ものごとは、まま、思うように動かぬものだ。
狙撃事件をきっかけにして、ムンゾ独立運動が再燃してしまった。実行犯に手が届かぬうちに、である。
「面倒なことになったな……」
「抑えようとはしたんだがな」
頭を抱える横で、サスロがやや投げやりに云う。
未だ半療養中で、仕事を早く切り上げたところに、サスロが来てのティータイムである。中年の男ふたりでは、優雅も何もあったものではないが、茶器と菓子器があるだけで、陰謀を企んでいる感はぐっと減ったように感じられる――あくまでも“気持ち”程度のことではあるが。
「お前が、意外に人気があるのがいかんのだ。事件のことを耳にしたシンパたちが、許せんと云って、連邦からの独立を叫んでいるんだ」
「人気? あるのか」
“父”デギン・ソド・ザビならともかくとして、軍総帥で強面の、この自分にそんなことが?
「あるぞ。何だったか、雑誌の企画のひとつに、理想の上司を選ぶと云うのがあったが、お前の名前も挙がっていた。親父より上で、驚いたぞ」
「一国の首相を上司に持ちたい人間は少ないだろう……」
「まぁな、基本、俳優やジャーナリストが多かったが――お前は結構高かったぞ。確か、三十位以内にはいたはずだ」
「……それは、私を近くで見たことがないから、投票できたのだろうな」
“オルガ・イツカ”の時すら、インテリヤクザと云われたのだ。今なら、強面ぶりはそれどころの話ではない。
それにしても、あり得るとは思ったが、実際に独立運動が盛り上がってしまうと、何とも云い難い気分ではある。
「困ったものだな……」
確かに、“暁の蜂起”の後、すぐに開戦に持ちこむためには、前振りとしての独立運動がある程度盛り上がっている必要はあった。
あったがこれでは、早々に連邦軍の介入を招くことになりはすまいか。
「……“ガルマ”たちが、演習で良好な成績だったと聞きはしたが……」
原作では、その後の掃海実習の時に、連邦軍の戦艦が事故を起こして、そこからの独立運動激化、そして“暁の蜂起”だったはずなのだが。
「おう、そうだったな。その日にお前が狙撃されたので、うっかり失念していた」
サスロは嬉しそうに云った。
何だかんだでこの“弟”は、“ガルマ”のことを気にかけている。演習の件も、我がことのように喜んでいるようだ。
「少々トラブルもあったようだが、向こうの軍監も絶賛せざるを得ないくらいだったらしい。ドズルが喜んでいたな」
まぁ、お前が撃たれた話で、それどころじゃなくなったわけだが、と云われては、素直に謝るしかない。
「すまん、迂闊だった」
「いや、あれはどうにもなるまいさ。まぁ、お前が、連邦にとってそれだけ脅威だと云うことだな」
「コロニー同盟は成立してしまっている以上、私をどうこうしても、状況が激変するわけではないと思うが」
「そんなわけがあるか」
サスロは、やや乱暴にカップを置いた。
「正直に云えば、他サイドのムンゾに対する信用は、お前一人で担保されているようなものだろう。お前に万が一のことがあれば、コロニー同盟は嵐の中の小舟になって、やがては瓦解することになると思うぞ」
「大袈裟な」
「本当のことだ」
「少なくとも“ザビ家”が担保しているのであって、私一人ではあるまい」
「まぁ、お前と親父がな。その一方が欠けては、少々な」
「まったく替えの利かない人間などない」
「そりゃあそうだが、まるごとカバーできる代役がないと云うのも本当のことだろう」
「……まぁ確かに」
俳優などは、往々にしてそうなのだが。
それでも、いざ代役が立てば、その人物はそれなりに業績を残し、場合によっては元の人間よりも評価を得たりもするものなのだ。
「――しかしまぁ、本当に参ったな。この分だと、いずれ連邦軍が、治安維持などと称して出張ってきそうだ」
「ガーディアンバンチに動きがあるのか」
「あぁ。何やら慌ただしくしているようだ。一応、ズムシティの警備については、ムンゾ国軍で行うと通達しているが――あまりにもデモが激化するようなら、生ぬるいと云って鎮圧部隊を出してくる可能性はある」
「それは困るな……」
原作のラインでいけば、もちろんそこから“暁の蜂起”だが、この時間軸の微妙な力関係では、武力衝突即開戦、と云うことにもなりかねない。
