デモは沈静化した――とりあえずは。
とりあえずはと云うのは、本当に“とりあえず”のことで、完全に沈黙したわけではないからだ。
先だってのデモの“煽動者”は捕らえたが、よほど訓練されたものであるのか、背後関係を何ひとつとして語らなかったからだ。
まぁ、語らずとも大体裏は取れた――連邦の意を受けた、某議員が裏にいたようだ――ので、そちらはそちらで一件落着である。
そう、副次的に、“父”の機嫌がなおった。どうも、例の“演説”を動画に撮ったものがあったようで、それがネット上で流布されたのだ。
「お前も、ただガルマに厳しいだけではなかったのだな!」
などと云われたが、まぁ概ね厳しいのは間違ってはいない。“ガルマ”にやさしくしてどうするのか――元のガルマ・ザビならばともかくとして。“ガルマ”では、悪辣の化身が野放しになるだけである。
ドズルによれば、士官学校に残ったキャスバルは、ひとりなりに何とか頑張っているようだった。
が、ずっと一緒に育ってきた“ガルマ”が突然いなくなったので、やはり何と云うかバランスを崩しがちなところがあり、やや心配だとドズルは云っていた。まぁ、同じく残された“ガルマ”まわりの同級生たちが、何だかんだと支えているようなので、それほど案ずることもないだろうとも云ってはきたのだが。
とりあえず、こちらが何とか落ち着いたので、ゴップ将軍に一報を入れる。
〈もっと早くに連絡があるかと思っていたぞ〉
画面の向こう、やや不機嫌に、ゴップは云ってきた。
「申し訳ございません、デモ隊などに時を取られまして」
〈その間に、お前の弟がこちらに来たではないか〉
「あれは――コリニー中将殿のご希望で」
〈知っている〉
むっつりとした顔で、ゴップは頷いた。
〈あれは奴のスタンドプレイだ。大方、猫の子を取ったくらいの気でいるのだろうよ〉
「申し訳ございません」
〈ふん、心にもないことを。……まぁいい、こちらはこちらで、巧く使わせてもらう。後で文句は云うなよ〉
「滅相もない」
〈まぁ、そこまで予測して、お前はあの弟をこちらによこしたのだろう? コリニーに対して、“ガルマが何をしようと関知しない”と云ったそうではないか〉
「耳がお早い」
思わず云うと、にやりと笑われた。
〈私の情報網を舐めてもらっては困る。連邦とのやり取りで、私にわからぬことはない〉
「……なるほど」
ではあるいは、先だってブレックス・フォーラを紹介されたのは、新たな伝手を手に入れたこちらが、どう動くかを注視するためだったのだろうか。
だとしたら、大した狸ぶりだ、と思う。
〈それから、デモ隊を沈静化させたと云う、お前の演説もな〉
にやにやにやにや。
〈なかなか際どい言葉が散りばめてあったな。いかにも“いずれ連邦と戦う時はくる”と云っているように聞こえるが、具体的なことには言及しない――悪党だな、ギレン・ザビ〉
「これは異なことを」
こちらも、かなり慎重に言葉は選んだが――まぁ、突っこまれるのは仕方ないか、ムンゾ国民向けとなると、どうしても強い言葉を使わざるを得ない。あまり弱腰に見えては、今度は矛先がムンゾ政府や軍に向くことになるだけだ。
「閣下とて、同じ状況であれば、似たような文言をお使いになられたのでは? 激した民に冷静になれと云ったとしても、素直に容れられるとは思われません。かれらの気分に配慮しつつ、行動だけでも沈静化をはかるより他ございますまい」
〈策士だな〉
ふんと鼻を鳴らされる。
「ご冗談でしょう」
ゴップに云われる筋などない。どちらがより策士かなど、ひとに問うまでもないではないか。
「連邦軍が鎮圧にかかれば、ズムシティなど、あっと云う間に制圧されてしまいましょう。それを防ぐための方策です、何とでも申しますよ」
背に腹は代えられぬとは、まさにこのことだろう。連邦軍の介入を許してからでは遅いのだ。とにかく、どんな手段を使っても、連邦につけ入る余地を与えないこと。それが、何より肝要なのだ。
「“ガルマ”を獲られたムンゾのものがどう考えるかなど、よくおわかりになるはずだ。それなのに、コリニー中将殿は、ごり押ししてこられた。――あるいはこれは、どうしてもムンゾと戦争に持ちこみたいどなたかの策謀なのでございましょうかな?」
そう云うと、ゴップは一瞬沈黙した。どうも、心当たりがあるようだ。
――なるほど?
