ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 反逆の"ガルマ" 2【転生】

 

 

 

 いかに初対面の印象が最悪でも、他に対象がいない中で二人セットにされれば、流石にそれなりの交流は生まれる。

 ザビ家を離れ、キャスバルの住むフラットに逗留していれば、顔を合わせないでいるなんてことは不可能だし。

 無視し続けることは無理だとお互いに悟った朝、

「『ケッ。……おはよー』」

「『ふん。……おはよう』」

 こうして対話が始まったのである。

 思考波により口に出さずとも、また、多少の距離を置いてもやり取かりが出来るから、キャスバルとのコミュニケーションは独特なものになった。

 基本的に彗星様は、自分の中に他人を踏み込ませることをしないくせに、おれの意識の中にはズカズカと入ってきた。

 別に気にならんから構わん――どーせ碌なこと考えてないし――と、放置していれば、隅々まで見聞して、馬鹿にしたり、首を傾げたりしてから、最後にはこんなものかと落ち着いたらしい。

 どこかホッとしている風でもあった――おれが馬鹿なのにホッとするって、どこまで性格歪んでんのさ。まあ良いけど。

 ともあれ、“思考波だけで行う会話”は、慣れてしまえば結構便利だった。

 対外的な会話――聞かれても支障のない内容は言葉で行い、内緒話やいたずらの算段は思考波で、という具合である。

 お互いに猫を被っていたから、これは好都合でもあった。

 例えば、気に入らない家庭教師を撃退する為の相談とかね。

 

『ヤツの鞄に、女物のランジェリーをゴッソリ仕込んでおいた。セクハラペド野郎には相応しいだろ。――クソが、おれのケツ撫でやがって』

 絶対に許さん。

 家にはアルテイシアだっているんだ。こんな変態野郎をのさばらせておけるものか。

『たしかにクソ野郎だけどな――どこで調達したんだ? この家だったら殴るぞ』

 青い眼が絶対零度の冷たさでコチラを見るけどさ。

『んな真似するか。ローゼルシア様のだよ』

 ――可愛いのとかキワドイとか、色々あった。

 セクハラ教師撃退と、たまに来襲するヒステリックババアへの仕返しとで、一石二鳥を狙ってみたんだ。おれ天才。キリッ。

『…っ、フッ…ッ』

 思考波が揺れてる。これ、表情はギリギリで抑えてるけど、滅茶苦茶笑ってる感じだ。

『おい吹き出すなよ、不審に思われるだろ』

『……どうやって手に入れた?』

『ババアのパワハラ被害者を協力者に抱き込んだんだ。全部ババ下着にすり替えてもらった。今頃はルウム辺りに逃亡済――ほら、ヤツが鞄開けるぞ「せんせ~、それ、なんですか? ……っ、変態だ‼」』

「ランバ・ラル! 来てくれランバ・ラル‼ 『本当に酷い奴だな君は』」

「――???? こ、これは⁉ いやこれは違う‼ なにかの間違いだ‼‼ 騒ぐな! 騒ぐんじゃない‼‼」

「ヤダー、助けてー‼『そろそろ来るな』」

「ガルマに触るな!『ああ。来たな』」

 ドアの向こうから、慌ただしく駆け寄ってくる足音が――。

 

 こんなそんなで、おれは二人、キャスバルは三人の家庭教師を敗退させた。

 六人目については、前の五人よりもずっと授業が面白かったし、セクハラもパワハラもないし、二人を比べたり、競争を煽ることも、擦り寄ることもしなかったから合格とした。

 別に、青筋立てた“ギレン”の3時間にも及ぶ説教に懲りたからって訳じゃない――キャスバルだってそう言ってたし!

 何にせよ、思考波がつながるのは、今のところ、キャスバルとおれだけだった。

 試しにアルテイシアにも『こんにちは』をしてみたけど、なにも聴こえてないみたい。いつか開花するのかも知れないけど、まだ時期では無いんだろう。

 だから、このことは二人だけの秘密だ。

 小さなお姫様は傍若無人だった。

 アストライアが、他人の子供である“ガルマ”の面倒もよく見る――むしろ実子と別け隔てなく接してくれる――つまり、よく褒めて容赦なく叱るのを日々目にしてるからだろう。アルテイシアのおれに対する扱いにも、遠慮も容赦もへったくれもなかった。

 妹の我儘に振り回されるおれを、キャスバルは、笑いながら見ていた。

「ガルマ! あのお花を取ってきて!」

「僕に木登りをさせる気かい、レディ」

「ナイトはレディにお花をくれるのよ!」

「はいはい仰せのままに『何とかしろよ、お前の妹だろ』」

「素敵なナイトで良かったな、アルテイシア『頑張れ。それくらい登れるだろ?』」

 ――登れるけどな!

