早い時間だったが帰宅する、と、ダイクン家の一行――に加えてランバ・ラルとマリオン・ウェルチ――が、“ガルマ”を訪ねてきていると報告された。
と云うか、キャスバルも自宅謹慎ではなかったか。それがこちらを来訪とは、何がどうしてそうなった。
「……ガルマに相談があって」
と云いながら、キャスバルは目を逸らすが、さて、何の相談なのだか。
まぁ、ひとつは確実にフロリアン・フローエ――『UC』のフル・フロンタル――のことなのだろうが。
数日ぶりに会った子どもたちは、何故だか子ども同士で固まっている。ゾルタンとミルシュカはともかくとして、フロリアンがそこに加わっているのは、キャスバルと反りが合わなかったか。まぁ、予想されたことではあったのだが。
――意外に大人げない……
とは思ったが、考えてみれば、キャスバル――と云うかシャア・アズナブル――は、落ちついた大人の男、では決してなかったのだ。原作で三十過ぎて、五歳下のアムロと取っ組み合いの喧嘩をするくらいには子どもっぽいところのある男だった。
だからと云って、十数歳歳下の子どもにまであたるのは、流石にどうかと思う。ましてこの時間軸では、アストライアも存命で、ある程度は甘えて過ごしていたはずなのに。
「……キャスバル」
思わず云うと、またふいと明後日の方向を見る。拙いとは思っているようだ、が。
マリオン・ウェルチは、意外に馴染んだのか、あるいは年長の女子ならではの“気遣い”があるものか、すぐにランバ・ラルの近くに移っていった。
「……賑やかですな」
アストライアにそう云うと、美しい眉が下げられた。
「ごめんなさいね、ギレン殿。キャスバルが、どうしてもと聞かなくて」
「それなら、私も行きたいって云ったの。ごめんなさい、ギレン殿」
アルテイシアが、ぺこりと頭を下げる。なるほど、“ガルマ”の顔が見たかったアルテイシアの一言で、ぞろぞろ来ることになったらしい。
「それは一向構いませんよ。せっかくです、ご一緒に晩餐でも」
「それは申し訳ないわ」
「いえ、もう用意をはじめさせておりますので。――クラウレ・ハモンも呼んではどうかね」
ランバ・ラルに声をかけると、当人はやや渋い顔になったが、マリオンの顔は輝いた。この短い間に、かなり懐いたようだった。
「いいの、“兄様”?」
と“ガルマ”は云うが、既に厨房に手を回しているのはわかっているのだ。そして、喧しいところのあるキシリアも、“ガルマ”のおねだりには否と云わないと計算していたことも。“ガルマ”に甘いデギンは、云わずもがなだ。
「この時間に追い返すような人間ではないぞ」
まぁもちろん、キャスバルたちでなければ、さらっと帰らせていただろうが。
と云うわけで、その日の晩餐は、結構な大人数で臨むことになった。ザビ家はドズルとサスロ――仕事が立てこんでいるらしい――以外の四人、ダイクン家が三人とフロリアン、マリオン・ウェルチとアッカネン兄妹、ランバ・ラルとクラウレ・ハモン、それにシャア・アズナブルで十四人である。
「久しぶりに、このテーブルが満席になったな」
“父”も、何とはなしに嬉しそうな風である。
まぁ、自分を筆頭に、ザビ家の兄妹は皆独身――しかし、最近になってキシリアが、どうやらシャア・アズナブルと好い仲になっているらしいのだが――で、“ガルマ”が十代とは云え、次世代が望み薄と考えていたからだろう。キシリアとシャアが連れ立って入ってきたのにも、目を細めるような風である。
そのキシリアはと云えば、シャアとはにこやかであったものの、一瞬こちらを見たまなざしが、氷のように冷ややかだった。これは、フラナガン機関を一時閉鎖したことについて、何やら一言あるのだろうと思う。
もちろん、かるくは報告しているが、何しろ事後報告であったので、そのあたりのこともこみで不満があるのだろう。これは、後できちんと話をしなくてはなるまい。
子どもたち――数回目の晩餐で、何とかおとなしく坐ることを覚えたアッカネン兄妹まで――がきちんと着席すると、“父”がゆっくりと口を開いた。
「この部屋が、こんなにも賑やかになるのはいつぶりか――アストライア様をお迎えしての晩餐とは、嬉しい限りだ。特にキャスバルやアルテイシアの立派に育った様を見ると、ジオンが今ここにあればと思わずにはいられない」
