ずらりと整列。
ニコリと微笑んだら軍監に睨まれた。しかめっ面でも睨まれるし、何がどうあったって睨まれるから仕方ない。
スルーすれば、忌々しげな視線のまま軍監は口を開いた。
「講評! 本日の模擬戦は諸君ら3回生の履修度の高さを判定するものであるが、おおむね可であると認める」
――は?
あれだけボコボコにされといて、「可」って何さ?
それは、ここに居る生徒一同の感想だったろう。そこはかとなく不満気な空気が一帯を満たした。
軍監は、さらに肩を怒らせて声を張り上げる。
「諸君はあれが演習であったことを忘れてはならない。本物の戦闘であれば、拠点は奪い返され、全滅の憂き目を見たのは諸君らである」
いやいや。そうならんように、第2第3のプランを練ってたから。
そもそも、おれたちが次のフェーズに移る動きを読み取って、慌てて演習を終了させたのはお前たちじゃないか。
「順当であれば全員は晴れて専修課程を修了し、おのおのの配置に就くことになる。それが諸君の任務の始まりである。連邦とコロニーの離反を図る悪しき扇動が顕在化しつつある今日。諸君らはそれらに惑わされることなく本来の任務を……」
何か高説振ってるけど、いい加減脳内ツッコミも飽きてきた。
それに、どうにも隣が不穏で、そっちの方が気がかりなんだよね。
『キャスバル、トゲトゲすんなよ。こんなの聞き流しときゃ良いんだから』
どうせ小者だ。
宥めてみるけど、聞く気は無いんだな。
とうとうキャスバルが一歩前へ出た。
「質問」
うわ、だからやめろって挑発すんの!
話を遮られた軍監が、驚いた顔で眉を上げた。
「ん? 質問だと? ……本来ここはそんなものを受け付ける場所ではないが、特別に聞く。言ってみろ」
いや、そこは撥ねつけてくれて良かったんだよ。
チラリと横目で見れば。
あああ。キャスバル、お前完全に喧嘩モードじゃねえのさ。
「ご高配に感謝します。では2点伺います。本日の演習が実際の任務を模したものであるなら、装備において劣勢とされた我々が一体いかなる敵と戦うことを想定されていたのですか。もう1点。軍監殿は、先ほど連邦とコロニーの離反は認めぬと言われましたが、ならば圧倒的に劣勢であるしかない我々スペースノイドの自衛軍とは、所詮コロニー側の弱さを自覚させるための偽装軍隊でしかないのではありませんか」
うぁあ。
「言っちゃった……」
リノがボソリと零した。
うん。言っちゃいやがったね。
ため息が落ちる。そんなの、みんな最初から知ってた。
本来なら、今ここにいるおれたちは、貧弱な装備故に駐屯兵に蹂躙され、泣きっ面をさらすことを期待されてたんだ。
キャスバル、見ろよ、そいつの額。青筋がバッキバキに浮いてるじゃないか。
「――……特別に認めたのは質問だ。しかし今のは質問ではない! 反抗と見なす。所属と姓名を言え!」
ほらね、激昂しやがった。
「第一斑班長“シャア・アズナブル”」
その正体は暗黙の了解であるものの、“ギレン”の指示で、卒業まではそう名乗ることになってるんだよね。
背筋を伸ばし、真っ直ぐに正面を見据え答えたキャスバルに、軍監はわずかに怯み、それを取り繕うようにふんぞり返った。
「軍では上官に対する反抗は許されない。今のうちにその身に刻んでおけ!」
案の定、頭に血が上った軍監の腕が振り上げられた。
とっさに飛び出す――キャスバルの前へ。
「『ガルマ!?』」
次の瞬間、頬に衝撃を受けてそのまま吹っ飛んだ。
殴りやがったね。一応平手だけど。無様に転がったじゃないか。
いや、受け身は取ってるけどさ。アイタタタタ。唇切れたわ。
「ガルマさん!?」
クムランの悲鳴が。
「御曹司!」
「ガルマに何を!?」
ライトニングに、シンもか。
一同からぶわりと立ち上る怒気を、腕を上げて制す。
やめて爆発しないで。
キャスバル、お前も、殺人光線みたいな視線を飛ばしてるんじゃないよ。
ポンポンと埃を払って立ち上がる。
「……軍監殿。第三斑班長“ガルマ・ザビ”であります」
自己紹介。いまお前が殴ったの、おれ。ムンゾ首相の末息子で、兄姉もみんなムンゾ要職の、可愛い可愛い末弟だからね。
真っ直ぐ視線を合わせれば、あからさまに狼狽える素振り。
だよね、親兄姉の七光り。如何に連邦と言えど、軍監殿の階級くらいじゃ太刀打ちできんでしょ。
虎の威だろうがなんだろうが、優位に立つなら使う主義。
一歩前に進めば、軍監の踵がじりじりと下がった。
「先程の“シャア・アズナブル”の質問は、我々一同の疑問であります。本演習において、我々が相対した敵が、果たして何者を想定していたのか、お答え頂きたい」
さあ、答えられるもんなら答えてみろよ。お前たち連邦が想定していた敵こそが、おれ達スペースノイドだって。
――言えないだろ?
