ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 反逆の"ガルマ" 13【転生】

 

 

 

「『君は呑気だな』」

 そんな“声”が聞こえた。

 鉄槌を振り下ろされる夢に、悲鳴を上げながら、身を躱して飛び起きる。

 寸前まで横たわっていた寝台に、深々とキャスバルの拳が打ち込まれていた。

「チッ」

 ――ちょッ、おまッ、舌打ち!

「『何すんのさ!?』」

「『起こしてやったんだ』」

「『危うく別の世界で目覚めるところだったわ!』」

「『大袈裟に騒ぐな』」

「『お前が騒がせてんだよ!!』」

 そんなやり取に、ブククと吹き出す声があるから目を向ければ。

「……それが素か。元気そうだな、ガルマ」

 えらく楽しそうな、シン・マツナガの姿が。

「シン、居るならこの暴君を止めてよね」

 プクリと膨れてジト目で睨む。

 くそ。猫皮が剥がれたじゃないか。キャスバルめ。

 瞬間の極限緊張で、眠気はスッカリ飛んでいた。

 まぁね、いままでゆっくり休んでたし。おかげで熱もすっかり下がってる。

 うんっと伸びをして、寝台下のブーツに足を突っ込んだ。

 着替えはないから患者服のままだけど、と、そこは抜かりないキャスバルがジャケットを投げつけてくれた。

 その顔には、いつもは掛けてない色付きグラスがあった。

 ん。カラーコンタクトは外してるのか。

「さて。皆はもう?」

「非常階段下に集まってるはずだな」

「次の見回りまでの時間を逆算すれば……1時間半くらいは余裕があるか」

 それじゃ、こっそり抜け出すかね。

 そろそろと、連れ立って暗い廊下を行く。

 救護室のある棟から格納庫までは遠くないから、急げば数分で到着する。

 北非常階段下は、その場からは案外見晴らしが良くて、“敵”の接近を察知しやすいのに対し、外からは陰になって見つかり難いって利点があった。

 そして、何より、この条件は殆ど知られていない――ここを教えてくれたのは、卒業していったイアン先輩だ。

 一体何に使ってたんだかね。それは教えてくれなかったけど。

「お待たせ〜」

 スルリと身を滑り込ませれば、メンバーはみんな揃ってた。

「お。来たか御曹司、熱は?」

「無理してない?」

 ライトニングの手が額にピタリと。

 クムランも顔を近づけて様子を探ってくるから、ちょっと擽ったいような気持ちになった。

「心配かけてごめん。気にしてくれてありがと」

 ヘラリと笑うと、皆もホッとしたような顔に。

「早速だが、本題に入るぞ。時間が無い」

 緩みかけた空気が、シンの一言で引き締まった。

 みなの輪の中に、“シャア”――キャスバルが一歩足を踏み出す。

 その手がグラスを外すと、暗がりにすら鮮やかな青い瞳が顕になった。

 ふっと、誰かが息を詰める気配。

 おれもスルリと、キャスバルの隣に並ぶ。さて、どう白状したもんかね。

 悩む間もなく。

「“シャア・アズナブル”改め、キャスバル・レム・ダイクンだ」

 ふぉう。ストレートにいったなヲイ。

 対する皆の反応と言えば。

「……あ〜。元々バレバレだったけどよ。これで無駄に誤魔化す苦労が減ったぜ〜」

 肩凝ってた、なんて、リノはグルグルと肩を回し始めた。

「うん。隠してるつもり…みたいだったから、突っ込むわけには行かなかったし。な?」

「そーそー。そもそも距離感と関係図がおかしーんだお前ら。首相の息子を顎で使う庶民の息子ってなんだよ。ついでに、俺ら本物のシャア知ってんだぜ? 違いすぎんだろーが」

「クラス違うけど、ハイスクールは一緒だったんだよ、俺たち」

 ルーとケイが愚痴るみたいに零した。

「別人だ」

 ベンも重々しく頷いてるし。

「クリスマス休暇、御曹司の屋敷に厄介になったろ。そんときもお前ら、いつもと全然変わらなかったじゃねえか。少しは取繕えっての」

 ライトニングは大仰に溜息をついた。

「本当に、僕たち知らんぷりするの大変だったんだからね!」

 クムランがプンスコしてくる。けど。

 怒ってるのは、知らぬふりの苦労であって、隠してたことそのものについてじゃないらしい。

 あれ、思ってたのとちょっと違う。

「……もっと責められるかと」

 拍子抜けである。

「どうせ、ギレン閣下とかに秘密にしろとか言われてるんでしょう」

「うん。こーんなに目を釣り上げてた」

 びろーん、と両目尻を狐みたいに吊り上げて見せると、クムランはブフゥっと吹き出してから、サッと青くなった。

「え、じゃあ、もしバレたと知られたら…」

「……退学とかは、無い、よな?」

 ケイも顔色を悪くしてる。

「どーだろ。無い……と、思いたいけど」

 今後の展開を考慮すれば、ここで士官学校をリタイアさせるのは得策じゃ無い。

 だけど、想定外にやらかすおれ達に、“ギレン”はこのところオカンムリだ。

 キャスバルをチラ見すれば難しい顔が。

「元々、ギレンは僕たちが士官学校へ行くのを快く認めたわけじゃないからな」

「……だね。条件は、ムンゾ大学に編入かつ2年での卒業。僕ら14歳だったんだよ?」

 あの怒涛の受験勉強を振り返っても、マスター・ヨーダの微笑みしか思い出せない。

 記憶の再生を脳が拒否してるんだろう。

 おれとキャスバルを除く面子は、顔を突き合わせて、短い談義――って言うより意思の擦り合わせかな――の後、それぞれが重々しく頷いた。

「じゃあ、“このこと”は、これまで以上に秘匿するように皆に通達だ」

「うん。知られていることを決して気取らせるなと」

 ――……?

