学校生活は概ね順調だ。
士官学校という厳しい環境下でも、若さとバカさが同居する年頃らしく、それなりに騒ぎは起こるけど、再度の自宅謹慎に至るほどじゃない。
戻る早々、“おかえり歓迎会”とやらでクラッカー爆撃が発生し、あまりの爆音に暴発事故かと警備班が駆けつけてきたり、寮を埋め尽くす大量のテープと紙吹雪の片付けを命じられたりしたのは想定外だったけど。
授業が終わって、例によって談話室で寛ぐ。
「最近、一寮がなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「“魔窟”だろ」
「“万魔殿”って聞いたぜ」
リノたちは呑気にそんな話をしてるけどさ。
「誠に遺憾。成績上位者の殆どを一寮が占めてるって言うのに、正当に評価されないとは如何なるものか。むしろ“アテナイの学堂”に例えて貰いたいね」
何故に、いつもおれが所属するところは、まともな呼称が与えられないのか。
ムッと口をへの字に引き結べば。
「……御曹司は自覚ねぇのな」
「ガルマさんだから」
うるさいよライトニング。そして、クムラン、それどーゆー意味さ。
ベン、生暖かい目で見下ろすのやめてよ。
「ははは。ある意味では評価されているんだろう」
シンまでが気楽なものである。
まあね、談話室にたむろってる面々は、いつものメンバーに限らず、みんな同じような反応である――誰ひとり気に病んじゃ居ないんだよ。
「“魔王陛下”はご機嫌斜めか」
キャスバルがニヤニヤと笑うけど。
「“魔王”も“悪魔”も“堕天使”も“誘惑者”も全部君のほうだろう、“シャア”」
ピシャリと言い返す。
フーッと溜息。いつまでもプンスコしてはいられないから、ここらで気分を変えて。
「ところで君たち、クリスマス休暇はどうするの?」
自宅謹慎は解けたけど、また直ぐに休みが迫っている。
おれは帰宅一択だけど――子供らが待ってるからね――仲間たちはどうするのかな、と。
「俺は流石に帰らんと。父が怒鳴り込んできそうだからな」
シンが苦笑いする。
さもありなん。シン・マツナガ――マツナガ家の御曹司な訳だし。しかも嫡男。
「僕も帰るよ。母さんがターキーを焼いてくれるんだ!」
クムランが嬉しそうに笑った。その丸いほっぺたには母上の愛情料理が詰まってるってコトだね。
「帰る」
ん。相変わらず簡潔な表明だな、ベン。
「俺たちも帰るつもりだ。ルウム行きのチケット予約したし」
早めにまとめて取ると、割引が適用されるとか。そうか、リノとケイとルーは同郷だったな。
「ライトニング、君は?」
だんまりを決め込むのに声を掛ければ、顔を顰められた。
「俺は残るぜ」
どうせ帰っても手伝いか喧嘩か喧嘩だって。どんだけ喧嘩すんの。
「じゃあ、ライトニングはうちに来れば? “ギレン兄様”とも面識あるんでしょ?」
「はぁあ?」
提案すれば、ライトニングが素っ頓狂な声を上げた。
『ガルマ、どういうつもりだ』
『“子守り”に良さそう。キャスバル、お前、揚げ物のとき、暴走しやがるゾルタンをちっとも抑えてくれないじゃないか!』
大興奮は良いけど、厨房を駆け回られたら堪らんのだ。危ないだろ。
思考波で文句を付ければ渋い顔。
『……なるほど子守りか。だが、アムロ達が懐くか?』
『存外に子供脳だから釣り合いは取れるだろ。むしろ良い玩具が来たって喜ぶんじゃないかな?』
『君は悪魔か』
そう言うキャスバルこそ良い笑顔。いい生贄が見つかったって顔だろ、それ。
こっそり会話してる間にも、ライトニングがブチブチ何か言ってたけどさ。
「ホリデーは食堂も何もかも縮小じゃないか。ひとりでご飯食べるのつまらなくない?」
畳み掛ければ、うんうん唸りだす。
「一週間前くらいまでに決めてくれれば良いから、ゆっくり悩んでよ」
猶予をあげれば、ほんとに悩む様子だった。
まあ、これはさて置き。
談話室で寛ぐ全ての同胞に向けて、手を打ち鳴らす。
「さあ。諸君、休暇前のテストで無様な結果など、この“ガルマ”が許さない。テキストを開け!」
命じればブーイングと悲鳴と待ってましたの掛け声と、その他諸々でやんややんや。
誰がからそっと渡されそうになったムチは、素早くリノが回収してしていた――なんでムチさ?
「傾向と対策は練った。山も張った。ボードに注目しろ。テキストが無い者はそこからコピーを取って行け」
恒例の自主補講である。
強制ではないから、嫌なら無視するなり談話室を出るなりすれば良い――寛げる場所はココだけじゃないし――けど、ブーイングしてた奴らも席につくこの不思議。
ついでに、実は他寮生も混じってる。たまに生徒以外が居ることも。
七面倒臭い公式やら何やらは、案外、フザケた覚え方が出来るものが少なくない。それこそ、テスト中にニヨニヨしちゃうくらいのね。
下品すれすれお色気混じりの覚え歌は、野郎どもが熱唱するし、イケメンにすり替えた歴史人物アレコレには女子が食いつく。
勉強会とか言いながら、大体みんな笑ってる。就寝前のレクリエーション。
存外に、これで成績が上がるって評判なんだってさ。
遠い時間の果て。教えるのが旨かった講師の真似事アレンジしていたら、教員に進まないかと呼び出されたことがあった――博愛心をカケラほど持ち合わせて無かったから、丁重に繰り返しお断りしたけど。
――もしかして、意外に向いてた?
