子供らからのメッセージは、相変わらず毎日のように届く。
ほとんど日記帳と化してる気がするよ。保存してるのを読み返せば、成長記録みたいでニヨニヨする。
バックアップも万全。いつか大人になったときに見せたら、どんな顔をするんだろうね?
ポチポチ返信してれば、上のベッドで、キャスバルが寝返りを打つ気配。
『ランバ・ラルはどうだって?』
マリオンから届く便りに、どうやら興味があるみたい。だよね、いま1番ホットな話題だし。
『それがさぁ、もう笑っちゃう』
クフクフ笑いが溢れる。これは抑えられんだろ。
『なにが?』
『レディ・ハモン、おれの姪っ子になるみたい』
『……“ギレン”の養女にするってことか』
流石に頭の回転が早い。一言で全てを察したんだろう。
『石頭のジイさんに“会心の一撃”ってとこかな』
『確かにクリティカルだな』
キャスバルの思考波も笑ってる。
名家の血に拘って、とやかく文句つけてた頑固親父に、これ以上の嫌がらせもないよね。
言うなれば、強行版ロミオとジュリエット。敢えて仇敵の家に入れてから娶るって、ものすごい筋書きだ。
“ギレン”なんか腹抱えて笑ってそうな案件だけど、これ、裏から見ると、とってもタイムリーで素晴らしい事態なんだよね――ムンゾ的に。
そもそもザビ家とラル家の対立は、開拓期に遡るらしい。
“謀略のザビ家”と“剛健のラル家”って言ったら、まあ性格的な相性は良くないだろう。しかしながら、TAGを組めればこれほど相性の良い組み合わせも、そうは無い。
この動乱が予感されるご時世、長年対立してた両家が結びつく意味を考えてみなよ。
深読みする連中はこう思う――いよいよムンゾの団結は強まったってね。
多分、そのうちにサスロ兄さんあたりが大々的に宣伝するだろう。
実のところは、裏も表もなく、個人の長年の恋情を成就させただけなのにね。
ああ、加えて、マリオンの幸せも考えたのか。
『花嫁姿のレディ・ハモンは美しいだろうね……』
女神もびっくりするレベルだろう。
『君の初恋は彼女だったろ?』
揶揄うみたいな響き。
まだ幼かった頃、阿呆みたいに彼女の美貌に見惚れたおれを、思い出しでもしたものか。
『……残念。遥か時のかなたで、もう思い出せないや』
本物の初恋なんて、いつの昔だったのかね。
『ふぅん?』
ニヤニヤする思考波が。だからホントに覚えてないっつーの。
なんなら慰めてやろうか、なんて。傷口に塩どころかジョロキア擦り込みそうな“声”で言われても、信憑性なんか欠片もないから。
丁重にお断りして、頭から毛布をかぶった。
✜ ✜ ✜
射撃訓練は好きだ。
実技でキャスバルに迫れる数少ない課目でもあるし。
「すごい!」
「また10点射!」
外野がワアワア騒いでるけどさ。
――この距離で外すかよ。
動きもしない的を撃ち抜くなんて、そんなに難しいことじゃない。
如何にド真ん中を撃ち抜くか。まるで穴が一つしかないみたいに、針の穴に糸を通すように、最初の穴に弾丸を潜らせて見せよう。
だからといって、狙撃手の素質は皆無に等しいけどね。ふは。堪え性の無いことくらいは自覚済。
隣でキャスバルもバンバン10点射。
更にはライトニングも張り合ってる。
トリオ・ゴルゴ13、みたいな? 眉力が足りないケド。
「俺も参戦しよう」
ふぉ。シン、お前もか。
これでカルテット・ゴルゴ13か。
最初は目を剥いてた教官たちも、今では苦笑する程度。
「『ちなみに、本日のアフターディナーティーのお供は、リーアから取り寄せたボンボン・ショコラね。最高得点者には1箱進呈……ちなみに僕が勝ったら進呈はなし!』」
さあ、挑み給えよ。
銃を構えて、また10点射――ココからが勝負スタート。
リノが、ルーが、ケイが。
クムランも、ベンも。
日々の過酷な訓練のせいで甘党に傾いた野郎どもの目の色が変わる。
ついでに見守る教官の顔色も変わる。
チーム・ゴルゴ13でドンドンバンバン撃ち抜いていけば。
「撃ちかた止めいッ!」
教官から怒声が。なんでさ、みんな10点射連発じゃないか。
「貴様らこんな遊びばかりに本気出しよって! 本物の戦場はこんなもんじゃないぞ!!」
なんて。
ん。そうだね。意識の底の底で、尤もだと“おれ”が嗤う。控えめに言っても“地獄”。
だからこそ。
「身体に染付くくらい技術を研いておきたいんです。息をするのと同じくらい自然に引き金を引けるように」
人を撃てないなんて怖じ気つく前に、頭より心より早く指が走るように。
おれは、こいつらを失いたくない。だからこそ、立派な“ひとでなし”に仕上げなくちゃいけないんだ。
真っ直ぐに視線をあわせれば、何故か教官が後退った。
「お前は……ザビ家はそこまで覚悟をしているということなのか……」
低い呻き。
連邦との戦争が避けられないものだと。ザビ家の御曹司すら前線で戦うのだと。
ちょっと。ねえ、なんで潤んだお目々でこっち見んの。
「よし分かった!」
「ならば我々が手本を見せてやろう!!」
って、教官達がドンドンバンバンやってどーすんの?