「ちょっと待って。皆って誰? ここに居るメンバー以外ってコトだよね?」

 嫌な予感に、背中に冷たい汗が。

「うん? とりあえず一寮生全員と…」

「むしろ2年組かな?」

「だな。と言うか、学年限らす生徒は殆どそうだろうな」

「教官もだろー?」

 って。

 ――うェえええ!?

「だだ漏れじゃないのさ!!」

 つまり学校中が知ってるってことかよ。

 頭を抱えて叫べば、「そうだよ」と多重音声が。

 隣でキャスバルは『解せぬ』とか眉寄せちゃってるけど。

 うわぁ。思ってたのと違うAgain。いや、数百倍酷いわコレ。

 どーすんの。どーするんだおれ。フォースの導きに従えば良いのか。

 助けてヨー…キャスバル。

 緑の老宇宙人に助けを求めようとしたら殺気を感じたので、大人しく幼馴染にヘルプを乞う……って、お前も当事者だからね?

 アワアワするおれに。

「少なくとも一寮生と2年組は、君達に忠誠を誓っているから問題ない」

 いや、待ってシン。おれ達が忠誠を誓うべきは“ムンゾ”だろ。

「3年はラム先輩達が抑えてくれそうだしな」

「そーすっと、卒業生はグレーデン先輩達がなんとかしてくれるか」

「一年は大体丸め込み終了してるしな」

「教官達はどうする?」

「あ、僕、思いついたんだけど、厨房員から手を回して貰おうよ。あっちはガルマさんの支配下だし」

「なるほど」

 いや、何が“なるほど”だよ。

「大丈夫、俺達で隠蔽するから」

「君達は何も心配するな」

「学び舎を去るようなことにはさせないから安心してよ」

「一緒に卒業しよーな!」

「俺のコミュニケーション能力が火をふくぜ!」

 物凄くいい笑顔で皆が請け負う。背後に真っ黒な翼とか尻尾とかの幻影が見えるのは何故だ。

『君の影響だな、ガルマ』

『そんな莫迦な』

 ええと、それから。

「――じゃあ……僕たちが、“ニュータイプ”、だってコトは?」

 こればかりは恐る恐る。

 だって、人間は“異なるモノ”を厭悪する生き物だ。

「それも今更だな」

「そーだと思ってた」

「納得したって感じかな」

 なのに、そんなにアッサリと。

 声にも表情にも、眼差しの奥にも、嫌悪も拒絶も見つからなかった。

「君らは君ら以外の何者でもないしね」

 ふわぁ、っと、喉から変な声が出て、慌てて口を塞ぐ。

「なんだよその声」

 聞こえぬふりをする優しさのないライトニングが遠慮なく笑って、頭を小突いてきた。

「お前らが実は人外だったって言われたって、俺達はもう驚かないぜ?」

 そこは驚けよ。

 なんかもう、突っ込みが追いつかない、けど。

 めちゃくちゃ頼もしいし、嬉しいじゃないか!

「『信じてた……けど、それ以上だ』」

「『全くだな』」

 ここまでは予想して無かったよ。

 ぶわりとこみ上げるものがある。ポンと、キャスバルが背を叩いてくる――やめろ、いま、表面張力ギリギリで堪えてるんだ。

 ありがと、と、伝えるつもりが、息しか溢れてこなくて、仕方がなくて両腕を広げた。

 笑いながら抱きついてきてくれる仲間たちの体をかき抱く。

 もっと腕が欲しいなんて、トンチンカンなコトを思うのは、混乱してるのかな、おれ。

 ぎゅうぎゅう抱き付けば、頭を撫でられたり、肩や背を叩かれたり。

 百万回キスしたいけど、辛うじて我慢する。

「『泣き虫め。だから君は“坊や”だと言うんだ』」

「『泣いてない!』」

 抱きついた仲間の胸ぐらに鼻先を突っ込んで、反論する。

 そんなこと言ってるけど、お前の思考波だって揺れてるってこと、おれはちゃんと気づいてるんだからな!

「ほら! ガルマさんはそろそろ医務室に戻って。これ以上体を冷やすと明日に障るよ。みんなも!」

 ちょっとオカン属性でもあるのか、クムランがパンパンと手を叩いた。

 こっそり鼻を啜って目を擦る。

 いつも通りに見えるように、にっこりと微笑んで了解を伝えれば、皆もハイハイとそれに応じた。

「じゃあ、また明日な!」

「なんか目ぇ覚めきってるから寝れっかな?」

「保証しよう。お前はベッドに入って10秒後にはいびきをかいている」

「ねーよ!」

「静かに! 見廻りに見つかったらどうするの」

「ハイハーイ」

 なんて、ガヤガヤも階段下を出れば、ふっと気配が夜にまぎれて消えていく。

 なんだ、忍者かお前ら。

 ホントに明後日の方向に進化してるんじゃないかな?

