一月の後。
ドレンを艦長とするレッド・フォース号は、任務のためにムンゾを後にした。
クルーには、ムンゾ国軍の叩き上げばかりを集めた。まぁ精鋭部隊と称しても良い一団になっただろう。面子が面子――新兵なし――なので、平均年齢が高くなったが、まぁそこは仕方ない。若手に関しては、途中で適宜雇い入れることにするようだ。
任務とは云え、軍人と知れては拙いので、当然のことながら衣服はかれらの普段のものだ。
〈どうです閣下。海賊らしくありませんかね?〉
にやにやしながら、ドレンが云う。
どちらかと云えば、海賊と云うよりも土木作業員か町工場の親父のようだな、とは思ったが、まぁ、云わぬが花というものだろう。
「うむ、私掠船の船長らしいな」
頷いてやれば、ドレンは、無精髭をたくわえた顎を、少し得意気に撫でさすった。
〈まぁ、軍人にゃ見えんでしょうよ。――とりあえずは、地球航路を回った後で、サイド7に向かう連中のルートを割り出して、仕事にかかりたいと思います。――あんまりサイド7に近づき過ぎても拙いでしょうからね〉
「まぁ、あくまでも新しいカモを見つけた、と云う体にしたいからな」
〈承知しておりますとも。まぁ、お任せ下さい〉
にやりと笑い、自身のまわりをぐるりと見る。
〈野郎ども、ギレン総帥に敬礼!〉
と、カメラが切り替わり、レッド・フォース号のブリッジ全体が映し出された。
居並ぶ男たちは、軍服ではなく、てんでバラバラな恰好ではあったが、一様に背筋を伸ばし、いかにも軍人らしい姿勢で敬礼してくる。
それに軽く返礼し、
「うむ。諸君の健闘を期待する」
〈はっ!!〉
そうして、レッド・フォース号は旅立っていった。
タチが、微妙な表情でこちらを見た。
「何だ」
「いえ……ガルマ様とご兄弟なのだな、と」
「あれほど悪辣ではないつもりでいたのだが」
「云わせて戴ければ、五十歩百歩と云うヤツでしょう」
段々云うようになってきた。
「……まぁ、昔の渾名が“キツネ”だったからな」
しかも、九尾の方だ――古代中国ならば、“九尾狐”は瑞獣だったらしいのだが。
「なるほど、納得致しました」
「するのか」
「ガルマ様とは違う類の悪辣さと云うことですな」
「……あれと一緒にされるのは不本意だな」
「天才と呼ばれる方は違うのだな、と思ったまでです」
それでそのもの云いは、まったく褒めていないのではないか。
――まぁいい。
“伝書鳩”を好きに使っている自覚は一応あるので、そのあたりは云われても仕方ない。
それよりも、
「連邦は、その後特に動きはないか」
「少し。――バスク・オム少佐が、どうやら更迭されそうです」
「何」
アースノイド至上主義の厭な男ではあったが、曲がりなりにもエリート集団ティターンズを構成した男である。まだ開戦すらしていないこの時に、何があるとも思われないのだが。
と云うと、タチは肩をすくめた。
「恐らくはガルマ様です」
「“ガルマ”が?」
「順調に、連邦軍内部に罅を入れているようですね。今現在は、ジーン・コリニー中将の他に、グリーン・ワイアット中将を籠絡中とのこと」
「……連邦軍内部に伝手を持ったのか」
「いえ、地球に本社のあるゴシップ紙に協力者が」
「なるほど」
ゴシップは強い。連邦政府や軍内部の事情も、ゴシップとしてなら流布されることがある。元々の方のタブロイド紙や週刊誌のようなものだ。“ガルマ”を取り巻く状況にそれらしく見出しをつけるとなれば、“ムンゾの貴公子をめぐる確執! ガルマ・ザビの「愛される理由」”にでもなるか。
元々の方の歴史でも、ゴシップがジャーナリズムに繋がったところはあったはずだ。明治維新直後のジャーナリスト、成島柳北は、『朝野新聞』を創刊したが、かれは所謂論説のみならず、ゴシップをもこよなく愛した人物だった。
下っては“文春砲”とやら、週刊誌が政局を揺るがすゴシップを掲載し、時の権力を転覆させもした。
つまり、ゴシップとジャーナリズムは背中合わせ、裏表の存在なのだ。それは、様々な情報を集めるには都合が良かろう。単なる芸能人のゴシップが、政局に関わってくることもままあるのだし。
「面白いものだな。ムンゾ内のゴシップも、いろいろ集まっていそうだ」
