ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 謀略の"ギレン" 18【転生】

 

 

 

 さて、あまり触れてきてはいなかったが、ムンゾはムンゾなので、独立の気運はいつでも高い。連邦からの理不尽な要求やら、連邦の細々とした失態やらでこまめに盛り上がるので、その度にサスロが鎮火するの繰り返しである。

 考えてみれば、宇宙世紀がはじまってまだ百年足らず、地球連邦と云う統一国家が厳然としてあると云うにはまだ早い時期だから、と云うこともあるのかも知れない。況して、ムンゾの前首相は、地球連邦政府のやり方に異を唱え、議会を飛び出してきたジオン・ズム・ダイクンである。その首相を選出した国民の意識など、ことさらに云うまでもないものだろう。

 そのジオン死去の時もそうだが、ムンゾには幾つか“危機”と云うべき場面があった。 

 特に危なかったのが、キャスバルと“ガルマ”が拉致された時と、こちらの狙撃事件の時だった。どちらも連邦、あるいはその息のかかったムンゾの人間の仕業だったわけだ。

 いずれも時機ではなかったので、上がりかける火の手を何とか鎮火させたわけだが――

 今回は、なかなか難しそうだと思う。

「閣下!!」

 護衛が声を上げたのは、血飛沫が上がってからのことだった。

 衝撃に後ろへ倒れこむ。議事堂前の階段の途中、見晴らしの良いところだ。左の腕のつけね、鎖骨の下あたりが熱い。

 今回のスナイパーは、目的を達成したわけだ――但し、半分でしかなかったが。

 後ろからマツナガ議員に声をかけられ、立ち止まって振り返ったところだったので、まぁこの程度で済んだのだろう。いつもどおりに下まで降りようとしていたら、額の真ん中に穴が空くところだった。デギンを殺したわけでもないのに、原作と同じ死に方は戴けない。

「閣下!」

 護衛と議事堂警備のものたちが、まわりに立って壁を作る。

 そのせいか、あるいは仕損じたので早々に撤収することにしたか、ともかくも次の弾丸は放たれなかったようだ。

「……赤井秀一でなくて、助かったな」

 “赤い彗星”をモデルにして造型された、漫画のキャラクターを思い出す。地球とコロニーでは条件が違うだろうが、それにしても、700ヤードの精密照射が可能なスナイパーであったなら、間違いなくこちらの生命がなかったはずだ。

