ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 反逆の"ガルマ" 21【転生】

 

 

 

親愛なるお父様

 

お父様、やっとお手紙をお届けすることが叶います。

けれど、なにをお伝えすれば良いのか、胸がいっぱいで悩むばかりです。

優しいお顔が目に浮かびます。

お元気でいらっしゃいますか、ご無理はしていませんか、きっとお父様のことだから、まず国民を守っていらっしゃるのだと思います。

ちゃんと食事をして、睡眠を取ってくださいね。

頼みます、スチュワード。

兄様たち、姉様もお元気でしょうか、いつも無理ばかりされているから心配です。

抱きしめてくれる腕がないことを寂しく思う度に、僕がどれだけ守られていたのかと、今更に思い知ります。

子供達は悲しんではいませんか。僕は君達が元気に駆け回っていることを望みます。家の者が、きっとよく世話をしてくれるでしょう。

アルテイシアはどう過ごしていますか。優しいお姫様は、僕を案じているかもしれないね。

キャスバルは無茶なことをしていませんか。いつも一緒だった君が傍に居ないことが、こんなに苦しいことだなんて知りたくはなかったよ。

仲間たち、みんなみんな、元気でいてくれてるかな。

僕が、ムンゾに残してきたすべてを、とても慕わしく、愛しく感じています。

いまにも胸から溢れそう。

愛しています。

遠く離れても、心まで離れることはないのだと、いま、そう実感しているのです。

 

先日、僕のことを案じたデモがあったと聞きました。

叶うなら、国民の皆さんにお伝えしてください。

決して早まることがないようにと。

僕が地球に降りたのは、彼らに連邦の銃口を向けさせないためにです。

誰にも傷ついてほしくない。

今、ムンゾはとても大変な局面にあります。

誰しもが自由を願い、生まれ持ったその権利を侵害する力を憎むことは当然で、それ自体を黙ることは、確かに間違いなのだと思います。

けれど、そのことで、いま連邦の介入を招いたら、真っ先に傷つくのは彼ら市民です。

撃たれるのは誰かの親で、子供で、友人で、恋人なのです。

もちろん、ムンゾ軍だとて黙ってはいないでしょう。

そうなれば、そこには先の見えない真っ暗な戦場があるだけ。

それはとても恐ろしいことです。

もう少しだけ、心を落ち着かせて考えてみてほしい。

あなたの隣にいる大切なひとが、傷つくかもしれないということを。

それでも武器を取って戦うと言うなら、できるだけ大切な人が傷つくことのないプランを考えて、そっと僕の兄達に知らせてください。

僕を取り戻したい兄や姉は、喜んであなたがたのお話を聞くでしょう。

法に則って戦うのなら、僕の恩師、ドライバイム教授を訪ねてください。

戦いを望まないひとは、どうすれば地球もコロニーも、共に栄えていけるかを、皆で考えて話し合ってください。

そしてそれを、僕の父に教えて欲しい。

どんな思いでも考えでもいい。

どうか、たくさん――たくさん話し合って、考えて、そして答えを出してください。

僕はそれまでの間、この地球で、あなたの答えをお待ちします。

その結果、皆が歩み出すその先で、僕が“枷”なることは決してないと、きっとお約束しましょう。

僕は何も怖くない。

いいえ、それは嘘です。本当は、怖くて寂しくて、心細くて仕方がない。

けれどこれが、僕がザビ家に生まれた意味なら、あなた方を守ることと引き換えなら、価値があると誇れる。

あなたを、愛しています。

どうかあなたが、あなた方が幸せでありますように。

全ての祝福が、あなたの上にあればいい。

 

最後に、お父様。

この手紙に、僕のありったけの愛を詰め込んで送ります。

どうか受け取ってくださいね。

お元気で。

 

ガルマ・ザビ

 

        ✜ ✜ ✜

 