『君の影響が甚だしいな』

『そんな莫迦なAgain』

 会合は一時間に満たなかった。いつもと変わらないお喋りの延長線みたいな――そうあるよう、皆が計らってくれたんだ。

 きっと、おれ達の知らないところで、彼らはあれこれ考えたり、悩んだりしてくれてたんだろう。

 その上で、受け入れることを決めたのか。拒絶して切り捨てる選択肢だってあった筈なのに。

 まだ、心臓がバクバクしてる。

 だけど、“ガルマ”の心が感動に打ち震えてる裏側で、“老獪な獣”がほくそ笑んでる――ここで得た全ての好意で、ムンゾを……子供たちとキャスバルを護れると。

 そのときが来たら、きっと、“おれ”は全てを駒にしてしまう。

 その事実は、何処かをシクシクと傷めつけてくるけど、どうしようもない。

 だって、最初から優先順位は決まってるんだ。

 黙り込んだおれの手の甲を、キャスバルの指がトントンと叩いた。

 ん。わかってるさ。

 大丈夫。疵ついたりはしない。だって、“おれ”は慣れてるし。だから、“ガルマ”にはソレができる。

 “獣”が嗤ってる。

 どうせ、どこまで行ったって、所詮は煉獄の生きものだ。

 ヘラリとおれも笑う。

 偽物の空に架かった月が、薄っぺらい光を投げかけていた。

 

 

「〜〜っ、ガァルマァ!?」

 医務室にゴリラが。

 じゃなくて、ドズル兄貴が吼えていた。

 静寂を揺るがす大音声である。

 しまった。見廻りの時間までには戻って来たけど、兄貴ってば、おれを心配して様子を見に来ちゃってたか。

 からっぽの寝台のシーツをめくり、中におれを探してるみたいだけどさ。

 小人じゃないんだ。そんなとこに顔突っ込んだって見つかるわけないだろ?

「はい、ドズル兄様」

 戸口で首を傾げる。

 兄貴は弾かれたみたいに振り返った。

「なぜ寝ておらん? どこへ行っていた? キャス…“シャア”、なぜお前がここに居る?」

 怖い顔。でも怖くない。

 ドズル兄貴は、決しておれを虐げたりしないから。

「ガルマが寮の部屋に帰ってきたんですよ。だから、こちらに戻しに」

 ふぉ。サラリとそんな嘘を。

 ジロリと睨んでも、キャスバルはどこ吹く風だった。

 そりゃね、みんなで秘密の会合してました、なんてことがバレるよりは、おれの我儘にしたほうが万倍もマシだが。

「……ガルマよ」

「だって。目が覚めて、ひとりで、なんか……寂しくて?」

 言ってみてアレだ。ちっちゃい子供みたいな言い訳じゃないかコレ。

 キャスバルが思考波で吹き出している。よく見れば肩口も小さくぷるぷるしてるし。

 ヲイ。

 ええと、もっとマシな言い訳しないと、なんて考える間もなく、兄貴はやれやれと頷いて溜息をついた。

 え、それで納得しちゃったの?

「もう子供では無いだろう」

「……はい」

「“シャア”は部屋に戻れ。明日に障る。……ガルマを連れ戻してくれたことに感謝する」

「はい。失礼します」

 綺麗に一礼したキャスバルは、ちらりと面白がる視線だけ寄越して、踵を返した。

 部屋には、兄弟二人だけが残された。

「さあ、ベッドに戻れ。……眠るまでついていてやるから」

 厳つい顔の中で、へにゃりと目尻が垂れた。

「随分とやんちゃ坊主に育ったと思っていたが、まだこんなところが残ってたんだなぁ」

 感慨深い声。大きな手が頭に乗って、ワシャワシャと髪をかき回す。

 おれもそれなりに育ったから、首がもげそうなんてことは、もうないけど。

「……いいの? 兄様も明日に障るかも」

 寝台に潜り込んで、大きな体を眺め上げる。

 椅子を引いて座り込んだドズル兄貴は、大口を開けて笑った。

「俺は頑丈だぞ」

「……良いなぁ」

 ポツリと言葉が落ちた。

 鍛えて鍛えて、体力の許す限りに鍛えてきたけど、この身体は存外に脆い。

 灯りに透かし見る手は、少しは厚みと硬さを増したけど、それでも軍人の手と言うよりは文官の手と言われたほうが納得できるだろう。

 悔しくて顔を顰める。

「僕は、ドズル兄様みたいに強くなりたい。キシリア姉様のように慧敏に、サスロ兄様ほどに周到に。それから、“ギレン兄様”の明哲さが欲しい。それで、父様みたいに家族を愛すんです」

