地球航路は、まあまあ快適だった。
隣にハゲつぶらが居なければ、ね。
「この先、貴様の我儘を聞いてくれる人間など居ないのだ。精々、ジーン・コリニー中将閣下に媚びて温情を賜ることだな」
「……案外お話し好きなんですね、オム少佐。単身、地球に赴く僕への気遣いであれば、お気になさらず。(うるせぇ黙れハゲつぶら)」
ニッコリと笑う。
後ろの席で、護衛らしき誰かが吹き出したのは、()を正確に読み取ったものか。
それとも、“お話好きのバスク・オム”ってあたりがウケたのかな。
どちらにしろ、こめかみどころか、側頭まで青筋を浮かべたバスク・オムが振り返ることで静かになった。
カフっと、あくびが落ちる。
「……少し休みます」
「おい!」
返事を待たずにまぶたを下ろす。
寝不足だしね、今のうちに体を休めときたいんだよ。ハゲつぶらの嫌がらせに付き合ってるより有意義だろ。
寝心地は悪いけど、無いよりマシだと隣に寄り掛かれば、大柄な体が大仰に跳ねた。
――大人しくしててよ、枕が動くと眠れないだろ。
ジロリと睨めば、信じられないモノを見下ろすような、見た目だけつぶらな瞳と視線が合った。
無視して、もう一度目を閉じる。
「……おい」
今度は小声だった。
突き飛ばされるかと思ったけど、そんなこともなかった。
水を打ったみたいに静かになった機内で、ひと時の平穏に微睡む。
――なんて。
存外に爆睡できた、なんてホクホクする横で、ハゲつぶらは不機嫌そうな面で、これみよがしにグルグルと腕を回してた。
睡眠によりコンディションも整ったし、いざ、ジーン・コリニーの面でも拝んでやるか。
連れて行かれたのは、中将の私邸だった。
ちょっと意外。軍の施設の方かと予想してた。
これ、思ってた以上に権力を持ってるってことかな。
確かに、連邦の介入を盾に、ザビ家からおれを引き剥がすくらいのチカラがあるのは分かってる。でも、それよりもっと、ってコト。
つまり、個人の意向だけで連邦軍を抑え、ムンゾにネジ混んだ訳だ。
――……イイね。敵も多そう。
掻き回してやるには都合が良い。
殊勝な表情を作って、歩みを進める。大人しくなったことで、緊張してるとでも思ったのか、バスク・オムの機嫌は上昇してるみたいだった。
長い廊下。敷地は広いし、豪邸っちゃ豪邸だけど、貴族的な程じゃない。
使用人の質はそれなり。
警備もそれなり――この辺りはもっと調べる必要があるけどさ。
比較的若年の執事に、主人の部屋へと導かれる途中。
「バスク・オム少佐は、こちらの部屋でお待ちください」
と、ここでハゲつぶらにストップが掛かった。
「なんだと、俺はコリニー中将閣下の命で、こいつをここまで連れてきたのだぞ!」
ふぉう。高圧的。
仮にも上官の使用人に、その態度はどうかと思うよ?
執事は微かに青褪めたものの、表情を変えることなく一礼した。
「大変に恐縮ではございますが、主人からそう申し遣っております。どうぞ、お寛ぎになってお待ち下さいますよう」
丁寧に指し示された部屋には、執事よりよほど顔を蒼くしたメイドが居た。
可哀想に。
これ、こっち矛先向かせといた方が良さそうだ。
「……オム少佐、この場までお連れ頂いて、ありがとうございます。今後も良しなにお願いしますね!」
場違いなほど明るい声と笑顔で告げれば、酷い形相のまま、ハゲつぶらが振り返った。
せっかくつぶらな目をしてるのに、可愛気がどこにも無いのがなんとも。
これで性格が良ければギャップ萌する輩も居たかも知れんのに、残念だね。
だけど、コイツ、こんな奴だったっけ?
