ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 反逆の"ガルマ" 12【転生】

 

 

 

 士官学校を進級してみれば、ニ年次は演習が目白押しだった。

 これまでの一年で叩き込まれた技能を活かしてみせろと、そういう事なんだろう。

 一年間、比較的上位の成績を保ってた生徒でも、いざ実践に移してみれば勝手が違って、苦心してる者は少なくない。

 自信喪失して早くも学舎を去った者が出るなか、愚痴泣き言のオンパレードでも、しぶとく齧りついてる連中が大半だ。

「調子はどうだ? “野生の御曹司”」

「ひどい呼び方だね、ロメオ。いつもと変わらないよ」

 ニコリと微笑みながら答えたのに、ロメオは露骨に眉をひそめた。

 相変わらずツンツンしてるね。割と可愛い顔立ちなのに、台無しじゃないか。

 何処にでも“合わない人間”ってのは居る。彼にとってのおれがそれに当たるのか、同寮生ではあるけど、事あるごとに衝突する――向こうが突っ込んで来るだけだけど。

 成績からいえば、ロメオ・アルファは常に10位以内をキープしてるから、ある意味、いつものメンバー的にはライバルに当たるのかね。

 下手な小細工を弄するとかじゃなくて、勝負も嫌味も直球だから、嫌いじゃないし、むしろ一本気過ぎてちょっと心配なくらい。

「俺が言い出したんじゃない。教官たちがあんたをそう呼んでるんだぜ?」

「誠に遺憾。シンの方がその呼び名には相応しいんじゃないかな?」

 ――ワイルドウルフ。ん、似合ってる。 

「どっちもどっちだ」

 そんな吐き捨てるみたいに。

 まぁね。ザビ家の御曹司のおれが、野営訓練で、もう慣れてますみたいな設営をしてのけたのが、教官たちには意外だったみたい。

 ついでに模擬戦闘でも、おれとキャスバルの部隊はぶっちぎりの戦績を叩き出すから、付いた仇名が“野生の御曹司”と荒野の悪魔”。何それキャスバルだけカッコいい。

 だってねぇ。“おれ”は傭兵部隊だって軍隊だって経験してるし。

 “前”からカウントすれば、士官学校だって二度目だし。

 できて当たり前のことだけど、そんなの誰も知らないからね。

 そんなズルっこ補正の“おれ”の上を行くキャスバルって、真正チートだよね!

 ともあれ。

「ロメオ、ブーツの留金が傷んでる。補強しておいた方がいいよ」

 頑丈なブーツの頑強な留金だけど、摩耗しない訳じゃない。ロメオのそれは、少し歪んでいた――ちょっと嫌な感じに。

「あんたが気にすることじゃない」

 目に見えそうな、拒絶と拒否の壁。

「それより自分の心配をしたらどうだ? 今度の行軍は、基本ひとりだろ。お取り巻きにお手々引いて貰えないんだぜ?」

 意地悪そうに歪んだ表情。

 お。そーゆー皮肉でくる?

「ありがとう。忠告感謝する。確かに僕は君たちに比べると体力に不安が残るからね、無理せずに行くよ」

 こんな良い子ちゃんの回答をしてやれば、途端に顔を顰める――怒りとバツの悪さに。

 そこで罪悪感みたいなものを感じちゃうのが君の甘いトコだよね、ロメオ。

 足音も高く去っていく後姿を見送ってれば。

『まともに構うな』

 キャスバルが思考波でピシャリと言ってくるのに、苦笑を返す。

 ちょっと離れたところから、一連のやり取りを察していたのか。

『可愛いじゃないか』

『無駄吠えする犬が?』

『仔犬だろ。それ本人に言ってやるなよ。また自主退学者が出るのは避けたい』

『この程度で折れるなら、今のうちに消える方が本人の為だ』

『お前が叩きすぎて心折ってんだよ!』

 ほんとにもう、未来のムンゾの戦力をお前が減らしてどーすんのさ。

 確かに、彼我の実力差も顧みずに無駄にキャスバルに挑んだ挙げ句、自信喪失するのは本人の勝手ではある。

 それにしたって、完膚なきまでに叩きのめすのはどうかと思う。せめて薄皮1枚残してやれよ。

『君はちっとも滅気ないじゃないか』

『……たまには手加減しろよ』

 いつもいつも容赦なく叩き潰しやがって。

 おれの繊細なハートはいつだってボロ雑巾みたいにズタズタだ。

 フンと鼻で笑う気配と共に。

『不要だ』

 ――……優しさプリーズ。

 

        ✜ ✜ ✜

 

「整列。気を付け!」

 どうして教官って、クソ真面目な顔をすると、みな同じような印象なのかね?