ポカンとして見守る先で量産される10点射。
流石に教える側だって感心するけどさ。
『……どーしよう、キャスバル?』
『知るか。自分でまいた種だろ』
ひどいわ冷たいわー。なんて、見てるだけじゃどーにもならんしな。
「さぁ、教官殿に遅れを取るな! 僕たちの実力を認めて貰う良い機会だ。凌駕する勢いで撃ちまくれ!!」
「「「「「おう!!!!」」」」
『……煽るのか』
キャスバルが頭痛をこらえてるけど。他にどーしろっての。ねえ?
射撃技術の競い合いは良い勝負となり、教官には日々の努力を称えられた。
ボンボン・ショコラの行方は、引き分けに終わったため皆で分け合うことに。後でセンセー達にも差し入れしておこう。
そんなこんなで、いつものメンバーは確実に様々な技量を上げつつある。良いことだよね。
それに触発される形で、一寮の成績も、加えて他寮の成績も、他学年の実力すらも向上してるとか。
基礎能力が底上げされてるいま、更に臨むべきは個々の得意分野の強化だ。
例えばルーなら戦況分析。流石にチェスプレイヤー、先読みの才はかなりのもの。
ケイは当然ハッキング。軽い気持ちで試してみた連邦駐屯地のマスターシステムにうっかり入っちゃって、めちゃくちゃ慌てて隠蔽した――これバレたら放校処分じゃ済まないし!
リノは持ち前の剽軽さとフットワークで、おれの人脈づくりに一役買ってくれてる。
補給、支援で頼りになるのはクムランだし、無口だけど、いざというときには的確な号令を飛ばせるベン。
攻守ともにバランスの良いシンは、指揮を取るにもかなり優秀。
それから、ライトニングの遊撃センスは頭一つ飛び抜けてる感じかな。
いずれも来る“暁の蜂起”の主要面子としてカウントさせて貰ってる。
そっと目を閉じて思う。
凄いことをしてのけたもんだね、いつかの時間軸の“シャア・アズナブル”。
学徒だけの初陣。戦力に劣る、圧倒的不利な状況からの勝利。
きっと犠牲も少なく無かったろうに。
同じこの場に立って、つくづく、その際立って優れた存在の眩しさに目が眩みそうになる。
だけど――“お前”、誰も大事じゃなかったんだね。
同じ学舎で学ぶ誰も彼もが、“お前”の眼には映ってなかったのか――有象無象、ただ使える駒としてしか。
多分、“友”になり得たかも知れないガルマさえも。
それ程までに、“復讐”は“お前”を掴まえて放さなかったの?
時に褪せるはずの感情を、憎しみを減じることなく、幸せになろうともしないで、元凶を滅ぼした。
本質は同じはずの幼馴染を思い浮かべる。
同じものだけど――似てるけど、違う。
母君が居て、妹と離別せずにここまで来た。“ギレン”の保護の翼のもと、餓えることも凍えることもなく。
幸せで居ておくれよ。
お前が壊れるのは嫌だよ――いつかの“シャア・アズナブル”じゃない、おれと一緒に育った、キャスバル・レム・ダイクン。
綺麗で純粋で、優秀で生意気で格好つけで、辛辣だけど、たまにほんの少し優しい……こともある…………か。
「『どうした? 変な顔をして』」
この言い草である。
ギロリと睨みあげれば、シレッとした表情が目にはいる。畜生、どんな顔でも美形は画になりやがるよな!
