爆発した。
プレゼントが爆発した。
もう一度言おう。
天使たちからのプレゼントが、爆発した。爆発、したのだ。
事のあらましはこうだった。
「『――プレゼント? あの子たちから?』」
寮の私室に届けられたそれに、飛び上がるほど喜んだ。
“ギレン”の急襲に失敗してから半月ほど経ってのことだ。
誕生日でもクリスマスでも記念日でも無いけど、日頃のお礼なんだって。
「『キャスバルはこっちで、おれのはこれだね』」
綺麗にラッピングされた小箱を、矯めつ眇めつ、あらゆる角度から愉しむ。
落ち着いたリーフグリーンの包装紙。リボンは、おれのがネイビーで、キャスバルのはカーマインだった。
――なんだろう?
ワクワクする。
手渡す先で、キャスバルがバリバリと包装紙を剥がした。ヲイ、もうちょい丁寧に剥けよ。
「『そうだな。……あぁ、メッセージカードもついている』」
指に挟んだカードを、ヒョイと差し向けてくるから覗きこめば。
「『寄せ書きだ! ……みんな、字が上手くなったねぇ。ふふ、可愛いなぁ』」
“いつもありがとう”とか“大好き!”とか。定番だけど最高に嬉しい言葉が並んでる。
「『……おれのには、何て書いてあるかな?』」
期待と、ちょっとだけ不安でドキドキしてるおれを尻目に、キャスバルはサッサと箱まで開けてしまった。
「『ふぅん……万年筆だ。インクも入ってる』」
その手が翳したものに目を見張る。
深紅の艶も美しい万年筆。使い勝手を重視することで知られる老舗の一品だ。
「『わぁ、奮発したな!』」
比較的手に入りやすいメーカーのそれではあるけれど、子供らにとっては決して安い買い物じゃなかったはずだ。
お小遣いを貯めていたのか。
欲しいものを我慢したんじやないのかな。
あの子達が、おれたちのためにって思ったら、ちょっと涙が滲んできたよ。
万年筆なんて、一生使える物じゃないか。
「『おれのも、そうかな?』」
高鳴る胸を抑えながら、そっとリボンを解く。
包装紙を丁寧に剥がし。
「『……せ〜の』」
ヒョイと箱の蓋を開け――。
「『ッ!? ガルマ!??』」
「『……っぷ』」
その、白く埋め尽くされた世界をなんと言い表そう。
天使たちからの贈り物だったはずの箱から飛び出したのは、小麦粉爆弾だった。
それはおれの顔面にぶち当たって、あたり一面を染め変えてる。
ゲホガホと噎せこむ息を必死で整えれば、ポロリと涙が溢れた。
何? 何が起こったの……?
呆然と視線を向ける先、箱の裏蓋に貼られている一枚の写真を見つける――タチ・オハラとその一党の、物凄くいい笑顔の集合写真を。
「『…………クソ鳩共がッ!!!!!!!!』」
面識ある面々は顔出しで。それ以外は小馬鹿にしたような仮面をつけて。
アイツらの仕業か。なんて嫌がらせだ。箱にバネ仕掛けで小麦粉袋を仕込みやがった。
ん。怒り狂うと、ほんとに体ってワナワナ震えるんだね。
何してくれやがるの。おれの天使たちをダシにしやがって。
ひどく醒めたような、冷めたような、焼き切れるような気分。
箱の隅に仕掛けられてたカメラも見つけて叩き潰す。
「ガルマよ、子供らから何か送られてきているぞ……ガルマァアッ!???」
部屋を訪れたドズル兄貴の悲鳴が上がるけど、ちょっと取り繕ってる余裕無いわ。
肚の底で“獣”が咆哮する。
良かろう、ならば戦争だ。狩りだ。“鳩”共め。一羽残らず毟ってやる。喰い殺してやるよ。
殲滅の為の100のプランが明滅した。
「『ガルマ、少し落ち着つけ』」
駄々漏れの思考波にキャスバルがドン引いてる。
ラップトップに飛びついたおれを、キャスバルが羽交い締めにして、シャワーブースに引っ張っていこうとする。
「『脱げ。そして流せ。ついでに頭も冷やせ』」
「『“鳩”を焼き払ってからだ!』」
「『部屋を粉まみれにする気か』」
「『もうなってるだろ!』」
「『これ以上はよせと言っている』」
狭いブースでギュウギュウ押し合い、ギャンギャン遣り合ってると、ドズル兄貴がおろおろしながらも首を突っ込んできた。
「何があった」
「ギレンの悪戯ですよ。おそらく」
「……何をやっとるんだ彼奴は」