もちろん、MSに関しては、MS-05、すなわち旧ザクが量産体制に入ったところではある。が、原作の一年戦争開戦が“暁の蜂起”の二年後だったのに対し、こちらはおそらく、そこまでの時間の猶予はないだろう。下手をすれば、旧ザクばかりで開戦に持ちこまれることになりそうだ。
無論、今回は連邦にガンダムがないので、こちらにアドバンテージがあるが、しかし何と云っても“戦いは数”である。ムンゾ一国と地球連邦では、そもそも抱える兵の数が違い過ぎる。間違いなく、このままやり合って勝てると云うルートはないだろう。
「国民が独立を求めているのはわかるが、独立となれば即戦争になるだろう。それは覚悟の上だが、いかんせん、準備が足りないからな」
「まぁな。親父は慎重だ。まぁ、常識で考えれば、連邦とまともにやり合って、勝てるはずがないからな」
「私とて、今開戦は絶対に御免だ」
だが、連邦内がごたごたしている気配がある以上、絶対はない。
“伝書鳩”の調べたところでは、やはり連邦軍内部は不穏であるようだ。ゴップは、そもそも兵站担当で、強硬派だの改革派だのと云う枠ではなかったはずなのだが、いつの間にやらそのあたりのせめぎ合いに巻きこまれ、少々面倒なことになっているらしい。
悪いことに、その争いにはレビルもあまり関係はなく、タカ派同士の勢力争いに、まわりが振り回されているような恰好らしい。
正直、原作における連邦軍内部の抗争など、1stや『the ORIGIN』ではあまり描写されておらず――まぁ、どちらも主役はアムロ・レイとWBクルー、そしてシャア・アズナブルであるからには仕方ない――、また、その後の枝サーガなどほとんどフォローしていない身としては、アンテナが働かないのも仕方ないことだと思う。わかるのはせいぜいがブレックス・フォーラとジャミトフ・ハイマン、バスク・オムあたりの『Z』の面々くらいなのだ。
そう、しかし“鳩”の伝えてきた抗争の面子の一人は、どうやらそのジャミトフ・ハイマンと関係がある男であるらしい。
ジーン・コリニー、連邦軍中将と云うことらしい。ジャミトフ・ハイマンは、この男の部下であるようだ。ハイマンに良い印象がまったくないので、その上司だと云うジーン・コリニーにも、良い印象は抱けない。
そして、それと敵対、とまではゆかずとも、主導権を争っているのがグリーン・ワイアットと云う男だ。こちらも中将と云うことである。そして、イギリス出身であるらしい。
どうも、主戦派、しかも割合に強硬派の二人が、対ムンゾの先行きを決めることになりそうだった。
――どちらについても、さしたる情報がないのが痛いな……
こう云う時、トミノライン以外もフォローしておくべきだったと思うのだが――まぁ、枝は枝でしかないので、今でも興味はあまりないのだ。いくら公式が“正史”だと云ったところで、受け入れるか否かは視聴者次第なのである。
――ワッケインなら、1stにもいたから、まだ認識しているが……
こちらは『the ORIGIN』では少将で、ルウム戦役前から戦闘に参加し、本編ではルナツーの司令官として登場していたはずだ。やや官僚主義的な――つまりは頭が固い――描写をされていたが、こちらとしては、それならそれでやりようもあったのだ。
しかし、相手がジャミトフ・ハイマンの上司などであっては、それすらも見こめまい――少なくとも、誠実で“民主主義”の前提を信奉するタイプではないだろうからだ。
ジャミトフ・ハイマンの部下であったバスク・オムに至っては、アースノイド至上主義者であり、ブライト・ノアを殴りつけたりと、粗暴さを隠しもしないキャラクターだった。そのような部下たちを従える人間に、他人、殊にスペースノイドに対する気遣いや思いやりなどあろうはずはない。
そのあたりが跋扈して、かつタカ派同士の抗争もあるとなると、さしものゴップも身の危険を感じるか。
そこでブレックス・フォーラに声をかけたのは、あるいは、議会に席を持ち、かつあまり派閥色のない――だろうと思いたい――人間を、とりあえず自分の近くに引きこもうと云う意図があったのかも知れない。
「……連邦も、いろいろと複雑なようだな……」
それに較べれば、ムンゾのあれこれなど、児戯にも等しいものではないか。
軍の中だけですらこれならば、議会や政府も含めれば、どれほど複雑な関係図が描けるのか、想像に難くない。
気がついたら“ブレックス・フォーラ”ではなく、気がついたら“ギレン・ザビ”であったことに、何とも知れぬものに感謝するしかない。