「ギレン殿!」

 青ざめた顔で、マツナガ議員が膝をつく。

「……いやはや、呼び止めて戴いたお蔭で、生命拾い致しました」

 ゆっくりと身を起こしながら云うと、ほっと吐息が返ってきた。

「今、救急車を呼んでいます」

「いや、結構。このまま帰宅致します。病院を襲撃される可能性もなくはない」

 随分遠くからの狙撃だったのだろう、弾も貫通してはいない。この分だと、大きな血管を損傷している、と云うわけでもなさそうだ。

 摘出手術は必要だが、首相公邸の方が、警備面等では安心だ。救急搬送された先が襲撃でもされようものなら、一般市民に被害が出てしまう。

「医者は!」

「往診してもらいましょう。何、戦場よりはよほどましなはずだ」

 ICUに入るとなれば話は別だが、そこまでの怪我でもない。

 脂汗が滲むのを自覚しながら、立ち上がる。撃たれた左腕を無理矢理あげた。軽傷であると見せるように。

「醜態を晒したな。すまないが、あまり騒がんでくれるか」

 警備のものたちに告げるが、かれらは当惑したように顔を見合わせた。

 その代わりのように、

「そう云うわけにはいかんだろう!」

 マツナガ議員が、厳しい顔で叫ぶ。

「これは、間違いなく連邦の仕業だ。尻尾を掴んで、糾弾すべきだ!」

「まだ、早いのです」

 今、開戦しても、確実な勝利は見こめない。まだ早い、せめてあと一年。

「まだ、早過ぎる。……幸い、今回は死人はない、犯人を捕らえるとしても、開戦のカードは切れない」

「閣下!」

 デラーズが来て、身体を支えてくれる。こう云う時、痛みや怪我に慣れていないのは不利だな、と思う。耐性があれば、もう少しましな風を装えただろうに。

 それでも、精一杯平然とした顔――とてもそうは見えるまいが――をつくり、背筋を伸ばす。

「帰宅する。警察の聴取は、後日にしてもらおう」

「しかし!」

「帰宅すると云ったのだ」

 強く云って、車に乗りこみ――その後の記憶はない。

 気がつくと、自室のベッドの上で、左肩まわりには厚く包帯が巻かれていた。

「気がつかれましたか」

 と云ってきたのは、公邸付の初老の医師だった。“ガルマ”がよく世話になっていた医師である。

「……弾は」

「摘出済です。帰宅すると駄々をこねられたとお聞きしましたよ」

 微笑みながら云われるが、腹も立たないのは、よく知った年長者であるからか。

「駄々とは、酷い」

「駄々でしょう。病院に行かれれば簡単でしたものを――幸い、輸血は必要ありませんでしたが、そこそこ失血されていますので、しばらくは安静に」

「そう云うわけにもゆくまい」

 身を起こそうとするが、麻酔が抜けていないのか、上体の左側が痺れたようになっている。

「安静にと申し上げましたよ」

「その前に、やらねばならぬことがある」

 デラーズを、と云うと、医師は困った顔をしながらも、扉の外へ顔を出した。

 すぐに、硬い面持ちのデラーズが入ってくる。

「すまないが、肩を貸してくれ。サスロに連絡を入れなくてはならん」

 それから、ドズルと“ガルマ”にも。

 だが、怪我のせいか失血のせいか、どうにも身体が巧く動かない。情けない話だが、肩でも借りなければ、執務室に行くこともままならぬ。

 衣服をきちんとしたものに改め、肩を借りながら執務室へ辿りつく。発熱しつつあるのか、先刻より体調は芳しくないが、そんなことを云っている暇はない。

「――サスロ」

 通信端末を起動させ、“弟”を呼び出すと、思ったよりも早く繋がった。

〈ギレン! 撃たれたと聞いたぞ!〉

 サスロは、噛みつくようにそう云ってきた。

「大した傷ではない。――それよりも、犯人は」

〈残念ながら、まだ捕まってはいない。狙撃ポイントと思しき場所は見つかったが、今は、周辺の防犯カメラの映像を解析中だ。……随分遠くだったぞ。確実に、連邦軍が咬んでいる。向こうも本気を出してきたな〉

「そうだろうな」

 とは云え、ゴップとはつい先日話したところだったから、あちらは除外しても構うまい。

 とすると、可能性があるのは、ヨハン・イブラヒム・レビルか、あるいは見知らぬ連邦の重鎮か。

 ともあれ、

「――とりあえず、今回の件は、できれば伏せてほしいのだが」

〈はぁ!?〉

 何を馬鹿な、とサスロは云った。

〈目撃者も大勢いる。既にニュースにもなっているぞ。そんなことができるわけはない!〉

「それなら、何とかして、市民の抗議行動を抑制してくれ。開戦を叫ぶ輩が跋扈するだろうが――今はまだ、その時ではない」

〈ギレン!〉

「今開戦しても、勝ち目はない。……なに、そう待たせはしない、とにかく、今は駄目だ。――だが、完全に抑えこむ必要はない」

〈……“次”があれば、即開戦と云うことか〉

 サスロは、考えこむような顔つきになった。こう云うところは、流石に頭が回る。

「そうだ。と云うか、そう思わせておいてくれ。そうすれば、今回は多少抑えられるだろう」

〈……本気なんだな〉

「そうだ」

 そろそろ辛くなってきた。

 ドズルや“ガルマ”にも話をしなければならない以上、このあたりで切り上げさせてもらおう。

「キシリアにも、よく話をしておいてくれ。ドズルと“ガルマ”には、直接話す」

〈……わかった〉

 何を察したか、短く云って、サスロは通信を切った。

 次はガーディアンバンチだ。

〈兄貴!!〉

 サスロ以上の速さで繋がったドズルは、青筋を浮かべ、目を見開いていた。

〈撃たれたんだと!? 下手人は!? 許せん、俺が絞め上げてやる!!〉

 情愛深いドズルらしい言葉に、思わず苦笑がこぼれる。

「大したことはない。――ところで、“ガルマ”は」

〈呼ぶか〉

「あぁ。直接話したい。キャスバルもだ」

〈……わかった。今呼ぶ〉

 やや間があって、ドズルは頷き、席を立った。あの二人を呼びにいったのだろう。

 ――くらくらするな。

 失血性の貧血なのはわかっていた。かつては親和性のあった貧血だが、性差故か、以前よりもきついように感じられる。気を抜くと落ちてしまいそうだ。デラーズの腕が、背中に強くあてられている。それが、じんわりとあたたかい。