“ガルマ”を人質にと望んだコリニー中将はもちろんのこと、他にも対ムンゾ強硬派が幾たりかあるようだ。そのうちのひとりには、もちろんレビル将軍もいるのだろうが。
片頬を、笑いのかたちに歪めてみせる。
「連邦軍の中には、戦いたくてたまらぬ方がおられるようだ。だが、ムンゾは子どもの砂場ではございませんぞ。砂の山を壊すような気持ちで踏みこんでこられては困る」
初めて手に入れた銃で、誤って弟妹を射殺するような“子ども”であってもらっては困るのだ。
「それとも、連邦軍の方々には、スペースノイドは“人”ではないと思われる方が多いのですか」
『Z』のバスク・オムがそうであったように?
〈そのようなことはない!〉
ゴップは云った。そこは、何の作品だったかで強化人間の養女を取っただけのことはある。
「アースノイドとスペースノイドに差異はないとおっしゃる?」
〈そうだ! ……まぁ、人間は差別せずにはいられん生きものであるからな、そこでいろいろ出てはくるが――法のもとに平等であるのは、間違いのないことだ!〉
「――なるほど」
少なくともゴップは、良い意味で官僚的な人物であるのだな、と意外な気分とともに思う。
もちろん、アースノイド至上主義者でないのは知っていたが、何と云うのか、連邦の優位を、そのためのアースノイド偏重を、肯定こそしないが否定もしない方だと考えていたのだ。
しかし、それでゴップがブレックス・フォーラを取りこんだ意図はわかった。どちらも、連邦軍内部での、行き過ぎたアースノイド偏重を苦々しく思うものであったからこその、タッグであったのだろう。
それに、1stはともかくとして『the ORIGIN』では、ゴップは連邦軍でも“制服組”のトップであったように記憶している。後方支援中心の職掌であり、かつ“制服組”の中でも官僚に近い立ち位置であるのならば、すぐに武力行使したがる下のものたちを、どうにかコントロールしたいと云う気分があるのに違いない。
こちらと割合に利害が一致するわけである。
「そうおっしゃるのでしたら――こちらとしても穏便に済ませたいのは同じことです。戦争になどなれば、どれほどの金と人命が失われるか知れたものではない」
〈お前は、本当にそのふたつを気にかけるな〉
「気にせず国事にあたれるのなら、それは狂人でございましょうな」
血税、と云う、それはまったくそのとおり。
国民の血にも等しい税金を、湯水のように使えるのなら、そのものは、国民の血で身体を洗っているようなものだ。その意識なくして税金を使うなら、いずれそのものは国民からつるし上げられるし、またそうでなくてはならないだろうと思う。
「いやしくも人の上に立つのであれば、己の責務には自覚的であらねばなりますまい。そうでなくて、如何で国民を導くなどと称せましょうや」
〈なるほど、禁欲的だな。それは、敵も増えるだろう〉
「……まぁ」
痛いところを突かれた。
確かに、いつやらの“昔”では、あまりに潔白だったのが災いし、汚職に手を染めたものどもに陥れられて失脚したことがあるからだ。
だがまぁ、流石にそれから幾星霜、自分を律しても、多少他人のことに片目を瞑ることくらいは憶えている。
「とは云え、利で動くものをとやかく云うのが、国のためにならぬことも弁えております。要は、食い潰されそうになるようなもの以外は放っておけば良いのですからな」
〈蟻やアブラムシのような連中はどうする〉
「花が枯れねば宜しいのです」
そして、枯れそうならば、摘んで捨てれば良いのだ。
〈私がそうなら、摘んで捨てるのか〉
「花を食い尽くそうとなさるなら」
花を――ムンゾを。
「ですが、世界には生態系と云うものがあり、ひとつの“害虫”を排除すれば、他が死に絶える可能性があることは、私とて存じております。肝要なのはバランスです、大幅にバランスを崩すのでない限り、“排除”は望ましいことではない」
〈ふむ〉
「ですので、まぁ、排除以外でできることを致しますよ。私自身が排除される側になるのも、業腹でございますので」
〈なるほど、“大人”ではないか、ギレン・ザビ。弟相手に鬼のような顔をしていた男とは思われんな〉
「それだけの月日が流れたと云うことでございますよ」
