士官学校を進級してみれば、ニ年次は演習が目白押しだった。
これまでの一年で叩き込まれた技能を活かしてみせろと、そういう事なんだろう。
一年間、比較的上位の成績を保ってた生徒でも、いざ実践に移してみれば勝手が違って、苦心してる者は少なくない。
自信喪失して早くも学舎を去った者が出るなか、愚痴泣き言のオンパレードでも、しぶとく齧りついてる連中が大半だ。
「調子はどうだ? “野生の御曹司”」
「ひどい呼び方だね、ロメオ。いつもと変わらないよ」
ニコリと微笑みながら答えたのに、ロメオは露骨に眉をひそめた。
相変わらずツンツンしてるね。割と可愛い顔立ちなのに、台無しじゃないか。
何処にでも“合わない人間”ってのは居る。彼にとってのおれがそれに当たるのか、同寮生ではあるけど、事あるごとに衝突する――向こうが突っ込んで来るだけだけど。
成績からいえば、ロメオ・アルファは常に10位以内をキープしてるから、ある意味、いつものメンバー的にはライバルに当たるのかね。
下手な小細工を弄するとかじゃなくて、勝負も嫌味も直球だから、嫌いじゃないし、むしろ一本気過ぎてちょっと心配なくらい。
「俺が言い出したんじゃない。教官たちがあんたをそう呼んでるんだぜ?」
「誠に遺憾。シンの方がその呼び名には相応しいんじゃないかな?」
――ワイルドウルフ。ん、似合ってる。
「どっちもどっちだ」
そんな吐き捨てるみたいに。
まぁね。ザビ家の御曹司のおれが、野営訓練で、もう慣れてますみたいな設営をしてのけたのが、教官たちには意外だったみたい。
ついでに模擬戦闘でも、おれとキャスバルの部隊はぶっちぎりの戦績を叩き出すから、付いた仇名が“野生の御曹司”と荒野の悪魔”。何それキャスバルだけカッコいい。
だってねぇ。“おれ”は傭兵部隊だって軍隊だって経験してるし。
“前”からカウントすれば、士官学校だって二度目だし。
できて当たり前のことだけど、そんなの誰も知らないからね。
そんなズルっこ補正の“おれ”の上を行くキャスバルって、真正チートだよね!
ともあれ。
「ロメオ、ブーツの留金が傷んでる。補強しておいた方がいいよ」
頑丈なブーツの頑強な留金だけど、摩耗しない訳じゃない。ロメオのそれは、少し歪んでいた――ちょっと嫌な感じに。
「あんたが気にすることじゃない」
目に見えそうな、拒絶と拒否の壁。
「それより自分の心配をしたらどうだ? 今度の行軍は、基本ひとりだろ。お取り巻きにお手々引いて貰えないんだぜ?」
意地悪そうに歪んだ表情。
お。そーゆー皮肉でくる?
「ありがとう。忠告感謝する。確かに僕は君たちに比べると体力に不安が残るからね、無理せずに行くよ」
こんな良い子ちゃんの回答をしてやれば、途端に顔を顰める――怒りとバツの悪さに。
そこで罪悪感みたいなものを感じちゃうのが君の甘いトコだよね、ロメオ。
足音も高く去っていく後姿を見送ってれば。
『まともに構うな』
キャスバルが思考波でピシャリと言ってくるのに、苦笑を返す。
ちょっと離れたところから、一連のやり取りを察していたのか。
『可愛いじゃないか』
『無駄吠えする犬が?』
『仔犬だろ。それ本人に言ってやるなよ。また自主退学者が出るのは避けたい』
『この程度で折れるなら、今のうちに消える方が本人の為だ』
『お前が叩きすぎて心折ってんだよ!』
ほんとにもう、未来のムンゾの戦力をお前が減らしてどーすんのさ。
確かに、彼我の実力差も顧みずに無駄にキャスバルに挑んだ挙げ句、自信喪失するのは本人の勝手ではある。
それにしたって、完膚なきまでに叩きのめすのはどうかと思う。せめて薄皮1枚残してやれよ。
『君はちっとも滅気ないじゃないか』
『……たまには手加減しろよ』
いつもいつも容赦なく叩き潰しやがって。
おれの繊細なハートはいつだってボロ雑巾みたいにズタズタだ。
フンと鼻で笑う気配と共に。
『不要だ』
――……優しさプリーズ。
✜ ✜ ✜
「整列。気を付け!」
どうして教官って、クソ真面目な顔をすると、みな同じような印象なのかね?