理解できないと言うように、首を振ってため息をついた兄貴は、俺の頭に手を置いた。粉で汚れるのも厭わずに。
「ギレンには俺から言っておく。お前はとにかくそれを落とせ。子供達からの贈り物は、俺が預かってきた。シャワーを浴びたら渡してやる」
太い指が宥めるように撫でてくる。
そうか。プレゼントは無事か。
置かれた手のひらにグリグリと頭を擦り付けてから、頷く。
よく粉を払ってからシャワーを浴びたけど、ダマダマになって手間取った。
なんとか落とした後も、ブース内の片付けが面倒だった。
ぐったりとして出てきたら、部屋の中の粉っぽさは無くなっていた。
モップとかの掃除用具は出しっぱなしだったけどさ。
「『それは君が片せよ』」
疲れた顔でキャスバルがため息をついた。
「『はいよ。りょーかい』」
お掃除ありがとう。
ドズル兄貴はもう居なかったけど、机の上には小包が置かれていた。
さっきのそれと寸分違わぬ包装にドキドキする。
急いで掃除用具を片付けて戻って来て、ネイビーブルーのリボンにそっと手を伸ばした。
仕切り直しだ。
しゅるりと衣擦れの音を立ててリボンは解けた。リーフグリーンの包装紙を丁寧に剥がすと、メッセージカードが現れた。
“大好き!”って、最高の言葉だよね。
おれも大好きだよ。
今度こそ嬉しい気持ちで涙ぐむ。
そっと開けた箱の中には、キャスバルとお揃いの万年筆があった。
おれのは濃紺の色合いで、光にかざすと、深い青みがトロリとした艶を増した。
金色の筆先はスタンダードで、どんな用途にも合うだろう。
――お礼の手紙を書こう。
もらったメッセージみたいに、心に届く言葉が書けたらいい。
だけど最初は、あの子達の名前、それからキャスバル、お前の名前を書くことにするよ。
「『宝物だ』」
ふふふふふふ、ふふ、ふふふふふふ……
段々、笑い声の響きが変わっていく。
この宝物を、アイツら、あんな風に扱いやがったんだ。
「『万死に値する』」
「『……まだ怒りが鎮まらないのかい』」
呆れ声だったけどさ。
「『何で鎮火すると思うの』」
万年筆を恭しくしまってから、おもむろにラップトップを開いた。
「『ほどほどにしておけよ』」
「『……プレゼントは無事だったからね』」
ぎりぎりリカバリーが可能な範囲にしといてやるさ。
ポチッとな。
別件で仕込んでおいた仕掛けを流用して発動させれば、物凄いビープ音が鳴った。
無視して強行する。
ラップトップは静かになったが、その後で、とんでもない数のメッセージが送りつけられてきた。
攻撃に気づいた“鳩”たちからだ。
どうせ捨てアカだからと、落として捨てる。
バイバイ“鳩”共。
――せいぜい慌てふためくが良い。
おれの逆鱗に触れてこの程度で済んでるのは、ひとえにプレゼントでこの心が慰められたからだ。
アムロ達に感謝しなよ。
明日は朝一で、あの子達にお礼のお手紙を書かなくちゃ。
「『……おやすみ、キャスバル』」
「『このまま寝るのか』」
「『寝るとも』」
疲れたんだよ。
のそのそと寝台に這い込んだおれを、キャスバルの呆れ顔が覗き込んできた。
「『……本当にリカバリー可能な範囲だろうな?』」
「『へーきでしょ、奴ら、優秀らしいし』」
「『まあ、そうだな』」
「『そうだよ』」
無能なら“ギレン”が飼ってるわけないんだし。
枕に頭を乗っければ、気絶するみたいに眠りに落ちた。
さて。そろそろ“鳩”は切り離そう。
もともと“ギレン”に近況を知らせるつもりで繋いでたけど、こうもつつかれると、お互い気に触るし。
“ギレン”の状況ならヤツらを介さずとも手に入るし――つか、どうせ奴らはくれないしね。
そんなこんなで、“鳩”共をすべてシャットアウト。何もかも隠蔽すること1ヶ月。
さぞかし清々しい気持ちで過ごしているんだろうと思いきや、何故か、目の下に濃い隈をこさえたタチ・オハラに急襲された。
学校まで乗り込んできた“伝書鳩”の頭目は、おれの腕を引っ掴んで相談室へと連れ込んだ。
あまりの剣幕に、いつものメンバーは、キャスバルを呼びに走って行ったらしい。
「おい、ガルマ・ザビ」
敬称抜けてるって、何?