 しばらくして、“ガルマ”とキャスバルが画面の中に入ってきた。

〈……“ギレン”兄様〉

 と云う“ガルマ”の顔は凍りついている。その中で、目だけがぎらぎらと、吼え猛る獣のようだ。

「――“ガルマ”、余計なことはするんじゃないぞ」

 云うと、キャスバルは目を見開いたが、“ガルマ”は沈黙している。

 暫の沈黙ののち、

〈――犯人は〉

 平坦な声が、そう訊ねてきた。

「逃走中だ。今、警察が捜査している」

〈……なら、僕が捕まえます〉

 などと、瞳孔が開いた顔で云われると、“ガルマ”の考えていることが大体わかる。

「駄目だ」

〈何故? 捕まえて、警察に引き渡せばいいんでしょ〉

「お前のことだ、その間に、“うっかり”とか云って、犯人に怪我をさせたり、拷問したりするだろう」

 それは、“昔”よくやっていたことでもあった。こちらが冷徹だの何だの云われることが多かったけれど、物理的に拙いのは“ガルマ”の方だ。一見穏和そうに見えるのが、余計に始末に悪い。

〈ひどいな。“ギレン兄様”は僕を何だと思ってるの? しませんよそんなこと〉

 と云う“ガルマ”の目は笑っていない。

〈シャアを助けたときと同じです。僕はガーディアンバンチからは出ませんよ〉

 などと云うが、信用できるわけがない。

「……お前が穏便に済ますものか。大体、お前はやり過ぎる。キャスバル、これの手綱はきちんと取れよ」

〈取ってますよ。これでも大人しくさせてるんです〉

 キャスバルが、むっつりとした顔で答える。

「もっとしっかり取れと云っている」

 それに応えたものかどうか、キャスバルは“ガルマ”をじろりと睨みつけた。

 “ガルマ”が軽く両手を上げる。

〈……わかりましたよ。犯人を見つけるくらいならいいでしょ? キャスバルと二人で探します。報告は“鳩”にします。ね!〉

 まだごねているようだ。

 だが、忘れてはならない、分水嶺は、もうそこに迫っているのだ。

「犯人を捕まえるだけならな」

〈ええ。見つけて報告するだけにします〉

 と云うが、その目つきが言葉を裏切っている。

「忘れるなよ、“暁”はすぐそこまで迫っている――今はまだ、ことを荒立てる時じゃない。“暁”より前に、連邦に口実を与えるわけにはいかんのだ――私が撃たれたことなど、些事に過ぎん」

