〈みんな助けて!〉
そんなふうにヘルプを出せば、一斉に反応が返った。
卒業後も保持してたIDで飛び込んだROOMは、案の定、今回の“事件”の話題で持ちきりだった。
概要を説明するなら、こうだ。
シャア・アズナブルは、1限目の講義終えて、次の授業に向かうべく移動中だった。
生来の懐っこさで周囲からはそれなりに可愛がられてるけど、年齢差もあって、本人はひとりで行動することが多く、護衛も息がつまるからと少し距離を開けてついていくのが常だった。
そして、今回はそれが仇になった。
視察と称して突然押し掛けてきた十数人の議員達に取り囲まれたときも、シャアはひとりだった。
直ぐに護衛が駆けつけたけど、多勢に無勢、相手方の連れてきた護衛モドキに阻まれたらしい。
同じく止めに入った同級生も、突き飛ばされたりして軽傷だ。
学生たちはすぐさま、ザビ家の本家に――つまり級友であったガルマ・ザビに伝わるように、連絡を寄越してくれた。それこそ警察に通報するのと同時にだ。
ドズル兄貴が真っ先に行動に移せたのは、実家に知らせてくれた彼らのおかげだった訳だ。
暴漢たち――あんな馬鹿共なんて暴漢で十分だ――は、シャアをつれて時計塔へ立て籠もり、大学は封鎖。
現状、時計塔には誰も入れないし、出ることもできないってこと。
なんたることだ。
突っ込みも文句も山ほどあるけど、いまは垂れ流してる場合じゃない。
ギリギリとモニターを睨めば、時計塔の4階部分の窓から、男たちに抑えつけられたシャアと、彼に取りすがるシンバと、声高にザビ家の専横を唱える議員達のドヤ顔が。
ザビ家がムンゾを私してるじゃねぇよ。してくれてねぇから、“おれ”が“ギレン”にお強請りしてんじゃねぇか。クソ共が。あ、ちょっと文句が。
ここまでならニュースからでも読み取れる。欲しいネタはこの先だ。
情報の提供を求めれば、各自が知ってる事をバンバン知らせてくれる。
各自が優秀な面々だけに、スッキリ整理されてて物凄く分かりやすい――一部、ゴチャゴチャしてるのもあるけど、中身はスゴい重要だったりね。
立てこもり犯の人数、経路、装備、主張、現在の籠城地、その見取り図とか。
挙げ句に面々の個人情報まで、何もかも丸裸だ。
……どっから引き抜いたのってスキャンダルまであるし。裏取り必要だねコレ。
さて。今この瞬間、この事件について一番データを持ってるのは、おれ達かも知れないよ。
「……凄まじいな」
ドズル兄貴が目を剥いたのは一瞬だった。
直ぐに専用回線を開いて、一連のデータを他の兄姉にも送るように促される。
「俺のを使え」
よっしゃ。ザビ家の緊急回線コードGETだぜ!
今まで“ギレン”に制限されてて、おれだけ一般回線だったんだよね。
勿論、安易に使えばたちまち閉鎖されかねんから、悪さをするつもりは無い。
あくまでも、ドズル兄貴からの通信としてデータを流す。
兄貴は続いて、自らのデスクから兄妹に連絡をとっていた――“ギレン”は議場にいるとかで、タチ・オハラを介してるみたいだけど。
――ホントーに“ギレン”はお堅いな、こんな時なんだから直通回線つないでよね!