「……それもこれも、すべてはデギン殿のお計らい故ですわ」
アストライアは微笑んだ。
「お蔭様をもちまして、私も子どもたちも、穏やかに過ごしております。キャスバルだけは、少々やんちゃが過ぎるようですけれど――」
母親の言葉に、キャスバルは小さく肩をすくめた。
「なに、男の子はやんちゃなくらいでなくては。ジオンの子だ、それくらいの冒険心は当然のことだろう」
「そうですかしら……今回も、謹慎になんてなって帰ってきましたし……ジオンがいたら、もう少し抑えられたのかしらと思ってしまいます」
「むしろ、ジオンは“もっとやれ”と云ったような気がしますがな」
「そうかしら……いえ、そうかも知れませんわね」
ジオン・ズム・ダイクンと近しかった二人が、思い出話に花を咲かせはじめているうちに、子どもたちは大混乱に陥っていた。
「なぁ、これ、ナイフとフォーク、どれから使うんだ?」
「外から使うんだよ」
「スープ、どのスプーンでのむの?」
「この丸いのよ。……って、あああ、お皿持ち上げないの!」
“ガルマ”とアルテイシアは、子どもたちの面倒を見るのに忙しい。フロリアンとマリオンは、もう勝手がわかっているのだろう、拙いながらも黙々と食べている。そしてキャスバルは知らん顔だ。
「考えたこともなかったけれど、子どもって可愛いですね」
クラウレ・ハモンが微笑む。
「キャスバル様やアルテイシア様ほど賢い子は、なかなかいないだろうと思っていたんですけれど――マリオンはとても優秀なんです。……こんな子を、研究に使っていたなんて!」
青い瞳の中に、炎が上がる。
キシリアの手がぴくりと震えたが、素知らぬ顔で食事を続けている。
「これくらいの子どもたちは、誰かの庇護なしには生き辛いですからね。たとえ実験動物扱いされたとしても、生きるために耐えてしまうんですよ。……ギレン殿か早く救い出して下さって、本当に良かったわ」
云いながら、細い指が青い髪を梳く。クラウレ・ハモンは、アストライアと長いつき合いで、家出少女として夜の街に迷いこんだ時に、クラブの歌手だったアストライアに拾われた、と云うことだった。子どもがひとりで生きていくことの難しさを、自分の体験からよく知っているのだろう。だからこそ、これほど怒りを顕にするのだろうと思われた。
マリオンは、黙っていたが、その表情は面映ゆいような内心を示していた。
「良かったですね!」
明るくシャア・アズナブルが云う。隣りのキシリアの表情に、気づいているのかいないのか。
――まぁ、善良であることは美徳だ、が。
知らないと云うのは強い。キシリアとても、シャアの無邪気とも云える善良さには、両手を挙げて降参するしかないのだろう。現に、短く溜息をついて、愛おしげなまなざしでシャアを見つめている。フラナガン機関の一時閉鎖は癪だけれど、シャアに当たるつもりはないと云うことだ。
まぁ、こちらの視線に気づいた途端、目つきががらりと変わるのは、それとこちらを問い詰めるのとは話が別、と云うことなのだろうが。
晩餐は和やかに進んだ。
口数の少なかったキャスバルも、妹や“ガルマ”、アムロたちに話しかけられているうちに、だんだん饒舌になっていて、謹慎の原因になった“外出”について、面白おかしく話している。アストライアに時折窘められて、ぺろりと舌を見せているのも、年齢相応の少年らしさか。
晩餐のメニューは、厨房が張り切ったらしく豪華なものだったが、自分の皿だけプチトマト増量だったのと、メインディッシュが山葵ソース強めだったのは、“ガルマ”の差し金に違いない。
皿の上にこんもり盛られた鮮やかな赤に、唇の端が引き攣れる。
――どうしてくれようか。
カトラリーを掴む手に、力が入る。
いや、どうするかは大体決めている。ゴップとの会見の時と云い、ガーディアンバンチの騒動と云い、“ガルマ”は既にやらかし過ぎている。この先“暁の蜂起”があると云うのに、今もうこれでは、本当に先が思いやられる。それもこれもこみで、報復はきちんとしてやらなくては。
――やはり、正座二時間では生ぬる過ぎたか。
ミディアムレアのラム肉を切り分けながら、思う。美味そうな火のとおり具合、ラム肉は好きだ。が、それにかかっているのが山葵ソースだとは!