「とにかく、連邦の駐屯軍が介入してこないよう、ぎりぎりまでは踏ん張るが――最悪の事態もあり得るのだと、親父には伝えるしかあるまいな」
「まぁ、予期はしておられよう」
まったく憶えていないが、撃たれた日の夜には、わざわざ公邸から顔を出してくれたようなのだ。まぁ、こちらは貧血で意識を失っていたようなものだったので、あとからそのことを聞いたのだが。
それから顔を合わせずじまいだが、まぁ、こちらの仕事も多少流れて、それに忙殺されているのに違いない。議会で会うこともあるが、あちらとこちらで、家族の会話をかわすどころではなかった。実際、サスロとこうして話すことすら、あの後ほぼ初めてであるのだし。
「まぁな」
サスロは肩をすくめた。
「そもそも、開戦させることが狙いの事件だったんだろうしな――独立派が煽りまくるお蔭で、俺の方も大忙しだ」
「デモが暴動に発展すれば、連邦の思うつぼだからな。治安維持と云う名の出動が、市民の制圧になり、そこから死傷者が出る事態になり、あとは戦争に一直線だ」
「残念だが、俺も同じことを考えていた。開戦までは、もはや秒読みだとな」
「まだ、どちらも体制が整わん時に……」
これが、第三勢力が漁夫の利を狙わんとして、と云うのならわかる。が、正直、この状況では、泥沼の戦いになるだけだ。
「どうしたものかな……」
その呟きに頷こうとした、その時。
控えめな、しかしどこか乱れた調子で扉が叩かれた。
「……どうした」
問うと、答えが返った。デラーズ配下のものである。
「――閣下、デギン閣下から通信が」
「何」
一応こちらは半療養中の身である。しかも帰宅後、つまりは就労時間外に通信とは、よほどの事件が起こったのか。
「何かあったか」
「存じません。が、サスロ殿もおられると申し上げましたところ、ご一緒に公邸へと」
思わず、サスロと顔を見合わせる。
そろそろ晩餐の時間だと云うのに、今から公邸へ、とは、やはりかなりの重大事であると思われる。
「わかった。今から出る」
カップに残った紅茶を飲み干し、サスロと目を合わせる。
そうしてひとつ頷くと、“父”の許へと向かうべく、席を立った。
公邸の“父”の執務室には、既にキシリアも到着していた。つまり、ガーディアンバンチにいる“ガルマ”とドズルを除き、ザビ家の家族が顔を揃えたことになる。
「何があったのですか」
デスクについて低く唸る“父”に、そう問うと、
「連邦よ。連邦軍のジーン・コリニー中将の使いだと云うものがガーディアンバンチを訪れて、ガルマを地球によこせと云うの」
代わりにキシリアが、地を這うような声で答えた。
「何だそれは! 人質ではないか!」
サスロの額に青筋が浮く。
「そうよ。ムンゾ国軍は、デモ隊と意を同じくして、連邦に対する暴動を起こす可能性がある。ガーディアンバンチの駐屯軍に制圧を命じるが、もしもガルマ・ザビを地球によこすなら、デモ隊の鎮圧はムンゾ国軍に任せることにする、と」
「まるっきり恫喝だ!」
まぁ、そうだろうと思う。
“父”を見やれば、歯を食いしばっているものの、それは、最愛の息子を人質として差し出すことを回避できなかった、自身の不甲斐なさに対する憤り故のもののように思われた。
「――返答の期限は」
「明日の正午までよ」
「それで“父上”は、決断なさったのだな」
「お前は反対しないの、ギレン!」
「“父上”が下された決断に反するような意見は持たんよ。国の上に立つ以上、已むないことではある」
国のトップなどと云うものは、つまりは国事の奴隷である。国のため、国民のためなら、妻子を人質に差し出すことも、あるいは自らの地位を手放すことも、必要とあらばなさねばならぬ。
その決断を、“父”はしたのだ。そうである以上、こちらが何を云うことがあろうか。
“ガルマ”に甘いキシリアやサスロは歯噛みするが、国政を担うとはそう云うことなのだ。もちろん、この“弟妹”とても、拒否できぬことは承知の上でのことだろうが。
と、通信が入った。ドズルからだ。
〈――親父〉
厳しい顔で、ドズルは云った。
「ドズル」
〈向こうの使いがきた。バスク・オム少佐と云ったな〉
「バスク・オム?」
思わず問い返す。
バスク・オムとは、あのバスク・オムか――『Z』において、ティターンズの幹部であったあの?
