分だけは厳しくって思ってるみたいですよ、“ギレン兄様”は」
って言うのは建前で、ホントは中身が“おれ”だからだ。
そもそも、“ギレン”ってばおれを警戒しすぎだと思う。どの時間軸でもね。
「ギレンには俺から聞いておく」
「はい。……“ギレン兄様”がダメって言っても、どうしても必要だったら言ってくださいね。僕、サスロ兄様の為に頑張りますから!」
力瘤を作ってニコッと微笑めば、サスロ兄さんの頬も緩んで、その手が不器用に頭を撫でてくれた。
「そのときには、頼むぞ」
「はい!」
海千山千の妖怪たちにどう対抗できるかは分からないけど、最大限の火力を持って挑むことを約束するよ。
ニコニコと微笑みながら、仕事に向かうサスロ兄様を、エントランスまで見送った。
ほんとにさ、いつかの時間軸でザビ家が敗退した何割かは、この兄を欠いていたからに違いないよ。めちゃくちゃ切れ者。
キシリア姉様の“ボカン”を防げてて心底良かったと思う。
シャア・アズナブル(本人)についてもね。
姉様との仲良さそうな様子を思い出せば、唇に笑みが上る。
ここでなら、ザビ家はきっと幸せになれる――そうして見せるよ。
✜ ✜ ✜
謹慎の最終日、ザビ邸は戦場だった。
「『ゾルタン・アッカネン並びにフロリアン・フローエ、速やかに僕たちの荷物を持って投降しろ!』」
鍵の締まった扉に向かって、キャスバルが強い声で言い放つ。
おれたちを学校に帰すまいと、子供らが纏めてあった荷物を奪って、事もあろうに“ギレン”の書斎に籠城したのである。
「『アムロ、君もだよ。大人しく出ておいで。おやつの差し入れは立て籠もり幇助と見做すからね!』」
大量のパンケーキを要求するから、何かと思えば糧食じゃないか。
なんだかな。思考波で繋がる年少組は、それなりに仲良くなったみたいだけど、結託してこんな騒動を起こすとは。
「『いま執事にマスター・キーの用意をさせている。踏み込まれたくなければ自分から出て来い』」
キャスバルが言い放てば。
「『勝手に入ってきたら、ギレンさんの机ぐちゃぐちゃにするからね!!』」
「『アムロォオオオオオオ!??』」
思わず叫ぶ。
なんつーオソロシイことを――誰がそんな悪知恵つけやがったんだよ!?
「『ガルマだったら、きっとそうする!』」
――おれか!?
キャスバルから向けられる視線は、もはや絶対零度の域である。
「『そんなことにしたら、“ギレン”からめちゃくちゃ叱られるじゃないか!』」
主におれが。
ガタブルしてれば、
「『なるほどな。君の考え付きそうな事だ、ガルマ。ガーディアンバンチに立ち入るのに必要な書類の入った荷物だけを狙い、僕達が踏み込むのに一番躊躇するだろうギレンの書斎を占拠するとは』」
矛先がこちらに向きそうで焦る。
「『あ……えっと、まあ、よく考えた、よね?」』
この年頃の子供にしては、格段に頭が回る、先が楽しみだな、とか、うん。
「『悪い手本になるなと言っただろう!」』
「『いまは仲間割れしてる場合じゃないよ!』」
フライトの時間が迫ってるし。早いとこ荷物を回収して出発しないと。
「失礼いたします、ガルマ様、キャスバル様。書斎の鍵をお持ちいたしました」
老執事が、執事の見本みたいな冷静な声で告げ、同じく見本みたいに綺麗な礼を見せた。
彼の背後には、凍った笑顔の女中頭と、無表情のメイドが二人。
「恐れ入りますが、少しお下がりください――屋敷内のことは、私どもに任されておりますので」
柔らかい声だったが、有無を言わさぬ響きがあった。その双眸に宿る光も、冷たく研ぎ澄まされてるし。
気圧されて一歩下がれば、執事が静かに鍵を開ける。
同時に、二人のメイドが、突入班さながらに部屋に飛び込んでいった。
え? 制圧訓練でも受けてるの、あの二人?? 素人の動きじゃないよね???