――食べものの恨みは恐ろしいと云うことを、思い知らせるばかりではなく、自分でも思い知るがいい!
そう思いながら、山葵で痛む前頭部を、奥歯を噛みしめて耐え忍んだ。
「――ギレン」
部屋を移して食後のデザートを摂った後で、キシリアが声をかけてきた。
――来たな。
と思うが、素知らぬ風に、
「どうした」
と返す。
「少し話がある」
「ここでか」
「……いや」
流石に、ダイクン一家や子どもたち、それにシャアのいるところでする話ではない、とは思ったのだろう。
それならばと、書斎に“妹”を招き入れる。
「――どう云うことか、説明してもらおうか」
扉が閉まるなり、キシリアはそう云って、こちらを睨みつけてきた。いつもよりもよほど厳しいもの云いである。どれだけ肚に据えかねているかがよくわかる。が。
「ニュータイプ研究所閉鎖の件か」
「そうだ。お前が踏みこんで、閉鎖させたと聞いた」
「仕方あるまい、人身売買と人体実験は、連邦法に抵触する。既に連邦との関係が綱渡りである以上、戦端が開かれる可能性は潰しておかねばならん」
「ニュータイプ研究所がそうだと云うの」
「今日いた幼い子どもたち、かれらが皆、ニュータイプ研究所の被験体として買われてきたのだと云えば、お前は納得するのか?」
そう云ってやれば、キシリアはぐっと黙りこんだ。
まさかキシリアの指示だとは思わないが、しかし、事実上事態を黙認するかたちになっていたわけだから、キシリアにも非がないわけではあるまい。
そして、その自覚が多少なりともあるものだから、こうして突っこまれれば、黙りこむしかないのだろう。
「……そう目くじらを立てることもあるまい、あくまでも“一時閉鎖”だ。――但し」
「但し?」
「フラナガン・ロスについては、お前からも釘を刺しておけ。逃亡されて、連邦軍にでも逃げこまれては、開戦になった挙句に研究の成果も攫われると云う事態にもなりかねん」
「……もしもフラナガン博士が逃亡したら…どうするつもり?」
「もちろん、地の涯までも追いかける。――そして」
親指で、首を掻き切る仕種をする。
「ことと次第によっては、こう、だ」
ニュータイプ研究を連邦に持ちかけたところで、すぐに場所や資金が用意されるとは思われない――何故なら、まだニュータイプ研究の成果は証明されてはいないからだ。
だが、実際に開戦を迎えてしまえば、例えアムロ・レイがいなくとも、連邦はニュータイプの力に気づくことになるだろう。そうなれば、一度は無視されてフラナガン博士を探し出して招聘し、連邦軍のニュータイプ研究所を設立するだろう。
基本的に、軍などと云うものは、ジオンと云うかムンゾも含め、違法行為の巣窟である。そんなところが、現時点ですら人体実験を行っているフラナガン博士を迎え入れればどうなるか。フォウ・ムラサメやロザミア・バダム、プルシリーズの悲劇が繰り返されることになるのは目に見えている。
この時間軸では、せめてそうならないように、ザビ家全体でニュータイプ研究所を御していくべきだ。
WBクルーの多くが一年戦争末期、ニュータイプに似た感応力を発揮したこと、戦後、“ニュータイプ部隊”として連邦内で恐れられ、アムロなどは軟禁すらされたと云うこと、あるいは『Z』において、カミーユ・ビダンのまわりにニュータイプに覚醒めたものが多かったこと、これらを鑑みるに、覚醒したニュータイプは、ニュータイプ予備軍と交わることによって、その覚醒を無意識に促すことになっている可能性は高いと思われる。
端的に云えば、フラナガン・ロスは、シャリア・ブルと、現時点での覚醒者――もちろん、キャスバルとアムロを除いてだ――を囲いこみ、かれらがサイコウェーブとやらで“やりとり”する中に、候補者たちを入れてみると良いのだ。下手に人体実験にかけるよりもずっと、その方が穏やかで安定した覚醒に、かれらを導くことができるのだろうに。
