しかしながら。
計画は早々に頓挫した。
タチとデラーズ、ことにタチが、非常に強く反対したからだ。
「絶対にお止め下さい!」
語気も激しく、タチは云った。
「敵地に自ら飛びこんでどうなさいます! 無謀です! 私は断固反対です!!」
拳を振り回し、熱弁を振るってくる。
「……デラーズはどうだ」
「私も、賛成は致しかねますな」
こちらも、渋い顔である。
「いかんか」
「タチではありませんが、危険過ぎます。ガルマ様は、士官学校生を掌握しておられるのでしょう? となると、返り討ちに合う可能性は高いと考えられます。仮にも軍総帥である閣下が、返り討ちに合うのは外聞的にも宜しくはありませんな」
「外聞はともかく、やられるのは確かに面白くはないな」
特に、返り討ちでなど。
「そうでしょうとも!」
タチは強く頷いた。
「とにかく、御自ら襲撃されるのはお止め下さい! ……代わりにと云っては何ですが、私に策がございますので」
「策」
「はい。“伝書鳩”は、皆こぞって参加するでしょう」
にやりとその唇がつり上がる。
「このところ、われわれ“伝書鳩”もガルマ様にいいように使われてばかりですからね。情報提供はありがたいですが、余計な仕事ばかり押しつけられて、本来の業務に支障が出るのは戴けません」
と云うタチ本人も、いろいろと思うところはあるのだろう。
まぁ、そうだろうとは思う。“ガルマ”が情報をよこすのは構わないが、とにかく説明はないし、裏づけもその後で取らなくてはならないし、裏が取れたとしても、さらにそれをどう活用するかと云う問題も出てくる。
云っては何だが、“ガルマ”は相手を殲滅したい方であり――だから、往々にしてやり過ぎるのだ――、また戦術能力的にそれが可能である。それが良くないと思うのだ。
“ガルマ”は自身を臆病だと云うが、それで殲滅されては、やられた方の残党は地に潜み、いずれその首を掻っ切ってやると心に誓うだろう。それでは、いつになっても平穏など訪れない。平穏とは、須く小知恵と妥協の産物なのだ。臆病だからと云って、相手を叩き過ぎないこと、窮極的には、それが肝要であるのだと思う。
が、まぁ、それは政治の問題である。今求められているのは、“ガルマ”に対する確実かつ効果的な制裁なのだ。
「案と云うが、一体どのような?」
デラーズも首を傾げている。
タチは、またにやりと笑った。
「閣下のお宅の子どもたちを使います」
「まさか、子どもたちに何か手伝わせるのではなかろうな」
あの子たちは聡いので、片棒を担がせようとしても、気づいて“ガルマ”に注進してしまう可能性があるのだが。
そう云うと、タチは首を振った。
「そんなことは致しませんよ。――閣下から子どもたちに、提案して戴きたいことがあるのです」
「何だ」
「つまり、ですね……」
と、その“策”のあらましを語られる。
聞き終えたデラーズは、低く唸った。
「それは……確かにガルマ様ならば、警戒はなさらないと思うが」
「そうでしょう? 下手にわれわれが絡むと、上手くいかないのは目に見えておりますからね! 我ながら良い策だと思うのですが」
「確かにな」
“ガルマ”は、子どもたちには甘い。元々、庇護対象には甘過ぎるほど甘い――そのせいで、“昔”は子どもらのやんちゃに手を焼いていた。完全に自業自得だったし、周囲にもそれは云われていた。
流石に、アムロやゾルタン、フロリアンたちはそこまで甘やかされてはいない――そもそも、それができるほど近くにいない――が、実情はほとんど変わらないはずだ。つまりは、恐ろしく無防備になると云うことである。
妙に勘の良い“ガルマ”であるから、実害のありそうな、怪我や何かをしそうなものには引っかかりをおぼえるだろうが、そうでないなら――勝機はある。
「――なるほど、面白い」
お前に一任する、と云うと、タチは恭しく頭を下げた。
「お任せ下さい。必ずや閣下の御意にかなうように致します」