あー。
駄目だ。なんか頭に血が上ってる。ちょっと冷まさなきゃ。
深呼吸。で、情報を精査。
「『……妙だな』」
一連のデータを眺めて、キャスバルが呟く。
「『だね。なんかオカシイ』」
頷き合うおれ達に、ドズル兄貴が首を傾げた。
「何がだ? 妥当な布陣だろう。最善とは言えんが、悪くは無いぞ」
「だからですよ。兄様」
「ドズル閣下、彼らは軍人でも警察関係者でもない」
それなのに、この布陣。
対象の拉致、移動、籠城場所の選択、出入り口の封鎖、外部との通信手段、その他諸々。
こんなの、それなりの教育や訓練を受けなきゃ組めるはずが無い。
だけど、奴らのプロフィールを見ても、それらしい経歴を持ってるのは誰もいない――敢えて言うならジンバ・ラルだけどさ。
それにしては爺さんたら、緊急ニュースの映像で、もろに顔出して大騒ぎしてるし。
ふつーなら身を潜める。外部に身を晒すなんて間抜けのする事だ。
一応要人だから見守られてるけど、そうじゃなきゃ容赦なく狙撃班にバンババンされてるかもね。
バカ丸出しだとキャスターすら辛口で、こんな状況じゃなきゃ、遠慮なく草生やすんだけど。
このチグハグさがどうにも気に掛かるんだよ。
順当に考えて、計画を立てたヤツと実行犯は別だろう。
なんて。ドズル兄貴が気付かないのは、なまじ長く軍部に居るからか。
となると、姉様もかな。“ギレン”はどうだろう。違和感を覚えそうなのは、うちではサスロ兄さんだけかも。
「確かにジンバ・ラルにしては緻密か。……つまり、協力者が別にいると?」
ドズル兄貴の眼光が鋭さを増した。
「もしくは首謀者が」
キャスバルが答えてる。
「――根拠はまだ曖昧ですが」
それでも、この違和感は無視するべきじゃないと、おれの勘が囁いてくる。
ついでに言わせてもらえば。
『キャスバル、さっきからコッチに細切れのデータ突っ込んでくんのやめて』
思考波で流し込まれる情報で、脳裏がピカピカ点滅するみたいで落ち着かない。
『好きだろう、“パズル”?』
『そーゆー問題じゃねぇわ』
おれはお前のサブシステムじゃねぇんだ。処理させようとしてくんな。
文句をつけたのに、押し付けられるデータは減るどころか増える一方だった。
ぐぎぎ。がが。
「……キャスバル、ROOMの応対代わって。ちょっと“パズル”に集中する。指示も任せる。『お前のほうが得意だろ』」
「了解した。『任せてもらおう』」
ROOMにキャスバルが入ると、場はさらに盛り上がりを見せた。
流石だね。真打ち登場ってとこか。
情報収集と指示はキャスバルに任せて、コッチは整理と分析、構築に意識を傾ける。
ムンゾ大学の占拠…人質はシャア・アズナブル〈本人〉…立てこもり犯は若手議員とジンバ・ラル…護衛達…時計塔…旗印にならなかったダルシア・バハロ…それから、それぞれの派閥と対立組織……。
明滅する情報を組み合わせてみるけどさ。
んん。ピースが欠けてる。しっくりこない。
ニュースを見るに、連中はシャア・アズナブルを、キャスバル・レム・ダイクンだと主張してるし。馬鹿な。
相変わらず爺さんが、シャアに取りすがって喚いている。
否定されても、まるで受け入れる様子もなく、ただひたすらにキャスバルの名を呼び、ザビ家への呪詛を吐き散らして。
それは、もはや狂気の様相だ。お前を正気とは誰も思わないだろう。
とうとう耄碌したのかジンバ・ラル。
そもそも、爺さん、あんたは知ってたはずじゃなかったのか。キャスバルはおれと一緒に居るって。
なんだろうこの感じ。違和感。ボタンの掛け違え――……本当に?
もう一度振り返る。
ジンバは、シャア・アズナブルがキャスバル・レム・ダイクンじゃないと知らされてる、これは間違いない。
じゃあ、なんでシャアをキャスバルだと思い込んだのか。
――……誰かがそう仕向けた?
ジンバは孤立してた。
時流を読み違え、ジオンの思想を頑迷なまでに唱え続け、ザビ家への呪詛を吐き散らして。
クラウレとのことも、マリオンのことも、ランバとは意見が合わず、亀裂は広がる一方だった。
そして、一番執着してただろうジオンの忘れ形見――ダイクン母子との距離もまた。
己を慕わぬキャスバルやアルテイシアを、ジンバはどう見てたんだろう。
“ひとは信じたいものを信じる”
いつだったか、“ギレン”が吐き捨ててた言葉が頭を過る。
なぜ、シャアをキャスバルだと断じたのか。
己を冷視するようになったキャスバルを、偽物だと思いたかったからか。
それでも、事実を枉げるまでは至らないだろうに――じゃあ、なんでだ?
何がジンバの狂気の背中を押した――何が、じゃない? 誰かが?
誰かが、そう吹き込んだのか――あれはザビ家の用意した偽物で、ホンモノは“シャア・アズナブル”だと。
だから、ジンバは最後に残ってただろう正気も手放したんだ。
そんなことが出来るのは誰だ?
その誰かは、何の為に?
ピースがはまりだす。絵柄が見えてくる。
だけど、それは思ってたのとも、ちょっと違う。
おれが書いたシナリオを誰かが上書きしたんだ。釣り餌をシャア・アズナブルに差し替えて。
だけどさ、“ザビ家の排斥”を狙うなら、それは悪手でしかない。
うまく行きっこない――じゃあ、あえて失敗を狙ってるとしたら?