演習でおれ達を痛めつけて、如何に連邦が優勢かを思い知らせてやろうとしていたなんて。
建前としては、ムンゾは連邦の敵じゃ無いんだろ? スペースノイドも含め、人類を守護するべき連邦軍サマだ。
軍監がプルプルと震えているのは、怒りと屈辱にか、それとも慄いているのか。
まさに一触即発。ただの演習のはずが、返答一つで暴動に繋がりかねない。
その顔は、紙みたいに白いし、引きつって歪んでる。
おれの中で“おれ”が嗤う。
ずっと、いつだってくすぶり続けて消えることのない心火が、目の前の男を燃やしてしまえと囁く。
軍監が目を見開いた。
ヒューヒューと鳴っているのは、この男の呼吸音かな――聞き苦しいね。
脂汗も見苦しいし。
みっともないほど怯えた表情。バケモノを見るような視線が鬱陶しい。
あんまり、長く見てたくない無い顔だよね。
キャスバルを殴ろうとしたこと、おれは許さない。けど、まあ、ここら辺で収めてやろうか。
本当に開戦するにはまだ早いし。
「……それとも軍監殿は、我々がいかなる劣勢であっても、決して怯むことなく、立ち向かう姿を確認されたかったのか――あの装備は、そのためのものであったと仰るのでしょうか」
用意してやった口上に、軍監は、首振り人形のように頷いた。
「そうだ! 諸君らの不屈の精神を確かめるためである!」
裏返った声で叫ぶ男を冷たく眺めて、それからにこやかに微笑んだ。
「我々はその期待に応えられたと思ってもよろしいでしょうか」
「無論、諸君は想像以上の働きを見せた!」
「光栄です、軍監殿」
ピシリと敬礼する。
これに倣って、学生達も一斉に敬礼した。
「諸君らの一層の研鑽を期待する!」
心にも無い事を。
表面上は、何とか格好がついた形で退散していく彼らを見送る。
『……ガルマ』
咎め立てするみたいな、キャスバルの思考波に眉を寄せる。
『なにさ。元はと言えばお前があんな質問するからだろ』
『……皆の総意だ』
『まぁね』
駐屯兵が引き上げていくのを確認して、切れた唇に触れる。イタタ。頬もちょっと腫れだしたかな。
でも平手で良かった。
「ガルマさん、早く手当を!」
クムランが叫んで飛びついてきた。
「救護班、早く来い!!」
シン達も、少し騒ぎすぎだよ。
「大丈夫。大したことないよ」
「早く冷やさないと!」
聞いてないね、クムラン――皆もか。
グイグイ引っ張られるままに、緊急処置用のテントに連れて行かれる。
大怪我でもないのに担架持ち出そうとすんな。実は混乱してんのか、リノ。
隣に並んだキャスバルが、表情の抜け落ちた顔で、熱を持つ頬に触れた。
『庇う必要なんか無かっただろう』
『無いわけあるか』
おれが目の前で、お前の事を殴らせると思ってんの。
そのキレーな顔に傷でもついたらどうすんのさ。おれが号泣するよ。
殴った奴をなますに刻まなきゃならないし。そうなったら、開戦案件になっちゃうじゃないか。
おれは、今暫くの平和のために頬を差し出したんだよ――だからって、さらに右の頬を差し出す気は無いけどね。
おれの思考を読んだキャスバルが、呆れたように溜息を落とした。
痣も傷も無いその顔に、フニャリと笑いが溢れる。
この顔はやっぱり宇宙の宝だよね!