 今のおれにはナイナイ尽くしだ。

 あるのは、“ギレン”の言うところの“悪知恵”だけだし。

「オイオイ、お前は何に進化するつもりだ?」

 兄貴の少し焦った声が。

 なにさ進化って。ボールに入るどっかのモンスターじゃあるまいし。

 ドズル兄貴の大きな手が伸びてきて、太い指がおれの頬を撫でた。

「ガルマ、お前は俺達が要らんのか?」

「要ります! 必要です!! 兄様、なんでそんなことを?」

「お前一人で全てをこなすってことは、つまりそう言うことだぞ」

 ちょいちょいと頬を突く指は、猫でもじゃらしてるみたいだ。

「“何もかもできる人間”と、“何もできない人間”は孤独だ。前者は誰かを必要としないし、後者は誰からも必要とされない」

 なんか、哲学?、みたいな話になった。

 首を傾げるおれに、兄貴が太い笑みを見せる。

「だから、ガルマよ。お前はそういう人間にはなるな。目指すこともするな」

「でも……キャスバルは、何でもできますよ」

 あんな風に成りたいなんて、きっと誰しもが思うだろう。

 完璧超人みたいな。

 唇を尖らせたおれに、兄貴はやんわりと唇を曲げた。困った奴だ、と、その眼差しが告げてくる。

「そうだな。奴は途轍もなく優秀だ。だが、本当に完璧なら、お前を傍に置くこともないだろうな」

 そんなの。“傍に置いてる”んじゃなくて、おれが勝手に“居座ってる”だけじゃないか。

 とは言え、本当に邪魔ならとうに排除されてるだろうから、許容はされてるのかも。

「……だと良いなぁ」

「お前は、キャスバルをもう一人の“兄”のように思っているのかも知れんな」

 低く響く笑い。ドズル兄貴が明後日の方向に発想を飛ばしてる。

 お前たちは、子供の頃から一纏めにされていたからなぁ、なんて。

「違うよ、兄様。兄は僕だよ」

 おれは、キャスバルの事を、出来の良すぎる“弟”だって思ってんのさ。

「そうか、そうか」

 兄貴はずっと愉快そうに、低い声で笑ってる。

 なんか、落ち着く。

 かふっと、あくびが落ちた。

 ドズル兄貴の指が、思うよりずっと優しく髪を梳いてくれるから、瞼がどんどん下りてくる。

「……小さかった頃も…兄様達は…熱を出すと、撫でてくれてた……」

 刷り込みみたいな安心感が体いっぱいに広がって、ゆっくりと意識が沈んでいく。

「ああ。そうだ。ゆっくりと休め、ガルマ。俺達がついている」

「……ん。ありがと……」

 返事は、ほぼ息だけになった。

 

        ✜ ✜ ✜

 

 あくる朝。

 いまだに寝台から出してもらえずに、ぎゅっと眉を寄せる。

 熱はもう下がってるのにね!

 久々に全開で甘えたせいか、ドズル兄貴の過保護がブーストされた結果だ。

 そういやそうだった。ザビ家は末弟には激甘だったよ。

 ラップトップには、デギンパパとキシリア姉様とサスロ兄さんのメッセージも入ってた――物凄く多忙を極めてる筈なんだけど。

 これは、ドズル兄貴から通達されたんだろうなぁ――“ギレン”からは届いて無いけど。薄情者め。

 一通ずつに返信する。

 

 心配かけてごめん。

 でも、心配してくれて嬉しい。

 忙しいのにごめん。

 だけど、忘れられてなくて嬉しい。

 無理しないで欲しい。

 元気でいて欲しい。

 時々、声が聞きたいし、顔も見たい。

 休みになったら会いに帰るね。

 

 そんなことを、素直に綴る。

 随分と甘ったれた文面になったけど、家の面々なら、“ガルマ”らしいって思うんだろう。

 それから、キシリア姉様には、“シャアとのデートは楽しかった?”とか、サスロ兄さんには“こないだ一緒に観劇に行ってた女性は誰?”とかも混じえておく。

 情報網はバッチリさ。

 姉様のそれは、シャアからバラしてきたネタだけど――公園で一緒にコーヒー飲んだって、それだけだった。

 フフフ。慌てるさまが目に見えるようだ。

 それから、いつも通りに子供らからのメッセージにも目を通して返信。

 相変わらずヤンチャな子供ら同士の仲はすこぶる良好そうで、ほっこりする。

 そろそろ近場の冒険には、フロリアンも付いていくようになったみたいだし。

 女の子達も、みな可愛らしさを増している。

 こりゃ、いずれ愛を乞う野郎どもで門前列を成しそうだ――その前におれが立ちはだかるけどな。ふはは。

 みな、可愛い子供たちだ。

 傍で成長を見ていたい気持ちはあれど、状況が許さぬこのジレンマ。

 せめてもと、メッセージで成長記録を取るおれは、さしずめ単身赴任中のオヤジみたいなもんだろうね。ふふぅ。

 そんなこんなで、あとは知人、恩師、大学に残ってる元級友達からのメッセージも捌く。

 彼らはおれに、いろんな事柄を知らしてくれる。

 あれこれネタは尽きないし、ピースはどんどん増えてく。刻一刻と形と色を変えていく、決して完成しないパズルは、だからこそ厄介で、面白いんだろう。

 あれ、“伝書鳩”からだ。

 タチ・オハラから差し出された“scapegoat(身代りの羊)”ならぬ“scapebird(身代りの鳩)”が、珍しく向こうからメッセージを送ってきてる。

 こりゃ、タチからの指示かな。

 中身を開いてみれば。

 ――なに、膠着しちゃってんの?

