「――おや」
「ほぅ」
ダルシア・バハロと顔を合わせたのは、これから議会がはじまると云う刻限のことだった。場所は、議場の扉の前である。
「どうぞ、お先に」
きちんとスーツを着たダルシアが、慇懃に礼をしてそう云うが、
「貴殿の方が先だろう」
先に入ろうとしていたのはあちらの方だ、わざわざ譲られるところでもない――ジオン公国の総帥でもあるまいし。
ダルシアは、数瞬沈黙し、やがて、
「――では、失礼致しまして」
と云いながら、先に中に入ってゆく。
その後ろ姿を見ながら、思う。これは、誰に対するパフォーマンスだったのかと。
議場に入りながら、ちらりと周囲に視線をやると、例の“馬鹿手議員”どもが、こちらをぎりぎりと睨みつけていた。
そんなあからさまな態度を取るのは、愚かとしか云いようがないな、と思う。もしもこの後、何らかの“事件”が発生したとして、自分に害がなされることがあったなら、疑われるのは間違いなく、今そんな顔をしてみせた男たちである。
何かことを起こすつもりなら、こう云う時には素知らぬ顔くらい作っておけばいいものを――腹芸をしろとは、できぬ人間の云うことではないが、それにしてもと思ってしまう。
――さて、ダルシア・バハロは、どうしかけてくるだろうか。
一筋縄ではいかない相手であるのは確かだが、さて、そこまで積極的に、つまりは武力による議会制圧やら、軍部――但し、掌握しているのはザビ家――を巻きこんでのクーデターやら、そこまでを目論んでいるのだろうか。
ザビ家を排除しようとすれば、政治的空白は避けられず、その隙を狙って、連邦が不穏な動きをすることにもなるだろう。その事態を、ジオニストらしきダルシアが、果たして看過することができるのか。
ジオン・ズム・ダイクンとザビ家とが、手を携えて手に入れた自治を、自らの手で打ち壊す覚悟があるのだと――たかだか、“ザビ家の専横を打ち砕く”程度のために?
ダルシアは、“馬鹿手議員”どもと近い席に腰を下ろし、かれらと言葉をかわしているようだ。
と、
「――ギレン殿」
声をかけてきたのは、マツナガ議員だった。
顔を寄せて、小さく問うてくる。
「宜しいのか、彼奴ら、貴殿の失脚を狙っているようですぞ」
それに、肩をすくめるしかない。
「今さらでございましょう。それに、私の失脚と云って、となればザビ家そのものの失脚だ、そのための根回しなどが、彼奴にできているとは思われませんな」
「……ダルシア・バハロは切れ者だと聞いておりますぞ」
「そうですな、ダルシアが、議長殿や、あのあたりに話を通し、騒ぐだけの馬鹿ものどもと手を切れば、あるいはかなうやも知れませんが」
しかし、それは中々難しいだろう。
何となれば、議長一派は、表には出していないが、親連邦派であったので。と云うか、連邦に牙を剥くかのようなこちらのやり方に危惧を抱き、まだしも危うくはないだろう――とかれらが考える――連邦寄りの政策に舵を切りたいようだからだ。それで、今ムンゾが得ている半自治――“半”でしかない――だけは守ろうと、そう云う考えであるに違いなかった。所謂穏健派と云うものだ。
そこと手を組むためには、ジオン・ズム・ダイクンの思想――しかも過激派寄り――を、ダルシアが手放すくらいのことが必要なのだが――さて。
――ジオンは、そもそも連邦議会議員であったのを、あまりにも急進的な思想故に、抛たざるを得なかったような人物だからな。
ジオニストであるダルシア・バハロが、反ザビ家のものたちの、そのような路線に賛同できるのか、あるいはそのふりができるのか。
できなくはないか、とも思う。
劇場版において、少なくともジオン公国が崩壊する直前まで、ザビ家に柔順なふりができた男である。やろうと思えば、議長たち一派を騙し切ることもできるだろう。
但し、その場合、例の“馬鹿手議員”たちをどうするかが問題になってくるはずだ。“馬鹿手議員”たちは、どちらかと云えばムンゾの完全独立推進派であり、親連邦である議長一派との相性は宜しくない。反ザビ家で目前の利益は一致したとしても、それが片づけば対立するしかない、呉越同舟どころでない烏合の衆にしかならないだろう。
