おれは愛されしザビ家の末っ子である。
ドズル兄貴におれだけ呼び出され、校長室に出頭した。
今度は何事かと首を傾げる先で、兄貴は、ちょっと逡巡する様子だった。
「ドズル校長……兄様?」
これは、兄弟としての話かな、と口調を崩せば、苦笑する気配が返った。
伸ばされた手に近づくと、当然のように掌が頭上におり、昔と変わらず、その太い指が髪を梳く。
「ガルマよ……お前は本当にMSに乗るつもりか?」
「はい」
即答する。真っ直ぐに兄貴の視線を受け、胸を張って。
数瞬の沈黙のあと、兄貴は悲しげにも見える表情で息を落とした。
「ガイア達に会いに行ったそうだな。入学前に」
「はい。キャスバルと二人で」
「その頃から決めていたのか」
「はい」
正確には、もっと以前から――“ガルマ”として目覚めたその日に。
「――……戦場に出る気なのだな」
「はい」
「それがどういうことか分からぬお前ではあるまいに」
「はい」
兄貴が思うよりもずっと、“おれ”はそのことについて知ってるんだ。
おれを覗き込んだ兄貴の眼には、哀しみと勁さが同じほどに浮かんでいた。
「言い表せぬ程の恐怖を、悲しみを、憎悪を、痛みを、僕はこの身に受けるのでしょう」
「耐えられると思っているのか!」
恫喝のような響きに、浮かんだのは微笑みだった。
「耐えねばなりません」
柔らかく響いた声に、兄貴が息を呑む。
「……ドズル兄様、僕もザビ家の人間です。兄様たちと同じ血を受けてここにいます。心も同様に――僕は、戦う側の人間です」
「……ガルマ」
「それに僕は、自分の価値を知っています。その僕が戦場に立つ利を、兄様が一番とご存知でしょう?」
元から低くはなかったけど、ザビ家の末子の知名度は、ここへ来て急激に上がっている。
メディアへの露出は家族総出で抑えてくれてるけど、それにより一層秘蔵っ子感というか、溺愛されてる感が強まっているんだよね。
それが前線に出て見なよ。ザビ家の本気を皆が知ることになるだろう。
「……本当に、お前は本当にそれで良いのか?」
繰り返される問かけに、ドズル兄貴の優しさと弱さを知る。
傷ついて欲しくないと。失いたくないのだと。
例えばおれがここで退くと言えば、兄貴は落胆と安堵を抱えて、この頼りない弟を、戦場から最も遠いところへ匿おうとするだろう。
――大事にされてるなぁ。
こそばゆい程に慈しまれていると、ちょっと泣きそうになるじゃないか。
今生のおれの拠り所だよね、ザビ家。だからこそ、相応しくてありたいと強く思う。
伸ばした掌で、兄の頬に触れる。
傷だらけの顔は、厳しくて、優しい。
自然と口角が持ち上がって、心底慕わしいんだって、そんな顔になってるんじゃないかな、おれ。
「僕は、兄様をお助けするんです」
言い切ると、ドズル・ザビの目から滂沱の涙が溢れた。
こんなに強いのに涙脆いなんて、可愛いね、兄貴。
ギュッとしがみつけば、太い腕が背に回った。苦しいくらいの抱擁。
「――……ならば、もはや何も言うまい」
らしくも無く、震える声で兄貴が答えた。
「だが、無理だけはしてくれるなよ」
「はい」
素直に頷いて身をはなす。
「このやんちゃ坊主め。キシリアとサスロ兄も心配していたぞ」
「ええ。メッセージが凄いことになってました」
ちょっと真顔になった。
ものすんごく長文で怯んだ。姉様のもだけど、特にサスロ兄さんの。
ラップトップの画面いっぱいにミッチリ詰まった文字列には、キャスバルでさえ慄いてたし。
「それで、姉様とサスロ兄様にも、できればいまのうちに顔を見せて来たいなぁって」