んなワケ無いか。
“ガルマ”やってると、自分が人懐っこい社交的な性格って勘違いしそうになるけど、根本はただの“ものぐさ野郎”だしね。
『ガルマ、賭けをしよう』
唐突にキャスバルから持ち掛けられる。
『……何を?』
『次のテスト。上位10位まで全て一寮が占めたら君の勝ち。一人でも他寮生が入ったら僕の勝ちだ』
ニンマリと笑う――見せかけはニコリ、だけど、思考波のニュアンスでは間違えようもなく、悪辣なニンマリだ。
誘惑者の囁き。
チロリ、と寄越される視線の奥の光が。ふぉ。なんだろ。ゾクリと悪寒。
『……何を賭けようっての?』
『定石に、“敗者が勝者の願いを何でも叶える”って言うのはどうだい?』
『回数と期限が決まってないのは論外だろ』
ランプの魔神だって願いは3つだ。
『じゃあ、一度だけ。ただし期限は無しだ。勝者が望むその時に』
なるほど。
おれが勝てば、一度限り、キャスバルが“切り札”として使える訳だ――悪くない。
『良いよ。それで行こう』
アッサリと答え過ぎたのか、意外そうに見開かれた青い眼と視線がかち合った。なんか、案じる気配さえも。
『……良いのか?』
『お前から言い出しておいてなに言ってんの』
『とんでもない要求をされたらどうする気だ?』
『だってお前、おれが“絶対に出来ない”要求はしないだろ?』
それくらいは信じてる。
『それに、他ならぬお前がお願いを何でも聞いてくれるなんて、リスクを取ってもリターンがめちゃくちゃ大きい――他の誰かならゴメンだけどね』
ニコリと笑い返す――思考波では、やはりニンマリと。
『お互いに妨害は無し。お前が順位を落とすことも禁じる。良い?』
『ああ。教官や生徒の買収並びに脅迫も禁止だ』
『りょーかい。寮生のブラッシュアップは禁じない』
『それで良い』
双方でそっと頷いて。
「さあ! 我らの底力を見せつけてやろうではないか!!」
締めに叫べば、「ウオォオオ!!」と返る雄叫びは、ほとんどバーバリアンの群れだ。
よし、気合は十二分。勝機も十分。
楽しいテストになりそうだね。
就寝前のメッセージチェックは、絶対に欠かせない。
ほとんどが、from 子供たち。
アムロは、カイと相変わらず出歩いてるようだけど、そこにゾルタンが加わった模様。
それぞれが送ってくる冒険譚は、文面読むだけでもハラハラドキドキする。なんだこのヤンチャ振り。
その勇気と知謀に最大の称賛を送りつつ、無茶し過ぎんなと釘を刺す内容で返信。
加えて、以前に捕まえといた“伝書鳩”――タチ・オハラじゃないよ、流石に――に、「大事に至らぬよう見守っといて」って私用メッセージ送っといた。瞬で「なんでアドレス知ってんだ⁉」って返ってきて笑ったけど。ふふふ。変えても無駄だよ。
フロリアンはまだ小さいから置いて行かれるらしく、文句と、どうやったら付いていけるかと言う相談が来てる。ううむ。まだ5歳にあの行軍は辛かろう。まず体力付けてからね、と返す。幼児向けの体力向上トレーニングメニューと一緒に。
少女組も、仲良くしてるみたいで何より。
アルテイシアからは、体を案じたり女性関係を案じたりする内容が……って、今生ではおれ、まるっきり女性に縁遠いんですが?
主にキャスバルのせい。そりゃ隣にあれ程の男がいれば、おれ程度には目が向かんわ。
御曹司ならシン・マツナガも居るしね。
ルーもケイも、リノだって見てくれは悪くない。クムランはふくふく癒やし系だし、ベンはガッシリ頼れる系。
ちょいワルがお好みならライトニングだろ。
――……くそう。イケメン共め。
ちょっと凹みながら「心配ない」と。
むしろ君のことが心配だよリトルレディ。世には魅力的な殿方が溢れてる、なんて。ほんとにさ。
ミルシュカは、テキストの他にイラストも送ってくれる。カラフルな花や、たどたどしい文字でおれ達の名前が書いてある棒人間とか。意外に特徴を捉えてて味がある――即保存。
作品を褒めちぎって、ありがとうと返信。
それから、マリオンから届いたテキストには、素敵なことが書いてあった。
『キャスバル、まだ起きてる?』
『ああ。君の“意識”が煩くてね』
チクリと刺さる皮肉を跳ね除け。
『ごめーん。メッセージ楽しくてさ。ね、マリオンがビッグニュース送ってきたよ』
『……ルシファが子猫を産ませた話なら、アルテイシアのメッセージにあったぞ』
『いつの話だよ』
それもう随分前の事だから。結構な年なのにやるなぁ、ルシファ。写真も見た。ビックリする程、子猫の頃のルシファに似てた。ち
なみにリリムとリリンとカルシファって名前はおれがつけた。
『そうじゃなくて、ランバがとうとうレディ・ハモンを娶るってさ!』
『ようやくか』
呆れた響きが。
だよね。おれがキャスバルのフラットに預けられた当時、すでに事実婚みたいなもんだったし。
『だが、なぜ今頃になって?』
『さて。書いてないけど、予想はつくね。大方、レディ・ハモンがマリオンを娘にするとでも言い出したんだろ』
すごく仲が良さそうだった。あの晩餐のとき、クラウレ・ハモンは確かにマリオンの母のようであったし。
『仲間外れは嫌だったんじゃない?』
女ふたりの仲睦まじい様子に触発されたと見た。男なんて、みんな“淋しん坊”だからさ。
『それで、ようやく甲斐性を見せる気になったのか。よくもこれまで愛想尽かしされなかったものだ』
キャスバルが鼻を鳴らすのに笑ってしまう。
『ランバ・ラルは“良い男”だよ』
一応の弁護を。
気風は良いし、甲斐性もあるし、面倒見もいい。貫禄もある――年より老けて見えがちなのが玉に瑕。
『おれ達の“おじさん”みたいな人だしね』
褒められたり叱られたり。ご母堂様や、ザビ家の家族に加えて、確かに彼も、おれ達を育ててくれた一人だろう。
最近は、よく「育て方を間違った」なんて零してるけどね。
マリオンには、心からのおめでとうと、帰ったら皆でお祝いをしようって返す。
ふふふ。
ランバ・ラルを、どう揶揄ってやろうか、なんてさ。枕に頭を預けながら、あれこれ思う。
ウトウトした頃に、ピコンともう一通メッセージが届いた。
――……ふぉ。“ギレン”?