「どういう育ち方をしたらあんたみたいな悪魔が生成されるんだ。錬金術か? ザビ家の全ての悪辣さを煮詰めたのか?」
「なにうちのことdisってくれてんのさ」
「俺がディスってるのはあんただけですよ!」
えええ。そんなに怒鳴らないでくれたまえよ。
「どうしたの、タチ? 別にこの前のいたずらのお詫びで来たわけじゃないんでしょ?」
小首を傾げる。
何なの、心当たりないんだけど。最近お前たちに何も流してないし、押しつけたりもしてないじゃないか。
「謝って済むなら、謝ったっていいんですよ!」
「そんなにキレられても。何なの? 何に追い詰められてるの?」
そりゃ仕返しで全データのパス上書きしてやったけど、あの程度のセッションハイジャックなら、翌朝には復旧してたじゃないか。
それくらいで揺らぐお前らじゃないだろ?
本気で思い当たる節がなくて、目をパチクリとしていたら、まじまじと覗き込んできたタチが、ものすごく大きなため息をついた。
「無自覚だったよこの坊っちゃん…」
だから何がさ。
温厚なおれ――みんなは否定するけどさ――だってそろそろ怒るよ?
「あなた達が煩わしいって言うから、厄介事を押し付けるのだってやめてあげたのに、何の文句があるって言うんです?」
唇を尖らせる。
タチは目をひん剥いた。
「それですよ! あんたが暗躍している気配はあるのに、ちっとも情報が上ってこない。後手後手に回って、こっちはてんやわんやです!」
何を勝手なことを。
「調べるのはそっちの十八番でしょ?」
“伝書鳩”って、詰まるところ“ギレン”の諜報機関じゃないか。
「他にもやることが満載なんです! なんで、上司の弟の悪巧みに、我々が戦々恐々しなきゃいかんのです!?? 敵か!?? 敵なのかあんた!???」
バリバリと頭をかきむしるタチに、ちょっと引く。
「ええ〜」
そんなこと言われたって。
「大体、今までのあれが、近況報告のつもりだったなんて誰が思うんです? あんたのしでかすことに疑心暗鬼になった部下が二人も倒れましたよ……」
ガックリと肩を落とされてもなぁ。
目を細めて眺める。
「……わかりました。程々に知らせれば良いんでしょ」
「暗躍しないって選択肢は無いんですか」
「無いよ。あると思うの?」
「悪魔め…」
恨みがましい顔されても、こればっかりはさ。おれはおれにできる準備を最大限頑張ってるだけだし。
「“報連”を心がけます。それで良いでしょ?」
「“相”が抜けてますよ。“報連相”です」
「はぁい」
心掛けはするよ、一応。
タチはフンと鼻を鳴らした。
「ついでにお聞ききしますがね、いまは何をたくらんでるんです?」
「年がら年中悪巧みしてるみたいに言わないで欲しいな」
「あんたの思考は基本が悪巧みなんですよ」
もはや息をするかの如くに、悪態を吐き出すタチである。
「酷いなぁ。別にいまは何も。仲間の底上げにかかりきりですよ。時間がないもの」
「閣下も仰ってますね、時間が無いと」
「でしょうね」
この時間軸じゃ全てが前倒しで進んでいる。
引き締めて引き締めて、“暁の蜂起”まで暴走させないようになんとかコントロールしてるんだよ。
「……閣下といいあんたといい、一体何が見えてるんですか?」
歯痒そうな声だった。
「見ようとしてるだけです。“ギレン兄様”はより良い“未来”を。僕は勝つための“戦場”を」
「同じではないと?」
「同じだったらこんなにすれ違ってないよ」
ため息が落ちる。着地点は遠からずだけど、おれと“ギレン”では、その経過が大きく異なるからさ。
「大丈夫。大枠では同じ方向を向いてる…はず」
「大枠過ぎるでしょう!」
タチが叫ぶのと、ほぼ同時にノックがあって、ドアが開いた。
「キャスバル、来てくれたの」
「タチがすごい剣幕で君を連れていったと聞いたからな」
部屋に入ってきたキャスバルが肩をすくめた。
「それにしても、酷い隈だな。タチ、休めてないのか?」
