今度はキャスバルが拉致られるってナニさ?
士官学校にエギーユ・デラーズとその一党が乗り込んできたのは、ちょうど授業が終わって、例によって談話室で屯ってるときだった。
「お迎えに上がりました。キャスバル・レム・ダイクン殿。閣下がお待ちです」
慇懃に頭を下げるけど、実のところ、あまり尊重してないよね。
コイツの忠誠は“ギレン”にあるから、ダイクンの息子と言えども、連行するのに些かの躊躇も無い――ジオニストの癖に。
“ギレン”親衛隊の一糸乱れぬ統制の取れた動きと威圧に、談話室に怯えにも似た緊張が走った。
――ちょっと、ねえ、何なのお前ら?
不快さに目を細める。
ここは、おれの――“ガルマ・ザビ”のテリトリーだ。
ヅカヅカ踏み込んできやがって。せっかくの気安い空気が台無しじゃないか。
しかも、デラーズが呼んだのはキャスバルひとりだ。
ね、おれの大事な“幼馴染”に、何してくれようってのさ?
おれが、おれの領域を荒らされるのを嫌うこと、“ギレン”だって知ってるよね?
デラーズが前に出ると、気圧されたようにリノたちが一歩下がった。
シンやライトニングの視線が、おれとキャスバルを交互に見る。
――この程度で狼狽えるんじゃないよ。
微笑みながら立ち上がる。
「“ギレン兄様”が、なんのご用でキャスバルを?」
伸ばそうとした腕の延長線に立つのは牽制だと、当然、デラーズにも分かっている。
禿頭の大男の顔に苦笑が上った。
「恐れながら、用向きについては知らされておりません。わたくしはお迎えを申し遣ったまで」
「あなたに知らせないなんて、そんな事が?」
驚いたような顔を作ってみせる――これは嫌味だ。仮にも親衛隊たるものが、なんにも知らされないでパシリなの、なんてね。
こっちの不機嫌を感じ取ったんだろう。デラーズの苦笑が深まった。
「閣下のお考えは深く、わたくしの浅慮など、到底及ぶところではございませんよ」
やんわり受け流して退かそうとするけど、大人しく退くと思う?
ニコニコと見た目だけ無邪気に立ち塞がるおれに、デラーズの背後の隊員たちからは困惑の気配が。
さて、と。
『キャスバル、どうする?』
『……ギレンが呼んでいるんだ。行かないわけにはいかないだろう』
物凄く気乗りしない“声”だった。
叶うなら、行きたくないと駄々をこねそうなくらいに。
だけど。確かにね、コイツら追い返すくらいのことはわけないけど、それをしたら後が面倒そうだし。
『わかった。じゃあ、おれも行くわ』
妥協点はそんなとこかな。
その答えが意外だったのか、キャスバルがパチリと眼を瞬く。
『だが、召喚は僕一人だろう? どうやってついてくる気だ』
一緒に連れて行けと言って、聞き入れる相手じゃないぞ、なんて、そんな事はわかってる。
『キャスバル、“チカラ”ってのは、こう使うのさ』
そっと手を動かす。
視界の隅で、シンが、ライトニングが、そして仲間たちがソロリと動き出す。
デラーズ達は、おれたちに意識を向けてるせいで、それに気付けない。
「キャスバルを連れて行くと言うなら、僕も参ります」
宣言すれば、デラーズの顔から笑みが消えた。
「ガルマ様、お聞き分けくださいますよう。閣下からは、キャスバル殿お一人をお連れするようにとのご命令です」
険しさを顕にされても、微笑みは絶やさない。威圧は受け流す。何も感じていないみたいに。
「エギーユ・デラーズ」
声の響きを変えて名を呼びつければ、大男は目を見開いた。
かすかな動揺。それを見逃すわけ無いだろ。
「控えよ。この“ガルマ・ザビ”が、キャスバル・レム・ダイクンと共に行くと言っている」
これは覆すことの出来ない“絶対”だと、その意識に捻じ込んでやる。
親衛隊を率いてはいても、この男は“従う側の人間”だ――つまり、命令を受け入れることに脳が慣れているってこと。