「まぁ、そうですね」
「何か、気になるものはあったか」
「そうですね――閣下の記事もございましたな」
「ほう」
「“もはや一大ネットワーク!? ギレン・ザビの「ホモソサエティ」”――だそうです」
「何だそれは」
“ホモソーシャル”ではなく“ホモソサエティ”とは――男性同性愛の共同体、のようなニュアンスを感じずにはいられないのだが。
確かに、女は面倒だとは思っているが、それは頭の悪い男についても同様であるし、元腐女子(?)なのでホモフォビアもない。
まぁしかし、それが自分に向けられるとなると、話は別だ。友愛程度でも好意があればともかくとして、好きでもない相手にべたべた触られるのは、それが男であれ女であれ、気持ちの良いものではない。幸い、“ギレン・ザビ”としては、そう云う目にあったことはないが。
「閣下が、マツナガ議員やダルシア・ババロを侍らせておられるので、そう云う話になったんでしょう。まぁ、私やデラーズ殿も入れられている可能性はありますが」
「どうしてそうなった……」
「結婚なさらないからです」
何度も云われた言葉だが、タチの口から聞くと、また別の力がある。
「他のご兄弟は、多少なりとも浮いた噂がおありだったり、婚約なさっていたり致しますからね。その点、閣下はここ十年ほど、まったく何もございませんでしたので――そうなると、ゲイセクシュアルを疑われることになるわけです」
なるほど。わかった、が、わかりたくはなかった。
「別にゲイでも構わんが、事実無根のことを書かれるのはきついな……」
特に、マツナガ議員やダルシア・ババロは既婚者で子どももいるのだし、自業自得のこちらとはわけが違うはずだ。
が、タチの意見は違うようだった。
「お二方で、閣下の寵愛争いをしておられるのを目にしますと、あながち事実無根とも云い難いのではないかと」
「寵愛争い?」
そこまで争われてはいないだろう。第一、こちらはザビ家だ、まぁ、権力を求めて擦り寄ってきているというのなら、納得できるところもあるが。
しかし、タチは首を振った。
「それなら、サスロ殿でも宜しいはずでは?」
「サスロは――気性として、難しかろう」
悪い男ではないが、『the ORIGIN』に見られたとおりに直情なので、つき合う相手を選ぶところがある。マツナガ議員やダルシア・ババロのような、いかにもな政治家は、あの“弟”にとっては“はっきりしない優柔不断な人間”と云う認識にもなりかねない。
「……例えが微妙でした。ジオン・ズム・ダイクンに、デギン閣下とジンバ・ラルが貼りついていたようなもの、と申し上げれば宜しいですかね」
「……ジオンほどのカリスマはないと思うが」
「私は、ジオン・ズム・ダイクンを直接には存じ上げませんでしたので、あくまでも例えです」
しれっとした顔で、タチは云った。
「まぁつまり、閣下にはそれだけのカリスマがおありになり、またそれだけの価値があるとまわりから思われておいでだと云うことですよ」
「……まぁ、そう云うことにしても良いが」
どちらにしても、ゴシップ記事にしか過ぎず、今後のことには直接の関係はない。
「まぁ良いことでしょう、ムンゾは今、それなりに団結しております。しかるに連邦は、どうもがたがたしているようでございますからね」
「ほう?」
「コリニー中将とワイアット中将が、ガルマ様に興味を持たれるので、連邦軍内部のアースノイド至上主義者が、固まって不穏な動きをしているようなのです」
「中心にいるのは? バスク・オム少佐か?」
「そちらもそうですが――もっと上の方の名が。ジョン・コーウェン中将です」
「ほぅ」
ジョン・コーウェンとは、確かひどく女にもてる男で、誰だったかに“どうやったらそんなにもてるのか”と問われて、“生き残ればいい”などと返した人物であると、“ガルマ”から聞いたように記憶しているが。
アースノイド至上主義なところのあるジーン・コリニーとは相容れず、結果、デラーズ紛争の折に、奸計によって降格になった男、ではなかったか。
そう、つまり、ジョン・コーウェンと云う男は、ジーン・コリニーと対立する程度には、アースノイド至上主義者ではなかったはずなのだ。
それが、どうしてそんなことに?