まぁつまり、今のムンゾには、三つの勢力が鼎立していると云うことだ。連邦との開戦を望む急進派と、現在の“自治”を守りたい穏健派、そして、コロニー同盟を形成して、連邦と対立するぎりぎりまで自治を拡張したい中道派が。あぁ、一応、連邦の傘下に収まりたい“保守派”もいなくはなかったか。
とにかく、その混沌とした政局を、御し切れるものが他にあるとは思われぬ。ザビ家がもし失脚するようなことがあれば、それこそ連邦の思うつぼだ。ダルシアの仰ぐジオン・ズム・ダイクンの理想など、武力で捻じ伏せられることになるのは明白だった。
それを回避するには、やはりコロニー同盟を推進し、親連邦派の出鼻を挫いていくしかない。そのことを、“馬鹿手議員”どもはともかくとして、ダルシアはよくわかっているはずなのだが。
――やはり、まだ若さが勝ると云うことか。
短期の目的が同じものに惹かれるのは、まだ長いスパンでものが見られないからか、あるいは深い意図があってのことなのか。
ザビ家を排除してから、地球連邦との戦端を開くなどと云うことは、かの“ジャブローのモグラ”ことゴップ将軍が許すまい。あの老獪な狸は、ムンゾの内紛を勝機と見て、すかさず軍を動かすに違いないからだ。そしてその時、ヨハン・イブラヒム・レビルの存在は、ムンゾ国軍の前に大きく立ちはだかる壁となるだろう。
ムンゾの外交も軍事も経済も、ザビ家が深く食いこんでいる――私腹を肥やしていると云う意味ではなく――ので、そこを排除してしまうと、方向性などに多大な問題が出てくるのだが、原作で首相まで務めることになったダルシアが、そのあたりをまったく考えないとも思われぬのだが。
「……さて、どう出てくるか」
もちろん、『UC』への道は閉ざしてしまいたいので、いるのか知らないが息子――モナハン――とともに、ダルシアを失脚させてしまえば良いとは思う。
但し、そう生易しい相手でもないのは、五万も承知だ。そうでなければ、一年戦争末期の波乱を乗り切り、ジオン共和国の初代首相の座に就いたりはできまいから。
「大丈夫なのか」
マツナガ議員は、なおも心配そうに云うが、
「まぁ、最悪の事態にはなりますまいよ」
今、開戦に舵を切ろうとするならば、自分ではなくダルシアが、あの“馬鹿手議員”どもを止めるであろうから。
あるいは、ダルシアがかれらについた真の理由は、そのあたりのことなのかも知れない。走りがちなかれらを制御して、いずれは自分の勢力として使う――そして、ザビ家ではなく自身のタイミングで、戦いの火蓋を切ってやろうと云う、その気持ちがあるからなのかも。
いずれにしても、今は三すくみと云っても良い――否、ザビ家はすくんではいないか――状況である。迂闊に動かず、相手の動向を注視していくべきところだろう。
それよりも、
「貴殿は宜しいのですか。私とこうしておられると、親ザビ家と見做されますぞ」
それは、この人物にとっては、不利なことにもなりかねないのだろうに。
そう云うと、マツナガ議員は笑って、
「なに、愚息がお世話になっておりますからな」
などと返してくる。
「最近は、すっかりガルマ殿に入れこんでいるようで、休暇で帰ってきた時にも、ガルマ殿の話ばかりしておりましたよ」
「……悪い影響を受けておられないか、案じておりますよ」
“ガルマ”の感染力ときたら、インフルエンザ以上のものがある。もちろん、自分をしっかり保っていれば、そうそう罹患することもないはずなのだが、生憎とそうあれる人間は少ないし、そうでなくとも一見無害そうな“ガルマ”の見た目に幻惑される輩も少なくはない。結果、犠牲者がねずみ算式に増えている、とは、士官学校の校長であるドズルの言だった。
間違いなく、シン・マツナガは取りこまれているし、最初は警戒心を弛めなかったはずのジョニー・ライデンも、最近では碌に報告もよこさぬ始末だ。
ともに悪さをすることが多いとは云え、最後の頼みの綱は、キャスバルか――“シャア・アズナブル”として、やや羽目を外し気味なキャスバルではあるが、数少ない“ガルマ”のブレーキ役として、それなりに動いてくれているはず、だからだ。
“ガルマ”は、どうも自分の手足となる部隊の結成を画策しているらしい。まぁ、やや体力で常人に劣る“ガルマ”である、MSに乗るとは云っても、“三日月”の時のように無制限でやれるわけではないだろう。それを補うために、人員を見繕っているのだろう。