 手紙は無事届いたようで、ワイアットが、わざわざ録画したニュースを、コリニーのもとに居るおれのところまで持ってきた。

 本当にフットワークが軽いな。お偉いさんなんだろ――部下に持たせればいいじゃないか。

 なんて、直におれの反応を見たいだけだよね。知ってる。

 なんだかんだで、グリーン・ワイアットがおれに絡むから、ジーン・コリニーの方でも随分慣れたみたい。

 以前よりも会話が増えてきた。

 そこにジャミトフ・ハイマンも加わることが多くなって、反対に、バスク・オムは遠ざけられることが多くなった。

「……お父様」

 おれの手紙を読むデギンパパの目には、隠しきれない涙があった。

 声も、落ち着いてはいたけど、わずかに掠れてて、聞く人の胸を切々と打つ。

 そこにいるのムンゾの首相であると同時に、愛する子供を人質に取られた親だった。

 すべては国民を守らんが為だと、その苦悩を、表立って非難することは難しいだろう。

 クールで知られる美人のニュースキャスターも、マスカラが滲むほど泣いてた。

 ――美女に泣いて貰えるって役得。

 クールでセクシーな彼女がお気に入りで、おれもよくこの局のニュースを見てた。

「彼女は中々だね」

 なんと! グリーン・ワイアットと女の趣味は合うのか。

 ちらりと目を向けたら、不謹慎と咎められたと勘違いしたか、ワイアットは肩を竦めた。

「英雄色を好むとは言うがね、さすがにそれはどうなんだね」

 おや、咎めてたのはコリニーだったか。

 ワイアットは気にするでもなく笑っている。

「ムンゾのデモはすっかり下火だ。手紙一枚でこれとは恐れ入ったよ。今回は君の勝ちだな」

「いたみいります」

 別に手紙一枚でこうなった訳じゃない。それ以前の、“ギレン”の演説の影響も大きいんだ。

 それに、手紙で名指ししたドライバイム教授とその一派も世論に働きかけてくれてるだろうし。

 おれはサビ叩きを一部封じただけ。過激な開戦論者達の主張を小声にしただけで、連邦憎さまで封じちゃいない。

 膨らんでく風船みたいに、どんどん溜まるだろうその反発は、もう少し先の未来で爆発する。

 冷たくなりすぎた視線を隠すように、目を伏せた。

 機嫌よく話している中将二人は気づかない。ハイマンさえが、引き離された父の姿を見て感傷的になっていると捉えた程度か。

 慰めこそしないものの、少しだけ気遣わしげな空気を漂わせる。

 3人共に、それなりの好意は引き出せたんだろう。

 コリニーは物珍しい子猫に対するような。ワイアットはスリリングな賭けが出来る相手として。ハイマンは頭の回る子供とでも。

 いずれにしろ、“良い駒”程度の好意だろうさ。

 ここは敵地で、おれは次の手を考える。

 今しばらくの時間は稼げそうだから、今度は戦力を削いでやろう。

 再生が終わってしまった画面に目を落とす。

 ――待っててね、デギンパパ。

 あんな悄然とした姿。本当に悲しんでるってわかった。

 連邦はおれの大事なものを、次々と傷つけやがる。

 そして、おれはおれの“宝物”を傷つける輩は、絶対に許さないんだ。

 有用な人質だと、ほくそ笑んでる野郎どもの顔を、慌てふためくそれに変えてやったらどんなに気持ちいいだろう。

 俯いて、視線を下げた影で嗤う。

 お前たちが“子猫”と侮る、この爪と牙を、その身をもって味わうがいいさ。

 

 

 バスク・オムの粗暴さは、日に日に増していく。

 相当に苛立ってるんだろう。これまで重用されていたものが、急に疎まれ出したんだ。さもありなん。

 ましてや原因が、奴が侮ってる“スペースノイド”たるこのおれだ。

 ハゲつぶらから向けられる視線は、既に殺気混じりで、当然、それに気付いてる周囲も、決して、奴を“ガルマ・ザビ”に近づけようとはしなかった。

 バスク・オムに呼応するように、アースノイド至上主義者たちが集まり、過激な声を上げはじめたことについては、連邦上層部は眉を顰め、鎮火に動くようだった。

 現時点で連邦軍の主流は、やや穏健傾向だ。強硬にムンゾ討伐を主張していたグリーン・ワイアットが、静観に方向を転じたことが大きい。

 相変わらずヨハン・イブラヒム・レビルとジョン・コーウェンは対ムンゾ武力制圧を唱えてるけどね。

 概ね狙った通り、連邦内部での綱引きを拮抗させて、ズムシティへの侵攻は食い止められてる感じか。

「食わせ者め」

「……とても心外です」

 出会い頭に、その発言はどうかと思うんだ、ゴップ将軍。

 さすがに階級が上の大将に物言いはつけられないのか、隣に居るジーン・コリニーは渋い顔で黙っている。

 軍本部の廊下での出来事である。

「ご無沙汰しております、ゴップ将軍閣下。再びお目にかかれて、光栄です」

 にこりと笑って仕切りなおす。

 初めて会ったのは、士官学校に入る前だから、もう4年も前のことか。目の前にいるゴップは、その頃とあまり変わってないみたい。

「どうだかな」

 素っ気ない返答に、少し眉を下げてみた。

 何なの、“ガルマ・ザビ”を虐めるつもりか?

「……兄が何か告げ口しましたか?」

 “ギレン”ったら、ゴップに何を吹き込んだの――それくらいしか考えられないよね、この塩対応の原因。

「告げ口されるような心当たりが?」

「そうですね。“ギレン兄様”とはよく喧嘩するので」

「“喧嘩”かね?」

「“ギレン兄様”は、僕にだけ悪戯するんです。僕もしますけど」

 シレッと答えれば、ゴップはようやく破顔した――と、言うより吹き出してるんだけど。

 笑い転げる将軍を、コリニーが珍獣でも見るような目で見てる。

 ねぇ、“ギレン”、ホントに何を言ったのさ。

「そう言えば、粉まみれになっていたな!」

 あぁ、あれか――“ギレン”の指示で、“鳩”がプレゼントに仕込みやがった小麦粉爆弾。

 スンと真顔になったおれに、ゴップはさらにゲラゲラ笑ってる。遠慮もへったくれも無ぇな。

「わざわざ映像まで送ったんですか、“ギレン兄様”ったら」

 呆れ声になるのは仕方がない。

「いやいや、成り行きでな。まぁ、君たちの報復合戦は苛烈だと聞いているからな。程々にしてやりたまえよ。部下は巻き込んではいかん」

「……それ、僕にだけ仰るんです?」

 拗ねた声。唇を尖らせると、ゴップはまた吹き出して、それから数回頷いた。

「ふは、うん。いや、うん」

 ――どっちだよ。

「うん、うん。そうだな、ギレン・ザビにも言っておこう」

 ヒーヒー言いながら答えてくれるけど、実は笑い上戸だったりするのか、ゴップ?