『ぐわ〜〜〜ッ』
知恵熱出そう。
でも頑張らねば。シャアは“友達”で、姉様の“大事なひと”だ。
なんとしてでも助けなくちゃ。
「『キャスバル、おおかた見えた。でも、あといくつかピースが足りない……けど、君の“作戦”遂行の支障はないよ』」
おれ達が集めたデータについて、“ギレン”は当局に提供することにしたらしい――つまり、ザビ家が介入する意志はないってコトだ。
後でとやかく叩かれるのを忌避したんだろうけどさ、ドズル兄貴なんか、腕を組んで歯噛みしてる。
きっと、キシリア姉様は、それ以上にもどかしい思いをしてるだろう。
“ギレン”の措置がザビ家を守る為のものだと解っていて尚も。人間、理性だけで動けるものじゃないんだ。
キャスバルも苛立ってるし――“ギレン”相手にじゃなくて、これだけデータをくれてやっても、まだ充分な手を打てずにいる当局に対してだけど。
と、なれば、救出作戦はこちらで練るしかないとばかりに、キャスバルはさっきからROOMの方向性を操って煽って傾けてる。
そして、ROOM内の人数は、いまや膨れ上がってる――どんだけ呼び寄せたのよコレ。
学園中に存在する仲間たちが、号令を待っている状態だ。
「『では、作戦開始といこうか、ガルマ』」
「『りょーかい』」
パチリ。キャスバルの指先が小気味良くキーを弾くと、画面の向こうで、間を置かずに打ち込まれる“ war cry”。
……あれ、教授たちも混じってる。ご高齢なのに大丈夫なのか。
ムンゾ大学は、伝統的に武闘派が多いんだよな。ロジカル、フィジカル問わずにね。
「待て待て! お前たちは何をする気だ!?」
ドズル兄貴が叫ぶけど。
「友達を助けるんです」
「神聖なる学び舎で、かかる暴挙は赦されるべきではない」
立てこもりの図と、学内と時計塔の見取り図を重ねて見る。
完全なる籠城作戦。
逃げるとこまでは想定されてないってあたり、連中にしてみれば己の覚悟を知らしめるつもりだったのかも知れんけど、つまりは逃げられんってコトだ。
さあ、フルボッコのフルコースを堪能するが良い。
在校生が、教員が、職員が、それ以外の人たちも、有志が腕まくりして時計塔に突撃する。
慌てた様子で、当局の方々も。
ついでにマスコミのカメラさん達も猛ダッシュ。
まさに数の暴力。
「『“戦いは数だよ兄貴!”』」
テンションが上がって思わず叫んだおれの手の甲を、キャスバルがトントンとつついた。
つまり、落ち着けと。ん。ごめんよ。
「『正面は囮だ』」
「『豪勢な囮だね。残り半分は通用口で、本命は廃階段か』」
「『ああ』」
廃階段は、時計と建設当初の階段で、今はもう使われてない。老朽化が甚だしくて長く閉鎖されてる――って言われてるけど、実は使えるんだよね。
塞いであるように見えるけど、思い切り引っ張ると開くんだ。これも先輩に教わった。
内部に下りる階段は崩れてるから、鉄骨を伝わる必要があるんだけど、このルートも知ってる。
まるで発条仕掛の玩具の内側にいるかに幻想的な内部は、実はおれのお気に入りでもあった。
キャスバル・レム・ダイクンが産まれ落ちたところ。その瞬間に動き出した時計。ある意味では“聖地”みたいな。
だけど怪談スポットでもあるらしく、誰かが崩割れた踊り場で、クルクル歌い踊る女の子の姿を見たって言ってた――そんなバカな。
『カーテンを巻きつけて踊ってた恥ずかしい馬鹿なら見たな』
『レポート地獄を抜けてハイになってたんだ……』
黒歴史は忘れよう。
モニターに集中すれば、正面からの一群は、入り口を突破してなだれ込んでいた。
ふは。突入班を盾にしてるのが流石だわ。そりゃね、一般人を前に出すわけにはいかないから、飛び出す彼らを止められない以上、隊員が先頭立つしか手はないよね。
発砲は2発だけで、誰にも当たらずに制圧成功。
さらに突き進む面々は、内階段を駆け上って行く。
これ、正面だけで制圧行けるんじゃない?
みんな頑張れー…って、映像を見るに、このカメラマン凄くねぇ? 先陣切ってるよね? え? ホントにカメラマン??
レポーターもついてってる? どこの局だよコレ!?
