ランバ・ラルが執務室を訪ねてきたのは、クリスマスも近い、とある日のことだった。
「お前が私に用とは、珍しいな」
厭味でもなく云うと、男の顔が歪んだ。
やがて、ゆっくり口を開き、云ったのは、
「……実は、クラウレ・ハモンと結婚しようと思う」
「なるほど、それはめでたい」
と云いつつも、やっとかと云う気分になるのは否めなかった。
何しろ、知る限りでもかれこれ七、八年、ランバ・ラルとクラウレ・ハモンはつき合っていたはずだ――『the ORIGIN』の前日譚を考えれば二十年近いだろう。最初はクラウレが少女だったからだとしても、ここ数年は大人の女らしさが勝っており、その気持ちの向きからしても、そろそろ結婚して然るべきと、まわりも考えていたのだ。
「正直、いつまで待たせるつもりかと思っていたが、貴殿も年貢の納め時と云うヤツだな」
「誂うな」
むすりと男は云ったが、そこでまたもじもじと、不可思議な逡巡をする風である。
「何か問題があるのか」
問うてやれば、
「親父がな」
苦虫を噛み潰したような顔で、そう答えが返る。
「またか」
「ラル家の正妻に、何処の馬の骨ともわからん女をつけることはできんなんぞと云い出して……」
「むしろ、クラウレがいる状態で、敢えてお前の正妻になろうなどと云う女がいるとも思われんがな」
わざわざ当て馬になりにいくようなものではないか。まぁ、実は同性愛者で、“夫”は有名無実が良いと云うならわからないが。
「そうなのだ。だが、あの親父にそれを云ったところで……」
「聞く耳もたんか。まぁそうだろうな」
あの、思いこみの激しいジンバ・ラルならば、むべなるかなだ。
「それでだ、頼みがある」
ランバ・ラルは、ずいと身を乗り出してきた。
「何だ」
促して、男の口から出てきたのは、
「クラウレ・ハモンを養女に取ってくれんか」
「……古典的な手だな」
上古の昔から、不釣り合いな結婚によく用いられた手段だった。
出の悪い女を、そこそこの家に養女に入れて、体裁を整えてから娶る。場合によっては、そこからさらに格上の家に養女にやって、やっと釣り合いを取る――幕末の天璋院篤姫がそうだ――こともあったし、男の場合も似たようなことはあった。
まぁ、要は恰好さえつけばどうにでもなる、と云うことだが、
「――よく、私に頼もうと思ったな」
ランバ・ラルとは、仕事上顔を合わせることも少なくはないが、対ドズルとは違い、そう好感度が高いとも思われない。それはまぁ、サスロに頼むよりは良いのかも知れないが。
「デギン閣下に頼むよりは現実的だろう。流石に、共和国首相に頼むのは、腰が引ける。それに、ザビ家ならば、流石の父も文句は云うまいからな」
「別な意味では云われそうだが」
家格としての文句はあるまいが、かれにとっては怨敵だろうザビ家から、養女とは云え、妻を迎えることになるのだから。
云うと、ランバ・ラルは肩をすくめた。
「まぁ、親父に対する嫌がらせみたいなものだ。本当なら、もっと早くに結婚してやりたかったんだが、あの親父が煩くてな」
「なるほど。それで、私の“義息子”になることも厭わない、と」
その事実にはじめて気づいたように、ランバ・ラルが沈黙する。その喉から、唾を呑みこみ損ねたかのような妙な音がした。
「……忘れていていたのか」
「忘れてた」
髪を掻き毟らんばかりの男には悪いが、まぁ面白いこと極まりない。
原作では対立しまくっていたラル家の当主が、好いた女を迎えたいがために、ザビ家の人間に頭を下げるとは。
第一、絵面がもう面白い。結婚式は当然挙げねばなるまいが、その時に、新婦の手を取ってともにヴァージンロードを歩くのが、ギレン・ザビなのだ。そして、祭壇の前で待つ新郎=ランバ・ラルに、“娘”を引き渡すことになるのだから、これが面白くないわけがない。
「まぁ、私は一向構わんぞ。義息子殿よ」
「お前を“義父”と呼ぶことになるのか!」
呻く姿も面白い。
「何だ、他を選ぶか?」
「……いや、お前以上に適任なのは、そうはないからな。他なら遠慮も出てくるが、お前には必要あるまい。気に病まなくて済む」
「……云ってくれる」
まぁ、それはそれで良いのだけれど。
「しかしそうすると、ドズル殿が義叔父になるのか……」
「別に、そこは差し支えあるまい。あるとするなら、“ガルマ”だと思うが」
「そう、ガルマ!」
ランバ・ラルは、ぐわっと顔をもたげた。