 公園の木に登って、後で怒られるのおれなんだよ。

 ともかく、おれとキャスバルは、同じ屋敷で過ごし、同じ教育を受けてきた腐れ縁――“ギレン”が画策したとおりの“幼馴染み”だった。

 外から見たとき、おれたちは兄弟のようでさえあっただろう。

 だからと言って、仲良しってわけじゃない。

 互いに思考波で意思の疎通ができるから、そして猫の皮が通用しない相手だから双方の粗も欠点も見えまくりで、“友達”の枠に入りきらないし、かと言って家族じゃない――他人よりは少し近い距離にいるくらいの関係だ。

 あんまり相性良くないみたいだしね。おれは彗星様のことリスペクトしてるけどさ。

『キャスバル大好きだぞー』

『嘘だな』

『ええー。一方通行通行の愛って切なーい』

『棒読みでありがとう』

『すげぇ面倒くさそうね』

『わかってるなら絡むな』

『……お前はさ、この先、年の離れた褐色の美少女と、青い目のヲタク少年と運命的な出会いをして、三角関係に陥るんだ。幸せになれよ!」

『………本気でそう考えてるのが判る分、質が悪いな。一度本気で頭を医者に診てもらえ』

『治せると思う?』

『すまない。愚問だったな』

 大体、いつもこんな感じでつるんでた。

 

 

 キャスバル達家族の隠れ住むフラットには、おれの他にも逗留してる人間がいた。

 ランバ・ラルと、その部下たちだ。

 ジオン・ズム・ダイクンが遺した家族の護衛が彼らの役目だ――まあ、ランバは命じられなくても、進んでその任に就いただろうけど。

「その割には、ローゼルシア様の侵入を許しちゃってるよね」

 あのババア、来るたびにアストライアに暴言吐きやがって――むしろジオンに恨み言吐きに行けよ。

 見上げれば、男らしい顔が悔しそうに顰められた。

「ダイクン家の力は強いんだよ」

 そーね。侵入は許してるものの、それ以上の暴挙は阻止してるあたり、体を張って守ってる感はあるけどさ。

「だが小僧、あれはないぞ」

「なんのこと?」

「部屋に鼠を放したの、お前だろう――まあスカッとしたけどな」

 ブククっと、思い出して吹き出すランバ・ラルに肩をすくめる。

「違うよ。僕は掛かったネズミを捨てに行こうとしたんだ。だけど、ルシファが飛びついてきたから、びっくりして手を放してしまって…」

「なるほど、たまたまネズミ捕りを持っていて、たまたまルシファと遭遇して、たまたまローゼルシア様が居た部屋でネズミを何匹もぶち撒けたと」

「そうなるね」

 物凄い叫び声だった。

 上品さをかなぐり捨てて、テーブルに飛び乗ったジオンの正妻は、悲鳴と罵倒と何だか良くわからない謎言語を吐き散らして逃げ帰っていった。

 当分来ないんじゃないかな。

 アストライアは目を丸くしてたし、キャスバルは珍しく大笑いして、アルテイシアは「ネズミなんか食べちゃダメ!」と、ルシファを叱ってた。

 ランバ・ラルの部下たちは、必死にネズミを追い出してたし。

「――お前、本当にザビ家の息子か?」

「それお父様に言ってみなよ。首と胴がサヨナラするかもね」

「……なるほどサビ家か」

 どういう納得の仕方なの。

 

 

        ✜ ✜ ✜

 

 

 久々の帰宅である。

 ――とは言え、家族は忙しい合間をぬって良く様子を見に来てくれているから、実のところ、会うのはそこまで久しぶりなわけじゃないけど。

「ただいま帰りました!」

 挨拶すれば、デスクについていた父上が、わざわざ立ち上がって両腕を広げたから、遠慮なく飛び込む。

 もうハイスクール卒業資格まで取得した――ばんばんスキップしたからまだ子供の域ではあるけど――おれを、まるで幼子みたいに抱きしめて頬ずりしてくるデギンパパは、もとのデギン・ソド・ザビより子煩悩じゃないかな。