 幾万の兵を死地に送る理由になるほどのことではない。

「犯人を捕まえるにしても、怪我はさせるな。殺すなんぞ以ての外だ。いずれ、連邦との端緒が開く時に、向こうが先に仕掛けたのだと証明する、大事な駒になるんだからな」

〈…………はい〉

 不満そうなその声に、ドズルが震え上がったような顔になった。可愛く甘ったれだと思っていた弟が、不意に怪物だと知ったような顔だった。

 しかし、この様子では、今頷いていても、容易く掌を返しかねない。

 仕方ない、奥の手を使うか。

「――“ガルマ”」

〈なに?〉

「あまり好き勝手するなら、お前のしでかしたことを、全部子どもたちに云うぞ」

「……え」

 途端に瞳孔が収縮する。

「お前のこれまでのあらん限りの悪行を、子供たちにすべてバラしてやるからな。何もかも全部だ」

〈……何ノコトカ分カリマセン〉

 空惚けようと、逃がすものか。

 あれやらこれやら、バラされたくないものは山ほどあるはずなのだし。

「バラしてやるからな」

〈余計ナコトハ致シマセン!〉

 よし、とりあえず歯止めはかかりそうだ。

「厭なら、犯人は捕まえるだけにしろ。怪我もさせるな。殺害は絶対に禁止だ。俺や、サスロの手を煩わせることは、一切合切禁止だ。……いいな」

〈……りょーかい〉

 若干の不本意さを孕みつつも、とにかく頷かせたなら、目的は達成だ。

「よし。……ドズル、後はお前とサスロに任せる。キャスバル、何度も云うが、“ガルマ”の手綱はきちんと取れ」

〈わかった〉

〈……わかりました〉

〈では、僕は良い子にしてますよ。“ギレン兄様”は、お大事にね〉

 殊勝な顔に、笑いがこぼれる。

「“いつもの”調子に戻ったな。猫はきちんと被れよ。先刻は、化けの皮が剥げかけてたぞ」

〈兄様!〉

 はははと笑うと、傷が痛んだ。そろそろ限界だ。

「釘は刺したぞ。おとなしくしてろよ」

 軽く手を振り、通信を切る。

 堪え切れたのは、そこまでだった。

 画面が黒くなるとともに、視界も暗転する。そして、本日二度目の失神をし、まわりを慌てさせることになったのだった。

 

 

 

 議会に復帰したのは、五日後のことだった。警察の聴取やら何やらで、時間を取られたせいもある。

 腕自体は問題ないが、撃たれた部分の負担を軽減するために、黒いリボンで左腕を吊っての登院である。どうにも大仰な気がするが、流石に傷が塞がりきっていない状態では、おとなしく医師の云うことを聞くより他ない。

 知った姿を見かけ、片手を上げて挨拶すると、マツナガ議員は目を見開いて立ち上がった。

「ギレン殿、もう宜しいのか!」

「お蔭様で。その節は、お騒がせ致しました」

 鉄オル世界の医療ポッドのようなものがあれば、話は簡単だったのだが、元々の延長線上にある宇宙世紀――考えてみれば、今は西暦2122年であるはずなのだ――では、そのような発展はしていないようだった。iPS細胞による再生医療がどうのと云う話が出ていたのに、不思議なところではある。

 もう少し科学が進んでいても良いのではないかと思わぬでもないが、元々の方でも、アトム誕生の年を過ぎても二足歩行どころか、ロボットそのものすら量産されず、AIも感情を得るところまでには至っていなかった。現在は、ドラえもんが誕生した年あたりのはずだが、そちらも当然影もかたちもない。あるのは、工業用ロボットから発展したようなMW、そして開発途中のMSがあるくらいである。

 輝かしい未来は、やはり過去が夢見た幻影だったのだろうか。

 ともあれ、この時間軸では、鉄オル世界ほどには生体科学は発展してはいないようだった。つまり、怪我人はおとなしく療養するしかないわけだ。

「そのようなことなど!」

 マツナガ議員は、大きく腕を振った。

「貴殿のたっての望みだと、デギン閣下がおっしゃるので、連邦に対する抗議は見送られることになったのですぞ。世論は、政府は弱腰だとくさしているようだ。それでも構わんとおっしゃるのか?」

「何ごとにも、時機と云うものがございますので」

 連邦と互角以上にやれる、と確信が持てない限りは、迂闊に開戦云々を唱えることはできないのだ。

 と、

「……ギレン殿」

 ダルシア・バハロが、心配そうな顔で近づいてきた。

「もう登院なさるとは――お加減は宜しいのですか」

「お蔭様で。醜態をお見せしたようで、お恥かしい限りです」

「連邦の手のものによるとお聞きしましたが」

「犯人を捕らえたわけではありませんので、まだ何とも」

 もちろん、犯行を指示したあたりは限られるのだが、まだ迂闊なことを云える段階ではない。容疑者については、黙っておくに限るのだ。

 ダルシア・バハロは、溜息をついた。

「相変わらずの慎重居士であられますな。議会内でも、連邦の指示だと云う噂話が、まことしやかに囁かれておりますが」

「あまり言挙げせぬが宜しいでしょう。万が一にも向こうの知るところとなり、あれこれ捩じこまれては敵いません」

 案外、そのあたりが向こうの狙い目なのかも知れないのだし。

「……然様でございますな」

 ダルシアはゆっくりと頷いた。何やら思うところがあるのだろうか。

「連邦は、ムンゾの現状に神経を尖らせているようにも感じます。あるいは、先だってのムンゾ大学立て籠もりも、あちらの手のものに、知らず唆された可能性も……」

「あれは、ギレン殿の盾になった男の、旧友が企てたと聞いていたが?」

 マツナガ議員の言葉に、ダルシアはゆるく首を振った。

「表向きはそうだとしても、連邦は、こちらの様子を逐一窺っているのではないかと思うのです。それで、若い議員たちが甘言に乗って、うかうかとあのような犯罪に手を染めることになったのでは、と」