朧な記憶は曖昧で頼りないけど、尊大で粗暴、残虐行為も嬉々として行っちゃうアースノイド至上主義者だったような――まぁ概ねその通りの印象だけど、結構な悪役だった筈なのに、なんとなく小物感が。
まだ少佐だからかな。もうちょい年とると貫禄出ちゃうのか。
30バンチ事件とか、起こさせる気は無いんだよね。
腹の底で、“獣”がベロリと舌なめずり。
さて、まずは様子見だけど、そのうちに、ね。
怒鳴り散らすハゲつぶらを前に、そんな事を考えてた。
何度か殴るみたいなモーションをしたけど、途中で下げてるから、暴力の行使は禁じられてるんだろう。
執事がハラハラしながら制止しようとするのを、目配せで止める。とばっちりで殴られたら大変でしょ。
甘ったれのボンボン育ちは空気すら読めないと、散々にこき下ろしてから、バスク・オムは用意された部屋に入っていった。
怒鳴るだけでもそれなりに発散できたのか、ソファに腰を下ろすところまでは乱暴だったけど、その後はメイドに当たることもなく、大人しく目を閉じた。
あちらも強行軍だったろうから、少し休むつもりかも知れない。
チラリとメイドに視線を投げ、微かに口角を上げれば、ホッとしたような顔で、こっそり会釈を返してくれた。
執事から向けられる視線にも、なんとはなしに、柔らかさが。
「中将をお待たせすることになって、申し訳ないです」
他家の使用人であるから、へりくだる事はできないけど、そっと目を伏せることで気持ちを伝える――謝罪はあくまでも中将宛だ。
「いいえ。顛末は主人にお伝え致しますので、ご心配なく」
意図は伝わったらしくて、一息つく。
煽ったのはおれだけど、あの有様だと、悪感情はバスク・オムに向くだろう。
敵場だからこそ、日頃世話になる使用人からのヘイトは、出来るだけ避けたいからね。
やがて辿り着いたのは、ジーン・コリニーの執務室らしかった。
これで私服なら舐め過ぎだろうと思ってたけど、中将はちゃんと軍服を着ていた。
撫でつけられた灰色の髪。しゃくれた顎が目立つ気難しそうな顔には、深い皺が刻まれている。
壮年で左手に杖をついてはいても、軍人らしく姿勢は悪くなかった。
窓際に立っているのは、庭でも見ていたのか。
「……よく来た、ガルマ・ザビ」
「はじめてお目にかかります。ジーン・コリニー中将閣下。お会いできて光栄です」
伏し目がちに、柔らかく、控え目に微笑む。それから真っ直ぐに視線を上げて、敬礼。
一拍おいて、中将からも返礼があった。
――蛇みたいな眼だな。
値踏みしていることを隠そうともしない、爬虫類みたいな、温度を感じにくい視線。
張り付くみたいで不快なそれに耐えていれば、眼鏡に適ったのか、中将はひとつ頷いた。
「少し遅かったようだが、何か?」
コリニーの問に、執事がそっと近づいて耳打ちする。さっきのバスク・オムの振る舞いを伝えてるんだろう。ジーン・コリニーの眉間の皺が深くなった。
「――……ガルマ・ザビ、遠路はるばる出向いてくれた君に、私の部下が不躾な振舞いをしたようだ」
不愉快さを滲ませた声だった。
「わたくしの至らなさ故でしょう。……お待たせして申し訳ありませんでした」
済まなそうな顔に、ホッとしたような表情を混ぜて浮かる。
あの男の振舞いが、中将の指示によるものではないと分かって安堵したと、見た側がそう思うように。
バスク・オムは怖いけど、中将は親切――そんな感想を持ったように印象を操作すれば、ジーン・コリニーはまたひとつ頷いた。
「疲れているだろう。晩餐まで部屋で休まれよ。寛いでくれ」
「お心遣いに感謝します」
微笑む――表情はまだ控えめに。
執事に促され、一礼して部屋を辞す。磨かれた硝子に、心細さを拭いきれてないように見える少年が、一瞬映って、すぐに消えた。
用意された部屋は、なんだかひどく懐かしい感じがした。
落ち着いたクリーム色と深緑を基調に、クラシカルな装飾の家具が配されてる。
これ、子供の頃に過ごしたダイクン家のフラットの、おれの部屋を彷彿させるよね。
微かに薫る花の匂いに視線を巡らせれば、少卓の上に、紫がかったピンクの薔薇が可愛らしく生けられていた。
覗き込んで、なにか違和感――あれ、この薔薇、棘がない。
ザビ邸の使用人も薔薇の棘は取って飾ってくれるけど、ツルリとした茎には、元から棘がないらしかった。
――嫌な感じ。
使用人はみんな下がって、いまは部屋に一人だ――けど、何処に眼があるか分からないから、ただ花を愛でてるフリをする。
居心地は良いけど、悪い。矛盾してるのは当然だろう。
ガルマ・ザビの寛げる空間を演出しつつ、その空間が造り出せるくらいにこっちの情報を掴んでるって、無言のアピールだからね、これ。
――なんの嫌がらせなの?
ムンゾの叛意を抑えたくて、ザビ家で愛されている“ガルマ”を地球に迎えたんだよね。
ガルマたんhshsとか、そういう意図はないんだよね?
しばらく休んでたら、晩餐だと呼ばれる。
なんだか忙しない。ホントはもう寝ちゃいたいんだけど、仕方ない。
ブラックスーツに着替えようとしたら、チャコールグレーのジャケットが差し出された。
既製品じゃなさそう――前もってオーダーしてたってことか? え、サイズ知ってんの?
ブラックに比べればラフで柔らかい。
シャツと靴は断って自前のを。なんなの、上から下までプロデュースするつもりなの?
冗談でしょ。
髪も整えられて、分け目を少し変えられる。より柔らかく甘さを強調するような感じ。これが中将の好みだとでも言うのか。
食堂について、案内された席も、コリニーにいやに近くて当惑。
テーブルの端っこかと思ってたのに、むしろ家族席じゃないか。
間を置かずにコリニーが現れ、晩餐が始まった。
つか。さぁ……。
おれがいま味わってるのは、料理じゃなくて恐怖かも。
だってさ、アミューズに始まって、スープもサラダも、メインもフルーツも何もかもがおれ好み――ちょっと情報が古くて、フラットで暮らしてた頃の。
なんなのこのリサーチ。
意気込んで乗り込んできた先が、実はストーカーの家だった的な?
ドン引きである。
それでもマナーを叩き込まれた体は、卒なく食事を勧めていく。
変なモノは混じってなさそうなのが救い。とは言え、それだって舌頼みの判断だから断言はできないし。
コワイわー。
対するジーン・コリニーときたら、傍目にも分かるほど上機嫌で、薄笑いが引っ込まない。楽しそうねオッサン。
振られる会話に控えめに答え、顔を顰めたくなるのを、辛うじて堪える。
晩餐を乗り切っても、中将はおれを開放しようとはしなかった。
連れて行かれたのは書斎――私室なら仮病を使ってでも逃げるわ――で、執事がグリューワインを用意してた。
何処まで再現する気なのさ?