「お父様!」

「おお、よく帰った。ガルマ、顔を見せておくれ。ああ、また大人びたか? ずっと手元に居れば良いものを」

 頬を大きな両手ではさみ、しげしげと眺めおろしてくるのに、満面の笑みを返す。

 強面のはずのデギンパパの表情は、マシュマロみたいにフワフワしたものだった。

「そんなに甘えて! もう小さな子供ではないでしょうに」

 苦言を呈する姉上様だって、その両手は、さあおいでとばかりに広げられてるし。

 デギンパパが笑って手を放すから、今度はキシリア姉さまを抱擁する。

 女性にしてはガッシリしてることを、ちょっと気にしてるようだったけど、姉さまはちゃんと女性らしい。

 最近では、元のキシリアなら決して着なかっただろうロングドレスやスカートを纏ってることも多いし。

 いまも、濃紺のワンピースドレス姿だった。

 襟が締まったお固めのスタイルだけど、繊細に透けるレースの花が艶めきを添えてる。

 視線が合えば、暗い鳶色の瞳が柔らかい光を浮かべた。

「ただいま姉さま」

「おかえりなさい。背が伸びたわね」

「ふふふ。育ち盛りですからね。姉さまは、ますます綺麗だ!」

 ちゃんと伸びていく背が嬉しい誇らしい。今生では“ちっちゃい”なんて言わせるものか。

 そしておれが素直に褒めれば、姉さまも嬉しそうに微笑んでくれた。

 兄たち3人はお仕事みたいで、屋敷には居ないみたいだった。

「ギレンたちも、夜には帰ってくる。久々に皆で揃って食事をしよう」

「みんな揃って? わぁ。楽しみだなぁ」

 きっと賑やかな晩餐になるだろう――大声ってことならドズル兄貴だけど――もとのザビ家に比べると、“うち”は家族仲が良好だ。

 たまの兄弟妹喧嘩はご愛嬌。殺し合いになんてならないから、サスロ兄さんも無事に生きている。

 ただ、ドズル兄貴は、車の爆破に巻き込まれなかったのに、MSの開発中の事故とかで、例の傷だらけの姿になってた。

 夕食までの時間は、デギンパパの書斎で過ごした。

 忙しい父上は、“ガルマ”の帰宅に合わせて時間を割いてくれたんだろうけど、流石におシゴトがあるからね。

 姉さまと一緒にお手伝い――おれは片付やお茶汲みくらいが関の山だけど――していれば、デギンパパは上機嫌だった。

 やがて、兄たちの帰還が次々に告げられる。

 晩餐の支度のため、一度部屋へ下がると、着替えが用意されていた。

「ありがとう」

 礼を告げる。顔馴染みの年配の女中は、ニッコリと笑って、ブラックスーツを着せかけてくれた。

 部屋まで迎えに来たキシリア姉さまは、誕生日におれが贈ったクリスタルのイヤリングを着けてくれていた。

 澄んだ光を反射してるそれに向ける視線に気付いた姉さまは、耳朶に指を添えていたずらっぽく笑った――わが姉ながら良い女だよね。

「よくお似合いです!」

「そう? ありがとう」

 思わずニンマリしそうになって、慌てて品の良い笑みにすり替えた。

 連れ立って食堂へ辿り着くと、すでに三人の兄達が揃っていた。

 皆がブラックスーツ姿なのが迫力だ――ん。悪役ファミリー極まりない。

「ガルマ!」

 ドズル兄貴が近づいてくるから、その腹に抱きついてみる。

「おかえりなさい、ドズル兄様」

「ただいま帰った。お前も良く戻ったな、この甘えっ子め」

 とか言いながら、ドズル兄貴の目尻は極限まで下がってる。

 ガッシリとした腕に抱き込まれて、ちょっとだけ苦しい。けど、これでも加減してるんだよ、兄貴は。

「“ギレン兄様”も、サスロ兄様もおかえりなさい」

 ドズル兄様の腕の間から、さらに二人の兄に声をかければ。

「ああ」

 ――それって挨拶なの? “ギレン”。

「お前もな」

 ――お。サスロ兄さんの返事のほうが長いとは。

 まあ、元から素っ気ない二人だから、こんなもんか。

 やがて家長たるデギン・ソド・ザビが登場して、晩餐が始まる。

 テーブルにつけば、まずアミューズが供されて、オードブル、スープと進んでいく。フルコースだ。

 メニューを上げれば、こんな感じ。

 アミューズにはファグラのテリーヌ。カットして二段になったファグラの間に、洋酒漬けのオレンジピールやレーズン、ドライチェリーが挟まってる。

 オードブルに、エビとアスパラガスのカクテルソース、白身魚のカルパッチョ、一口大のサーモンのキッシュ等々。全体的に海の幸――地球外で手に入れること自体がスゴイよね。

 スープはセロリのポタージュ、隠し味はアサリだろう。

 ポワソンに鯛のポアレ。掛かってるジュレがキラキラしてて綺麗だし、見た目よりコクがある。

 ソルベは檸檬のリキュール。爽やかな酸味のあと、フワッと残るアルコールが鼻に抜けてく――けっこう強いな、これ。

 アントレは小鴨のロティ。ソースはビガラード――オレンジの香りとカラメルの甘さにニッコリ。普段はルーアネーズとかが多いから、今回は“ガルマ”好みに仕上げてくれたんだね。

 さらにサラダのドレッシングはイチヂクの甘み。

 その後に軽く摘めるチーズが来て、次に甘いお菓子が――ドレッサージュされた皿の上に、ピスタチオのケーキ。

 また果物が別に来て、最後に、やっとコーヒーと小さな摘み菓子が来た。

 もうお腹パンパンではち切れそう。

 見た目は優雅にカトラリーを操って口に運んでいくけど、内心ではベルト緩めたいわーとか思ってる。おかしいな、先に緩めてた筈なんだけど。

 デギンパパ、渾身のフルコース。確かに好きなものばっかりだった。気持ちは嬉しいけど、この身体、案外食が細いんだよ。

 だけど、これは全てこの階級の人間には必要な事だ。

 美しく洗練された仕草で、気の利いた会話を駆使して、決して弱みを見せることなく、如何に相手の優位に立つか。

 棄民とさえ蔑まれたスペースノイドが、地球の軛を断ち切ろうとのし上がり、特権階級を築いたんだ。

 前時代的ともとれるきらびやかな衣服や文化、その在り方は、地球圏の人間には劣等感の表れだと揶揄されつつも、既に無視できない権威を有している。

 “三日月・オーガス”のときは底辺から這い上がったけど、“ガルマ・ザビ”はアッパークラスからのスタートだ。

 これら全てを、息をするかに自然に、当たり前に熟さなくてはならない。

 背筋を伸ばして微笑む。

 生まれついての貴公子として――おれには正直荷が重いけどね。

 

 

 夕食の後も居間で家族と過ごした。

 大人組は強い酒を嗜み、十代のおれにはグリューワインが用意された。

 日々の報告と他愛のない話、主におれが普段どんなことをしてたかってことを、掻い摘んでお喋りしてるだけかな。

 キャスバルの影響を受けたおれは、猫を被るのが上達したはずなのに、対外的には“やんちゃ”になったって思われてるらしい。

 引っ込み思案は直ったけど、その分“やらかす”ことも増えたんだって。

 デギンパパは終始穏やかな表情で、ときに声を上げて笑った。

 キシリア姉さまは、叱っていいのか笑っていいのか分からないって顔をして、ドズル兄貴は遠慮なく大笑いして、サスロ兄さんは、遠慮なく怒った。

 “ギレン”は、それを呆れ顔で眺めて、時折、鋭い突っ込みを入れてきた。

 対外的には冷徹で恐ろしいとされているザビ家だけど、この一族の情はとても強い。愛情然り、怨情然り。

 深くて激しくて、一歩間違えば相手も己も破滅させる。

 愛を乞うのも注ぐのも、権力を、名声を欲するのも根は同じだ。だからこそ元の時間軸では、ムンゾの頂点に立ち、ジオン公国の支配者たらんとしたとき、己を見失って失墜したんだろう。