意図はわかるが、正直に云えば、厭な予感しかしない、と云うのが本当のところだ。鉄オル世界における“魔窟”のような、怪しげな集団になりかねない――面子を考えれば、もちろんとてつもなく優秀であるのは了解されるのだが。
ともかくも、いずれきたるべき“暁の蜂起”まで、あまりドズルを悩ませないでやってほしい、と云うのが率直な気持ちだった。原作では、“暁の蜂起”の後始末で校長を馘になったドズルだが、それでもその前までは、割合平穏に職務に当たっていられたのだ。だが、この時間軸では、既に連邦軍の駐屯部隊と揉めごとを起こしたりと、胃の痛む思いをしているようだったので。
「ガルマ殿は、中々のリーダーシップをお持ちのようだ。そのあたりは、ザビ家の血ですかな」
「……その程度であってくれれば良かったのですが」
流石に、九郎義経のように、“兄”に反旗を翻す、とは思ってはいない。
が、あれくらいの統率力と戦略はあるので、下手に動かれた時の厄介さは、近いものがある。その上、政治向きのことも、九郎義経よりはわかるだけに、なおのこと始末に悪い。
とりあえず、“暁の蜂起”まではおとなしくしておいてくれないか、と云うのが、こちらの偽らざる心境だった。
「贅沢な悩みではござらぬか」
マツナガ議員は大きく笑った。
「凡百の子弟ならば、そのようなことにはならなかったでしょうからな。まぁ、ガルマ殿は有能な軍人におなりだ。やんちゃも、その証でしょう。心配召さるな、どんと構えておられれば良い」
「……そう、あってほしいものですな」
本当に、そうあってくれれば良いのだが。
マツナガ議員は、また大笑して、背中を強く叩いてきた。
「そうなりますとも。ギレン殿らしくもない、しゃんとなされよ。――敵は、ガルマ殿ではありませんぞ」
敵。
そうだ、“ガルマ”は敵ではない――獅子身中の虫になりかねないところはあるが――、真の敵は連邦、そしてその前に、おそらくダルシア・バハロ。
「……そう、ですな」
頷くと、マツナガ議員が、今度は真面目な顔で頷き返してきた。
「お声がけ下され。加勢は、いつでも致しますぞ」
それに謝意を述べた、その向こう側で、ダルシアがじっとこちらを注視しているのが、視野に入った。
とは云え、もちろん、すぐに何か動きがあると云うわけではない。
それはそうだ、“クーデター”を起こすにも、民衆の支持は必要である。そして、主戦派が支持を得るためには、それなりの“事件”が必要なのだ。
現時点では、まだムンゾに勝機はないので、こちらも様々な事件を握り潰してきた。“ガルマ”誘拐事件や自分の狙撃事件など、諸々である。
もちろん、巷にも“連邦と戦うべし”などと云う声はある。だが大概は、鬱屈した老人や人生がうまくいかない男たちであって、まだその先までは到っていない、と云うのが正直なところだった。つまりは、夫や息子を送り出す女性たち、と云うことである。
戦争がはじまれば、青年ばかりでなく、壮年の男たちも戦場に取られることになる。ことによると、女たちも然りだ。働き盛りの世代を大量に死地に送りこむには、まだまだ熱狂が足りないのだ。獲物を刺し貫くために、弓をぎりぎりまで引き絞るように、国民の戦意を最高にまで高めなくてはならぬ。
それだけで、もちろん勝てるはずもないので、有能な指揮官も確保しなくては。まぁ、そのあたりは、“ガルマ”がある程度暗躍しているのだろうが。
そのためにも、連邦軍の決定的なミスは必須である。“暁の蜂起”と云うのは結局のところ、連邦軍の起こした事故に対して、補填があまりされなかったが故に、国民の不満が膨れ上がり、それを受けて起こされたものだったのだ。
「ダルシア・バハロに監視をつけましょうか」
タチ・オハラは云ったが、正直、それには賛同し辛かった。
「それよりは、あの“馬鹿手議員”どもだろう。ダルシアは慎重だが、奴らは暴発しかねないからな」
「まぁ、そうですが」
タチはやや不満そうだったが、どちらかと云えば、あの“馬鹿ものども”の方が問題だろう。
明治期の玄洋社のような、圧力団体に発展する気配は今のところなさそうだが、扱いを誤れば、帝国時代の日本の二の舞である。監視するにもどうするにも、慎重にことを進めなければならないのは、間違いのないところだった。
「世論が熟し切っていないと云うのに開戦など、徒に反発を招くだけではないか。今でも、奴らは少々迷惑分子扱いだと云うのに」