ずらりと並ばれるとクローンみたいに見える――頑張って見分けてるけど。
「これより重装行軍訓練を行う。背のう装備の総重量は40kg。これを背負ってルートを踏破し日暮れには帰営せよ」
事前に通達されてるから、これはまあ確認だ。
40kgってけっこー重たいんだわ。ついでにオヤツとか私物とか、コッソリ追加してたりすると、さらに増えるからさ。
物語の中でもあった、重装行軍。
ガルマ・ザビは途中で滑落して怪我してたから、色々と備えておくに越したことは無い。
よっこらしょっと、一式担ぎ上げて、マップを再確認する。山あり谷あり。良くもまあこんな演習場作ったもんだね。
だけど、道無き道をってほどじゃない。
さて、サクサク行くかね。
なんて。本当にサクサク進むキャスバルの強行軍について行ったら、最初は団子になってた生徒たちも、いつの間にか疎らになった。
「うわー、見晴らしいいな〜」
作られた景色だとは分かってるけど、丘から見下ろす先の荒野は、なかなか圧巻。
大きく伸びをしながら堪能する。
「ガルマは原野にいた方が活きが良いな」
「なるほど“野生の御曹司”」
ヲイ。聞こえてるからな、シン。ライトニングも。
「ハイキングみたいでワクワクするね!」
イヤイヤ、そこまで呑気で良いのかクムラン――って、頷くんだな、ベン。
リノも、ルーもケイもまだまだ元気だし。
流石にいつものメンバーは、このペースでも問題なさそう。
行軍は個人成績だから、別につるむ必要はないけど、皆が同じくらいのペースを保てるとなれば、そりゃ纏まりもするわ。
チラリと視線を寄越すキャスバルも、どことなく楽しそうだった。
「行くぞ。このあと降雨タイムがくる。ビバークできる場所を確保しないと」
「りょーかい。“シャア”」
また、先を行く背中を追いかける。
“空”を見上げれば、人工の雲が遠くに見えた。
石と岩と土塊と。アップダウンのきつい行程を突き進む。
ずっしりとした荷物が肩に食い込み、流石に少し体力が削られたと感じる頃になって、最初の通過点に辿り着いた。
迎え出た教官が目を剥いている。
「Aポイント到着。随分オーバーペースだな、名前を」
「一寮。シャア・アズナブル」
「同じく一寮。“ガルマ・ザビ”」
「同じく一寮。シン・マツナガ」
「一寮、ジョニー・ライデンだ」
「はい、一寮。リノ・フェルナンデス、ルー・ファン、ケイ・ニシムラ、クムラン・ヒルベト、ベン・ショランダー、以上5名!」
はいはい、おれたちが通りますよーと、ぞろぞろと足を進めれば、
「よし。1番通過9名――集団かよ……」
「また奴らか」
「ある意味予想通りだな」
「賭けにならんわけだ」
教官達のヒソヒソ話が聞こえる。ヲイ、生徒を賭けの対象にすんなよ。
振り返れば、今のは空耳かと疑うほど、生真面目な顔ばかりが見送っているのが見えた。
その後も着々と距離を稼ぎ、B地点も無事通過。
ゴツゴツとした岩場で降雨タイムを迎えることになった。
巨岩が張り出した影は、ちょうど雨が凌げる。
各自で丁度いい場所を見繕い、雨宿り――の、前に。
「はーい、おやつタイム〜。ひとり一袋ね」
担いでた背のうから、隠し持ってきたシリアルバーを取り出して見せれば、場は騒然となった。
この日のために実家から取り寄せといたんだよ、前に食べて美味しかったから。
ナッツとドライフルーツとオーツ麦に、これでもかとゴールデンシロップとバターが投入された高カロリーフラップジャック。
コックが凝ったみたいで、チョコレートコーティングかつ、中にはチェリーピューレまで仕込んである。
「えええ!? ガルマさん、持ってきちゃったの!!」
「マジでか!? いつの間に仕込みやがったんだよ!!」
「これは絶対に美味いやつ!!」