 ムンゾ議会の現状がサラリと書いてあった。

 踊ってるのは、連邦に煽られて、ヒロイズムに酔ったか皮算用が暴走した、小物かようやく中堅といった辺りばかり。

 小粒で纏まりがない。てんでバラバラに打倒ザビを喚いてるだけで、手を取り合うまでも至ってないし。

 これじゃ、煩わしいだけで、ちっともザビ家の脅威になりゃしない。

 なに傍観してんのさ、ダルシア・バハロ。お前が旗印に……って。

 ――あ〜。うん。

 呆れ返ってんのか、と、唐突に思い当たった。

 そうか、あんたも奴らがもっと“使える”かと思ってたクチか。

 だよね。仮にも選ばれて議席に座ってる人間が、千載一遇のチャンスに、こんな細かいところで足を引っ張り合うなんて思わないだろ。

 ちょっと読み違えた。

 ダルシアは、動きたくても動けない。

 くだらないダンスには付き合いたくないし、さりとて舞台を離れるには足元を縛られてる。

 もしかしたら、連邦の誰かだって呆れてる――むしろ苛立ってるかも。

 この機を逃せばザビ家の排斥はさらに困難を極めるだろうからね。

 他人事なら嘲笑える――のになぁ。

 さて。

 持ってるピースを脳裏に並べる。

 この状況じゃ、“ギレン”は動かない――裏工作は流儀じゃないからね。

 かと言え、このままダラダラと事態が長引けばムンゾそのものが疲弊しかねないし。

 それは避けたい。連邦が喜ぶだけだし。

 ――それじゃ……下手なダンサーには舞台を下りて貰おっかなー。

 焦れた連邦が次の手に出る前に。

 ラップトップに笑みかける。

 “伝書鳩”には当たり障りなく、(頑張ってね♡)と返したうえで、極秘のチャットルームに伝言を。ネットワークにいくつものシナリオをばら撒いてやろう。

 指示を書き込めば、即座に反応が。ん。相変わらず、サイバーの海で生きてるみたいだな、君らは。

 さあ。走りなよ、ダルシア・バハロ。

 目論見違いの連中なんか振り払って、一目散に“ギレン”の元へ。

 ホントは“敵”として処理できれば良かったけど、そうも言ってられないからね。

 ふふふ。発熱と兄貴の過保護のおかげで、時間が出来たのは有り難い。

 これも怪我の功名かな。

 ニコニコするおれは、だけど、ここでも失念してた。

 思うように動いてくれない連中は、やっぱり敷いてやったレールを飛び越えて動きやがるってことを。

 

 

 昼になってから、医官に申し出て――昨夜、脱走したことについてカミナリを落とされながら――ロメオ・アルファの見舞いの許可を貰った。短時間だけどさ。

 同じ医療棟であっても、あちらは重症だから階が違う。

 部屋を覗くと、ロメオは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 ここからは校舎も校庭も臨めない。せいぜいが教員棟あたりだから、見ててもそんなに面白いものはなかろうに。

 開いたままの戸口でノックすれば、奴は億劫そうに振り返って、それから目を見開いた。

「ガルマ!」

「やあ。骨は上手く繋げたみたいだね――クムラン達に礼を言っておきなよ」

 その辺りは、うちの支援マスターの処置の良さに寄るものなんだから。

 ふんと胸を張れば、ロメオがクスリと笑った。いつになく皮肉や焦燥の気配のない表情だった。

「あんたは恩を売らないのか?」

「言い値で買ってくれるならね」

 ふふんと笑い返す。

 寝台脇にある椅子に座ると、少しの間、沈黙が降りた。

「……なんで助けた?」

 あの時も聞いてきたね。そんなに気になるのか。

「どんな理由なら納得するの」

 反対に尋ねてみた。

「……わからない」

 頼り無げな声だった。

「俺はあんたを嫌ってた。嫌味も言ったし、怒鳴ったこともあった……殴ったことは無かったけど」

 そりゃね。そんな機会は与えてやらんかったし。

 ロメオの視線は、シーツの上に投げ度された自分の手指に向けられていた。

「あんたはいつだってヘラヘラ受け答えて、俺のことなんざちっとも気に留めちゃいないようで……ムカついた」

 ――なんだかなぁ。それ、気になる子に構って欲しかったって告白に聞こえるよ。

 溜息をついたはずが、言葉まで吐き出してたみたい。

「違う! 嫌いだって言ってんだろう!!」

 牙を剥くシベリアンハスキーみたいな形相のロメオに怒鳴られる。

「うわぁ、おっかなーい」

「笑いながら言うな!」

 ほら落ち着いて。骨に障るよ。

 ポンポンとシーツの上から宥めるように叩く。

「ねえ、僕、けっこう君のこと見てたよ。図書室では奥から3番目の机が定位置。考え込むと目が寄る癖。ペンと銃は右手で持つのに、ナイフは左手。セロリが嫌いで、人参はまぁまぁ。レーズンとくるみ入りのパンが好き。他にも色々と?」

 もっと言おうかと笑いかければ、奴はポカンと口を開けた。

「なにその間抜け面。けっこうカワイイんだけど」

「っ!? 馬鹿にしやがって! あんたこんなに性格悪かったのか!?」

「悪いさ。口も性格もね。君だって、僕のことちゃんと見てなかったろ?」

 “ザビ家の御曹司”として、人当たり良く粧った上辺だけを見て嫌ってたってことだろ。

 鼻を鳴らせば、しゅんと黙り込む。

 ホントに素直だよね、君って奴は。

「ちゃんと見て嫌ってよって、そのうち言おうと思ってた」

「……そこは、“嫌わないで”、じゃないのかよ?」

「ロメオ、君っておちょくられるの嫌いでしょ? 僕、おちょくるの大好き」

「合わねぇな!」

「でしょ」

 ふはっと吹き出す。

 釣られたのか、ロメオも呆れたみたいに笑い出した。

 それから笑いを収めて、凪いだような眼差しを向けてくる。

「――俺さ、ずっと、あんたは俺たちを駒に仕立てようとしてると思ってた。ピカピカに磨きたてた兵隊として」

 うん。素直に頷いても、視線に剣が戻ることは無かった。

「そこは否定はしない。僕はザビ家の人間だ。いずれ戦場に立てば、君たちは僕の部下かも知れない。そしたら、君を死地に送り込むのは僕だ」

 自分で思うよりも声は平坦だった。

「“優秀な兵隊”が欲しいのか?」

「……“生き残れる兵隊”が欲しいんだよ」

 唇が嗤みの形に歪んだ。

「ロメオ、君は知ってるだろ、“新兵の生還率”」

 あのクソみたいな数字を。そして“おれ”は、それが事実だと知ってるんだ。

「君が思ってる通り、僕はどこまでも利己的な人間だよ。だから、君たちが敵を殺して、生きて還ってくることを望んでる。それは、きっと戦争が終わるまで、何度だって繰り返されるんだ」