「察して下さいよ。あなたも、ちゃんとコレの手綱をとれって言われてたんじゃないんですか」
「悪さはさせてないぞ」
「隠蔽してるだけじゃないですか」
ヲイこら。“コレ”って何だよ、そして“コレ”をスルーすんなよキャスバル。
プクリと膨れる。
「その件については、いま手打ちをしたはずでしょ。蒸し返さないでよ」
ふんすと鼻を鳴らしてから。
「丁度いい機会だから僕からも訊くけど、“ギレン兄様”の見解は? 開戦時期について、さ」
キャスバルの瞳にも真剣な光がともる。
おれたちに見つめられて、タチは小さく肩を竦めた。
「あるいは、あなた方が卒業されたらすぐにも、と」
「やっぱりね」
下手すりゃ“暁の蜂起”が、そのまま開戦の火蓋になりかねないってことか。
こりゃ殊更慎重にコトを進めないと。
「ついでに、最近、“ギレン兄様”はなにか動いた?」
「と、言いますと?」
「誰かを呼び出したとか、なにかをコッソリ命じたとかさ」
「……守秘義務がございます」
タチがプイとそっぽを向いた。
「なるほど、あったんだ」
「どういう事だ?」
訝しげな表情のキャスバルに苦笑いする。
「ん。多分、おれたちの上が決まったかな」
「誰だ?」
「さあ? ……ね、タチ。図太くてちょっと素行に問題がありそうな将校って誰かいる?」
どのみち、“ギレン”の考えそうな事ってそんなトコでしょ。
おれたちが少しくらいやんちゃしても、然程ダメージくらわなさそうな相手をピックアップしてるはず。
元の時間軸のガルマはマ・クベについてたけど、今回は外される筈だ。
おれの希望としては、優しくて強くて格好良いドズル兄貴だけど、配属先としては、流石に身内贔屓が過ぎると見做されるだろうし。
それはランバ・ラルでも同じ事だから、そうなると、消去法で。
「強靭な精神力かつ、最悪潰しても“ギレン兄様”の懐が痛まなさそうな輩ってどの辺だろ?」
「ゾンジアゲマセン」
うわ。凄い棒読み。
「……いるんだ」
やだなぁ。ロクデナシ確定じゃないのさ。
「いいよ、ドズル兄様にお聞きするから」
願わくば、与しやすい相手であってほしいものだね。
✜ ✜ ✜
3年次は、演習や模擬戦闘に明け暮れていた。
ゴリラとかゴリラとか、脳筋とか、頭脳派だけどゴリラとかが量産されるわけだよ。
その過程で、ちょっと予想を超えて、3回生の結束は強固なものになっていった。
一糸乱れぬゴリラの群れ。何それ頼もしい。
そんなこんなで、とうとう駐屯兵との模擬戦闘が行われる運びとなった。
演習の内容を通達された時には、思わず鼻で笑っちゃった。
対等に戦うつもりなど欠片もないのだと、馬鹿でもわかる兵力差。
まあ、竹槍で戦闘機に挑むほどの差ではないけどね。
鼻白む面子を宥めつつ、薄く笑う。
「これで勝ったら気持ちが良いだろうね」
その一言に、皆の目の色が変わった。
『どうするつもりだ?』
キャスバルの思考波が触れてくる。
『概ねお前の頭の中の作戦と変わらんよ。ただ、メンバーをちょっといじらせて欲しい』
『配置をか?』
『そ。特攻はライトニングじゃなくて、ロメオに。ライトニングは遊撃に使いたいんだ』
『ロメオで行けるのか?』
『彼は“できる子”だよ。加えて特攻の指揮はシンが良いな』
『それならな。で、君はどうする?』
『奪った拠点でお前の指示を待つさ』
『遊撃する気か!?』
『ライトニングのお株を奪うみたいで悪いけど、おれも行くよ』
この辺りで実績を作っておきたいんだ。後々のためにさ。
と、ここまでは思考波の高速会話である。
文字通り一つ瞬くうちに、全ての計算を終えたんだろう。
キャスバルがニヤリと笑う。
内なる闘争心が滲みだすみたいな、獰猛だけど、見惚れるほど綺麗な顔。
つられて口の端がつり上がった。
居並ぶ3回生の前に、堂々と立つキャスバルの斜め後ろに控える――見た目だけなら副官か参謀みたいで格好良いだろ。
「まともにぶつかれば勝ち目はない。だから奇襲を行う。特攻の先鋒はロメオとゼナ、指揮はシンで行く。君たちは可能な限り速やかに拠点を落とせ。そこが反撃の要になる。極めて重要なミッションだ。心して当たってくれ――良いな」