 おれが“ガルマ”になって、ボスが“ギレン”になって、今この時点まで、ザビ家は内部の崩壊を免れている。

 だけど、相変わらず策略や謀略は外部に向いていて、敵が五万といることに変わりはない――なんか、悪役一家って感じはどうやっても拭えないんだよね。

 まあ、それなら“必要悪”を目指すとするよ――圏外圏の繁栄のために。

 向かう視線の先、“ギレン”が静かに頷いた。

 

 

 翌朝、何故かキャスバルが来襲してきた。

「やあ、来てくれて嬉しいよ!」

 エントランスで、“親友”を出迎えるために両手を広げる。

 軽い抱擁。

 ――オマエ、昨日は「静かになって良い」なんてほざいてた癖に、どーゆー風の吹き回しだこの気紛れ野郎。

「急に押しかけて済まない。君が居ないと物足りなくてね。『聴こえてるぞ』」

 はにかむような笑顔を作ったキャスバルは、思考波で突っ込みを入れてきた。

 敢えて伝えようとしなくても、これくらいはお互いに駄々漏れだからね。

「アハ! 僕もだ。『隠してねえよ』上がってくれ。ランバ・ラルに送ってもらったの? 彼は?」

「ありがとう。彼はもうフラットに戻ったよ」

 外から見れば、仲の良い幼馴染に見えるだろう。

 使用人達がニコニコしながら、お茶の用意をしてくれる。

 おれの希望に沿ってコンサバトリーにセットされたのは、紅茶とバターつきのパン。俗に言うイレブンジズ(11時の紅茶)――ちょっと時間には早いけどね。

「朝食がまだなら別に用意するけど?『で、朝からどーしたの? マジでなんかあった?』」

 ちょっと心配になる。

 ローゼルシアは、暫く来ないように撃退したはずだけど、もしかして根性出してきたとか?

 首を傾げれば、軽い笑い声が返った――思い出し笑いかね。

「いや。食べてきたから、これで十分だ。済まないな。家族で団欒だったんだろう?『残念だが君が面白がるような事件は無いな。今日はギレンは?』」

「『なんだ。“ギレン”に用事か』お父様は執務があるからもう家を出たよ。姉さまとサスロ兄様もね。あとの兄様達はまだ家にいるけど――“ギレン兄様”は、君が来てるのを知ったら、きっと顔を出すね」

「またお説教か?『色々バレてないだろうな?』」

「何も悪いことしてないじゃないか、僕たち。『何もバレてないよ』」

 顔を合わせてニッコリと笑いあう。

 サーブしてくれるメイド達が、皆、微笑ましそうな視線を寄越した。

 案の定、そう間を置かずに“ギレン”は現れた。

 途端に、メイド達の表情が改まる。

 コンサバトリーに硬質な空気が流れるから、ことさらに呑気な表情で笑いかけた――これがサビ家でのおれの役割でもある。

「“ギレン兄様”。時間があるようなら、一緒にお茶をしていきませんか?」

 鋭い三白眼がコチラを見て、ふっと息を吐く。

 それだけで、居並ぶメイド達の肩からも力が抜けた。

「良かろう。――キャスバル、よく来たな」

 普段の“ギレン”を知る人からは二度見されそうなくらい、穏やかな声だった。

「ご無沙汰しております。『ガルマ、今日のギレンの機嫌は?』」

『悪くない。むしろご機嫌――見りゃ分かるだろ』

 デレデレふやける半歩手前じゃないか。ホントにキャスバルのこと気に入ってるよね、“ギレン”ってば。

 返せば、得意そうな視線がキャスバルからチラリと。何だその優越感。

 僕のほうが“ギレン”に好かれてるとでも言いたいのか畜生め。

『妬くなよ』

『別に妬いてませんー』

 ケッ。

 三人でテーブルにつく。

 コンサバトリーに射し込む光は、ここがコロニーである事を感じさせない。

 陶磁器のカップに注がれた香り高い紅茶を楽しみながら、お喋りに花が咲く。まあ、ご令嬢方のキャッキャウフフには程遠いけどね。

 キャスバルは、これで“ギレン”に懐いている。

 家族が大変なときに助けてくれたって印象が強いんだろう。その後も、比較的よく頼ってるし。もしかしたら、兄のように思っているのかも知れなかった。

 だから、実の弟であるおれに対して、ことさらにイニシアチブを取ろうとするのかね。

 ともあれ、話題は他愛なくて、まだ本題は出てない。珍しいな。いつもはビシッと攻め込むキャスバルにしては、間が長い。

 切り出し難いことなんだろうか――チラリと視線を投げれば、それとは知れないくらいに、フンと鼻を鳴らされた。

「ところでギレン、“ガルマ”の進路はどうなってるの?」

 あ。それおれも知りたい。このままずっと家庭教師ってのも外聞的にどーなのよって感じだし。

 “ギレン”に目を向ければ、丁度、カップをソーサーに戻すところだった。

「それを聞いてどうする?」

 図るような声。

 三白眼がジロリとキャスバルに向けられるけど、この図太い幼馴染は、かけらも怯むようなことはなかった。

「僕もこの先を考えなきゃ行けないだろう? 参考にしようと思って」

「ね、“ギレン兄様”。僕たちは外でも学びたいな。このままじゃあまりにも世界が狭いもの」

 口を挟む。

 確かに、キャスバル・レム・ダイクンを、公の場に――例えばハイスクールとか――に出せば、要らぬちょっかいを掛けられるのは目に見えてるから、これまでは家庭教師に留めていたってのは理解できるけど、この先もずっとって訳には行かないだろう。