“ガルマ”相手にやさしい顔ができるかどうかはともかくとして。
「ともかく、“ガルマ”に関しましては、あまりお近づきにならないことをお勧め致します。可愛い子どもたちと引き離されて、気が立っておりましょうからな」
〈ふむ? コリニーに懐いているように聞いているが〉
「ムンゾを人質に取られたような状態で反抗して見せるほど、あれも愚かではありませぬよ」
向こうが手を噛まれたと思えば、即軍を介入させてくるのだろうから。
〈まぁ、それもそうか。デモ隊に対する連邦軍の介入を回避することが、条件であったのだな〉
「然様でございます」
〈気をつけることにしよう〉
と云って、ゴップはまたにやりと笑った。
〈それで、ザビ家は沈黙すると?〉
「“ガルマ”を人質に取られている以上、“父”は連邦とことを構えるのを良しとは致しますまい。例え、腸が煮えくり返っていようとも、ザビ家が動くことはない」
〈……なるほど〉
今度こそ、ゴップは大きく頷いた。
〈その言葉を信じよう。――まぁ、ガルマ・ザビに関しては、こちらでも様子を見ておくことにする。まさかないとは思うが、暴力沙汰などになっていても困るからな〉
それは、バスク・オムのことか、それとも?
「……宜しくお願い致します」
仮に“ガルマ”本人の素行の話だったとしても、ゴップ相手に無茶はするまい――そうあってほしい、と思う。
そう云うと、またにやり笑いが返ってきた。
〈云ったろう、“巧く使わせてもらう”と。あの若いものに、澱んだ水槽を掻き回させるとするさ〉
そして、驚いて跳びはねたものを、体よく放逐するわけか。
「……お手やわらかに願います」
様々な意味で。
念押しの言葉に、ゴップはにやりと笑っただけだった。
さて、そうこうしているうちに、“ガルマ”から手紙が届いた。
まぁ、検閲――どころではない――されているのは間違いないので、迂闊なことは書いていないだろうし、あてになることもないだろう、と思っていたのだが。
「……『お元気でいらっしゃいますか、ご無理はしていませんか、きっとお父様のことだから、まず国民を守っていらっしゃるのだと思います。ちゃんと食事をして、睡眠を取ってくださいね』……」
“父”が、“ガルマ”の手紙を読み上げる。震える声、今にも落涙せんばかり、その姿を、TVカメラが捉えている。そのクルーたちも、盛大に目を潤ませている。
――何の茶番だ。
壁際に立って、その様を見つめるが、どうにも釈然としない。
何がどうなって、このお涙頂戴の収録と相なっているのか。そして何故、自分がこの場にいなければならないのか。
そもそもの発案者は、当然サスロだ――“ガルマ”から手紙が届いたと見るや、テレビ局に連絡を入れ、そのカメラの前で手紙を開封させると云う徹底ぶりだった。
もちろん、連邦軍の検閲を通っているからには、過激なことは書かれてはいないだろうし、抗議運動がかろうじて収束しただけのこの時期に送ってきたからには、それを慰撫するような内容であろうとは思っていた。
サスロもそうと察して、“父”に茶番劇の片棒を担がせようと考えたのだろうが、
――何故、巻きこむのだ。
“ギレン・ザビ”が、“弟”を疎む風であるとは、ムンゾ国内でもまことしやかに囁かれていることだ。その自分を、どうしてこの場面に引きずりこむ必要があったのか――“弟”を溺愛するキシリアであればまともかくとして。
それともこれは、その“冷徹な長兄”のイメージを払拭しようと云う、サスロなりの気遣いだとでも云うのだろうか。
それなら余計なお世話だ、と思う。
冷徹、とは、どの“昔”でも云われたことである。何なら妻であった女にも、“冷たい”と詰られたことは多々あった。
冷徹でない為政者などあるものか――その結果、娘のひとりがひどいファザコンになったようなのは措くとしても。
とりあえず、カメラがこちらを撮すことがないように、ことさらクルーの背後に寄せて立つ。
「……『僕が地球に降りたのは、彼らに連邦の銃口を向けさせないためにです。……誰にも傷ついてほしくない。――今、ムンゾはとても大変な局面にあります。誰しもが自由を願い、生まれ持ったその権利を侵害する力を憎むことは当然で、それ自体を黙ることは、確かに間違いなのだと思います。けれど、そのことで、いま連邦の介入を招いたら、真っ先に傷つくのは彼ら市民です。撃たれるのは誰かの親で、子供で、友人で、恋人なのです』……」