「任された!」
「……俺が?」
「ッ、はい! 必ずや!」
力強く頷くシンと、信じられないとでも言いたげなロメオ。それから高揚に頬を赤くしたゼナが。
「リノとケイとルーは陽動の指揮を。クムランは敵方の支援を叩け。ベンは何とか持ちこたえさせろ。各班は直属系統の指揮に従え」
「おっし、めいっぱい引き付けてやるぜ!」
「はっはー、煽んのは得意だぜー」
「程々にしときなよ、ケイ」
「君も相当だからね、ルー。分かったよ、僕とベンでブロックしてみせるよ」
「……やる」
ワイワイと、やる気たっぷりの面々である。
リノは器用だし、ケイは情報戦に特化してる。ルーの閃きと即断に適う奴は中々いないし。
クムランとベンのコンビは防衛にかけてはピカイチだし。
それぞれの班に振り分けられてる一同も、ギラギラした目で力瘤を見せつけてる。
「俺は?」
一人名前の出なかったライトニングが右手を上げた。
「君は遊撃だ。ガルマと行け」
「ちょ、こいつとか!?」
動揺したのはライトニングだけじゃなかった。
「ガルマが!?」
「本丸で指揮をとるんじゃないの?」
リノやクムランまで、驚いたような声を上げるし。
級友たちの、ザワザワとさざ波みたいな戸惑いの気配に苦笑する。どんだけひ弱だと思われてんのさ、おれ。
「でも、これが一番効果的なんだよ」
敵方の動きに応じて反撃する――悪知恵勝負だね。
おれのアドバンテージが、一番に活かせるから。
「危険だろうが!」
「そうさ。だから、ちゃんと守ってよね」
パチリとウインク――うげぇと吐く真似をしないでくれないか、ライトニング。
「やってくれるな? ガルマ。ライトニング」
「『りょーかい!』」
「しっかたねぇなあ!」
不貞腐れたみたいにライトニングが叫んで、腕を振り上げた。
「おら野郎ども、姫さん守るつもりで行くぞ!!」
「「「「「「「「「「「おう!!!!」」」」」」」」」」
遊撃隊に振り分けられた連中が呼応するけどさぁ。
「……そこまで弱くないつもりだけど?」
って、みんな聞いちゃいねえ。
キャスバルも笑ってないで訂正してよね。
ぎゅぎゅっと眉根が寄った。
晴れである。
練習当日の天気は、どこまでも清々しくコントロールされていた。
駐屯兵と向かい合って立たされる。
居並ぶ隊員たちの大半は真面目くさった顔をしているけれど、ヒヨコどもに胸を貸してやるんだと、中にはニヤニヤと煽ってくる輩もいた。
煽り返すつもりで、にっこりと微笑んでやったのに。
ヲイこら、なに顔を赤くして手ぇ振ってきやがるんだよ。
『……君、“ホイホイ”なのをもう忘れたのか?』
『!? そういやそうだった……』
肌が粟立つ。最近無かったから忘れてた。
本家のガルマほど愛嬌はないし、秀麗さはキャスバルに劣るけど、柔和に作った表情のせいか、今でも一定数引っかかってくる輩はいるんだった。
――気をつけよ。
特に口笛吹いて投げキッスしてきたアレ。
『キャスバル、アイツ潰して』
『自分で潰せ』
――……冷たいわー。
それはさておき、今回の作戦はスピード勝負だ。
長引くほど戦力差が響いてくるから、敵にカバーする間を与えずに、一気に拠点を奪えなければ、全てが水の泡。
勝利するためには、戦闘開始から間を置かず、特攻部隊と遊撃隊が、それぞれのタイミングで攻撃を完璧に通す必要がある。
常識で考えれば、いかに軍務に就くことを前提に教育されてきた士官候補生といえど、実戦を経験したことがない学徒に完遂できるミッションじゃないんだよね。
フフフ。
だけど舐めてもらっちゃ困る。
おれたちは、ただ漫然と軍人になろうとしてきたわけじゃない。戦うための術を磨いてきたんだ。
おれとキャスバルが無茶ぶりしてきたせいで、みんな、それどんなシチュエーションだっていうような滅茶苦茶な作戦を強いたって、ついてこれるだけの実力を身につけちゃってるんだよ。