「ひどいな、“シャア”。『お前の優しさが足りないんだよ』」
ぶすくれて答える。
キャスバルは肩をすくめて、唇の端っこを意地悪そうに歪めた。
「これは失礼。『欲張るな。いつも優しくしてるだろ?』」
そうだっけ?
『ちなみに毎度腹を出して寝てる君に毛布をかけ直してやってるのは僕だが?』
『………スマヌ。大変に助かっておりマス』
そういや寝ぼけて寝台から落ちたときも、助けてくれたっけね。
そう思えば優しさではあるのか。
いつもみたいに隣に並んで、それ以上、何も言わずに寛いでる様子に、なんか安心する。
『……キャスバルだ。“シャア・アズナブル”じゃない』
おれの幼馴染。
『なにを当たり前のことを』
フンと鼻を鳴らすその仕草すら安堵に繋がる。
トントンと手の甲を叩かれれば、どこか強張ってた意識がゆるゆる解けていった。ん。いつも通り。
こんな風に気持ちが揺らぐときには、いつもお前が居てくれるのが有り難い――これも優しさだとしたら、確かに破格かもね。
当たり前みたいに思えるのは怖い。
本当にひとりになった時、どうすれば良いのか分からなくなりそうだから。
まあ、そんなことにならない様に、頑張るだけだけどね。
✜ ✜ ✜
季節は移ろって6月。
言わずと知れた女神ユーノーの月だ。ローマ神話の主神ユピテルの姉にして妻。婚姻と出産、子育てまで司るママさん女神だけあって、結婚式はこの月に集中するらしい。
例にもれず、ランバ・ラルとレディ・ハモンの結婚式が執り行われる事になったのも、この6月の吉き日だった。
予定では雨だったらしいけど、管理局にごり押しして晴れに変えたとか。すげぇなラル家、と、思ってたら手配したのザビ家だって。
そういやレディ・ハモン、ザビ家の養女になったんだっけ。
コロニーの天気すら左右した結婚式は、ムンゾ第一のカテドラルで行われることとなった。
どっちにしてもすげえな権力。
来賓の顔ぶれもまた、なんかニュースで見たわー的な面々がズラリ。
内々の式とかほざいてたランバ・ラル、今ごろ涙目なんじゃないかな。
――見てこよっと。
踵を返せば、キャスバルが素早く付いてきた。
『どこへ行くんだ』
『ランバのところさ。ちょっと顔を拝みに』
一見晴れやかに見えるキャスバルの眉間に力が籠もった。
『これ以上の無体は…』
『何もしやしないさ。それに、アレは無体じゃない。必要な措置だろ』
この最高に整えられた舞台に、無粋な役者は要らないんだ。だから台詞を無くしてやっただけ。
ニンマリと笑う。隣で肩をすくめる幼馴染だって、実のところ、そう激しく非難はしていない。おれの“いたずら”を止めなかったし。
その鮮やかな青い眼の中に、面白がる光がきらめくのを、おれが見逃すわけ無いだろ。
ノックと同時に新郎の控室に踏み込む。取り繕う間なんて与えてやらん、と、思ったのに、ランバ・ラルは部屋の中央の椅子にドッカリと座ってるだけだった。
その眉間の峡谷ときたら。なに、グランドキャニオン?
お前人生の晴れ舞台でなんで出陣前の武将みたいなツラしてやがんだあんな美女を嫁にできるのに不満があるならそこへなおれが成敗してくれるつかそこ代われ!!