 あのフラットの居心地は良いけど、まるで箱庭のような世界は、キャスバルにもおれにも、狭すぎて窮屈だ。

 “ギレン”は骨張った手を顎に添えた。それから一つ頷いて。

「“ガルマ”、お前は士官学校へ行け」

 いともあっさりと言い放った。

「――ガルマを軍人に?」

 キャスバルの声が少し尖る。

「そうだ。ザビ家ではそれが慣例だからな」

 “ギレン”が当然の事として答えた。

 確かに上の兄姉は、皆が軍人としての教育を受けている。

「キャスバルは? 僕、ひとりになるのは少し不安かも…『ほら、キャスバル、お前からもなんか言えよ』」

「……士官学校か。『一緒に行って欲しいのかい?』」

 横目で見れば、なに、その『どうしようかな?』って顔――お願いしろって事か。ちょっとムカつくんだけど。

 “ギレン”は静かに紅茶を飲んでいる。キャスバルの言葉を待っているんだろう。

 ギロリと横目で睨んでも、キャスバルは涼しい顔である。ヲイ。

『――……。………、……キャスバル』

『なんだい?』

『愛してるんだ! 離れたくない‼』

 フグッと、一瞬、キャスバルの喉が鳴った。

 ――よっしゃ紅茶を飲み込むタイミングでバッチリ仕掛けられたぜ!

 ちなみにこれ、昨日見てた映画の中の台詞な。

 滅茶苦茶睨まれるけど、ニッコリと微笑み返す。

『……後で覚えてろ』

『ごめーん。記憶力には自信がないんだー』

 棒読みで返す。

 ふぅ、と、息を一つ吐いてから。

「ギレン、僕も一緒に行けるだろうか?」

 キャスバルが“ギレン”におねだりする。

 二つ返事で許可すると思いきや、“ギレン”の返事は「考えておこう」というものだった。

 あれ?

 ここへ来て引き離されるとは思えんけど、即答しがたい何かがあるって事か?

 こてりと首を傾げて“ギレン”の三白眼を覗き込む。

 その酷薄な印象を与える双眸がひとつ瞬いて。

「ときに“ガルマ”。ランバ・ラルから報告を受けているのだが……」

 厳しい声が。

 コンサバトリーの温度が急激に下がる――うぇへぇ。これ何かを告げ口されたってコトだよね?

 隣でキャスバルもギクリと身じろぐ。

 ――と。

「ご歓談中に失礼いたします。キャスバル・レム・ダイクン様にお迎えが参っております」

 ザビ家の執事が深々と一礼して告げたのは、このお茶の時間の終了だった。

「え、もう?」

「はい。如何なさいますか?」

「ああ。いま行くと伝えてほしい」

 キャスバルが答えれば、“ギレン”も頷いた。

『ひとりで逃げる気か⁉』

『逃げる? 迎えが来たから帰るだけだ』

 ――嘘だ! あからさまにホッとした顔しやがって。

 ひとり残れば、説教が待っている。ここは戦略的撤退だよね。

 静かに立ち上がり、

「“ギレン兄様”、僕、キャスバルを送ってきますね」

 優雅に見えるように一礼。

「おい、“ガルマ”」

 後でねー(訳:ほとぼりが冷めた頃に戻ります)と、唇だけで答えて、キャスバルの背中を追いかけた。

 

 

 迎えはランバ・ラルじゃなかった。

 もう一度言おう。迎えはランバ・ラルじゃなかったんだ。

 車はいつもの車寄せじゃなくて、ゲートの外に停まっていた。

 エントランスからは距離がある。

 そこに居たのは、何度か見た顔――ランバ・ラルの部下の一人だった。

 言葉を交わした覚えは無いけど、時々向けられてた視線が鬱陶しかった男だ。

 違和感――危機察知アンテナがピリリと警告を走らせる。

「キャスバル!」

 当然、彼も気づいたから、伸ばされた手を振り払った。

 だけど、車からは何人もの男たちが出てきて、多勢に無勢。

「ガルマ、来るな!」

「やめろ! キャスバルをどうする気だ‼」

 キャスバルの制止を無視して、腹の底から大声で叫びつつ突っ込んでいく。

 二人対多数でも、不利なことには変わらない――けど、今はこれで良い。

「ザビ家の末っ子か」

「丁度いい。こいつも連れて行くぞ!」

 複数の伸びる手に、動きを封じられる。

「やめろ! 離せ‼ お前達、こんなことをしてただで済むと思うなよ‼」

 口では抵抗するけど。

 そうそう、連れてってよ。キャスバルだけ連れ去られるのは困るからさ。

 どのみち阻止できないなら、一緒に行くよ。

 二人して車の中に引きずり込まれ、拘束された。

『なんで来たんだ! 人を呼べば良かっただろう‼』

 キャスバルが罵ってくる。叩きつけられる思考波は、色が見えるなら怒りの赤か。

 『この馬鹿』とか『考えなし』とかキレギレにつき刺さるそれに、敢えて鼻を鳴らす。

『あれだけ叫べばもう気づいてる』

 使用人には争う声が届いただろうし、家にはドズル兄貴も“ギレン”も居るんだ。直ぐにも手が打たれるだろう。

『こいつ等の狙いは僕だ。君には関係ない』

『それこそ関係ない。こんな奴らの思惑をなんでおれが考慮しなきゃいかんのさ』

 ホントになに言っちゃってんの。“我が幼馴染”に仇なす輩を、“おれ”が許すと思ってんの?