3年次にあがったら今よりも忙しくなるし、何よりも争乱が間近になるから、兄姉の余暇などまるで無くなる筈だ。
上目に見上げる先で、兄貴は思案する様子だった。
暫しのちに。
「そうだな。ちょうどサスロに予算の件で資料を求められてたから、お前が持っていってくれるか? キシリアにも伝えておくから」
「わぁ、ありがとうございます、ドズル兄様!」
ワシっと、もう一度抱きつく。
「なんだなんだ。随分と大人びた事を言ってた奴が、もうそんな子供みたいに」
そんな風に言いながらも、撫でてくる手はめちゃくちゃ優しい。
フフフ、甘えも処世のうちさ。ここぞとばかりにお強請りしてやろう、なんてね。
ここらで少し空気を変えて。
「でも……“ギレン兄様”でしょ。ガイアさんたちに会ったことをドズル兄様に話したの――また僕だけ除け者で兄姉会議しましたね?」
おれの拗ねた声に、兄貴の身体がギクリと強張る。
「いや、いやいやいや。お前はまだ学生であるからして…その…」
「“ギレン兄様”が、知らさずとも良いって言ったんですね」
見当はついてんのさ。
視線に少しだけ詰る色を混ぜてやれば、兄貴は大仰に仰け反って目を逸らした。
「ドズル兄様?」
「ぅ、おぉ」
ゴホンゴホンと、わざとらしい咳なんかしちゃって。
「……“ギレン兄様”は、僕のことがお嫌いなんでしょうか?」
しょんぼりとした表情を作り、寂しげにつぶやいてみる。
ほんっとに遠ざけられてるからね、おれ。
最近じゃゴシップ系のタブロイド紙なんかで不仲説も書き散らからせてるし。
なんなの、あの出版社。
内心でギリィっとしつつ、あくまでも寂しそうに俯くおれの肩に、兄貴の大きな掌が乗った。
「お前を嫌うなど、そんなはずがあるか!」
「……本当に?」
「もちろんだ。むしろ、ギレンは誰よりお前に期待している」
力強く請け負う兄貴に小首を傾げる。
「“ザビ家の最大火力”だと評していたんだぞ。この俺を差し置いてな」
太い笑みを浮かべながら伝えてくる。本当は兄貴――ドズル・ザビこそが、正しくザビ家の最大火力だろうに。
だけど、“ギレン”がまだちゃんとおれを戦力だと思ってくれてるなら。
「――……“ギレン兄様”と会ってお話しがしたいです」
面と向かって言ってよ、“戦え”ってさ。
真っ直ぐに視線を合わせて、軍服の裾をギュッと掴む――身を引こうとしたってそうはさせない。
「お忙しいのは分かります。でも、この先、もっとお忙しくなるでしょう? いま、ちゃんと、“ギレン兄様”にもお気持ちを聞いておきたいんです」
ねえねえ、お願いだよ、兄貴。
お強請り聞いておくれよ。ね?
じーっと眺め上げ続ければ、とうとう兄貴は両手を上げた。
「わかった! サスロとキシリアに諮ってなんとかしてやる!!」
なんだかやけくそ感があるけど、ん、ドズル兄貴なら何とかしてくれるでしょ。
ニンマリとほくそ笑む。
おれは愛されしザビ家の末っ子である。
だから、兄姉の力を借りれば、“ギレン”にだって手が届くのだ。
――覚悟してよね。
ウキウキワクワクしながら、おれはもう一度、ドズル兄貴の腹周りに抱きついた。
「『――ってことで、“ギレン”に急襲かましてやるんだ。キャスバル、僕、一度ズムシティに戻るね』」
「『待て。どうしてそうなるんだ』」
先日、脳ミソ絞り出されそうな勢いで“報・連・相”を義務付けられたから、ドズル兄貴とのやり取りを報告をしたってのに。
「『あだだだだだだっ!!?』」
なぜだ!? なにゆえにまた脳ミソ絞り出されそうにならねばならんのだ!??