ノンブレスでの罵り(心中)は、キャスバルにだけ届いたようで、笑いを噛み殺しそこねたらしい変な声が横から聞こえた。
笑い事じゃねぇんだよ。
『……ガルマ、君、本当にクラウレが“初恋の君”だったのかい?』
『誓って違う』
別に初恋引きずって拗らせてランバを罵ってるわけじゃない。
『単なる非モテの僻みだ気にするな』
お前には無縁の感情だろうとも。
一歩近づけば、ランバ・ラルは固く瞑っていた目を開いてこちらに視線を向け、訝しげに瞬きした。
「おい、なにを企んでやがる」
低い声でランバが唸る。
「お前がそんな顔をしてるのは、ろくでもない事の前触れだ」
「酷いな、ランバ。僕たちお祝いを言いに来たのに」
ニコリと。別にお前に何かを企んじゃいないさ。
式が台無しになりでもすりゃ、悲しむのはレディ・ハモンで、もっとショックを受けるのはマリオンだ。
おれが彼女たちを悲しませるわけ無いだろ?
「ガルマは“世界一幸せな男”を揶揄いに来たのさ」
キャスバルがサラリと暴露する。横目で睨んでもどこ吹く風。
ほんと、そーゆーとこだからな。
溜息は噛み潰して。
「そうさ。でも、あんまり嬉しくなさそう。そんな顔をレディ・ハモンに向ける気なの? 散々焦らしといてこの仕打ち。明日の朝、レディがマリオン連れて出ていっても僕は不思議に思わないね」
思ったよりずっと冷たい声が出た。ランバ・ラルがぎょっとして目を見開くくらいに。
その視線がキャスバルを見るけど、我が幼馴染殿も冷ややかな表情で首を振った――お前は面白がってるだけだけどな。
「……嬉しいに決まってるだろう」
絞り出すような声。なんか、内容と噛み合ってない。
首を傾げるおれをチラ見して、ランバは盛大な溜息をついた。
「……親父殿がな、今さっきまで喚いていた。あれで式の間大人しくしてられるとは思われん」
いっそ殴り倒して式に出さずに置けばいいのか、なんて。
この世の終りみたいな顔して何言ってんのさ。
「それなら心配ないよ」
もう手は打ってきたから。
「ジンバ・ラルは式の間、一言も口を聞かないだろうな」
キャスバルも嗤って受け合う。
「ちょっと待て! お前ら何をしやがった!?」
「ヘリウムガスを部屋に充満させた。大丈夫、ちゃんと酸素は確保したよ。肺いっぱい吸い込んで物凄い声になってたから、しばらくは声を出さないでしょ」
自分の声を聞いて、目を白黒させてた。
効き目がそんなに長くないだなんて、ジンバは知らないし。
提示した時間、もし声を出したらとんでもない笑いものになるだろうねって念押ししたら、貝みたいに口を閉ざしてた。
結婚式でギャアギャア騒ぐ方が、ちょっと変な声になるより、よっぽど笑いものになるって事には、あのジイさん、ちっとも思い当たらないみたいだったけど。
「……なんてことを」
ランバが額を抑えて天井を仰ぐ。
「殴り倒すより穏便でしょ」
実はタチ・オハラにも手伝ってもらった。諸々をひとりで用意するのは困難だからね。
休日の“伝書鳩”たちも駆り出すという公私混同。手伝いの人員がうっかりガスを吸い込む事故もあったけど、概ね大成功って言っていいでしょ。
惚れた女が別の男に嫁ぐ事を嘆きつつ、それでもクラウレ・ハモンが幸せであればと、涙目で笑って、式の邪魔者になるだろう男に一計を講じた。
ジンバ・ラルは、この案件に関しちゃ共通の敵だった訳だ。
「ランバには悪いけど、僕、あのひと好きじゃないんだ――僕たちに酷いこと言うからね」
何度も罵られた。子供相手ですら、その舌鋒は和らぐことを知らなかった。
もし、ジンバ・ラルが、ジオンを殺したのがザビ家だと、呪いみたいに言い聞かせてたら。それを誰も止めなかったら。
おれとキャスバルは、今ごろ仇同士だったかも知れない。
それを思えば、ヘリウムガスなんて手緩いだろ?