 その言葉に、マツナガ議員は腕を組み、うぅむと唸った。

「――わからんでもありませんな」

 思わずそう呟く。

「ギレン殿にもお心あたりが?」

「先日、私の配下のものが、ガーディアンバンチに弟を訪ねまして」

 ドズルではなく、“ガルマ”の方です、と云うと、二人は一様に首を傾げた。

「ギレン殿の配下であれば、軍属ですな。それが、ガルマ殿に何のご用が?」

「何と申しますか、私と弟の戯れで、そのものの配下が倒れまして」

「……は」

「ほんの些細な戯れだったのですが、まぁ“ガルマ”のことですので。――それで、部下が苦情申立に参ったのですが――それを後日、連邦サイドから指摘されたのです」

「――通信傍受でもされておりましたか」

「いえ、ガーディアンバンチ駐屯部隊に届けを出して行ったようなのですが、それがまわりまわって上層部にまで」

「……ちなみに、どなたに」

「ゴップ将軍です」

 声を潜めて云う。

 二人は息を呑んだ。

「何と」

「それは、随分なお相手だ」

「いろいろありまして、時候の挨拶をかわす程度の間柄なのですが、先日、いきなり直接連絡がありまして。何用かと思えば、“部下をガーディアンバンチへやっただろう”と」

「それは、随分と警戒されておられる」

「“ガルマ”も、ゴップ将軍にはお目にかかったことがありますからな。まぁ、悪戯の詳細を動画でお見せしたところ、今回の潔白は信じて戴けましたが」

「ギレン殿ばかりでなく、ガルマ殿も警戒されておられると云うことですか」

「まぁ、あれは悪辣ですからな」

 と云うと、二人は思わずと云うように顔を見合わせた。

 まぁ、ザビ家の“悪辣”とは、と云うような気分なのは、わからぬでもない。ザビ家そのものが、悪辣な人間揃いであるからだ。

 だかまぁ、賢明な二人は、余計なことは当然口にはしなかった。

「……まぁ、ザビ家の方々は優秀であられますからな」

「連邦も警戒せざるを得ないでしょうな」

 何と云うか、奥歯にものの挟まったようなもの云いである。まぁ、いくら何でも、目の前にいる人間の身内を“悪辣”だとは、かれらの立場では云い辛いか。

「その上、この悪人面では、確かに信用ならぬでしょうな」

「いやいやいや」

「そのようなことは」

「中では“ガルマ”が一番愛らしい顔なのですが、それが一番悪辣ときている。どうにもなりません」

 本心から云うが、返るのは微妙なまなざしばかりである。

 まぁ良い。

「ともかくも、あまり騒ぎ立てるのは得策ではありません。まだ犯人も捕まってはいないのですから、ここは穏便にことを収めたいのですが」

「しかし、そうは参りますまい」

 ダルシア・バハロは腕を組んだ。

「仮にも議会、そして軍の要人を狙った事件です。これを看過すれば、ムンゾの体面にも疵がつく。むろん、いきなり開戦はどうかと思われますが、かと云って、何もなしと云うわけにはゆきますまい」

「そうですな、私も同意見だ」

 マツナガ議員も頷く。

「もしも、本当に連邦が背後にあるならば、厳重に抗議するのは当然のことだ。自治国家とは云え、ムンゾにも主権がある。それを侵されては、黙っているわけにはいかんでしょう」

「ですが、犯人も捕まっていない現状で、連邦に抗議は時期尚早です。それなのに決議まで俎上にのぼるのは、正直困る」

 戦争したい輩は、それに乗じて開戦しろとシュプレヒコールを上げるだろうし、昨今度々行われているデモも、暴動に発展しやすくなるだろう。

 それに引きずられるように開戦するでは、これまで手綱を絞って堪えてきた意味が半減する。まだ少し、今少しの猶予が必要なのだ。

「ギレン殿のご懸念はわかりますが、なかなか難しいかと思われますよ」

 ダルシアは、考えこむように云った。

「民衆に、それを云って納得するかと云うと――根拠がなくとも、連邦に報復しろなどと云い出す輩は出て参りますからな」

「それを受けて、開戦だと騒ぐ議員もな。仮にも立法の府に籍を置きながら、考えなしのものが多過ぎる」

 まぁそれは、ムンゾに限った話でも、今に限った話でもない。下品なアジテーター、犯罪者すれすれの人間まで、議員の裾野は、悪い意味でも広いのだ――とても残念なことながら。