『君より体力あるな』
『………否定できねぇ』
めちゃくちゃ悔しい。
そうこうしてるうちにも、キャスバルは矢継ぎ早に指示を出してる。刻一刻と変わる状況に的確に対応してのける能力値には感嘆するしかないね。
ドズル兄貴の眼差しからもそれは知れた。
睨む視線の先、複数のモニターのひとつには、シャアが窓辺へと追い立てられている姿が。
ギリッと鳴ったのは奥歯だった。いつの間にか噛み締めていたのか。
どうしてくれよう。あの阿呆共は。当局に引き渡すだけなんて、生温い。
あらゆる意味で潰してやろう。シャアを傷つけた――キャスバルを利用しようとした。
おれの大事な幼馴染と友達に害なそうとした輩に、遠慮などいらんだろ?
ドス黒い渦に感情を支配されそうになる刹那。
開け放った窓から身を乗り出した友が、叶う限りの大声で叫んだ。
〈――僕、シャア・アズナブルは、キシリア・ザビを愛している!!!〉
――……。
なんですと???
全く予想もしなかった事態に、全員の口がぽかんと開いた。
✜ ✜ ✜
〈馴れ初めはなんですかーーーッ!?〉
――おいレポーター!!
第一声がそれで良いのか!?
シャアの叫びから間隙をあけずに、階下からは学生sと報道陣が飛び込んできた。
正面と通用口と廃階段からなだれ込んだ面々で、その場は満員御礼。
そして冒頭のインタビューである。
シリアスがシリアルに変じた瞬間でもあった。
予想外のシャアの大告白に度肝を抜かれたらしき立てこもり犯達は、その虚を突かれ、雪崩こむ面々にほぼ対処が出来ていなかった。
学生に混じっていた突入班――この言い方からしてすでにオカシイ。突入班に混じっていた学生ってコトなら辛うじて納得……はしないな。フツーは混じらんから――が、銃を所持していた議員並びに護衛もどきを無力化してるのが画面の隅っこに映ってる、けど、まさに外野扱い。
カメラはド真ん中にシャア・アズナブルを据えていた。
〈ええと。初めて会ったのはテキサス・コロニーでした。僕の出身です。彼女はガルマを心配して様子を見にきていて……〉
おい、シャア、おい、お前ハニカミながらなに答えてんだ!?
そして周囲も恋バナに湧くな!!
〈キシリア女史は、氷鉄の女傑とも呼ばれ苛烈な印象が強いですが、どんなところに惹かれましたか?〉
黙れインタビュアー!
〈そんな! それは彼女の内面を皆が知らないからです! キシリアがガルマからの手紙を、どんなに優しい顔で読んでるのか、愛馬に颯爽と跨って、どんなに愉しそうに笑うのか知らないから……本当は、とても優しい女性なんです〉
お前も黙れシャア・アズナブル!!
なんて、心中の叫びは奴らには届かないから。
「『キャスバル! そこ代わって!!』」
笑い転げてる幼馴染を、メインモニターの前からどかす。
ROOMに戻り、
〈誰か音声回線つないで!〉
お願いすれば、即座に了解が返った。
IDを確かめる間も惜しんで声を通す。
「シャア! シャア・アズナブル!! 姉様と仲良くするなら、僕の成績を抜いてからって言っただろ!!」
誰かの端末からおれの音声が流れ出る。
シャアは弾かれたみたいにそっちを見て、物凄く嬉しそうな笑顔になった。
〈ガルマ! 助けてくれるって信じてた!!〉
って、そんな顔しても絆されるもんか。
「……君を助けたのは、大学の皆だよ。それから護衛と警察の皆さん。ちゃんとお礼を言いなよね」
〈もちろんさ! だけど、助けを差し向けてくれたのは君たちだろ? ガルマ、それからキャスバル〉
モニター越しに、欠片ほども疑ってない眼差しが。
なんでそんなにストレートにキラキラを向けてきやがるんだチクショウめ。
ううぅ。
「……君は友達だし」
ちょっと拗ねたみたいな声になった。
「無事で良かった。シャア、君に何かあればガルマが泣くぞ」
意地の悪い声が。
「キャスバル!!」
喚くおれに、モニターの向こうの面々がどっと笑った。
なんでだ、なんでそんなに和やかなの。拉致立てこもりの事件現場だよねココ。
突撃隊員らしき人たちまで笑うのか。
喚き散らしてる議員たちの方が、よっぽど場違いに思えるこの不思議。
――コホン。
と、咳払いがひとつ聞こえ、その瞬間に、生徒達が一斉に静まる。
あ、この感じ覚えてる。モニターのこちら側なのに、おれの背がピンと伸びた。
隣のキャスバルでさえ、姿勢を正してるし。
〈さて、ガルマ君。私の声は聞こえているかね?〉
「はい。ドライバイム教授。ご無沙汰しております」
ふぉう…よく見たらこのID、教授のじゃないか。
ちょっと冷や汗。
〈うん。ところで、ここにいるシャア・アズナブルは、総合すると在学時の君の成績には到底及ぶべくも無いがね、ただ一つ、君がもっとも苦手としていた教科において、SAを叩き出してみせたよ〉
何故にそのような良い笑顔で宣うのか、我が師よ。
それに、ええぇ、なに、おれ負けたの? シャアに??