 ずらりと並ばれるとクローンみたいに見える――頑張って見分けてるけど。

「これより重装行軍訓練を行う。背のう装備の総重量は40kg。これを背負ってルートを踏破し日暮れには帰営せよ」

 事前に通達されてるから、これはまあ確認だ。

 40kgってけっこー重たいんだわ。ついでにオヤツとか私物とか、コッソリ追加してたりすると、さらに増えるからさ。

 物語の中でもあった、重装行軍。

 ガルマ・ザビは途中で滑落して怪我してたから、色々と備えておくに越したことは無い。

 よっこらしょっと、一式担ぎ上げて、マップを再確認する。山あり谷あり。良くもまあこんな演習場作ったもんだね。

 だけど、道無き道をってほどじゃない。

 さて、サクサク行くかね。

 なんて。本当にサクサク進むキャスバルの強行軍について行ったら、最初は団子になってた生徒たちも、いつの間にか疎らになった。

「うわー、見晴らしいいな〜」

 作られた景色だとは分かってるけど、丘から見下ろす先の荒野は、なかなか圧巻。

 大きく伸びをしながら堪能する。

「ガルマは原野にいた方が活きが良いな」

「なるほど“野生の御曹司”」

 ヲイ。聞こえてるからな、シン。ライトニングも。

「ハイキングみたいでワクワクするね!」

 イヤイヤ、そこまで呑気で良いのかクムラン――って、頷くんだな、ベン。

 リノも、ルーもケイもまだまだ元気だし。

 流石にいつものメンバーは、このペースでも問題なさそう。

 行軍は個人成績だから、別につるむ必要はないけど、皆が同じくらいのペースを保てるとなれば、そりゃ纏まりもするわ。

 チラリと視線を寄越すキャスバルも、どことなく楽しそうだった。

「行くぞ。このあと降雨タイムがくる。ビバークできる場所を確保しないと」

「りょーかい。“シャア”」

 また、先を行く背中を追いかける。

 “空”を見上げれば、人工の雲が遠くに見えた。

 石と岩と土塊と。アップダウンのきつい行程を突き進む。

 ずっしりとした荷物が肩に食い込み、流石に少し体力が削られたと感じる頃になって、最初の通過点に辿り着いた。

 迎え出た教官が目を剥いている。

「Aポイント到着。随分オーバーペースだな、名前を」

「一寮。シャア・アズナブル」

「同じく一寮。“ガルマ・ザビ”」

「同じく一寮。シン・マツナガ」

「一寮、ジョニー・ライデンだ」

「はい、一寮。リノ・フェルナンデス、ルー・ファン、ケイ・ニシムラ、クムラン・ヒルベト、ベン・ショランダー、以上5名!」

 はいはい、おれたちが通りますよーと、ぞろぞろと足を進めれば、

「よし。1番通過9名――集団かよ……」

「また奴らか」

「ある意味予想通りだな」

「賭けにならんわけだ」

 教官達のヒソヒソ話が聞こえる。ヲイ、生徒を賭けの対象にすんなよ。

 振り返れば、今のは空耳かと疑うほど、生真面目な顔ばかりが見送っているのが見えた。

 その後も着々と距離を稼ぎ、B地点も無事通過。

 ゴツゴツとした岩場で降雨タイムを迎えることになった。

 巨岩が張り出した影は、ちょうど雨が凌げる。

 各自で丁度いい場所を見繕い、雨宿り――の、前に。

「はーい、おやつタイム〜。ひとり一袋ね」

 担いでた背のうから、隠し持ってきたシリアルバーを取り出して見せれば、場は騒然となった。

 この日のために実家から取り寄せといたんだよ、前に食べて美味しかったから。

 ナッツとドライフルーツとオーツ麦に、これでもかとゴールデンシロップとバターが投入された高カロリーフラップジャック。

 コックが凝ったみたいで、チョコレートコーティングかつ、中にはチェリーピューレまで仕込んである。

「えええ!? ガルマさん、持ってきちゃったの!!」

「マジでか!? いつの間に仕込みやがったんだよ!!」

「これは絶対に美味いやつ!!」

「スゲーよ! お前がネ申か!?」