「スゲーよ! お前がネ申か!?」
「やったー!!」
ワイワイガヤガヤと。
「ゴミのポイ捨ては厳禁。証拠隠滅は完璧に。痕跡は絶対に残すな。いいね!」
「「「「「おう!!!」」」」」
ん。いい返事。クムランもベンもしっかり頷いてるし。
苦笑してるシンと、呆れ顔のキャスバル返り見て。
「食べるんでしょ?」
「……ありがたくな」
シンが陥落すれば、キャスバルも肩をすくめた。
張り出した岩陰、キャスバルの隣に潜りこんで、雨風を凌ぐ。
備品の防水布に包まって体温の低下を防ぎつつ、燃料を投入――フラップジャックに齧りついた。
ザクリとした食感のあとで、ガッツリとした甘さがくる。
強行軍を強いられた身に染み込むわ。
『キャスバル、こっちはおれ達だけな』
保温ボトルから、熱々の紅茶を。
流石にこれは人数分持ってくるなんて無理だし。
『……ブランデーまで用意してたのか、君』
『そうさ。好きだろ?』
紅茶に垂らして飲むの――おれだけならウイスキーにするけどね。
湯気にまじる香りに、薄く微笑む横顔を眺める。
『ガルマにかかると、行軍もピクニックと変わらないな』
『何言ってんのさ。ピクニックなら、もっと豪勢な昼食を用意しただろ』
子供の頃。アルテイシアも連れて、近隣の公園までバスケットを抱えて歩いた。
まだ小さな手で作ったサンドイッチは少し歪だったけど、キャスバルもアルテイシアも美味しそうに食べてくれた。
二人とも、可愛くて可愛くて。
“ガルマ”の、めちゃくちゃ幸せなメモリーの一つだ。
キャスバルも思い出したのか、その青の瞳が面白そうにきらめいた。
『君は、アルテイシアに花を強請られて、木に登らされていたな』
『思い出すのそっちかよ』
あのときは、うっかり落ちかけて大騒ぎだった。アルテイシアが大泣きして、慰めるのが大変だったっけ。
『……ズムシティに帰ったらさ、また公園に行こっか』
『そうだな』
なんて。思い出に浸ってたいんだけど、ちょっとばかり懸念が。
『――放っておけ』
って、キャスバルからは先制がくるけどさ。
『そーはいかんだろ。あれ、絶対にヤバいやつ』
ビバークをしてるおれ達を追い越していく人影が――やっぱり君なのか、ロメオ。
いつかのガルマ・ザビみたいに。こんな雨の中を強行したら、事故らない方がおかしいんだよ。
ふぉう。出来れば濡れたくないんだけどなぁ。また熱出しそうだし。
それでも。
『見捨てたら寝覚め悪いだろ?』
『別に』
またそんなことを。
『しかたないなー。じゃあキャスバルは雨が上がるまでここに居て。万一のときには、おれの骨だけは拾ってよね』
どっこいせー、と、荷物を担ぐ。
「『……本当に行くのか?』」
睨みあげてくる眼差しに苦笑する。しかめっ面もイケメンだけどさ。
「『行くよ』」
別に、ロメオの為なんかじゃない。おれはそこまでお人好しでも博愛主義でもないんだ。
仄黒い感情が胸の奥で揺らぐ。
全てはおれの為、来たるべき戦闘の為にだ。
兵はひとりでも多いほうが良いし、“見捨てなかった”って事実は、後で美談になる。
それはおれ達が蜂起するときの団結に繋がる――総じて、キャスバルを護る盾になるんだ。
その為だけに、ロメオに恩を押し付ける。なんて打算。
防水布を頭から被る。気休め程度だけど、無いよりまし。
岩陰から出ると、途端に激しい雨粒が体を叩いた。
降雨量は30mlだったかね。バケツをひっくり返したみたいな感じ。
このザンザっぷりの中じゃ、視界は良くない。急がないと、姿を見失うじゃないか。
足場が悪いから、相手もそう先へは行けないだろう事だけが救いだね。
しばらく行けば、激しい雨音でかき消されそうな悲鳴が聞こえた。
続くのは、ガラガラと石の崩れ落ちていくだろう音。
――ほら、やらかしやがった!