就寝前、私室で寝台に腰掛けながら伝えてみたら、上の寝台からキャスバルが降ってきた。
挙げ句に頭を鷲掴みってさ。
必死にウゴウゴしてその手から逃げ出してから。
「『“ギレン”はおれを蔑ろにしすぎ! こないだだって会ってさえくれなかったし!!』」
キャスバルを呼び出したとき、おれの面会要請をさっくり却下しやがった。
メッセージだってレス無ぇし、返信があっても罵倒か説教ってさ。
いい加減、温厚なおれだってキレていい案件だろ。
「『君が温厚かどうかはさておいて、要するに拗ねているのか』」
「『まだ“特攻レベル”だけど』」
「『……瞳孔開いてるよ、ガルマ』」
キャスバルは呆れ気味だけどさ。
おのれ“ギレン”め。
ホントにここらで不満解消させとかないと、次のフェーズに移行するよ?
「『明日、キシリア姉様とサスロ兄様に書類届けた足で突撃する。もう協力は取り付けてあるんだ』」
「『……さっき校長室から帰って来たばかりでもうそれか』」
「『“兵は拙速を尊ぶ”って言うだろ』」
ふんすと鼻を鳴らす。
「『お前を脅かしたことの文句もあるし』」
「『それは、僕の覚悟が甘かったせいで…』」
キャスバルは少し気まずそうだけどさ。
「『それにしたって、言い方ってもんがあるだろ』」
いきなり大荷物押し付けてどーすんだ。
背負うか背負わないか、その選択肢すらなく、完全に背負う前提ってのはどうかと。
そのあたりも含め、一度お話し合い(物理)をだな。
掌に拳を打ち付けるおれを前に、キャスバルは溜息を落とした。
「『程々にな』」
「『おう。……止めないわけね?』」
「『どうせ君は止まらないし。その程度ならそれほどの被害は無いだろうしな』」
やれやれと肩をすくめ、キャスバルが上の寝台に戻っていく。
「『おやすみ、キャスバル』」
「『ああ。おやすみ、ガルマ』」
明かりを落とせば、眠りはすぐにも訪れた。
✜ ✜ ✜
「キシリア姉様! サスロ兄様!!」
サスロ兄さんの仕事場に入るなり、そこに居た二人に飛びついた。
事前にドズル兄貴から通達されていたサスロ兄さんとキシリア姉様が、おれの我儘のために、余暇を作ってくれたのである。
「ガルマ! 子供じゃあるまいにみっともない真似をするな!」
「本当に、いつまで幼いつもりでいるの」
言葉では叱ってくるけど、めちゃくちゃ抱擁してくるからね、この兄姉たち。
「ふふふ。ごめんなさい。だって、会えて嬉しくて」
寄宿してると中々帰れないし、兄姉たちはみんな忙しいしで、いつでも顔を見れるわけじゃ無いからさ。
つい全開ではしゃいじゃうんだよね。
「……仕方のない奴だな」
「そうね……日々頑張っているようだし」
「うむ。まあ、たまになら大目に見てやろう」
なんて。
どこまでおれに甘いんだろうね、うちの兄姉達は。
そっと身を離して、持ってきた書類を二人に差し出す。これも用事の1つだし、先に済ましちゃおう。
「ドズル兄様から、お二人にお渡しするようにと預かってきました。どうぞ」
「ああ。また金食い虫の相談だな」
「全くね。――ギレンやドズルが言うほどの戦力になるのかしら」
ぬ。二人とも未だに懐疑的なのか。
「MSは、連邦との戦いの切り札足り得ますよ」
静かな声で伝える。
二対の目が向けられ、その顰められた顔に苦笑いが浮んだ。
「お前、本当にアレに乗る気なのか?」
「ギレンから聞いているけど、賛成できないわ。危険すぎる」
渋る口調は、おれを案じるが故だ。
ね、誰が想像し得ただろう。いつかの時間軸で、悪役一家だったザビ家の家族への情は、本当はこんなにも深い。
あの世界でザビ家が崩壊したのは、向かう情の先が定まらなかったからなんだろう。
二人とも、ザビ家の末っ子が戦場に立つメリットを図れないはずも無いのに、おれの身の安全を優先させようなんてさ。
嬉しさに唇がほころぶのを見咎められるけど。