 ね、“おれ”、怒ってんだよ。

 実は激怒してんの。

 腹の底で“獣”が咆哮する。久しく眠っていた感覚が目を覚ます。

 さあ、首謀者は誰だい? そいつのところまで、“おれ”を連れてっておくれよ。

 じわり、と滲み出すドス黒いものに気付いたんだろう。キャスバルが目を見開いて――それから、小さく笑った。

 ――え?

 ちょっと予想外。ここは怖がったり嫌がったりするトコじゃないの?

『……何年一緒にいたと思ってる。お前の本性なんてとうに知ってる』

『……そう。良かった』

 嫌われるのはいやだからね。

 車はあちこち走り回ったようだけど、特に宇宙に出ることもなく、コロニーの中に留まっていた。

 運び込まれた先は、場末のビリヤードバーかなんかの跡。カウンターとビリヤードテーブルが残ってる。閉められて久しいんだろう。埃っぽい匂いがした。

 ふふん。宇宙ならいざ知らず、コロニーの中なら、そこはすなわちザビ家のシマだ。

 おれたちの位置は、この瞬間も“ギレン”が把握してる――位置測位システム舐めんな。

 時間さえ稼げば、救出は必ず来る。キャスバル・レム・ダイクンと“ガルマ・ザビ”が見捨てられはずないし。

 だけど、ただ待ってるだけじゃ面白くないよね?

 見交わす視線の先で、キャスバルが頷く。

 うわ。剣呑な光が青い瞳の奥でギラギラしてる。煮えたぎる黄金みたいな。綺麗だけど、めちゃくちゃ危険。

 何だか楽しくなってきた。

 ――さて、どうしてくれようかね?

 男達は、合流したものも含めて9人いた。

 屈強な体躯。ランバ・ラルの部下だった男を含めて、皆がジオン軍の制服を着てる。

 ホンモノは何人かな?

 拉致されたときの動きは、明らかに素人じゃなかった。訓練を受けてる人間のそれ――つまり、軍人ってことなんだろう。

 だけど、拠点に連れて来られて観察するに、制服は来てるけど動きは一般人って奴も居る。

 うち――ザビ家の政敵ってどの辺りだっけな。

ラル家はともかく、他はあまり知らされてないんだよ。“ギレン”に聞いても「いまはまだ知らんで良い」と素っ気ない答えだったし。

 大方、“おれ”が独断で“狩り”に出る可能性を厭ったんだろうけど、無理にでも聞き出しときゃ良かった。

 “敵”の情報が少なくて、判断に迷う。

 ――……仕方ないなー。

 最小限の身動ぎで、拘束を少しだけ緩める。

 心細さで擦り寄るようにキャスバルに近付いて、同じように緩めてやる。

 完全には解かないし、解けてるようには見えないけど、ここまでしとけば後は一人で外せるでしょ。

『まだ大人しくしててよ』

『わかってる』

 見た目は仔犬の兄弟みたいに身を寄せ合って。

『キャスバル、おれは“怖がり”で“弱虫”で“泣き虫”だ。これからシクシク泣くからそのつもりで』

 告げれば、思考波に笑いが混じった。

『……演技とはいえ、君の泣き顔を拝めるのか。悪くないね』

『ホントに性格悪いよねキャスバルって』

『君だけには言われたくないものだね』

 ケッ、とヤサグレた思考波を飛ばしたあと、気力と根性で涙腺を絞る。

 “三日月”だった時にはどうやっても流せなかった涙が、“ガルマ”では簡単に流せるから人体って不思議だ。

 不自由な姿勢で手足を拘束され、口にはテープ。強面の男達に拐われた子供だもの。怖くて泣いたって仕方がないだろ?

 鼻梁を越えて流れ落ちていく涙に、キャスバルが驚いたみたいに目を見開いた。

『……凄いな。知ってても騙されそうだ』

『だろ? さあここからが本番だ』

 涙は次から次へと溢れて、床に小さなシミをつくる。

 どーよ、このおれの演技力。抑えきれないような嗚咽をこぼして見れば、

「おや、ガルマ坊っちゃんは泣いていらっしゃる! 怖いか? 可哀想になぁ!」

 嘲るような声と共に、グイと体が引き起こされた。ランバ・ラルの部下だった男だ。

 フラットでは礼儀正しく接してきたというのに、化けの皮が剥がれればこんなもんか。

「『Enlevez vos de moi, de minable.(手を放せ、クズ野郎)』」

 口が塞がってるから、「うーうー」としか聞こえんだろうがな。

 眼の前に野卑なニヤけ顔。縛られた子供相手に優位に立った気でいるのか、クソが。

 涙目で睨みつければ、さらに籠められる力。

 ――ちょっと、なにハアハアしてんの?

 え? なんで興奮してんのお前? 気持ち悪いんだけど‼

『変態か⁉』

 あ。そーいやおれ、変態ホイホイだったわ。可愛さって罪だな。

『馬鹿なのか君は!』

『なんでおれを罵んのさ⁉』

 ――いま罵られるべきはこの変態の方だろう!