そしてそれは、親衛隊の隊員たちにも言えることだった。
一瞬でも躊躇したなら、おれの勝ちだ。
内心でニンマリと笑う。
「――いかにガルマ様と言えども…」
我に返って反論を試みるけど、遅いんだよ。お前たちに、選択肢なんてもう無いんだ――デラーズが途中で言葉を止める。
自分たちが、学生の群れにグルリと囲まれていることに気付いたから。
さっきのおれの合図で、シンたちが談話室の面々を、さらに外からも仲間を呼び込んでいるから、その人数は親衛隊を軽く凌駕してる。
たかが学生と侮るなかれ。彼らは、日々ここでドズル兄貴に扱かれてる軍人の卵だ。雛にすらなれてなくても、その戦闘力だけなら、既に完成されつつあるんだよね。
さあ、この場は既におれの支配下だ。号令一つで、ここに居る全ての人員がお前たちに飛びかかる。
これだけの人数を相手取って、大立ちまわりする気は無いだろ。
苦虫をかみ潰したみたいな厳つい顔に向けて、おっとりと微笑みかける。
「共に、参ります」
畳かければ、数瞬の沈黙のあと、エギーユ・デラーズは深く溜息を落として、そっと目元を覆った。
頭痛を払うみたいに二度、三度頭を振って。
「――……仕方ありますまい」
地を這うような低音が、唸るように是を唱えた。
連れて行かれた先は、“ギレン”の艦だった。
道中はキャスバルと一緒だったけど、ここから先はおれだけ留め置かれるとのこと。
通された部屋には、ポツンと、一つだけ椅子が置かれていた。
「ガルマ様は、こちらで、お待ちください」
そんなに力を込めて言わなくてもいいじゃないか。
禿頭の大男の恨みがましい眼差しにゲンナリする。
どっかで見たような目付きだと思い返してみれば、あれだ、タチ・オハラ。
同僚――と言えなくもないよね、“ギレン”配下だし――は似るものなのかね。
「わかりました」
素直に受け入れつつ、キャスバルと視線を合わせて頷きあう。
『なにかあれば呼んでよ、キャスバル』
『ただの説教だ。心配ない』
そう答えながらも、珍しく気落ちした様子で、キャスバルが部屋を出ていった。
デラーズが付いていき、部屋にはおれと、何故か四人もの親衛隊員が残った。
「お座りください」
「ありがとうございます」
勧められた椅子に座るけど。
うん。いい感じに丈夫で座り心地の良い椅子だけどさ。
なんで四方を固めてんの。ついでに部屋の外にも人の気配が。
これじゃ檻と大差なくない? どんだけ警戒されてんの。猛獣じゃないってば。
じっと大人しく座ってるけど、こう凝視されてては落ち着けるもんじゃないよね。
キュッと眉を下げて、俯く。
威圧も生意気さも引っ込めてれは、パッと見、不安そうに映るんだろう。
どことなく気まずそうな空気が部屋に流れはじめた。
まぁね。“ガルマ”は見た目だけなら非力そうだし?
あれだけ鍛えたってのに、あんまり筋肉ついてるようには見えないんだよね。
でも脱いだらそれなりにスゴイんだよ。割れてるから、腹筋。級友たちほどバッキバキじゃないけど。
……ケッ。
フーっと息を落として目を閉じた。
目の前の連中を気配を遮断して、キャスバルの意識だけを追いかける。
『……キャスバル?』
“ギレン”を前にして緊張してるのか、呼びかけるけど応えが返らなかった。
“耳”を澄ましても、届くのはノイズみたいな感情の断片ばかりだ。
怒り、戸惑い、少しの哀しみと、また怒り。
波打つみたいなそれが、不意に慄きに変わった。
『……無理だ! スペースノイド全ての命運なんて、僕ひとりでどう背負えって言うんだ!?』
まるで薄氷の上に独り立たされるみたい。寒さにも似た心許無さは、恐怖と紙一重だ。
伝播する不安が、おれの心にも怯えを生む。
ブワリと毛が逆立つような心地がした。
『ガルマ!』
キャスバルが呼ぶ声が、まるで悲鳴みたいに。
「『キャスバル!!』」
なにしてんの“ギレン”!?