焦りを抑えながら、声がした方へ慎重に足を進めてみれば、案の定、急勾配の先に倒れている影があった。
「………って、なにやってやがんの」
地を這うような低音が口から落ちた。
額に青筋浮きそう。
ようやく見つけてみれば、近道のつもりか、ルートを逸れてるとはね。
ふざけんな。こっちは危なすぎて敢えてルート外されてんだよ、ド阿呆め。
――ちょっと、生きてんの?
その場に背のうを転がす。
石を巻き込まないように、気を配りながら下りたところで、幸い、対象はまだウゴウゴしてた。
「うう、来るな!」
なんて。
「そうだね。こんな雨の中、来たくなんてなかったよ、おバカさん」
軋る声。
おれの口から罵倒が出るなんて思わなかったのか、ロメオの顔に怯えが走った。
「脚、折れてる。めちゃくちゃ痛いと思うけど、上まで運ぶよ。ここは直ぐ水が来る」
既に流れができ始めてるから。一刻の猶予もないんだ。
この場に留まることはできないって告げるなり、ロメオの身体を引っ担ぐ。
クソったれ。重てーんだよ。
「触るな!」
「触らないでどーやって運ぶの? 歩けるの?」
「〜っ、捨てていけよ!!」
「ここまで来た僕の努力を無にしてたまるか」
「なんだよそれ!?」
ギャアギャア煩い、と、ケツを叩く。
「暴れないで。僕はそんなに剛力じゃないんだ」
ただでさえ足場が悪いんだ。下手すりゃまとめて転がり落ちる。そんなのはゴメンだからね。
流れてくる水は勢いを増してる。
息が上がる。
ゼイゼイ鳴る喉に気が付いたんだろう、ロメオは暴れるのを止めて、大人しく担がれるままになった。
「……なんでだ?」
泣きそうな声が聞いてくるけど、答えてやれる余力はもう無い。
雨で前が見えない。
何度踏みしめても、足場がグズグズ崩れてく――クソが。ふっざけんな。
止めよ雨!!
――寒い。
……温かいクラムチャウダーが飲みたい。
ミネストローネでもいい。
オマール海老のビスク。
グラタンとかドリア。
鍋とか、鍋焼うどんもいいな。
鴨南蛮とか参鶏湯。
ボルシチも堪らん。
ホワイトシチューにビーフシチュー……
ここへ来てよ、ザビ家のコック。
いつも美味しいごはんをありがとう。
グラリ、と。
「『ふぉッ!?』』
大きく足元が崩れた。
極限の集中から、引き伸ばされたみたいな時間の中で、体が大きく傾いで行くのを感じる。
ロメオを担いでいるから、バランスの修正に失敗――落ちる!!
掴めるものなんかないと分かっていても、咄嗟に腕が伸びた。
だけど、空を切るはずだった手が、がしりと掴まれて驚愕する。
雨で煙る視界にすら鮮やかな、燃えるみたいなペールブラウンの瞳――底の青が透けて見えそうだ。
「間に合ってよかった。『……君は、なぜ、そこでコックを呼ぶんだい? ガルマ?』」
――…ふ…ぅおおおおぉう、キャスバルぅ!?
思考波が突き刺さってくる。めちゃくちゃ怒ってるよこれ。
掴まれた手もギリギリと――アイタタタタタ!!? 骨砕けそうなんだけど!!
一気に涙目になった。それでも、それでもさ。
「やっぱり君はヒーローだね。『キャスバル』」
剣呑な眼差しに、思わず笑いかけた。
「俺もいる」
不意に、キャスバルのそれよりもぶっとい腕が伸びてきた。
「ベン! 君も来てくれたのか」
「みんな居る」
力自慢は伊達じゃない。グイと引き上げられ、蟻地獄なみに崩れてく斜面からの脱出に成功する。
へたり込みそうになったおれを支えたのはキャスバルで、背中からロメオを剥ぎ取ったのはライトニングだった。
「このバカ御曹司が!! こいつと心中でもしやがるつもりかよ!?」
一髪殴らせろって、ヘロヘロの俺にそれは酷いんじゃないの?