✜ ✜ ✜
違和感。
胸騒ぎとか、虫の報せとか、とにかくイヤな感じ。
演習が無事に終わり、例によってドズル兄貴から呼び出しを食らったわけだが、当の兄貴が中々来ないなーなんて、待ちぼうけてる矢先のことだった。
不自然なくらい、鼓動が一つ大きく打った
「『どうした、ガルマ』」
急に落ち着きを失ったおれに、キャスバルが反応した。
「『分からない。でもザワザワする』」
ザワザワしてブルブル震えてる。
腹の底で“獣”が吼えてる。怒り狂ってる。いまにも制御を失いそう。
――……“ギレン”?
“ギレン”に何かあった? 意識の腕を伸ばすけど、キャスバルみたいに繋がらないのがもどかしい。
「『ガルマ、ガルマ!!』」
上の空のおれに苛立ってか、キャスバルが強く体を揺さぶって来るけど、それすら遠い。
その時、爆発するみたいな大きな音を立てて、ドズル兄貴が部屋に飛び込んできた。
「ギレンが撃たれた!!」
その声に、自分が撃たれたような衝撃が。
やっぱりと思うのと、なんでって思うのは同時だった。
反射的に飛び出そうとした体を、抑え付けてきたのはキャスバルだった。
「『放せ!!』」
突き飛ばそうとしたら殴られた。
挙げ句に馬乗りってお前。
「『いまの君に何ができる! 頭を冷やして状況を見ろ!!』」
胸元を締め上げられて喘ぐ。空気が足りない。
浴びせられる声も思考波も意識に痛い。
猛る意識とは裏腹に、竦んだ体が勝手にボロボロ涙を零した。
思考と肉體が剥離しそう――以前にもあった。
感情を制御出来なくなると、身体さえ上手く動かせなくなるんだ。
「止めないかお前たち!!」
ドズル兄貴がおれ達を引き離して、ぐちゃぐちゃになった顔を覗き込んできた。
「落ち着けガルマ。脅かしてすまん。ギレンは生きている。大丈夫だ」
飛び込んできた時の形相が改まって、いつもの兄貴に戻っていた。
自分より狼狽えてる相手を見ると冷静になるって、ホントだね。
ゴメン、みっともなく取り乱した。
もうずっと“ガルマ”として生きてるのに、未だに、肉体と意識がずれるのを制御しきれてないなんて。
兄貴に抱きついて深呼吸。
ん。目の前がチカチカしてるのが収まってくる。
『……キャスバル』
こっちに来ておれに触れてて。
どっかに飛んでっちゃいそうな意識を留めておくれよ。
『……世話が焼ける。意識を少し閉じろ』
『ぐわっ!?』
そこで頭鷲掴むのありか!??
「こら止めろ! ガルマがまた泣くだろう!!」
ドズル兄貴が庇ってくれる。
ふぉう。変な衝撃で、かえって落ち着きが戻ってきた。
「…………“ギレン兄様”は?」
「治療中だ。直に知らせが来る。お前たちはここにいろ」
頭を撫でられる。
「お前にも医務官を呼んでやる――ガルマ、前にも言ったが、簡単に狼狽えてはならんぞ。お前もザビ家の男ならな。弱みを簡単に晒すな」
「――……はい」
「二人とも、大人しくしていろよ」
言い置いて部屋を出ていく、ドズル兄貴の大きな背中を見送る。
だね。自覚はしてるんだ。おれは身内にひどく弱い。何かあれば、すぐに動揺して冷静さを失うくらいに。
“昔”からその傾向はあったけど、“ガルマ”は特に顕著だ――意識と身体がバラけるなんて、そこまでのことは無かったし。
多分、元々“おれ”とガルマの乖離が大きいせいだろう。
何とかしないと。戦闘中にコレが出たら命取りだ。それじゃ守るべきものを守れないじゃないか。
肺の息を全部出すみたいな溜息をついたら、キャスバルに手の甲をトントンとつつかれた。
「『……ん。落ち着いた。大丈夫』」
「『頬を冷やせ』」
「『……殴ったのキャスバルだよね。さっきと反対の頬』」
「『軍監に打たれたところは避けてやったんだ。君が錯乱するのが悪い』」
錯乱て……まあそうだけど。
「『ごめん?』」
イマイチ釈然としないけど、悪いのも確かだから謝るけどさ。
程なくして医務官が駆け付けて来て、おれの顔を見て盛大に眉を寄せた。ふぉ。眉間の皺レベル・フィヨルド。
「聖書じゃあるまいし、反対の頬まで差し出さなくても良いんですよ、ガルマ・サビ。さっき左頬を治療したばかりじゃないですか」
「お手数おかけして申し訳ありません」
「謝罪など不要です。あなたは謝るだけで反省などしないんですから」
ふぉおおう。不機嫌モード来たわー。