 思考波の火花がパチパチと。

 多分、助けてくれようとしてくれてるんだろうけど、隣でボスンバスンと――ちょっと、キャスバル暴れんな。もうちょい大人しそうな振りしてよ。

 その睨み殺しそうな凝視もやめろ。

 どんだけ血の気が多いのさ。まぁ、人のこと言えないけど。

 ともあれ、これで周囲はどう出る――止めるか煽るか。

「止せ」

 割と静かな声だった――ふうん、静止するんだ。

 一言。それだけで、おれを掴んでた男が、怯んだように手を放した。

 濡れた眼で見やる先、四十がらみの男が一人。首謀者はお前なの?

 少なくとも、この場では一番立場が上だと見た。カツコツと硬い足音を立てて近づいてくる男の目を覗き込む。

 長身、細身だけど筋肉質。軍人特有の身のこなし――冷た気な灰青の眼の底に、苦々しげな感情。

 ――なんだ、コイツじゃないのか。

 お前は不本意なんだね、この誘拐劇については。だけど、拒否できない。

 黒幕はここには居ないのか。残念だな。どう喰らってやろうかって思ってたのに。

 まあ、実行犯だって許さないけど。

 無骨な手が伸びて、口を塞いでいたテープを剥がしてくれる。イテテ、もうちょい優しくしてよ。

 パチリと瞬きすれば、残ってた涙がまたポロリと零れた。

「手荒な真似をして申し訳ない」

 謝罪した男は、同様にキャスバルの口元のテープも剥がした。

「ガルマは解放しろ」

 ――ふぉう。開口一番それかよキャスバル、カッコいいなぁ、お前。

『混ぜっ返すな』

『褒めてんのさ』

 キャスバルの勢いに、男が苦笑する。

「お前達は何者? なぜこんな事を?」

 素直に答えが返るとまでは思わんけど、聞かないと始まらんしね。

 表情に怯えを残したまま、それでも姿勢を正し、真っ直ぐに問いかければ。

「その年で気丈なことだ――二人とも」

 おれも? おれ泣いてるけど。

「大人しくしていれば、手荒な真似はしない。我々の目的については、君たちが知る必要はない」

「当事者なのに?」

「訳もわからずに縛られたままでいろと言うのか」

 おれの質問にキャスバルが補足する。

「金目当てじゃないな。正規の軍人が複数人混じってる。命じたのは誰だ? 誰が僕を利用しようとしてる?」

 そうねー、それに気付いてることを明かせば、まあ、相手は驚くかもね。

 案の定、男は目を見開いてキャスバルとおれを凝視する。

「ザビ家がキャスバルを擁することをよく思わない輩がいるのは知ってる。“連邦”と組んでいる“売国奴”は誰?」

 さらに畳み掛ければ、男はゆらりと離れた。その眼には驚愕の他に、怖れみたいな色が見えた。

『バックに“連邦”が絡んでると?』

『カマかけただけ。でもビンゴみたい』

 こんな暴挙に出る輩について、消去法で考えた結果だ。

 “ギレン”は、ここでも圏外圏が地球の軛を断って、対等な立場で共存共栄する道を探している。

 その思想は、ムンゾに留まらすに徐々に広がっていて、地球連邦政府にとって看過できないものになっているはずだ。

 想定してたよりも、連邦からの干渉が早まっていると、“ギレン”も零していたし。

 実際にフラットを訪れるご機嫌伺いの議員の中には、明らかに連邦の紐が付いてるような輩もいたしね。

 そのうちの誰かを焚き付けたものか、それとも地球行の“土産”にしようでも考えた愚か者がいたのか。

 ムンゾの旗印足り得るキャスバル・レム・ダイクンを浚い、ザビ家の力を削ごうと企んだんだろう。

 あわよくば、キャスバルを洗脳でもして、従順な“連邦の犬”として育てるつもりか――無駄なことを。

 思考を読んでるだろうキャスバルからの怒りで、頭が炙られそう――加減してよ。

『よく言う。お前こそ加減しろ――業火みたいだ』

 ――お互い様だろ。

 息を吸う、それから吐く。殊更にゆっくりと、見せつけるように胸が、肩が上下して。

 もう涙の色はない。ガルマ・ザビの顔立ちはけっこう整っている。だから、甘えを削ぎ落とせば、冷たくさえ見えるだろう。

「改めて聞こう。“売国奴”は誰だ。ここに居る皆が全てそれとは思わない。知らずに加担した者も居るだろう」

 ぐるりと睥睨して。

「お前たちは誇りを売り渡すのか。ムンゾを、キャスバル・レム・ダイクンを、家族を、友を売り渡すのか。長きに渡る連邦の支配に頭を垂れて、我らの血を吸ってぬくぬくと肥え太る地球のエリート共と、それに擦り寄る“売国奴”の下僕に成り下がるのか」

 声は張ることもしないけど、この場では充分だった。誰も口を挟まない。

 眼の前の男も、さっきおれを吊し上げた男も。

 ギレン・ザビの演説には遠く及ばずとも、これくらいのことならおれにもできる。

「お前たちがいましているのは、そういうことだ」

 さあ、自覚して怖れろ。迷え――だが血迷ってくれるなよ。

「僕は――キャスバル・レム・ダイクンは、ここにいるガルマ・ザビと、それからこの先、僕たちと共に立ってくれる人々と共に、ムンゾの、圏外圏の自由を手に入れる。スペースノイドこそが、人類の未来を担うに相応しいと言う、父、ジオン・ズム・ダイクンの言葉を信じているからだ」