なるほど、“感動的な”文言だと思う。
思うが、それを“父”が、顔を涙に濡らして読み上げる様を見ると、胸の底が冷えるのを感じざるを得ない。
――愛情の差、か。
ガルマを割合可愛がっていたらしいギレン・ザビは、このような光景を見て、何も思いはしなかったのだろうか。
もちろん、こちらは実の親でも子でもない、そこまで冷たい気分になる必要などないのだが、それにしても、末子ひとりだけ――しかも、ここは『the ORIGIN』枠だから二十歳以上の年齢差があるが、1stなら十数歳差である――溺愛される様を見て、父親に対してわだかまりなくあれるとは思い難い。
結局、デギン・ソド・ザビがソーラ・レイによって殺害されたのは、他の子どもたちの心中を、まったく察しようとしなかったが故なのだろう。性根のやさしいドズルはともかくとして、父親の“仇”を取ったキシリアにしても、そこに親子の情がどれほど介在したかと云えば、甚だ怪しいとしか云いようがないのだし。
「……『もう少しだけ、心を落ち着かせて考えてみてほしい。あなたの隣にいる大切なひとが、傷つくかもしれないということを。――それでも武器を取って戦うと言うなら、できるだけ大切な人が傷つくことのないプランを考えて、そっと僕の兄達に知らせてください。僕を取り戻したい兄や姉は、喜んであなたがたのお話を聞くでしょう。法に則って戦うのなら、僕の恩師、ドライバイム教授を訪ねてください。戦いを望まないひとは、どうすれば地球もコロニーも、共に栄えていけるかを、皆で考えて話し合ってください。そしてそれを、僕の父に教えて欲しい。――どんな思いでも考えでもいい。どうか、たくさん――たくさん話し合って、考えて、そして答えを出してください』……」
“父”の声が震えるのに、レポーターの女性も落涙する。うっすら黒い水滴が、睫毛から落ち、頬に後を残す。化粧が剥げているのか。
他のクルーも、落涙し、あるいはかすかに嗚咽をこぼしている。
なるほど、よくできた茶番劇だ。
その中心には、“ガルマ”の手紙と、それを涙ながらに読み上げる“父”の姿。
「……『これが、僕がザビ家に生まれた意味なら、あなた方を守ることと引き換えなら、価値があると誇れる。――あなたを、愛しています。どうかあなたが、あなた方が幸せでありますように。全ての祝福が、あなたの上にあればいい』……」
よく練られた“手紙”だ。プロパガンダとしては最高の出来だと云っても良い。
だがそれ故に、何とも云い難い不快感のようなものはあった。
“ガルマ”に、他に対する愛情がないとは云わないが、それをこうも全面に出してこられると、聊かならず“演技”であるとの思いが強くならざるを得ない。
自身の“身内”だけに向ける“愛情”を、さも美しいものであるかのように塗り固め、さらには“美談”に仕立て上げる――上策だ、とてもよくできた戦略だと思う。
だが、いかに美しく仕立て上げてみようとも、それに感動することなどできはしなかった。
それは恐らく、こちらが人を信じてはいないからだろう――性善説を信じるのと矛盾するようだが、しかし、善良であることがすなわち信ずるに足る保証とはならぬのだ。
人間は裏切る。例え、当人がそう意図しなくとも、それどころか相手のことを想っていてすら、裏切らぬ保証とはなり得ぬのだ。
“ガルマ”の手紙に涙し、隣りにあるものへの愛を確かめたとて、それがそのものの行動を保証するわけではない、人間の価値観は、それぞれであまりに違う。相手のためを思ったが故の選択が、却って相手を苦しめることも、あまりにしばしば起こりうるのだ。そう、親が、子のためと云いながら、結果的に子どもから何もかもを奪うことがあるように。
それに、この“手紙”にもやもやするのは、これを書いたのが“ガルマ”だからでもあるだろう。愛よりも、溢れるほどの悪辣さを備える“ガルマ”の言葉に、どうしても偽りのにおいを感じずにはいられないから。
それで、世間を騙しおおせて、紅涙を絞らせるのだから、何と云ったものかわからない。
つまりは、
――“ガルマ”め!!