 コリニーを振り返ると、なんだか面白くなさそうな顔が見返してきた。

「コリニー中将閣下?」

「……君は、普段は“わたし”ではなく“僕”と言うのだな」

 あ。以前の調子で話したから、少し砕けすぎてたか。

「これはご無礼を。以前お会いしたときのままの口調でした。幼い時分でしたので」

 咎めに素直に謝罪したのに、コリニーの眉間の皺は伸びてない。なぜだ。

「構わない。私に無理はしなくて良い。今後は“僕”で通しなさい」

 ――……まぁ、その方が楽だから有難いけど。

 なんだろう。あれか、飼ってる猫が他に擦り寄ったみたいで気に食わないという事か。

「はい。では、遠慮なく」

 わずかに甘えを滲ませ、柔らかく微笑んで返すと、今度はゴップの視線が頬の辺りに突き刺さった。

 ――なんなの、もう。

「コリニー中将、これは“虎の仔”だぞ。“子猫”を愛でるつもりでおれば、大怪我をする」

 その言い分に、コリニーは露骨に顔を顰めた。

「無論、相応の扱いをしておりますのでご心配には及びません」

「そうか。ではそのようにな」

 そう言って笑う将軍は、煮ても焼いても炒めても喰えそうにない大狸の顔をしていた。

「では、また後日に。ガルマ・ザビ、君にも会わせておきたい者が居るからな」

「……僕に?」

「あぁ、ブレックス・フォーラ准将と言う。ギレン・ザビとも既知だ。君も見知っておけ」

 なるほど、つまり自分とブレックス・フォーラとやらには“オイタ”をするなよ、と釘を刺された形だね、これ。

 笑みを消して頷いたのを、了承と取ったんだろう。ゴップも満足そうに頷いた。

 

        ✜ ✜ ✜

 

「護衛、ですか?」

 言われて首を傾げる。

 大体、ジーン・コリニーに連れ回されて一緒にいるので、いつでもその部下に囲まれてる感じのおれに、さらに護衛を付けるってなんぞ?

「そうだ。最近は何かと物騒だからな」

 コリニーもハイマンも、苦虫を噛み潰したような表情だった。

 あぁ、バスク・オムか。先日押しかけて来てたね、そう言えば。

 二人ともに忌々しげな顔してるけど、そもそもあんた達の部下じゃないか。無碍に扱ってると、そのうち噛みつかれるよ――なんて、忠告も警告もしてやる筈がない。

 せいぜい噛みつき合ってよね。

 抑圧されたアースノイド至上主義者達は、先頃ではコロニー社会そのものよりも、穏健に傾いた軍上層に牙を剝きつつある。

 これにはレビル大将もコーウェン中将も、当然良い顔をしないから、勢力は穏健、強硬、差別主義の三つ巴。

 更にそこにそれぞれ思惑やらが絡めば、あらまぁ複雑怪奇奇々怪々。

 絡まった関係図の中で動くのは、誰しもなかなか大変そうだ。

 小規模であれ騒動は頻発してて、その度に誰かが更迭されてたりされてなかったり。この辺には上の意図を感じるね。

 この機に組織改変をするつもりか――こういうことすんのはゴップあたりかな。

 ともあれ、護衛をつけるってことは、コリニーの身辺から離されるってことか?

「君には、連邦の士官学校に通ってもらう」

 ――……なんですと?

「ムンゾのそれは、卒業直前でこちらに来たからな。きちんと卒業しておくに越したことはない」

 コリニーの言葉をハイマンが補う。

 ――あぁ。そうきたか。

 ますますおれをムンゾに返す気は無いようだね。地球で卒業させて、そのまま連邦軍に取り込むつもりでいるのか。

 この場面で、おれに拒否権は無いから大人しく頷く。

「分かりました。いつからでしょう?」

「来週からだ。とは言え、君は全て履行済みだからな。顔出し程度だと思ってくれていい」

 だよね。実績作りの為だけだもの。

「制服は届いているから着てみるといい。袖を通した君を見るのが楽しみだ」

 愉快そうなコリニーに、ハイマンも頷いている。

 苛立って視線を逸らす。表面上、困ったような微笑みは、照れてるようにも見えるだろう。

 ――“子猫”の次は“着せ替え人形”かよ。

 ハラワタが煮えるような、凍るような。剣呑な感情は、溜め息に落とすことさえせずに飲み下した。

 そして、衝立を部屋に運んでの強制お着替えである。

 せめて私室で着替えさせてよ、って心の声が漏れたのか、執事がこっそり苦笑してる。

 ――うわぁ。コスプレ〜。

 鏡を覗き込んで、顔を顰めそうになるのを堪える。

 衝立が取り払われたら。

「おお、似合うではないか」

 悦に入った声が飛んできた。ご機嫌だね、コリニー。

 ガルマ・ザビの連邦軍服姿ってさ。ファンアートでも見たこと無ぇわ。

 ブライト・ノアと同じ制服じゃないか――……どっかに居るのかな、ブライト・ノア。微妙に現実逃避。

 ORIGIN枠だと…2歳くらい年下だったか。

 あれ、もしかしたら士官学校にいるんじゃないかな。いま一回生? 初々しい!