『君のところの使用人は、みな特殊部隊が何かなのか?』
『……わかんない』
キャスバルと二人で、ちょっと唖然。
「「「わーーーッ!??」」」
子供たちの悲鳴が。
慌てて踏み込めば、アムロとゾルタンは既に取り押さえられていた。
手荒な風じゃなくて安心したのも束の間。
フロリアンが“ギレン”の机の上で、書類の束を高々と掲げていた。
「ぎゃーーーー!?」
おま、一番良い子じゃなかったのか!??
悲鳴を上げて飛びつく前に、子供の手から書類が消えて――まるで手品みたいに、それは執事の手の中に移っていた。
「これ以上のおいたはいけませんよ、フロリアン様。アムロ様、ゾルタン様もです」
ピシャリと打つような声だった。
内心でブルっとしてれば、女中頭が、にこやかな笑顔で奪われていた荷物を差し出してくる。
「どうぞ。エントランスにお車を用意してございます」
促されて荷物を受け取れば、子供らの泣く声がした。
「やだーーー!!! いっちゃうのやだ!!!」
フロリアンが執事の手を振り払って、キャスバルに張り付いた。
べしょべしょの顔を擦り付けられて、顔を顰めてこそいるけど、振り払ったりはしない。
最初はあんなにトゲチクしてたのに、随分と懐かれたもんだね。
アムロとゾルタンもメイドの手を離れて、ガシリとしがみついて来る。
「『休みになったら直ぐに帰ってくるよ』」
「『……僕も同じ年なら良かった』」
アムロが、いつかの言葉を繰り返した。
「『なんで行っちゃうんだよ!』」
ゾルタンもグリグリ頭を擦り付けてくる。
「『大人になるためだよ。大人になって、君たちとムンゾを守るんだ』」
それ以外の理由なんて無い。力を得るため。それだけなんだよ。
ぎゅうぎゅう抱き込めば、ベソベソ泣く声は、やがてスンスンと鼻をすする音に変わった。
「『僕も直ぐに大人になる!』」
アムロの宣言に、苦笑い。
「『ゆっくり大人になってよ。ランバ・ラルが言ってた。“心が育つのは、子供のうちだけだ”って』」
子供でいられる時間は貴重だ。ましてこんなご時世。いつ世界がひっくり返るとも知れない――させないけど。
「『またパンケーキ焼くよ』」
「『………………うん。アップルパイもね』」
「『クレープと白玉団子と唐揚げもだぞ』」
「『…プリンも』」
この食いしん坊どもめ。
良いよ。なんだって供してみせようとも。
約束すれば、やっと開放される。
キャスバルは肩をすくめて、それから、子どもたちの頭を少し乱暴に撫でてやってた。
これにて、謹慎期間は終了――あんまり謹んでも慎んでも居なかったけど。
宙港まで送り届ける役は、ランバ・ラルだった。
「何やっているんだ、刻限に遅れるぞ!」
「別れを惜しんでたんです」
サラリと返して車に乗り込む。
「本当に謹慎の意味があったのか……」
なんて、ランバが溜息をついた。
「とても有意義でした。ね、キャスバル?」
「君は子供たちをかまってただけじゃないか」
「キャスバルだって懐かれてたでしょ」
「子供は好きじゃない」
どうだか。お前だってまだ大人じゃないし。
「今度こそ騒ぎを起こすんじゃないぞ。遊びに行くんじゃないんだからな」
ランバの厳しい声に、キャスバルがニコリと笑って頷く。
「分かってます」
「お利口に過ごすよ」
より狡猾に、うまく立ち回って見せるさ。
やんわりと微笑めば、ミラーの中でランバがより渋い顔になった。
「お前達は、年々、手が付けられなくなってくるな。昔はあんなに……今よりは何とかできたんだが……」
子供の頃からの、いわゆるお目付け役みたいなものだしね、ランバ・ラルは。彼の脳裏には、数年前の愛らしいおれ達の姿があるんだろう。
「ひとは大人になっていくものですよ」
「そこじゃねえ」
急にアクセルを踏み込むから、ギャっと悲鳴が押し出された。シートに押し付けられて、肩をすくめる。
道中は、ずっとお説教だった。