〈知っているのか、ギレン?〉
「あぁ、名前はな」
なるほど、こちらでも本当に、ジーン・コリニー、ジャミトフ・ハイマン、バスク・オムのラインは健在だと云うことか――しかし、ブレックス・フォーラが原作より昇進していることを思えば、そのあたりは据え置きなのは、ある意味でこちらに風が吹いていなくもない、とも考えられる。
ゴップの身を案じていたが、案外、そこまでの危うさはなかったか。だが、タカ派の抗争が勃発していると云うのなら、ゴップに直接被害はなくとも、ムンゾとしては大いに影響がある。現に、“ガルマ”を人質によこせと云ってくるくらいなのだ。
「ガーディアンバンチ駐屯軍の、さらに上がジーン・コリニーだと云うことか……」
あるいは、コリニーの息のかかったものであるものか。
「まぁ、バスク・オムが出てくるのであれば、そう云うことなのだろうな」
〈わかるのか〉
「“伝書鳩”が出れば、その後ろに私が控えているのと同じことだ。バスク・オムの後ろには、ジーン・コリニーがいる。……まぁ、連邦も一枚板ではない、ジーン・コリニーをいなす間に、他を攻略する」
「軽く云う!」
キシリアは云うが、そのあたりは、それこそゴップやブレックス・フォーラあたりとやり取りして、上手く舵取りするしかない。
「せっかく“ガルマ”が時を稼いでくれるのだ、それを無駄にするわけにはゆくまい」
そう云うと、キシリアははっとした顔になった。
「……あの子には、覚悟があるのだと云うの」
「あれもザビ家の男だ」
そして、それ以上に遙かに悪辣な。
「“父上”の判断に否とは云うまいよ。われわれがなさねばならんのは、“ガルマ”が地球へ赴くことによってできる時間を、一分一秒無駄にせず、開戦に向けた準備を進めることだ」
新型MSの量産、パイロットの育成、そしてニュータイプを戦場で使いこなす算段も。
「……お前もあの子も、覚悟があると云うことなのね」
「云っただろう、“ガルマ”はMSに乗るつもりがある。最前線に出る覚悟があるなら、今回のことも、また異なる戦場と思うはずだ。戦いは既にはじまっている。“ガルマ”は、それを知っているのだ」
「俺たちの方が、覚悟が足りなかったと云うことか……」
サスロが、渋い顔でそう呟いた。
「お前たちは“ガルマ”に甘いからな」
「お前が厳し過ぎるだけだろう」
「まったくだわ」
〈まぁ、ガルマは心配ない、上手くやるだろう〉
何の根拠があってか、ドズルは力強く云う。
〈バスク・オム少佐相手にも、一歩も引かぬ態度は、なかなかだった。地球でも、連邦の連中に臆したりはしないだろうな〉
まぁ、そこは疑わない、が、
「バスク・オムは、そちらに出向いたのか」
〈あぁ。ガルマが強烈なヤツをお見舞いしていたぞ。なかなか小気味よかった〉
なるほど、お得意の厭味攻撃か。
「それならば、“ガルマ”は心配あるまい」
〈むしろ、気になるのはキャスバルだな……〉
ドズルが溜息をつく。
「何かあったか」
〈ガルマが人質に出されると思って、何と云うか、塞いでいるようでな……〉
「ほぅ」
まぁ、幼少期からずっとともにあった人間が、初めて引き離されることになったのだ。わからぬでもないことだ、が。
「まぁ、キャスバルにとっても、初めての戦いと云うことになるか」
親密な相手を“戦場”に送り出し、それをただ後方から見るしかない、と云う状況が。
「良い機会だ。“ガルマ”は必ず戻ってくるが、キャスバルも、そのような事態に慣れてゆかねばならんのだからな」
〈……ガルマは帰ってくるか〉
「帰ってくる」
強い語調で、云う。