と暴れる気持ちなのだ。
まぁ、八つ当たりのようなものであるのは確かなのだが。
「……『最後に、お父様。この手紙に、僕のありったけの愛を詰め込んで送ります。どうか受け取ってくださいね。お元気で。――ガルマ・ザビ』」
読み終えて、“父”はゆっくりと顔を上げた。その頬は、涙に濡れて鈍く光っていた。
――茶番だな。
繰り返して思う。
もちろん、“父”は本心から、“ガルマ”を想って涙しているのだろうが――総体的に見れば、これは茶番以外の何ものでもない。実際問題、本心からの涙であろうとも、“父”が“ガルマ”の意図を正確に把握して、きっちり政治利用する気でいるのは、この上なく確かなことであるのだし。
と、サスロが近づいてきて、腕を取って脇へ引っ張っていった。
「ギレン、お前、顔!」
ひそひそとした声で云ってくる。
「顔がどうした」
「もう少し顔を作れ。お前、父上を睨みつけていたぞ」
「そうだったか」
「気をつけろ、ガルマの手紙を読む親父を睨みつけているとわかれば、またお前とガルマの不仲説が立つぞ」
「“ガルマ”と云うよりは、“父上”だな」
「あ?」
「デギン・ソド・ザビは、何故、ガルマ・ザビ以外を愛さなかったのかと思ってな」
それ以外の子どもたちにも当然幼少期はあり、ガルマほどではないにせよ、それなりに愛らしい時分もあったはずだ。それなのに。
「……お前」
サスロは、やや呆然とした風に、呟いた。
「それではお前、反抗期か何かの子どものようだぞ。四十も過ぎて……今さらそれか」
「いや、純然たる興味と云うか――何故なのだろうな?」
それがなければ、ジオン公国は一年戦争において、少なくとも連邦軍に無惨に敗北することはなかったのだろうに。
そう、ギレン、ドズル、キシリア、生きていればサスロも――これだけの人材が揃っており、かつMSについて連邦に一歩も二歩も先んじていながら、終に敗北を喫することになったのは、結局のところはザビ家そのものの問題だったのだろう。そう、シャア・アズナブル、すなわちキャスバル・レム・ダイクンの復讐の成就を措いたとしても。
「親父は、ガルマが生まれて初めて、“家族”を意識したようなところがあったからなぁ」
「それはわからぬでもない。が、私が気になるのは、その時に何故、他の子どもたちにもその意識を持たなかったのか、と云うことだ」
そこで家族の情に覚醒める、と云うラインも、ないことではなかったのだろうに。
まぁ、こと“家族の情”とやらに関して云えば、こちらも、デギン・ソド・ザビを批難することなどできはしないのだが。
「それは、あれだ、ジオン・ズム・ダイクンに夢中だったんだろう」
「ふむん?」
片目を眇めると、サスロは、微妙に顔を顰めた。
「お前だってそうだっただろう。ジオンの唱えるニュータイプ理論、スペースノイドが人類の新たなステージに進むべき優良種である、ってのに、心酔してたじゃないか」
「無論、ニュータイプ理論は素晴らしいものだ」
この先の人類の、新たな姿を描き出したと云う意味において。
だが、それとガルマ・ザビひとりを溺愛することとの間に、何らかの関連性があり得ると云うのか? 平等に愛するか、あるいは平等に無関心であるならともかくとして。
サスロは、微苦笑とともに溜息をついた。
「親父とお前は、ある意味ではよく似てる。ジオン・ズム・ダイクンの理想に取り憑かれてるって意味でな。お前だって、親父のことをどうこう云えんだろう、家庭を蔑ろにした挙句、妻に逃げられたわけだからな」
そう云って、にやりと笑う。
「……こいつめ」
思わず小突いてやると、サスロは笑って、かるく肩をすくめた。
向こうではカメラの前で、綺麗な女性レポーターが涙を拭いながらも“父”にコメントを求めている。
“父”は重々しい口調で、カメラに向かって訴えている。
「ムンゾ国民よ、どうか、わが息子、ガルマの願いを聞き届けてほしい――己の身を、ムンゾの平穏のために投げ出した子の願いを、この老いぼれた父に免じて叶えてやってくれぬか」