「後にしろライトニング。まずは運び込むぞ!」
シンが指示してる。後でも嫌だよ。
ロメオと纏めて担ぎ上げられ、そのまま運ばれた先には、岩と防水布を活用した簡易テントが張られていた。
「あ! ガルマさんたち戻ったよ!!」
クムランの叫ぶ声に、メンバーが一斉に飛び出してくる。
「怪我は!?」
「ロメオが脚を折ってる」
答えれば、すぐさま処置が始まった。
ベンにお姫様抱っこで運ばれてきたロメオが、テントの中で横たわる。
舌を噛まないように布を噛ませて、ブーツを脱がす。留金が外れてるし――直してなかったのかよ。
あり得ない方向に曲がった脚に、皆が顔をしかめた。
「僕の背のうは?」
置き捨てて来ちゃったヤツだけど、一応聞いてみる。
「拾ってある。ほら」
――さすがキャスバル!
「救急キッドが入ってるから使って」
簡易版と入れ替えといた。これで重量が増えてたけど、やっぱり用意してて良かった。今後の演習には必須って上申しとこう。
「クムラン、やれるか?」
リノの声は硬い。
「うん。頑張ってみるよ。動かないように抑えてて」
「おう。ルー手伝え」
「ああ。ケイもそっち抑えて」
「しょーがねーな」
標本みたいに貼り付けられたロメオを前に、ひとつ息を吐いて、クムランが手を伸ばした。
メンバーの中で、一番支援に特化した彼は、応急処置にも精通している。
ここは任せておこうと、テントの隅っこに丸くなった。
痛みに呻き泣くロメオの声が。痛み止めは飲み薬だけで麻酔はない。可愛そうだけど、自業自得。
「どうする? 救援を呼ぼうか?」
ルーの言葉に、
「イヤだ!」
布を吐き捨ててロメオが叫んだ。
「それじゃ落後する……歩く! 歩くから…イヤだ。ごめんなさい。落後はイヤだ! 家族になんて言われるか……ごめんなさい、ごめんなさい……」
えぐえぐ泣いてるのを聞いてみれば。なに、家庭事情複雑な感じか、これは。
なんだかね。本家のガルマもそうだったけど、いっときの評価を気にし過ぎだよね。
落後を怖がって、怪我をおして無理して後々に響くくらいなら、一度は落後しても、その後に挽回のチャンスを全力で掴みにいけよ。
ヒトなんて、コロコロ手のひら返す生き物なんだ。
「どうするつもりだい、ガルマ?」
「どうもこうも。規範に従うなら救援を呼ぶしかない――けど」
ふーっと、息を吐く。
キャスバルの呆れた顔。だけど、そこに否定はないから。
「今から呼ぶより自力で踏破した方が早いかもね」
ふんと鼻を鳴らす。
結局、嫌いじゃないんだよ。そーゆー意地っ張りはさ。
グルリと視線を巡らす先にも、反対意見は無いようだった。
「ひとまずは、ここで雨宿りだ。君達が“宮殿”を建ててくれたからね」
言えば、どっと笑いが起こった。
いつかの時間軸でガルマ専用だったソレにくらべて、今回のはだいぶ大きい。
「お気に召したのかい?」
「うむ、苦しゅうない」
怪我人もいて、非常事態でも、皆の表情は暗くない。ロメオさえも。
しばらく待つと、雨は上がった。太陽を模した光が眩しかった。
✜ ✜ ✜
そして発熱である。
そうね。あれだけビショ濡れになれば、想定された事態だよね。
ぐわー。
おれとしてはもう慣れた感覚だけど、不快なことには変わりない。
ダルいー。
節々イテェー。
「『反省しろ』」
「『……しております』」
寮の寝台に横たわるおれの側で、キャスバルが腕を組んで椅子に座っている。
めちゃくちゃ顰めっ面。背後に不動明王とかが見えそうで怖い。
あのプチ遭難事件は、メンバー+Oneの帰営で幕を下ろした。
作られた日没の最後の光が、人工の地平に消える頃、ようやくゴールに姿を現したおれ達に、野営地はちょっとした騒ぎになった。