「ほら、笑ってよ新郎。横から花嫁攫われたくなかったら、とびっきりの笑顔でレディの手を取るんだ。参列者にはレディのファンが少なくないよ」
「君も含めてな、ガルマ」
「……キャスバル。『いつまでそのネタ引っ張る気なの?』」
ジロリと睨めばキャスバルは声を上げて笑って、つられたランバもとうとう笑った。
さて。新郎ばっかりじゃなくて、新婦も見てこなくちゃ。
と、いうより本命は新婦だ。
クラウレ・ハモンはザビ家の養女として嫁ぐから、おれ達の控室は実はこちら側。
デギンパパも出馬あそばされてるから、警護も万全。ザビ家勢揃い。
みんなリラックスした表情で談笑してる。
「おお。ガルマ。ラルの様子はどうだ? 見てきたんだろう?」
「めちゃくちゃ緊張してたみたい。顔がこんな風になってました」
ドズル兄貴の問に、少し誇張して顔真似までして見せれば、皆が一斉に笑った。
「ランバ・ラルともあろう者が」
皮肉げな口調だけど、姉様の眼差しは柔らかい。
フォーマルな総レースのロングドレスがめちゃくちゃ似合ってる――出掛けに褒めまくったら、照れ隠しにか頬を伸ばされた。
「またひとり、気楽な独身生活に幕を下ろすのだな」
サスロ兄さんたら呑気に笑ってるけど、後ろでデギンパパの目は笑ってないからね?
和やかな空気の親族控室を通り抜け、新婦控室に入れば、“ギレン”の影の向こうに女神がいた。
「わぁ! 凄くきれいだね、レディ・ハモン!」
喉から転がり出たのは歓声だった。
横でキャスバルが笑ってる。
子供みたいにはしゃいでる自覚はあれど、興奮は収まらない。
純白のドレスを纏ったクラウレは、それ程に美しかった。
亜麻色の髪は結い上げられ、光輪の如きティアラとヴェールが飾るのは、弾けそうなほどの幸せを包んだ微笑み。
さざ波を打つような白絹は身体のラインに沿って流れ、裾を長く引いて。
見惚れていれば、レディは少し照れたように肩をすくめて、それから白い指でおれの頬をつついた。
「ありがとう、ガルマ殿。あなたも素敵なお姿ね」
「ふふ、そうだと嬉しいな」
着慣れないモーニングコートだからね。着こなせてるかちょっと心配なんだ。
まあ、何を着たって横にキャスバルが居たら、引き立て役にしかなれそうにないけど。
今日もお揃いのイヤーカフだなんてね。仲良しアピールではあるけどさ。
「ほら、ガルマ。いつまでも人の花嫁に見惚れてると、君のお姫様が妬いてしまうぞ」
キャスバルに促される。
ん? おれがレディ・クラウレに見惚れると、リトルレディがやきもちを妬くの?
なるほど。お兄ちゃんを取られたくない妹の心理か。それならお前も同じだろ。
「じゃあね、レディ・ハモン。向こうで待ってるから」
そろそろ式の開始時間だし、ソワソワしてるだろうマリオンの様子も見ておきたいし。
控室を出て、少女たちを探そうとしたけど、そこはデギンパパに止められた。
「お前は儂の隣に居るがいい。ガルマ、はしゃぎ過ぎぬようにな」
重々しい言葉だけど、声は笑ってる。
「そうよ。本当にいつまでも子供みたいなんだから」
横でキシリア姉様も溜息をついたけど、その白い指は優しくおれの髪の乱れを梳いてくれた。
ドズル兄貴やサスロ兄さんに囲まれて、キャスバルは御母堂様と一緒の席だから、暫し離れる。
静かに席につけは、方々から目礼はあるものの、この厳粛な空気を乱してまでザビ家の面々に声を掛けてくる者は無かった。
そんな中、もの凄い形相で睨んでくるジンバ・ラルは、“いつもの事”として周囲にスルーされてる――ある意味凄いよね。筋金入りのザビ嫌い。
それでも、“イタズラ”が功を奏して、老人は一言も喋ろうとはしなかった。
ステンドグラスを通した光は鮮やかで、この空間を神聖なものに染め変えていた。
緋色の絨毯を踏んで、純白のドレスに身を包んだ花嫁が、一歩、また一歩、静々と進んでくる。
ベールの裾を三人の妖精姫が捧げ持ち、それはまるで物語の一幕のように美しく、瞬きするのが惜しいほどだった。
――花嫁の“父”が“ギレン”ってあたりが、なんとも言えない絵面になってるけどさ。
真面目腐った顔をしてる“ギレン”の眼の奥には、今にも笑い出しそうな光があった。
レディ・ハモンの瞳もまた生き生きと輝き、そのうえで幸せに零れそうな雫が微かに浮かんでいる。
壇上で待つランバ・ラルの眼には、レディしか映っていないんだろう。
白いモーニングコートを着た新郎は、眩しげに目を細めて彼の花嫁を見つめていた。
――見惚れてるんだろうなぁ。
いつもは鋭い眼差しが蕩けて、目尻が少し赤い。いいオッサンなのに。きっと、それでもレディ・ハモンは可愛いって思ってるはずだ。
“ギレン”が花嫁を壇上へと送り届けて、用意されてた席につけば、いよいよ近いの儀式が始まった。
いつの世も、連ねられる言葉はあまり変わらないね。
喜びも悲しみも、苦楽も共にするって。その命の限り。
“I Do .(誓います)”
ふたりの唇から綴られたその言葉を、とてつもなく尊く感じる。
そのあと、ランバがレディ・ラルの指に上手く指輪を嵌められなくて、あたふたしてたのには笑っちゃったけど。
うわ、ランバ、真っ赤だよ顔。そんなに緊張してんの?