 美しくも力強いジオンの忘れ形見――キャスバル・レム・ダイクンの姿を見ろ。

 幼さを残しながらも、キャスバルは己の立ち位置を、既に自らに定めている。

 その父と同様に、スペースノイドを束ね、導いていくのだと。

「問おう。お前たちは僕らの敵か? それともこの先を共に戦う同士か?」

 巧いな、キャスバル。こんな事をしたコイツらには、どのみち未来は無いけどさ。そう問われれば、グラっとくる奴は出るよね。

 視界の中、何人かの男達が忙しなく視線でやり取りしてる。ん。迷ってる迷ってる。

 だけど、軍人組は少し渋い顔――何より、リーダー格の男の表情が険しくなった。

 こっちはムンゾの出じゃないのかな。

 だとしたら。

『キャスバル、今のうちに拘束を解いておけよ』

『もう解いた。君は呑気だな、まだ縛られていたのかい』

 ふふん、と、青い眼が見下してくる。

 ――……。

 深呼吸。

 ここでキャスバルに腹を立てても仕方がないだろおれ我慢しろおれ敵は目の前だキャスバルじゃないぞ心を鎮めろおれ…

「なるほど。聡明だ。むしろ聡明すぎる程にな」

 軍靴がカツリと音を立てて、おれ達の前に立った。

 そうさ。傀儡にはならないし、いまさら矯正も洗脳も不可能だ。

「いま少し凡庸であれば、穏やかな人生も歩めようが」

 その言い分に鼻で笑う。

「Nous suis né avec le destin d'une rose.(我々は薔薇の定めに生まれたんだ)。刺々しく華やかに激しく生きろってさ。誰かの“お人形”になって生きるなんてゴメンだね」

 おっと。苛々して猫かぶるの忘れた――お前のせいだぞ、キャスバル。

 素のおれの態度に、男達は目を剥き、キャスバルは肩をすくめた。

 バラリ、と、拘束してた縄が落ちる――子供の体で良かった。もうちょい育ってたら手錠を使われてただろうからね。あれ、親指の関節外さないと抜けないから嫌なんだ。

「お前たち⁉」

 腕を伸ばされるけど、もう遅い。

「『キャスバル!』」

 転がってたキューを蹴り飛ばす。くるりと宙で回転したそれは、キャスバルの手の中へ。

 お前、レイピア得意だろう?

 目の端に幼馴染の獰猛な表情――本当に御曹司なのかお前は。

『鏡を見てから言え』

『おれはもっと可愛いだろ』

 キューの次におれが蹴りつけたのは、目の前の男の膝横だった。

 関節と粘膜は鍛えられないからな。膂力に劣る分、急所狙いでいく。

「ぐっ⁉」

 よろめいたところを更に引きつけて耳を強打。目だと反射で避けられそうだったからさ。

 突き返された拳は、だけど狙いがずれていた――ん。鼓膜か三半規管にダメージ入ったな、これ。

 隣ではキャスバルが大暴れである。強い強い。キューがまるで剣だ。

 弱いところを確実に突き通すその動きには遠慮どころか慈悲もない。

 あっという間に二人が戦闘不能に。

 残りは七人――っと、横から来た男の顎を下から蹴り上げて。あ、こいつランバ・ラルの部下じゃないか。がら空きの腹に膝を突き入れる――ついでに股間も踵で潰す。

 カエルの断末魔みたいな声が上がり、周囲がざわりと一歩引いた。

 よし、これで残り六人。

 うち軍人は、お、もう三人だけか。

『よそ見をするな!』

 うお。流石に鍛えてるな、一番偉そうなヤツ――ふらつきながらも銃を構えるか。

「動くな!」

「やだね。止まったら的になるだろ」

 肉薄、掌底で銃底を付きあげる――引き金が引かれ、弾丸は天井へ。

 銃声に反応してか、残る二人の男も銃を抜いた。

 鈍く光る銃口に、有象無象は悲鳴を上げて一斉に出口へと駆け出していき――

「ぬぅおおおおおおおおおぅ‼」

 ――ふぉうッ!????

 びっくりした! びっくりした‼

 心臓がタップダンス。

 物凄い野獣の唸りみたいな声と共に、巨大なゴリラ――じゃなくて、え? ドズル兄貴!??ーーが飛び込んできた。

 敵味方ともに、一瞬の恐慌状態。

 ぶっとい腕が一振りされただけで、出口に殺到してた男達が吹っ飛んだ。

 強え! カッコいいなぁ兄貴‼

「無駄な抵抗はするな‼」

 肺活量の違いか、耳がビリビリするような大喝。鋭い眼光。場を支配する威圧。

 ドズル兄貴の後ろから、雪崩込んでくる部下たちが、更にこの空間を制圧する――うわ、何人連れてきたのさ。

 ランバ・ラルもいる――素早くキャスバルに駆け寄って、その無事を確かめてるし。

 ――ん。助かった。

 ふー、と、息をついた途端に、

「――ガァルマァアアア‼ お前というやつは!! お前というやつはァ‼」

 どこまで心配をかけるのだと、巨大なゴリ…ドズル兄貴に突進されて、抱きしめられ――兄貴、ちょッ、締め上げてる締め上げてる‼

 ばんばんタップするけど、ドズル兄貴はオイオイ泣いてるだけで、腕の力は緩まない。むしろミシミシ増していき――あ、お花畑だキレイだなー……。

 最後に、キャスバルがおれを呼ぶ声が、遠くに聞こえた。

 

 

 

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