「ガルマ様です」
疑問が顔に出ていたのだろう、タチが云った。
「ガルマ様を争って、コリニー中将とワイアット中将が鍔迫り合いをしているので、それを苦々しく思っているコーウェン中将まわりに、ガルマ様を排斥したいアースノイド至上主義者たちが集まっているらしいですね」
「なるほど、自分たちの領袖だと考えていた男が、スペースノイドに骨抜きにされているでは、他に旗頭を求めざるを得ないか」
「コーウェン中将が排斥したいのは、ガルマ様おひとりなんでしょうがね。まぁ、傍からは、そんなことなどわかるはずもありません」
「期待どおりやってくれているわけだな」
「ムンゾの中で同じことが起きたらと思うと、ぞっと致しますがね」
「まぁ、あれは何だかんだで人誑しだからな」
それ故に、“昔”には、“ガルマ”――当然のことながら、当時はそんな名前ではない――配下のものどもが、こちらに反旗を翻してきたこともあった。
“ガルマ”の存在は、あまりにもリスキーで、場合によっては諸刃の剣ともなる――敵を切り裂くが、返す刀で、味方であるはずのこちらをも切り裂きかねないと云う意味で。
「恐ろしい方だとは思っておりましたが、これは予想以上ですね」
「今回は、それが巧く働いていると云うことだ」
「それが、連邦軍内部だけで済んでくれることを、心から願いますよ……」
「確かにな」
とりあえず、“ガルマ”の云っていた半年の、その半分が過ぎようとしている。
半分でこの事態であれば、さて、三ヶ月後には、連邦軍は一体どうなっているだろうか。
「まぁ、楽しみなことだ」
含み笑いながらそう云うと、タチは厭そうに顔を歪め、
「こちらに余波がこないように願いますよ……」
と呟いた。
数日の後、ドズルから連絡が入った。
〈見せたいものがある。ダークコロニーへ来てくれないか〉
珍しいこともあるものだ。ドズルが、理由も何も云わずにこちらを呼び出すなど。
――さて、MS開発に、何かあったか。
進展ならば良し、もしも欠陥が発見されただの、重大事故がだのであったなら。
事故の類でなければ良いのだが、と思いながら、ダークコロニーへ向かう。
出迎えたドズルは、鹿爪らしい顔をしていたが、すぐに顔面に土砂崩れを起こした。
「聞いてくれ、兄貴! テム・レイ博士のMSの試作機が完成した!!」
「何」
RX-78ガンダムが、完成したのだと?
ドズルは大きく頷いた。
「おう! 今は既にテスト稼働中だ。かたちと云い素材と云い、ミノフスキー博士のものとは大分異なるが――ムンゾには天才科学者がふたりあるとすぐ知れる。これはやれる、やれるぞ兄貴!」
興奮した声。握った拳が震えている。
「見たい。どこだ」
「こっちだ」
憶えのあるモニタールームに案内される。
そこにはテム・レイ博士とミノフスキー博士、そして“黒い三連星”のガイア大尉が揃っていた。かれらはこちらに気がつくと、かるく頭を下げてきた。
それに手を上げ、正面モニターを見る。
その画面に映し出されていたのは、紫に塗られたMS-06ザクⅡと、見憶えのある白い機体――RX-78ガンダムの戦う姿だった。
ヒートホークとビームサーベルで戦う様は、まさしく宇宙世紀の戦いそのものだった。
「――パイロットは誰が?」
「マッシュ中尉だ。新型ザクの方にはオルテガ少尉が機乗している」
「なるほど」
『the ORIGIN』のランバ・ラルとオルテガの二人で、YMS-03ブグで行われた光景に近いものが、目の前で展開されていた。
だが、まだコード付だったあのシーンとは違い、ガンダムもザクⅡも、軽やかに武器を振りかざしている。それは、さながら剣舞を見るようでもあった。
ガンダムの白い機体が跳ね上がり、ビームサーベルを振り下ろす。それをすんでのところで躱したザクⅡが、着地した足許へ薙ぎ払うようにヒートホークを繰り出す。
跳ね、止まり、躱して打つ。まるで、熟達した武芸者のよう。