キャスバルが怖がってるじゃないか!!
「っ!? なにを!!?」
椅子を蹴倒して立ち上がったおれに、弾かれたように四人が飛付こうとする。
最初に反応した奴の腕を引いて盾に。
視界を遮った瞬間、後続の男の脚を倒した椅子に絡めて引く。
体制を崩したところで纏めて突き飛ばせば、ひどい音を立てて二人が転がった。
「何があった!?」
「開けるな!!」
残る監視が叫んだけど、物音に驚いたんだろう、見張りらしき男たちが部屋に飛び込んできて団子になる――と、同時に起こした椅子を踏み台にして、彼らの頭上を飛び越えた。
ありがとう、椅子。偉いぞ、椅子。
さあここからチキチキレースの始まりだ。
「ガルマ様!!」
「『キャスバルが呼んでるんだ!』」
廊下を一気に駆け抜ける。
「糞ッ! そのクソガキ捕まえろ!!」
叫んだのは――“伝書鳩”か。クソクソ言うな。おれも言うけど。
士官学校で鍛えた逃げ足である。長距離は弱いけど、短距離ならそれなりに。
キャスバルの思考波を辿るから迷いやしないし。
「『キャスバル、いま行くから!』」
必死に走る、けど、追手が増えてるっていうか、前からもかよ!
真っ向から叶うわけもないから、ここは受け流す――合気柔術、相手の力を流して放り転がすのは得意技。追手の足元に、お、上手く巻き込んで転ばせられた。
ボーリングならSTRIKE?
「ダ〜ッ!? くーそーがーきーッ!!」
転がったのはお前か“クソ鳩”。
――ザマァ。
さあ、“ギレン”の居室まではあと少し――。
コーナーをドリフトっぽく曲がれば、前方に限界まで目を見開いたデラーズがいた。
ん。扉も偉そうだし、ここでビンゴ。
『キャスバル! キャスバル!!』
名を連呼する。
『僕が、皆を死地に追いやるのか!? 幾万の将兵の命と屍を抱えて行けと……!?』
“悲鳴”が聞こえる。
『投げちまえ!!』
叫び返す。
そんなもの、お前が潰されるってんなら、投げ捨てろ。
捨てて良いよ。
拾えって言うなら、おれが拾うから。
背負えって言うなら背負ってやるから。
守れって言うなら守る。殺せって言うなら殺してやる。
泣くなよ。泣かないで。
思考波の“手”を精一杯伸ばして触れる。
『……ガルマ?』
『ん。おれ』
応えが返ったことに安堵する。
『ここにいる。望むなら扉もぶち破るけど』
『それはよせ』
お。冷静さが戻ってきた?
触れ返してくる思考波が、おれの意識の隅々までを探る――大丈夫、いまの全部、嘘じゃないよ。
『君は馬鹿だな…』
呆れた“声”だけど、少し笑ってる。
『ヒドイわー』
お前のために、監視ブッちぎって駆け付けてきてんのに。
ゼイゼイ喉は鳴ってるし、ドキバク心臓も大暴れしてるんだぞ。
『ガルマ、ストップ。僕は大丈夫だ』
『ホントに?』
『ああ。だから大人しく待っていろ』
返った“声”には力が戻っていたから。
『……はいよ。りょーかい』
素直に受け入れてやる。
しかしなー。
我に返って振り返れば、なんか包囲網がとんでもないことに。
なに、エイリアンでも出たの?