「……仕方ないわね」
遂にキシリアは、溜息まじりに頷いた。
「あなたの疑念も無理からぬことだわ。私も、“実験”の実態までは把握していなかった――責任は免れないわね」
「そう思うなら、フラナガン博士には、早目に釘を刺しておいてくれないか。連邦に逃げこまれてらかなわんし、ニュータイプのデータを持ち逃げされるのはもっとかなわん。“時機を待て”とでもなんとでも云って、引き留めておいてくれ」
「研究所の閉鎖が、一時的なものであるのは確かなのね?」
「もちろんだ」
ムンゾの方で、より安全なニュータイプ覚醒の理論を構築してからでないと、強化人間たちの悲劇が、この時間軸でもくり返されることになってしまう。せっかくこちらがコントロール可能な状態になっているのだ、今のうちに、やれるところまでノウハウを広げておくに如くはない。
「――わかったわ、フラナガン博士には、そう伝えておく」
云って、キシリアは微苦笑した。
「本当に臆病なくらいに連邦を恐れるのね。あなたなら、“連邦何するものぞ”くらい云うのかと思っていたけれど」
「云いたいのは山々だが、まだその時機ではないと云うことだ」
「慎重だこと」
「今、連邦とことを構えることになったとして、勝てる気がしないと云うことだ」
「弱気ね、ギレン。サスロには、“圧倒的じゃないか我が軍は”とか云ったそうじゃないの」
「……随分古い話をするのだな」
それは、キャスバルと“ガルマ”がテキサスコロニーに一時避難していた頃の話ではないか。
あの時は、テム・レイがアナハイムを離れ、ムンゾに来ると云うので少々浮かれていた。いつも思うが、そう云う少し浮ついた気分の時の言葉が、後々まで蒸し返されるのは、少々本意ではない。どうして他人は、そう云う時の言葉に限って、繰り返し蒸し返してくれるのだろう。思い返せば、いくつもそんな事態があったのだ。
キシリアは、軽く肩をすくめた。
「サスロから聞いた時は驚いたもの。あなたが、そんなことを云うなんて、って」
「確かに、テム・レイ博士を、むかえることができて、ムンゾの軍事力が上がると確信したからこその科白ではあった。が、まだ道は半ばだ、今の時点で連邦に戦いを挑まれて、勝てると思えるほど、私は盲目ではない」
少なくとも、MS-05、所謂旧ザクが量産体制に入らなければ。
「コロニー同盟自体は、着々と進展しているが、やはり軍事力となると、ムンゾ以外は頼りない。連邦側も、それをわかってムンゾを狙い撃ちにしてくるだろうからな、われわれだけでも戦える戦力を保持しておかなくては、とてもではないが、開戦になど持ちこめんよ」
「確かに、難癖をつけられたら終わりと云うことね」
「そうだ」
「……そう云われてしまったら、私には何も云えないじゃないの」
キシリアは溜息をついた。
「わかったわ、私からも、フラナガン博士には釘を刺しておきましょう。――研究所は、完全凍結ではなく、一時閉鎖で間違いないのね?」
「もちろんだ。はじめた研究を、むざむざ他処に取られるほど、馬鹿な話はない」
それに、こちらの手許に置いておいた方が、フラナガン博士のやり方を多少なりともコントロールすることができる。
ムンゾ側でニュータイプ研究の模範的なノウハウを確立した後で、連邦サイドにそれを流してやれば、少なくとも無茶な人体実験などには発展しづらいだろうと思うのだ。無論、無茶をする研究者が出ないとは云い切れないが、それでも、基本的なやり方が確立していれば、無闇矢鱈と素養のあると目される人間を弄り回したりはしなくなるだろうし、被検体たちにしても、過度な負担は避けられるのではないだろうか。
少なくとも、フォウ・ムラサメやロザミア・バダムのような、あるいはプルシリーズや“赤い彗星の再来”たちのような悲劇には、発展しなくて済むのではないかと思う。
――このまま、フラナガン博士に任せていては、ニュータイプはまったく実験動物扱いになってしまうだろうからな……