キャスバルが一歩下がったけど、痩せぎす医務官の険しい眼は、逃がすまじとギラリと光った。
「あなたも同罪です。“シャア・アズナブル”。なぜすぐに手が出るんですか。口でも勝てるでしょう、あなたなら、コレにも」
医務官までおれをコレ呼ばわりすんのかよ。
例によって、キャスバルは肩をすくめるだけだし。
ぷくりと膨れたら、湿布で押し潰された。痛いわ、もっと優しく丁寧にして。
手際は良いんだ。雑に見えて適切なのも知ってる。ちょっと…だいぶ痛いだけで。
恨みがましい視線に気づいたんだろう。
「懲りるように痛くしてるんです」
ピシャリとテープを貼り付けてきた医務官が、フンと鼻で笑った。
「はい。これでちょっとはマシなお顔になりましたよ」
「両頬湿布とか笑えるんだけど」
みっともいいもんじゃないし。変な顔。
「だったら自重することです。では、私はこれで。あまり手をかけないで下さいね。お二人ともですよ」
最後に、そう釘を刺して退出して行く医務官は、きっと初年度の長距離爆走事件の、30人医療棟送りをまだ根に持ってるに違いないんだ。
落ち着いたと思ってたけど、ドズル兄貴に呼ばれて廊下を行く間に、また腹の底の“獣”が猛りだした。
キャスバルからの視線を感じてはいても、応じるほどの余裕がない。
部屋に通され、モニターに映し出された“ギレン”を見たとき、顔から表情が抜け落ちていくのがわかった。
“ギレン”の顔色は悪かった。当然だ、少し前に撃たれたばかりなんだ。
衣服こそ改められていたけど、姿勢は不自然だった。
「“ギレン兄様”」
〈――“ガルマ”、余計なことはするんじゃないぞ〉
開口一番がそれか。
平静を装った声の裏側で、呼吸が乱れていた。
「――犯人は」
“ギレン”をそんな目に合わせたやつは、今どうしてるの。
〈逃走中だ。今、警察が捜査している〉
そいつらに何ができるって言うのさ。あっちの圧力そっちの圧力で、どっち向くか分からない奴らに。
どうせ“ギレン”は火消しの方向に動いたんだろ――まだ開戦させる訳にはいかないから。
「……なら、僕が捕まえます」
培ってきたネットワーク――その全てを使えば、できないことじゃない。
“ギレン”を傷つけたやつを、引きずり出して来るくらいのことはね。
「おい、ガルマ」
ドズル兄貴の手が肩に乗った。
“ギレン”はモニターの向こうで嫌そうな顔をした。
〈駄目だ〉
「何故? 捕まえて、警察に引き渡せばいいんでしょ」
小首を傾げてみせる。
市中にスナイパーなんてヤバイ存在を野放しにしておいちゃだめでしょ。
捕獲して相応の扱いをしてやらないと。
〈お前のことだ、その間に、“うっかり”とか云って、犯人に怪我をさせたり、拷問したりするだろう〉
なんて言い草さ。
「ひどいな。“ギレン兄様”は僕を何だと思ってるの? しませんよそんなこと」
“ガルマ”は、いつかの“おれ”と違って直裁的な手はあまり使わないんだ。
おれはただ、“ギレン”の信奉者たちに狙撃手の情報をリークするだけ。
大丈夫。ちゃんと生かしたまま捕まえてねって言うし、あんまり酷いことしないでねってお願いもするよ――どこまで聞いてくれるかは知らないけど。
「シャアを助けたときと同じです。僕はガーディアンバンチからは出ませんよ」
微笑んだおれに向けられる“ギレン”の顔は、顰められたままだった
〈……お前が穏便に済ますものか。大体、お前はいつでもやり過ぎる。キャスバル、これの手綱はきちんと取れよ〉
「取ってますよ。これでも大人しくさせてるんです」
ぶすくれた風情のキャスバルが答える。
〈もっとしっかり取れと言っている〉
双方が不満そうに眉を寄せ、それからギロリとこちらを睨んだ。
ヒラリと両手を上げる。
「……わかりましたよ。犯人を見つけるくらいならいいてしょ? キャスバルと二人で探します。報告は“鳩”にします。ね!」
言い募ると、“ギレン”が深々と溜息を落とした。
〈犯人を見つけるだけならな〉
「ええ。見つけて報告するだけにします」
――おれは、ね。
〈……忘れるなよ、“暁”はすぐそこまで迫っている。今はまだ、ことを荒立てる時じゃない。“暁”より前に、連邦に口実を与えるわけにはいかんのだ――私が撃たれたことなど些事に過ぎん〉
――些事?