「ドズル兄様にもお伝えしましたが、僕も“ザビ家の人間”です。兄様たちや姉様と一緒に戦います。僕は僕のやり方で」
生意気をするけど許してって、真っ直ぐに視線を向ければ、めちゃくちゃ困ったような顔になった。
「……親父が何て言うか……」
「そうね。ギレンは、あなたに説得させるなんて言ってたけれど……」
そうだね。デギンパパにも心配をかけることになるけど。
「お父様は、おそらく、既に予測されているでしょう」
納得まではしてないだろう。だけど、その流れについては見通している筈だ。
「だって、お父様は、僕のことをとても良くご存知だもの――兄様たちや姉様がそうであるように」
おれの、“ギレン”の言うところの“悪辣さ”や“悪知恵”まで含めて、“可愛い”って言い切っちゃったんだよ、デギンパパ。
おれの本性を透かし見てさえ、揺るがなかった愛情ってすごいの一言に尽きると思う。
それは、ときどき綻びる猫皮の下を覗いてなお、可愛がり甘やかしてくる兄姉たちも同様だと思う。
「本当に、どうしてこんなにやんちゃに育ってしまったんだ!」
サスロ兄さんが天を仰ぐ。
「全くね。あんなに姉さま姉さまって、くっついてきていた甘えん坊が……」
キシリア姉様が頬を抑えて溜息を落とす。
だけどさ。
「僕、なんにも変わってないですよ。今だって甘ったれだし、昔からやんちゃしてます」
「そうだが! そうなんだが!!」
サスロ兄さんが頭を抱えてる。
姉様もだ。
――好きだなぁ。
ザビ家に生まれてよかった。
言葉は口からも転がり落ちてたみたいで、顔を上げた二人に、再び抱擁される。
「……この件は取り敢えず保留だ」
「突き進みたいなら、実力で示すしかないのよ。出来るの? ガルマ」
あと一年で、って。言外に告げてくる二人に力強く頷く。
身を震わすような溜息をついて、サスロ兄さんとキシリア姉様が身を引いた。
空気が重たくなっちゃったから、ここらで話題を変えようかね。
「それはともかく――姉様、ご婚約おめでとうございます!」
婚約祝いと一緒にメッセージは送ってたけど、ここは直接伝えないとね!
おれの言葉に、キシリア姉様は唇を柔らかくほころばせた。
「ありがとう……シャアを助けてくれて」
その瞳が潤んでるように見えるのは、気のせいじゃないんだろう。
「シャアにも言ったけど、あれは皆のおかげでしたよ」
突入はキャスバルの采配だし。
「でも、お前も頑張ってくれたのでしょう? ドズルから聞いているわ」
白い指先にサラリと髪を撫でられてて、擽ったさに身をすくめた。
「それにしても、あれは圧巻だったな! 見ていて椅子から転がり落ちそうになった」
サスロ兄さんが、珍しく大口を開けて笑った。
姉様が冷ややかな眼差しを向けるけど、見かけほど怒ってる訳じゃない。頬が赤いし。
「お前も良く認めたな。このシスコンが」
兄さんが軽く小突いてくるのには、唇を尖らせて遺憾の意を。
「別に……もともと認めてなかった訳じゃないですよ。でも、あそこであんな風に叫ぶんだもの」
命を懸けて。
あの瞬間、殺されることすら覚悟して、シャア・アズナブルはキシリア姉様を守ろうとした。
ザビ家を決して陥れはすまいと。
――最期なら、愛を伝えようと思った。
あとで聞いたとき、シャアは笑いながら、何でもないことみたいにそう言ったんだ。
みんなのド肝を抜いたあの発言には、それ以上の覚悟が籠めれてたことに気づかされた。
勝ち負けじゃないけど、でも、あの瞬間、“ガルマ・ザビ”はシャア・アズナブルに完全敗北したんだろう。
「あいつが姉様を幸せにできるかは分かんないですけど、頼りないし! ……でも、あいつは姉様と居られればそれだけで幸せみたいだし。姉様も、あいつと居ると笑顔だし……」
ああ、もう。拗ねてる訳じゃないんだ。
モゴモゴと口籠るのを、生暖かい目で見てくるの止めてくれないかな、二人とも!