これって気遣いなのか、嫌がらせなのか。
ジーン・コリニーの人為を知らないからまだ判断つかないけど、気遣いだとしたら行き過ぎだろ。
お前を(お前の子供の頃を)知ってるぞアピール?
ソファに深く体を預けた中将は、度数の高い酒の入ったグラスをくるりと回した。
「どうだね、部屋は気に入ってくれたかね」
今一つ温度の読み切れない視線が向けられている。
「はい。懐かしい感じのする部屋で、とても寛げます」
「それは良かった」
「……部屋に薔薇が飾ってありました。棘がないのは珍しいですね?」
尋ねると、コリニーは人の悪そうな笑みを浮かべた。
「人に愛でられる為の花に、棘など要らぬだろう」
抑えつけるような声。暗におとなしく従えと、そう言いたいんだろうけど。
「中将閣下は、ただ咲くばかりの花をお好みですか」
ニコリと微笑む。声は柔らかく、けれど棘は隠さない。
反抗に顔をしかめるかと思ったけど、ジーン・コリニーは、くつくつと喉を鳴らし、最後は顎を反らして笑った。
「なるほど、幼くともザビ家か!」
不躾に伸ばされた手を、僅かに身を反らして躱す。
簡単に触れられると思わないでよね。
視線を冷たくすれば、さらに愉快そうに笑うから質が悪い。
不意に、戸口から猫の鳴き声が聞こえた。
――猫?
視線を巡らせた先に、毛足の長い……。
「ヒマラヤン?」
シャム猫に似たポイントカラーと、ペルシャ猫系のフワフワの毛並み。サファイア・ブルーの瞳がチャーミングだね。
よそ者のおれを警戒してるのか、それでも興味津々と言うように、まんまるく見開かれた眼がこちらを凝視してた。
「良くわかったな」
「……猫は好きなので」
ヒマラヤンと見つめ合いながら、頷く。
猫は可愛いし。まあ、犬もフクロウも好きなんだけど。ウサギとかモモンガとかも。モフモフしてるものは、大体。
ついでにトカゲも蛇もカエルも好き。
生き物はだいたい好きだけど、昆虫は好きなのと嫌いなのが居る。因みにG、テメェはダメだ。
そんなことを思いながら、ピタリと動きを止めたおれと、やはり動かない猫を、中将は興味深そうに見ている様子だった。
「ザビ家でも飼っているのかね?」
飼ってないよ。ダイクン家にはルシファの子孫がコロコロしてるけどさ。
なんて、話す必要もないことだからね。
「いえ。猫が怖がるので」
なにせ悪党面一家なものでね。
「……そうか」
何かを察したのか、中将閣下が目を逸らした。でも、笑いを隠せてないよ。
いや、あんたもどっちかって言わなくても悪党面だからな。
チチチと舌を鳴らすコリニーに、猫が反応して膝に飛び乗った。
「可愛いだろう――これが懐くにも時間がかかったものだ」
意味深に投げられる視線に、腹の底だけで嗤う。
手懐けるつもりがあるなら、それなりに“駆け引き”できそうだね?
ツンと顎をそらしてそっぽを向く。
それこそ、気が乗らない猫みたいな傲慢さで。
横顔に感じるコリニーの視線が、気持ち悪くて不快だった。
✜ ✜ ✜
一週間は、あっという間だ。
環境に慣れる暇もなく、コリニーは、おれをアチコチ連れ回しやがる。
ある種のアクセサリー。ムンゾから手に入れた戦利品を見せびらかすみたいに、何処にでもおれを伴う中将に向けられてる視線は、熱いもの冷たいもの生暖かいもの、様々だ。
今日も今日とて、コリニー中将は“お気に入りの少年”を従えての登庁である。
まぁ、好都合ではあるんだ。
おれが謀るまでもなく、連邦軍の重鎮らと面識ができる訳だし。
ついでに、スペースノイドを侮る連中も、中将に連れられた客分には絡めないから煩わしさは減る――その分、コリニーが鬱陶しいからマイナスが勝ってるけど。ふぉう、ストレスフル。
カツンカツンと、杖の立てる硬質な音を聞きながらコリニーのあとをついていけば、廊下の先からグリーン・ワイアット中将が部下を連れて歩いてくるのが見えた。
ワイアット中将とは2度目の遭遇だ――まだ言葉を交わしたことはないけど――軽く会釈。
チラリと向けられた蒼い目には、皮肉気な光と、少しばかりの興味が浮かんでいた。
そのまま通り過ぎるかと思えば、ワイアットは足を止めて向き直った。
杖の立てる音が止まる。コリニー中将も足を止め、同輩へと顔を向けた。
「……何かね?」
「最近は、どこへ行くにも“彼”を伴っているのだな」
不躾なほどマジマジと眺めおろしてくるのに、澄ました微笑みを向けてやる。
「大切な“客人”だ」
おれのことを尋ねられたとき、コリニーの答えは、大体これだった。
大切な“客人”――聞こえはいいけど“人質”ってことな。
そして、答えられた方は一様に、哀れみと嘲りの綯交ぜになった視線を寄こすんだ。
例に漏れず、ワイアットからの視線も似たようなものだった。
「なるほどな。よくもザビ家を頷かせたものだ――もう、帰す気は無いのだろう?」
その意地の悪い問いかけに、コリニーは顔を顰めてワイアットを睨み、それからおれの方を伺うように見た。
――なにを今更。
散々に連れ回されて、たった一週間でも、おれは連邦の機密の一部に触れている。
これで大人しく帰して貰えるなんて思えるのは、余程の阿呆か能天気だけだ。
表情は変えず、温度だけを下げた視線に、少しだけ哀しみの色を乗せる――どうよ、演技派だろ。
取り乱すでもない様子に、ワイアットが少しだけ気まずげに咳払いをした。
「すまない。英国流の冗談はあまり通じなくてね」
「――……趣味が良いとは言えませんな」
冷たい声で言い放ってるけど、元凶お前だからな、コリニー。
そのまま別れると思いきや、何故かワイアットがついて来る。
ちょっと、部下の人が困惑してるじゃないのさ。大丈夫?