おれひとりにそんなに人数割いてどうすんのさ。武器構えてんじゃないよ、そこの“クソ鳩”、お前だお前。
急に足を止めたから飛びかかられるかと思ったけど、そんなこともなく、みなジリジリと隙を伺ってる感じ。
その、市街地に出没した猿を追い詰めるみたいな空気はやめて欲しい。
上がった息を整えつつ。
「……キャスバルは大丈夫みたいだから、僕は部屋に戻りますね」
取り敢えず、両手を広げて扉を護るデラーズに、ニコリと微笑む。
ね、この人たちどっかにやって。お目々ギラギラで怖いんだよ。
仁王立ちの大男から、物凄く深い溜め息が落ちた。
「……ガルマ様」
「はい」
「キャスバル殿は、閣下から説教を受けているだけです」
「はい」
「なんの危険もありません」
「……そう?」
「あ り ま せ ん」
物凄く、力の篭もった声だった。
あの後、キャスバルに回収されて、学校に帰ってこれた。
“ギレン”からは、一言だけメッセージが来てた。
〈お前をニュータイプとは認めん!〉
――って、なによそれ。
キャスバルの動揺に引きずられて大暴れしたことで、繋がってんのがバレたんだろうけどさ。
せめて直接言いなよ、艦に行ってたんだし。どれだけ避けられてんの、おれ。さびしーじゃないか。
ふぅ、と、溜息を落とす。私室の寝台に転がり込めば、グッタリと身体が沈み込んだ。
『疲れたのかい?』
『そりゃね。大運動会だったし』
答えれば呆れ顔が返った。
『ギレンにもだけど、君を監督しろって、方々から言われたよ。ちゃんと手綱をとれって』
『だが断る! おれが縛られんの嫌いなの知ってるだろ』
『ああ。それでも、君は僕の頼みなら聞く。そうだろう?』
確信犯的に言うのやめろ――いや、聞くけどさ。
顔を顰めたのに、キャスバルは薄く微笑むだけだった。
『……君は言ったな。投げていいと』
『ん、言ったよ』
『拾うとも、背負うとも』
『うん』
『護るとも、殺すとも』
『……お前を護って、お前の敵ならみんな殺してやる』
見下ろしてくる青い瞳を仰ぎ見る。
至上の青だ――“煉獄”から見上げる天上の色に似てる。
そこには涙の気配も、迷いも、もう見つからなかった。
もっと迷ったって良いのに。
“ギレン”がお前に担わせようとしたモノの見当なら付いてる。
ムンゾの。コロニーの。
スペースノイド全ての未来――ついでに人類の命運まで。
そんなもの、ひとりの人間に背負えると本気で思ってんなら、それはもう正気じゃない。
――“天才”も一回りすると紙一重だよね。
なにやってんのさ、“ギレン”。
キャスバルは、正真正銘、十代の“子供”だ。
スペースノイドの命運を、その双肩にだなんて、それなんて少年漫画?
そもそも物語の彗星様だって、この時分は復讐まっしぐらで、人類がどうとかなんて考えてなかったはずだ。
“ギレン”は、いつだって“個”よりも“全”を優先する。それは良い。為政者としては、そうじゃなくちゃ失格だし。
“駒”が“人間”であると知って、大事にしつつも、必要とあらば切り捨てるその非情さを、否定しようとは思わない。
己を含む何もかも犠牲にしてでも、組織を、社会を護る守護者。尊敬してるさ、ずっとずっと“昔”から。
だけど、おれは強欲で身勝手だからね。
庇護対象が犠牲に含まれるってんなら、話は別だ。
大事なものはどうあっても手放さないし、犠牲にするのを諦めるまで、何がなんでも抵抗するよ。
そうなったときのドンパチを、よもや忘れたわけではあるまいに。
『……僕は投げない』
その宣言が耳に滲みたとき、落ちた息は安堵だったのか、悲嘆だったのか。
『クソ重たいよ』
『ああ。重いな――だから、君も背負うんだ』
うぇへぇ。そーくると思った。
『面倒くせ』
『……君らしいな、ガルマ』
文句は言うけど拒否はしない――なんて、おれがお前を拒めるとでも?
フンと鼻を鳴らす。
キャスバルがのしかかってくる――ちょ、重てぇよ。
この筋肉ダルマめ。細く見えたって、バリバリのバッキバキ筋肉野郎じゃないかお前は。
筋肉の重量を甘く見るんじゃない!