大体、からかわれるなら姉様の方なんじゃないかと思うんだけどね。
そんなこんなで会合は和やかに進み、多忙な兄姉の都合で終了する。
「ガルマ、車を呼んであるから家まで乗っていけ。ギレンはまだ自室にいるのを確認したからな」
「また締め上げられそうになったら叫びなさい。女中頭に話してあるから――あのひとなら、ギレンにも強く言えるでしょう。いいわね?」
バタバタしくも名残惜しげに去っていく二人をニコニコと見送る。
「はい。ありがとうございます、サスロ兄様、キシリア姉様。お忙しい中、お時間作ってくれて嬉しかったです。お仕事、無理しないでくださいね!」
「お前も無茶しすぎるなよ!」
「本当に、やんちゃし過ぎないようにね」
そんな甘い顔も、一歩部屋の外に出れば別人みたいに引き締まるんだ。
側近たちが、「もう慣れた」みたいな様子でいるのがなんとも。
彼らにも目礼しつつ。
――さ、待っててよ“ギレン”。
楽しい逢瀬と行こうじゃないか。
車は勝手口につけてもらった。
使用人エリアを抜けて、いざ表廊下へ。
「坊っちゃん、ご武運を!」
「お気をつけて!」
力強い激励の言葉が背中を押す。
使用人たちは、ほとんどがおれの味方だからね。
ん。幼少から関係性を築いてきた甲斐あったわ。
ここまでは穏便に侵入できる――いや、自分の家なんだけども。
「ありがとう。皆はここまでで良いですよ。“ギレン”に見咎められるけどいけないから」
流石にカチコミに付き合わせるわけにはいかんので、ここで止めとく。
さて。ここまではおれの支配領域だったけど、この先は“ギレン”の領土だ。
親衛隊という名の護衛や伝書鳩達がウヨウヨいるからね。一気に本丸まで駆け上がれるかが勝負になる。
最近、よく走ってんなぁ。
ウォーミングアップは済ませた。
――いざ参る!!
自宅の廊下でクラウチングスタートきるって、そうそう無いよね。
一気に加速して補佐官たちの部屋の前を抜ければ。
「クソガキィイイ!???」
ガタガタンと何かを蹴倒したような音と、罵声か悲鳴か判じがたい声がおれをdisった。
誰かが廊下に飛び出してくる気配。
「敵襲ーーーーーッ!!!!」
もはや絶叫である。
お前かクソ鳩。
帰宅した末っ子に向かって何言ってんの。そこは「おかえり」だろ?