「やったー!!」

 ワイワイガヤガヤと。

「ゴミのポイ捨ては厳禁。証拠隠滅は完璧に。痕跡は絶対に残すな。いいね!」

「「「「「おう!!!」」」」」

 ん。いい返事。クムランもベンもしっかり頷いてるし。

 苦笑してるシンと、呆れ顔のキャスバル返り見て。

「食べるんでしょ?」

「……ありがたくな」

 シンが陥落すれば、キャスバルも肩をすくめた。

 張り出した岩陰、キャスバルの隣に潜りこんで、雨風を凌ぐ。

 備品の防水布に包まって体温の低下を防ぎつつ、燃料を投入――フラップジャックに齧りついた。

 ザクリとした食感のあとで、ガッツリとした甘さがくる。

 強行軍を強いられた身に染み込むわ。

『キャスバル、こっちはおれ達だけな』

 保温ボトルから、熱々の紅茶を。

 流石にこれは人数分持ってくるなんて無理だし。

『……ブランデーまで用意してたのか、君』

『そうさ。好きだろ?』

 紅茶に垂らして飲むの――おれだけならウイスキーにするけどね。

 湯気にまじる香りに、薄く微笑む横顔を眺める。

『ガルマにかかると、行軍もピクニックと変わらないな』

『何言ってんのさ。ピクニックなら、もっと豪勢な昼食を用意しただろ』

 子供の頃。アルテイシアも連れて、近隣の公園までバスケットを抱えて歩いた。

 まだ小さな手で作ったサンドイッチは少し歪だったけど、キャスバルもアルテイシアも美味しそうに食べてくれた。

 二人とも、可愛くて可愛くて。

 “ガルマ”の、めちゃくちゃ幸せなメモリーの一つだ。

 キャスバルも思い出したのか、その青の瞳が面白そうにきらめいた。

『君は、アルテイシアに花を強請られて、木に登らされていたな』

『思い出すのそっちかよ』

 あのときは、うっかり落ちかけて大騒ぎだった。アルテイシアが大泣きして、慰めるのが大変だったっけ。

『……ズムシティに帰ったらさ、また公園に行こっか』

『そうだな』

 なんて。思い出に浸ってたいんだけど、ちょっとばかり懸念が。

『――放っておけ』

 って、キャスバルからは先制がくるけどさ。

『そーはいかんだろ。あれ、絶対にヤバいやつ』

 ビバークをしてるおれ達を追い越していく人影が――やっぱり君なのか、ロメオ。

 いつかのガルマ・ザビみたいに。こんな雨の中を強行したら、事故らない方がおかしいんだよ。

 ふぉう。出来れば濡れたくないんだけどなぁ。また熱出しそうだし。

 それでも。

『見捨てたら寝覚め悪いだろ?』

『別に』

 またそんなことを。

『しかたないなー。じゃあキャスバルは雨が上がるまでここに居て。万一のときには、おれの骨だけは拾ってよね』

 どっこいせー、と、荷物を担ぐ。

「『……本当に行くのか?』」

 睨みあげてくる眼差しに苦笑する。しかめっ面もイケメンだけどさ。

「『行くよ』」

 別に、ロメオの為なんかじゃない。おれはそこまでお人好しでも博愛主義でもないんだ。

 仄黒い感情が胸の奥で揺らぐ。

 全てはおれの為、来たるべき戦闘の為にだ。

 兵はひとりでも多いほうが良いし、“見捨てなかった”って事実は、後で美談になる。

 それはおれ達が蜂起するときの団結に繋がる――総じて、キャスバルを護る盾になるんだ。

 その為だけに、ロメオに恩を押し付ける。なんて打算。

 防水布を頭から被る。気休め程度だけど、無いよりまし。

 岩陰から出ると、途端に激しい雨粒が体を叩いた。

 降雨量は30mlだったかね。バケツをひっくり返したみたいな感じ。

 このザンザっぷりの中じゃ、視界は良くない。急がないと、姿を見失うじゃないか。

 足場が悪いから、相手もそう先へは行けないだろう事だけが救いだね。

 しばらく行けば、激しい雨音でかき消されそうな悲鳴が聞こえた。

 続くのは、ガラガラと石の崩れ落ちていくだろう音。

 ――ほら、やらかしやがった!