「……私としては、こちらの準備が整うまでは、戦争など冗談ではない、と云うところなのですが」

 そう云うと、二人はともに頷いた。

「それは、もちろんのこと」

「戦争は最後の手段ですからな。況して連邦相手となれば、当然の話です」

 しかし、とダルシアは続けて云った。

「ここで過剰に騒ぐ輩には、もしかすると連邦の息がかかっているのかも知れません。あちらとしては、ムンゾがすっかり準備を終える前に、少しでも有利なかたちで開戦に持ちこみたいはずです」

「それが案外、今回の裏で糸を引いていたのやも知れませぬな」

 マツナガ議員も頷く。

「まぁ、決議自体は、穏健派もありますので、可決される心配はないでしょう。だが、賛成にまわるものをよく見て、そ奴らの動きを注視せねばなりますまい。敵は、ムンゾの中にも紛れておりますぞ」

「……心致しましょう」

 確かに、敵はムンゾの中にもいる。厄介なのは、それが連邦の息のかかった連中ばかりでもない、と云うところなのだ。

 と、議会開始五分前の鐘が鳴った。

「そろそろはじまりますな」

「えぇ。ではまた」

「また後ほど」

 挨拶をかわし、自席につく。

 そうしながら、階段状に広がる議場をゆったりと見渡す。

 ほぼ埋まった席にいる議員たち――この中のどれほどが味方で、どれほどが日和見で、どれほどが連邦の手のもので、どれほどが単なる愚かものなのか。

 それを見極めていかなくては、後々、国内の泥濘に足を取られることにもなりかねぬ。

 ――気が重いことだな。

 戦いまでは、あと一年近くある――そうあるようにしなくてはならぬ。

 国と云う巨体の舵取りは難しいものだと、しみじみと思う。“父”デギン・ソド・ザビが首相の座にあるからこそ、これくらいで済んでいるのだと云う事実に改めて感謝し、議事に集中するべく前を向いた。

 

 

 

 ゴップ将軍から再び連絡があったのは、数日後のことである。

〈災難だったようだな、ギレン・ザビ〉

 と云う男は、どうも軍の執務室か、あるいは連邦議会の控室か、とにかくやや公的な場所から連絡してきたようだった。

「見舞いと云うことですか。ありがとうございます」

 と云いながら、珍しいな、と思う。

 もちろんまだ一戦交えているわけではないが、連邦軍の重鎮が、仮想敵たるムンゾ国軍総帥に連絡を入れると云うのは、あまり堂々とできることではないはずだ。

 それを、敢えてやるからには何らかの理由があるのだろうが、さて?

〈それもあるが――こちらも昨今、少々きな臭くてな〉

 ゴップは苦笑した。

「と云うと」

〈私がムンゾと裏で繋がっていると、讒言するものがあるようでな〉

 讒言、と云うか、傍から見ればそうだろうな、とは思う。確かに、まだ完全に敵対しているわけではないのだから、交流があって悪いわけではないはずだが――こんなことにもとやかく云う輩はあるものだ。

〈まぁそれで、私のまわりも何やらきな臭くなってきたのでな、万が一に備えて、もうひとつルートを作っておくべきではないかと思ったのだよ〉

「……それは」

 差し迫って、身の危険があると云うことか――こちらが狙撃されたのと同じように。

 だが、ゴップは笑って否定した。

〈危機管理をしておかなくては、火薬庫に火がついてからでは遅いのでな〉

「なるほど」

 そう云えば、原作では、ムンゾ――ジオンと繋がっていたのは、レビル配下のエルラン中将だったが、もちろん、この時間軸ではまったく接点がない。それに、エルランの行為は軍事機密の漏洩であり、背信と云うべきものだったが、ゴップのそれは、あくまでも対話の窓口を確保する行為でしかないのだ。

 とは云え、窓口を設けておくと云うのは、かなり危機感を有しているが故であるのは間違いないようだ。何もなければ、そこまで備える必要はないはずだから。

「……しかし、もうひとつのルートと云うと、一体どなたに」

〈そこだ〉

 ゴップはにやりと笑った。

〈丁度良いのを摑まえたのだよ。つい最近昇進したばかりの男だがな、ブレックス・フォーラと云う〉

「は」

 それは、『Z』において、シャア――クワトロ・バジーナ大尉の上官であった、エゥーゴの指導者のことなのか。

〈君と同じくらいの年齢だが、なかなか優秀でな。しかも、割に理想家肌ときている。気が合うと思ったのだが、どうかね〉

 その言葉とともに、壮年の男が画面の中に入ってきた。

 淡い金髪、青い瞳、髭はまだ蓄えられてはおらず、意志の強そうなしっかりした顎が顕にされている。額も、『Z』の時ほどではないが生え上がっており、あの頃の面影がある、と云うか、これがああなるのかと思うと、感慨深いものがある。