――茶番だな。
とは云え、必要な茶番でもある。
――さて、これでどれほど時が稼げるか。
半年、と“ガルマ”は云ったが、果たしてそれほどの猶予があるものか。
ともかくも、すべてを急がねばならぬ――ムンゾがムンゾとして生き残るために。
ガルシア・ロメオからは、まぁまぁの頻度で報告が上がってきている。
それと、その麾下に忍びこませた“鳩”たちの報告とを総合すると、やはり連邦は、サイド7に秘密基地を築き、そこで多くの戦艦を建造しているようだった。
まぁ、予測されたことではある。
問題は、その指揮を取っているのが誰なのかと云うことだ。
まぁ、そこにゴップも一枚噛んでいるのは間違いない――“ジャブローのモグラ”は大狸である。こちらに手を差し伸べながら、裏ではあれこれ画策するなど朝飯前だろう。何となれば、こちらも似たようなことはやっているのだし。
しかし、
「――少しばかり邪魔してやりたいな」
と思うのは、当然の人情ではないか。
「邪魔、ですか」
報告にきたタチが、眉を寄せる。
「そうだ。あちらの物資を強奪したりな。大々的にやれば、こちらの関与が疑われるが、こう、小さくやれば、どうだろうか」
「それは、海賊をやるとおっしゃる?」
「面白くないか?」
と云えば、
「ガルマ様みたいなことをおっしゃらないで下さいよ……」
戦慄したような顔で、そう返される。
「そうか? そこまでではないだろう。単に面白いと思うだけで」
それに、何とも云い難い表情が返ってきた。
「面白いか面白くないかで云えば、面白いでしょうけれどね――問題は、それを誰がやるかってことでしょう」
「確かにな」
正規の軍人で、海賊稼業に身を窶しても良いと云う人間などはあるまい。連邦側から自警団扱いを受けようとも、ムンゾ国軍は“国軍”なのである。
だが、
「大航海時代後期のイギリスは、“女王陛下の海賊”を使って、無敵艦隊を誇ったスペインを追い落としたと記憶しているが」
「それは、そう云う連中を正規軍に編入した、ってことじゃないんですかね」
「……まぁ、そうかも知れん」
だが、今求めるのは、正規軍の規律と目的意識を持った“海賊”である。
確かに宇宙世紀にも海賊はいるが、まぁ鉄オル世界と似たりよったりで、とてもムンゾ国軍に編入できるようなものではない。ブルワーズにしても“夜明けの地平線団”にしても、ラテン系ならともかく、ゲルマン系っぽいムンゾとは、限りなく合わないだろうとは知れたことだった。
「誰か、正規軍の中で、海賊をやれそうな輩はないかな」
ガルシア・ロメオにでもやらせれば良かったかな、と呟くと、
「あの方は、何だかんだで正規の軍人ですよ」
と返された。何がだ、経歴がと云うことか。
「コソ泥みたいな真似は、プライドが許さないだろうと申し上げているんです」
「ほぅ?」
むちゃくちゃな指揮ぶりや、艦内にバーを作り女を連れこむやりたい放題ぶりで有名な男が、“正規の軍人のプライド”とは。
「……私の知らぬ間に、ムンゾはラテン系になったのかな」
「何のお話ですか」
が、タチには通じない話だったようだ。
「……いや。それで、海賊をやってくれそうな士官に、心当たりはあるか」
「即答は致しかねますが、何とか探してみます」
と答えてから数日。
タチは、数名からなるリストを持ってやってきた。
「閣下のご希望に添えるような人材となりますと、ぎりぎりこの面子かと」
と云って提示された名簿の中に、知った名があった。
「ドレン少尉、か……」
「あぁ、その男ですか」
タチは、軽い口調で云った。
「兵卒からの叩き上げの男のようですね。一応、輸送船の副船長までは務めたようですが、あくまでも輸送船ですので、荒事の経験はないかと思われます。まぁ、海千山千だろうなと思わせるものはございます。曲者ですね。海賊をやりたがるかどうかはわかりませんが」