 焦りを抑えながら、声がした方へ慎重に足を進めてみれば、案の定、急勾配の先に倒れている影があった。

「………って、なにやってやがんの」

 地を這うような低音が口から落ちた。

 額に青筋浮きそう。

 ようやく見つけてみれば、近道のつもりか、ルートを逸れてるとはね。

 ふざけんな。こっちは危なすぎて敢えてルート外されてんだよ、ド阿呆め。

 ――ちょっと、生きてんの?

 その場に背のうを転がす。

 石を巻き込まないように、気を配りながら下りたところで、幸い、対象はまだウゴウゴしてた。

「うう、来るな!」

 なんて。

「そうだね。こんな雨の中、来たくなんてなかったよ、おバカさん」

 軋る声。

 おれの口から罵倒が出るなんて思わなかったのか、ロメオの顔に怯えが走った。

「脚、折れてる。めちゃくちゃ痛いと思うけど、上まで運ぶよ。ここは直ぐ水が来る」

 既に流れができ始めてるから。一刻の猶予もないんだ。

 この場に留まることはできないって告げるなり、ロメオの身体を引っ担ぐ。

 クソったれ。重てーんだよ。

「触るな!」

「触らないでどーやって運ぶの? 歩けるの?」

「〜っ、捨てていけよ!!」

「ここまで来た僕の努力を無にしてたまるか」

「なんだよそれ!?」

 ギャアギャア煩い、と、ケツを叩く。

「暴れないで。僕はそんなに剛力じゃないんだ」

 ただでさえ足場が悪いんだ。下手すりゃまとめて転がり落ちる。そんなのはゴメンだからね。

 流れてくる水は勢いを増してる。

 息が上がる。

 ゼイゼイ鳴る喉に気が付いたんだろう、ロメオは暴れるのを止めて、大人しく担がれるままになった。

「……なんでだ?」

 泣きそうな声が聞いてくるけど、答えてやれる余力はもう無い。

 雨で前が見えない。

 何度踏みしめても、足場がグズグズ崩れてく――クソが。ふっざけんな。

 止めよ雨!!

 ――寒い。

 ……温かいクラムチャウダーが飲みたい。

 ミネストローネでもいい。

 オマール海老のビスク。

 グラタンとかドリア。

 鍋とか、鍋焼うどんもいいな。

 鴨南蛮とか参鶏湯。

 ボルシチも堪らん。 

 ホワイトシチューにビーフシチュー……

 ここへ来てよ、ザビ家のコック。

 いつも美味しいごはんをありがとう。

 グラリ、と。

「『ふぉッ!?』』

 大きく足元が崩れた。

 極限の集中から、引き伸ばされたみたいな時間の中で、体が大きく傾いで行くのを感じる。

 ロメオを担いでいるから、バランスの修正に失敗――落ちる!!

 掴めるものなんかないと分かっていても、咄嗟に腕が伸びた。

 だけど、空を切るはずだった手が、がしりと掴まれて驚愕する。

 雨で煙る視界にすら鮮やかな、燃えるみたいなペールブラウンの瞳――底の青が透けて見えそうだ。

「間に合ってよかった。『……君は、なぜ、そこでコックを呼ぶんだい? ガルマ?』」

 ――…ふ…ぅおおおおぉう、キャスバルぅ!?

 思考波が突き刺さってくる。めちゃくちゃ怒ってるよこれ。

 掴まれた手もギリギリと――アイタタタタタ!!? 骨砕けそうなんだけど!!