舌打ちしつつも足は緩めない。しかし広いなザビ邸。
クソ鳩の叫びに、血相を変えた護衛たちが飛び出してきた。
「ッ!? ガルマ様じゃないか!!」
一瞬、武器を構えてから慌ててそれを下ろす。
「敵に違いねぇだろ!! スタンガンブチ込め!!」
「閣下の弟君だろう!!」
いいぞ仲間割れ。その隙にさらに距離を稼ぐ。
つか、クソ鳩、お前は許さん。
角を曲がったら、まるで栓をするみたいに、護衛と伝書鳩とギレン派使用人がミッチリと廊下に詰まっていた。
ふぉう。物理で塞ぐ作戦に出たか。
「ここはお通しできません!」
アメフト選手みたいな構えだな。
「推して参る!!」
対抗策 “因幡の白兎”。
鰐の背中を飛び渡った兎みたいに、疾走の勢いを殺さず飛び上がって一人目を踏み台にする。
「うわぁ!?」
「嘘だろうッ!?」
――ホントです。
混乱する連中を足場に文字通り頭上をかけ抜ければ、“ギレン”の執務室は目前だ。
「おれ推参!! さあ話し合おう(物理で)!!」
扉を蹴り開けて飛び込み、目前の誰かにラリアットかました――ら。
「……何をやっているんだお前は?」
ものすごくガッチリした腕にガッシリと抑え込まれていた。
――あれ?
「…………………ランバ・ラル?」
額の青筋がすんごいことになってるラルおじさんが目の前に。
ふぅおぉぉううううううッ!???
なんで居るの!?
ここ“ギレン”の執務室。
キョロキョロ見回すけど、当の“ギレン・ザビ”がどこにも居ないんだけど!?
デラーズも見えないし、タチの姿もないってことは。
「逃げたな“ギレン”!!!!」
ジタバタウゴウゴするけど、抑え込んでくる腕はビクともしない。
――おのれ怪力め!
一拍開けて、護衛たちが雪崩こんでくる。
おれを抱えたまま、ランバ・ラルは静かに彼らに向き直った。
「……どうにも躾が行き届かずに済まんな」
とっても申し訳無さそうな声だった。
幼少期からダイクン家の護衛をつとめているランバ・ラルは、キャスバルとおれのお目付け役みたいな役割も担っていたから、事あるごとに「育て方を間違えた」とこぼすんだよ。
「こいつは俺が預かる。お前たちには荷が重かろう」
ランバの言葉に、あからさまにホッとした顔を見せて、面々が頭を下げた。
「申し訳ありません」
「お任せいたします」
「そいつヤっちまってください!!!」
クソ鳩、お前、拳握ってなに言っちゃってんの。
護衛一同が“鳩”の首根っこを掴んで退散していくのを、ランバが微妙な表情で見送っていた。
パタンと扉が閉じたと同時に、その視線がこちらを向いた。
「……わぁ。お久しぶりです、ランバ。お元気そうで何よりです」
ニコリと微笑んで挨拶をした次の瞬間、背骨が軋みを上げた。
「ちょっ、キ○ルグマ!???」
「お前はそろそろ“やんちゃ”で済む範疇を学べ。心底から学べ」
とか言いながら本気で締め上げてくんのやめて!
渾身のベアハグやめて!!