「ドレン少尉にしよう」
ドレンと云えば、“シャア・アズナブル”の副官として、ムサイ級戦艦ファルメルの指揮を取った男であり、“シャア”失脚後はキャメル艦隊の指揮官をも務めたはずだ。1st、『the ORIGIN』ともに“シャア”に好意的であり、最期はWBを追い詰めるために“シャア”に助力し、アムロによって宇宙の塵となったはずである。
どちらの作中でも、叩き上げの士官らしい、やや癖のある態度が記憶に残っているが、それに対しては、割合好意的な気分で見たように思う。タチとはまた違うが、部下としては好みのタイプだ。
「他にもおりますが、ドレン少尉で宜しいんですね?」
タチの念押しに簡単に頷く。
「叩き上げなら、経験も豊富だろう。海賊をやれなどと云う命令に、どう答えるかはわからんが――不測の事態に備えられんものを、この任務に送り出すことはできん。となると、中ではドレン少尉が適任だろう?」
他の面子は、いかにも若い。血気盛んなのは良いが、本当に戦争に突入しかねないのは困る。
「まぁ、そうですがね――では、その線で進めると云うことで」
「あぁ、任せる」
と頷いてから一週間、タチがドレンを伴って、軍の方の執務室にやってきた。
「閣下、ドレン少尉です」
と押し出されてきた男は、記憶にあるとおりの顔と体格で、おたおたと敬礼した。
まぁ、流石に軍総帥に呼び出されるのはともかくとして、直接命令を受けるとは思ってもみなかったのだろう。ドズルや“シャア”相手に、そこまであたふたしていたようには思えなかったが――“ギレン・ザビ”ではそうもいかないか。
「ドレンであります!」
と云う声も、やや裏返っているようだ。
「ドレン少尉、貴官を呼び出したのには、わけがある。内密の命令を与えたいのだ」
「は、はいぃ!」
「そう硬くなるな」
苦笑がこぼれる。
「命令と云うのは他でもない。貴官に、艦船を一隻与える。それを指揮して、サイド7にある、連邦軍の秘密基地へ向かう補給艦を襲撃してほしい」
「は?」
ドレンは、思わず、と云うような素の表情で問い返してきた。
「ちょっとお訊き致しますがね、閣下は今、私に海賊行為を働けとおっしゃったんですか?」
「そのとおり」
呑みこみが早くて結構なことだ。
「サイド7――ムンゾから云えば、丁度反対側にあるコロニーだな。未だ建設途中のそこに、どうやら連邦軍が秘密基地を作っているらしい。既に、偵察に出した部隊から報告が上がってきている」
正確に云えば、“偵察に出したガルシア・ロメオにつけた“伝書鳩”から報告が上がってきた”だが。
「連邦軍は、サイド7で多数の軍艦を建造しているようだ。――もちろん、ムンゾが表立って襲撃すれば、連邦と即開戦となる。それは拙い、が、このまま好きにさせておいては、この先のことにも差し障りが出る」
「それで、民間の艦船を装って、そこに物資を運ぶ艦船を襲撃せよと」
「そうだ」
「ってことは、正規の軍艦じゃないってことですかね」
「ムンゾの仕業と知れては困るからな」
特務と云うことになる、と云うと、ドレンは額を押さえて天を仰いだ。
「ッかーっ! ムンゾ軍人に、海賊のマネごとをせよとおっしゃるわけですか!」
先刻のおたつきはどこへ消えた、と云う態度だった。
「まぁそうだな。やり過ぎてもいかんが、適度に連邦軍を撹乱してほしいのだ。軍艦建造が、あまり着々と進んでもらっては困るのでな」
「……その軍艦ってのは、ムンゾに向けられる可能性があると?」
「他に、今連邦軍とやり合える軍事力を持つサイドがあるかね?」
「……まぁ、確かに」
「そのような任務をやってのけられそうなのが、貴官以外に見当たらんのでな。通常は、少尉に艦一隻を任せることはないのだが――任務の性質上、貴官を指揮官に据えるのが相応しいと判断した。何か質問は?」
「……質問、って云いますかね――」
太い指が頬を掻く。