踊るようなこのボディが、二〇メートル近い鉄の塊であるとは感じられぬ。それほどになめらかな動きだった。
「……すばらしい」
この戦いも、それを可能にする駆動系の仕上がりも。
「そうだろうとも!」
ドズルは、我がことのように胸を張った。
「RX-78が実戦投入されることになれば、ムンゾの戦力はさらに上がる! 無論、数としては連邦に及ぶべくもないのはわかっているが――しかし、技術力では負けはせん!」
「まったくだな」
「兄貴もそう思ってくれるか!」
「あぁ、予想以上だ」
これによって、いずれはνガンダムとサザビーが共闘する様も見られるようになる、と云うことだ。
「……すばらしい」
繰り返して云うと、テム・レイ博士が身を乗り出してきた。
「閣下、ご満足戴けましたでしょうか」
「無論だ」
強く頷きを返す。
「これが、ミノフスキー博士のものとはまったく異なる駆動系で動いているかと思うと――いや、すばらしい。そして、ザクⅡも、ブグからの進化の目ざましさときては!」
それを、自分のテリトリーのうちで、目のあたりにすることができようとは!
「すばらしいな、テム・レイ博士、ミノフスキー博士」
「恐れ入ります」
「ありがとうございます!」
頭を垂れてくるのをかるく受け、もう一度モニターを見る。
ザクⅡとガンダムは、既に手合わせを止め、コロニーの“大地”の上に佇んでいる。
草色の機体と白い機体――それが、戦場でではなく並び立つ日がこようとは。
「――すばらしい」
語彙のない若造のようだが、他に言葉が出てこないのだから仕方ない。
「順調にいけば、半年後くらいには量産体制に入れそうだぞ、兄貴!」
ドズルは、興奮冷めやらぬように叫んだ。
「ザクやザクⅡはジオニック社に任せているからな、RX-78――テム・レイ博士曰くのガンダムは、ツィマッド社に任せようと思う。駆動系がまったく違うからな、生産ラインを分けた方がいいだろう?」
「あぁ、そうだな」
ガンダム。やはりその名がついたのだ。
「……しかしツィマッドは、確か以前、MSの空中分解事故を起こさなかったか」
それも、ザクと主力MSの座を争った模擬戦で。
ツィマッドのMSヅダは、能力値ではザクに勝りながら、その事故故に採用されることなく終わり、今は技術提供を受けながら、ザクの量産などに携わっていたはずだ。
が、ドズルは笑っただけだった。
「いつの話をしているんだ! ツィマッドもなかなかだぞ! MS-06をツィマッドでも製造しているが、品質はジオニック社に勝るとも劣らない――あの二社が、これからのムンゾの重工業を引っ張っていくんだ! アナハイムにばかりやらせはせん!!」
「そうか――そうだな」
原作では、一年戦争のジオン公国敗北の後、ジオニック社はアナハイムに売却――ほぼ国営企業のようなものだったのだそうだから、宜なるかな――され、一方のツィマッドも二分割された後、一方はやはりアナハイムに合併、もう一方は細々と、旧ジオン軍のMSの修理・調整等にあたっていたらしい。もしかすると、『逆シャア』のサザビーやナイチンゲールは、その二社の流れを組む技術者たちの手によって誕生したMSだったのかも知れない。
そう思えば、なかなか心躍るではないか。
「――すばらしいぞ、テム・レイ博士。そして、ミノフスキー博士のMS-06も。引き続き、お二方とも宜しくお願いする」
「はい!」
「鋭意努めます」
「ガイア大尉も、ご苦労だった――マッシュ中尉、オルテガ少尉も労ってくれ」
「ありがとうございます」
スタッフをも労うと、ドズルに別室へ誘われる。
「で? 兄貴は、ガルマとキャスバルを、どっちのMSに乗せる気なんだ」
なるほど、あの場では聞き辛かったか。まぁそうだろう。
「……“ガルマ”はMS-06だな。RX-78は――本当ならアムロを乗せたいが、流石に若過ぎる、まぁキャスバルだな」
「アムロって、アムロ・レイか! 兄貴は、アムロもMSパイロットにするつもりで手許に置いていたのか?」