「ダルシア・バハロが、何を考えて奴らと合流したのか、真意が図りかねますな」
「首領として担ぎ上げられるのが目的なのでは?」
それまで控えていたデラーズが、口を挟んでくる。
「馬鹿ものだろうと議員は議員、議会内では頭数になります。数は力、上に居坐る老人たちに対抗し、名を上げるために、若い連中を取りまとめているのでは」
「だが、それではデメリットが大きいのでは? あの連中とつき合いがあるだけで、ダルシアの名前には特定の色がつけられることになる――それは、今後の野心があるなら、あまり上策とは思えません」
「――あるいは、こちら側の油断を誘う狙いがあるか」
と云うと、二人のまなざしがこちらを向いた。
「“父”の次の首相を目指すのであれば、清濁併せ呑む大器、と云うアピールになるだろう。その上、連邦に対して弱腰でない、と云い立てることも可能になる。議会内や、知識層の受けは悪くなるが、大衆受けは良くなるだろう。一般大衆は、勇ましいのが好みだからな」
反知性主義とやら、元々のアレコレにもあったものだ。
もちろん、知的エリートの御題目ばかり唱えるような“知性主義”には対抗すべきだが、それを“知性そのものに反対する”と取る輩もあって、正直に云えば、この言葉そのものは好きではない。
残念ながら、この言葉を原義どおりに使うものはやや少なく、大抵は“データや法則などよりも肉体感覚や素朴な感情を基準にして物事を判断すること”と云う定義の、“肉体感覚”や“素朴な感情”と云うところばかりをクローズアップして云い立てる輩がとても目立つのだ。
確かにプリミティブな感情は大切ではあるが、単に“気に食わない”と云う感情の問題を、反知性主義と称して理論武装したつもりになっている輩があるのも、また事実である。
――反知性主義は、衆愚政治を肯定するものではないはずなのだがな。
つまりは、考えることを放棄すること、それを肯定するだけではないか。
「……“愚民どもめ”、と云う気分になるな」
自分たちの先行――金銭や健康などではなく、社会的な自由や権利の問題――についての判断を、放棄しているようにしか思われない。
タチとデラーズは黙りこんだ。
「……閣下」
「閣下がおっしゃるのは、洒落になりませんよ……」
冗談と云うことにしておいて下さい、とタチが云う。
「あながち、冗談と云うわけでもないのだが」
「なお悪いです!」
そうは云うが、別段自分とても、元のギレン・ザビほど頭が良いわけではない。IQ240などと云う、それこそ冗談のような数字を叩き出す人間ではないのだ。
その自分にすらわかることを、どうしてかれらはわかろうとしないのか。その疑問が、苛立ちとともに湧き上がってくるのを、抑えることができないのだ。
「人間と云うものは、ここまで愚かなものだったかな」
「世間一般は、そんなものですよ! 天才と謳われる閣下のおつむと、一緒にしないで戴きたいです!」
「お前たちとて、優秀ではないか」
「そりゃあ努力しておりますからね!」
タチの言葉に、デラーズも頷く。そんなものか。
「皆、楽に話についてきていると思っていたが」
「そりゃあ、コミュニケーションスキルってものでしょう。……閣下は、もう少しご自分の能力を、正確に把握された方が宜しいですよ」
「……そんなものか」
天才、と、ここでは呼ばれるが、そこまでのものではないはずだ。そもそも天才とは、ただ知能が高いとやら、努力を続けられるとやらではない。
元々のアレコレでは、大した仕事もしていない人間だったのだから、別に飛び抜けた才があるわけでもないと思うのだが。まぁ、人間関係のバランスを取る能力だけはあった――と思いたい――から、ザビ家が現状まとまっていることに関しては、自分の手柄と云っても許されるのだろうが。
昔読んだ小説のヒロインが、“自分の愚かしさにも我慢がならないのに、それ以下だなんて許せない”と云うようなことを語るシーンがあったが、まさしくそんな気分である。尤も、そのヒロインは異能の持ち主で、人が何かを口にする前に、その内容を悟って答えを口にするような人物だったのだが。
まぁ、そんな人間にはなるべくもない。
目の前で語る人間の言葉が、“語り”なのか“騙り”なのかを判断することすら難しいのだ、まして他人の頭の中など、わかるはずもないではないか。