「ガルマとキャスバルは、どうにかならんのか! と云うか、概ねガルマだ! あいつ、今回起こしたゴタゴタに関しても、ほとんど反省してないんじゃないのか」
「……炯眼だな」
実際、キャスバルはともかくとして、“ガルマ”は半分も反省していないと思う。している部分に関しても、やらかしたことそのものに対する反省ではなく、大方“次はもっとバレないように巧くやる”と云うような――つまりは、やらかしたこと自体を反省しているわけではない。
「あいつのアレは、何が悪かったんだ。俺の教育か? それともザビ家の血筋なのか?」
「ザビ家の血が関係ないとは云い難いが、あれは概ね、“ガルマ”本人のせいだ。あれは、“昔”からああ云うところがあったからな」
やらかしたことそのものではなく、バレたことを反省するのだ。今回も、二時間ばかり正座させはした――それが、本人には一番堪える“お仕置き”だからだ――が、その後で“月を獲れ”などと云う段で、そう堪えていないのは明白だ。
まぁ、かなりがっつりした“お仕置き”でも、三分の二反省すれば御の字と云うところだから、半ば諦めてはいる。――いやいや、駄目だ、きちんと反省するところまで、“ガルマ”を追いこんでやらなくては。
「昔って……小さい頃は、あれでも可愛かったと思うんだがな……」
「擬態と云うものだな。あれは、元々えげつないところがある」
「――お前の云うところじゃない気がするぞ……」
「私は、そこまでえげつない男ではないと思うのだがな」
少なくとも、誰かを陥れたり、巧く罠に誘いこんだりするようなタイプではないはずだ。
その点“ガルマ”は、ものごとを自分の思うように誘導するのは巧かった。
多分、今回のガーディアンバンチのごたごたも、ゼナ・ミアにセクハラを働いたと云う直接的な理由以外に、何らかの裏があるのに違いない。
それに較べれば、こちらの謀略など、大したこともしていない。あくまでも見えている未来に対して布石を打ち、世界全体の先行を枉げようとしているだけだ。そこに、個人に対するあれこれは含まれはしないのだ――確かに、世界を動かすと云う意味では、こちらの方が余波は大きくはあるけれど。
「お前は、えげつないわけじゃないが、やることがなぁ」
「何だそれは」
「大波被ることが多くて迷惑、って云ってる」
「……そこは否定できないな」
しかし、そこは職掌柄仕方のないところではあるし、そもそもこの男が波を被りやすいのは、男の立場故でもある。こちらのせいにばかりされても困るところだ。
「……しかし、いよいよクラウレ・ハモンを籍に入れるのか。何か、特段の理由でも?」
これまで散々待たせておいて、一体どう云う心境の変化か。
問うと、男は指先で頭を掻いた。
「いや、お前が押しつけてきたろう、マリオン・ウェルチ、あの娘を正式に引き取りたいと、クラウレが云い出してな。本人にも異存がないようだから、それじゃあ、って段になって、どうせなら、クラウレと結婚して、ちゃんとした両親ってものを、あの娘に与えてやりたいと思ったんだ」
「なるほど」
確かに、先だってマリオンとクラウレがザビ家の晩餐に参加した時には、既にあの二人は、仲の良い母子か、歳の離れた姉妹のようだった。引き取ってから数日の時点であれならば、今はもっと近しくなっているだろう。
それを見ていたランバ・ラルが、どうせならちゃんとした家族にと思うのは、至極当然のことだった。
「まぁ、私にできることなど微々たるものだが、新婦の養父の立場くらいなら、いくらでもなってやろう。……クラウレも、ようやく結婚できて、喜んでいるのではないか」
「まぁな」
ランバ・ラルは云って、頬を掻いた。
そして、
「それはともかく、お前のとこにもいるだろう、あの兄妹が」
男が指摘してきたのは、アッカネン兄妹のことだった。
「あいつらのことはどうするつもりだ。アストライア様の遠縁だとはっきりしているフロリアンはともかくとして、あいつらはもう帰る家もないだろう。お前の養子にしたりはしないのか」
「あの二人は、あのままで良かろう」
ゾルタン・アッカネンの名を、宇宙世紀から消してしまうのは、いかにも惜しかったので。
「それに、ラル家ならまだしも、ザビ家を名乗って、良いことなどそうはあるまい。あのまま、あの兄妹はあれで置いておく。後見人なら、いくらでもなろう」
「ザビ家の名前があった方が、いろいろ有利だと思うがな」