珍しい。あんまり送ってこないのにね。
開いた瞬間、溢れ出したテキストは説教で即閉じした。
――けど、これ無視出来んヤツだよな……。
うえへぇ〜。
仕方ないと、もう一度開いて流し読むに、なんか、学校生活が筒抜けになってるっぽい。ドズル兄貴から流れてんだろうな、これ。
ライトニングとシンの監視役二人は、こっちに取り込んだのにね。
それから、日頃の鬱憤、不平不満に愚痴ってとこか――なんだよ「エスコートの相手選び面倒くさい」って。良いのか“ギレン”、後半、地が出てるぞヲイ。
確かに、毎年、クリスマス時期になると憂鬱そうにしてたのは知ってる。
肉食系令嬢に取り囲まれるとか言ってたけど、こちとら雑食系女子すら寄ってこないっつーのに。妬まし羨ましギリィ。
そんな“ギレン兄様”にちゃんと返信するんだもの。おれって“ケナゲな弟”だよね。
――諸々申し訳なく。エスコートなら、ローゼルシア様がいいと思うよ。もう寝る時間なので、おやすみなさい。
なんてね。
子供の頃は敵判定してたローゼルシア様だけど、実は、ムンゾ大学に入る前に和解済である。
憎まれっ子なんたら思ってたのが、突然倒れたから驚いて見舞いに行ったわけだ。
「喧嘩相手が心配で来ました」って正直にエントランスで伝えてみたら、なんと、中に入れてくれた。
てっきり追い返されるものだと思ってたのに、よっぽど寂しかったのか、枕元まで通されちゃってさ。めちゃくちゃ文句言われたけど、全部聞いて、ゴメンねって謝って、元気じゃないとイタズラもできないって伝えたら、すごく泣かれた。
以来、折々に、メッセージとかカードとかプレゼントを送り合うくらいの関係である。
相変わらず、憎まれ口も叩きあうけどね。
そのローゼルシア様は、いまは車椅子だけど、まだ方々に睨みをきかせてるから、クリスマスパーティーでは、きっと“ギレン”の力になってくれると思う。
実際にエスコートするようなら、クリスマス・ブローチでも贈っておこうかな。
かふっと、あくびが溢れる。
だめだ眠い。明日も過酷な訓練が待ってるし、休むとするよ。おやす………
✜ ✜ ✜
士官学校の設備には様々なものがある。中には大掛かりな実験施設なんかもね。
キッチリ詰め込まれたスケジュールから時間を捻出するのは困難だけど、休みの日なんかは、割と融通がきく。
「先輩方、お邪魔しまーす」
部屋の入り口で一声かける。
「ガルマか。よく来たな」
「いいのか? テストの準備で忙しいんじゃないのか?」
デスクから顔を上げたのは、あの乱闘事件で援軍に加わってくれた先輩と、そのまた先輩である。
ラテン系伊達男とプエルトリコ系好青年。
ちなみに、一緒に罰則を受けた先輩がラテン系アルフレディーノ・ラムさんで、そのまた先輩が、プエルトリコ系のイアン・グレーデンさんね。
ふたりは実験部みたいなものを結成してて、誘われてからは、時々おれも参加させて貰ってる。
「一段落ついたので。またラボお借りしていいですか?」
学生が使える実験棟だけど、まだ一年のおれ達には個人で使う許可が下りてない。
教官に頼めば監督してくれるけど、それはそれで面倒くさいし、張り付かれてたら好き勝手できないだろ。
その点、この二人の先輩なら、“お手伝い”と引き換えに、設備を好きに使わせてくれるから有り難い。
「ああ。今度は何だ? また“カルメ焼き”か?」
アルフレディーノ先輩が、灰青の眼を細めて笑う。
「ガルマにとっては、ラボも厨房も変わらないからな」
イアン先輩は肩をすくめるけど、その顔はやっぱり笑ってる。茶色の瞳は理知的な光を湛えつつも、いたずらっぽく。
「お望みならばまた作りますけど――今日は、コレです」
事前に手に入れておいた酸化アルミニウムや、酸化鉄などなどを取り出して並べる。
「……サファイアの組成だな」
「流石ですね、イアン先輩」
「作るのか? サファイアを?」
アルフレディーノ先輩がパチパチと瞬きをしてるのに、ニコリと微笑みかけ。
「ついでにルビーも。一緒に作りませんか? 上手くできたらクリスマスプレゼントにもなりますよ。手造りの宝石なんて面白いでしょ?」
話の種にはなるだろうし。
だけど、アルフレディーノ先輩は別のところに反応した。
「ふぅん。手造りの宝石を贈りたい相手が居るのか」
ニヤニヤ眺めてくるのに、今度はおれがパチクリと。
「いますよ。いっぱい」
「……いっぱい?」
解せぬって顔をするから、思わず吹き出した。
「実家で預かってる子どもたちにですよ。お守り代わりに良いかと思って――買ったものより造った物の方が面白がるかと」
「なんだ、ザビ家の御曹司のゴシップなら、それこそ話の種になったのにな」
そうは言うけど。
「残念ながら、浮いた噂の一つも出そうにないです。周りがイケメン過ぎるんですよ、“シャア”筆頭に」
思い切り拗ねた口調になった。
これまでは、どの時間軸でも女性とはそれなりに――ボスに言わせれば過分に――接点があったのにね。
「それ……うん、本気で言ってるんだな、ガルマ」
イアン先輩が気の毒なものを見る目を向けてくるから、余計に凹むわー。
良いんだ。この先で麗しの女神様との出会いが待ってるに違いないんだよ、多分。
「はは。蟻も通さぬ鉄壁のガードって事だろ」