 なんか、途端にワクワクしてきた。

 鏡の向こうで、“ガルマ”が愉しげに笑った。

「気に入ったようだな」

 いや別に。制服が気に入ったわけじゃなくて、ブライト・ノアに会えるかと期待しただけ――なんてことは勿論言わないけどね。

「……同世代とも交流ができるかな、と」

 少し恥ずかしそうに顔を伏せる。

「なるほど」

 コリニーが唸り、ハイマンも頷いた。

「同じ年頃の人間との交流も、彼には必要でしょうな」

 瞳に灯るのは、どこまでも酷薄な光――これ、学友も厳選されそうで、ゲンナリする。

 それでも、まぁ、少しでもココから解放されるなら息抜きにはなるだろ。

 複雑な心境のまま、ちょっと浮かれた空気が漏れる。

 それこそ、コスプレと思って楽しんでやろうなんて、この時までは呑気に考えてたんだ。

 

 

 連邦の士官学校の規模はデカかった。

 候補生数も教官数も、ムンゾの3倍以上だし、当然、敷地も広かった。

 ムンゾには一つしかないのに、地球にはこんなのが幾つもあるんだ。

 こんなところでも兵力差が透かし見えてイヤになる。

 案内してくれる教官の自慢げなことったら無いね。

「……素晴らしいですね」

 微笑んで称賛すれば、案内の教官はキジオライチョウのオスみたいに立派な胸部を膨らませた。

 ――ドズル兄様のゴリラ胸筋には遠く及ばんがな。

 あれ以上の胸をもつ猛者は、おそらく居ないだろ。

 ちょっとスライドしてた思考をもとに戻すと。

「ジーン・コリニー中将閣下はじめ、お偉方からは君のことはくれぐれもと頼まれているそうだ――流石にムンゾ首相の息子は違うな?」

 ふぉ? 最後のは嫌味か?

 見下ろしてくる目がイヤらし気な笑みを含んでるし。

「そうかも知れません。僕は“担保”ですから」

 つまり人質って事だ。

「この身ひとつの有り様で、連邦とムンゾの行く末が変わるのだと、方々から言い聞かされております。ここに在席するのも、こちらならば安全と判断されているからでしょう。どうぞよしなに」

 言外に「信頼されてますね」と滲ませながら、実際には「ちゃんと守れよ」って言ってるわけだが、教官は誇らしげに胸を反らすばかりである。

 おれの身に何かあれば、ここの人間の首が幾つ飛ぶのか分かってんのかな、コノヒト?

 分かってなさそう。

 もとより自衛を怠るつもりは無いけど、早めに手を打っておかない拙いな。

 ジーン・コリニーは、おれを連邦軍に取り込む算段で士官学校に突っ込んだんだろうが、そもそも、仮想敵がムンゾだぞ。

 教官や士官候補生にはアースノイド至上主義者が少なくないってのに、そこに敵国首相の息子を突っ込むってさぁ。

 まぁね、だからこその“顔出し”程度の特別授業なんだろうが。

「コリニー中将から“級友”になる方々について伺っております。このあとお会いできますか?」

 ハイマンが厳選した“お友達”候補生だ。

 優秀かつ、スペースノイドへの偏見少なめな面々で固めたって聞いてる。

 できれば早めに合流しときたい。

「ああ。それだが、こちらでより優秀な人員を選び直した」

 ――は?

 なに言ってんの? その権限が自分にあると思ってんのか。

 ニヤニヤ笑う顔を見上げて、首を傾げる。

「……恐縮ですが、関わる人間について、僕は制限されております」

 その話は、当然この男も聞いてる筈だろ。

 教官は厳つい顔を真っ赤に染めた。

「校内での差配は校長に一任されている! これ以上、部外者が口を挟むことではない!!」

 怒鳴りつけてくる男を冷めた目で見る。

 なら、先にそう言ってやれよ、コリニー本人にさ。

 どのみち、内心文句だらけで口には出さず、ハイハイ頷いといて、後から勝手に変えたって事だろ。

 つか、ホントに校長の差配かね?

 いずれしろ、この事は――これから起こるコトも含めて、直ぐにコリニー達の知るところになるだろう。

「なに、君もすぐに“仲良く”なれるだろう。告げ口する気にもならないくらい」

「そうですか」

 んなワケあるか。

 告げ口云々は別として、よりヤベェことになるのは保証してやるよ。だって、おれは“おれ”だし。

 “ガルマ”だけど、“おれ”だし。

 キャスバルもアムロも――子供たちも家族も仲間も、“ギレン”だって居ないんだ。

 誰が“おれ”を止められるってのさ。

 猫皮が剥がれないように、慎重に神妙な顔を作りつつ。

 ――さて、どうしてやろう。

 この先に待ってるのは、どうやらあまり好ましくない連中ってコトかな。

 どっち系だろ。

 アースノイド至上主義のエリートによる陰湿な虐めか、脳筋による暴力か、それともそれ以外の凶行か。

 連れていかれたのは、研究棟らしき建物の片隅だった。

 イアン・グレーデン先輩やアルフレディーノ・ラム先輩は元気だろうか、なんて思い出す。

 ムンゾのラボ棟で、サイエンス・スイーツから人造宝石まで、3人で色々作って遊んでたのは良い思い出だ――コレも現実逃避の一種かね。

「おい! 開けろ!! そこにいるのはわかってるんだぞ!!」

 教官が、ガンガンと締め切られたドアを叩いて怒鳴ってる。

 暫くしてから、バァンと凄い音を立ててドアが開かれた。

 うわ。大丈夫かドア? イカれてないか?