 息を呑む音が聞こえる。

 そうさ、ロメオ。君の目の前にいるのは、“人でなし”だ。

「僕は君たちに、息をするほど自然に敵を殺して欲しい。そしてちゃんと生きて戻って、家族を、恋人を、友を抱きしめて欲しい」

 なかなかクレイジーだろ。知ってる。

 お前がおれを厭うのは、ある意味で当然――真っ当な人間なら、異常と感じて然るべきだ。

 でも、軍人なんてそんなものだろ。タガが外れてなきゃやってらんない。

 だからこそ、おれは“みんな”のタガを外すんだ。

「その為になら、どれほどにだって研ぎ上げてやるさ」

 短くない沈黙が流れる。

 ロメオは、まるで初対面みたいな顔でおれを見た。

「……それが、ガルマ・ザビか」

「そう。“ガルマ・ザビ”だよ」

 答えて微笑む。いつも通りにニコリと。

「ね。だから、ちゃんと見てから嫌ってよ」

 言うだけ言ってスッキリした。さあ、存分に嫌うが良い。

「――……俺を助けたのも同じ理由か?」

 ん。つまり、“生きて戻ってくる”ってことなら、まあ?

 演習如きで消えられてたまるかって言うか。

 君を助けることで、この先、さらなる団結が臨めるっていうか。

「……そうなるね」

 つまりは打算だ、と頷いたのに。

「随分と偽悪的な言い方だな。つまり、“誰にも死んで欲しくない”ってことだろ」

 なんでそんな笑顔を向けてくんのさ。

 良い方に取りすぎだろう。“偽悪”じゃねえよ。“露悪”だ。

「……ロメオ。君、単純過ぎるんじゃない? 僕、シンプルに外道だって白状してるんだけど」

 ふーっと溜息をついてみせても、ロメオはまだ笑っていた。

「分かった。あんたが安心して俺たちを送り出せるように、俺、もっと精進するな!」

 ――極論だとその通りだけどさ。

 ジト目で睨んでやる。

「それなら、今後は自分の装備に気を払うことだね。今回の滑落の要因の一つは、間違いなく壊れたブーツの留金だ。ボタン一つでも命取りって、そのオツムに刻んでおきなよ、“おバカさん”」

 あの時と同じように罵ってみるけど、バツが悪そうに頭を掻くだけで、怒鳴り返されることもないし。

 なんだか、ちょっといたたまれなくなって席を立った。

 やめて。良い人じゃないんだよ、おれ。どっちかと言わなくても“悪党”の類なんだ。

 善人を粧ったときに騙されてくれるならほくそ笑むとこだけど、騙してないのに曲解されるのは本意じゃない。

 そそくさと逃げ出した背中に。

「ガルマ。ありがとう助けてくれて!」

 ほんとにやめろ。追討ちかけんな。

 後ろ手にバイバイするのが精一杯だった。

 

 

 ちょっとグッタリして自分に宛行われた部屋に戻れば、

「あれ、ミア嬢?」

 空っぽの寝台の前で、困った顔で佇む美少女を見つけた。

「ガルマさん! もう起きても大丈夫なんですか?」

「おかげさまで。いま、ロメオの様子を見てきたんだ。彼も大丈夫そうだったよ」

 ニコリと笑って、寝台の側に戻る。

 ドアはあえて大きく開けたままだ。男女二人で密室に籠もるなんて真似は出来ないし――ましてや未来の義姉上だからね。

 さて。ここで呑気に見舞いだと喜んでいられれば良かったんだけど。

 ふぅ、と息を零せば、少女のまろい肩がビクリと揺れた。

「……予測するに、君の正体についてって辺りかな、女スパイさん?」

 ミアの海緑色の双眸が真ん丸に見開かれて、形の良い唇が震えた。

 なんだか意地悪をしてる気分になって、苦笑いする。

 ホールドアップして見せれば、何故だかキッと睨まれた。

「私がギレン閣下から、あなたを見張れと言われていたのを知っていたの?」

「そんな事だろうと思ってたよ。ギレン兄様から時々届くお説教には、生徒しか知り得ない僕たちの所業が紛れ込んでいたからね――ついでに言えば、監視役は君を除いて懐柔済だし」

 ジョニー・ライテンとシン・マツナガの二人に加えて、あと数名。

 加えて言えば、“連邦”関連のスパイだって把握してる。コレは内緒だけど。

「……私も、懐柔するつもり?」

「叶えばね。むしろ、懐柔されに来たんじゃないの? ゼナ・ミア嬢。リノ達の事だ。もう“僕たち”のことについて通達が回ってるんじゃないのかな」

 “シャア・アズナブル”が、キャスバル・レム・ダイクンだってこと。“僕たち”がニュータイプだってこと。それから、それを知られていることを悟られるなってこと。

「もし――もしも、ここで私がギレン閣下にその事についての報告を行ったら、あなた達は学校を去るの?」

「さぁね。その辺は定かじゃない。だけど、めちゃくちゃ叱られるのは確かだね。この間の自宅謹慎のときは2時間正座で済んだけど、今回の件だとどうなることやら……」

 あ。ホントにやべぇ。

「…………監禁とかされたらどうしよう?」

 ちょっと青くなった。

 ゼナの顔からも血の気が引いてるし。

「――……………私は、どうすれば?」

 声が震えてる。

 “ギレン”とおれ達との板挟みってコトだよね。真面目な性分だけに苦しんじゃってる。

 じゃあ、こうしよう。

「僕は君を脅迫することにする。ミア嬢」

 ニコニコ笑って告げる。

「君は“ギレン兄様”に、今回の件は何も報告できない。何故なら、僕が脅すから」

「……そんな…」

 ゼナ・ミアの顔色は、白いを通り越して青白く見える。

 脅迫と聞いて、怖くなったんだろう。例えば、彼女が“ギレン”のスパイだと皆にバラされるとか。

 そんな事はしないけど。

「内容は、そうだね。“全校生徒の前で、君に告白する”、とかはどうかな?」

「………はぁああ?」

 うわ。ポカンと呆れ返った顔も可愛いね!