らしくないにも程がある。
部下たちが小声で応援してるの、余計に笑いそうになるからやめろ、ランバ・コールやめろ。
ほら、指輪を掲げてたフロリアンも、笑いをかみ殺そうとしてか、ちょっと面白い顔になってるじゃないか。
そんな空気の中、レディの方は、すんなりと旦那の手にリングを嵌めた。流石だよね!
誓いのキスに参列者は沸いたけど、口笛を吹き鳴らすことも足を踏み鳴らすこともなくて、お行儀の良いものだった。
ただ、どこか後ろの方で、感極まったような野太い咽び泣きが聴こえたような気がする。
この日、ランバ・ラルはクラウレ・ハモンを娶った。
"They lived happily ever after(いつまでも幸せに暮らしました)"
この結末には、きっとそれが相応しいに違いないんだ。
だから、それしか認めるもんかって、強く思った。
厳かな式が終わり、聖堂を出れば。
「ガルマ!」
ドレス姿のアルテイシアが駆け寄ってくる。
「リトルレディ」
胸に飛び込んでくるのを抱きとめたら、軽やかに楽しげな笑い声が上がった。
大人びて綺麗になったけど、お転婆ぶりは健在だ。
勢いでずれた花冠を整え、薔薇色に染まった頬に触れる。
「僕のお姫様は“ティターニア”だったの? 実は妖精の女王なんだって言われても信じてしまうね。凄く綺麗だ!」
淡紅のシルクの上に、淡く青みがかった真珠色のオーガンジーを重ねたドレスは、少女を咲き染めた薔薇のように見せていた。
その手を取ってエスコートの体制に。
駆け出した少女に驚いたらしき政界、軍部の重鎮達も、微笑ましげな眼差しに変わる。
それでも、アルテイシアの年頃では、そろそろ婚約者以外の相手にくっついたりするのはNGだ。
さて、どう諭すべきか。悩むわ。こんな風に慕われるのは、決して嫌じゃないし、懐いてこなくなったら、おれが寂しさで斃れそうだし。
「アルテイシア。いきなり走り出すんじゃない」
「ごめんなさい。キャスバル兄さん」
妹の可愛らしい上目遣いに、後ろから追ってきたらしきキャスバルが肩をすくめてる。
「いつまでもお転婆で困ったものだ。『君が甘やかすからだぞ、ガルマ』」
うお。矛先がこっちに。
「そこもお姫様の魅力さ。『仕方ないだろ。可愛過ぎるんだ』」
微笑んで、白い指の先にキスすれば、きゃあ、と可愛い嬌声があがった。
振り向けば、アルテイシアとお揃いのドレスの少女たちが。
「君たちも妖精姫だね。ミルシュカ、マリオン。とても可愛いよ」
アルテイシアをエスコートしてるのとは反対の手で、幼いミルシュカの頭を撫でる。
その後ろを付いてきたマリオンの頬は、まだ乾ききっていなかった。
「マリオン、本当におめでとう。ね、まだ嬉し涙が止まらないの? 露に濡れる薔薇の蕾みたいに可憐だけど、そろそろ笑顔も見たいな?」
「……ガルマ。アルテイシアがやきもちを妬くわ」
マリオンがいたずらっぽく笑う。
「ほんとう? 妬いてくれるの? 僕のお姫様」
聞けば、アルテイシアはつんと鼻を空に向けて、「どうかしら?」なんて答えた。
『……キャスバル。僕たちのお姫様は、なんでこんなに可愛いんだ? このツン具合、お前にそっくりじゃないか!』
『何故そこで僕が引き合いに出る?』
そりゃお前が可愛過ぎるからさ。可愛いがゲシュタルト崩壊。
『『『……キャスバルかわいい?』』』
心底不思議そうな顔で見上げてくるのは、わらわら集まってきた三人のボーイズ。
アムロ、ゾルタン、それからフロリアン、君らシンクロし過ぎだろ。吹くかと思った。
『そのうちに分かるよ』
こっそりウインク。
『そんな日が来るとは思えないがな。君が特殊なだけだ』
そんなこと言ってられんの、ボーイズが小さいうちだけかもよ?