「……とりあえずは、“馬鹿ものども”と、ダルシア・バハロを注視することしかできるまいな」
「まぁ、迂闊に動けば、こちらが足許を掬われることになるでしょうからね」
そう、とにかく一年戦争終了までは、ザビ家がムンゾの舵を握っていなくてはならぬ。その後は、できればキャスバルを首相の座に、とは思うけれど――まぁ、そのあたりはなりゆきだろう。
例の“馬鹿ものども”だけでなく、他につけ入る隙を与えれば、こちらが“既定のライン”と考えている流れも、めちゃくちゃにされるだろう。それは結局、ムンゾの、コロニーの、つまりはスペースノイドの敗北を意味することになるのだ。
「こちらが足許を掬われる事態は何としても避けねばならないが、同時に連中の足許をも伺っておかねばなるまい。――迂闊に接触したりはせずに、監視の目は弛めるな」
「できれば、連中が暴走してくれると話が早いんですがねぇ」
諜報部員らしい感想を、タチが云う。
「それらしくしかけてみるか?」
それに、デラーズが云うのへ、待ったをかけた。
「そう云う暗躍は、私の流儀ではない。――やるなら“ガルマ”がやる。まぁ、褒められたことではないがな」
「ガルマ様が?」
二人とも、鳩が豆鉄砲をくったような顔になった。
「その、ガルマ様は、確かに少々悪辣なところがおありですが、流石にそれは……」
いつも散々こき使われているタチが、擁護しているのだか貶しているのだかわからぬことを云う。
「あれは、そう云う生きものだ。まぁ、あれに任せると、政治向きでは碌なことにならんからな。だから軍人にしようとしていると云うのに……」
担ぎ上げようとする連中は、一体どこを見ているのか。
デラーズが反論してくる。
「ですが、ガルマ様は、士官学校で既に一大勢力を築いておられると聞き及びます。それだけのカリスマをお持ちなら、担ぎ上げようとするものが現れても仕方ないことかと」
「だが、あれは猟犬の群れの頭であって、総大将の器ではない。そうだな、キャスバルが総大将となって、あれの手綱を取るのが、理想と云えば理想だろうな」
キャスバルは、母親の許で育った分、原作の“シャア・アズナブル”よりも自信に満ちている。原作でのガルマ・ザビに近いと云っても良いのかも知れないが、しかし、実力が確実に備わっているだけに、ガルマよりも強いだろう。
何より、“ガルマ”が割合よくキャスバルの云うことを聞いている。つまり、キャスバルの麾下には、本人に惹きつけられた人間の他に、“ガルマ”に惹きつけられたものたちも集まると云うことだ。
“ガルマ”は、親しい人間には好かれやすいが、少し距離が出ると、途端に敵視されることが多くなる。キャスバルは逆に、距離があるほど人を惹きつけるように思う。
この二人が組んで動けば、すぐに一大勢力ができあがることになるだろう。あとは、“ガルマ”が作った敵を、キャスバルがどう味方として回収するかだ。
デラーズが、溜息とともに云った。
「なるほど、深い考えがおありだ」
「これしき、深いも何もあるまいよ」
「並のものが、ガルマ様を軍の指揮官に、などと考えましょうや。閣下ならではと感服致しました」
「大袈裟なことだ」
「本心ですよ」
タチも云う。
そんなものか。
しかし、なるほど、とも思った。
タチやデラーズのような有能なものたちですら、先入観を逃れることはできないと云うことだ。皆、見え難いものを透かし見ようと、四苦八苦したりしないもののようだ。
世間に、あれだけ碌でもない政治家が溢れているのは何故かと思っていたが、なるほど、皆見えていないと云うことだ。あるいは、自分に見えたようにだけものを見、その“見方”と相反する“不都合な事実”には目を瞑るか。それ故に、言葉面だけ心地良い中世期末の愚劣な指導者たちを支持し、結果、様々な弊害を呼び起こしたと云うわけか。
見たいものだけ見て、勝手な自身の妄想に浸りこみ、その都合の良い“期待”が裏切られれば激昂する。
これは確かに、“愚民”と云うより他にない。
「――本当に、愚民と云うのは、仕方のない生きものなのだな」
と呟くと、タチとデラーズにまた微妙な顔をされたが、知るものか。
「ともあれ、ダルシア・バハロとあの一統には、極力動向を注視せよ。暴走しそうな気配があれば……」