 一気に涙目になった。それでも、それでもさ。

「やっぱり君はヒーローだね。『キャスバル』」

 剣呑な眼差しに、思わず笑いかけた。

「俺もいる」

 不意に、キャスバルのそれよりもぶっとい腕が伸びてきた。

「ベン! 君も来てくれたのか」

「みんな居る」

 力自慢は伊達じゃない。グイと引き上げられ、蟻地獄なみに崩れてく斜面からの脱出に成功する。

 へたり込みそうになったおれを支えたのはキャスバルで、背中からロメオを剥ぎ取ったのはライトニングだった。

「このバカ御曹司が!! こいつと心中でもしやがるつもりかよ!?」

 一髪殴らせろって、ヘロヘロの俺にそれは酷いんじゃないの?

「後にしろライトニング。まずは運び込むぞ!」

 シンが指示してる。後でも嫌だよ。

 ロメオと纏めて担ぎ上げられ、そのまま運ばれた先には、岩と防水布を活用した簡易テントが張られていた。

「あ! ガルマさんたち戻ったよ!!」

 クムランの叫ぶ声に、メンバーが一斉に飛び出してくる。

「怪我は!?」

「ロメオが脚を折ってる」

 答えれば、すぐさま処置が始まった。

 ベンにお姫様抱っこで運ばれてきたロメオが、テントの中で横たわる。

 舌を噛まないように布を噛ませて、ブーツを脱がす。留金が外れてるし――直してなかったのかよ。

 あり得ない方向に曲がった脚に、皆が顔をしかめた。

「僕の背のうは?」

 置き捨てて来ちゃったヤツだけど、一応聞いてみる。

「拾ってある。ほら」

 ――さすがキャスバル!

「救急キッドが入ってるから使って」

 簡易版と入れ替えといた。これで重量が増えてたけど、やっぱり用意してて良かった。今後の演習には必須って上申しとこう。

「クムラン、やれるか?」

 リノの声は硬い。

「うん。頑張ってみるよ。動かないように抑えてて」

「おう。ルー手伝え」

「ああ。ケイもそっち抑えて」

「しょーがねーな」

 標本みたいに貼り付けられたロメオを前に、ひとつ息を吐いて、クムランが手を伸ばした。

 メンバーの中で、一番支援に特化した彼は、応急処置にも精通している。

 ここは任せておこうと、テントの隅っこに丸くなった。

 痛みに呻き泣くロメオの声が。痛み止めは飲み薬だけで麻酔はない。可愛そうだけど、自業自得。

「どうする? 救援を呼ぼうか?」

 ルーの言葉に、

「イヤだ!」

 布を吐き捨ててロメオが叫んだ。

「それじゃ落後する……歩く! 歩くから…イヤだ。ごめんなさい。落後はイヤだ! 家族になんて言われるか……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 えぐえぐ泣いてるのを聞いてみれば。なに、家庭事情複雑な感じか、これは。

 なんだかね。本家のガルマもそうだったけど、いっときの評価を気にし過ぎだよね。

 落後を怖がって、怪我をおして無理して後々に響くくらいなら、一度は落後しても、その後に挽回のチャンスを全力で掴みにいけよ。

 ヒトなんて、コロコロ手のひら返す生き物なんだ。

「どうするつもりだい、ガルマ?」

「どうもこうも。規範に従うなら救援を呼ぶしかない――けど」

 ふーっと、息を吐く。

 キャスバルの呆れた顔。だけど、そこに否定はないから。

「今から呼ぶより自力で踏破した方が早いかもね」

 ふんと鼻を鳴らす。

 結局、嫌いじゃないんだよ。そーゆー意地っ張りはさ。

 グルリと視線を巡らす先にも、反対意見は無いようだった。

「ひとまずは、ここで雨宿りだ。君達が“宮殿”を建ててくれたからね」

 言えば、どっと笑いが起こった。

 いつかの時間軸でガルマ専用だったソレにくらべて、今回のはだいぶ大きい。

「お気に召したのかい?」

「うむ、苦しゅうない」 

 怪我人もいて、非常事態でも、皆の表情は暗くない。ロメオさえも。

 しばらく待つと、雨は上がった。太陽を模した光が眩しかった。

 

        ✜ ✜ ✜

 