「ブレックス・フォーラ、准将ですか……」

 クワトロ・バジーナ――シャア・アズナブルを後継にと望んだものの、志半ばで暗殺された男。この男とヘンケン・ベッケナー、そしてクワトロ・バジーナは、なかなか良い関係を築いていたようだった。

 あの関係が無事に続いていたならば、シャアは連邦議会に失望することも少なくて、『逆シャア』に到る道程はなくなっていたのではないか。

 個人的に、『Z』では、ヘンケンとエマ・シーンのカップルが好きだったのだが――もしかすると、この時間軸では成立しないのではなかろうか。

〈私をご存知ですか〉

 訝しげに云うのに、はっとする。

 そう云えば、ゴップは位階を口にはしていなかった。今云ったのは『Z』の記憶のなせる技であって、特にこちらが調べたわけではない。

「そうではないかと思ったまでです」

〈怪しいな、案外、連邦軍の人事もチェックしているのではないか?〉

 ゴップが冗談めかして云うが、もちろんそんな暇はない。

「興味はございますが、なかなかそこまで手が回りませんよ」

 ブレックス・フォーラが准将ならば、ジャミトフ・ハイマンやバスク・オムはどうなのだろうとは思うけれど。

 ――いや、待て。

 確か、ジャミトフ・ハイマンは、デラーズ紛争の折に准将で、『Z』つまりグリプス戦役時に大将だったはずだ。

 ブレックス・フォーラは、グリプス戦役時に准将であり、そうであるならば、現時点では良くて大佐、そうでなければ少佐あたりでも不思議はないのだ。人材不足気味のムンゾならばともかく、潤沢に人のいる連邦軍は、そのあたりが厳しいのではないかと思うのだが。

「……それにしても、お若いのに准将におなりとは、飛び抜けて優秀であられるのですな」

 遠回しに経緯を知りたいと思いながら云うと、当の本人が、苦笑しながら答えてきた。

〈私は、連邦議会議員の席も持っているのです。ですので、まぁ、准将と云うのは名誉職のようなものですよ〉

 とは云うが、それだけならばティターンズ台頭の折、対抗組織であるエゥーゴを立ち上げることは難しかっただろう。

「……嘱望されておられるのですな」

 あるいは、原作のラインとはかなり様々なことに違いが出てきたため、連邦軍内でも、政治色の強い人材が重用されるように変わってきているのかも知れないが。

〈私よりお若くて、ムンゾ軍の総帥の座にお就きの方に云われるのは、面映いものがありますな〉

〈ギレン・ザビは、なかなかの男だぞ〉

 ゴップまでが持ち上げてくるので、こちらの方が照れてしまう。

「ご冗談でしょう。ムンゾでは、争うほどの人数もおりません。多士済々の連邦軍とは違います」

 だからこそ、安彦良和も、ジャブロー攻略の司令官に、ガルシア・ロメオなどと云う新キャラを作らねばならなかったのだし。

〈それでも、君ほどの逸材は、流石にぱっとは挙がらんよ。ムンゾの重職にあるのでなければ、こちらに引き抜きをかけたいくらいだ〉

「お戯れを」

 こちらは、躯体が小さいムンゾだからこそやれるのであって、連邦軍ほどの巨大な組織では、これほどのことすらできないに違いない。人間には、それぞれに相応しい場と云うものがある。自分にどうにかできるのは、ムンゾひとつがせいぜいだろう。

〈閣下にそこまで云わしめるとは……噂はお聞きしていましたが、優秀な方なのですな〉

 感心したようにブレックス准将に云われるが、そんなものではない。

「申しましたとおりですよ。連邦にあれば埋もれる程度の人間です」

 それ以上は、過信、あるいは妄信となる。まぁ、ムンゾひとつとても動かせるのならば、世間では大人物と云われるだろうから、あるいは謙遜も厭味になる類なのかも知れないが。