それでは、真の“スペースノイドの解放”には至るまい。別のものを犠牲にして、自分たちの解放を掴み取る、それでは別の差別を作り出すだけだ。
「私としては、フラナガン博士には、ニュータイプ研究にきちんとした筋道をつけてくれることを期待しているのだ。それも、非人道的な人体実験によってではなく、少なくとも素養のあるものたちが、穏やかに覚醒することのできる筋道をな」
「――ニュータイプそのものに対する興味や関心が失せたわけではない、と?」
「もちろんだ」
強く頷く。
ニュータイプは夢だ。もちろん、ニタ研で研究しているニュータイプは、ジオン・ズム・ダイクンの掲げた理想としての“ニュータイプ=新しい人類”にはほど遠いものだ。かれらとて人であるし、人である以上、わかり合えない壁はある。
ただ、アムロとララァ・スンがつかの間体験したような、“人は、わかり合える可能性がある”と云うことへの希望、それを垣間見るものがあるだけでも、ニュータイプ研究に金を注ぎこむ意味はあると思う――但し、心や身体に負荷をかけるような今のやり方では、その目的は達成されはするまいが。
「私とて、この目で見たいのだ、ジオン・ズム・ダイクンが夢想した、人と人とが何を介することもなく、心の底からわかり合えると云う世界を」
それが、実現することのない夢だと、わかってはいても。
「……そのために、フラナガン博士の力が必要だと、そう云って構わないのね?」
「あぁ」
少なくとも、今の段階で、ニュータイプ研究を他処にくれてやる気はない。
「……わかったわ、フラナガン博士にはそう伝える。あなたが、禁止条約を盾にとった連邦の介入を恐れている、と云うことも含めてね」
「そうしてくれ」
こちらの“恐れ”を過度なものに取られても困る――これまでの研究成果を手土産に、連邦に寝返ると云う選択肢を与えたくはない――が、連邦の介入を招いて開戦と云うことになれば、研究どころではなくなるのだとは思わせておきたい。
科学者と云う連中は、自分の研究のためなら人を殺すことも、国を滅ぼすことも厭わない輩ばかり――むろん、そればかりでないことも承知だが――なのだ。第二次世界大戦時の、V2ロケットや原爆の開発者たちは、己の発明品が人類にどのような悲劇をもたらすことになるか、頭の中だけで計算し、それが“敵”の上で見事に炸裂したことに歓喜したのだろう。戦後、恐ろしいほどの時間が経ってから、後悔を表すものもあったけれど、“戦争を早期終結させた”と誇るものも、少なからずいたはずだ。
確かに、原作におけるニュータイプ研究所――作中では、まだ“フラナガン機関”だった――は、一年戦争の最中に作られはした。が、そこでの成果が本当の意味でかたちになったのは、それから七年後のグリプス戦役くらいになってからのことだったはずだ。
こちらとしてはそれまでに、強化人間を作るノウハウをまとめ上げなくてはならないのだ。拡散する前に、確かな技術を確立しておけば、そこを基盤にニュータイプ研究は進むだろう。心的外傷を与えたり、ロボトミー手術を施したりと云った野蛮な方法がなくなれば、強化人間たちに対する“実験”も、原作よりはマシなラインを辿ってくれるのではないかと思うのだ。
そして、その先行きは多分、キシリアこそが握っている。
「――任せたぞ、キシリア」
そう、念押しするように云ってやれば、キシリアは片眉を上げ、
「了解した」
と肩をすくめた。
ほどなくして“ガルマ”とキャスバルは士官学校に戻り、また平和な日常が戻ってきた。
平和と云っても、それは家庭内の話であって、対外的には平和とは程遠かったのだが。
とりあえず、MS計画は順当に進み、今は既に、MS-04ブグが稼働実験に入った。このペースでいけば、“暁の蜂起”の頃にはMS-05、つまりは旧ザクが量産体制に入り、この時間軸では起こらないだろう“スミス海の戦い”――亡命を求めたミノフスキー博士を、連邦とジオンで奪い合った――の時分には、MS-06ザクⅡが稼働していることだろう。