 そして発熱である。

 そうね。あれだけビショ濡れになれば、想定された事態だよね。

 ぐわー。

 おれとしてはもう慣れた感覚だけど、不快なことには変わりない。

 ダルいー。

 節々イテェー。

「『反省しろ』」

「『……しております』」

 寮の寝台に横たわるおれの側で、キャスバルが腕を組んで椅子に座っている。

 めちゃくちゃ顰めっ面。背後に不動明王とかが見えそうで怖い。

 あのプチ遭難事件は、メンバー+Oneの帰営で幕を下ろした。

 作られた日没の最後の光が、人工の地平に消える頃、ようやくゴールに姿を現したおれ達に、野営地はちょっとした騒ぎになった。

 トップを走ってた筈の一群が消息不明になったと、あと少しで捜索隊が出るところだったらしい。

 ドズル兄貴は既に待ち構えていて、大きく手を振ったおれに、滂沱の涙を流していた。

 ロメオは、当然のことながら緊急搬送された。

 おっかない医官にガミガミ叱られながら運ばれていく彼は、売られていく子牛のように悲しい目をしてコチラを見たが、そこは黙って手を振った。

 さらば友よ。

 そしてあくる朝、今度はおれが熱を出したってわけ。

 軽く現実から逃げてるけど、その間も思考波は突き刺さってくる。

「『それは、何に対しての、反省だ?』」

 ううう。

 キャスバルからの威圧がヒドイ。上目遣いで、眺めあげれば、まだ眼差しはメラメラと。

 反省――無理やら無茶やらについては、“もうしません”は嘘になる。

 だとしたら、顧みて正すべき点はただひとつだ。

「『…………ピンチにコックは呼びません』」

 答えれば、キャスバルは大きく頷いた。

「『次は必ず君を呼ぶよ』」

「『そうしろ』」

 それはそれとして。

「“シャア”、君はそろそろ授業に出ないと。『おれは休むってセンセーに言っといて。後で医務室行くよ』」

「何を言ってるんだい。心配だから僕もここに残るよ。『君だけ残したら、医務室など絶対に行かないだろう』」

 ふぉ、読まれとる。

 だってあの医官怖いんだよ。処置は的確だけど手荒だし。

 もともと医者は全般苦手だけどさ。

 視線を反らすこと数秒。

 ハイハイわかったよ。わかりましたとも!