半月ほどの後、タチから動画の添付されたメールが届いた。メールなのは、本文も何もなく、動画も機密でも何でもない――いや、見ようによっては機密事項かも知れないが――ものだったからだ。
〈――プレゼント? あの子たちから?〉
“ガルマ”の、驚きと喜びの入り混じった声。画像が黒い、のは、これが恐らく“プレゼント”の内部に仕掛けられたカメラだからだろう。
〈キャスバルはこっちで、おれのはこれだね〉
〈そうだな。……あぁ、メッセージカードもついている〉
こちらはキャスバルの声。
他の声はなく、まわりにざわつきもない、と云うことは、これは二人の自室なのだろう。そう云えば、ドズルから二人を同室にしたと聞いた憶えがある。ザビ家の子と、隠してはいるがダイクンの子である。それくらいの配慮は、確かにあって然るべきだろう、が。
〈寄せ書きだ! ……みんな、字が上手くなったねぇ。ふふ、可愛いなぁ〉
ガサガサと包装紙を開ける――と云うよりも、多分破く――音。
〈あぁ、万年筆だ。インクも入ってる〉
先に開けたらしきキャスバルが、子どもたちの選んだプレゼントを見せているようだ。
そう、確かにあの子たちは、万年筆とインクのセットを選んでいた。キャスバルには深紅、ガルマには紺の、エナメルの美しい万年筆。キャップのホルダーは、確かK10鍍金のシンプルなものだった。
学生である今は使う機会は少ないだろうが、いずれ政治の世界に入る時には、署名などで使う機会も多いからと、子どもたちに勧めてやったものだ。
子どもたちにとってはなかなか高価な贈り物だが、万年筆としては割合にリーズナブルな銘柄である。尤も、老舗の商品には違いなく、実際、現役の議員の中にも、同じブランドの万年筆の使いこんだものを未だに愛用している人物もある。つまりは一生ものの贈り物と云うわけだ。
インクは耐水、耐光のブルーブラックで、こちらはどちらも定番のものにしたようだ。まぁ、赤やら紫やらのインクでは、調印式などでは使えないから、無難なところに落ち着いた感じではある。
〈わぁ、奮発したな!〉
“ガルマ”の浮き浮きした声。そうして、おれのはどうかなと云いながら、箱を開けた。
次の瞬間。
〈……ぅわっ……ぷ〉
白が画面を埋め尽くした。正確に云えば、箱を開けた“ガルマ”の顔に、小麦粉が直撃したのだ。
上半身を真っ白に染めた“ガルマ”と、驚愕に目を見開いたキャスバルが映る。
一瞬の沈黙。
の後、
〈……〜〜〜クソ鳩〜〜〜〜ッ!!!!〉
地獄の底から響くような“ガルマ”の声と、
〈おぉ、ガルマ、お前の子どもらから、何か届いて……ガぁルマぁっ!!?〉
ドズルの叫び、そして拳がカメラに接した、と思った次の瞬間、音声も映像もブツッと途切れ、そのまま動画は終了した。多分、“ガルマ”がカメラを叩き壊したのだ。
「……ご満足戴けましたか」
と、前に立ったタチがにやりとした。
「あぁ、溜飲が下がったな」
この目で直に見られなかったのは残念だが、こうして動画を見るだけでも違う。
「ところで、“ガルマ”はお前たちの仕業と確信していたようだが、どうしてだ?」
子どもたちからの贈り物に仕掛けをするなら、確かにザビ家まわりであるには違いないだろうが、それにしても、即確定されるほどではないはずだ。
と云うと、
「実は、中に“伝書鳩”の写真を貼ってありまして」
ガルマ様にお会いしたことがある、含みのある面子は顔出しで、あとは仮面で集合写真を撮りました、と云う。
「なるほど」
見たことのある面子がいるなら、それはどのあたりの差配なのか、一目瞭然だ。そして、画像加工ではないから、そこから素顔を割り出すこともできない。
しかしながら、
「……後で報復がくるかも知れんぞ」
「その時はその時です」
タチは平然として云った。
「われわれとしても、ガルマ様に意趣返しできたので、少しすっきり致しました。先日、キャスバル様とともに来られた時の監視要員などは、快哉を叫んでおりましたよ」
よほど腹に据えかねていたようです、との言葉には、頷くよりない。