そしてもちろん、そのころにはテム・レイの傑作、ガンダムも実用化されているはずだ――今は、駆動部の実験中だと聞いている。
月都市はと云えば、こちらは着々とムンゾが地盤を増やしている最中のようだ。
元々、月面開発用にMWをリースしているジオニック社の他に、通信機器メーカーであるコード・ロジカルを通信事業にも進出させ、ジオニック社のMWの通信を契約することで、割引サービスが受けられるようなキャンペーンを張ったらしい。
原作では、メンテナンスが良くなく、評判の悪い描写のあったジオニック社だが、サービスの向上を図ることで、顧客も増加したようだ。そのため、コード・ロジカルもシェアを拡大、そこから企業での利用も増加して、アナハイムほどではないにせよ、そこそこのシェアを獲得しつつあるようだ。
無論、ムンゾの独り勝ちでは意味がない。そのあたりは、シュウ・ヤシマの助言を受けつつ、他サイドの企業とも連携を深めているらしい。
「ヤシマグループと手を組めたのは、本当に良かったよ」
と、サスロは云ったものだ。
「もちろん、お前がコロニー同盟を作ってくれていたのも大きいが――やはり、企業活動は、名前の大きいところにはかなわんからな。そう云う意味でも、ヤシマの名前は本当に大きかったよ」
「ありがたい話だな」
「まったくだ。これからも、ヤシマとはうまくやっていきたいものだな。――ところでギレン」
「何だ」
「シュウ・ヤシマの娘があるだろう。あれと結婚したりはしないのか」
サスロの科白に、飲みかけていた紅茶を吹きそうになった。それを慌てて飲みこんだため、気管に入って盛大に咳きこむ。
「……な、何故……」
げほげほ云いながら呟くのに、サスロは目を見開いた。
「何故も何も、こう云うのは上古の昔からの基本だろう。まぁ、少々歳が離れ過ぎているような気はするが」
「あたり前だ、向こうは十代だぞ」
『the ORIGIN』では多少年齢が上がっていたはずだが、それでも“ガルマ”やキャスバルよりも一つ下だったように思う。つまりはこちらとの差は二十数年、ほとんど親子ほども離れているではないか。
「しかし、キシリアがシャア・アズナブルと好い仲になっているんだ、いけなくもないだろう」
とサスロは云うが、キシリアとシャアの年齢差は十歳ほどだ。いくらミライ・ヤシマが才女でも、二十歳以上の歳の差は、中々埋め難いものがあると思う。
第一、
「――ミライ・ヤシマには、確か婚約者があったはずだが」
カムラン・ブルームと云う、確かサイド6の監査官だったはずだ。やや優柔不断なところがあるが、『逆シャア』でミライの夫となったブライト・ノアに、シャアの企みと地球連邦政府の裏取引をリークしたりしたあたり、実は芯はしっかりしていたのだろう。
親同士が決めたと云うその婚約者を差し置いて、二十以上歳上の男に嫁がせる意味はない。ミライが、シュウ・ヤシマの一人娘でなければまだしも。
「そんなものは何とでもできるだろう」
サスロは云って、にやりと笑った。
「いずれムンゾの頂点に立つ男に嫁ぐなら、シュウ・ヤシマとて文句は云うまい。――本当にあり得ないか?」
「ない」
そもそも、ミライ・ヤシマに関しては、やはりブライト・ノアと結婚してほしいと云うのが、ガノタとしての意見である。ルートが異なっているので多分『逆シャア』はなく、当然『閃ハサ』もなくなるのだが、ハサウェイ・ノアは生まれてほしい。勝手な話だが、ヲタクと云うのはそんなものだろうと思う。
それに、
「――妻にするなら、もう少し違ったタイプが良いのでな」
ミライ・ヤシマは間違いなく賢夫人になるだろうが、個人的にはもう少し違ったタイプが好みなので――まぁ、カルタ・イシューがタイプだったわけではないけれど。