ランバ・ラルは云うが、例えば間違いがあって、ザビ家が戦犯にでもなった時には、名前の上だけでも縁がない方が、その先生きていき易いだろうと思う。
「それもひとつの考え方だが――そもそも、名前がしっくりこないからな。まぁ、あの子らがどうしてもと云えば、吝かではないが」
だがまぁ、ゾルタン・アッカネンの名前は、個人的には残しておきたい。
それも感傷めいたものだと云われれば、確かにそうとも云えるのだが。
「まぁ、それはそうか。――それはともかく、お前は結婚はせんのか。それこそお前の秘書官、気持ちがないとは思えんぞ」
にやにやと云いながら、小突いてくる。
「……セシリア・アイリーンは、確かに有能な秘書官だが」
しかし、人生のパートナーとしては、若干もの足りなさがある。
では、どんな女が良いのかと訊かれれば、もう少し強さのある――光明子のような、北条政子のような、田村の愛姫のような、そう云う女が一番良い。母性と、充分な政治性のある女。それには、セシリア・アイリーンはいかにも弱いのだ。
「まぁ、結婚は考えてはおらんよ。幸せになってもらいたいからな」
ザビ家の男と結婚すると云うのは、ドズルは於いても、中々大変なことだろうと思う。“ガルマ”とアルテイシアは、それなりにバランスが取れているとは思うけれど。ジオン・ズム・ダイクンの遺児と結ばれると云うのも、なかなかにハードルの高いことなのだ。
「女に関しては、意外に自信がないのか」
ランバ・ラルはにやにや笑うが、むしろ逆だ。
「私につり合う女は、中々いないのだよ」
そう云う意味では、まだカルタ・イシューの方がバランスが良かったように思う。“歳上”の名家の嫡子で、自身で戦場に立つほど気の強い女。まぁそれでも、食い足りないところはないでもなかったのだが。
「自分をどれだけの男だと思ってるんだ」
ランバ・ラルからは呆れた言葉をもらったが、まぁ、自分が難しい人間だと云うことはわかっているので、仕方ない。
「……まぁ、幸せになれ」
云って肩を叩いてやると、男はまた頬を掻いて、照れくさそうに一言、
「……おう」
と返してきた。
ランバ・ラルの結婚話は、当然あちこちに波風を立てることになった。
もちろん、最大の波風はジンバ・ラルだが、“父”デギンからのものも、その中にはあった。
「クラウレ・ハモンを養女にすると聞いたが」
首相公邸に呼び出され、執務室に足を踏み入れた、第一声がこれである。
「……は」
微妙な間抜け面を晒して、そう云うしかないではないか。
“父”は、重々しく云った。
「ジンバ・ラルが怒鳴りこんできた」
「……あの老体は」
思わず小さく舌打ちする。
それは、抗議のひとつやふたつあるだろうとは思っていたが、首相公邸にまで乗りこんでくるか。相変わらず迷惑な人物である――ランバ・ラルの苦労が偲ばれる。
「しかし父上、ランバ・ラルも大概いい歳ですし、クラウレ・ハモンとの仲も、最早万人の知るところです。ここであの二人が結ばれるのを阻んだところで、あの男に嫁ごうとおもうご婦人があるとは思われません」
一応、そのようなことを口にしてみるが、“父”の懸念は、それとは違うところに向けられていた。
「そちらは良い。お前は、クラウレ・ハモンの手を取って、ヴァージンロードを導いてやるなり何なり、好きにすれば良い。――そうではなく、お前自身のことだ、ギレン」
はっとしたが、もう遅い。
「お前も、もう四十すぎではないか。ランバ・ラルたちの面倒を見てやるのも良いが、そろそろ自分のことも考えてみてはどうだ」
――きた……
元々のあれでも云われた記憶のある言葉。つまりは“身を固めろ”だ。
確かにわかる、わかるのだが、
「――私は既に、妻に逃げられた過去がございますので、二の足を踏むご婦人が多いでしょう」
そう、いくら何でも、一国の首相の息子で、かつ軍でも要職にあり、議会にも籍を持っている人間が、いつまでも独身と云うのはおかしい――と思ったら案の定、“ギレン・ザビ”は、過去に結婚したことがあるようだった。
成り代わった当初、原作で示された事実以外のあれこれを知ろうとして、書斎を漁っていたら、白い立派な台紙に貼りこまれた、結婚写真らしきものを発見したのだ。“ギレン・ザビ”は恐らく三十手前、白いドレスをまとった女はそれより幾分か歳下のようだった。
しかし、この顔の女を、家の中で見たことがない。それなりに美人であり、金のかかった婚礼衣装からも、女が良家の令嬢であると知れるのに、である。
さて、この女はどこへ消えた?