 ゼナ・ミア。

 思わず吹き出せば、ギッと睨んでくる。その顔も可愛い。

「からかわないで下さい!! だいたい、ガルマさん、私のことそんな風に思ってないでしょう!!」

 そりゃそうさ。君はいずれドズル兄貴の伴侶になって、ミネバの母になるんだから。

 君に向けるおれの感情は、恋情なんかじゃない。尊敬する兄貴の未来の嫁に向ける敬愛だ。

「別に、“好きだ”って言うだけが告白じゃないよ?」

 その返答に、ミアは更に真っ赤になった。これは勘違いの恥ずかしさと、怒りとが半分ずつかな。

「ごめんよ、ミア嬢。可愛すぎて、ついからかい過ぎた」

 君からのヘイトは稼ぎたくないんだ。素直に頭を下げる。

「だけど、“告白”の内容は内緒。君は、“何を言われるのか怖くて”僕に逆らえないんだ。僕は悪党だからね。君は悪くない」

 畳み掛けるおれに、視線が揺れてる。

 ゼナ・ミアは、自分の報告によって、おれ達がこの学校から去ることを、もしくは酷い叱責を受けることを畏れてる。

 これがタチや訓練を受けた“伝書鳩”だったら、私情など二の次、それによって自らが被る不利益があったとしても、即座で報告に及ぶだろう。

 だけど、彼女はまだ学生で、“ギレン”は直接の上官ではなく、監視も“お願い”であって“命令”じゃないんだ。

 彼女は報告したくない。そして、その理由が必要なだけ。

「――……………別に、私は“告白”など恐れません」

 暫くして、ミアから向けられた眼差しには、強い光があった。

 ニンマリと笑ったおれに対して、少女は顎をツンと上げた。

「私は私の意思で、このことを報告しません。それについての叱責があれば自ら受けます。あなたに屈したからじゃないですから!」

「ん。流石だね、麗しきアマゾーヌ」

 だからと言って、おれが“脅した事実”は消えないんだ。

 パチパチと手を叩いて。

「さ、そろそろ行くと良いよ。ドアは開いてるとはいえ、この寝台に横たわってるのは“オオカミ”だからね、“赤頭巾”?」

「またそんなことを!」

 プリプリしてるミアにヒラヒラと手を振る。

「ごめん。少し休んでも良いかな? 楽しくて――はしゃぎ過ぎた」

 そっと視線を伏せる。弱った様子を見せれば、少女は簡単に騙された。

「ごめんなさい!」

「良いよ、気にしないで」

 慌てて部屋を出ていこうとするほっそりとした背中に、静かに伝える。

「ゼナ・ミア嬢。君の温情に感謝する」

 戸口で振り向いたミアは、ホッとしたような顔で微笑んだ。

 

        ✜ ✜ ✜

 

「ガルマ・ザビ、シャア・アズナブル、至急校長室へ出頭しろ」

 週明けの事である。

 無事に学業に戻り、再び演習に明け暮れる中、ドズル兄貴から急な呼び出しを受けた。

 全校を上げての隠蔽については、恐らくドズル兄貴も関わってるフシがあるから、それについちゃ心配して無いけど。

『なんだろ?』

 校長室に向かうだけなのに、護衛よろしく教官が付き添うってなんなの?

 校内の空気もどことなく物々しい。厳戒態勢とまではいかないけど、その手前かな。

『……どういうこと?』

『さぁな。また君が何かやらかしたんじゃないのか?』

 なにそれ信用ないなー。

『まさか。大人しくしてただろ』

『校内ではな。だが、いつもよりラップトップに、向かってる時間が長かった』

 ちらりと寄越される眼差しは、氷みたいに冷たくて鋭い。

 うぅ。背中に冷や汗が。

『……気のせいじゃない?』

『意識を閉じず、僕の眼を見て言ってみろ』

 ――やめろ! ギリギリこじ開けてくんのやめろ!!

 タスケテー!!