トップを走ってた筈の一群が消息不明になったと、あと少しで捜索隊が出るところだったらしい。
ドズル兄貴は既に待ち構えていて、大きく手を振ったおれに、滂沱の涙を流していた。
ロメオは、当然のことながら緊急搬送された。
おっかない医官にガミガミ叱られながら運ばれていく彼は、売られていく子牛のように悲しい目をしてコチラを見たが、そこは黙って手を振った。
さらば友よ。
そしてあくる朝、今度はおれが熱を出したってわけ。
軽く現実から逃げてるけど、その間も思考波は突き刺さってくる。
「『それは、何に対しての、反省だ?』」
ううう。
キャスバルからの威圧がヒドイ。上目遣いで、眺めあげれば、まだ眼差しはメラメラと。
反省――無理やら無茶やらについては、“もうしません”は嘘になる。
だとしたら、顧みて正すべき点はただひとつだ。
「『…………ピンチにコックは呼びません』」
答えれば、キャスバルは大きく頷いた。
「『次は必ず君を呼ぶよ』」
「『そうしろ』」
それはそれとして。
「“シャア”、君はそろそろ授業に出ないと。『おれは休むってセンセーに言っといて。後で医務室行くよ』」
「何を言ってるんだい。心配だから僕もここに残るよ。『君だけ残したら、医務室など絶対に行かないだろう』」
ふぉ、読まれとる。
だってあの医官怖いんだよ。処置は的確だけど手荒だし。
もともと医者は全般苦手だけどさ。
視線を反らすこと数秒。
ハイハイわかったよ。わかりましたとも!
「『……医務室行くよ』」
行けば良いんだろ。
フシューっと蒸気機関みたいに熱々の息を吐いて、ベッドから身を起こした。
「『それで良い』」
と、そこでノックが。
こんなに早くに誰さと思えば。
「……シン? どうしたの」
君まで何してんの。そろそろ始業時間じゃないのさ。
我が校のトップ3が、揃ってサボ…お休みなんてことになったら、教官は慌てるだろうに。
まぁね、その程度じゃ成績に響くよーなことはないけど。
「どうしたガルマ、具合が悪いのか?」
「ああ。熱を出したんだ。雨に濡れたのが原因だろう」
キャスバルが肩をすくめる。
「大したことないよ。寝てれば治る。いま、医務室に行くとこだったんだ」
「そうか。では医務室にまで送ろう」
「僕だけで問題ない。シンは、僕がガルマを医務室に送って行ったと教官に伝えてくれ」
キャスバルが答えると、シンは肩をすくめた。
その表情を覗き込んで。
『ちょっと待ってキャスバル』
『なんだ?』
『シンの話を聞こう』
『……医官から逃げる気か?』
『そうじゃねーよ』
いや、若干それもあるケドさ。そーじゃなくて、これ、早めに確認しといた方がいい案件かも。
「ねえ、シン、何がバレたのかな?」
ズバリ切りこめば、シンの目が大きく見張られた。ビンゴか。
思い返せば、シン・マツナガは、何度かそんな素振りを見せていた。
ときには鎌をかけるようなことも。多分、この演習で、それは確信に変わったんだろう。
ジッと見上げる先で、シンは大きく息を吐いた。その口元に上るのは、苦笑いだ。
「気付いたことに気付かれていたってことか」
「まぁね」
やんわりと笑み返す。けど、おれの眼の中には欠片も笑みが無いことを察したんだろう、シンは、少し慌てたみたいに手を振った。
「どうこうするつもりは無い」
「君は、そうだろうな」
キャスバルが指差した椅子に、シンは大人しく腰を下ろした。
当のキャスバルは、おれの隣にドサリと座る。勢いで寝台ごとおれが揺れて、肩がゴスっとぶつかった。痛ェよ。
睨んでもどこ吹く風だ。
シンの苦笑いが深くなった。
「……そういうところだな」
「なにが?」