小首を傾げて見れば、お付らしき人が苦笑いして目礼してきた。
「まだ何か?」
「いや、私も彼と話をしてみたくてね。構わんだろう? 君はそこまで狭量では無いはずだ」
なんだかバチバチ火花が散ってる。元々が不仲なんだろうね、言葉の端々に棘があった。
「ガルマ・ザビ」
コリニーの返事を待たずに、ワイアットが話しかけてくる。
チラリと向けた視線の先で、コリニーは渋い顔だった。
それでも制止する気はない様子だったから、もう一人の中将に向き直る。
「はい。何でしょう、グリーン・ワイアット中将閣下」
「ほう、私を知っているのか」
「ご高名は伺っております。……コリニー中将閣下から」
ふんわりヤンワリ。ちょっとだけ含みを持たせて、卒なく受け答え。微笑みは明らかに社交用のそれだ。
「それは恐ろしい。どんな話を彼に吹き込んだんだ?」
「もちろん、勇猛果敢さをだ」
コリニーが答えた。
向かい合う中将sは、冷たい視線のまま、ニッコリと歯を剥くような笑顔を見せあう。
ワイアットの部下に目をやれば、あからさまにブルブルしてた。
ふぅん。それでもこの二人は背中から刺し合うような関係までは行かない様子だね。
先日目にした、ジョン・コーウェン中将とのやり取りほど緊迫はして無いし。
連邦軍上層部の人間関係を含め、相関図を更新していく。
さて、どのへんに楔を打ち込んだら屋台骨に罅を入れられるのかな。
その為には、まずは懐に喰い入らないとね。
――って、ほんとにどこまでついてくんのさ?
廊下を進み、建物の外に出ても、ワイアット中将は世間話を続けていた。
頃合いは夕刻で、そろそろ帰宅するのかな、という時分。
まさか、このままコリニー宅まで押し掛けるつもりなんじゃ――なんて懸念を、コリニー本人も抱いたようだった。
少し苛立ったみたいに足を止め、辞別を試みたその時、強い風が吹いて。
「…ぅわッ!?」
「おぅッ!?」
中将二人の帽子が飛ばされる。
部下が慌てて拾いに走った後ろ姿に、ワイアットは舌打ちして肩をすくめた。
「Nice breez(素晴らしいそよ風だ)! 帽子が飛んでしまったよ」
「首が飛ばなくて何よりでしたね」
シレッとした顔で言い放ったら、2対の瞳が面食らったような視線を向けてきた。
やだな、そんなに見ないでよ。
いつかの時間軸で観た、映画のラストあたりのセリフ。
崖っぷちで帽子が飛んだとき、英国紳士が口にした冗談なんだよね。
――不謹慎過ぎた?
可愛いイギリス風味のブラックジョークだと思ったんだけど。
無邪気そうにニコリと笑って見せたら、唐突にワイアットが吹き出した。
すごく愉快そうな笑い顔を、コリニーが珍獣でも見るかに眺めてる。
「良いね、うん」
ひとしきり笑ってから、ワイアット中将は部下を伴って去っていった。
コリニーが目に見えて安堵してるのがオカシイね。
後ろ姿を見送って嗤う。
さて、何処まで通じたのかね、おれの嫌味は。
イギリスに準えれば、ジョークは真逆の意味にもなる。
深読みするならさっきの言葉も、“首も飛んじまえば良かったのに”だ。
英国紳士を気取るなら、きっと気づいただろう――あの無神経な一言に、おれが怒ってるってこと。
そのうえで大笑いしやがった。
――性格悪そうだね。
コリニーについて来たときの、敢えての空気の読まなさも、引き際を逃さない撤退も。
あれは冷静で冷徹な男だろう。ある意味、コリニー以上に。
「――……ワイアット中将が気に掛かるか?」
ボンヤリしてたらコリニーから声が掛かった。
「ええ。とても」
「……ワイアットは紅茶を嗜む。確か、君も好んでいたな」
「はい。最近は閣下も飲まれますね」
「君が淹れてくれるからな」
コリニーの目尻がちょっと下がった。
「――……ワイアット中将閣下は、ムンゾ鎮圧を唱えられていると」
沈鬱な声は、別に作ってる訳じゃない。おれだって心配で不安なんだ――それ以上に腹立たしいだけで。
うつむけば、肩に手が置かれた。
「我々が出るのは、ムンゾ国内で暴動が起こり、政府が――ザビ家がそれを抑えきれない場合に限られる」
そうだね。そういう約束で、おれは地球に降りたんだ。
だけど、ムンゾ国民はそのことで余計に連邦への反発を強めてる。
連日のデモ騒動のニュースは当然、地球にも聞こえてきてるし。
裏で扇動しやがる奴等もいるだろう――なんとしてもムンゾに手を出したい勢力はどこだ?