「少なくとも、開戦のその瞬間に、ムンゾにいないなどと云うことはあり得ない。われわれは、それまでの間にできることをすべてやり、万端の準備で連邦との戦いに臨むようにするのだ」
「……わかったわ」
遂に、キシリアが頷いた。
「双子のように育ったキャスバルが耐え忍んでいるのに、年長のわれわれがいつまでも愚痴をこぼすわけにはいかない――あの子が時を稼ぐうちに、やるべきことはやらなくては」
噛みしめるように云い、頷く。
「そうだな、俺も、覚悟を決めなければならんな」
サスロも同意してきた。
「末っ子がそれだけの覚悟をしていると云うのに、兄である俺が動じているわけには、確かにいかん」
納得したならば、“兄弟”は全員、次のステップに進むことができるだろう。
さて、それならば、
「――“父上”」
残りは、デギン・ソド・ザビただひとりである。
無論、ムンゾ首相としての“父”は、愛してやまない“末子”を地球にやることは決めていただろうが――それと気持ちが納得することとは、まったく別の話である。
デギンは、恐らくは怒りと悲しみと悔しさによって、顔を赤く染めていた。
やがて、
「――ガルマを、地球へやる」
軋るような声だった。
「ガルマひとりのために、ムンゾを連邦軍に踏み荒らされるわけにはゆかん。たとえ、人質に取られるのだとしてもな――ジーン・コリニーめ……!」
最後は、獣の咆哮のようだった。
「“父上”、お気持ちはわかりますが、落ち着いて戴きたい。あまり激されては、お身体に障りがありましょう」
宥めようとすると、ぎろりと睨みつけられた。
「お前は! ガルマが気がかりではないのか!」
「あれは、間違いなく上手くやれます」
その“上手くやる”が、“父”の思う意味かはともかくとして。
「あれを信じてやって戴けませんか――あれも、ザビ家の男です」
と云ってやれば、“父”は、まだ唸りながらも頷いてきた。
〈――それじゃあ、バスク・オム少佐には、承諾の返答をして良いか。一応、明日またくるとは云っていたが〉
「……いや」
それに首を振ったのは“父”だった。
「儂から直接告げよう。ガルマにも一言云っておきたいし――その、バスク・オムとやらの顔も見てみたい」
なるほど、禿頭対決と云うことか。
そう云えば、どちらも眼鏡やゴーグルで目許を隠していたから、本当に似たもの同士の対面となるわけだ。
「そうね。私も見ておきたいわ、我が弟を託すことになる男が、どんな人間かを」
キシリアの言葉に、サスロも頷く。
――愉快な気分にはなれないと思うぞ……
胸中で呟く。
バスク・オムは、元来アースノイド至上主義者なのだと云うことだった。そればかりでなく粗暴なところが目立ち、敵を殲滅するために味方を巻きこむことも平然と行うことでも知られていた。『Z』の戦い――グリプス戦役は、そもそもバスク・オムの、デラーズ紛争におけるかれ自身の振るまい――友軍ともども敵を殲滅したと云う――が原因で起きたのだそうだ。
そもそもティターンズは、デラーズ紛争の後、ジオン残党掃討のために結成された組織だったのだと云う。その性質上、アースノイドを中心に、エリートをかき集めたのだと云うことだったが――集まった人間のエリート意識がおかしな方向に作用して、あのような歪んだ組織を作り上げることになったのか。
ともあれ、バスク・オムならば、ムンゾ首相である“父”のことすら見下すのだろう。まぁ、後で吠え面をかくが良いのだ。ザビ家は、そう甘い一族ではない。
「では、明日の正午に。その時には、バスク・オムはそちらを訪れるのだろう?」
“ガルマ”を連れるか、あるいは、ムンゾに対して事実上の宣戦布告をするために。
ドズルは頷いた。