大体“昔”から、“ガルマ”とこちらの諜報部門とは相性が良くない。上から下まで、大体揉めていた印象がある――否、揉めると云うほどでもないが、反りは合っていなかった。“ガルマ”とても、諜報員を使わぬわけではないと云うのにだ。
「あれは、組織のかたちを、本当の意味では理解していないからな……」
使いでが良ければ、組織図など無視して声をかける――それは、下の方のものであれば感激することかも知れないが、例えば親衛隊のように、誰か個人の直下であることを誇りとしているものたちにとっては、越権行為を働く無礼な人物、と云う判断にならるだろう。
今は、ザビ家の御曹司と云うアドバンテージがあるから大きな問題になってはいないが、士官学校を出て、軍組織に組みこまれることになれば、それでは済まされない。
そのあたりのことを、ドズルからよくよく教えこんでもらわなくては――もちろん、キャスバルからも。
「ザビ家の坊ちゃんでなければ、いろいろと難しかったのでは?」
「難しいどころの話ではない」
“昔”でも、他処からクレームや苦情や批判などが多々よこされたのだ――そこそこの権限が与えられていたにも拘らず、である。鉄オル世界では、まぁスタートこそ民間警備会社――しかも子どもばかりの――だったのに加え、曲がりなりにもガンダムフレームを操るエースだったので、そこまで軋轢はなかったように思う。が、まぁそれもギャラルホルンに入ると完全にアウトだった。“義父”であったラスカル――ラスタル・エリオンの苦労は、まだ記憶に新しい。
まぁ、権限のある遊撃隊長と云うのが一番良い立ち位置なのだろうが、それとても、ギャラルホルンよりもよほど普通の軍隊であるムンゾ共和国軍では、少々難しいのではないか。
「――実際軍に入るとなれば、私かドズルの直下以外は厳しいだろうな……」
直属の上官の胃に穴が開きそうだ。
原作では、ガルマ・ザビは地球降下部隊の一員として、マ・クベ配下でカリフォルニアに降りたはずだが――正直“ガルマ”では、マ・クベがあまりにも気の毒過ぎる。美術品蒐集を好む智将は、悪知恵と悪賢さばかりの“ガルマ”を相手にすれば、患って入院してしまいかねない。
コンスコンなどと云うものもあったが、あれはあれで割合常識人のようなので、“ガルマ”の無茶に対応できるとも思われない。
と云って、“ガルマ”の上が即ドズルでは、他のものたちにも示しがつかぬ。
――さて、一体どうしたものか……
と思ったところで、閃いた。
いや待て、いたはずだ、“ガルマ”の暴虐をものともしない、ある意味一騎当千の“強者”が。
――ガルシア・ロメオ……
『the ORIGIN』で登場した、ジャブロー攻略の指揮官である。『ガンダムエース』初代編集長をモデルに造型されたキャラクターらしいが、それはさておき、自惚れが強く、僻みっぽく嫉妬深い、なかなか“個性的”なキャラクターだったと記憶している。
部下としては少々使いづらいタイプであるが、“ガルマ”たちとこちらとの間のワンクッション、と思えば、まぁまぁ適任なのではないかと思う。少なくとも、“ガルマ”を部下にしたところで、胃に穴が開くような繊細さはないだろう、と云う意味において。
指揮能力に問題があったとしても、そのあたりはキャスバルと“ガルマ”がどうにでもするだろうし、戦いに勝利するのならば、多少好き勝手やられたとしても、ガルシアはそれほど気にはするまい。むしろ、楽をして勝利を手にできてラッキーだとでも思うだろうか。
まぁ、それくらいの神経の持ち主でもなければ、“ガルマ”の上には立てるまい。
――よし、これでいこう。
士官学校卒業後の“ガルマ”の処遇を決めてしまうと、かなり気が楽になった。
とにかくあと一年。
それまでに、ムンゾ独立の機運も、ほどほどに盛り上げてゆかねばならぬ。やらねばならぬことは山積していた。
とにもかくにも、ガルシア・ロメオである。
“ガルマ”の件を置くとしても、気になることがあったので、軍の執務室へガルシアを呼び出す。