グリーン・ワイアットもその一人には違いない。
パズルのピースが脳裏で踊る。
どうにかして半年、時間を稼がなきゃ。
どうやって侵攻を止める?
気もそぞろなおれに向けるコリニーの視線は、ちょっと焦れたものだった。
「……御茶会、ですか?」
膝の上のヒマラヤンを撫でながら、小首を傾げた。
夕食後に書斎で寛ぐのは、既に習慣と化している。例によってソファに隣り合わせに座っていたら、コリニーが苦渋い顔と声でそう切り出してきた。
グリーン・ワイアット中将に会ったのは先週だってのに、なに、もうお誘いが来てるの?
しかも明後日って。
動きが早いなあのオッサン。
「奴め、本場の紅茶を君に振る舞ってやると上機嫌だ」
コリニーが忌々しげに吐き捨ててる。ん。これ断れないヤツ。断る気も無いけど。
「出席しても?」
一応、コリニーに許可は取る。
渋い顔をするものの、駄目だとは言われなかった。
「私は所要で行けないがな」
まぁね。ワイアットも狙ってその日にしたんだろうさ。おれだけを呼び出せるように。
「……閣下と一緒では無いのですね」
ここで残念そうに、ちょっと不安そうに眉を下げれば、反対にコリニーの口角が持ち上がった。
「案ずるな、誰か信頼できる者を傍につけよう」
「……はい」
浮かぬ素振りで、それでも頷く。
伸びてくる腕を避けず、3秒だけ撫でさせてから、すっと身を引く。
サラッサラに仕上げたキューティクルヘアの手触りは最高だからね。ニャンコ様に負けんくらいに。
少し残念そうにコリニーの指がさまようのを、いつもより温度低めの眼差しで封じた。
そう簡単にヨシヨシさせると思わないことだね。
とは言え、2週間前は触れさせることさえ無かったから、少しずつ懐いてきたと思ってるんだろう。中将閣下の表情は暗くない。
――……なんでオッサン攻略に勤しんでんだか。
溜め息を零さないように飲み込む。どうせ売らなきゃなんない媚なら、高値で買わせなきゃ損でしょ。
視線の冷たさを和らげれば、コリニーは更に機嫌を上昇させた。
宛行われてる部屋に戻り、寝台に入る前に、体が鈍らなないようにトレーニング。
部屋にはシャワーもバスタブもあるし、好きなときに使って良いって言われてるから、ありがたく汗を流す。
流石に寝る前はシャワーだけにしとくけどね。
地球――この地域は水の量が潤沢で、好きなだけ湯を浴びられるのが嬉しい。
そりゃ実家でも好きなだけ浴びてるけど――ごめん贅沢して――寮だと特別な場合以外はシャワーを出す時間が制限されてるからさ、速攻で流さんといかんのよ。
環境が変わって肌が痛む(嘘)って訴えてみたら、アメニティがめちゃくちゃ充実した。
肌も髪もボディもケアし放題なので、実は寮に居たときよりコンディションは良かったりする。
体重だけは落としたけど。
だって、ねえ、肌艶ピカピカでさらにふっくらな人質って何よ。悲壮感ゼロじゃないか。
ちょっとくらいは弱ってる感出さないと。
そんなこんなで、バスルームの鏡の中には見た目だけならアンニュイな、見目(そこそこ)麗しい、少年から青年になりつつある“ガルマ・ザビ”が居るわけだ。
まぁね、女じゃないから色仕掛けは無理――する気もないし――でも、お気に入りの侍従レベルなら行けるだろ。
さて、グリーン・ワイアットのお好みとはどんなものかなぁ。
――夢を見た。
キャスバルが居た。
仲間たちに囲まれて、いつもと変わらず澄ました顔で、それでも唇がほころんでいた。
アムロも、子どもたちも居て、みんな笑ってた。
おれの家族は、おれだけ居ないテーブルを囲んで、ティータイムの最中だった。
ランバもレディたちも――おれの親しい人たちは、みんな笑顔だった。
おれは、冷たい硝子のこちら側から、愉しそうな向こう側を、ただ眺めてた。
声は聞こえない。
硝子は硬くて冷たくて、向こうからはおれが見えないみたい。
おれの中で“ガルマ”が泣く。
寂しくて淋しくて辛くてかなしい。
思考波は、どこにも響かずに消えていく。
――ただの夢だ。
夢の中でも、それと知れる、実体のないマボロシに過ぎないもの。
なのに、こんなに慕わしいのは反則じゃないかな。
帰りたい、と、強く思う。
――……邪魔だね。
おれを地球に留置く、連邦の重鎮どもが。
ジーン・コリニー、グリーン・ワイアット、ジョン・コーウェン……ついでにバスク・オムも、それ以外の連中も、みんな“敵”だ。
“敵”なら、喰い殺せばいい――いままでそうしてきたみたいに。
――その為に、おれから枷を外したんだろ?
ね、“ギレン”?