〈わかった。念のため、向こうにはその旨通知しておこう。勝手な解釈をされて、いきなり戦闘になっても困るからな〉
「あぁ、任せた」
“父”は云い、深く椅子に沈みこんだ。
〈では〉
通信が切れても、“父”は額に手をあてて、自分の思考に浸りこんでいるようだった。
「――しかし、明日か……俺は同席できんな、予算委員会がある」
サスロが悔しそうに云った。
「私も、見たいとは云ったけれど、フラナガン博士の面会が入っているの。――お前は同席するのでしょう、ギレン?」
鋭いまなざしが、こちらを見る。
「あぁ……まぁ、割合暇だからな」
それもこれも、半療養中と云う、微妙な状況故である。
だがまぁ、今回に関しては幸いだった。バスク・オムの為人を、この目で確かめることができるのだから。
「頼んだわよ、ギレン。あの子に、私から愛していると伝えて頂戴」
「俺からも、無茶はするなとな」
「……今日のうちに、直接伝えた方が良いのではないか」
こちらが、そんなことを云う人間だと思っているわけでもあるまいに。
と云うと、キッと睨みつけられた。
「もちろん、そうするに決まっている。お前に頼むのは、そのバスク・オムとやらに、ザビ家の絆を知らしめるためよ」
「奴らがおかしな真似をしないよう、釘を刺すためだ」
「……なるほど」
しかし、それは“ガルマ”の人質としての価値を高めはするが、同時に連中の要求を高騰させることにもなりはすまいか。
まぁいい。
どのみち、おとなしく人質生活を送る“ガルマ”でもないのだし。
了承の応えを返すと、ふたりはとりあえず気が済んだらしく、尊大な風で頷いた。
明くる日の正午。
ぴったりの時間に通信を入れると、向こうには、もう面子が揃っていた。
ドズル、“ガルマ”、バスク・オム、それから何故かキャスバルもいる。
それはともかくとして、特筆すべきはバスク・オムである。
あの特徴的なゴーグルが、ない。
体格と連邦軍の軍服とで何者かは判別がついたが――正直、最初に聞いていなければ、誰であるかわからなかったに違いない。
バスク・オムは、何と云うか――意外に可愛らしい目をしていた。ゴーグルに隠されていたのがこの目では、あるいは視覚障害云々以前の問題として、自身の愛嬌のある風貌を変えたいと云う意志があったのではないかと勘ぐりたくなるくらいに。つまり、ある種の犬のような、何ともつぶらな瞳をしていたのだ。
――これは、意外だ。
もっとも、そこに宿る光の方は、『Z』で見せた暴力性を裏づけていたのだが。
「――バスク・オム少佐か」
“父”が、ゆっくりと口を開いた。
〈いかにも〉
と男は云った――声も、記憶にあるあの声だ。なるほど、確かにバスク・オムである。
〈首相御自らご返答戴けるとは、光栄ですな。――して、そのご返答はいかに〉
言葉選びこそ丁重なものだったが、その声音がすべてを裏切っている。そして、瞳に湛えられた酷薄そうな光も。
「ガルマをお預けする」
“父”の言葉に、バスク・オムはにやりと笑った。
〈そうこなくては〉
云いながら“ガルマ”の方へ身を捩り、その腕を捉えようとする。
それへ、
「まだだ!!」
“父”は叫んだ。
「貴公は、暫の間離れ離れになろうと云う親子に、別離の言葉すら交わさせぬつもりか!」
「……それはそれは」
バスク・オムは鼻白んだ様子だったが、流石に一国の首相――それが、自治国家であるとは云え――相手に、嘲弄することはできなかったようだ。
自分が一歩下がり、“ガルマ”を画面の前へ押しやった。
「ガルマ」
〈お父様〉