“おれ”の大事な“ボス”が傷つけられたことが?
ぶわり、と、黒いモノが膨れ上がる気配を何とか留める。
〈犯人を捕まえるにしても、怪我はさせるな。殺すなんぞ以ての外だ。いずれ、連邦との端緒が開く時に、向こうが先に仕掛けたのだと証明する、大事な駒になるんだからな〉
言い分としては、尤もだろう。それは理解できる。感情が飲み込めるかは別として。
「…………はい」
軋みそうになる声を飲み込んで、笑ってみせた。
“ギレン”は尚も疑わし気な眼差しを投げてくる。
「――“ガルマ”」
〈なに?〉
〈あまり好き勝手するなら、お前のしでかしたことを、全部子どもたちに云うぞ〉
「……え」
微笑みがシュンと消えた。
〈お前のこれまでのあらん限りの悪行を、子供たちにすべてバラしてやるからな。何もかも全部だ〉
“ギレン”の目は座っていた。
むしろ今すぐ何もかもバラしてやりたいと、その眼差しが語っている。
「……何ノコトカ分カリマセン」
冷たい汗が背中を伝った。
〈バラしてやるからな〉
「余計ナコトハ致シマセン!」
悲鳴みたいな声になるのは仕方がない。だって、あんなコトやそんなコトが、アムロの耳に入ったら。
それで冷たい目で見られたりしたら、おれの心臓がもたないだろ。
おれの豹変に、ドズル兄貴が目を剥いてる――あ、やべ、猫皮剥げたわ。
〈厭なら、犯人は見つけるだけにしろ。怪我もさせるな。殺害は絶対に禁止だ。俺や、サスロの手を煩わせることは、一切合切禁止だ。……いいな〉
勝ち誇ったみたいに言われるのは癪だけど。
「……りょーかい」
ここは頷くしかないみたい。
“ギレン”は満足そうに口元を緩めた。
〈よし。……ドズル、後はお前とサスロに任せる。キャスバル、何度も云うが、“ガルマ”の手綱はきちんと取れ〉
「わかった」
「……わかりました」
ドズル兄貴とキャスバルが頷いてる。
肩を落としつつ溜息。
「では、僕は良い子にしてますよ。“ギレン兄様”は、お大事にね」
今も無理してるんだろ。早く休みなよ。
全然平気に見えないし。それは兄貴もキャスバルも気付いてる。
それなのにさ。
〈“いつもの”調子に戻ったな。猫はきちんと被れよ。先刻は、化けの皮が剥げかけてたぞ〉
そんな軽口まで叩いてみせるんだから。
「兄様!」
ハハハと、声を上げて笑うけど、その顔は蒼白だった。
〈釘は刺したぞ。おとなしくしてろよ〉
軽く手を振ったあと、“ギレン”は通信を切った。
これ、むこうで倒れてるんじゃないかな。
思わずドズル兄貴を見上げたら、頭の上にポンと手を置かれた。
太い指が髪をかき回す。
「大丈夫だ。医者の話では、命には別状はない」
「……うん」
生きててよかった。
我慢してた涙が、一粒ポロリと転がり落ちた。
あれだけ釘を刺されたから、今しばらくは大人しくしといてやるよ。
復讐は冷めてからが一番美味しいらしいしね?