振り落とそうとしたけど、
『……僕も疲れたよ』
それが、沈み込むみたいな声だったから、払うことができなかった。
『おつかれさん』
小さな子供にするように、背中をポンポンと叩いてやれば、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
ふぉう。動けん。
あれだ。折り重なって眠ってる子猫や子犬は可愛いけど、下になってる方はやっぱり重たいんだよ――こんなことで実感したくなかったわー。
キャスバルだって、寝るならフカフカの敷布団の方が良かろうに――寮の寝具はフカフカじゃないがな。
ついでに、おれだって腹の上に乗せるならグラマラスなクール美女の方が良い。
様々な不平不満が渦巻く中、取り敢えず、支給の毛布を引っ張り出して、キャスバルと自分を覆った。
動けないなら寝るしかないよね。
✜ ✜ ✜
「事案じゃないか!」
ほとんど悲鳴みたいな声になった。
「何がだい?」
キャスバルは呑気そうにしてるけどさ。
ちょっと待って、シンがミア嬢に告白しに行ったって何さ!??
彼女はおれの“義姉”になる女性だぞ!
ミネバ・ザビの母になるひとなんだぞ!
おれたちが留守にしてる間に歴史が変わろうとしてるなんて、よもや思うまい。
――恨むぞ“ギレン”!
飛び出して行こうとしたおれに、ライトニングが組み付いた。
「やめろ御曹司! そっとしといてやれ!」
「はーなーせー」
ゼナ・ミアが頷いちゃったらどうする気だ。
おれの可愛い未来の姪っ子が、がが!
「慰めてあげたいのはわかるけど、いまはそっとしておいてあげようよ、ね、ガルマさん」
クムランまでが、そんな風に立ち塞がる――そんな風…え?
「あんな良物件を袖にするなんてね」
ルーが言えば、
「俺なら靡いてたかもなー」
ケイがカラリと笑った。
「うわ、お前、シンがタイプなのかよ!?」
リノが仰け反ってるし。
「シンがオンナなら、けっこうな巨乳じゃね?」
「……バカやめろ脳にダメージがくる」
ワイワイガヤガヤ、いつも通りに面々が騒いでる。
――え?
『振られたそうだ』
思考波でつつかれて振り返る。
ええ、振られたの?
『何をそんなに混乱してるんだ。まさか君までゼナ・ミアに気があるわけじゃないだろうな?』
『それは無い』
断じてないけど――そうか、振られたのか。
それはそれでなんか切ないな。
「…………シンの好物でも作っておこうかな」
ポツリと漏らせば、それがいいと思うよ、と、クムランも頷いてくれた。
日常が戻ってきた。
だけど、あれからキャスバルが考え込むことが増えた。
根が真面目で、あげくにピュアだからさ、“ギレン”に言われたことが、結構な深さで突き刺さっちゃったらしい。
……今度、ちょっと物理で話し合おうか、“ギレン”?