ノックの後、
「ガルシア・ロメオ、ただ今参りました! 私に何か御用とか?」
くしゃくしゃの黒髪に無精髭、目つきの悪い男が、そう云って中に入ってきた。軍服もやや着崩している、なるほど、原作どおりの男である。
トド・ミルコネンも、狡っ辛いと云うか小狡いと云うか、癖のある目つきの男だったのだが、ガルシアはまた違うタイプの狡っ辛さを感じさせる。有体に云えば、トドは自分的に使いでのある男だったが、ガルシアはそうではないと云うところか。もちろん、今回は、その使いでの悪さが逆に良かったわけだから、何がどこでどう転じるかと云うのはわからぬものである。
「うむ。……実は、我が弟“ガルマ”が、来期で士官学校を卒業するのだが、それを貴官に預けたいと思うのだ」
「は、閣下の弟君をでございますか!」
ガルシアは、目を見開いた。
そのまなざしの底には、微かに喜びのいろが混じっている。一方的にライバル視しているマ・クベではなく、自分に“ガルマ”を預けられることに、喜びを見出しているのだろうとわかった。
まぁ、残念ながら、ガルシアの想定するような“お坊ちゃん”は、存在しないわけなのだが。
「そうだ。“ガルマ”はなかなか難物でな、開発中の新型兵器に乗りたいと云うのだ」
「は、あの、MSにでございますか?」
「そうだ。少々やんちゃでな、マ・クベでは胃に穴が空く、その点貴官であれば、あれを御せるのではないかと思ってな」
少なくとも、言葉を理解する気のない“ガルマ”を、物理でどうにかしそうな気はする。
「は、光栄でございます!」
妬みの対象であるマ・クベと比較されての任命に、嬉しいのだろう、ガルシアは鯱張って敬礼するが――まぁ、犠牲の獣のようなものだ、あまり期待されても困る。
そして、
「それからもうひとつ、貴官に指令を与える。小規模な艦隊を率いて、少しばかり遠方へ出向いてほしいのだ」
「……は」
ぎょろりとした目が、瞬かれる。
「その……遠方とは、一体どのあたりのことでしょう?」
「サイド7だ」
そう云うと、ガルシアは、今度こそ鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「サイド7とは……真逆のコロニーではありませんか! しかも、建設途中の!」
「そうだ」
「そんなところに、どんな仕事が!?」
「そこに、連邦の秘密工場のようなものがあるのでは、とわれわれは考えているのだ」
「は」
そう、しかしV作戦とやらのものではない。
月はともかくとして、この時間軸では、連邦側が艦船や、ガンキャノンなどのMS紛いを作るにも、また試験運用するにも場が限られている。
そこで注目すべきなのが、原作軸でガンダム開発の場となったサイド7である。
何しろ、まだ人の居住できるコロニーが二つしかないのだ。他のコロニーの建設資材だと云えば何でも持ちこめるし、完成した艦船を係留しておく場所にも事欠かない。
そして何より、ムンゾとは地球を挟んで真逆の位置である。こちらが何かを察知して艦隊を動かすにしても、あまりにも遠い。なるほど、V作戦の基地にも選ばれたはずだ。
はじめから宇宙空間で船を建造してしまえば、原作のようにわざわざジャブローあたりから艦隊を打ち上げる必要はない。もちろん、地上より宇宙での作業の方が危険は多いが、重力がない分楽だと云う考えもあるだろう。
何より、地球や月ばかり気にする――だろうと思われる――コロニーサイドの目をかい潜って、秘密裏に艦隊を作り、運用することが可能になる。他サイドは建設途中のコロニーに用などない。航行する船舶もなければ、哨戒する必要も乏しい――大規模演習も、月軌道外で可能なのではないか。こちらのサイド7にはガンダムの秘密工場はないのだから、なおのことである。
「そのような情報が、閣下のもとに?」
「憶測の域を出はせんがな。だが確かに、私が連邦軍の首脳陣であれば、サイド7で艦隊を作るだろうな」