なんちゃって歴戦の強者。
開戦の号令と同時。
「『征け、諸君!』」
キャスバルの号令下、おれたちは一斉に飛び出した。
ケイの直下には予測計算の天才がいる。だから、砲弾の軌道はほぼ予測値に等しい。
陽動班は、逃げ回ってるように見えて、早々に沈められるようなもんじゃないさ。
派手に走り回るリノたちに苛立ってか、敵本隊からはドンドンバンバン砲撃の大盤振る舞いである。
いいね。すっごく引き付けてくれてるよ。
予想以上に好戦的。まるでおちょくってるのかって動きで、ヘイトは鰻上り。
やり過ぎかも……。
あれは今後の課題のひとつかな。煽りすぎて潰されると困るし。
ああでも、ベンたちが神サポートを展開してる。
一見、乱戦に見えて、駐屯兵が俺たちを見失ったその隙に、シンが率いる特攻部隊がポイント4に迫っていく。
陽動に兵力割きすぎて、ちょっと手薄なんだよ、ここ。予想通りで有り難いわー。
ん。良いタイミング――だけど。
「ライトニング、気付かれた。砲弾が来る前に稜線射撃! 急いで!!」
如何に手薄とはいえ、あっちの火力をもってすれば、2小隊くらい抑え込むことは可能だろう。
――反撃なんてさせるもんか。
遊撃隊は、特攻援護のために、既に射程圏内の丘に待機済みだからね。
「もう狙ってるぜ! 撃て!!」
ライトニングが獰猛に吼えた。
号令と同時に、戦車が一斉に火を吹いた。
01小隊のゼナ・ミアと、03小隊のロメオ・アルファ。その間を縫うように、敵拠点に向けて集中砲火を浴びせてやる。
迎撃を潰されて、浮足立つ連中の中に2隊の同朋が突っ込んで行く。
然程に間を置かずに。
〈こちら01小隊ゼナ・ミア。P4を奪取しました!〉
〈02小隊ロメオ・アルファ。これよりこれより弾着点を観測します!〉
ん。奪取成功。
「よっしゃぁ!!」
拳を振り上げるライトニング。小隊の面々も喝采を叫んでる。
「ほら、気ィ抜かない! 反撃はここからだよ!」
ここが1つ目のターニングポイント。この機を逃さずに行くよ。
〈『キャスバル、陥とした!』〉
〈『ああ。砲撃用意、効力射、撃て』〉
迫撃砲が発射され、ドォンと、大きな土煙が上がる。模擬弾とは言え、敵からの悲鳴は本物だった。
観測点を手に入れたいま、その攻撃の精度は格段に上がってる。
しかしながら、敵だって、当然ここを奪い返そうと襲い来るわけだ。
勝負は、いかにここを防衛するかに掛かってる。
戦場を透かし見る。
“阿頼耶識”は無いけど、不思議と遠くまで見えるんだ。
味方と敵の動きが、つぶさに伝わってくる。
『キャスバル、お前にも見える?』
『ああ。君が見ているものが』
コレってニュータイプの能力なのかな――よく分からんけど、使わない手はないよね。
キャスバルの思考波が、おれの“視界”を浚う。
戦域のほぼ全てをカヴァーできるセンサーがあれば、自軍の助けにもなるし、敵軍の弱い所を見つけるにも有利だ。
陽動班が、キャスバルの指揮で役割を切り替えていく――動きがガラリと変わった。
だけど、相変わらず集中砲火を浴びてるのは。
「……煽り過ぎたな」
案の定、先に潰してやろうって、ムキになってる輩が居るね。
「ライトニング、今度あっちねー」
リノ達のほう。
拠点はキャスバルとシンに任せとけば、暫くは保つでしょ。
今度は壁役を助けないと。
さあ、最速で走り回れよ戦車。申し訳程度しか数が無いからさ。
「すげぇいい加減な指示なのに、バッチリ分かるんだよな…」
ライトニングがぼやく。
でも、そうね。3年目ともなればね。
さ、遊撃の本領発揮といこうか。
基本はクリーピングして稜線射撃。気付かれて追われても、今度は陽動班が一斉砲撃に転じる。
追い詰めてたつもりだろうけど、お前たちが居るのは追い込まれた袋小路さ。
敵分隊は引き離して撃破する。
その間にも、敵本隊に向けて迫撃砲が撃ち込まれ続けてる。
ジリジリと削られていく駐屯兵の戦力。
ね、蟻に喰い殺される獅子の気分はどう?