もともと遠ざけられてはいたけど、ここのところ、ものすんごく避けられてるのって、もしかしてそれの回避でもあるのかな。
ん。急襲案件だな、これ。
よし、“ギレン”のスケジュールを入手しよう。
作戦を練りながら、キャスバルの横顔をそっと伺う。
ただでさえ少なめな口数が減って、皆も心配してる――無口を通り越してるベンに気遣われるって相当だぞ――とは言え、こればかりは外からどうこう言って簡単に納得できるもんじゃないって、経験上知ってるからさ。
結果、何もできずに、沈み込むキャスバルの隣に、ただ大人しく座ってる。
時々かすめる思考波には、トントンと手の甲を叩いて返した。
いつも、お前がしてくれてることだ。
『……ガルマ』
『はいよ』
呼びかけに即応答する。
ここにいるよ。お前の隣に。
『ロメオが言っていた。君は、とっくに覚悟を決めていると』
って、また余計なことを。〆るのはあの野郎もか。
演習での滑落騒動のあと、ロメオ・アルファには妙に懐かれた。
ほとんどいつものメンバー入りしそうな勢いで傍にいるから交流も増えて、自然、キャスバルとも接点ができたわけだが。
『……あの野郎、おれのこと200%くらい理想化しやがるから、差し引いて聞いてよ』
文句をこぼすおれに、ほんの微かな苦笑が返った。
『“生き残れる兵隊が欲しい”と言ったそうだね』
『ん。言った』
それなりに情が移ってる奴らが、消耗品並みに消えてったら色々と削れるだろう。
だからこその訓練、だからこその演習だ。
『彼らを死地に送り出すのは自分だとも』
『……おれはザビ家の人間だよ』
なんの因果か、“ガルマ・ザビ”として目覚めたあの日から、既にそのレールは敷かれてた。
もちろん、唯々諾々と従ってきたなんてことはなく、好きに動いて来たけどさ。
『僕はジオン・ズム・ダイクンの息子として生まれた』
『ん。そうだね』
『……だが、僕はその覚悟を“ギレン”に説かれたとき、そんなに重たいものを背負いたくないと思ってしまった』
自嘲が滲む“声”だった。
言われた内容に、一瞬ポカンとする。
『……幻滅したかい?』
『キャスバル。お前、なに当たり前のこと言ってんの――って、幻滅の方じゃ無くてな』
宇宙ネコみたいになった顔を戻せないまま、幼馴染の顔を覗き込む。
『んなもん、誰が好き好んで背負いたがるのさ? はいはい立候補する奴がいるなら、そいつはその重さを知らないか、考えもしない阿呆だろうよ』
んな奴にはついて行きたくないわー。イヤイヤと頭を振る。
『お前が、ちゃんと悩んでくれる人間で良かった』
キョトンと見返してくる表情は、存外に稚さが残ってんな、なんて思いながら笑いかける。
怯んで当たり前だ。
怯まないヤツなんて信用ならんし。
『もとから背負い切れるモンじゃねーもん。でも頑張るんだろ? それでいいよ。キャスバル、お前は確かにジオン・ズム・ダイクンの息子だけどさ、全部引き継がなきゃいけない訳じゃないし』
『……え?』
『おれも、ザビ家の”ガルマ”だけど、好きにやるし』
『……は?』
それで良いのかって、良いんだよ。
『共感できるトコは継げばいいし、そうでなきゃアレンジすりゃ良い。現に“ギレン”だってそうしてるし。大体、極論過ぎるでしょ、お前のパパン』
『……だが、皆が父を理想化してる』
難しい顔しちゃってるけどさ。
『おれはお前が良いよ、キャスバル。シンたちも、ここにいる奴らはみんな、お前の方が良いんだ。ジオンの理想なんて関係なくさ』
かぱりと意識を開いて、そのまま笑う。疑い深いお前は、触れてみないと信用しないだろ?
隅々まで撫でる思考波の波が少しだけくすぐったい。
『お前が最初に背負うのはアイツらだ。お前が良いって、お前を信じて付いてくる彼らだよ。背負甲斐あるだろ』
ポンポンと腕を叩く。
背負うものがわかりさえすれば、覚悟は追々ついてくるんだ。
大事なものなら投げたくないだろ?