「確かに、地球から艦船を宇宙に上げるとなれば、なかなか目立ちましょうからな」
「そうだ」
劇場版『the ORIGIN』最終話のEDに、その様子が描かれていたが、ジャブローから打ち上げられる何隻もの艦船の図は、アニメとしてもなかなかに壮観だった。
あれを、この時間軸でやるとなると、徒に各サイドに警戒心を抱かせることになるのは明らかなことだった。
「そうであれば、建設途中のコロニーと云うのは、いろいろと良い隠れ蓑になるだろうと思ったのだ」
「は」
ガルシア・ロメオは、微妙な表情で頷いた。
「それで、私にサイド7を探れとおっしゃる?」
「そうだ」
貴官ならば可能だろう? と云えば、ガルシアは少しばかり胸を張り、たくわえた髭を指先で捻った。
「それはまぁ、もちろんできますけれど」
「けれど、何だ」
「その、連邦の動きを捉えることができましたら、昇進などは……」
小狡い笑いを浮かべ、ガルシアは揉み手する。何と云うか、わかり易いの一言である。
「貴官は既に将官ではないか。これで昇進を望むとは、ドズルや私を抜きたいと云う思いがあるのかな?」
「めめ滅相もない!」
慌てたように、男は手を振った。流石にそこまでは考えていないのか、あるいは、野心を持ち過ぎたものとして、粛正されるのを恐れたか。
――まぁ、どちらでも良いが。
どちらにしても同じことだ。佐官であればまだしも、将官となれば、いろいろと上が閊えている。いくらマ・クベをライバル視したとしても、おいそれと同格に上げるわけにもゆかぬ。
「――そうだな、無事に何もかもが終わり、貴官の働きが公になった暁には、無論、そのような査定もあり得るだろう。しかし、今の時点では確約はできん。もちろん、そのことは弁えていような?」
ちらりと横目で見やると、男は、張子の虎のように、こくこくと頷いた。
「も、もちろんです!」
「我が弟のこともある。見事手綱を取って、武勲を上げれば、無論、昇進も夢ではない」
「は!」
とは云うが、こと“ガルマ”に関しては、なかなか骨だろうとは考えずともわかっていた。
現にタチからは、この間の意趣返しについて“伝書鳩”に報復があったと報告がきている。
報復、と云っても、何か怪情報を撒き散らされたと云うのではなく、“ガルマ”の怪しげな活動の痕跡を、奇麗さっぱり消されたのだそうだ。SNSのアカウントやら何やらから通信記録まで、ひとつ残らず跡形もなく。
それで、“伝書鳩”たちが疑心暗鬼になって、幾人かはストレスで倒れたと云うから相当である。
一体全体、“ガルマ”は“伝書鳩”を普段からどう扱っていたのか。
「貴官の手腕に期待している」
まぁその点、ガルシア・ロメオと云う男は、ストレスで倒れるタイプでもなかろうから、そのあたりは安心なのだが。
「は!!」
ガルシアは敬礼した。捕らぬ狸の皮算用で、欲に膨れ上がったような顔だった。
が、
――いつまでその顔でいられるかな。
猫かぶりの“ガルマ”の実態は、もちろん自分まわりしか見知っていないから、こちらがその酷さについて何を云おうと真に受けるものは少ないが――まぁ、自身で実地に経験してみれば、認識も改まるのだろうけれど。
ガルシアが退出してすぐに、通信端末を起動させる。
「――タチ」
〈……は〉
音声通話で応えが返る。
「ガルシア・ロメオをサイド7の偵察に出すことにした。その部隊の中に、“鳩”を何人か送りこめるか」
〈……早急に手配致します〉
いつもの打てば響く返答ではないことに、首を傾げる。映像がないのでわからないが、いつものタチらしくないようだ。
「何かあったか」
〈……ガルマ様のお蔭で、倒れた連中の代替がおりませんで、青息吐息なんです。あの坊ちゃんに、一言文句を云わせて戴いても宜しいですかね〉
よほど疲労しているのか、あるいは怒り心頭過ぎて、逆に疲弊してしまったか。タチは、普段はしないようなぞんざいな口ききをした。
「それは構わんが――人員は回せるのか」