「“シャア・アズナブル”は、ガルマ・ザビに対して欠片も遠慮がない。そして、ガルマもそれを当たり前に許容している。まるで、兄弟か幼馴染のようにな」
シンの目が細められて、その唇だけが動いた。
――“キャスバル・レム・ダイクン”。
そうだね、おれの隣にいるのは、シャア・アズナブルじゃない。
正体を言い当てられても、キャスバルの思考波は乱れなかった。だってそれは、すでに想定内だし。
「シン、君は去年のクリスマスパーティにも来てたね、父君の側にいたのを見かけたよ」
大方、それで確信を深めたんだろ。
「ああ。ガルマはダイクン家の兄妹と一緒だったな。三様に華やかだと会場が沸いていたよ」
社交辞令をどうも。華やかなのはキャスバル達だけな。おれは添え物だ。
『……ローゼルシアまで誑しこむと、議長に睨まれてたのは誰だ?』
『“ギレン”だろ』
ローゼルシア様をエスコートしてたのは、おれじゃないし。
やんわりと社交用の微笑みに切り替えたおれに、シンは寂しそうな顔をした。
ごめんね。でも、もう少し試させてもらうよ。
「でも、気づいたのはそれだけじゃないよね?」
囁きかける。隣でキャスバルも視線を鋭くしてる。
『ね、キャスバル。あの時、大きくルートを外れてたおれ達をお前が見つけられたのは、おれの思考波を追ったからだろ?』
そうで無ければ、落ちていくおれの手を掴むことなど出来なかったはずだ。
シン達は、きっと訝しんだろう。迷いもせずにおれを追ったお前のことを。
『ああ。……皆には、君の言葉から推理したと伝えたがな。無理があるのは認めるさ』
苦々しい思考波がおれを叩く。
確かにおれが無茶したせいだから、お前のせいじゃ決してないんだ。
二人で見据える先で、シンは、そろそろと両手をあげた。
「参ったな。俺は…俺達は信用されてないのか?」
どこか傷ついたような響きさえあった。
「それを確かめたいのは、僕らの方さ。ね、シン。みんな勘付いたんでしょ?」
その双眸を覗き込む。真っ直ぐに。
おれの眼の中に何を見つけたのか、シンの瞳孔が大きく開いた。緊張が伝わってくる。
「怖がらなくて良いよ。僕にひとの“心”は見えない」
何となく感じるものはあるけど、ここで白状するようなもんじゃないし。
「全てお見通しでもか?」
「そこはパズルさ。ピースを組み合わせてけば、全体の“絵”が見える――だけど、それだけ」
君がどう思ってるのかなんかは見えない。想像するだけだと、そう伝えて眉を下げれば、意外だったのか、シンは片目を眇めた。
「単刀直入に聞く。君達は“ニュータイプ”なのか?」
うん。確かにズバリと。
ジオン・ズム・ダイクンが提唱した、“新しい人類”の概念は、すでに世に知られている。
我こそはと名乗る輩もいるほどに。そのどれだけが本物かは知らないけどね。
キャスバルが薄く笑った。
「定義は難しいがな。“言葉に頼らずに意思の疎通をはかれる”ってことなら、僕とガルマはそうだな」
事実だけを述べた言葉。
シンは暫く沈黙して、それから長い息を吐いた。
「………なるほど。色々得心がいった」
その頬には笑みが浮かんでいた。
え、そこ笑うとこ? 相変わらず神経太いなぁ。
「だけど、このことは家族も知らないんだ」
「伝えてないからな」
「なぜ?」
シンが首を傾げた。
「そりゃねえ」
「そのほうが色々と、な」
「イタズラの算段とか?」
顔を見合わせて頷いたおれ達に、シンはブハッと吹き出した。
すごい笑ってるんだけど。
「…ッ、…そんな、理由、で?」
「いまさら言い出しづらいだろ。めちゃくちゃ怒られる。“ギレン兄様”なんか吊るし上げてきそうじゃないか、物理で」
「……あり得るな」
おれがブルブル震えたら、キャスバルも真顔で頷くから、シンの笑いは少しも収まらない。