それならきっと踏ん張れる。
『それ以外に背負うもんは、自分で決めてきなよ』
闇雲に何もかもを背負ったんじゃ、しんどさに勝てないから。ましてや勝手に乗っかってきた輩に手のひら返され罵られた日にゃ、いっそ全部叩き潰してやりたくなるし。
取捨選択は必要だ。
『やりたいようにやれよ』
『……君がしてるようにか?』
『そ。積載量は無限じゃないからね』
ニヤリと笑えばフンと鼻を鳴らされた。
『それにしては大き過ぎるんじゃないか? ムンゾを、コロニー社会を背負うなんて、柔な君には荷が重そうだが』
意地悪い声が言うけどさ。
『仕方ないだろ。そこが安定してなきなゃ、おれの可愛い“precious”たちが困るんだ』
“precious”――子どもたちと、ザビ家の家族と身内たち。お前も含まれてんだけどね、キャスバル。
おれが“ムンゾ”を背負う理由なんて、それ以外に無いしね。
『大事なもんだけはしっかり抱えてなよ。手放したくないものは絶対に諦めんな』
守ると決めた奴らについては全力で踏ん張れ。
おれは、その隣で頑張るからさ。
『……じゃあ、君の手綱を僕にくれるかい?』
お。ここでお強請りか。ちょっと調子戻ってきたかな。
『どーだろ。お前が捌ききれるってんなら、取ってみれば?』
ニヤリと口元を曲げる。
ジロリと睨んでくる青い眼は、やっぱり綺麗で嬉しくなった。
寮の屋上にひとりで上って、眼下を見下ろしてみる。
宵の時分。人工の地平に昼が消えて、頭上には暗い帳が降りていた。
キャスバルに口数が戻って、シンも失恋の痛手から復活した頃。
2年次も終わりに差し掛かり、皆の意識が変わってきた。
ここへきて、幾たりかが、また学舎を去っていった。
戦場に臨む未来を間近に捉えたとき、ここに残るか去るかを、それぞれが真剣に考え出したからだ。
逃げ出す自分は臆病者だと、泣いて訴えてきた奴も居た。
兵士と言う枠に囚われずに、自分に出来ること考えてよとお願いしたけど、縋りついたまま泣き止んでくれなかった。
むしろ余計に泣かした気がする。
ごめんね。そういう機微に疎いおれは、戦力が減ると知っても引き止める術を持ってないからさ。
だって、戦えないと己に見切りをつけたなら、早く逃げ出した方が良いだろ。
捨て駒にされる前に。
おれの中で、冷めた眼をした“おれ”が仲間を選別していく――戦いに身を置けるか否かを。
研ぎあげて、研ぎあげて。それでも、折れる刃は有るんだ。
ひと瞬きのうちに消えていった同朋たちを“覚えて”いる。
誰ひとり取りこぼさずに戦い抜けるなんて、思えるのはただの阿呆だ。
いつだって痛みなら覚悟してる。
だけど、どれ程に覚悟してたって、その時になったら足りないんだって、“おれ”は何度だって思い知ってきた。
――馬鹿だなぁ、キャスバル。
この先へ行くなら、お前もあの無力さを噛み締めることになるのに。
投げるって、逃げるって言っても良かったんだ――言えば良かったんだ。
そしたら、おれが逃がしてやったのに。
“ギレン”からだって隠してやったのに。
だって、“ギレン”が第一に思うのはムンゾで、コロニー社会で、人類の世界であって、お前じゃない。
“ギレン”の臨む先に世界を動かしてくだけ
なら、それはお前じゃなくたって良いだろ――お前が誰より相応しくて、望ましいってだけで。
身代わりにだってなってやれたのに。
そしたら――もう、傍には居られなかったけどさ。
――……おれは酷いやつだね。
お前が傷つくのをあれだけ怖れたくせに、投げないと答えたあの瞬間に、嘆くのと同じほど安心したんだ――お前から離れなくて済むって。
だから、幻滅されるんなら、それはきっとおれの方だよ。
しょんぼりしていたら、横からレーズンくるみパンが差し出された。
顔を向けると、ロメオ・アルファがいた。
「やるから食えよ」
「……なにゆえに」
「あんたがそんなに辛気臭い顔してるときは、腹すかせてるときだろ?」
なんたる。
心外だと眉を寄せたら、冗談だと返された。
それでもパンは引っ込められなかったから、真ん中で割って半分だけもらう。
屋上で、二人並んでパン咥えてるって、何コレ青春?