〈そちらに関しては、何とでも致します。もともと少将殿の麾下にある連中を、こちらに籠絡することだって可能ですからね〉
あの方の機密を抜いてこいとおっしゃるなら、いろいろ面倒そうだと思いますが、閣下のお望みはそうではないんでしょう、と云う。
「……まぁ、そうだな。本人はともかくとして、麾下がきちんと連邦の動きをチェックしているかどうか、それをこちらに報告して寄越す気があるかどうかが知りたいだけだ」
〈それならば、何とでも致します。――とりあえず私は、ちょっとガーディアンバンチに行かせて戴きます。ドズル閣下にご連絡戴いて宜しいでしょうか〉
どうやら、自身で文句を云いに行くつもりであるようだ。どれだけ腹に据えかねているのか。
「わかった、ドズルには伝えておく」
〈宜しくお願い致します。――少将殿に関しましては、整いましたら、改めてご連絡差し上げます〉
「あぁ、任せた」
〈では〉
そう云って、通信は切れた。
どうも、この間の悪戯が、大変なことになっているようだ。
まぁ、云い出したのはこちらだが、タチも“鳩”たちも乗り気だったのだし――そのあたりの責任は五分五分だと云うことにしておく。多分、それで大丈夫なはずだ。
――何かあれば、また云ってくるだろうからな。
そのあたりは、適度に遠慮がなくなっているようだ。良いことではある。
とりあえず、ガーディアンバンチへ出向くタチの便宜ははかってやらねばなるまい。
通信端末を再度立ち上げ、今度は士官学校にいるだろうドズルを呼び出すことにした。
ゴップ将軍から連絡が入ったのは、それから一月ほど後のことだった。
以前ガーディアンバンチで対面してからは、時候の挨拶をやりとりする程度の間柄にはなったのだが――今は特にそう云った時期でもない。さて、いかなる用件があると云うのか。
〈元気に暗躍中のようだな、ギレン・ザビ〉
ゴップの第一声は、そのような皮肉めいた言葉だった。
「お久し振りです、閣下。むしろ、暴発を抑えるのに必死で、暗躍どころではありませんよ」
云いながら、“ガルマ”が何かやらかしたかと思う。
“ガルマ”が連邦との戦い、なかんずく“暁の蜂起”に向けて、いろいろと暗躍しているのは知っていたから、そのいずれかがゴップの情報網に引っかかって、それでわざわざ釘を刺しに連絡してきたのだろうか。
〈よくも云う〉
憤然と、ゴップは云った。
〈配下の“伝書鳩”とやらを、ガーディアンバンチにやったのは何故だ? あの小賢しい弟を使って、駐屯軍に何やら仕掛けようと云うのではあるまいな!〉
「……あー……」
――そっちだったか。
確かにタチ・オハラをガーディアンバンチにやりはしたが、あれは純然たる苦情申立のためであって、連邦が心配するようなことなど何もないのだが。
しかし、確かに向こうから見れば、良からぬ企みを巡らしているのではないかと勘繰りたくなるだろう。何しろムンゾ軍総帥の士官学校にいる弟と、直属の部下である。しかも、ゴップにしてみれば、言葉でではあるが、少々やりこめられた記憶があるだけに、なおのこと。
「あれは、部下が“ガルマ”に苦情申立を」
〈ふざけているのか?〉
「いえ、その、私が“ガルマ”に悪戯を仕掛けましたところ、協力した“伝書鳩”にとばっちりが」
〈……は〉
ゴップ将軍が、ぽかんとした顔になった。
「“ガルマ”はご存知のとおりの質なので、私も部下たちも腹に据えかねておりまして。意趣返しをしましたところ、今度は“鳩”たちに報復を。それで、二人ほどがストレスでやられまして。――部下がガーディアンバンチを訪れましたのは、それに関する苦情を云いにです」
まぁ確かに、取り合わせと場所を考えると、連邦に対する企てがあると思われても仕方ない、が。
「申し訳ない。だが、流石に悪戯に対する報復がそれでは、仕事にならぬと訴えられまして。直接苦情を云いたいと懇願されれば、無碍にもできませんで」
〈……まぁそうだろうが――どうしてそんなことに?〉
半ば呆然とした様子で、ゴップが問うてくる。