コッソリとリノとケイとルーを呼び出そうと思ったけど、何かを察知したらしきキャスバルの睨みに白旗を上げる。
報・連・相を義務付けられてるから、仕方ないね。また頭を搾られたら堪らんし。
「今度は何だ? 犯人探しじゃないのか」
「だからだよ。リノとケイとルーに手伝って貰ってんのさ――今回もね」
ケイとリノ、そしてルーは、おれの情報収集と分析の要だ。
実のところ、在学中の暗躍の裏には、彼らの助けがあったわけだよ。最近だと、“鳩”に対する証拠隠滅とかね。
にっこりと微笑んだおれに、キャスバルが向けてきたのは、絶対零度の眼差しだった。
背後で3人が震え上がっている気配がする。
「ひぇ…」
「……何故あれでニコニコしてられるんだろう」
「そりゃ図太いからだろ……やべーな」
青い目は冷たいままに、キャスバルが口角を上げた。
「つまり、これまでの君の善からぬ企みの影には彼らが居たと?」
うわ、声も冷たいわー。
「善からぬ企みとは異なことを。僕の最高の協力者たちだよ」
両手を広げて讃える。
シン達も、そりゃとんでもなく優秀だけど、シンは父親がマツナガ議員だし、ライトニングは一応“ギレン”の紐付きだ――本人は忘れてそうでアレだけど――事案によってはそれぞれ報告義務を負う可能性がある。
クムランとベンは、別の用事を頼むことが多かったからね。
だからこそこの選抜になったんだけど、いざ蓋を開けてみたら、めちゃくちゃ相性が良かった。何よりコイツらの気質が向いてた。
今じゃおれのネットワークの大半は、彼らが支えていると言っても過言じゃない。
「そろそろ君にも繋いとこうと思って。『キャスバル、お前がおれの手綱を取る気なら、彼らのことも使えるようにならないと』」
向けた視線をどう取ったのか、キャスバルは短く息を吐いて、肩を竦めた。
「確かに早々に見つけ出す必要があるから、協力はありがたいが」
なんてね。もう、ある程度は絞り込んであるんだ。
狙撃地点はもう割り出されてる。周辺のカメラにそれらしい男も写ってた。
幸いと言っていいのか、“ギレン”の体内から摘出された弾丸は、ザビ家で調べることができたから、線状痕から過去同様の襲撃がなかったかなどは調査中。
目下、表のネットワーク並びに裏のネットワークから、様々な情報を収集、分析させてるところだけど、これは鳩との競争みたいな感じか。
ヒラリと手を振って促せば、ケイが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
その手がタブレットを一つ撫でて。
「容疑者の画像解析と追跡結果がコレな」
「歩行の癖を見るに軍人っぽいね。途中の痕跡は追えてないけど、予想範囲から割り出したルートがこっち」
ルーが横から画面を分割。
監視カメラの映りが微妙でも、ある程度は解析出来るからね――流石に顔映りは無いけどさ。
「で、予想をもとに近隣の環境センサにハッキングして掻き集めたのがコッチな」
更に画面が切り替わる。
監視カメラに映らなくても、コロニーの環境を維持するための様々なセンサを回避するのは不可能だ――とは言え、莫大なデータからひとりを追うなんて無茶は、本来なら有り得ない発想だろうに。
「以上を踏まえて、実際に聴き込んでみた結果がこれだ!」
リノがもう一台のタブレットを掲げる。
そこには、20代半ばってとこか、浅黒い肌の黒髪の男がタバコをふかしている姿がバッチリと映っていた――見知らぬ女と顔を寄せ合って自撮りしてるリノの背後にである。
「……美人じゃないか」
染めてるらしき金髪、茶色い瞳のグラマラス――真っ赤な唇が分かりやすく蠱惑的だね。
ダレよこれ。
「“ジェーン”だって。この店の看板娘って感じ?」
それ“ジョン・ドゥ(身元不明)”の女性版じゃ無いのさ。名前は明かさんと。つまり脈無しってコトか。
「頼み込んで写真だけ撮らせてもらった――間違った振りして動画も撮ってあるぜ。ほら」
「Excellent!」
そりゃ、この状況なら警戒されないわ。
男が呆れたように笑いながら店を出て行く姿は、先の映像解析の後ろ姿に完全に一致してた――歩き方さえ。
次々と出てくる情報に、目を見開いていたキャスバルが振り返った。