サスロは目を見開いた。
「意外に好みに五月蝿い方だったのか」
「そう云うわけでもないはずだが……」
ただ、ミライ・ヤシマのようなタイプだと、若干尻の叩き方が弱そうな気がするので。ブライト・ノアのような、生来生真面目なタイプならともかくとして、やや不真面目なこちらとしては、うっかり踏ん張りどころを間違えてしまいそうな気がするのだ。
「まぁ、私が妻を娶らずとも、“ガルマ”がアルテイシアと結ばれて子が出来れば良いのだし、キシリアの方も、早晩結婚することになるのではないか」
それに、とちらりとサスロを見やる。
「私のことはともかく、お前はどうなのだ。お前とて、そろそろ良い歳だろうに」
と云ってやれば、“弟”は狼狽えた顔になった。
「お、俺のことよりお前の方が先だろう!」
「キシリアが相手を見つけているのだ、歳の順とは限るまい」
それを云えば、そもそも最初に婚約者が決まったのは“末弟”の“ガルマ”であるのだし。
「……この話は止めにしよう」
遂にサスロは、両手を挙げてそう云った。云うだけ不毛であると気づいたようだ。
「それよりも、例のフラナガン・ロスだ。一時閉鎖と云っていたが、本当にまだあれに金を注ぎこむつもりか」
MS計画は、成果が上がったから良いとして、と云ってくる。
「もちろんだ」
今ここでフラナガン博士を放逐するなど、みすみす成果のみを連邦にくれてやることになる。
倫理的なところももちろんあるが、かけた金は回収せねばならぬ。
「フラナガン博士は、ある種の人間の発する思考波を捉え、それによって稼働するシステムを目指しているのだ。サイコ・コミュニケーション・システムと名づけていたな。それを駆使することにより、遠隔操作で攻撃するビットなどで、相手を撹乱することができるとか」
「そんなもの、ミサイルがあればいいだろう」
「それを、MSに搭載すれば、強いと思わんか?」
「……本気か」
まぁ確かに、思考波をやり取りできる人間――つまりはニュータイプ――しか使えない機体になるのは確かだろう。それに、原作にもあったとおり、サイコミュの使用は、その人間の脳に、多大な負荷をかけることになる。常時使えるような武器ではないと云うことだ。
だが、例えばぎりぎりの戦いの中で、飛び道具のように使うことができれば、それだけで、そのパイロットの生還率はかなり上がることになるだろう。一度の戦闘に一回だけと云うように、制限をかけて使うようにすれば、原作のニュータイプや強化人間の悲劇は、かなり回避できるのではないかと思う。
「だが、それは負荷がかかるのではないか?」
「だろうな」
1stにおいてはそのような描写はなかったが、『Z』では、強化人間の二人は度々激しい頭痛にみまわれるシーンがあった。強化人間で、人体実験により過去の記憶を失っているが故の描写だったのだろう――生粋のニュータイプであるカミーユ・ビダンやハマーン・カーン、パプテマス・シロッコなどにそのような描写はない――が、可能性としては否定し難い部分はある。
まぁ、同じ強化人間でも、あまり弄られていないらしい『逆シャア』のギュネイ・ガスなどは、まったくそのような描写がなかったから、純粋に初期の強化人間にのみ見られた症状だったのかも知れないが――リスクは最大限に回避するべきである。
「あまり負荷がかかっては、まともに使えない可能性もあるからな。私としても、使うからには長く使いたい」
「使い潰して、そうそう次があるものでもあるまいからな」
「そうだ。だから、戦場に出すニュータイプは、パイロットとしても優秀でなければならない」
「確かに、特殊能力ばかりに頼るようでは自滅しかねんな。配属先の連中にしても、同じことだろう」
サスロも頷く。