「ご存知かどうかわかりませんが、あれは初年度から、駐屯軍の兵士たちと揉めごとをおこしまして。その後も学内での規律違反などがありましたので、説教をしていたのですが――先日、自宅であれに襲撃されまして」
〈は?〉
理解不能と云う顔。それはそうだろう。自宅で、弟に襲撃されたと聞けば、冗談か何かだと思うに決まっている。
しかしながら、
「冗談などではございません。“ガルマ”はドズルの手を借りてズムシティに戻り、襲撃してきたのです。幸い、事前に察知して事なきを得ましたが、その意趣返しをしましたら、今度は部下の仕事の邪魔をして参りまして」
〈……ザビ家の長兄と末子は、仲が悪いのか?〉
不可解だと云わんばかりの顔で、ゴップが云う。
無理からぬことだが、そう云うわけではない。
「あれが勝手をしたがるのを抑えましたら、そのようなことに」
〈兄弟喧嘩と云うことか? それで部下が倒れると云うのは、ザビ家に仕えるのも大変だな〉
「面目ないことでございます」
〈ところで、その悪戯とやらは、どんなものだったのだ? 報復されるとは、よほどのことではないか〉
興味深そうに云ってくるのは、単なる好奇心か、それとも。
とりあえず、例の動画を転送してやると、ゴップは微妙な顔になった。
〈これは……意外にくだらない悪戯だな〉
「まぁ、悪ふざけのようなものです。これくらいの戯れで、報復に“鳩”を倒れさせるほどのストレスを与えるのですから、お察し戴きたい」
〈思ったより普通の兄弟、と云って良いものか、悩むな。普通の兄弟は、喧嘩に部下は巻きこまんものだと思うが〉
「面目次第もございません」
まぁ、ガーディアンバンチの出入りは連邦軍側が管理している――機密もある以上、当然のことだ――から、そんなところへ“伝書鳩”の長が入っていけば、警戒されるのは仕方のないことだ。個別の“鳩”たちとは異なり、タチは立場上、それなりに顔も知れている。
しかも、その訪問の目的が“ガルマ”との面会――これは、正直に申請したらしい――だ。連邦軍としては、すわ極秘任務かと色めき立ったようだが、もちろんそんな要件ならば、馬鹿正直に申請などするはずもない。
連邦軍とゴップは、まんまと“ガルマ”に踊らされた恰好になったわけだ。
〈何と云うか、癖のある若者だったわけだな。なるほど、以前見えた折に、もの凄い顔をしていたわけが腑に落ちたぞ〉
笑いながら云われる。正直、複雑な気分でしかないが、とにかくも、無駄な嫌疑は晴れたように思われた。
「お察し下さい。あの弟に加え、ムンゾ内には、ことさらに連邦とことを構えようと煽り立てる輩もあるのです」
〈そう云えば、先だってはムンゾ大学で、何やらひと悶着あったようだな〉
なるほど、流石にそのあたりもきちんと押さえているか。まぁ、あれだけの騒動になったのだ、当然と云えば当然か。
「えぇ。若いあたりが、状況を慮りもせず、あのような暴挙に出たのです。お蔭で、議会もザビ家もてんやわんやの騒ぎでした。若さ故の過ちとは、あのようなものを指すものですかな」
〈あの折の速やかな幕引きは、なかなか見事だったな。しかも、拉致された若者の恋物語まで巧みに使って〉
愉しませてもらったよと云うが、そこまで深謀遠慮を巡らせた挙句のことだったなら、どんなに良かったか。
「あれは――僥倖でした。たまたま、学内にいたTVクルーが、所謂ワイドショーの関係で」
それで、第一声がふたりの馴れ初めを問う言葉だったから、世間の意識がうまく逸れてくれただけで、実際はかなり危ういものがあったと思う。
例の“馬鹿手”議員たちは、当人たちや所属政党、会派などがつるし上げをくいはしたが、議会や内閣にはダメージはこなかったので、それに関してはただ胸をなで下ろしたのだ。またザビ家の専横云々と云い立てられては、面倒なことにしかならない。
「まぁ、あれがきっかけで婚約にこぎつけましたので、妹には良かったのかも知れませんが」
〈キシリア・ザビ少将か。“氷の女”も、意外な面があるのだな〉