そう云って、微かに身を震わせる“ガルマ”は、一見すると、チワワや何かの小型犬が主を見上げているようでもあった――小型犬と云うよりも、むしろケルベロスの子どもと云う方が正しいことはわかっていたが。ついでに云えば、なりが小さいだけで、成犬どころではないことも。
“ガルマ”もキャスバルも、制服――と云うか、ムンゾ国軍の准尉の正装――を身に着けている。まだ成長途中の完成しきらぬ身体が、バスク・オムの小山のような体躯の横にあると、少年たちの華奢さがなお一層際立った。
〈お父様、行って参ります。どうかご健勝で。僕のことはご心配なさらずに〉
「……子を心配しない親があるものか。くれぐれも身体には気をつけるのだぞ」
〈はい。メッセージを送ります。お手紙も。――それから、あの子達のこともお願いします。何も伝えられないままなので、泣いてしまうかも知れません〉
と云うのは、アムロやゾルタンたちのことだろう。
確かに、昨日の今日のことだったから、“ガルマ”も誰も慌ただしくしていて、碌に話す暇もなかったはずだ。多分、“ガルマ”がガーディアンバンチを発ってから、話して聞かせることになるだろう。
子どもたちは、置いていかれたと思うだろうか、それとも、こんな目にあわせてきた連邦に憤るだろうか。いずれにしても、かれらのケアをしてやらなくてはならないはずだ。それを、“ガルマ”は気にかけているのだ。
子どもには甘い“ガルマ”らしい一言に、“父”はうんうんと頷いた。
「おお、もちろんだとも。お前の可愛い子どもたちのことは、よくよく気をつけておくことにしよう」
そうして、“ガルマ”のまなざしがこちらを向く。何かを期待しているような、あるいは命令を待つ犬のような、まっすぐなまなざし。
「あー……」
言葉を探すと、“父”のまなざしが突き刺さってきた。
「……とりあえず、サスロとキシリアからは、伝言を預かっている。“愛している、身体にはくれぐれも気をつけて”と」
〈……はい〉
やや不満そうな顔。だが、後ろに控えるバスク・オムにはわかるまい。
キャスバルが、微妙な表情でこちらを見る。
「……私からは、気をつけて行け、と。そう云う意味では心配はしていないが――まぁ、何があるかわからんご時世だからな」
まぁ、まさかバスク・オムの目の前で、“連邦の連中は油断ならないからな”などと云えるはずもない。
「……まぁ、それくらいか。そうだ、“あまり羽目を外し過ぎるな”よ。向こうでは、われわれがフォローしてやることはできんのだからな」
「……ギレン! お前は!」
“父”が叱りつけてきたが、“ガルマ”が微かに目を光らせたのがわかった――そしてキャスバルが、驚いたように目を見開いたのも。
――まぁ、そうだろうとも。
何しろ、今まで“ガルマ”の行動をぎちぎちに戒めてきたのだ。先日の狙撃事件の後ですら、“余計なことはするな”と云って、わざわざ釘を刺した――もちろん、その場にはキャスバルもいた――くらいである。
“好き勝手したいー”などと云うのをどやしつけ、とにかくおとなしくしていろと云うばかりだった、それが、ことこの期に及んで“あまり羽目を外すな”と云ったのだから、驚くのも当然だろう。
“あまり羽目を外すな”とは、つまり“多少ならば羽目を外しても構わない”と云うことだ――と、“ガルマ”や、絶えず手綱を締めろと云われてきたキャスバルにはわかったはずだ。すなわち、少しばかり手綱を緩めたのであると。
〈――わかりました、“ギレン兄様”〉
“ガルマ”はこくりと頷いた。手綱を緩めたことも含めての応えなのだろうことは、その目のいろを見れば了承された。
〈“羽目を外し過ぎない”よう気をつけます。“兄様”も、お気をつけて〉
「無論だ」