アルフレディーノ先輩が明後日の方向に慰めてくれるけど。おれ、ノーガード戦法なんだ。ふふぅ。
まあ良い。
「さあ、先輩方、作りますよ!」
号令をかけて、製造を開始する。
正確に図った酸化アルミニウムに、酸化鉄やクロムを、微細な調整の元で足していく。
それを慎重に、一つずつ極薄のアルミカプセルに詰めたら、いざ装置の中へ――いつかの平和な時間軸で、合成コランダムを電子レンジで作るってのがあったけど、あれは勇者だよね。いい子は真似すんな――あとは、仕上がりを待つだけだ。
装置の前に3人で座って様子を見てる。
持参のオヤツを差し出せば、先輩たちはモシャモシャ食べた。
「これも作ったのか?」
「いいえ。厨房からいっぱい貰いました」
「……厨房が“魔窟”に侵食されているって噂は本当だったか」
何その噂。
単に、厨房員と仲良くなって、お互いに便宜を図り合ってるだけさ。Win-Win。
「そもそも一寮は“魔窟”じゃないです」
「そうだな、“魔王陛下”」
「分かったよ、“堕天使長”」
ニヤニヤと返事が。
ちっとも分かってないじゃないか。
だいたい、“魔王”も“堕天使”も全部キャスバルだからね!
合成コランダムのデキは上々だった。
あざやな青や赤に、あえてのピンクにイエロー、ヴァイオレット。
カットは難しいから、カプセルのまろさをそのままに研磨。
ライトを浴びてキラキラしてる様は、なんだか、飴玉みたいだね。
「へえ、いい出来だな」
イアン先輩が明かりに透かして笑う。
「こんなにゴロゴロあると、宝石に見えんわ。なんか美味そうだし」
とは、アルフレディーノ先輩の感想である。
だよね。でも口に入れても甘くないから食べないでね。
「じゃあ、このあたりは先輩方の取り分で」
「いいのか?」
「良いですとも。一緒に作ってもらいましたし」
ニコニコと差し出せば、先輩方も笑って受け取ってくれた。
「これを機に彼女でも作るかなー」
アルフレディーノ先輩がそんなことを言うのを、イアン先輩はニヤニヤしながら応援する模様。
まぁね。先輩方も余裕でイケメンの範疇だから、彼女だって直ぐにもできるだろうさ。
……ケッ。
✜ ✜ ✜
休暇前のテストは阿鼻叫喚だったけど。
その結果発表を前に、おれはボカンと口を開けた。
トップはキャスバル。それは良い。例え学科で全て満点を取ったとしても、実技で点差が生じるからね。
それでも意地で次席をキープしてるおれを、誰か褒めてくれないものか――って、元のガルマのポテンシャルが高いだけか。
それはさておき。
3位がシン・マツナガなのも、僅差で4位にゼナ・ミアがいるのも頷ける。ルーとケイがそれに続いて、同じく一寮のロメオ・アルファを挟んで、8位がクムラン、9位にベン。
飛んで11位がリノ・フェルナンデス。
――11位?
「10位は三寮のキム・ボンジュンだ。『賭けは僕の勝ちだな』」
キャスバルがニンマリと笑う。
なるほど、向こうで三寮の連中に胴上げされてるのがキム・ボンジュンか。
――って。お前、談話室の講習会参加組じゃないか。
それにしても。
「リノ〜〜〜〜ッ!?」
「ごめんスマンなんか知らんけど申し訳ないィィ!!?」
ギリィ、と、肩をつかめば、リノが悲鳴を上げた。
いやまあ、学年11位なんて好成績には違いないんだよ。違いないんだけど!
――……。
「よく頑張ったな!!」
「ええ!? 褒めてた!!?」
考えてみたら、コイツも中の中くらいの成績から、一気にここまで駆け昇ったんだから、褒めないわけにはいかんのだよ。
ヤケクソではあるけど、健闘はちゃんと認めてる。張り出した中に影も形も名前のないライトニングもいることだしな――ヲイコラ、お前は後で吊し上げだ――八つ当たりじゃないからな!
ふーっ、と、溜め息。
『君の勝ちだ、キャスバル。オーダーをどうぞ?』
『いま使うわけ無いだろ。先の楽しみにとっておくさ』
フフンと鼻を鳴らされる気配。
うぬ。まあそーだろーけど。なんか、首根っこを押さえられてるみたいな怖さがあるんだよなぁ。
でも仕方ない。腹をくくるか。
と言うか。振り返ってみると、キャスバルの望みなら、いつだって大体叶えてきた。そう思えば、いつもとあんまり変わらんのか。
気楽に構えとこ。
思考波が伝わったのか、今度はキャスバルが、ふーっと、溜め息をついた。
「10位圏を全て一寮で占拠するって野望は阻まれたけど、今回は全体的に点数が上がってるし、うちの学年の優秀さは示せたね」
ホクホク笑う。
これで“魔窟”から“アテナイの学堂”に格上げされるんじゃないかな。
クリスマス休暇だって、肩身の狭い思いはしなくて済むし。
「…………これ、母さんたち信じてくれるかなぁ」
やや呆然とした口調で、クムランがこぼした。ふくよかな頬は興奮で真っ赤だし、眼もキラキラしてるけど、ちょっと自信なさそう。
元々、クムランもリノと同じくらいの順位だったから、コレも大躍進だ。
「写しとけば?」
ケイがカメラを渡してる。
「どうせならみんなで撮ろうよ」
ルーの提案に、ゾロゾロとメンバーが集まる。どうせだからとキムも誘って、名前のないライトニングも一緒にパシャリ。
2、3枚撮れば良いかと思ってたら。
「一緒に写ってもらっても良いですか?」
上目遣いの女の子たちキターー!