と云う疑問に答えをくれたのは、古株だろうメイド頭だった。
――あら……まだそんなものがございましたのね。
メイド頭は微苦笑し、次いで、こちらの表情に気づいて、眉を寄せた。
――まさかとは思いますけれど、元奥様のお顔をお忘れになったわけではございませんわね?
詰問するような声に、まさか頷く度胸はなかったが、それでも態度で察したのだろう、老女は仕方なさそうに溜息をついた。
――いくら、半月と経たずに出ていかれたとは云え、結婚された相手のお顔をお忘れになるなんて……本当に仕方のない方ですこと!
散々な云われようだが、これは仕方のないことだった――何しろこちらは“途中参加”で、本当にまったく見憶えがないのだし。
その沈黙をどう取ったものか、メイド頭は“かつての妻”について、いろいろと――愚痴混じりに――語ってくれた。曰く、良家の令嬢で使用人の使い方にも慣れており、目端のきく素晴らしい女性だった、“ギレン”を恋愛的な意味で好きだったかはともかく、添い遂げる気概はあるようだったのに、新しいメイドのような扱いをして、早々に出て行かせたのは誰なのか――誰に対する厭味かなど、明々白々である。
とにかく、自分にも似たところがないではないのが、微妙に突き刺さる言葉だった。
つまり、ギレン・ザビは結婚に向かない! と、そう云うわけである。自分だって向かない、元々が女だったのだから、余計にだ。
もちろん、“昔”の友人知人の真似をして、女性を甘い気持ちにさせることはできる。が、それはあくまでも、短時間だけをともにする相手だからこそできることであって、生活空間をともにするとなれば、相手が激怒すること請け合いなのだ。片づけられないし、何かに夢中になれば、うっかり時間を過ごしてしまう。食事の用意が万端にできた状態で、夫が他のことに夢中で食卓につかない、となれば、世の奥方たちは激怒するだろう。逆ならば、夫が帰宅しても、いつまでも夕食が出来上がらないと云うことになる。
つまりはそう云うことなのだ。よほど心が広いか、よく知っていて多分に諦めがついているかでなくては、伴侶の役割など願い下げだと云われるだけだ。“ギレン・ザビ”であれば、職務上、多少の情状酌量の余地はあるとしても。
「お前の秘書官はどうなのだ。憎からぬ風ではないのか」
ランバ・ラルと同じことを“父”にも云われるが、返答はこちらも同じものにならざるを得ない。
「セシリア・アイリーンには、幸せになってもらいたいので」
「お前が幸せにすると云う選択肢はないのか」
「気がついたら妻がいなくなっていたことがある人間に、何ができると云うのです」
大体、以前にも“ガルマ”から、“嫁と家政婦を勘違いしている”と云われたことのある人間だ。
そんな人間が、秘書官と結婚したとして、まともな家庭を作れるとも思われない。大体、“昔”の娘のひとりには、“お父様は、私より組織の方が大事なのよね!”と云われたこともある。否定はできなかった。家族よりも、国や組織の方が大切だ。家族を人質に取られて、“組織を解体しろ”と脅されたら、間違いなく組織の存続を取る。万を超える人間とその家族の生活と、自分の家族の生命を秤にかけて、前者を取るような人間だ、つまりは“お察し”と云うものである。どうにもならない。
「お前が、これからのザビ家を、ムンゾを背負うのだ。その男が、妻のひとりもなくては恰好がつくまい」
とは云うが、原作の“ギレン・ザビ”も正式な妻子があったようではない――グレミー・トトの存在は置くとして――のだし、ドズルはゼナ・ミアと結ばれてミネバ・ラオ・ザビをもうけるのだし、キシリアもシャア・アズナブル(本人)と結婚するのだろう。その上、“ガルマ”がアルテイシアと結婚して子でも作れば、ザビ家とジオン・ズム・ダイクンの血を引く子が誕生することになる。この上、“ギレン”の子など必要あるまい。
まぁ、平たく云えば面倒くさかったのだ。“昔”の妻のような女がいるならともかく、いちいち機嫌をとらなくてはならない、“私と仕事、どっちが大事なの!”などと云い出しかねない良家の令嬢などと云う女とつき合わねばならないことが。
「ザビ家の次は、“ガルマ”とアルテイシアの子にでも継がせれば良いでしょう。私は、あれほど女にマメではないのです。そう云うものは、やれるものがやった方が良い、そうではありませんか」
と云うと、“父”は渋い顔をした。
「百歩譲って、ザビ家の後継はそれで良いとしても、クリスマスのパーティーはどうする。また、地位や金目当ての女たちに群がられても良いのか」
その言葉に、はっとする。
そう云えば、世間はもうすぐクリスマスなのだった。
そしてクリスマスには、毎年議員や軍上層部の参加するパーティーが開かれる。
ここ数年、ひとりで出席しているからか、ご令嬢方のアタックが凄い。顔が怖いとか、冷徹だとか云う噂話も何のその、ぐいぐい来るあの様は、感動はしないが、感心するところはある。
――つき合うとなれば、絶対に“冷たい”だの“私のことなんかどうでもいいのね”だのとごね出すくせに。
実際、“昔”の妻にも、前者は口にされたことがあるのだし。
面倒なので、最初かるく相手をした後は、軍関係者や議員たちの輪の中に逃げこむことにしていたのだが――ランバ・ラルが結婚するとなると、いよいよそれが熾烈になってくると云うことだろうか。面倒くさい。
確かに、その辺りの“玉の輿狙い”――ギレン・ザビの妻は玉の輿なのだろうか?――を躱すためにも、エスコートする相手は必要か。
「――考えます」
「うむ、最良の選択をな」
“父”は深く頷いた。つまりは結婚相手を見つけろと云うことだ。が。
――どうしろと!