子供たちで纏まっていれば、大人たちは少し遠巻きに。
立食パーティーの形式だから、テーブルの上の美味しそうなところを皿に盛って、トレーを借りて飲み物を確保。
サーブに徹しようとしてたら、子供たちが食事を「あ〜ん」してくれる。
行儀悪いかもだが、可愛いが天元突破してて拒否れるわけ無かろう。
途中でどこかのご令嬢が話し掛けてくれたけど、身内を構うのに必死で、ちょっと素っ気無い態度になった。ごめんね…って、キャスバルにめっちゃ見惚れてたから、やっぱりおれ目当てじゃないし。
『……いい式だったね』
隣にいるキャスバルに笑いかける。
離れたところで、ラル夫妻が、客に囲まれて祝われてた。
『見てよ、レディ・ラルのあの笑顔』
社交用の艶やかなそれじゃない、ちょっと照れたみたいな、あんな表情はレアだね。みんなが見惚れて、ランバがヤキモキしてる。
『そうだな』
キャスバルの横顔にも薄く笑みが。
『ねえ、お前の初恋って、やっぱりレディ・ラルだったりした?』
『いいや。君じゃあるまいし』
『だから違うってば』
『それなら、レディ・アイリーンか?』
『“ギレン”の秘書はちょっと……』
観賞用に留めておきたい――いや、案外あれで気が強いし、計算高いんだよ。良い女だけど。
『おれのことじゃなくて、お前のことを聞いてんのに』
『さてね』
答えてくれる気は皆目ないんだろう。鮮やかな青い眼は、面白がる光を浮かべてるけど、そのくちびるは開かなかった。
思考波も沈黙してる。
なるほど。
――そうか。初恋もまだか、キャスバル。
このお子様め。
大丈夫だ。この先で、とびっきりの出会いがお前を待ってるから。
おもむろにそっと頷けば、その整った顔が顰められた。
『いま酷く失礼な事を考えただろう?』
『……別に?』
いやほら、おれ達あんまり出逢い無いし?
別に初恋が遅くても良いんじゃね? 拗らせなきゃね。うん。
『そのニヤニヤを止めないと、有ること無いことアルテイシアに吹き込むぞ』
ギラリと輝く双眸に、冷や汗が吹き出した。
『やめろ。ほんとやめろください。なんで無いことまでだよ』
『ある事だけでも良いが?』
『ごめんなさいキャスバル様!!』
思考波で平身低頭謝りまくって、事なきを得た。
くわばらくわばら。
✜ ✜ ✜
「“ギレン”、ムンゾを獲って」
「何だいきなり」
士官学校に戻る直前、“ギレン”の執務室へ押しかけた。
迷惑そうな顔もなんのその。
いまもムンゾは抑えてるだろう、なんて。ソレじゃ足りないから言ってんのさ。
事態は急を要するんだよ。
「連邦と遣り合うためにさ。いまのままだと、馬鹿が踊る。あのへん抑えとかないと、あとに響くだろ」
色々面倒くさいんだ。ちまちまと嫌がらせみたいな事ばっかり仕掛けてくるし。それが存外に計画に障る。
大局が見えてない癖に、欲の皮ばっかり突っ張ってて、連邦の仕掛けた餌にあっさり食い付くのが目に見えてるし。
そして、連邦は既に餌をまいた。
「予言するよ。3ヶ月内で、ザビ家排斥の動きが急激に高まる。ネタは様々だけど、タチ・オハラに流してあるから、裏取れたら報告にくるでしょ」
“ギレン”は物凄く嫌な顔をした。
「それは何処の情報だ」
――って、ソースを明かすと思うの?