「あれば、その時は?」
四つの瞳が、じっとこちらを見た。
「その時は、国家転覆を企図したとでも何とでも理由をつけて、全員拘束してしまえ。連邦に、つけ入られる隙は、絶対に与えてはならんぞ」
「「はっ!」」
返る声と敬礼とに鷹揚に頷いてみせ、この会合はそれで終了した。
ガーディアンバンチのドズルから、“ガルマ”が体調を崩したと報告があった。演習の三十km行軍で雨に降られたことが理由らしい。
まぁ、元々のアレでも、“水濡厳禁!”と、宅配便だか漫画雑誌だかわからぬようなことを云っていた“ガルマ”である。少しの降雨でも風邪を引くのは想定内だったので、そこは別に報告の必要はなかったのではないかと思う。
が、ドズルの云いたいのはそこではなく、
〈普段衝突していた生徒が滑落したのを助けるために、雨の降る中、崖を下りたと云うじゃないか!〉
つまり、それに感動して、こちらに連絡を入れてきたと云うことらしい。
「なるほど?」
〈兄貴は感動が薄いな!〉
もう泣きながら、ドズルが詰ってくる。
〈敵対していた相手を、自らを危険に晒してまで助けたのだぞ、ガルマは! 男らしいではないか! あの小さかったガルマが、あんなに立派になって……!〉
とは云うが、“ガルマ”のことだ、まったく裏がないとは思われない。例えば、そう、いずれきたるべき“暁の蜂起”のために、学内での勢力を形成しておきたい、などと云う理由があるとか。
「お前が、いつまでもあれの擬態に騙されているのが気がかりだな」
〈兄貴!〉
怒鳴ったところで、こちらの意識は変わらない。
「怒鳴るな、本当のことだ。――さてしかし、“ガルマ”は無事に、学年を取りまとめることができそうか」
〈そこは問題ない。と云うか、俺は、どうして兄貴がガルマに厳し過ぎるくらいなのか、それが疑問なんだが〉
よくやってるじゃないか、なのに何故? と問われるが、
「……あれは、褒めてもつけあがるだけだからな」
褒めて伸びるタイプでは、断じてない。
可愛ければ褒めるのに吝かではないが、何と云うか――絶妙に可愛くないので、褒めようと云う気分も起こりにくい。取り繕う気がないのか、長い歳月のお蔭でこちらが騙されない目を得ているのかはわからないが、きゅるんとされてもまったく心が動かないのだ。
本人は暴れるが、その悪辣さと悪知恵を封印してから出直してこいと思う。そうしたら、多少の可愛げが出て、こちらも褒める気になるのではないか。
〈兄貴の目には、ガルマはどんな風に見えてるんだ……〉
などと云われても、“昔”からいろいろとやられている身としては、とにかく慎重にならざるを得ない。それに、“ガルマ”が柔順だったとしても、その部下が反旗を翻してくると云うことは、過去いくらでもあったのだし――まぁ今回に関しては、キャスバルが傍にいる以上、それはないだろうとは思うけれど。
「――とにかく、“ガルマ”とその周辺については、何をやらかすか知れたものではない。監禁しろとまでは云わないが、言動などには重々注意しておけ」
入学式の時のようなことがあれば、連邦につけ入る隙を与えることになるからな、と云うと、思うところはあったのか、ドズルはぐっと黙りこんだ。
こちらの演説に対する熱狂な歓呼は、自称“愛国者”どもにとっては心地良く響いたかも知れないが、来賓として列席していた連邦軍将校たち、特にレビル将軍には、不愉快なものと捉えられただろう。
そして、それを最初に口にして場を煽った“ガルマ”のことも、あの男は敵と認識した可能性はある。
ゴップ将軍は、“ガルマ”を半ば面白がっていたようだが、“御曹司の甘え”を装ってはたらかれた無礼については見逃さず、危険人物リストに入れたかも知れない。元々が大概な狸なのだ、何を考えたか、本当のところなど知るべくもない。
どちらにしても、“暁の蜂起”で連邦に睨まれるのは確定なのだから、その前から目をつけられるような振るまいをするのはマイナスだと思うのだが。
〈――わかっている〉
ドズルは、苦いものを飲み下したような顔をした。
「そもそも、入学早々に、駐屯部隊とひと悶着起こしているのだ。あちらの司令官からも目をつけられているだろう」
三年になれば、駐屯部隊との合同演習もある。原作においては敵視されたのはキャスバル――“シャア・アズナブル”だったが、この時間軸では確実に“ガルマ・ザビ”だ。