「折れる折れる折れる!!!」
「この程度で折れはせん」
「誰かモンス○ーボール持ってきて! このキテ○グマおじさんしまっちゃって!!」
「ふざけてられるならまだ余裕だろう」
「ぎゃーーーーッ、たーすーけーてーーーー!!!!!」
おれの叫びを聞きつけた女中頭が飛び込んでくるまで、ランバ・ラルのベアハグからは逃げられなかった。
テーブルに向かい合わせに座って、おれは紅茶、ランバはコーヒーを啜っている。
部屋の隅には目が笑ってないメイドたちが控えていて、ランバ・ラルは少しだけ居心地が悪そうに俺を睨んだ。
ツンと顎を反らして反抗する。
「拗ねてるガキの見本みたいな面だぞ」
「拗ねてますから」
“ギレン”に逃げられてオカンムリなんだよこちとら。
「これが悪手だと分からんお前じゃあるまいに」
ランバが苦笑する。
そりゃね、突撃は褒められた手段じゃないのは百も承知だけどさ。それに、そろそろ“ギレン”の方がキレそうだと思わなくもない。けど。
「……構ってほしいんですよ」
「壮絶に面倒くさい奴だな!」
そんな即答しなくても良いじゃないか。
「キャスバルにも言われる」
「直せ」
「性分ですぅ」
シレッと答えれば天を仰がれた。
「良いじゃないですか。“ギレン”とキャスバル限定だもの」
他にウザ絡みなんかしやしない。
「――………そう言やそうか」
不思議そうな顔をされても。
「なんだかなぁ。ギレンもことお前に関してはガキみたいにムキになるきらいがあるしな」
「そう?」
そんなことあったっけと首を傾げる。
「当事者にはわからんだろう。サスロやキシリアもそう言っている」
ふぅん? そんなもんかね。
姉様たちか言うならそうかも知れないけど。
腑に落ちないないながらも頷く。
取り敢えず、襲撃は失敗した。
また次の手を打ちたいところだけど、流石にもう暇が無くなるし。残念。
溜息を落とす姿をどう見てか、ランバは軽く肩をすくめた。
「で、このあとはどうする気だ?」
「子供たちの顔を見てから帰りますよ。昼時には帰ってくるって聞いてますし……父様はお忙しくてお会いできないみたいですから」
顔を見たいし見せたいと知らせけど、こう急だと、やっぱり無理だよね。
会談やらなにやらで時間が取れないと、側近からメッセージが入ってた。
これ、途中で情報止めたね?
まあ、万が一にでもパパンが末息子にあいたいなんてゴネたら大変だとか思ったんだろうけど。
なんて。デギンパパは公正なる公人だからそんな無茶言う訳ないのにさ。
「そうか。では帰りは送っていこう。ドズルに用事もあるからな」
「結構です。多忙なラル家当主を煩わせる訳には…」
「お前を放置してまたぞろ何かしでかされる方が事だ」
なんたる信用の無さよ。目を細めてイヤだという顔を作ってみるけど。
「送るぞ」
「――………………はぁい」
拳骨の形に握られた手を見てしぶしぶ了承した。
ランバが吹き出す。
「お前、そういう顔は悪ガキの頃からまるで変わらんな」
「昔ばなしするのって年取った証拠……そんなことより、ハニムーンは楽しかった?」
話題を変える――だから、その拳骨しまってよ!
昼になって、子供たちが帰って来た。
『〜ッ!? ガルマ!??』
真っ先におれに気づいたのは、やっぱりアムロだった。
思考波が飛んでくるやいなや、さっきのおれに負けないほど騒々しい足音が廊下に響きわたる。
メイドたちか微苦笑しながら、あらかじめ部屋の扉を開けておいてくれた。
激突されたら大変だもんね。
おれは椅子から立ち上がって、待ち受ける――そのままだと椅子ごと倒されそうだし。
「『やっぱりガルマだ!!』」
両手を広げた次の瞬間には、記憶より背丈の伸びた少年が真っ直ぐに飛び込んできた。
踏ん張る。一瞬、軋んだような気がする肋骨は、頑張って意識の外へ。ここでフラフラしたら格好つかないからね。
「『アムロ、また背が伸びたね!』」
うわ成長早いなぁ。どんどん視線の高低差が無くなってく。
え、これそのうち抜かされる?