柵にもたれて。
じっと視線を向ける先、一人の青年が、教官に付き添われて寮の玄関を出ていくのが見えた。
キム・ボンジュン――先日、おれに泣き縋った、仲間だった青年だ。
頭脳明晰で、成績も良かった。
だけど、だからこそ、冷静に自らに資質を問いかけたとき、否と返ったんだろう。
ひとを殺められるか――できないと。
去ることを何度も謝られた。
――謝るようなことじゃないのにね。
お前は“まとも”だっただけだよ。それは本来なら誇るべき美点だろうに。
「……元気でね」
ポツリと喉からこぼれた声は、風に紛れて消えるだけ。届くことなんか決してない。
「――……あいつの見送りだったのか」
ロメオが目を見張る。
「偶々だよ」
――今日去ることは知ってたけど。
苦笑いしたら、何を思ったのか、ロメオは急に柵から身を乗り出した。
「キムーーーーー!!!!!!」
その大音声に仰天する。
ちょ、おま、いま鼓膜がビーンっていったぞヲイ!!
距離があったにも関わらず、その声は階下のキムに届いたようだった。
俯いてた顔が弾かれたように上がって、声の元を探している。
「キムーーー!! “元気で”って、ガルマがーーーッ!!!!!!」
ホントに声がデカすぎる。そしてなにを代弁してやがるの。
ああ、もう。また泣かせたじゃないか。
屋上のおれたちに気付いたんだろう。仰ぎ見た次の瞬間、キムは、崩れ落ちるように蹲った。
教官が宥めてるみたいだけど、彼はそこから動けずにいるし。
何やってんだよ。
「泣くな!!!」
大声出すのは、そんなに得意じゃないんだ。
「キム・ボンジュン!! 立て!! 前を見ろ!! 君は君の未来に進め!!! ……ッ」
ゲホゲホと、ほら、咳き込んじゃったじゃないか。格好つかないなぁ。
慌てたようにロメオが背を擦ってくれるけど、元はと言えばお前のせいだし。
涙目で睨んで。
「叫んで。“その先でも、僕たちの道はつながってる”って」
どのみち、おれたちはコロニー社会で生きてくんだから、嘘じゃないだろ。
ほら、人間拡声器、早く叫んでよ。
バシバシ叩くと、ロメオが頷いて立ち上がった。
「“その先でも、僕たちの道はつながってる”!!! ガルマがそう言ってる!!! 立てよ、キム!!! 胸を張れ!!!」
めちゃくちゃに叫ぶ。
屋上でこれだけ騒げば、そりゃ煩く思うだろうさ。
何事かと寮室の窓は開くし、屋上まで上って来る輩も居る――いつものメンバーとかね。
「ここに居たのかい、ガルマ。『なんの騒ぎだ?』
「ああ。騒がせたね、ゴメンよ。『人間拡声器が暴走したんだ』」
ちょっと遠い目になった。
「なんだよ。御曹司、見送りはしないんじゃなかったのかよ」
ライトニングがニヤニヤしやがるのをジロ見する。
「別に成り行きだし。良いから、ほら、整列してよ」
促せば、メンバー達がズラリと横に並んだ。
一様に表情を改め、姿勢を正す。
「キム・ボンジュンの道行きに、敬礼!!」
隊伍を組み、号令に合わせ、一斉に敬礼する――階下からも、それは見えただろう。
キムがヨロヨロと立ち上がって、そして、泣きながら敬礼を返してきた。
丸まった背をシャンと伸ばして。うん。頑張りなよ。
何度も振り返りつつ、キムが去っていく。
小さくなる背中を見送りながら。
「……君たちは良いの?」
今ならまだ引き返せるよ。
ラストの1年が過ぎたら、もうそこは戦場だ。
戦力が欲しいと掻き集めながら、それが同朋であるから、同じ程に逃げてくれと思う、ひどい矛盾。
自分でも歪んでるとわかる笑みに、「今更だ」と返したのは誰だったのか。
『……本当に背負うの? キャスバル』
『ああ。君とともに』
答えが返り、逃げ道は断たれた。
息が落ちる。ギュッと目をつむってから、開く。
双眸に映るのはどれも、様々な葛藤を飲み干した顔だったから。
「『――……いいよ、行こう』」
なにがなんでもお前の隣を歩くから。キャスバル、一緒に行こう。
こいつらも、何もかもを背中に担いで。
宵闇は深さを増していき、やがて訪れるはずの朝を、ひどく遠いもののように感じさせた。