硝子の表面を指の先で撫でて、向こう側の景色に薄く嗤う。
いつの間にか、あの楽園みたいな世界は消えて、今度は連邦の奴らが、テーブルの上のムンゾを切り分けようとしていた。
――させるもんか。
指が触れている硝子に、ピシリと罅が入る。
それは蜘蛛の巣より細かく網状に拡がっていき、すべてが砕ける瞬間に――、
「……新しい朝が来た〜」
希望の朝だといいね。
✜ ✜ ✜
御茶会と言うから、どんなものかと思ったら。
「よく来てくれたな、ガルマ・ザビ」
グリーン・ワイアットが両腕を大きく広げた
――彼の執務室の真ん中で。
「お招きありがとうございます」
――機密書類の散らばる真っ只中に。
にこやかに微笑んで応えるおれの背後では、ジヤミトフ・ハイマンが目を剥いてる筈だ。
ジーン・コリニーが、代わりに信頼する者を付けてくれるって言ってたけど、まさかの大物だったよ。
「ワイアット中将閣下……これはあまりに……」
ほらね、低い声が唸るみたいに。
馬鹿にするにも程がある。わざわざ呼び出しといて、何の用意もしてないとか。
ハイマンの抗議に振り返ることはせず、ワイアット中将の顔だけを見つめる。
形だけの笑顔。冷徹な蒼の双眸。皮肉と嘲りの気配を隠そうともしない。
――ふぅん。反応を見てるのか。
煽って不快にさせて、あわよくば怒らせて、おれの失態を狙うつもり?
そこの機密書類だって――多分フェイク――この間の“帰すつもりはない”を、蒸し返してるんだろうし。
「その辺に掛けてくれ。いま用意をしよう」
「分かりました――気乗りしないお仕事があれば教えてください。上手に粗相してみせます」
おれの返しに、ワイアットはパチクリと目を見開き、ジャミトフも同じような顔して、背後からワザワザ覗き込んできた。
ニコリと微笑む――どう、カワイイ笑顔でしょ?
怒りも不快も顕にしないけど、舐められる訳にはいかんのだ。
中将の無礼をジョークでぶった斬る――つまり、「いい加減にしないと、ココでお茶ぶちまけるぞ」ってことだよ。
「……気乗りしない仕事は確かにあるが、流石に紅茶の染みをつけるのは拙いな」
「そうですか」
お茶ぶちまけるどころか、お前ごと燃やすぞレベルなんだが。
ワイアットは苦笑して、続き部屋の扉を開けた。
「来たまえ」
やっぱりね。
奥の部屋にはちゃんと茶器一式と軽食が用意してあった。
時刻としては17時――となると、“Five o'clock”か。丁度、中将の休憩に合わせたんだろう。
促されて席につく。
ジヤミトフ・ハイマンも隣に座ったけど、物凄く渋い顔をしてた。
おちょくるような遣り口が不満なんだろう。
ホントに何が目的なんだか――それが分かるまでは迂闊に動けんし。
グリーン・ワイアットはムンゾへの武力行使を望んでる。
例えば、ここでおれを毒殺でもすれば、そりゃ簡単に戦端が開かれるだろうさ。
とは言え、この男がそんな愚策を取るとは考えにくい。
あれこれ思考しつつ、目の前のティーセットを眺める。
さて、どこの磁器だろ。ブルーの銅板絵付け、かな、牧歌的な風景が描かれてる。
一式を同じブランドで揃えているらしく、テーブルはスッキリと統一されていた。
――……“スポード”?
確か“ブルー・イタリアン”シリーズがこんな感じだった。この時代まで続いてるかどうかは知らんけど。それっぽいなー。
なんて、小首を傾げてたら、
「知っているのか?」
なんて。蒼い眼がキョトリと見開かれてる。
あれ、口から出てた?
「“ブルー・イタリアン”ですね」
「そうだ――アンティークでね。勿論、本物だ」
「素晴らしいです!」
いやホントに。これは称賛していいと思う。何百年続いてんのさ。
思わず本気でニコニコしてしまうじゃないか。
ワイアットとハイマンは、そんなおれを見て目を細めた。
「……それで、君は普段、どんなカップを使っていたんだ?」
ワイアットが意地悪そうに唇を曲げた。
「家族はともかく、わたし個人は“デンビー”の復刻版です」
めちゃくちゃ普段使い。電磁調理器にも対応してるスグレモノ。安価だし。
ワイアットもハイマンも意外そうに眉を上げるけど。
「家には預かってる子供たちがいるので。それなりに欠けます」
おやつに夢中になれば、器は二の次三の次だ。笑って答えると、深く頷かれた。
と、ここまでは先程と打って変わって和やかに。
しかしながら、今度はお茶係らしき人の眼が死んだ魚みたいな事になってるけど、大丈夫?