ふぉう……でも、分かってる。キャスバル含め皆でってことだろ。
「もちろん。勇ましくも麗しき戦乙女達と一緒になんて光栄だな。どうぞこちらへ」
そっと手をとってエスコートすれば、真っ赤になる様がなんとも初々しい。
いつものメンバーで囲い込むようにして、Smile!
気分はアレだ、アイドルの添え物的な。スタッフも一緒に写ってるみたいな感じか。
それでも喜んでくれるなら良かったよ。
撮影会はずいぶん長く続いて、最後には何事かと様子を見に来たドズル兄…校長と全員でパシャリと。
――なんか、凄く良い記念になった。
来たるクリスマス休暇は、ライトニングを伴って帰還した。
「相変わらずデカイ屋敷だな」
「だね。寮生活で思い知ったよ。納戸よりも部屋が狭いなんてね」
「ッ、か〜〜ッ! この御曹司が!!」
ザビ家ですが何か。
車から降り立てば、執事長はじめ使用人がズラリと。
「おかえりなさいませ」
最前で綺麗に腰を折る執事長に、微笑んで帰宅を告げる。
「友人を連れてきました。ジョニー・ライデンです」
「承っております。ようこそいらっしゃいました、ライデン様」
「う、おう。よろしく…頼みます」
ペコリと頭を下げたライトニングは、それから、目を見開いたままの顔でこっちを見た――怖えよ。なに?
「お前いまなんて?」
「“怖いからその顔でこっち見ないで”?」
正直に答えたのに、ライトニングは更に目を剥いた。
「心の声を聞いてんじゃねえ! そうじゃなくて、俺の名前!」
「ジョニー・ライデン。やだなぁ、自分の名前も忘れたの? 流石に席次203位は違うね」
おれがアレだけ教えたってのに、この順位はどーゆーことだ。
しかも実技成績は上位なんだよコイツ。つまり筆記で壊滅状態だった訳だ――おれの講師的努力を返せ。
「お前が覚えてると思わなかったんだよ! ……それからいつまでも根に持つんじゃねえ」
「今後、ノート貸すの躊躇われるレベルなんだけど?」
「いや。アレがあったから最下位免れたんだろ」
真顔で答えられても。
不意に、吹き出す音が聞こえて振り向けば、年若いメイドがぷるぷる震えてた。
「も、申し訳ございません!」
執事長とメイド頭の鋭い視線に、青くなったり赤くなったり忙しい。
「エントランスで騒いでごめんね」
いつものノリで喋ってたよ。
「いいえ。なかなか楽しそうな学校生活が忍ばれて、安堵しておりますよ」
老執事は、穏やかに微笑んだ。
「「『『ガルマ!!』』」」
ユニゾンとほぼ同時に、弾丸みたいなタックル✕2が来て吹っ飛びかける――のを、隣のライトニングが慌てて受け止めてくれた。
ふおぉう、育ってる育ってる。逞しくなってるなぁ!
「『アムロ! ゾルタン!』」
ライトニングをつっかえ棒がわりにして、ふたりの子供を抱きしめる。
ウチューっと、瞼と頬にキスをすれば、
「『『ぎゃーーー!!』』」
っと。えええ。まさか、もう「お父さん(じゃないけど)の靴下一緒に洗わないで!」の年頃とか。一瞬焦ったけど、次の瞬間、両側から頬をガブリと。ぐわっ。それキスじゃねえ。
じゃれていたら。
「いつまで寄っかかってんだ!? 重てえよ!」
なんて。そんなにひ弱じゃないだろ、ライトニング。感動の再会なんだから邪魔すんな。
丸っと無視して腕の中のふたりを構おうとするけど、アムロもゾルタンも、この不躾な侵入者に気付いた様で、ジロリと警戒の眼差しを向けていた。
「『誰だお前!』」
先制はゾルタンである。
「『ガルマの学校の人?』」
ギュッと抱きついたままアムロが続ける。
ライトニングは、フンと鼻を鳴らした。
「人に尋ねるときには自分から名乗れと…」
「それ君が言えた義理じゃ無いから」
バシッと遮る。初対面でおれをチベスナ顔にさせかけといてなに言ってんの。
「紹介するよ。“コレ”は、“ジョン・ライトニング”『ホントは“ジョニー・ライデン”だけど、ライトニングで良いよ。こないだの大乱闘組のひとり』。一応、学友」
「おい! ジョニー・ライデンだ!! ホントに覚えてんのかお前!!?」
「席次203位の記憶力と一緒にしないでくれる?」
「……………俺が謝るべきなのか?」
そうだとも。
それはさておき。
「どうぞ、中へお入りください。ガルマ様、お父上がお待ちですよ」
やんわりと執事長に促される。だよね、いつまでエントランスホールで騒いでるんだってハナシだよね。
「そうだね。僕はお父様に挨拶をしてくるから、アムロとゾルタンは、ライトニングをお願いね?『揶揄うと面白いけど、程々にだよ』」
「『わかった!』」
「『まかせとけ!』」
ん。いいお返事。
ふふ。巣に生きの良い獲物を持ち帰った気分。存分に狩りの練習を楽しむが良いよ。ふふふ。
ニコリと微笑む。何かを察したのか、ライトニングが怯む素振りを見せたものの、もう遅い。その手は左右からガッチリと子供らに掴まれていた。
「『じゃあ、また後で』」
踵を返す。
デギンパパの執務室につけば、大きな体が椅子からよっこいしょ、と立ち上がって両腕を広げた。