仕方がないから背中を擦ってやった。
「僕らとしてはさ、奇異の目で見られたく無いのもあって隠してたんだ」
「あんまり大っぴらにしたいものでは無いからな」
正直に白状したおれ達に、シンは、少し考える様子を見せてから。
「では、俺達はこの先どうするのが良い?」
そんな事を聞いてくる。
「そうだな。バレてるなら、皆と直接話したいな」
キャスバルが顎に手を当てて、少し首を傾けた。
今は色を偽った双眸がこちらを向く。
『取り込めるな?』
『もとより。もう仲間だと思ってるし、あんまり拒否されるとは思ってないよ。生理的に無理なら諦めるしかないけど』
ここまで一緒に過ごして、為人も見極めてきた。団結も強めてきたし。
「『その辺は信じてるんだ』」
コクリと頷くと、キャスバルもシンも、満足そうな顔をした――それぞれの心情は違いそうだけどね。
「では、就寝時間後に格納庫の北非常階段下に集合だ」
「コッソリね」
「無論だ」
3人で額を合わせて悪い顔。
と、そこでおれの危険察知アンテナがピリリと。緊張に気付いたキャスバルが、シンに注意を促す。
おれが寝台に飛び込んだのとほぼ同時に、ノックもなく部屋のドアがバタンと開いた。
「お前たち、何をしておるかァ!!」
怒声。ふお。サボりに気付いた教官が探しにきたか。間一髪だったな。
「イヤだ!! 行かない!!」
先制して叫ぶおれに、シンはキョトンと目を見開いたけど、キャスバルは心得たもので。
「駄目だ、医務室に行くぞ!」
「いーやーだー!!」
と、即席で言い合う。
戸口で目を白黒させている教官に、シンが苦笑いを向けて頭を下げた。
「どうしたんだ?」
ツカツカと教官が部屋へと踏み込んでくる足音が。
「ガルマが熱を出したので、医務室に運ぼうとしていたんですが……」
「必要ないって言ってるんだ!」
キャスバルの苛立たしげな声に、おれも尖った声で答える。
事態を察したんだろう教官の、長いため息が聞こえた。
「……ガルマ・ザビ」
オッサンの野太い声に名前を呼ばれて、チラリと毛布から顔を出す。
発熱は嘘じゃない。
騒ぐ声に反して、だいぶ弱っているように見えるおれに、教官は幾分か焦った表情になった。
分厚い手のひらが額を触り、更にその顔が顰められる。
「ガルマ・ザビ。医務室に行くぞ。体調管理も軍人の務めだ。無理をして大事に至ったらどうする」
思ってたより静かな声が諭してきた。
「閣下を心配させまいとしてか?」
それもあるけど。
『医官が怖いだけだろう』
『だーまーれー』
混ぜっ返すなよ、キャスバル。
「ドズル兄様に“弱っちい”なんて思われたくないんです。それに、医務室にはロメオがいる……熱を出したなんて知ったら、また自分を責めるかも」
昨日、運ばれていくときの悲しそうな顔を思い出すと、流石になー。
教官は、なんだか物凄く複雑そうな顔をした。
ダルいのも関節痛いのも、まあ、我慢できる範疇ではあるんだよね。
どっこいせ、と、寝台から身を起こして。
「授業に出ます」
ニコリと笑った瞬間に、問答無用で担がれた。
「ちょっ!? 教官!!?」
「ガルマ!?」
「教官!!?」
おれ達の驚愕の声もなんとやら。
「バカ言うな。熱で沸いてまともな判断が出来ないんだろう。こいつはおれが運んでいくから、お前たちは直ぐに授業に出ろ。サボりは許さん!」
厳しい声で、ふたりを追い立てつつ、おれを運んで部屋を出る逞しい背中に、額を押し当てつつ低く唸る。
熱で湧いてる人間の運び方じゃないよねコレ!
思い切り俵担ぎで目が回るんだががが…。
『……夜に迎えに行く』
『頼むわー……』
呆れ気味のキャスバルの思考波に、力なく返した。