 これに対抗できたこと無いんだよ。

『――……………ごめん……裏工作を…ちょっとだけ…』

 堪らずに白状すれば、キャスバルは思考波で呆れたみたいな溜息をついた。

『十中八九それだろうな。何をしたんだ君は?』

『うちの政敵の一部にご退場願おうかと』

 足元に火を放ってみた。踏み消そうとするほどホコリが立つやつ。

 ついでに疑心暗鬼で、内輪揉めでの自滅を狙ったんだよ。

 一昨日くらいまではイイ感じで燻ってる報告が来てたんだけど。なんか急展開でもあったのか。

 教官は、足音も高く廊下を突き進む。

 おれたちも遅れずに付いていく。校長室の重厚な扉の前にたどり着く頃には、おれだけ息が切れていた。

 教官の労るような眼差しが痛い。

 ついでにキャスバルの見下す視線もツライ。

 促されて部屋に入れば、デスクについていたドズル兄貴が早足で寄ってきた。

 教官は扉の外で待機らしい。

「ここに居れば安全だ」

 重々しい声が告げてくる。

 向けられるのは、校長の顔じゃなくて、弟を案じる兄のそれだった。

「……ドズル兄様?」

「何があったんです?」

 おれとキャスバルの問いかけに、ドズル兄貴は凶悪に顔を歪めた。子供が見たら泣き叫ぶかもね。

「阿呆共が騒ぎを起こした」

 忌々しげな声。

「……クーデターでも起こりましたか?」

 オイこらキャスバル、お前なんでそんなに冷静なの。

 不測の事態に青くなるおれの背を撫でながら、兄貴は首を横に振った。

「そんなものは起こさせん」

 だよね。軍部は兄貴がほぼ掌握してるんだし。

 ホッとしたのもつかの間。

「ジンバ・ラルが、阿呆共とムンゾ大学を急襲した。いま、シャア・アズナブルが人質になっている」

 特大の爆弾が暴発した。

 ――……は?

 待って、ちょっと待って。

 おれ、そんなシナリオは書いて無かったよ?

 どういう事だ。何でそんなことに。

「シャアは無事なの!?」

 兄貴に飛びついて尋ねる。

 ねえ、あいつ無事なの!? キャスバルの身代わりだって、おれが引っ張り出したヤツだけど。イイやつなんだよ。姉様とも仲良くて。

 そうだよ。あいつに何かあったら、姉様が泣くじゃないか。

 何しやがるんだジンバ・ラル!!

 身を翻そうとしたけど、兄貴のぶっとい腕に捕まった。

「落ち着けガルマ!」

「だって、シャアが!!」

「うろたえるな!!」

 ドスンと、腹の奥まで震わせる声。

 猛獣に至近で咆哮されたみたいに、身体が竦む。

「いずれ将たるものが、易々と動じてはならん。お前もザビ家の男だろう」

 厳しい口調だった。

 見下ろしてくる双眸には苛烈な光。将の器が如何なるものかを知らしめるみたいに。

 怯える身体を叱咤して睨み返せば、兄貴の眼の中の光が和らいだ。

「奴らの狙いはザビ家の排斥だ。親父の退陣と――俺達がムンゾの表舞台から退くことを求めている」

「無駄なことを」

 言い捨てれば苦笑が返った。

 今更、奴らごときがこんな騒ぎを起こしても、ザビ家の優勢は覆らないだろう。

 世論はコロニー同盟に傾いている。それを主導する“ギレン・ザビ”の、連邦を議論の場に引きずり出しつつあるデギン・ソド・ザビへの信頼は厚い。

 徒に、ビジョンの無い戦争を、独立をと叫ぶだけの面々について行こうとする勢力は多くない。

 だけど、もちろんどんな優勢も、些細な瑕疵で崩れ得ることを、“おれ”は知っている。

 あるいは、少しの油断で、護るべきものを失う悲劇を。

 そうであるからこそ、ドズル兄貴は騒ぎが終息するまで、おれ達をここに留め置くつもりだ。

 確かにここに居れば安全だけど、それじゃ何もできないじゃないか。

 ただ待つなんて性分じゃないんだ。

 ――どうすれば……。

 苛立つおれの手の甲を、キャスバルの指が微かに掠めた。

「ドズル閣下、ガルマのラップトップをここへ」

 凛とした声が耳を打つ。

 丁寧を装ってはいたけど、それは命じる者の口調だった。

 振り返れば、不敵に笑う姿が。色を偽っていてさえ、その双眸に宿るのは熾烈な意志だ。

 誰もが、その前では膝を折りたくなるような。

 ――王様みたいだ。

 なんてカリスマだよ。

 いつかの時間軸の“シャア・アズナブル”よりも、斜に構えていない分、ストレートに響いてくる。

 ドズル兄貴は、目を細めてキャスバルを見た。称賛と、かすかな苦々しさの気配。

「……腕白小僧共め。今度は何をしでかすつもりだ?」

「ガルマと僕で状況を動かす」

 キャスバルの声には力があった。

「ムンゾ大学は、僕たちの母校ですよ、ドズル兄様。情報は誰より早く集められます」

 加えて指示だって出せるし、お強請りだってできる。

 薄く微笑めば、兄貴は肩をすくめた。

 おれ達の怒りを感じ取ったんだろう。

「成程。阿呆共は揃って虎の尾を踏んだわけだな」

 やれやれと首を振りながらも、拒否はされなかった。

 デスクから直ぐにおれのラップトップを持ってこさせるように指示を飛ばす。

 本当に判断が早い。そこにはなんの躊躇いも迷いもないように見える――けど、水面下では目まぐるしく考えてるんだろう。

 時々、視線がぶれる。脳内の情報を流し読むように。

 ザビ家の兄姉の中では、取り立てて頭脳明晰を讃えられることは無いけど、兄貴は、決して愚鈍なんかじゃない。

 勇猛果敢さが先に立つだけで、ザビ家らしい智略はドズル兄貴にも宿っている。

 そうじゃなきゃ、この齢でムンゾの軍部の頂点の一角を担えるわけ無いだろ。

「良かろう。int共。お手並み拝見といこうではないか」

 ニヤリと凄みのある笑みが向けられて、高揚する。

 “Military Intelligence”扱いとは光栄だね。

『ガルマ、やれるな?』

『もちろん』

 届けられたラップトップを開いて、ニッコリと嗤う。

「ご期待に応えてみせますよ」

 さあ、どう料理してやろうかな?

 ちろりと唇を舐める。

 横目で流し見れば、獰猛に笑うキャスバルがこちらを見ていた。

 

 

 

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