ニュータイプの能力にたよるようになれば、その部署のパイロット個人の能力は下がってしまうだろう。部隊単位で行動する時は、それでもそう目立ちはするまいが、例えば原作におけるルウム戦役のような乱戦や、後々主流になるMSによる白兵戦においては、個人の能力が生死を分けることになる。
部隊の誰か一人にあまりにも寄りかかることは、軍全体から考えても、良いことではない。
「学者と云うのは、そのあたりの塩梅を考慮しない輩が多過ぎる。その辺は、われわれで埋めなくてはなるまいさ」
「金を注ぎこんだものを、数回の出撃で駄目にしたくはないな」
「そう云うことだ」
ドライなようだが、それが現実だ。
だが実際、金と手間をかけて育てた人材――例えば、企業における総合職のような――が、実務の場に出してすぐに精神を病み、退社に至ってしまったら、それは教育にかけた金が無に返ることと同義である。
そうならないために、こちらとしてもすぐに使い潰さぬよう、正しく人材を使う体制を整えなくてはならぬ。ニュータイプの能力を、それが属する小隊の戦果のみのために使わせてはならぬ。それをしてしまっては、過重な負担をかけるのみで、最終的には所属部署そのものの全滅をも招きかねないからだ。
そう云う意味では、軍の資金面を取り仕切るサスロは、コスト計算でそのあたりを察してくれるのでありがたいのだ。
「わかった、そのあたりは、よくよく留意する」
「任せた」
「あぁ。……ところで、ギレンよ」
「何だ」
問い返すと、“弟”は珍しく、口をもごもご云わせた。
「ガルマのことだが――あいつを、外部交渉に使いたいんだが、どうだ」
「は?」
思わず素で返してしまった。“ギレン・ザビ”の取りそうな態度ではない。
いやだがしかし、それも仕方のないことだろう。あの“ガルマ”に外部交渉。
――虎に鼠捕りをさせるようなものじゃないか?
つまりはやり過ぎることになるだろう。
「駄目か? 親父は“中々の交渉力だった”と云っていたんだがなぁ」
と云う、それは、ゴップ将軍とのやりとりのことか。
なるほど、確かにあの時のやり取りは、丁々発止の良いものだった、が。
「……あれに交渉させると、その場は勝つだろうが、やり過ぎて焼け野原になるぞ」
基本的に、目的を遂行するのに手段はほぼ選ばないタイプであるし、かなり人の心の機微にも疎い。目的はきちんと達成されるだろうが、その先、ムンゾと交渉したがるものは激減するだろう。
「……やっぱり反対か」
「最終兵器としてなら良いだろうが、普段から使うものではないな。――“やっぱり”とは何だ」
「ギレンが聞いたらもの凄く反対すると思う、って、ガルマが云ったんだよ」
なるほど、一応、こちらがどう思っているかはわかっていたわけか。
まぁ、とりあえず、
「……お前が、やはり“ガルマ”に惑わされていると云うのは、よくわかった」
本当に、デギンと云いキシリアと云いサスロと云い、“ガルマ”のきゅるんとしてみせている擬態に、簡単に騙され過ぎだろう。“ガルマ”は、元のガルマとはまったく異なり、可愛らしそうに振るまったり、きゅるんとしてみせているだけであって、可愛げはない。まったくない。
大体、賢さよりも悪知恵が勝っているような人間なのだ、可愛いは作られている。そうとしか考えようがない。
しかし、サスロは違う意見のようだった。
「お前の目には、何かフィルターが入っているんじゃないか」
「馬鹿を云うな」
フィルター入りなのは、サスロの目だ。あれが可愛く見えるなど、あり得ない。ドズルに至っては、論外である。
「埒が明かんな。……まぁいい」
と云うが、それはそっくりこちらの科白だ。
――まぁいい。
“ガルマ”がどうあれ、ものごとは進み、時代は動く。とりあえずは“暁の蜂起”だ、そこまでに、連邦との開戦も可能なように、準備は整えておかねばならぬ。
「ここからが正念場だ。連邦の謀略に足を取られぬよう、万全の準備を頼む」
「任せろ」
サスロは云って、にやりと笑みを浮かべてよこした。