ホントに幾つだと思ってるの。もう子供っていう年じゃないけど、なんてね。嬉しいから飛び込む以外の選択肢は無い。
早足で抱きつくと、デギンパパの体が笑いに震えた。
「お前は変わらんのだな」
「変わりましたよ! こんなに背が伸びましたし」
胸を張るおれに、パパは眼を細めた。
「そうだな。すっかりやんちゃになりおって。ギレンもドズルも手を焼いているそうだぞ」
「まさか!」
あの二人は、きっと自分のやんちゃだった頃を忘れてるだけだと思う、と、訴えかければ、あっさりと頷かれた。
「引き続き励め」
低い声で言いながら、分厚い手のひらが頬を撫でる。
「なぜ歯型がついておる?」
不思議そうに聞かれて、思わず笑ってしまった。
「子どもたちですよ。さっきエントランスで熱烈なキスを受けました」
「それはまた情熱的なことだ」
デギンパパも声を上げて笑う。
ソファに並んで腰掛けて、しばらくは和やかに日々のあれこれを話してたけど、やがて話題はクリスマスパーティーに移った。
今年はデギンパパも、キシリア姉様も、サスロ兄さんとドズル兄貴まで欠席なんだとか。
パーティー嫌いのサスロ兄さんとドズル兄貴はともかく、嫌々でも顔くらい出してた筈の姉様が出ないって意外。
おれの表情に気付いたんだろう。デギンパパはクツクツと笑った。
「今年は、あれの“お気に入り”が参加できんでな」
「……シャア・アズナブル」
本家本元の方の。
確かにね、便宜上、おれの学友ではあるけど、ムンゾ要人の参加するパーティーに出席するには不自然だ。
それこそ、“ザビ家のご令嬢”の婚約者でもない限りは。
「お父様は、お認めにならないのですか?」
キシリア姉様の相手として――確かに、まだまだ頼りないけど。
「いいや。だが、まだ時期ではなかろう。いま少し時を置く。このことには、あれも了承した」
「姉様も?」
「そうだ。反対されるとでも思っておったのか、寧ろ驚いている風であったな」
デギンパパが、少し悪い顔で笑った。
そうかも。古い話、家柄を思えばね。名門ザビ家に対して、テキサス・コロニーの管理者の息子に過ぎないシャア・アズナブルでは、釣り合いがどうのと横やりを入れてくる輩も居るだろうし。
「一生家から出ぬ気でおるのかと案じておったが。なるほどな、あの様な若者であれば傍に置けるものらしい――ザビ家の血故か」
確かにね。ザビ家の血は戦びとのそれだ。
強者であれば敵で、敵であれば躙らずには置かぬ――だけど、懐に入れた者ならば何処までも護ろうとする。
「……姉様には幸せになって欲しいです」
それは偽らざる本音だ。
「優しい子だ」
パパの手が頭を撫でて、愛おしそうな声がそう言った。
「お前も、幸せになるのだぞ」
「僕は……とても幸せですよ」
こんなにも慈しまれた記憶は、この先も、ずっと宝物として残るんだろう。
涙が零れそうなほど慕わしく、有り難い。
ねえ。いつかの時間軸で悪役だった家だけど、中に入ってみれば、これほど愛情深い一家は、そうは無いんじゃないかな。
潤んだ眼で瞬きを繰り返すおれを、デギンパパはもう一度ギュッと抱きしめてくれた。
「さて。お前とギレンはパーティーに出席する訳だが」
パパは、“ギレン”のところでちょっとだけ眉を潜めた。多分、妙齢の女性じゃなくて、ローゼルシア様を伴うことがご不満なんだろう。
ほんと、“ギレン”の立場ならどんな花も摘み放題だろうにね、お真面目さんなんだから。
「お前は、アルテイシアをエスコートするように」
「はい。彼女は初参加ですからね、ずっと傍についてますよ」
「うむ。ちゃんと迎えに行くのだぞ」
「もちろん。プレゼントも用意してますし」
パーティーの前に渡すつもりだから、ちょっと早めに迎えに行こうと思ってる。
キャスバルにも渡すものがあるし。
デギンパパは安心した様子で笑った。
「うむ、うむ。…………その何分の1かの気遣いがあやつにあれはな……」
なんか、最後、愚痴になってるよ、“ギレン”。
長居しちゃったけどさ、デギンパパ、忙しいから、このくらいで。
クリスマスくらいゆっくりすれば良いのに。いつかの時間軸だとほぼ息子に政権委ねてたけど、ここではまだまだ健在なんだ。元気なのは嬉しいけどね。
「ご無理はなさらないでくださいね」
「ああ、分かっておるよ」
ポンポンと、まるで幼子にするみたいに頭を撫でられたおれは、名残を惜しみつつ執務室を後にする。
デギンパパの“甘やかし”は、麻薬みたいだよね。溺れないように気をつけねば。
行き合わせた執事長に、パパに“緑茶と干菓子”――最近のムンゾブームである――を持っていくようにお願いして、子供らが居るだろう居間に向かえば、辿り着く前に賑やかな声が聞こえた。
「待たせたね」
ドアを潜れば。
「『ガルマ!』」
アムロが飛んでくる。
「『おそいぞ!』」
ゾルタンからは文句が飛んでくる。
「おかえりなさい!」
お。ミルシュカ、昼寝からお目覚めかい?