とは思ってしまう。
今更セシリア・アイリーンを、と思っても、“父”にああ云われてセシリアを選べば、即結婚相手に考えていると思われてしまうに違いない。
正直面倒くさい。“昔”の妻くらいの理解がない相手とでは、結婚できるはずもない。
既婚者で、そう云う相手だと誤解されない女性――と云うと、ぱっと浮かぶのはアストライア・トア・ダイクンだが、それはそれで推してきそうな輩がいる気がする。アストライアのことは、無論好ましく思ってはいるが、あくまでも敬愛に近い感情であって、結婚相手とは思えないし、第一それをやると、キャスバルやアルテイシアが義理の子供になってしまう。それはそれで微妙な感じである。
誰に何をどう愚痴ったら良いのかまったくわからないので、とりあえず、ドズルから泣きつかれた説教もこみで、“ガルマ”にメールを送る。“エスコート相手選び面倒くさい”、説教の後に、それだけ一言書き添えて。
速攻で返ってきたのは、“諸々申し訳なく”と云うタイトルのメール。
しかし、当然のように謝罪や反省の言葉などはなく、唯一有用だと思われたものは、“ローゼルシア様がいいと思います”の一言のみ。それに続くのは“もう寝る時間なので、おやすみなさい”だ。
毎度のことながら、
――反省しろ!
と思わずにはいられない。が、もはや“ガルマ”には、反省を促すことそのものが無意味なのかも知れない。反省しろと云って、した試しがないのだから。
猿でもできるはずのことを、欠片もできないとは、人間としてどうだ、と云うか、
――ローゼルシアって、あのローゼルシア・ダイクンか。
『the ORIGIN』ではとっくに病死しているはずだが、この時間軸では元気だ。流石に歳も歳なので、どこに行くにも車椅子だが。
――ローゼルシア・ダイクンか……
確かに、あの老女をエスコートしていれば、迂闊な女は寄ってこないだろうし、まぁあちこちに云い訳は立つ、が。
さて、もしもあの女怪をエスコートするとなれば、と想像してみる。
車椅子を押して会場に入り、ご機嫌伺いをする輩が列を作るのを、横に立ってサポートする。ジオン・ズム・ダイクン現役時代の知己ばかりであろうから、今は結構な役職に就いているものばかりだろう。当然のことながら、その中に若い女性などは含まれず、またローゼルシア本人が老齢のため、即結婚相手とは見なされず、ただつきそいのためのエスコートだとも知れるだろう。
老体をエスコートしているわけだから、会場にそう長居することもあるまい――個人的な知人たちとあまり話はできないだろうが、それはまた別の機会にすれば良い話ではある。
そう考えれば、メリットは多いがデメリットは少ない相手ではある。
なるほど、相変わらずよく見ているなと思いつつ、どうにも癪で、“参考にする”とだけ返信する。どうせ、もう眠っているのだろうし。
さて、こちらはそう云うわけにもいかない。もう一息、目の前の書類を、キリの良いところまで仕上げてしまわなくては。
目許をぐっと揉みこむと、まずは最初の一枚にまなざしを落とした。
クリスマスパーティーは、華やかな空気に満たされていた。
高い天井をこするほどのクリスマスツリー、それを彩る数々のオーナメント。立食形式のテーブルの上には、赤と緑をメインにした花が飾られ、そこここに磨き上げられた燭台が配されている。
そこに集うご婦人方も、それぞれが花のように、思い思いのドレスをまとい、精一杯に己を際立たせようとしているようだった――手折られるのを待っているかのように。
が、こちらに近づいてくるものはない。当然だ、何しろすぐ傍に、車椅子に乗ったローゼルシア・ダイクンがいるのだから。
「久しぶりだわ、この華やかな空気!」
老女は、自身も華やかなドレスをまといながら、嬉しそうに手を叩いた。
「昔、まだジオンが健在だったころには、毎年のようにこのパーティーに参加したものだったけれど! ……声をかけてくれて嬉しいわ、ギレン・ザビ」
とはにかむように微笑んだローゼルシアは、本人の容姿にも拘らず、初々しい少女のようだった。
「私こそ、おつき合い戴きまして、ありがとうございます」
虫除けにもなって一石二鳥、などとあからさまなことは云わないが、まぁつまりはそう云うことである。