「――キャスバルに、“ガルマ”の手綱をもう少しきちんと取れと云っておけ」
“しっかり”と云っても無理なことはわかっているが、今の状況では、野放しも同然ではないか。士官学校と云う柵の中に入っているだけマシ、と云った態でしかない。
いずれ、キャスバルはムンゾの頂点に立つのだ。その時に、“ガルマ”ひとりを抑えられないでは、話にもならぬ。そのためにも、今からリード紐を掴む練習をしておいてもらわなくては。
ドズルは微妙な顔になった。
〈キャスバルは、“無理だ”と云うんじゃないか〉
「云うかも知れんな」
意外に“ガルマ”とやらかすあれこれを楽しんでいるようなところはあったから、そちらの意味を含めても。
しかし、“シャア・アズナブル”として戦場に出るにしても、あるいはキャスバル・レム・ダイクンとして内に留まるにしても、前線に出ることになるだろう“ガルマ”とその一統の手綱を握れぬでは、後々困ることになるのはキャスバル自身である。そこは、きちんとしてもらわねば困る。
「キャスバルこそ、真にジオン・ズム・ダイクンの跡を継ぎ、スペースノイドの生きる道を示すべき人間だ。である以上、“ガルマ”ひとりを御せぬでは話にならん。そう、キャスバルには伝えるように」
〈わかったよ。だが、キャスバルにも、兄貴が直接云ってやった方が、よくきくと思うぞ〉
「そうだな。だが、まずはお前から云っておいてくれ。“ガルマ”にも、くれぐれもよく云い聞かせろ」
〈わかってる〉
ガルマの熱が下がったら、少し注意しておくよ、と云って、ドズルからの通信は終了した。
監視員としてつけたはずのジョニー・ライデンやシン・マツナガ、ゼナ・ミアまで自陣営に組みこんだ手腕は流石だとは思うが、その先を思うと、少々憂鬱にならざるを得ない。無条件に褒めるには、“ガルマ”のこれまでの行状に難があり過ぎるのだ。
まぁ、そもそも本人に悪気がなくとも、何かが起こるときは起こる。本当の意味で裏切りを働かないものなど、人間にはあり得ないのだ。裏切らない人間は、死人だけだ。そのことをよくよく胸に刻んで、何があっても対処できるようにならなくては。
そう云う意味では、今ザビ家の味方をしているマツナガ議員とて、単に様子見をしているのだろうと思う。あるいは、士官学校に入れた息子を人質に取られているようなものだから、息子の在学中はおとなしくしているだけなのかも。
権力を失えば、今いるまわりの人間たちは、いとも容易く離れていく。結局、重要なのは、金や権力、地位などであって、それがないものに心を砕くほど、人は暇でも余裕があるわけでもないと云うことだ。
それはそれで、人間の性であるからには仕方のないことではある。
だが、それによって、達成されるべき崇高な理念までが蔑ろにされるのは、やはり戴けぬことだと思う。皆、自分たちの利潤にしか興味を示さぬでは、政を掌る資格などないのではないか。
ともかくも、こちらはこちらで、やるべきことは山積している。カエサルのものはカエサルに、“ガルマ”のものは“ガルマ”に返し、次の方策を考えねばならぬ。
“暁の蜂起”までのあと一年間で議会を取りまとめ、ムンゾを“ジオン共和国”に変えること。
そのためには、例の“馬鹿手議員”どもをどうにか排除、乃至は沈黙させ、議会内で何とか妥協点を探れるところまで持っていかなくては――右でも左でも、“過激派”の暴発ほど面倒なものはないのだ。
そのためにも、ダルシア・バハロが自滅してくれると、あの一統を排除するのが楽になるのだが、
――まぁ、そう簡単な話ではあるまいな。
簡単であるなら、四十二歳で一国の首相の座などには就けるまい。
最近ではジンバ・ラルの動きも聞かれないし、悪い意味でダルシア・バハロが統率力を発揮しているのか。
一息にけりがつけば楽なのかも知れないと思うが、それはそれで、後始末が面倒だ。
とりあえずは、連中の動向を注視するより他、できることはなさそうだった。
手許の書類を確認し、揃っていることを確かめてまとめ直す。深い溜息が口を突いて出たが、それを指摘するものは部屋の中にありはしなかった。
おや、と思ったのは、週明けのことだった。
親連邦派の議員たちが、ダルシアたち一統から距離をおくようなそぶりを見せたのだ。
――何があった?