本物のアンティーク……とか、震える声が小さく聞こえて、心配になったのか、中将がグルリと振り向いているのがオカシイ。
割ったれ――とは思わない。だってこの世界で古窯に触れるなんて素敵じゃないか。
緊張が伝わってくるサーブでお茶をいただく。
無難にダージリン。ん。水色は濃い目。
香りは流石。
口に含んでみれば、ちょっと渋いかも――まぁ、このへんは好みか。
他にも供されている軽食を、そっと摘む。
――そろそろ来るかな、本題が。
チラリとワイアットに視線を向ければ、蒼い眼も、やっぱりこっちを見てた。
「……ときに、ガルマ・ザビ。君はここ数日間のムンゾの動向を知っているかね?」
表情、仕草の一つも見落とすまいとするような、強い視線。
「詳しくは存じません、コリニー中将閣下は教えてくださらないので。ですが、兵士達の噂話程度には」
正直に答える。
ジーン・コリニーの野郎、おれがムンゾの情報を得ようとするのを悉く邪魔しやがるんだ。
ニュースもみせてもらえない。
ギリギリしながら噂話を耳で拾うのが精々だ。
少ない情報によれば、デモ隊がザビ家を取り囲み、それを“ギレン”が演説ひとつで鎮めたとか。
――さすが“ギレン”。
だけど、ムンゾはいま、とんでもなく不安定な状況にある。
あと羽根一枚の重さでも加えたら、ひっくり返る秤みたいに。
ワイアットの目は厳しいままだった。
部下が一台のタブレットを差し出し、おれに画面を見せた。
懐かしき我が家が群衆に取り巻かれていた。
歳若いリーダーらしき男が、もっともらしいことを叫んでる。すぐにも開戦を望むような。
――どうなのコレ。
おれの努力をふいにする気?
こんなこと繰り返したら、連邦は嬉々として制圧部隊を送り込んでくるだろう。そうしたら、真っ先に傷つけられるのは市民じゃないか。
誰の息がかかってるの。
ムンゾが叩き潰されても、己だけは甘い汁を吸おうって言うのか。
どうせこの男も操られているんだろう。
糸の先にいる輩をすり潰してやりたいね。
ワイアットとハイマンの視線を感じるけど、表情が冷たくなっていくのは仕方がない。
ニコニコする要素なんてどこにもないから、別にいいでしょ。
やがてバルコニーに、ピシッとスーツを着こなした“ギレン”が現れた。
撃たれた肩は癒えたのか、その動きに不自然さはなかった。
〈諸君――諸君らは、今ムンゾがどのような状態にあるか、本当に理解しているのか! 諸君らの行動如何によっては、連邦が諸君らを、このムンゾを踏み荒らしにやってくると、わかってそのような要求を口にするのか!〉
その通りだよね。
口々に異を唱える連中は、自分の身体に風穴が開かないと分からないのかな。
別に、デモ自体を愚かとは思わない。
主義、主張、不満を訴えることは大切だ。体制の思うままにされたくなかったら。
だけど、機と利を見てやれよ。
開戦の前に街が廃墟になるぞ? 狭いコロニーで、何処に逃げる気なの?
演説はまだ続いてる。
理を説く“ギレン”の言葉に、群衆のざわめきは、少しずつ方向を変えはじめてる。
焦ったような怒声は、リーダーと思しき男のものか。
そして、“ギレン”はおれの名前を出した。
〈……“ガルマ”は、連邦軍の介入を防ぐのと引き換えに、地球へ向かったのだ。ムンゾを、諸君らを、連邦の軛の下に置くには忍びないと考えて。――その心を、諸君らは何とする!!〉
このデモの発端は、ジーン・コリニーが、強引におれを地球に連れ去ったことらしいから、そのおれの名前が出て、群衆の罵声は、また少しトーンを下げた。
〈諸君! “ガルマ”はただ人質となりにいったのではない! “ガルマ”は、戦いに出たのだ! 戦艦も砲弾もない、だが、確かな戦場に!〉
――待って。
“ギレン”、ちょっと待って待って。
内心でかなり焦る。
それそこでバラしちゃったら、おれの今の立場ヤバくね? さっきから突き刺さってくるワイアット中将の視線の意味はコレかよ。
〈そう、それはムンゾを、諸君らを守る戦いである! われら、ムンゾに残るザビ家のものは、“ガルマ”の銃後を守るものなのだ! “ガルマ”が守らんとするムンゾとその国民を、われらはさらに防衛しようと云うのだ! すべては、諸君らを踏みにじらせぬためのことである!〉
うわぁ、良いこと言うねぇ。おれ、英雄みたいじゃん。
変な汗かきそう。
〈われわれは耐え忍ばねばならぬ、この試練を――古来、過誤が永遠に支配を続けた歴史はない。現在の苦難を耐え忍び、真の“刻”を待つのだ! そのための時間を、“ガルマ”は稼いでくれたのである! その選択を、“ガルマ”の選んだ戦いを、諸君、どうか無にしないで欲しい!!〉
録画されてたんだろう映像を見ながら、でも、“ギレン”元気そうだな、なんて場違いに思っちゃったら、小さく笑いが溢れた。
〈ムンゾ万歳!〉
群衆の中から、誰かが叫んだ。
――……なんか、聞き覚えがあるよーな…気のせい?