「それだけではないが、それもある」
どちらかと云えば、アムロとシャア――キャスバルが共闘する、あるいは少なくとも戦わずに済む世界、を夢想していただけだった。
キャスバルがキャスバルとして、名も何も偽らず、母と頒たれることもなく、ザビ家とラル家の確執がなければ可能だったように、多少の不足はあれども幸福な幼少期を送ってくれればと思っていた。その結果、やや甘い若者に育ったのは、誤算と云って良いものか。
ともかくも、キャスバルはアムロと、敵としてではなく出逢い、ともに育ってきた。それ自体は良いことだったと思う。
誤算――本当の意味で――だったのは、それを手に入れる過程において、連邦とムンゾの対立が、原作よりも早くあらわれてしまったことか。
だが、いける、少なくとも原作のように、勢いで勝りながら、ザビ家の内紛によって無惨に敗れ去る、などと云う結末にはさせない。
「アムロ・レイには才能がある。時が許せば、MSに乗せたかったが――まぁ、出さずに済むならそれも良かろう。子どもを戦場に出すのは、褒められたことではないからな」
とは云え、戦力に劣る組織なら、少年兵を使うのに躊躇しないこともよくわかっていた。鉄オル世界のCGS参番組や鉄華団、海賊ブルワーズのスペースデブリたち――もちろん、元々の発展途上国のゲリラ部隊の少年兵たちまで。安価な金で使われる、学のない少年兵は、自爆テロなどにも使いやすく、補充のためには子どもを攫ってくるだけで良いのだ。使い捨てる側にとっては、楽なことこの上ない。
その上、“聖戦”だの“神の戦士”だのと吹きこんでやれば、簡単に洗脳された少年兵たちは、嬉々として戦場へ赴くだろう。
原作のWBクルーにも、実は近いものを感じぬでもない――戦場の大局は、実はかれらとは関わりのないところで動いていたにも拘らず、特にレビルなどは、WBの少年たちを持ち上げて、さもかれらが重大な戦局を担ったかのように扱った。だが――ア・バオア・クーにおけるセイラ・マス、すなわちアルテイシア・ソム・ダイクンの存在が鍵となった『the ORIGIN』は措いて――、結局かれらは、遂に一年戦争の中心とはなり得なかったのだ。
原作において、かれらが戦いの中心であるように思えたのは、物語における切り取り方の問題であって、また世界内的な意味においては、勝利を収めた連邦側による一大プロパガンダの成果でもあっただろう。
少年兵は使うべきではない。が、戦意高揚のために、若い兵士による“美談”が有効であるのは否定し難い事実だった。
それに、何ごとも、なりふり構わぬ方が強いのだ。つまり原作軸においては、組織立って運営されたジオン軍よりも、民間人上がりの少年兵を動員した連邦軍が強かったと云うことになる。
そのことを、今後の戦場においては、よくよく考えねばならぬ――戦闘のプロフェッショナルでないものと、どう対峙していくかと云うことも含め。
――それこそ、そこがニュータイプの使いどころなのかも知れん。
素人がまぐれ当たり的に、プロフェッショナルな武術家に一撃入れることがあるように、訓練された軍人ではないからこその視点が、戦局を動かすことがあるのかも。
だが、まぁそれは主に“ガルマ”についても云えることであるし、そうであるならば、わざわざ子どもたちを危険に晒すことでもあるまい。
そう考えていると。ドズルがぽつりと云った。
「あぁ、アムロと云えば、ガルマはどうしているかなぁ……」
あの手紙以来、何の知らせもないが、と呟く。
「こちらの手紙にも、ナシのつぶてだし――寂しい思いをしているのじゃないか」
「忙しくしていると思うぞ」
主に、連邦軍内部に亀裂を入れるのに。
「兄貴は本当に、ガルマに厳しいな!」
と云うが、せっかく手綱を緩めたのだ、それに見合う“仕事”をしていると期待するのは、仕方ないことだろう。
むしろ、
「……どうして、連邦を通してまともに手紙がやり取りできると思ったのだ」