ソファに腰掛ければ、3人の子供らがよじ登ってきた。
みんな自然体ってことは、ライトニングは、この子らを怖がらせたりはしなかったわけだ。
あの賑やかさから見れば懐かれたと言っても良いのかな。予想通り。
「どうだい? 僕の“宝物”たちはとんでもなく可愛いだろ」
どこかグッタリして見えるライトニングに自慢する。
ここは肯定以外求めてないんだよ、と、笑みに圧をのせれば、ジト目が返された。
「お前がとんでもなく甘やかしてるってことだけは良く分かった」
「頭の良い子たちだ。聞き分けもね。どこかで甘えたって悪くないだろ」
「……まぁな」
かすかな苦笑。だけど、そこに否定の気配は無かった。
「『休暇中は一緒にいるんだ。仲良くしてね』」
お願いすれば、子供たちからは良いお返事が。ライトニングからは、やれやれといった返事――ん。上手くやれそうで何よりだよ。
✜ ✜ ✜
クリスマス・パーティーは過ぎるほどに盛況だった。
威圧感すらある巨大ツリーが鎮座しまします空間は、どこもかしこも綺羅びやかに飾り立てられ、行き交う男女もまた、古典劇の登場人物かと思わせる盛りっぷり。
……まあ、男性陣がダークスーツ多めなのが、辛うじて今風を留めてるけど。
「さあ、マイ・レディー、お手をどうぞ」
ホールの手前で、道化師みたいに大仰に手を差し出せば、初めてのパーティーに強張ってたアルテイシアの白い頬が、薔薇色に染まった。
その微笑みの愛らしいこと!
「『どうしよう、キャスバル。リトルレディが途方もなく美しくて可愛らしい。これはもう女神だよね』」
「『全部口から出てるぞ、ガルマ』」
「『お前は直視が躊躇われるほどの格好良さだし。なんだアポロンか。イケメン爆散案件きたコレ』」
「『だから、全部口から出ていると。そう何度も繰り返さずとも、君が僕たちに見惚れてるのは良く分かったからそろそろ黙れ』」
落ち着け、と、トントンと手の甲をつつかれて、口をつぐんだ。
薄紫のドレスを纏ったアルテイシアは、おれが贈った大粒のバイオレットサファイア――例の人造石だ――のチョーカーを着けてくれている。
首周りは三連の小粒真珠で囲み、中央に石を配したものだ。
ホントはブルーサファイアを予定してたんだけど、アルテイシアの希望でバイオレットになった。なるほど、今日のドレスに映えるならこっちか。
おれ――“ガルマ”の眼の色に似てて、ちょっと気恥ずかしい。傍から見たら、すごい独占欲。めちゃくちゃ牽制してるみたいだろ。
ちなみにキャスバルが選んだのは深紅のルビーで、余ったブルーサファイアはおれの取り分になった。
どちらもイヤーカフにしつらえて左耳につけてる。これもお揃いで別の意味で恥ずかしい。
いや、“ガルマ”だって元はガルマなんだから見てくれは悪くない――けど、中身はおれだ。
可愛いは作れる。とは言え所詮は紛い物。天然の美しさ凛々しさには叶うべくもない。
それなのに、同じようなブラックスーツで、ネクタイもイヤーカフも色違いだなんて、引き立て役もいいトコだ。
今だって、前髪を後ろに撫でつけ額を出してる様は、同い年とは思えぬほどに大人びて色気すら漂わせてる。
石がルビーなのは正解だ。その瞳の青さには、サファイアだって負けちゃうからね。
くそぅ。爆散するがいい、IKEMEN of IKEMENS!!
その前におれが妬みシにしそうだががが。
心境は嵐だけど、会場に踏み込むときには、すべてを飲み込んで隠す。表面上はね。
リトルレディの手をとって、歩調を合わせた。
背筋を伸ばし、穏やかな笑みを履いて、少女が決して気不味い思いをしないように――この空気を楽しめるように気を配る。
『こういう時、君の猫皮はつくづく分厚いって実感するな』
『お前の皮もな』
水面下の言い合いはいつも通り。
寄ってくる知人たちに、軽みと丁重さのバランスを取った挨拶を。
中にはおれをアルテイシアから引き離そうとするものもあったけど、その手には乗らぬ。
大方、彼女の愛らしさに鼻の下を伸ばした誰かの差し金だろう。目を離すもんか。
麗しき花々からのお誘いだって、キャスバル狙いなのが分かってるから、やんわりと躱す。
「……良いの?」
アルテイシアが瞳の光を揺らしながら聞いてくる――初めての場に不安気な少女を放ったらかしになんてするわけ無いだろ。
「目を離したら、美しい君は拐われてしまう。今夜は僕に護らせて?」
ニコリと微笑んで指先に口づければ、アルテイシアは真っ赤になった。
『そういうところだぞ、ガルマ』
キャスバルは呆れた風だけど。
三人で纏まって過ごしながら、様々な人と交流をはかる。社交大事。
それなりに鍛えたとはいえ、いつかの“おれ”みたいに“ガルマ”は切った張ったには特化してないし、この体はいまだに時折熱を出す。
と、なれば、戦場を、戦い方を変えるより他にない。
にこやかに朗らかに、媚びず、時に言葉のエッジで競り合いながら、いかに敵を少なく、味方を増やすか。誰かの陣営に下ることは決してせずに。
これもまた戦いだ。
だけどこれ、キャスバルに任すと過剰にボコるからね。それ言葉のナイフで斧で大剣。矢鱈にシカバネのヤマを築かれても困るんだよ。
ほんとに好戦的なんだから。
キャスバルにはシャンパングラスを持たせ、アルテイシアにはノンアルコールのシードルを。
壁際に一時撤退。これ以上、お前の犠牲者を増やすわけにはいかんのだよ。
キャスバルは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。
それにフフンと鼻を鳴らし返して、周囲を見る。