「ジオンの子どもたちも出席しているの?」
「えぇ、あちらに」
と云って示した先には、キャスバルとアルテイシア、そして“ガルマ”がともにいる。いずれも盛装し、シャンパングラスを傾けているようだ。華やかな容姿のダイクン兄妹のせいもあって、そのあたりがまわりよりも一際輝くように見える。
「キャスバルは、ムンゾ大学に進んだのですって?」
「えぇ、ジオンの子ですから、どのみち担ぎ出されることになる。その時に、狼狽えずに済む力を持って欲しかったので」
「あなたの弟も、同じ道に進んだそうだけれど」
厭そうに云うのは、かつて足下にネズミを放された記憶が甦ったからに違いない。
「云いたくはないけれど、あなたは弟を、もっときちんと教育した方が良いわ、ギレン。あの子、ガルマは、放っておくと碌なことをしないでしょう」
「……それで、既に手を焼いておりますよ」
「そうでしょうとも!」
勝ち誇ったように、老女は云った。
「可愛らしい顔をして、ひどいやんちゃ坊主! あの子がキャスバルと幼馴染なんてと思ったけれど――流石はギレン、そのあたりは誤らなかったようね」
「恐れ入ります」
「それにしても……悔しいけれど、美しい子たち。アストライアはあの子たちを、どこに出しても恥しくないように育てたのね」
「すべては、ダイクンの名を汚さぬためでございますよ」
「そうね……」
老女は口を噤んだ。
ジオン・ズム・ダイクンの死から五年が過ぎた。ローゼルシアもアストライアも、すべてが恩讐の彼方と云うにはまだ早いだろうが――しかし、少年期を抜けて青年になりつつあるキャスバルの姿に、流れた歳月を感じたのだろうか、ローゼルシアのまなざしは、かつてないほど穏やかなものだった。
「……そうそう、あなたの弟、こんなものをくれたのよ」
思い出したように云ったその指先が示したのは、胸元を飾る金色のブローチだった。銀に鍍金を施したのだろうそれは、クリスマスリースをかたどっていて、花やオーナメントを表すのだろう、とりどりの色のクリスタルが散らされている。名家の息子からの贈り物に相応しく、だが、学生らしく派手さのないプレゼント。なるほど、こう云うところは相変わらずだ。
「あなたは、こう云うものを贈るタイプじゃないわね、朴念仁さん」
くすくすと笑う、その様は本当に少女のよう。
「は、不調法者でございまして……」
「まぁ、最初の方は仕方ないとして、次に選ぶ方には、きちんと気遣いをするべきね」
「心します」
神妙に頭を下げると、またくすくすと笑われた。
と、
「……ローゼルシア様」
「あら」
声がかけられ、そちらを見やると、ムンゾ議会議長の姿があった。反ザビ家とまではいかないが、ややザビ家主導で動く今のムンゾを、危惧しているらしい男である。
が、ジオン・ズム・ダイクンとは、“父”と同じく以前からのつき合いで、議会内での影響力もかなりなものである。
「お久しぶりでございます。社交界は引退なさったと噂になっておりましたのに、お姿を目にすることができるとは、これ以上の喜びはございますまい」
「私も引退したつもりでいたのだけれど、ここにいるギレン・ザビが誘ってくれたものだから」
ローゼルシアの言葉に、議長のまなざしが一瞬鋭くなった。
が、流石にそこでどうこう云うような小物ではない。にこりと微笑んで、
「それはそれは。頼もしい騎士殿ですな。革命の女神の安寧は約束されておりましょう」
などと云う。
「嬉しいことを云ってくれるわね、ジギスムント」
「あなたにだけですよ、レデイ・ローゼルシア」
初老の男と老女とは、そう云い合って、ふふと笑った。
それを皮切りに、ローゼルシアに挨拶をと云う輩が、次々にやってくる。
当然、そう云う輩は、こちらのことはまったく見ようともしないので、車椅子の少し後ろに立って、SPよろしく周囲を伺っているより他ない。
と、
「お久しぶりです、ローゼルシア様」
声をかけてきたのは“ガルマ”だった。その後ろには、キャスバルとアルテイシアの姿もある。
「あらまぁ坊や、元気そうで何よりだわ」
皮肉とも何ともつかぬ口調で、ローゼルシアは笑った。