 そして、威勢よく怒鳴ってた割に、「ヒッ」とか息飲んでどーすんのさ、教官?

 戸口に現れたのは、制服をちょっと着崩した感じの――士官候補生か? 結構貫禄あるけど、年上かな。

 中にも数人いる、と、覗き込んで。

 ――……あれ?

 机の上に見知ったものを見つけて、招かれる前に室内へと踏み込んだ。

「……おい」

「お邪魔しますねー」

「おい、ガルマ・ザビ!!」

 襟あたりに延ばされたらしき教官の腕は、出迎えてくれた彼が留めてくれたらしい。

「…………ガルマ・ザビ? お前が、あの?」

「ムンゾから来たガルマ・ザビであれば、はい、僕です」

 振り返ってニコリ、と。

「教官殿から、“級友”になる皆さんを紹介していただけると聞いています」

 明らかに違いそうだけど、グルリと見回せば、5人。不良とは行かないまでも、品行方正とは言い難い空気が。

 彼らはおれの言葉に事情を察したんだろう、一斉にゲラゲラ笑い出した。

「へぇえ、ムンゾの首相の息子が俺達の級友かよ!」

「そりゃまた面白ぇ話だな!」

 奥から出てきた一人に肩を組まれた。

 ぐいと引っ張りこまれて、よろめく。ふぉ、力強いな。

 一見すれば質のよろしくない候補生に絡まれてるように見えるのかな。

 教官の口元がイヤな笑みに歪んだ。

「せいぜい仲良くしてもらえ」

「ええ。そうします」

 ニコニコと答えると、忌々しげに歯を剥かれる。それでも、戸口に居座ってる一人が威圧するみたいに睨めば、ニヤニヤ笑いながらも身を引いた。

 小心者め。

 バン、と、また扉が大きな音を立てて閉められる。ついでに鍵も。

 ふむん。あの教官は嫌われてるらしいね――分かるわ。

「……ありがとうございます。助かりました」

 ふぅ、と、息を吐いてお礼を。

「――……この状況でか?」

 呆れた口調だけど、あの教官と居るより100倍はマシだろ。

「ええ、ほんとに助かってます」

 少なくとも、コイツらは今のとこ、積極的におれを甚振ろうなんて素振りは見せてないし。

 おれの表情を読んだらしき連中は、苦笑い混じりの微妙な顔だ。

「急に押し掛けてごめんね。お迎えが来るまで置いておいて貰えます?」

 懐っこさを装って、小首を傾げてみせる。

 リーダーらしき青年は、胡散臭げに一瞥したあと、仲間を見て肩をすくめた。

「……その方が良さそうだな」

「来んのか、迎え?」

 肩を組んだ候補生が覗き込んでくるのに、曖昧に頷く。

「どうでしょ。校内では期待薄くても、さすがに定刻までに戻らなかったら、コリニー中将のお使いの人が飛んでくるかと」

 おれは、ココでは招からざる異分子みたいだから、校内関係者は来ないかも知れんが――案内にあんな教官を付けるくらいからさ――中将達は血相変えるかもね。

 ふふふ。微笑むと、何故か組まれてた腕が解かれて、一歩下がられた。なに、仄黒さが滲み出てた?