「まず、船ですよ。まさか戦艦は無理だとわかっちゃいますがね、そこそこのものをご用意戴けるんでしょうなぁ?」
「違法改造艦になるが、エンジンと火力は最大限に積ませよう」
襲ったくせに拿捕されたでは、笑い話にしかならぬので。
「それから、クルーも、無論肝の据わったのを揃えて戴けますな?」
「いかにも新兵では、海賊になどなれまいからな」
「連邦ばかりでは疑われましょうから、他の船を襲うのも已むなし、ですな?」
「もちろんだ」
「で、そのすべてを“特務”故に不問にして戴ける、と」
「そうだな、そうでなくば“特務”とは云うまい」
「う〜ん……」
ドレンは腕を組み、暫、考えこむ風だった。
が、やにわかっと目を見開くと、
「やりましょう!」
と叫んだ。
「不肖ドレン、閣下にそこまでおっしゃって戴けるなら、本望でございます。その任務、受けさせて戴きます!」
「うむ。期待しているぞ」
まぁ、ここまで話を聞いて拒絶された場合は――機密保持の観点からも、総帥室付だか何だか、つまりは左遷と云うか、監視をつけて手許に置くことになったのだろうから、生命拾いしたわけだ。
そうそう、もうひとつ云っておかねばならないことがあったのだった。
「そう、わが弟“ガルマ”が地球に行っているのは、もちろん知っているだろうが」
「はい」
少し傷ましそうな顔をするのは、気遣いなのか本心からか。
「その“ガルマ”がいずれ戻ってくる時に、貴官に迎えを頼みたい。地球周辺の航路について、細かく調べておいてほしいのだ」
「はぇ?」
上官――しかも軍の最高指揮官に対して発する声ではない。
が、まぁ、この男はそんなものなのだろうなと思う。叩き上げの士官と云う連中は往々にして、エリート街道を突き進んだような“上官”を、本当の意味で信じたり仰ぎ見たりはしないものだ。
だが、それもまた良し。
「連邦が、簡単に無罪放免にするとは思われんのでな。いずれ、何らかの非合法な手段で宇宙に上がってくるに違いないのだ。それを巧く拾うルートを、今から調べておいてもらいたい」
「ははぁ……ガルマ様ってのは、お聞きしているより大概なお方のようで」
と云ったのは、ややこちらに対する揶揄もあったのかも知れないが――それに深く頷いたのは、タチ・オハラだった。
「本当ですよ。ガルマ様は、筆舌に尽くしがたいくらい悪辣な方です」
断言している。過去のあれこれで、よほども懲りているらしい――まぁ、そうだろうとは思うけれど。
「ザビ家の方々は…閣下以外は何故だか騙されておられるようですがね、あの方は、ザビ家の悪辣さを集めて煮詰めたような酷い方ですよ。ドレン少尉も、くれぐれもお気をつけあれ」
「お、おぅ……」
タチの言葉に、ドレンは引き気味に頷いた。
まぁ、総帥直下の“伝書鳩”の長に、これほどまでに貶されるとは、どんな人間なのかと思っているのか、それともこれだけ貶される“ガルマ”の人間性に納得しているのか。
とまれ、これで少しばかり、ゴップの鼻をあかしてやれるだろう。
「船の名前は“レッド・フォース号”にしよう」
元々のあれで有名だった海賊漫画の、“赤い彗星”と中の人が同じ人物が乗っていた船の名に。
歴史上の私掠船絡みの名にしようかとも思ったのだが、それだと勘のいい人間に、ムンゾ関係だとわかられてしまう可能性もある。
その点、このネーミングなら、わかるものがあっても“ガルマ”くらいのものだし、後に“シャア・アズナブル”の麾下となった男――そして『the ORIGIN』ではその乗艦の艦長をも務めた――の船には相応しいだろう。
「突貫で船は用意させる。クルーに関しては、特に希望があれば申し出でよ。可能な限り集めよう」
もちろん、軍以外からも人を集めることにはなるだろうが。
「えぇ……はい、それじゃあそちらは早々に」
と云うからには、目星はつくらしい。
「うむ、任せる。――期待しているぞ、“ドレン艦長”」
そう云うと、ドレンは改めて背筋を伸ばし、踵を揃えて敬礼した。