「ええ。ローゼルシア様も、お顔の色が晴れやかですね。お召し物の蒼がよく映えておいでです。信奉者はさぞかし心を騒がせたことでしょう」
レースの手袋越しに手の甲に唇を落としている。老女はくすくすと、少女のような笑いをこぼした。
「相変わらず良く回る口だこと」
「マダムの美しさがそうさせるのです」
にこりと笑み返し、
「――“ギレン兄様”も久しぶり」
ついでのように――実際ついでだろう――こちらの名を呼ぶ。
「……息災なようだな」
いろいろと云いたいことはあるが、パーティーの場では相応しくない。ぐっと言葉を呑み下す。
“ガルマ”は、にこりと笑った。
「お蔭様で。……あ、ブローチつけて下さってるんですね。その宝石、実は僕が造ったんです。人造ルビーとサファイア。如何です?」
その言葉に、ローゼルシアが目を見開いた。
「まぁ、そんなことができるの?」
「機材がないと大変ですけどね。運良く使わせてもらえたので」
「凄いわね!」
老女はブローチをつまみ、しげしげと埋めこまれた石を見た。
なるほど、カラークリスタルかと思ったのは、人造石だったのか。発色が良いから、染めた石を使ってあるのだと思っていた。
「お気に召して頂けたなら嬉しいです。……“ギレン兄様”にも差し上げましょうか?」
「……いや」
宝石は好きだが、どちらかと云えば天然石の癖が好きなのであるし、そもそもギレン・ザビとして、その石を何に加工して、どうつけたものだかわからない。中世紀の武士ならば、刀の下げ緒につける手もあるが、ムンゾの軍服ではそれもない。サーベルの刀緖に、と云うこともできるのかも知れないが、そうそう出番があるものでもないだろうし。
「あら、もらって、ペンダントでも仕立てれば良いでしょう。意中の女性に差し上げればどう?」
と、やや意地悪くローゼルシアが云う。
――そんなものありはしないと知っていて!
内心で歯噛みするしかない。
と、
「――お久しぶりでございます、ローゼルシア様」
凛とした声が云った。アルテイシアが、キャスバルとともにこちらにやってきたのだ。
「あら、大きくおなりだこと、アルテイシア。幾つにおなりだったかしら」
「十二です」
と、とてもその歳には見えない落ち着きぶりで、アルテイシアは云う。
「そう、そうだったわね。では、キャスバルはもう十七歳と云うこと?」
「そうです、ローゼルシア様」
キャスバルは、妹を支えるように一歩下がったところから頷いた。
見れば、キャスバルは、“ガルマ”と同じブラックスーツに、臙脂に金糸で刺繍を施したタイを締めている。まばゆい金の髪はゆるく後ろになでつけて、露になった左の耳朶には、人造ルビーをあしらったカフをつけている。
そう云えば、“ガルマ”は、キャスバルと色違い――タイはダークブルー、カフの石は人造サファイア――の衣装だ。
間に立つアルテイシアのドレスが明るい紫――よく考えれば、少女には難しい色のはずだが、不思議とよく似合っている――で、アクセサリーの石は人造のヴァイオレットサファイアだったので、かれらは三人一組の人形のように、美しく、愛らしく見えた。
「相変わらず仲が良いようね」
やや含みのある口調で云うローゼルシアに、“ガルマ”はにこりと笑い、
「えぇ。とても大切な二人なんです」
と頷いた。
「結構だこと。――アルテイシアは、手綱はしっかり取っているのかしら?」
「……頑張っています」
と云う少女の言葉に、“ガルマ”は首を傾げ、キャスバルは笑いに唇を震わせている。まぁ、まだ知らせていないから無理のないところはあるが、そろそろ自分がどう云うことになっているか――つまり、アルテイシアとの婚約だが――察しても良い頃合いなのではないか。
「そう、しっかりね」
ローゼルシアも、その答えをどう思ったか、どうとも取れる言葉を返して微笑んだ。
まぁ、察したからと云って、アルテイシアにがっちり手綱を取らせるかと云えば、大概怪しいとしか云いようがないのが、“ガルマ”の“ガルマ”たる所以であるが。そうでなければ、“昔”の嫁に、贔屓の店――もちろん、そのような接待を伴う飲食店――まで乗りこんではこられまい。本当に、筋金入りの碌でなしである。