「『……医務室行くよ』」

 行けば良いんだろ。

 フシューっと蒸気機関みたいに熱々の息を吐いて、ベッドから身を起こした。

「『それで良い』」

 と、そこでノックが。

 こんなに早くに誰さと思えば。

「……シン? どうしたの」

 君まで何してんの。そろそろ始業時間じゃないのさ。

 我が校のトップ3が、揃ってサボ…お休みなんてことになったら、教官は慌てるだろうに。

 まぁね、その程度じゃ成績に響くよーなことはないけど。

「どうしたガルマ、具合が悪いのか?」

「ああ。熱を出したんだ。雨に濡れたのが原因だろう」

 キャスバルが肩をすくめる。

「大したことないよ。寝てれば治る。いま、医務室に行くとこだったんだ」

「そうか。では医務室にまで送ろう」

「僕だけで問題ない。シンは、僕がガルマを医務室に送って行ったと教官に伝えてくれ」

 キャスバルが答えると、シンは肩をすくめた。

 その表情を覗き込んで。

『ちょっと待ってキャスバル』

『なんだ?』

『シンの話を聞こう』

『……医官から逃げる気か?』

『そうじゃねーよ』

 いや、若干それもあるケドさ。そーじゃなくて、これ、早めに確認しといた方がいい案件かも。

「ねえ、シン、何がバレたのかな?」

 ズバリ切りこめば、シンの目が大きく見張られた。ビンゴか。

 思い返せば、シン・マツナガは、何度かそんな素振りを見せていた。

 ときには鎌をかけるようなことも。多分、この演習で、それは確信に変わったんだろう。

 ジッと見上げる先で、シンは大きく息を吐いた。その口元に上るのは、苦笑いだ。

「気付いたことに気付かれていたってことか」

「まぁね」

 やんわりと笑み返す。けど、おれの眼の中には欠片も笑みが無いことを察したんだろう、シンは、少し慌てたみたいに手を振った。

「どうこうするつもりは無い」

「君は、そうだろうな」

 キャスバルが指差した椅子に、シンは大人しく腰を下ろした。

 当のキャスバルは、おれの隣にドサリと座る。勢いで寝台ごとおれが揺れて、肩がゴスっとぶつかった。痛ェよ。

 睨んでもどこ吹く風だ。

 シンの苦笑いが深くなった。

「……そういうところだな」

「なにが?」

「“シャア・アズナブル”は、ガルマ・ザビに対して欠片も遠慮がない。そして、ガルマもそれを当たり前に許容している。まるで、兄弟か幼馴染のようにな」

 シンの目が細められて、その唇だけが動いた。

 ――“キャスバル・レム・ダイクン”。

 そうだね、おれの隣にいるのは、シャア・アズナブルじゃない。

 正体を言い当てられても、キャスバルの思考波は乱れなかった。だってそれは、すでに想定内だし。

「シン、君は去年のクリスマスパーティにも来てたね、父君の側にいたのを見かけたよ」

 大方、それで確信を深めたんだろ。

「ああ。ガルマはダイクン家の兄妹と一緒だったな。三様に華やかだと会場が沸いていたよ」

 社交辞令をどうも。華やかなのはキャスバル達だけな。おれは添え物だ。

『……ローゼルシアまで誑しこむと、議長に睨まれてたのは誰だ?』

『“ギレン”だろ』

 ローゼルシア様をエスコートしてたのは、おれじゃないし。

 やんわりと社交用の微笑みに切り替えたおれに、シンは寂しそうな顔をした。

 ごめんね。でも、もう少し試させてもらうよ。

「でも、気づいたのはそれだけじゃないよね?」

 囁きかける。隣でキャスバルも視線を鋭くしてる。

『ね、キャスバル。あの時、大きくルートを外れてたおれ達をお前が見つけられたのは、おれの思考波を追ったからだろ?』

 そうで無ければ、落ちていくおれの手を掴むことなど出来なかったはずだ。

 シン達は、きっと訝しんだろう。迷いもせずにおれを追ったお前のことを。

『ああ。……皆には、君の言葉から推理したと伝えたがな。無理があるのは認めるさ』

 苦々しい思考波がおれを叩く。

 確かにおれが無茶したせいだから、お前のせいじゃ決してないんだ。

 二人で見据える先で、シンは、そろそろと両手をあげた。

「参ったな。俺は…俺達は信用されてないのか?」

 どこか傷ついたような響きさえあった。

「それを確かめたいのは、僕らの方さ。ね、シン。みんな勘付いたんでしょ?」

 その双眸を覗き込む。真っ直ぐに。

 おれの眼の中に何を見つけたのか、シンの瞳孔が大きく開いた。緊張が伝わってくる。

「怖がらなくて良いよ。僕にひとの“心”は見えない」

 何となく感じるものはあるけど、ここで白状するようなもんじゃないし。

「全てお見通しでもか?」

「そこはパズルさ。ピースを組み合わせてけば、全体の“絵”が見える――だけど、それだけ」

 君がどう思ってるのかなんかは見えない。想像するだけだと、そう伝えて眉を下げれば、意外だったのか、シンは片目を眇めた。

「単刀直入に聞く。君達は“ニュータイプ”なのか?」

 うん。確かにズバリと。

 ジオン・ズム・ダイクンが提唱した、“新しい人類”の概念は、すでに世に知られている。