この先はすべて戦場だ。砲弾が飛び交うことはなくとも、戦いは既にはじまっている。
「お前が“暁”に間に合わんとしても、必ず戻ってこい。お前のあるべき座は、用意されているのだからな」
“ガルマ”が乗るべきMSも、いずれは。
〈――はい〉
きっぱりとした態度で、“ガルマ”は頷いた。
〈それでは、行って参ります。父様も“ギレン兄様”も、ご健勝で〉
士官学校生らしく踵を合わせ、敬礼する。
「うむ……行くが良い」
鷹揚に“父”が云う。が、色のついた眼鏡の下、その瞳が潤んでいるのがわかった。そして、返礼をする指先が、微かに震えていることも。
〈――宜しいですかな〉
バスク・オムが、笑いながら云った。底に嘲笑を含んだ声だった。
「結構だ」
“父”は、万感のこもった声で、そう云った。
が、そう、こちらはまだ一言ある。
「バスク・オム少佐にお訊きしたい。コリニー中将殿は、“ガルマ”がどんなものであるか、ご存知でそれをご所望になったのか」
そう、連邦駐屯軍をかき回したのがこの“ガルマ”であると、知った上で迎えをよこしたのか、それとも。
その問いに、バスク・オムは鼻を鳴らした。
〈何を云うやら。ザビ家の最も愛された四男坊、そうではないのか〉
「――なるほど」
こちらの駐屯軍からは、特に何も報告は上がっていないのか――だがまぁそれも当然か、士官学校生にきりきり舞いさせられたなどと云う報告を上げれば、支部長やその上長は叱責を免れ得まい。上手く口を拭っておくに如くはないだろう。
〈さて、それが何か?〉
「いや――では、本当に“ガルマ”で宜しいのだな?」
少なくとも、表面上はおとなしくするはずの、キシリアやサスロではなく。
〈くどい!〉
怒鳴り声が返された。
〈コリニー中将は、ガルマ・ザビをとの思し召しなのだ。貴殿らに、それに疑義を差し挟むことなど許されることではない!〉
「なるほど、了解した。では、“ガルマ”を望まれたのはそちらであると、コリニー中将にはお伝え戴きたい。“ガルマ”がそちらで何をしようと、われわれは一切関知しないとな」
「ギレン!!」
“父”の怒声が再び響きわたった。
が、我に返ったように、咳払いをひとつして、
「……失礼した。ガルマに何かあってみよ、連邦は、ザビ家のみならず、ムンゾすべてを敵に回すことになる。然様心得られよ」
〈――なるほど〉
バスク・オムは、にやりと笑った。
〈ガルマ・ザビを、ザビ家が溺愛していることは理解した――ただひとりを除いてはな〉
それへ、一言つけ足す。
「敵を見誤ると、いずれ足許を掬われることになるぞ」
警告はした。手綱を弛めた“ガルマ”は、いずれ連邦軍を搔き回した挙句、開戦の前に脱出してくるだろう。そのことを、ごく迂遠な云いまわしであるにせよ、面と向かって告げたのだ。後から、“聞いていない”とは云わせない。
が、バスク・オムは、恐らく子どもの悪戯程度の悪さを想定したのだろう。狼狽えたり構えたりもせず、ただ嗤っただけだった。
〈さて、もう宜しいでしょうな〉
「あぁ」
「ガルマ、息災でな」
〈お父様も〉
〈……ガルマ、気をつけて〉
〈“シャア”も無理しないでね〉
〈……あぁ〉
〈ザビ家の男として、胸を張って行ってこい!〉
〈はい、ドズル兄様〉
画面の向こうでも、キャスバルとドズルが別れを惜しんで言葉を交わしている。
その様子を、バスク・オムは薄笑いを浮かべて眺めていたが、やがて、
〈では行くぞ〉
自身の部下に云うようにそう告げて、身を翻した。
「行ってこい」
〈……はい〉
強い頷きが返る。
“ガルマ”は、戦場へと一歩を踏み出した。
同時にそれは、ムンゾそのものが戦場へと歩み出した瞬間でもあったのだ。