奴等の動きには、余裕が見られなくなってきた。
ときどき飛んでくる通信には、〈馬鹿な!〉と〈まさか!〉と〈なんだと!?〉が満載。あとは芸の無い罵倒文句――語彙少ないね。
ここへ来て、クムランとベンのブロックもジワジワと効いてきてるし。
そろそろかなー?
〈『これより総攻撃を開始。01、02小隊は観測を継続。03から07小隊は分隊を足留め。残りは一気に本隊を叩け』〉
了解、と、異口同音に返る中。
『行けるな、ガルマ?』
『とーぜん。如何なる命令も果たして見せましょうとも』
さあ、おれの手綱をとってみなよ、“My Load(我が君)”。
なんて、ね。キャスバルが含み笑う気配。
当初は圧倒的だった戦力差は、今となっては意味を成さない。
「さぁクライマックスだ。気を抜かないでよ」
「誰に言ってんだ」
ライトニングが鼻を鳴らした。それから表情改めて。
「陥とすぞ!」
応じるのは、声が枯れるんじゃないかってくらいのウォークライ。
反撃は来るけど、この場ではおれたちの方が火力が強い。
分隊と分断してやったから、援護はもう来れないんだ。あとは“頭”を潰すだけ。
戦車は最大速度で本陣まで突っ走る。
砲撃はもちろん、歩兵連中だって自動小銃の掃射の嵐。
模擬弾から飛び散るペイントで、飛び出してくる駐屯兵達が真っ黄色に染まっていく。
生徒にも犠牲は出るけど、もう流れは変わらない。
偽物だけど、ある種、地獄絵図みたいな光景。
本当なら蜂の巣になって、引き裂かれて、ひき潰されて、バラバラにぶっ飛んでる。
慈悲も容赦も、迷いさえない蹂躙。
凄惨な幻臭がくる――本当は土埃と火薬の臭いだけなのに。
学生達より、余程にホンモノを“知っている”だろう兵士たちの目に浮かぶのは、怒りや闘志よりもむしろ怯えだった。
動ける敵がいなくなったその場を、ゆっくりと見せつけるように進む。
信じられないものを見るような視線が追いかけて来るけど、ま、“慣れてる”しね。
少し高い台の上に登って、優雅に見えるように一礼。おっとりと微笑んで。
「『敵本部制圧完了』」
インカムから報告すれば、戦闘域全域から勝どきが上がった。
“あの時間軸”といまの違いは、純粋に仲間たちの練度だ。
一匹狼だった“シャア・アズナブル”は、生徒たちを捨て駒のように使ってたけど、ここでは違う。
キャスバルは指揮官だ。その肩に同朋の命を背負ってるんだ。
出来る限り味方を損なわず、敵を叩くこと考えた結果がこれだ。
被害をゼロにすることは、そりゃできなかったけど、確かに最低限に抑えることができた。
『ね、気分はどう?』
『……まだまだ錬れそうだな。だがまあ、そう悪い気分でもない』
ん。妥当かもね。
さてと、で、敵さんはどう出るのかな。
おとなしくここ退くのか、泥沼覚悟の抗戦に出るのか。
なかなか鳴らない演習終了のブザーに、肩を竦めて鼻を鳴らした。