もしも連邦側が、当初はまともに手紙のやり取りをさせる――もちろん検閲つきで――つもりだったとしても、先日の“茶番”を見た後では躊躇するに違いないのだ。
たかが手紙一通で、“ガルマ”はムンゾ国内の不穏な動きを封殺してみせた。それがザビ家の差配によるものだとしても、連邦としては、その力を恐れずにはいられないはずだ。つまりは、手紙など出させぬにしくはない。映像や音声もプロパガンダに使われる可能性がある以上、直接間接一切の接触を禁止することになるだろう。
“父”や他の“弟妹”は、それに気づいているからこそ、便りのないことに何も云いはしないのだ。
「……お前は、良い男だが、そう云うところは鈍いな」
「仕方ないだろう、俺は、兄貴たちほど頭が良いわけではないんだ」
「戦略には頭が回るくせにな。――まぁ、それがお前の良いところではあるのだろうが」
謀略に傾くザビ家の良心が、このドズルなのだろうと思う。
この愚直さが、かれの命取りになったところもあるのだろうが、しかし、ザビ家――ミネバ・ラオ・ザビ――が“生き残った”のも、またその愚直さ故でもあったのだろう。
いずれにしても、この時間軸では、ミネバだけが“ザビ家”であると云う事態は、回避せねばならぬ。
とりあえずは、
「――お前は、謀略などに頭を使う必要はない。お前にできることをやってくれ」
戦い、また子孫を残すと云うことを。
ドズルは、一瞬当惑った様子を見せたが、ふと思い当たったように表情を引き締め、
「お、おぅ」
と頷いてきた。
ブレックス・フォーラから連絡があった。
原作で後にエゥーゴの指導者となる男は、最近よく連絡を入れてくる。
〈――ガルマ殿にお会いしましたよ〉
ゴップ将軍のお計らいで、と云う。
「ほぅ、それは――あれは元気にしていましたかな」
まぁ、元気なのは間違いなかろう。タチからの報告では、ジーン・コリニー、グリーン・ワイアット、ジョン・コーウェンまで巻きこんでの、“愛憎劇”に発展していると、もっぱらの評判だそうだから。
〈えぇ。パーティーで、ミライ・ヤシマ嬢とダンスをしておられた〉
「それはそれは……許嫁には聞かせられぬお話ですな」
“ガルマ”の帰りを、首を長くして待っている、アルテイシア・ソム・ダイクンには。
が、ブレックス・フォーラは笑って手を振った。
〈いや。ガルマ殿は、どうも踊りながらミライ嬢に、婚約者どのの惚気話をされていたようですよ〉
「ほぅ、それは、知らせてやればアルテイシアも喜ぶでしょうな」
自分を婚約者として扱ってくれていると知ったなら。
何しろ、婚約してから随分になると云うのに、“ガルマ”はまだ、その事実を把握していないようなのだ。
パーティーで婚約者のことを惚気けた、と云っても、どうせそうするようにキャスバルに云い含められたか、あるいは地球のご婦人方とあまり親しくなるのは――戦略的に――宜しくない、と判断したかでそうしたに決まっている。
“ガルマ”の女性がらみの倫理観に関しては、微塵も信用していない、と云うのが正直なところなのだ。
が、ブレックス・フォーラに、“ガルマ”のそのような本性などわかるはずもない。
〈是非、そうして差し上げると良い。婚約者と引き離されて、やきもきしておられるでしょうからな〉
「そちらでもご婦人方を誑しておりますか」
〈甘い貴公子に、誑かされたかったご婦人方は多くありましたな〉
なるほど、それでアルテイシアの名が出てきたのか。
流石に、異郷に身を置く貴公子――婚約者あり――に手を出すほどには、地球のご婦人方も堕ちてはいないようだ。
「ではまぁ、連邦の男性陣が、“ガルマ”を恨んで呪詛の言葉を吐く、と云うことにはならずに済んだようですな」
〈年若い、甘いマスクの貴公子に目がないご婦人も、自制心が働いたと云うことでしょう〉
むしろ、とブレックス・フォーラは声を落とした。