――悔しいんだけど!!
〈ときに、君は“自分の成績を抜いたら”の“明確な条件”を提示していたかね?〉
なおも畳かけられて黙り込む。
沈黙を回答と捉えたんだろう。教授は、わざとらしいしかめっ面を作って首を振る。
〈私は君に、契約条件を明確にしておくことの重要性を説いていたはずだがね〉
「……はい。覚えております」
今生の交渉(と言う名の戦闘)については、1から10まで教授から叩き込まれてるし。
……うん。わかってる。シャアへの条件が曖昧なのは、“達成できないと姉様が悲しむ”からだ。
そして、教授は、そんなこととっくにお見通しなんだろう。
〈祝福してやりなさい。彼は条件を満たしたと言える。……君もそれを期待していたんだろう?〉
――いいえー! 期待してませーん!!
なんて、この場で答えられるわけないんだよ!!
「〜〜っ、姉様の好きな花はアマリリスだから!」
もう自棄になって叫ぶ。
教授は朗らかに笑い、シャアは感激にか潤んだような瞳を瞬かせた。
〈ありがとう、ガルマ! プロポーズが成功するように祈っててくれ!!〉
貴様そこまで応援しろというのかっ!?
もう白目になりそうなおれの背中を、キャスバルとドズル兄貴が笑いながら支えてくれた。
シャアの周囲は激励とひやかしの声で賑やかだ。
「……教授、回線をお貸しいただきありがとうございました。また、この度のご助力に対して心よりお礼を申し上げます……シャアを助けてくださって……っ」
声が震えて、最後まで言葉が出てこなかった――悔しさで。
だけど、皆の解釈は違ったみたい。
〈うん。大切な友達が無事で良かったね〉
モニターの向こうのドライバイム教授は、ニコニコ笑ってる。いつものしかめっ面はどこに行ったのかってくらいの上機嫌だ。
そしてそれは、他にも居た教授たちも同様だった。
〈いや、なかなか無い体験をさせて貰ったよ。ねぇ〉
〈そうだねぇ。ま、教え子を助けるのも我々の職域と言えるだろう〉
いや、立てこもり現場を強襲するのは教師の職域の範疇外、なんて突っ込める筈もないし。
それに、このお調子者の――だけど憎めない、未来の家族(仮定だけど!)を失わずに済んだことに安堵してるのは、嘘隠しなく事実だし。
「みんな、ありがとう!!!」
叫べば、ワァワァと、圧倒されるみたいな呼応と拍手が。
こうして、シャア・アズナブル拉致事件――からのキシリア・ザビとの交際暴露事件は、ひとまず幕を下ろしたのだった。
✜ ✜ ✜
世間は相変わらず、シャア・アズナブルとキシリア・ザビの熱愛報道に湧いている。
あの後、あの馬鹿はアマリリスの花束を手に、本当にプロポーズしやがった。
数日後に婚約が発表されたことで、返答がどうだったかなんて知れるだろう。
結婚はシャアの卒業後の話だけどね。
……幸せになるが良いのさ。
それはさておき。
あの事件の後に起こったことを、とりあえず纏めてみる。
拉致事件の犯人たちは当然身柄を拘束され、いまは取り調べ中。
その過程で露見したのは、“ガルマ・ザビ”襲撃計画だった。
休日の外出の予定が流出してて、そこを狙う手筈だったとか。どこから情報が漏れたのか、目下調査中とのこと。
うん。リークしたのおれね。
そっちが元々用意してたシナリオの方。未遂だけど余罪にカウントされるってコトで、無駄にならなくて良かった。
けっこうな人数を釣り上げられて、ほくほくニンマリ。
反ザビ過激派はほぼ壊滅。反ザビ自体の気勢も削がれて万々歳。
――なのに。
「『反省しろ』」
キャスバルが仁王立ちで見下ろしてくる。
計画を知らせてなかったことに大激怒で、部屋の床に正座させられてる――現在進行形で。
何このデジャヴュ。この前よりグレードアップしてんだけど。
――お前は“ギレン”か!?