「優秀でしょ。『この3年間で磨きまくったんだ』」
ニンマリと笑う。
『キャスバル、お前は誰より優れてるけどさ、一人だけで出来ることは限られるだろ――だから、おれ達を使え。大事にね』
その為に磨いたんだ。
冗談めかして、だけど真剣に伝えれば、青い眼が真摯に瞬いた。
「これから先は、僕たちは君の指示に従う。この情報も、うまく使って“ギレン兄様”と交渉してみせてよ」
まずはお手並み拝見。“ギレン”でさえ梃子摺るおれの手綱を取ってみるといい。
うまく乗りこなせるなら、どこまででも疾走ってやるから。
「わかった。ありがたく使わせてもらおう。だが、少し厄介だな」
その顔が少し曇る。
そうね――コイツ、間違いなく連邦兵士だ。
つまり、捕らえるのは、ほぼ不可能ってコト。そして、身柄を確保出来ない以上、連邦は幾らでも言い逃れが出来る。
「一応、コイツと交流があったと思しきムンゾ高官も抑えてみたけど、コレはなー…」
ケイが言葉を濁しながら差し出してくるのは――ヲイ。
「まだ今はこの辺には触れるなって言っておいたじゃないか……」
流石に“伝書鳩”の“網”に侵入するって、どうなの。
大方、こないだの痕跡消し手伝って貰ったときに解析しやがったんだろうけど、油断も隙も無ぇな。
見つかったら大目玉じゃ済まないだろ。
今度はタチどころか、“伝書鳩”総出で突っ込んで来るぞ。
「ちゃんと隠蔽したんだろうね?」
「バッチリー。万が一見つかっても、俺じゃなくてガルマに繋がるよーにしといた!」
「それ絶対ダメなやつ!!」
何やってくれてんのさケイ!??
「ガルマなら大丈夫でしょう」
「いつも、俺たちにできない事を平然とやってのけるからな!」
痺れて憧れんのか。ルーもリノもヤメロ。石仮面吸血鬼になる予定なんか無いんだ。
「……暴走してるじゃないか。『彼らの手綱は君が取れよ、ガルマ』」
キャスバルが目を覆った。
早々に突っ返されてきたメンバーに、内心で涙する。
過ぎるほどに優秀ではあるんだけどね。
そんなこんなで、データは、一部を削除して“ギレン”に送った――キャスバルが。
きちんと手順を踏んで報告されたそれらに、“ギレン”はともかくタチは小躍りして喜んでたとか。
ついでにその質についても驚愕されたそうで、これを収集した面子がおれの級友じゃなければ引き抜いたのに、と、めちゃくちゃ悔しがってたらしい。
『引き抜かせるわけないだろ!』
大事な仲間を渡すもんか。ふんすと鼻を鳴らせば。
『……君の息が掛かってるから要らないって言われてるんだぞ』
『なら良かった』
『……良いのか』
取られないならそれで良いんだ。
『それで、君は、また何をやらかそうとしてるんだ?』
キャスバルが横から覗き込んでくる。
ラップトップには、おれが集めてた海洋データが表示されてた。
『二枚貝の旬をね、ちょっと』
『……子供たちにボンゴレでもせがまれたか?』
訝しげな声に笑う。
『そうだね、それならとびっきり美味しくて安全なアサリで作ってやるさ』
その答えをどう取ったのか、キャスバルが眉を潜めた。
『……………“安全”な?』
『――…………………最近、ごく一部の市場に、安全じゃない二枚貝が流れたらしいよ?』
ニコリ、と微笑んだらガシリと頭を掴まれた。
『削除したデータにあった例のムンゾ高官だが、今日、ムール貝に当たって緊急搬送されたらしいな? 愛人宅から』
その指先に、ジワジワと力が籠もってくるのが恐ろしい。
『……………わあ、ヤツの清廉潔白なイメージが台無しだね』
ニュースとワイドショーでやるかな?
世間は“ギレン”狙撃事件で湧いてるけど、愛人もそこそこ有名女優だったから、ちょっとだけ別の話題も提供された感じ?
開戦派の気を逸らすにはお粗末でも、無いよりマシでしょ。
『事前に知らせろとあれほど!!』
『ギャーーーーーー!!!?』
頭蓋に指のあとが残るんじゃないかな!??
悶絶するおれに、キャスバルが深々と溜息をついた。
でも、確かに、まだ平和だった。
どれだけ周囲がきな臭かろうが、まだ、半歩ほど火種は遠かった。
だけど――“暁”は、思うよりずっと早くに訪れようとしていたんだ。