 我こそはと名乗る輩もいるほどに。そのどれだけが本物かは知らないけどね。

 キャスバルが薄く笑った。

「定義は難しいがな。“言葉に頼らずに意思の疎通をはかれる”ってことなら、僕とガルマはそうだな」

 事実だけを述べた言葉。

 シンは暫く沈黙して、それから長い息を吐いた。

「………なるほど。色々得心がいった」

 その頬には笑みが浮かんでいた。

 え、そこ笑うとこ? 相変わらず神経太いなぁ。

「だけど、このことは家族も知らないんだ」

「伝えてないからな」

「なぜ?」

 シンが首を傾げた。

「そりゃねえ」

「そのほうが色々と、な」

「イタズラの算段とか?」

 顔を見合わせて頷いたおれ達に、シンはブハッと吹き出した。

 すごい笑ってるんだけど。

「…ッ、…そんな、理由、で?」

「いまさら言い出しづらいだろ。めちゃくちゃ怒られる。“ギレン兄様”なんか吊るし上げてきそうじゃないか、物理で」

「……あり得るな」

 おれがブルブル震えたら、キャスバルも真顔で頷くから、シンの笑いは少しも収まらない。

 仕方がないから背中を擦ってやった。

「僕らとしてはさ、奇異の目で見られたく無いのもあって隠してたんだ」

「あんまり大っぴらにしたいものでは無いからな」

 正直に白状したおれ達に、シンは、少し考える様子を見せてから。

「では、俺達はこの先どうするのが良い?」

 そんな事を聞いてくる。

「そうだな。バレてるなら、皆と直接話したいな」

 キャスバルが顎に手を当てて、少し首を傾けた。

 今は色を偽った双眸がこちらを向く。

『取り込めるな?』

『もとより。もう仲間だと思ってるし、あんまり拒否されるとは思ってないよ。生理的に無理なら諦めるしかないけど』

 ここまで一緒に過ごして、為人も見極めてきた。団結も強めてきたし。

「『その辺は信じてるんだ』」

 コクリと頷くと、キャスバルもシンも、満足そうな顔をした――それぞれの心情は違いそうだけどね。

「では、就寝時間後に格納庫の北非常階段下に集合だ」

「コッソリね」

「無論だ」

 3人で額を合わせて悪い顔。

 と、そこでおれの危険察知アンテナがピリリと。緊張に気付いたキャスバルが、シンに注意を促す。

 おれが寝台に飛び込んだのとほぼ同時に、ノックもなく部屋のドアがバタンと開いた。

「お前たち、何をしておるかァ!!」

 怒声。ふお。サボりに気付いた教官が探しにきたか。間一髪だったな。

「イヤだ!! 行かない!!」

 先制して叫ぶおれに、シンはキョトンと目を見開いたけど、キャスバルは心得たもので。

「駄目だ、医務室に行くぞ!」

「いーやーだー!!」

 と、即席で言い合う。

 戸口で目を白黒させている教官に、シンが苦笑いを向けて頭を下げた。

「どうしたんだ?」

 ツカツカと教官が部屋へと踏み込んでくる足音が。

「ガルマが熱を出したので、医務室に運ぼうとしていたんですが……」

「必要ないって言ってるんだ!」

 キャスバルの苛立たしげな声に、おれも尖った声で答える。

 事態を察したんだろう教官の、長いため息が聞こえた。

「……ガルマ・ザビ」

 オッサンの野太い声に名前を呼ばれて、チラリと毛布から顔を出す。

 発熱は嘘じゃない。

 騒ぐ声に反して、だいぶ弱っているように見えるおれに、教官は幾分か焦った表情になった。

 分厚い手のひらが額を触り、更にその顔が顰められる。

「ガルマ・ザビ。医務室に行くぞ。体調管理も軍人の務めだ。無理をして大事に至ったらどうする」

 思ってたより静かな声が諭してきた。

「閣下を心配させまいとしてか?」

 それもあるけど。

『医官が怖いだけだろう』

『だーまーれー』

 混ぜっ返すなよ、キャスバル。

「ドズル兄様に“弱っちい”なんて思われたくないんです。それに、医務室にはロメオがいる……熱を出したなんて知ったら、また自分を責めるかも」

 昨日、運ばれていくときの悲しそうな顔を思い出すと、流石になー。

 教官は、なんだか物凄く複雑そうな顔をした。

 ダルいのも関節痛いのも、まあ、我慢できる範疇ではあるんだよね。

 どっこいせ、と、寝台から身を起こして。

「授業に出ます」

 ニコリと笑った瞬間に、問答無用で担がれた。

「ちょっ!? 教官!!?」

「ガルマ!?」

「教官!!?」

 おれ達の驚愕の声もなんとやら。

「バカ言うな。熱で沸いてまともな判断が出来ないんだろう。こいつはおれが運んでいくから、お前たちは直ぐに授業に出ろ。サボりは許さん!」

 厳しい声で、ふたりを追い立てつつ、おれを運んで部屋を出る逞しい背中に、額を押し当てつつ低く唸る。

 熱で湧いてる人間の運び方じゃないよねコレ!

 思い切り俵担ぎで目が回るんだががが…。

『……夜に迎えに行く』

『頼むわー……』

 呆れ気味のキャスバルの思考波に、力なく返した。

 

 

 

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