なんでだよ、なんでまたもや反省会? ちゃんとお前を巻き込まない内容になってたじゃないか。
勿論、拉致られたり害されるようなことにならんように万全の構えで――そりゃちょこっとくらいは怪我するかもだけどさ。
「『は ん せ い し ろ』」
意識を押し潰されそうな思考波の圧力。
ふぅおぉう。
それは何に対して反省すれば良いんだ――“企みません”なんて絶対に無理だし。
あ。もしかして、存外にスリルを好むお前のことだから、楽しそうな計画を内緒にしてたことを怒ってんのか。
でも遊びじゃないし。コレってザビ家の問題だし。
チラリと上目に見るのと、ガシリと頭を鷲掴みにされるのは同時だった。
「『アダダダダだぁ!?』」
リンゴ生絞りできる握力でそれやめろッ!
頭蓋割れるからッ!! 中身出るからぁああッ!!
「『何度促されても反省できない脳など、いっそ絞り出した方がいいんじゃないのか?』」
「『ゴメン赦してキャスバル様!!!』」
「『Recite, “わたしは、今後、一切の計画をキャスバルには秘密にしません”』」
「『横暴だ! それじゃサプライズもできないじゃないかッ!!』」
「『……そういう問題じゃないだろう、ガルマ?』」
「『ひぅっ』」
食い込む指の力がさらに強まった。
冗談ごとでなく頭蓋が軋みそうで恐い。
鮮やかすぎるほど青い眼が、見かけだけは優しげに細められているのが、一層恐ろしさに拍車をかける。
「『さあ、繰り返せ。“わたしは、今後、一切の計画をキャスバルには秘密にしません”』」
「『……わたしは、今後……サプライズ以外の、計画をッ』」
「『“一切の計画を”、だ。それとも、始終頭の中を探られたいのかい?』」
ギリギリと意識をこじ開けてこようとするのに、渾身の精神力で抵抗する――なんて、紙装甲で泣けるけど。
「『ごめん被る!』」
「『なら、素直に言うことをきけ』」
「『――……わかった。“おれは、今後、すべての計画をお前に相談するし報告する” ただし、お前へのサプライズを除いてだ!!』」
ギッと睨みつけて叫べば、キャスバルは酢でも飲み込んだような顔をした。
「『……そんなにサプライズが大事か?』」
なにを当たり前なことを。
おれが、どれだけお前をびっくりさせることを楽しみにしてると思ってんだ!
真顔で見つめあうこと数秒、キャスバルが疲れたみたいな溜息を落とした。
「『……それで良い』」
ようやく、食い込んでた指が頭から離れる。
ジンジン痛む額を抑えながら、正座してた足も崩す。ふぉう、痺れてるわ。
パンダの子供みたいに、不格好にしか動けなくなったおれを、キャスバルが腕を組んで見下ろしている。
『……大体、君の“計画”は穴だらけなんだ。今回の被襲撃計画だって、酷いものだった』
声は止んだけど、思考波はまだ叩いてきた。
『完璧な計画なんて無いよ』
どんなに企んだって不確定要素は拭えない。不測の事態なんて腐るほどあるんだから。
『だから、僕が監督してやるって言ってるんだ』
睨んでくる青い双眸は、青い焔みたいにきれいで、だけど触れたら焼かれそうで少し怖い。
『――……前にも、そんなコト言ってたよね、キャスバル』
数年前、ザビ邸を抜け出してガイア達に会いに行ったとき、お前が手伝ってくれたんだ。
そういや、あのときにタチ・オハラを捕まえたんだっけ。
思い出して小さく笑う。
タチの連絡手段を封じてたあの手際の良さっていったらなかったね。
『なぜ、知らせなかった?』
ポツリと落ちた“声”は、らしくなくくぐもっていた。
――だって。
ザビ家のゴタゴタにお前を巻き込みたくなかった――計画自体は、けっこう危険だったし。おれは、多少の怪我を覚悟してたんだ。
だけど、キャスバルが怪我するのはイヤだった。
知らせたら、お前も一緒に来ちゃうだろ。
おれの思考を読んだキャスバルが、苛立たしげに舌打ちした。ヒドイ。
『僕が誘拐されたとき、勝手についてきたのは誰だ?』
『おれ。だけどあれは不可抗力だろ。今回のはおれ自身が仕組んだ茶番だし』
巻き込むのを前提としてやらかすのはどうかと――弁明してもキャスバルからのチクチクトゲトゲが止まない。
お前、なんで、そんなに臍を曲げてんの?