「そこまで待たされることは無ぇだろうな」

 リーダーが唇を歪めた。

「別に校長はお前を疎んでねぇよ、上の覚えが目出度くなるってほくそ笑む事はあってもな。大方、それが面白くねぇ阿呆が、あの教官を付けやがったのさ」

 なるほどね。何処でもあるよね、権力闘争って名前の嫌がらせ。

「参考までに、その阿呆…失礼、どのあたりの関与が疑われるか聞いてもいいですか?」

「聞いてどうする?」

「自衛します」

 真っ直ぐに目を見て答える。

 おれに“何か”あれば、今度こそムンゾの反発はただの反発じゃ済まない筈だ。

 それが分かってて“やらかす”つもりなのか、それすら分からない阿呆なのか、背後に誰か付いて居るのか居ないのか。

 知らずに済ますわけにはいかんのよ――いま、この身を守ることは、即ちムンゾを、そこに残してきた大切なものを守ることに他ならないから。

 飛んでくる火の粉は叩き落として踏み消さないとね。

 相手は少しだけ目を眇めて見下ろしてきて、ひどく嫌そうに顔を顰めた。

「お前ら、ゼッタイにコイツに変な手出しすんじゃねぇぞ」

「言われなくても出さねーよ」

 リーダーの言葉に、さっきまで肩を組んでた奴が同意してる。

「……弱っちそうだからか? 怪我させたら可哀想だもんな!」

 奥にいた男がひとり、ニカッと笑いかけてきた――ん、優しそうなヤツだね。

 でも、弱っちそうは余計だから。

「バカ黙れ!」

「お前ってヤツは!!」

 両隣から殴られてるけど。

 ともあれ、一時の居場所は確保できたみたい。

 おれは皆の名前を聞かないし、彼らも名乗らない――1名だけ自己紹介しようとしたヤツが居たけどさ――暗黙の了解。向こうが知ってるだけで充分なんだ。

 おれが知らなきゃ、“巻き込まれる”ことは無いからね。

「ところで、すごく見知ったものがあるんだけど?」

 最初に気づいたやつ。

 机の上に広げられた盤面とダイスを指差すと、一同の視線もそっちに向いた。

「あ? “The Game of Fun Army Life(素敵なアーミーライフ)”か? “killer bee”の」

「“killer bee”じゃなくて、“The Bee”です」

「あ゛ぁ゛? あれが“The Bee(ただの蜜蜂)”なわけねぇだろ。あんなの“killer bee(殺人蜂)”じゃなきゃ“Devil Bee(悪魔)”か“Satan Bee(魔王)”だ!」

 悪魔って酷いわ。でも、“蝿の王”はともかく“蜂の王”なんて居たっけ?

 いや、そんなに凄まれてもさ。皆の目が一斉に険しくなってても、ここはビシッと訂正しないとね。

「良くないです。それだと“音”が合わなくなる」

 そう。“The Bee”。つまり、“ザビ”。

 いつぞやおれが作った、刺激的な人生ゲームの市販版である。

「プレイしてみたんですね」

「……お前もプレイしたことあんのか?」

「ありますよ。試作品から」

 もともと、その試作品が変な具合にウケて市販に繋がったわけだし。

 答えたら目を剥かれた。

「幻の“Dark Game(闇のゲーム)”じゃねぇか!」

 ――なにその遊✘王?

 ただの人生ゲームじゃないのさ。別に負けたからってペナルティは発生しないだろ。

「なぁ、時間あるんならやるか?」

 人懐っこいひとりがダイスをコロコロ振った。

「いいですね」

 久々にやってみようか。

「そうこなくっちゃ。ザビ家の人間をボコボコにできるなんてそうそうねぇもんな!」

 そんなすごい良い笑顔を向けられると、ちょっと燃えてくるね。

「全力でお相手しましょう」

 こっちも満面の笑みを返す。

「なあ……なんかすげえ嫌な予感がするのは俺だけか?」

「大丈夫だ。俺もだ」

「問題ない。ゲームじゃ死なん…だろ」

 やる気な2人に対して、残る3人は微妙に消極的と言うか何と言うか。

 そして、ゲームはスタートする。

 ムンゾの士官学校でも見た、懐かしい阿鼻叫喚図がそこにあった。

「俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ……」

 ぷるぷると震える手がダイスを握りしめている。

 運命の分かれ道であった。

「やめろフレッド! それフラグだからな!!」

「俺を置いていくなフレッド!!」

「頼むダイス、フレッドを見捨てないでやってくれ!!!」

「神様!!」

 誰しもが手に汗を握る一瞬。

 コロリ、と転がったダイスの目を見る皆の視線が、絶望に染まった。

「――――ッ!?? うわああああああああああああ!!!!?」

「「「「フレーーーーッド!!」」」」

 チュドーン、と、ゲーム内の爆発炎上で一人が脱落した。

 そしてまたゲームは進む。

「もう人間なんて信じねぇ!! くそ野郎どもがッ!!」

 正しい道を行ったのに、腐敗した権力に陥れられ、またひとり粛清された。

 刑場に響く銃声は理不尽極まりなく、零れ落ちた命を嘆く者たちの胸さえ、暗く深く穿つのだ。

「――……お前は良いやつだったよ、オリヴァー」

「なんでだよ、どうして正直者ばかりが馬鹿を見るんだ……」

「この世界が腐ってやがるんだ!」

「大丈夫! 天国で俺が待ってるから!」

「「「「黙れフレッド」」」」

「……えぇ〜」

 なんか、カオスになってきたねぇ。

 そしてさらに、進軍した先の沼地にて惨劇が起こる。

「嫌だワニ!! なんでワニだよ!? 何で俺がワニに食われるの!??」

 ――それもこれも運命だからです。

「アイザック、落ち着いてダイスを振れ! まだだ、まだワンチャンある!!」

「諦めるな!!」

 そして運命のダイスは。

「なんで!? なんで今度はアナコンダ!??」

「ウワァアアアーーー!!」

「アイザーーーック!!」

 人生は非情だよねぇ。

 ワニから逃れたと思ったら、今度はアナコンダに呑み込まれるとかさ。

 脱落した3人は元より、残る2人の顔も、もはや蒼白である。

 ――……ただのゲームなんだけどね?