「そう云うところは父に似たのでしょう」
“ガルマ”に対する愛情が、キシリアに受け継がれるとああなる、と云う意味で。
〈ほう、デギン殿は子煩悩だと思っていたが、子弟もそうなのか〉
良からぬことを思いついたような、そしてそれを押し隠したような声。
「そうですな。そう云う意味では、“ガルマ”が一番かも知れません。あれは、自分の庇護下のものに手を出されることを非常に嫌います――その報復たるや、“鳩”に行ったものの比ではないでしょう」
なので、はっきり釘を刺しておく。ザビ家や“ガルマ”まわりに手を出せば、“ガルマ”からの激烈な報復が待っている、と。
〈そんなにか〉
ゴップが目を見開いた。
それに、真面目な顔で頷いてやる。
「はい。もしも、レビル将軍閣下がそのようなことをなさったとしたら……」
〈したら?〉
「あれは、どうにかして閣下のもとに忍びこみ、お休み中の閣下の髭を、全部剃り落としてしまいますでしょうよ」
かつて、自身の養父であった男の髭を、脱毛クリームで消滅させたように。
ぶふっとゴップは吹き出した。文句を云ったり窘めたりするより先に、髭を剃られたレビルの姿を思い浮かべてしまい、笑いが堪えられなかったのだろう。
〈レ、レビルがそれなら、私ならどうなるかな?〉
笑いながら云う。
確かにゴップには髭がないが、
「閣下ならば、眉と髪でございましょうな」
〈おぅ……〉
流石に、想像してぞっとしたのだろう、ゴップは思わずと云うように、灰色の頭に手をやった。
〈それはなかなか……なかなかだな。いや、想像して、ぞっとしたぞ。――なるほど、逆鱗には触れぬよう、気をつけることにしよう〉
「互いの平穏のためにも、是非ともお願い致します」
〈そちらも、あまり騒ぎを起こしてくれるなよ。――ではな〉
そうして、ゴップは通信を切った。
端末を落としてから、溜息をつく。
「……とりあえず、ガルシア・ロメオの件は、まだばれてはいないようだな」
椅子の背に身を預けて呟くと、それまで沈黙していたタチが、頷いてきた。
「どうも、そのようですな。まぁ、釘を刺してこられた可能性は高いですが」
まぁ、タチが“ガルマ”を訪問したのは、ゴップ将軍に告げたとおりの内容だったので、腹芸をする必要はなかったのだが、もしガルシアの動きについて把握されていたら、ポーカーフェイスができたかどうかはわからなかった。
「うむ。まぁ、“まだ”把握されていないと云うだけだろうがな。それでも、偵察する余裕はありそうだ」
「はい。……ガルシア少将の部隊には、“鳩”を一人送りこみました。協力者は三人ほど、そちらは、別のものが統括致します。二手から情報が入りますので、閣下のお望みの精度は確保できるかと」
「うむ」
いかなあまり航行する船もないような宙域であれ、遠く離れたムンゾの船が出没しようものなら、何だかんだで目について、連邦側に警戒される可能性は高い。
“暁の蜂起”前にいらぬ騒動を起こさぬよう、ガルシアには慎重の上にも慎重を重ねて行動してもらわなくては困る。
「お前の行動も、連邦には注視されているようだからな。今回のことは、まぁ試金石のようなものだったと云うことで良かったのかも知れないが」
と云うと、タチは情けなさそうに眉を下げた。
「私としては、いろいろな意味で、二度とご免ですがね」
「そこは同意する」
まったく、身内の襲撃に恐々とするなど、馬鹿々々しいにも程がある。
「ともあれ、“その日”は近い――情報収集を怠らぬように」
「は!」
踵をかちっと合わせ、タチは敬礼した。
――あと、恐らくは半年ほど。
“ガルマ”とキャスバルが三年次のうちに、戦いの火蓋は切られるかも知れぬ。
“暁の蜂起”がどのようなかたち――原作どおりの事故か、あるいは別の発端か――で起こるにせよ、最早猶予はない。
燻る火種が炎上するまでに、すべての準備を終えなくては。
かるく手を上げて敬礼に応え、タチを送り出すと、総確認をすべく、すべてのデータを呼び出した。