 元のギレン・ザビより知能に劣るので、そのあたりを他の要素で埋めているだけで、実態はさしたるものでもないはずだ。と云うよりも、その“埋める他の要素”が、つまりは優秀な他の人間なのである。タチやデラーズは、こちらを天才の何のと云うが、それは元のギレン・ザビに対するもので、こちらの能力ではないのだ。

 こちらがギレン・ザビに優るものと云えば、対人関係構築、政治力と調停能力、そして多少の原作知識くらいのものだ。戦略とアジテーションは、元のギレン・ザビの足許にも及ばない。

〈いや、そのおっしゃりようでも、優秀な方だとわかります。ザビ家は皆優秀な方揃いとはお聞きしておりましたが、なかなか〉

 と、感心したように云われても困る。

 ゴップは、このやり取りを満足そうに聞いていた。

〈いや、上手くやれそうな風ではないか。これで私も一安心だ〉

 そのもの云いからは、“危機管理”以上のものが感じ取れた。

 ――連邦内は、それほどか。

 ゴップが、真剣に身の危険を感じるほどに?

 こちらの沈黙を何と取ったか、ゴップはにやりと片頬を歪めた。

〈何を真剣な顔をすることがある。これは保険だよ。リスク分散は基本だろう。投資と同じことだ、どれかひとつに絞れば、痛い目を見ることもある〉

 とは云うが、その程度のことで、このような連絡をしてくる男であるとは思われなかった。

「……何かございましたら、微力ながら助太刀致しましょう」

 こちらとしても、せっかく掴んだ連邦の太いラインを、みすみす失いたくはない。

 だが、ゴップは、にやりと笑っただけだった。

〈そうやって、連邦に介入するつもりなのか?〉

「そのようなことは、決して」

〈ふふ、冗談だ――だがまぁ、若いものに助けられるのはまだ先だ。手出し無用さ〉

「……然様でございますか」

 そこまで云われては、引き下がるしかないではないか。

「わかりました。ですが、手がご入用でしたら、いつでもお声がけ下さい。私も、連邦との窓口が減るのはありがたくないものですから」

〈云いおるな!〉

 笑って云うが、隣りのブレックス・フォーラは、心配げな顔になった。

〈まぁ良い。用件はそれだけだ。――こちらとしても、ムンゾ側の窓口が減るのは困る。くれぐれも用心しろ〉

「えぇ。閣下も、ご自愛下さい」

 そっくり返すと、また笑いが返った。

〈ではな、ギレン・ザビ〉

〈失礼致します〉

「それではまた」

 そうして、通信は切れた。

 そのまま、今度は別のところへ通信を入れる。

「……タチ」

〈はい〉

 素早く反応する“伝書鳩”の長に、今しがた感じた懸念を云う。

「連邦上層部の動きが知りたい。勢力図に変化があったのかも知れんのだ」

〈ゴップ将軍まわりと云うことですか〉

「そうだ。新任の准将を紹介された。本人は、かなり身の危険を感じているのではないかと思うのだ」

〈ゴップ将軍がいなくなるのは大損失ですね。――わかりました、早急に調べて、ご報告致します〉

「頼んだ」

〈はい、では〉

 連邦に限らず、議会や軍は保守が強いものだが、ゴップはどちらかと云えば中道で、対ムンゾ強硬派はレビルと云う印象――ブレックス・フォーラは、やや革新寄り――だったのだが、あまり注意を払ってこなかった他の保守派が、ゴップを排除しにかかっているのかも知れない。

 別段、ゴップが連邦のすべてを掌握しているとは思わないが、それにしても、身の危険を感じている――そうでなければ、ブレックス准将を紹介してくることはあるまい――となれば、連邦内部の勢力争いが、思っていたより激化している可能性が高い。

 そうであれば、当然それは、ムンゾのこの先にも大きく影響してくることになるのだ。

 情報は、確実に集めておきたかった。

 ――あと半年。

 それで、“ガルマ”とキャスバルが士官学校を卒業する。何とかそれまで持ち堪えることができるだろうか。

 すべてが前倒しで進んでいる以上、最悪、在学中の開戦の可能性もなくはないのだが――とにかく、引き延ばせるだけ引き延ばす、それくらいしかできることはない。

 口を突いて出る溜息を呑み下し、目の前の些事を片づけるために、少し先の未来から目を逸らした。

 

 

 

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