とは云え、いくら女好きの“ガルマ”でも、士官学校で、しかも婚約者の兄、つまりはキャスバルと一緒で浮気などできようはずもない――間違いなく、キャスバルが許さない――から、今のところ安心は安心か。
“ガルマ”は、きょとんとした顔で、しかしにこにこと笑っている。女二人のややわかり合ったようなやり取りにも、危機感を抱いたりはしていないようだ。
それを見て、またキャスバルが笑いを堪える風である。
――まぁ、いい三人なのだろうな。
キャスバルには、いずれララァ・スンが、かれの運命の女が現れる。キャスバルとアムロ、そしてララァの三人が、この時間軸でどのような関係性になるのかはわからないが、少なくとも原作の悲劇がくり返されることはあるまいから、“ガルマ”とアルテイシアも含め、若者たちの行末は注意深く見守っていきたい。
「……結婚する前に、既に孫がいる老人のような顔になっているわね、ギレン・ザビ」
ローゼルシアが、さもおかしそうにそう云った。
「仕方ありませんよ、“ガルマ”の同級に、マツナガ議員のご子息がおられるのです。あちらは息子、こちらは弟だと云うのに、話すことは同じような内容ででございますから、“ガルマ”に子でもできようものなら、私がその祖父のようなものになります」
来年にはランバ・ラルが結婚し、その相手であるクラウレ・ハモンの養父になる――しかも、かれらがマリオン・ウェルチを養女に迎えるつもりである――ことを知れば、ローゼルシアは何と云うだろうか。
「あら、それではデギン殿のお立場がないわね。やはり、さっさと相手を見つけて結婚なさいな、ギレン・ザビ。あなたの地位と名誉があれば、離婚歴があろうと気にしないご婦人もあるでしょう」
「結婚されるのですか、ギレン殿!」
聞きつけたアルテイシアが、大きな声で云うのを、慌てて否定する。
「そんな予定などありませんよ。そもそも、相手がなくてはできぬものでしょう」
「……ギレン殿と結婚したいと思う女は、山とあるでしょう」
キャスバルが云う。
「だが、大体の女は、仕事ばかりにかまけていると、“私と仕事、どっちが大事なの!”などと云い出すからな。それがなく、ほどほどに家柄の良い相手となると、中々難しいのだよ」
「そう云う相手に、既に一度、逃げられているのだしね」
「……ローゼルシア様」
思わず恨めしげな声が出る。
老女は、車椅子の上で、身を震わせて笑った。
「あなたの年齢で、しかも離婚歴があるとなれば、デギン殿も、未婚のご婦人でなくてはならぬとか、名家の出でなくてはならぬとか、煩いことはおっしゃらないでしょうよ。そう云うご婦人方の中に、意中の方はないのかしら?」
「……残念ながら」
ふっと頭の片隅をかすめたのは、キャスバルたちの母親であるアストライア・トア・ダイクンだが、そもそもジオン・ズム・ダイクンの妻を娶ると云うのは、あちこちを敵に回しそうな選択である。既に敵の多い身の上で、これ以上はどうだろうか。
第一、キャスバルとアルテイシアが何と思うか――特にキャスバルは、新しい父親など必要ない年齢であるだろうし。
「まぁ、ザビ家は“ガルマ”やドズルあたりが血脈を伝えてゆくでしょうし、ひとりやふたり、結婚せぬ子がいたとて構いますまい」
ドズルに関しては、“ガルマ”が巧く誘導するだろうし、“ガルマ”本人にはアルテイシアがいる。原作では独り身だったキシリアも、シャア(本人)と好い仲であるようだから、兄弟のうち少なくとも三人は、結婚の予定があることになる。
大体、結婚していないからと云って、サスロにも相手がないとは限らないのだし。
――“ギレン・ザビ”にしても、グレミー・トトができる要素はあったわけだしな……
まぁ、なるようにしかならないし、捻じ曲げているとは云っても、原作を大きく外れることは難しいだろう。
この強面としてはにこやかに微笑んでみせると、ローゼルシアは、仕方ないと云いたげに溜息をついたが、それだけだった。
「……私なんかをエスコートせずに、次はお若い方を誘いなさいな」
それだけを云って、その後は若者たちとお喋りに興じはじめた。
それからパーティーを抜けるまで、上機嫌な“奥方様”につき従い、この年のクリスマスは、何とかご婦人方をかわし切ることに成功したのだった。