めぼしい辺りへの挨拶は終わったし、あとは――居た居た、“ギレン”とローゼルシア様。
あちらもご機嫌伺いの列が切れた頃合い。ん。丁度良いね。
「さて、そろそろ“奥方様”へご挨拶へ行こうか?」
キャスバルは眉を顰め、アルテイシアは僅かな愁い顔。まぁね、御母堂様の立場を思えばそうだろう。だけど、流石に無視するわけにはいかない。
「大丈夫。僕が関心を引きつけるから、ふたりは無理しない程度にね」
これまで散々ヘイトを稼いできたのはおれだから、あちら様にしても、“ジオンの子どもたち”に対する厭悪は大幅に軽減してる――ゼロに等しいくらいに。
直前までしっかりとアルテイシアの手を握って、その後はキャスバルに託す。
「お久しぶりです、ローゼルシア様」
車椅子の女性に向けて、晴れ晴れと声をかける。
別に歩けない訳じゃないけど、お年を召してるし、疲れやすいから最近はこれにしたと聞いている。
まず“ギレン”が振り向いて、続いてこちらに顔を向けた“奥方様”は、存外に柔らかな眼差しで瞬きながら、口元にだけ皮肉げな微笑みを履いた。
「あらまぁ坊や、元気そうで何よりだわ」
思ってたより声には張りがあった。
「ええ。ローゼルシア様も、お顔の色が晴れやかですね。お召し物の蒼がよく映えておいでです。信奉者はさぞかし心を騒がせたことでしょう」
先程は列をなしていた事だし。
レースの手袋越しに手の甲に口付ければ、クスクスと擽ったそうな笑いが溢れた。
「相変わらず良く回る口だこと」
「マダムの美しさがそうさせるのです」
微笑みを添えて答えて。
「“ギレン兄様”も久しぶり」
車椅子の後ろに立つ“ギレン”にも声をかける。
「……息災なようだな」
ふぉ。なんか、心中の文句、不平不満説教を抑えてますって顔。
コレは突いたら不味い感じ。
「おかげさまで」
ニコリと笑みだけを返してローゼルシア様に視線を戻す。
「……あ。ブローチ、付けてくださったんですね」
その胸元に光ってるのは、クリスマスを前に贈った、リースを象ったブローチだった。
「その宝石、実は僕が造ったんです。人造ルビーとサファイア。如何です?」
ちょっとした悪戯である。
ローゼルシア様はキョトンと目を見開いてから、胸元のブローチを摘んでじっと覗き込む。
「まぁ、そんなことができるの?」
「機材がないと大変ですけどね。運良く使わせてもらえたので」
「凄いわね!」
少女みたいな笑みを見せるのに、いたずらっぽくウインク。
「お気に召して頂けたなら嬉しいです ……“ギレン兄様”にも差し上げましょうか?」
とりあえず振ってみるけど、返事は芳しくなかった。
「……いや」
要らん――と、その目が。
「あら、もらって、ペンダントでも仕立てれば良いでしょう。意中の女性に差し上げればどうかしら?」
いじわるを装った、とても楽しそうな声だった。
“ギレン”が渋面を作る様にも、柔らかくクスクス笑う声。ん。よし上機嫌。
ちらりと背後に目配せすれば、すぐにキャスバルが反応して妹の背を押した。
「――お久しぶりでございます、ローゼルシア様」
少女の済んだ声に、“奥方様”の視線が動く。
少し緊張した面持ちのアルテイシアの隣に移動して、その手をそっと取った。
「あら、大きくおなりだこと、アルテイシア」
幾つになったのかしら、なんて、眩しげに眼を細めて穏やかに声をかける。
表情こそ複雑なものがあれど、そこに、“憎き女の子供”への感情は薄かった。
握った手から、アルテイシアの緊張が少し緩むのを感じる。
「十二です」
はっきりと答える声が鼓膜を揺らした。
「そう、そうだったわね。では、キャスバルはもう十七歳と言うことかしら?」
「そうです、ローゼルシア様」
キャスバルが答えた。
三人で並んで立てば、
「……相変わらず仲が良いようね」
何処かに揶揄する響き。
「もちろん。とても大切な二人なんです」
ニッコリと返す。
『お前もそう思っててくれりゃ嬉しいんだけどね』
『なんとでも思ってろ』
フンと鼻を鳴らすあたりがツンドラだと言うんだ。ほんとにデレが無ぇ。
「結構だこと。――アルテイシアは、手綱をちゃんと取っているのかしら?」
「……頑張っています」
「そう、しっかりね」
ちらりと寄越される流し目。これはアレか。またネズミを足元に放たれんように見張れと。
いつの話をしてんのさ。子供の頃の他愛ないイタズラを延々と掘り返すのは年寄りの悪い癖だ。
藪蛇つつきたくないからニコニコしよう。
『……君って……』
キャスバルが笑いを堪えている。そーいや、あん時はお前も大笑いしてたっけね。
それから話題はあっちに飛んだりこっちへ飛んだり、一回りして“ギレン”を揶揄ったり。
アルテイシアはまだ幼いし、ローゼルシア様は逆に高齢だから、そう長いこと滞在したわけじゃない。
だけど、みんな楽しそうで、最後は“ギレン”さえ声を上げて笑い、周囲から2度見、3度見されていた。
普段、どんだけ笑ってないのさ。
ちょっと呆れるけど、いいガス抜きにはなったんじゃないかね。
パーティーから帰宅した後は、速攻でサンタクロースに変身した。
子供らの枕元に、こっそりとプレゼントを忍ばせたことに満足して眠りに落ちたわけだが。
翌朝、興奮にフーリガンと化した子供らの急襲は、予想を大きく上回っていた。
「ガルマ!? おい生きてるか!??」
ライトニングの叫びが遠い。
三人がかりのJumping Body Pressでぺしゃんこになったおれは、わーわー笑ってる子供らの下で、キラキラするオーナメントまみれになりながら、そっと意識を手放した。