愕然としてるおれに気づいたんだろう。抱きついたままのアムロがニンマリと笑った。
鮮やかな碧の眼がいたずらに細められるのに、一瞬見惚れる。
キャスバルの青も物凄いけど、アムロの碧も格別だよね。
「『みんなも伸びたよ。ガルマは?』」
言ってくる言葉は生意気だけどさ。
スンッと表情を薄くしたおれに、アムロはますます楽しげに笑った。
さらにギュウギュウ締め上げてくるから、ギュッと締め返す。
「『多分、2mm伸びましたー』」
「『それ気のせい!』」
「『違うから! 伸びたから!』」
なんてやってたら、ドスンともうひとり来た。ふぉう。
吹っ飛びかけたのを、アムロに支えられる。
「『ホントだガルマだ!』」
お前かゾルタン。
うっわ、こっちも背が伸びてるし。
猫みたいなつり上がり気味の双眸が一つ瞬いて、ライトグレーの瞳がキョロリと回った。
「『……ちょっと縮んだか?』」
「『言ってはならんことを!?』」
だから、2mm伸びてる筈だってば!! 多分。
身長差が縮んだから、相手が小さくなったように感じられるんだろう。子供らの成長は大変に嬉しいが、微妙に悔しくもあるな。
コイツもまとめてギュウギュウする。
キャーとかギャーとか、また笑い混じりの悲鳴が上がる。
じゃれていれば、さらに戸口に気配が。
「『カイ、と………………フロル?』」
え、えええ、フロリアン・フローエ、だよ、ね?
まだ一桁台だったはず、年齢は。
なのに、めっちゃくちゃ誇らしげに胸を張るチビっ子は、ちょっとチビと呼ぶには差し障りそうにニョキニョキ伸びてた。
トコトコ近づいてきて、バフリと抱擁に混ざってくる。
「『見違えた。もしかしかしたら、将来、キャスバルよりも大きくなりそう』」
「『なるよ!』」
ニコニコしちゃって、まぁ。
「『……君は変わらないね、カイ』」
「俺だって3cm伸びてんだよ!!」
抱擁には混ざらずに捻くれた顔で見てくるカイ・シデンをからかえば、真っ赤な顔して怒鳴られた。
戻ってきたのはBoysだけで、お姫様たちはレディ・ラルとお出かけなんだって。あれま残念。
アムロたちは帰還を知らせてなかったことに拗ねたりしてるけど――“ギレン”に察知させないようにしてたからさ――サプライズだと思ってよ。
久しぶりに皆ではしゃいで、おやつを作って、またはしゃいで。
「『キャスバルは一緒じゃなかったんだね』」
「『うん。ごめんよ、僕だけだ』」
“ギレン”襲撃がメインイベントだったからさ、なんて意識の下でコッソリ思う。失敗しちゃったけど。
「『良いんだ!』」
「『だいじょうぶ!』」
「『いつも独り占めしてるからな!』」
アムロとフロルは許してくれるけど、ゾルタンはご不満らしい。
「『あ〜。そうだね。いつもキャスバル独占しちゃってごめんね?』」
「『違う! おやつとか!! キャスバルばっかり!!』」
ふぉ。そっちか。
思わず吹き出しちゃったじゃないか。相変わらずおやつ要員だよね、おれ。
それなら日持ちしそうなものを、山ほど作り置きしておこうかな。ビスコッティとか。割と簡単だし、コックが手伝ってくれるから失敗しないし。
みんなも手伝ってくれるのが、めちゃくちゃ可愛いし楽しい。
あれ、おれの帰宅の真の目的って子供らと遊ぶことだったっけ?
きっとそう。そうに違いない。うん、そうだった。
癒やされるったらないね。デロデロに蕩けそう。
時間ギリギリまで粘って構い倒して、やがて、しびれを切らしたランバ・ラルに首根っこを掴まれた。
「そろそろ戻るぞ」
「『ううう……みんな、またね。今度はキャスバルも連れてくるよ』」
「『絶対だよ!!』」
「『待ってる!!』」
「『いっぱいかえってきてね!!』」
うわぁ。可愛すぎる。戻りたくないよぅ……むしろ、キャスバルが来いよ今すぐ。
なんて、願っても叶わない事もあるもんだ。
無情にも、ランバは引っ張る腕の力を強くした。
「刻限過ぎるだろうが!」
ズルズルと引きずられていくおれを、子供たちが手を振って見送ってくれた。
そんな天使たちから、キャスバルとおれ宛にプレゼントが贈られてきたのは、それから半月くらいの後だった。