『君になにかあれば…アルテイシアが悲しむ。アムロも、フロリアンも。ゾルタン達もだな』
言われて、パチリと目を瞬いた。
『――……あの子達が悲しむ?』
そんなこと考えてもみなかった。
『君の家族もだ』
『…………父様や、姉様、兄様達も?』
『悲しまないと思うのか? 君が熱を出しただけで、あれだけ心配している彼等が?』
――だって。
ムンゾが――コロニーが連邦とやり合うには、ザビ家がムンゾを抑えなくちゃいけないから。
その為に必要だと思ったから、あれこれ企んだんだ。
自分だって“駒”の一つだし、有利になるなら、怪我くらい、まぁ良いかって。
だって。みんなで笑い合うためなのに。
悲しませるとか、そんなの!
『散々悲しんで、心配して、それが自作自演だと知れたら、彼らは裏切られたと思うだろうな? 君への好意をそのまま持ち続けられると思うかい? いっそ嫌うかもしれない』
――ッ!?
『そんなつもり…』
無かったんだ。だって、だって。
きっと“ギレン”は気づいてるし、父様だって姉様達だって、ザビ家が力を持つことは望んでるはずだ。
『言い切れるのか?』
言い切れる――はずなのに。
どう言い訳していいか分からなくなる。
脳裏がチカチカして、考えがバラバラだ。散らばったパズルみたい。片付けなきゃ…
でも、どこから?
頬が、指先が冷たくなる。血の気が失せてくのがわかる。
家族に、あの子達に疎まれるのは嫌だ!
ぶるぶる震えてる手の甲を、キャスバルの指先がトントンとつついた。
いつもと同じに。宥めるみたいに。
すぐ傍で青い目が嗤う。
『大丈夫だ。秘密にしてやる』
『ほんとう?』
『ああ。だから、君は、僕にすべて従うべきだ。そうだろう?』
過ぎる程に優しげな“声”が。
じっと視線を合わせて――。
パァン、と猫騙しを仕掛けてやった。
『やなこった』
鼻先で断れば、キャスバルは目を丸くした。
『……ここでそうくるのか?』
『弱みに付け込むって、ほんとに性格悪いよね、お前』
そーゆーとこだよ。この幼馴染は全くもって油断も隙も無い。
フーっとため息を落とせば、物凄く不満げな顔をされた。
『本当に弱ってたのか?』
『弱ってたさ』
手加減なく弱み突いてきやがって。おかげで怒りに着火した。
『お前がバラしたら、おれは許してもらえるまでみんなに土下座行脚しまくるだけだよ』
めちゃくちゃ怒られるかもだが、見捨てられたりはしないさ。それくらい愛されてる自覚はある。
『“愛情を受けた子”を舐めるなよ』
そもそも、お前だって御母堂様や妹君の愛を鬱陶しがるくらいに注がれてるんだ。その程度は分かるだろうに。
キャスバルは肩をすくめる。
『失敗か』
ちっとも悪びれない様子がさらに腹立たしい。
『“ギレン”からなんか言われたんだろ? おれの手綱を取れとでも?』
『ああ。……このままだと、この僕が“正座”らしい』
ギュっと顰められた眉。めちゃくちゃ不本意そうな様子に笑う。
こういうところ、まだ少しの子供っぽさが残ってるよね、キャスバル。
『君もだぞ!』
――はいよ。それなりに回避頑張るよ。
「ところでキャスバル」
呼びかければ胡乱げな眼差しが。
「……なんだい? 『ろくな事じゃなさそうだな』」
「『ひどいわー。なんでも相談しろって言ってくれたじゃないか。つーことで、』例のシャア襲撃拉致事件のあれだけど」
「『ああ。なにか掴めたのか』」
ん。それなりにねー、と。
口元が歪む。このモヤモヤをお前も分かち合いやがれ。
ここ数日、己と“伝書鳩”の睡眠時間を犠牲にして収集しまくったデータを見るがいい。
ラップトップを引き寄せて開く。
画面を覗き込んだキャスバルも、不快そうに眉を潜めた。
発端は、失敗に終わった“ギレン”の暗殺計画だった。
議事堂を出たところで銃撃され、当時、護衛だったコルヴィン・シスが、身代わりとなって凶弾に倒れた事件だ。
狙撃手は既に逮捕され、現在も服役中。
ザビ家に不満を抱いたテロリストの単独犯行って――そんなわけ無いのにね。
連邦との関係悪化を避けるため、ムンゾ内の勢力の拮抗を保つため等の理由から、事件そのものが公にされることは無かった。