ふん、と鼻を鳴らす。
「“ギレン”だって掴んでるでしょ。デギンパパと、キシリア姉様とサスロ兄さんも、ある程度は把握してるはず」
プクリと膨れれば、“ギレン”は盛大な溜息を落とした。
「3ヶ月内の予測は、どんな“悪知恵”が弾き出した計算だと聞いている。そもそも、お前は士官学校で何をどうやってそんなデータを集めてくるんだ」
胡乱げに見てくるのやめてくれないかな。
「“悪知恵”なもんか。どこでだってデータ収集はできるし、パズルは組める」
絡み合う情報を読み解いて、俯瞰すれば自ずと見えてくるものはあるだろ。それが時流に乗ってれば、なおさら明瞭に。
「連邦はともかく、“連中”は、もう形振り構っちゃられないんだ。ザビ家を叩くなら今をおいて他にないし――だけど、おれ達にとっても、これって最高の好機だろ?」
“ギレン”なら、この意味に気付いてるはず。
ついでに、サスロ兄さんもキシリア姉様も、既に動き出してるから、そろそろ手綱取らないとヤバいよ。
「たまには“可愛い弟”のわがまま聞いてよ、“お兄様”?」
両頬に人差し指を添えて、ウインク&ニッコリ。
煽りすぎたのか、“ギレン”のこめかみに青筋が浮いた。
――あ、やば?
「お前など少しも可愛くないわ!」
ふぉう、怒声が。
長い腕が伸びてきて、首根っこを掴まれた。
「ふぎゃあ! ギブギブ!!」
「喧しい! いつまでも好き勝手できると思うなよ!!」
ちょ、“ギレン”、それヘッドロック!
必死で気道を確保しながらウゴウゴしてたら、ガチャリと執務室のドアが開いた。
「ギレン、話がある……ガルマァ!?」
あ。姉様。
ドタバタしてたから、ノックに気が付かなかったのか。
キシリア姉様は、“ギレン”に締め上げられてるおれを見るなり、血相を変えて部屋に飛び込んできた。
雌虎の如き勢いである。
「ガルマを放しなさい!!」
バリッと、そんな音さえ立てて“ギレン”からおれを毟り取って、そのふかふかな胸に抱き込んでくれる。
おお。地獄から天国。
「ギレン! 何をしているの!? 何故ガルマばかり辛く当たるの!」
この前も2時間も正座をさせたとかなんとか。
それは、おれが“ガルマ”だから――なんて弁解は出来ようもないし。
盛大にキレてくれて有り難いやら慌てるやら。これは宥めねばなるまいよ。
「姉様、姉様。違います。ちょっとふざけてただけ。僕が生意気を言ったんです」
腕の中から、上目遣いで呼び掛ける。
“ギレン”てば、姉様のあまりの勢いに目を白黒させてるだけだし。
「ああ、ガルマ。庇わなくて良いのよ」
「いいえ、本当です。“ランバ・ラルが結婚したから、次は“ギレン兄様”ですね”って」
言えば、姉様は一瞬あっけにとられ、それから笑いを噛み殺しそこねた顔をした。
「……………そんなことを?」
「ええ」
「……そう」
表面上は澄ました顔で頷く姉様の腹筋が、小刻みに震えている。くっついてるから、良く分かるよ。コレはそうとう堪らえているね。
「それはお前が悪いわ、ガルマ」
「はい。ごめんなさい。姉様、“ギレン兄様”」
素直に謝罪を口にして、頭を下げる。
「さあ、もうお下がりなさい。学校に戻る刻限でしょう?」
「はい。名残惜しいけど……戻ります。また、次の休暇に」
「ええ。気をつけて」
「はい。姉様も。……“ギレン兄様”もね」
促されて、部屋を辞す。振り返りざまにもんの凄い形相の“ギレン”が垣間見れたけど、そっと扉で遮る。
ごめーん。
姉様が来るなんて、流石に予期して無かったんだよ。
過剰なスキンシップだって誤魔化してよね。
さぁて。みんなに挨拶してから学校に戻ろっかねー。
廊下で思い切りよく伸びをして、子どもたちがいる居間へと向かった。