〈コリニー中将とワイアット中将の間が何と云うか――いや、それよりも、アースノイド至上主義者たちの動きが不穏です。ないとは思いたいが、ザビ家の方々も注意された方がいい〉
ガルマ殿をよこしたザビ家に対し、良からぬことを考える輩もあるようです、と云う。
思わず、笑いがこぼれる。
「“ガルマ”をと望まれたのは、コリニー中将殿でしたのにな。話がどこでねじ曲がっているやら」
だから、最初にわざわざバスク・オムに釘を刺したと云うのに。
〈逆恨みはどこにでもあると云うことです〉
「確かに」
まぁ、それだけ“ガルマ”が連邦軍内部をかき回していると云うことだから、そこは喜んでおくべきだろう。
「だが、ご心配なく。狙撃されてから、ザビ家まわりは警備が固くなりまして。われわれも一応は軍籍にあるのですが、幼い子どもにでもするような扱いを受けておりますよ」
やれそこは危ないだの、もう少しこちらへだの、よちよち歩きの赤ん坊のように。
もちろん、護衛対象を目の前で狙撃されたデラーズなどにしてみれば、二度と同じことを繰り返さないためのことなのだろうが、やられる方にしてみれば、やや鬱陶しいとしか思われない。変装して抜け出すと云うならまだしも、昨今は本当に、職場と自宅の往復しかしていないのだし。
〈まぁ、護衛のものたちの心配もわかりますな。ギレン殿は、少々無防備なところがおありだ〉
「どれほど気をつけたところで、何か起こる時は起こるのです。子どものような扱いは戴けない」
〈それだけ案じられていると云うことでしょう。人望がおありなのですよ〉
「どうだか」
もちろん、デラーズなどに好意――という云い方はおかしいか、とにかくプラスの感情――を抱かれているのは知っているが、それを人望と云うのには、語弊があるように思われる。
この時間軸のデラーズは、一年戦争に敗れたとしても、“デラーズ・フリート”などと云う組織を作るかは怪しいし、作ったとしても、あれほど過激な行動に出るかどうかも定かではないように思われる。
その差を人望の差とは思わないが、まぁカリスマの差ではあるのだろうとは思う。あるいは、人を動かすのに長けたアジテーターと、調停者との差であるとも。
わずかに沈黙が落ちた。
ややあって、ブレックス准将が口を開いた。
〈……そう云えば、ガルマ殿にお聞きしましたが、ギレン殿は“結構やんちゃでお茶目”だとか〉
「は」
何だそれは。“ガルマ”め、一体どう云う印象操作をするつもりなのだ。
〈ご家族の中だけの顔をお持ちなのかと思いましたが――その真偽はいかがです?〉
「……それは多分、“ガルマ”がいろいろとやらかすので、それを叱りつけているのをそのように云うのでしょう」
〈ゴップ将軍も、そのようなことを云われておりましたな。あの愛らしい少年が、どんなことをしてのけるとおっしゃる?〉
なるほど、ゴップも一応警告はしたわけだ。
「そうですな――そもそもゴップ将軍とはじめてお目にかかった時には、“ガルマ”も呼ばれたのですが、その時に、友人を伴って参りました」
もちろん、あれは合法的にガーディアンバンチに立ち入れる――つまりは合法的に下見ができる――からであるとはわかっている。が、それにしても、ごく目上の人間に呼ばれて、その場に呼ばれもしない友人を伴うのは、礼儀知らずにも程がある所業である。
案の定、
〈……それはそれは〉
ブレックス准将は、半ば呆れたようにそう云った。
〈何と云うか――大胆な若者ですな〉
「そこは後ろに“不敵”とつけたいところですな」
ただの“大胆”では済まないところが、“ガルマ”にはある。
〈いやいや、豪胆と云うか何と云うか……それで、中将たちにももの怖じするところがないわけですな〉
感心したような口調だが、そこは感心すべきではないところだろう。
とは云え、ブレックス准将こら聞く限りにおいても、“ガルマ”は、順調に周囲を誑かしているようだった。
「……まぁ、元気そうで何よりですよ」
〈両中将には、下にも置かぬ扱いをされているようですからな。まぁ、それを“誑かされている”と云う輩もあるようで……そちらが心配ではありますが〉