〈ガルマ・ザビに祝福を! ザビ家万歳!!〉
ん、やっぱり、よくおれをバイクで運んでくれた、ムンゾ大学の先輩の声に似てる――童顔を気にしてた。
その叫びを皮切りに、人々が口々にムンゾを、ザビを叫び出した。
流れは完全に変わっていた。
ザビ家への罵倒は、ザビ家への歓呼へ。
声に呼ばれて、“ギレン”の隣に、キシリア姉様とサスロ兄さんまでが立った。
場を揺るがすような歓声の大きさで、もう他の声は聞こえなかった。
“ギレン”の勝ちだね。この勝負は。
映像の中に小さく映る家族の姿を、指でそっとなぞる。
「――……地球に降りてから、はじめて、顔を見れました――ありがとうございます」
ポツリと落ちた声は、思ったより静かで、感情が抜けていた。
再生が終わった画面から顔を上げて、ワイアットに向ける。
蒼い双眸は厳しかったけど、僅かばかり、案じるような色が乗っていた
目の前にいるのが、家族から遠く引き離された未成年者だって言うことに、いまさら気がついたように。
「……ギレン・ザビは、君が戦いに赴いたと言っているが?」
問いかけに、薄く笑う。
「わたしを招いたのは、ジーン・コリニー中将閣下です――従えば、市民への対応はムンゾ政府に任せると。さもなくば連邦の治安部隊がデモ隊を制圧する……ザビ家に拒否権が?」
それは脅迫であり恫喝だ。
横暴とも言える仕打ちに応えたのは、ただムンゾの国民のため。
「“戦い”と言うのなら、そうでしょう。この身ひとつを持って、連邦軍のムンゾ介入を止めると言う意味においては――いま、このときも」
欠片も温度をのせずに、蒼い眼を見返す。
「グリーン・ワイアット中将閣下は、現在のムンゾに対し、武力行使も辞さぬと伺っております」
隣にいるハイマンが止めようと身を乗り出すのを、ワイアットが制止した。
「連邦軍は、人類の平和を維持する為にある。平穏を脅かすものに対処するのは当然の事だ」
冷たい声――その底に測るような響き。
おれの出方で、その対処を変える余地があるなら目っけもんだ。
――唸れ舌先三寸!
「そうですね。ムンゾ国民も、当然、その中に含まれるのでしょう」
語尾は上げない。問いかけでなく、当たり前のことを確認するだけの響き。
「だが、ムンゾが地球連邦に対し反旗を翻すというのなら、すなわち、それは人類をも脅かす敵である」
「なぜ、ただ敵であろうとなさるのです?」
問いかけは少し悲しげに。
「閣下、彼らは…わたしたちは、ただ闇雲に独立を求めて騒いでいるのではありません。生まれながらの自由を、搾取されることのない権利を、棄民と蔑まれることのない…誇りを実感したいただけなのです」
「過分な要求だ」
吐いて捨てるような語調。
「なぜです? なぜ、わたしたちは搾取されて当然だと?」
一拍、言葉を切って。
「わたしたちが“スペースノイド”だからでしょうか」
“棄民”だからと切って捨てるのか、それが本音かと突きつければ、ワイアットの視線が一瞬ぶれた。
そうだろ。建前はどうあれ、ただ“地球に生まれなかった”、そのことだけで差別される。それがこの時世だ。
バスク・オムなら、ここで、当たり前だと嗤うのだろう――アースノイド至上主義者め。
ワイアットには、そうしないだけの理性があるってだけだ。
「――……ムンゾが、連邦に牙を剥かぬというのなら、我々とて敵対はしない。護るべき人民だと言うことに違いはないのだから」
“棄民”云々から話を逸らそうとしてか、ワイアットの回答は、存外にストレートだった。
――言ったね。
言質は取ったよ。ハイマンだって聞いてる。
内心でニンマリと笑う。
「つまり、ムンゾ国内が落ち着けば、連邦軍は決して出兵しないと?」
「……無論だ」
畳かければ、ワイアットは渋い顔で、それでも深く頷いた。
「では、わたしから一つお願いがあります」
切り出すと、渋い顔がもっと渋くなった。
「なぜ私が君の頼みを聞くと?」
「お願いが駄目なら、“賭”でも良いですよ」
「“賭”だと?」
「はい――わたしもワイアット中将も、ムンゾに“平穏”を取り戻したい。それぞれの方法で」
覗き込んだ先の瞳が、興味深げに瞬いた。
おれは暴動を抑えたいし、ワイアットは暴動を煽って武力介入を強行したい。
「まずはわたしのやり方で、ムンゾを鎮めてご覧に入れましょう」
息を飲んだのは、ワイアットか、ハイマンか。
見開かれた蒼瞳に笑いかける。
「……どうやって?」
「手紙を一通出させてください。検閲してくださって結構。ただし、必ず父に届けてください」
答えると、しばしの沈黙が落ちた。
「――……それだけか?」
「それだけです」
笑みは崩さない。瞳にだけ真摯な色を。
「……それで、ムンゾが鎮まらなかったときは?」
「どのみち、この身はただでは済まないでしょう」
言外に命が担保だと知らしめる。
ワイアットは、まじまじとおれを見て、それから天井を仰いで大きく息を吐いた。
「……君は幾つだ?」
「18です」
「――……私が君ぐらいの頃は、どんな風だったかな。君はどうだ、ハイマン?」
「さて、随分昔の事ゆえ、思い出せませんな。……しかしながら、ザビ家とはつくづく恐ろしいものです」
隣でハイマンまでため息を落とした。
ワイアットが苦笑いを浮かべて。
「どんな教育を受けたら、君やギレン・ザビのような人間になるのだね」
「他の兄姉も皆、優秀らしいですしな」
「なるほど、ムンゾは強敵だ」
そんなふうに話してるけど、おれ、まだ返事を聞いてないんだ。
じっと見据えると、ワイアットは両手を上げた。
「分かったよ。手紙は必ず届けよう。ハイマン、コリニー中将にもこのことを伝えてくれ」
「……かしこまりました。必ず」
――よっしゃ。
これで一つ手が打てた。ガッツポーズは心の中だけで。
グラグラ揺れてる秤の片方に、今少しの重しを足してやろう。
ひっくり返るその時を、もうちょっとだけ先に延ばせるように。