 なんでそんなに憔悴してんの。

 そして、とうとうゲームは終盤に。

「……お前なのか、ルーカス」

「マテオ……これも宿命だ。恨まないでくれ」

 時の流れは、親友だった二人を容赦なく引き裂いた。

 敵味方に別れ、最後の決戦。

 これを制した方が人生の勝者となる――友を殺したその先で。

 この世は、なんという地獄であろうか。

 その背に負うものを思えば、たとえ親友であれ、決して譲ることができない道の上で対峙する二人の目には、涙が浮かんでいた。

 先にお星さまになった面々も、落涙を禁じ得ないでいる中で、運命のダイスロール。

 淡く微笑んだルーカスを前に、マテオが遂に膝をついて号泣した。

「ルーカスぅ〜〜〜〜ッ!!」

「泣くな。……おめでとう、お前が勝者だ」

 破壊されていく敵艦隊――それを指揮していた友が爆散するのを、瞬きも出来ずに見つめる勝者に、運命は王冠を授ける。

 さあ、マテオ。全てに置いて勝ちを得たお前こそが、運命を制した最後の人間。

 偉大なる大将軍マテオ。

 富も名誉も、何もかもを手に入れた男――ただひとつ、平凡な幸せを除いて、全てを。

 勝者が定まり、ゲームが終わる。

 そこで、5人の士官候補生たちの鬼の形相が、一斉におれに向けられた。

「なぜだガルマ・ザビ!?」

「なぜお前だけが小さな庭付き一戸建てのマイホームで、妻と子供たちと愛犬に囲まれて、平凡な幸せを満喫してやがるんだ!!!?」

 ふぉ。そんな胸ぐらつかまれたってさぁ。

 戦場で負った傷が元で、早々にリタイアした先の暮らしだもの。

「全てはダイスの思し召しですし?」

 別に操作できないよ。わかってるだろ?

「今回はたまたまこの結果だったけど、前回は友を庇って爆散したし、その前はバックファイアに巻き込まれて四散したし、さらにその前は友軍に裏切られて背中から撃たれましたよ」

 やれやれと溜息をつく。

「なんでこんなに地獄なんだよ……」

「やっぱりこれ作ったヤツ悪魔だろ」

 グッタリとした声が言うけどさ。

 失礼な。

 だいたい、本物の戦場なんて、それ以上の地獄だっての。

 これは、ちょっとばかり、いつかあったような事を盛り込んだだけの、罪の無いゲームさ。

 ――と、言うことで、そろそろ胸ぐら放しておくれよ。

 なんて。次の瞬間、鍵が掛かってた筈のドアがバターンと開いた。

 ――ふぉうッ!?

 誰かが――男たちが飛び込んでくる。

 びっくりして硬直しそうになったけど、辛うじて反応して、拘束から身をもぎ放す。

「『防衛しろ!』」

 腹の底から声が出た。

 咄嗟に机の影に身を隠し、襲撃に備える。

 5人の候補生たちも、ほぼ条件反射のように姿勢を低くし、武器になりそうな物を手に掴んだ。

「ガルマ・ザビ、無事か!?」

 それなのに、乱入者はそんなことを叫んだ。

 ――はい?

 ひょこりと机の影から伺えば、なんか爽やかそうだけど厳つい茶髪のニイさんと、その仲間らしき面々が居た。

 バッチリと視線がかち合う。

「――……どなたです?」

「ウッディ・マルデン。君の護衛を申し遣った者だよ」

 ――……なんですと?

 猫皮の上に、宇宙猫が張り付いた感じか。

 あれだよな、ウッディ・マルデン――みんなの憧れマチルダさんの婚約者?

 マジマジ見るに、うん、それっぽいよ。年上の好青年。いかにも包容力有りそうな。

 ――ナイスガイ・バルス!

 なんて呪ってる場合じゃ無かった。

 ノロノロと机の下から這い出して、ホコリを払う。

「失礼しました。いきなり入ってこられるので驚いてしまって」

「こちらこそ済まない。校内で君の姿が消えたと騒ぎになっていてね」

 探したよ、なんて言いながら、鋭い眼差しが部屋の隅に向いた。

 そこには、面白くなさそうな顔の士官候補生達が、鼻を鳴らしてたり、中指を立ててたり。

 なんだね、君ら、そんな不良みたいな振る舞いしてさ。

「ああ。彼らに保護してもらってたんです――教室ではない何処かに連れて行かれそうだったので」

 嘘だけど、嘘じゃないよ。

 事実はどうあれ、“ガルマ・ザビ”からすれば、案内の教官によって、当初の予定とは異なる場所に誘導され、その途中で出逢った彼らに匿って貰ったってコトだからね。

 あくまでも“主観”ってやつ。

 室内の視線が一斉に集まるのを受けて、小首を傾げて憂い顔を作った。

「彼らがいなければ、僕は、とても困った事になっていたでしょうね?」

 例えば、スペースノイド排斥思想の奴らからリンチを受けるとかね。

 大方、そう言うのを案じて、今も突かましてきたんだろ?