「何か、ございましたか、“不穏な気配”と云われるのは?」
恐らくは、ジョン・コーウェン中将まわりの件だろう。
あるいは、更迭されると云う噂のバスク・オムまわりが、クーデター的な事件でも画策しているのか。
〈噂話程度のことですが〉
ブレックス准将は頷いた。
〈ガルマ殿があまりに両中将に構われているので、アースノイド至上主義者のグループが、二人に脅迫状を出したとか〉
「……それは、確かに不穏だ」
それが軍内部のグループなのか、あるいは外部のそれなのかはわからないが。脅迫状を送りつけるのは、かなりのことだろう。脅迫状の送付は、それだけで威力業務妨害罪などが適用される事態のはずだ。
気配だけと云うよりも、それはもう事件が起こりかけていると云うのではないか。
これで、バスク・オムやその周辺が何やら起こすとなれば、間違いなく連邦軍は上を下への大騒ぎになるはずだ。
それにしても、
――善人なのだな。
ブレックス・フォーラ准将は。
ブレックス・フォーラは連邦軍の人間であるから、軍内部のあまりにも赤裸々な話をこちらにすることはできるまいが、“ガルマ”のまわりが不穏で、危険が迫っているかも知れないと、言外に知らせてくれようとしているのだ。
もちろん、『Z』でのあれこれを見れば、単に善人なだけでないことはわかるのだが――それにしても、友好的な感情を抱いた相手には、損得を抜きにして手を差し伸べようとするところは、“善人”と云っても許されるのではないか。
そうであれば、こちらも――無論、事情の許す限りではあるが――応えたい、と思うのは人情だろう。
――まぁ、渡せるネタなどないのだがな。
ブレックス准将の後ろには、ゴップ将軍がいる。それを思えば、出せる情報など微々たるものだ。
それにしても、
――ブレックス・フォーラと親しくなりつつあるのは、良いことなのか悪いことなのか。
もちろん、ゴップは、こちらがブレックス准将に絆される、までいかずとも、手心を加えることを期待して、この男を近づけてきたのだろう。
ブレックス・フォーラは好きだ。『Z』で暗殺されたのを残念に思う程度には、好ましく思っている。
が、それであっさり情に流れるほど、こちらもぬるい生き方はしてこなかった。
これはつまり、狸と狐の化かし合い、と云うものなのだ。
何となく“日本一の大天狗”と呼ばれた後白河法皇を思い出す、が、ある意味究極のいきあたりばったりだった後白河とは違い、ゴップには確実に、裏に含むものがある。
今のこの状態は、ブレックス・フォーラを間に挟んで綱引きをしているようなものだ。
だが、綱引きにも技があるように、ただ闇雲に引けば良いと云うわけではない。
引いたり緩めたり、そうして様子を見ながらじわじわと引いていき、最後にこちらに中心線がきていれば、最初から最後まで優勢である必要などありはしないのだ。
「……まぁ、こちらも気をつけてはおきましょう。准将殿も、あまり危険な方へはゆかれぬ方が宜しいかと」
〈もちろんです〉
くすりと笑われる。
〈ガルマ殿についても、気をつけるように致しましょう。今の状況は、表面張力で膨れ上がるほど水の満ちたコップのようなものだ――少しの刺激で、あふれることになるかも知れません。ムンゾからの預かりものに、傷をつけるようなことがあってはなりませんからな〉
「ありがとうございます」
“ガルマ”が地球へ赴いてから、もう四ヶ月が過ぎようとしている。
――あとふた月。
キャスバルと約束していた期限までは、ふた月しかない。
その間に、どれほど連邦軍の内部を食い荒らし、素知らぬ顔で脱出してくるのか。
――こちらも、そろそろ仕上げにかからねばならぬ。
MSの量産ばかりではなく、ムンゾを、“ジオン共和国”へと生まれ変わらせるために。
ブレックス・フォーラに微笑みかけながら、今後打つべき手のあれこれを、頭の中で算段した。