シスの家族には十分な補償をしたとは聞いている。それは今も続いているとも。
『家族はひっそり暮らしてるのにね』
遺された妻も子供も。
取り立ててザビ家を批難することもなく、おりに触れ送ってた花に、お礼の手紙が届いてた。
あれからまだ四年と少し。傷痕が癒えるとは思ってないけど。
『度を越した“友情”か』
キャスバルは鼻を鳴らすけどさ。
『……どうだろ。彼らは“幼馴染”だ』
例えるのも厭だけど、もし、キャスバルが誰かの思惑で傷つけられたら。
ましてや失いでもしたなら、おれは容易く“復讐者”たり得る。
おれのラップトップには、シャア・アズナブルの護衛が、コルヴィン・シスの幼馴染であること、そして、この男がジンバ・ラルの狂気を促し、シャアのスケジュールを漏洩させ、今回の拉致事件へと誘導したことの証左がずらりと並んでいた。
“わたしは、時々、本当はキャスバル・レム・ダイクンの護衛をしているのではないか、そんな錯覚を覚えます。”
あの男が、ジンバ・ラルに度々漏らしたらしき戯言がそれだ。
傍目には戸惑うように零していたらしい。
曰く、コロニー管理者の息子とは思えない立ち居振る舞いがある、と。
シャアは、キャスバルの影武者でもあるから、相応の振る舞いを身に着けさせられていた――それはザビ家の縁故になるための教育でもあったけど――のもあって、確かにキャスバル・レム・ダイクンっぽい言動も見られた。
繰り返し、繰り返しそんな虚誕を囁かれて、元から揺らいでたジンバの精神が崩壊せずにいられるもんか。
挙げ句の果てに、ザビ家が二人をすり替えていると、偽の証拠を突き付けた。
シャア・アズナブルをキャスバルだと信じ込んだジンバ・ラルは、ザビ家排斥を目論んでた連中にとって、そりゃお誂向きの道具だったろう。
古くからジオンの傍に控えてた、剛健のラル家の前当主。
そんな老人が“本物はこっちだ!”なんて叫べば、ザビ家に疑念を抱く輩も出ないとは限らない。
まぁね。今回はシャアの、あの爆弾発言ですべてが吹っ飛んだけど。
『どうするつもりだ?』
『コイツはシャアの傍から外す』
『同情したんじゃ無いのか』
面白がるような声に、ムスッとした顔を向けてやる。
『まさか。動機を理解できたところで、赦すわけ無いだろ』
シャアを危険に晒しやがったんだぞ――下手すりゃお前にまで塁が及んだんだ。
だいたい、コイツの復讐劇はこれで終わりなんかじゃない。ここからが始まりだ。
“ギレン”を害そうとした黒幕は、多分、今回のこと――“ガルマ”襲撃未遂のほうね――で議会を追われる。
よしんばキリギリで残れるとしても、その影響力は格段に削がれ、周囲の護りは紙同然だろう。斬り込む策は幾らでも練れる。
大方それを狙ってたんだろう。
『コイツが事を起こして、それが露見してみろ。うちを叩く要因になる』
またぞろザビ家の陰謀説が流れるに違いないんだ。何処までも“謀略のザビ家”のイメージは拭えないのか――最近は、“ギレン”のソフト路線もあって、そうとうクリーンなのにね!
『どうするつもりだ』
『……“退場”してもらうさ』
ほんとはコイツも黒幕も、諸共に“消去”してやりたいとこだけど、“ガルマ・ザビ”では叶わないから。
さて、どこから手を回そうかな。この身の上では、搦手ばかりが得手になる。
落ちそうなため息を噛み潰し、脳裏にパズルのピースを並べる。
ともあれ、まずは“ギレン”に証拠を送りつけ、コイツをシャアから引き剥がすところからか。
あとはジワリと――生憎、こちとら逆鱗を突かれてそのままにしておける質じゃないんだ。
報いは必ず受けさせてやるさ。
奥歯を噛み締めれば、また、トントンと手の甲をつつかれた。
振り仰ぐと、すぐ傍に青い眼があった。
吸い込まれそう。
白い頬に、触れるか触れないかのところまで手を伸ばして。
「『キャスバル』」
「『なんだ』」
「『眼が青いな』」
なんだか嬉しくなる。
キャスバルの瞳の色だ。シャアのあれで暴露されたから、生来の色を偽らなくなったそれは、やっぱり凄くきれいだ。
知らずに笑ってたみたいで、鼻を摘まれた。
「『間抜けな顔で笑うな』」
――……ヒドイわー。