 マルデンは表情を歪めた。

 申し訳なさそうにも見える、少し苦しげな顔だった。

「彼らが保護? いましがた胸ぐらを抑えられていたように見えたが……」

「ああ、あれですね」

 思わず笑いが溢れた。

「だってそいつ、“平凡な幸せ”リタイアだったんだ!」

 叫んだのは、アイザックとか呼ばれてたひとりだ。

「そういう君は、アナコンダに丸呑みされてましたね」

 視線を机の上に向ける――ゲームの盤面に。

 つられて目を向けたマルデンが、食べ物じゃない物を飲み込んだみたいな酷い顔になった。

「――…………なるほど」

 心を落ち着かせようとしてるように見える深呼吸。

「うん。なるほどな、良く分かった。――ガルマ・ザビ、この遊戯はお勧めできない。場合によっては、人間関係に罅を入れかねない代物だからな」

 真剣な眼差しで何を言ってくるのさ。

 ――そんな大仰なゲームじゃないんだが。

 それにさ。

「試作品に比べて、大分マイルドに抑えられてると思ったんですが……?」

 小首を傾げて曖昧に微笑む先で、マルデンは天井を仰いだ。

「あれは“封印対象”だよ」

 なんてヒドイことを。

 そんな、おれのちょっとしたハートブレイクで、この“ガルマ・ザビ”プチ行方不明事件の幕は下ろされたようだった。

「じゃあね。フレッド、オリヴァー、アイザック、ルーカス、マテオ。この部屋を出るまで、君たちのことは忘れないよ」

「何ですぐに忘れるんだよ、健忘症か?」

 フレッドの突っ込みというボケに、アイザックの正拳突きという突っ込みが入った。

 やべぇな、コイツら面白すぎて“忘れる”のが勿体なくなるんだけど。

 マルデンが半笑いになってる――堪えないで笑えば良いよ。

 だから、おれが“覚えて”たら、おまえらは呼び出されたり処分を受けたり、面倒臭い事になるんだってば。

 はからずもゲーム中に名前も知れたわけだしね。

 他の四人とマルデン達にはそれが分かってるみたいで、静かに頷いてくれた。

 研究棟を離れて、今度こそ教室に向かう道すがら。

「……僕を案内していた教官は?」

「事情を聴かれている。知らぬ存ぜぬで通すつもりのようだが、そうは行くまい」

「そうですか」

 まあ、そうなるよな。

 だけど、あんなのはトカゲの尻尾切りだ。頭にダメージを与えんことにはね。

 完全に潰すとまた次のが生えてくるだろうから、程々に絞めなくちゃならんのが面倒くさい。

 チミチミかかずらわってる余暇はないってのにさ。

「Mr.マルデン……この先、護衛をしてくださるんですか? それとも、今日だけなのでしょうか?」

 取り敢えず聞いとかないと。

「ウッディで構わないよ。それなりに長い付き合いになりそうだからな」

 破顔するのに、微笑み返す。

 なるほどね、しばらくの間は、彼がおれに張り付くことになるわけだ。

 これもハイマンのチョイスって事か――優秀かつ、適度に頭が硬く、なにより連邦に忠実。

 コレを誑かすのは難しいね。

「ウッディさん、では、僕のことは“ガルマ”とお呼び下さい」

 人懐っこく差し出してみた右手を、大きな手が握った。温かみのある、厚い掌だった。

 ――この人も、マチルダさんも、この先、どうなるのかね?

 ふと過ぎった思考に、指の先が冷えた。

 いつかの世界線では、マチルダ中尉は黒い三連星に叩き潰された。

 マルデンも、“シャア・アズナブル”のズゴックに潰されていた。

 シナリオが擦れていくこの時間軸では、もう先なんて見えないけど、仮に同じことが起こるとしても、“おれ”はそれを止めないだろう。

 ――……だって敵だし。

 どんなに好感が持てたところで、それは変えられない。

 おれは、この世界で護るものをもう決めていて、彼らはそこに含まれないから。

「……ガルマ?」

「すいません。……慣れない環境で、ちょっと茫っとしてました」

 声は思ってたよりも力無くて、ウッディ・マルデンが少し慌てた素振りを見せた。

「ああ、そうだな――気が付かずにすまん、少し休むか?」

「いいえ。そこまでは」

 握られた手をそっと放す。

 ――ここは、敵地だ。

 守るべきものなんて何もない。好意だって全てまやかし。

 仲間と同世代の奴らとの遊戯での大騒ぎも、マルデンの掌の生きた温度も、おれが気にすべき事じゃない。

 心に抱くのは“宝物”だけでいいんだ。

 ――……キャスバルたちの“こえ”が聴きたい。

 できるだけ意識しないようにしている想いが、うっかりと表面に浮かんできて困る。

 アムロの、子供達の“こえ”が。

 家族と、そして仲間たちの声が、いま、とても。とても。

『……あいたいよ』

 滲み出していく思考波は、どこへも響かずに消えていく。

 まるで、“52Hzの鯨”のみたいだ。

 だけどこの“海”を泳ぎきれば、おれはこの世にたったひとりなんかじゃないから。

 まだ、やっと3ヶ月。あと、たった3ヶ月。

 いくらでも欺こう。

 いくらでも傷つけよう。

 そんなことで痛むような“心”を、“おれ”は最初から持っちゃいないから。

 嗤いに歪む表情を見咎められないように、少しばかり顔を伏せて。

 さあ、せいぜい好青年を演じて見せるから、お前も踊って見せておくれよ。

「よろしくお願いしますね?」

 微笑みを整える。

 それから次なる舞台に上る足を、ことさらに軽やかに踏み出した。

 

 

 

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