もちろんそれまでも、今すぐ肩を組みそうなほど、仲良くしていたわけではない。が、少なくとも敵対陣営同士のような他処々々しさはなくなっていたはずなのだが。
考えられるのは、ジンバ・ラルを迎え入れた“馬鹿手議員”どもに対し、まだしも理性のある隠れ“親連邦派”の議員たちが拒否感をおぼえた、と云う可能性である。
ジンバ・ラルは、原作でも知れるように、ザビ家憎しのあまり、アナハイムあたりとも手を組むような人間だった――そのアナハイムが、その後のムンゾでの販路と引き換えに、自分たちを売るとは考えもせずに。
隠れ“親連邦派”の議員たちは、文字どおり隠れてはいるが親連邦派なのであり、ジオン・ズム・ダイクンの妄信者であるジンバ・ラルとは、方向性がまったく異なる。ジンバ・ラルは、ザビ家を排除した後は連邦の排斥を云い出すのだろうし、それと手を組むからには、“馬鹿手議員”どももまた然り、である。
恐らく隠れ“親連邦派”の議員たちは、“馬鹿手議員”だけならば巧みに言説を弄して説き伏せてしまえば良い、とでも思っていたのだろう。
だが、ここにジンバ・ラルが入ってくるとなると、話は変わってくる。
ジンバ・ラルは、妄念の人である。己がこうと思い定めたなら、他人の意見はほとんど聞かないし、リスク計算もしない。ただただ目的のために動く、ある種のマシンのようですらある。原作に於いては、それ故に己の寿命を縮めたわけだが――今回は、同盟相手となるはずだった隠れ“親連邦派”から、それ故に距離をおかれることになったのか。
まぁ、自業自得だな、と思う。
そもそも、ジンバ・ラルがまともに戦力――武力的な意味でも、弁説的な意味でも――になると考えるあたりで、状況を読み誤っているのだ。その点、隠れ“親連邦派”は年配のものも多く、まぁ常識的な判断をして、ジンバ・ラルを自分たちの盟友として迎えるわけにはいかない、と考えたのだろう。
ダルシア・バハロはと見れば、何とも云いようのない、困惑と失望と苛立ちの入り混じったような表情である。これは、かれの預かり知らぬところで、“馬鹿手議員”どもとジンバ・ラルが結んだか、あるいは隠れ“親連邦派”議員たちの拒否感を、かれらしくもなく甘く見ていたか、そのあたりだろう。
どうも、仲間と思った“馬鹿手議員”どもと、まだしも理性的な隠れ“親連邦派”との間にぶら下がったような恰好で、どちらにも重心をかけられずにうろうろしているようだ。
ダルシアも、実際に手を組むまでは、同じジオン信奉者として、ジンバ・ラルに期待していたのかも知れないが――実際に相対してみれば、自身が幻想と期待の分厚いフィルターをかけて見ていたことに、今さらながらに気づいたか。
まぁ、狼狽えればいいと思う。その後の行動をどうするかによって、こちらの態度が変わるだけのことだ。
そう思いながら、悠然と構えて議会の開始を待っていると、議長の登場よりも先に、慌ただしい足音が扉の向こうから聞こえてきた。
「た、大変だ!!」
泡をくって駆けこんできたのは、すぐには名前の思い出せない、中堅どころの議員だった。
「どうした!」
同輩だろう議員が、声をかけている。
よほど走ってきたのだろう、駆けこんできた方は、肩を大きく上下させている。
やがて、多少なりとも呼吸が整ってきたのか、喘ぐように口を開いた。
「大変だ、今、ムンゾ大学で、……」
後は、周囲の声に紛れて、その声は聞こえなくなってしまった。
だが、そう広くもない議場である、ニュースは伝言ゲームのようにではあるが、こちらまで聞こえてきた。
切れ切れの言葉を繋ぎ合わせると、事態は把握された。確かに、これは大変だ。
例の“馬鹿手議員”どもとジンバ・ラルが、ムンゾ大学を占拠し、シャア・アズナブルを人質に、立て籠もっていると云うのだ。