隣には、脇腹から血を流しているウッディ・マルデンが。
アースノイド至上主義者達から、おれを庇っての事だった。
傷の位置からして重要な臓器に損傷は無さそう――臓腑の臭いもしないしね――だけど、出血が多いし、弾丸も抜けてない。
応急処置はしてみたものの、そろそろ動くのは限界なんだろう。
ズルズルと崩折れていく体を、なんとか担ぎあげる。
――重てぇわ!
血腥いし。
「……逃げろ」
軋るような声だった。
「逃げますよ」
「……俺を置いて行けと言っている。護衛対象に助けられる護衛なんて…笑い話にもならないだろう」
マルデンの自嘲に、小さく鼻を鳴らした。
「心配しなくても、もうちょっとマシな場所に置き去るだけです」
共倒れする気はないんだ。
だけど、この場で見捨てたらマルデンは殺される。
だから、救援が来るまで隠れられるところに押し込んどかないと。ただ、それだけ。
出逢ってから初めて叩いた憎まれ口に、マルデンは目を見開き、少し笑った。
「案外、親しく…なれていたのか?」
君はいつでも他人行儀だったから、なんて、こんなときに何言っちゃってんの。
おれの中で“おれ”が舌打ちしてる。
役立たずの護衛なんか捨ててさっさと逃げれば良い――それをしないのは、結局、“おれ”もマルデンをそれなりに気に入ってたからだ。
もちろん、“天秤”には載せられない。そこはもう大事なものでいっぱいだから。
だけど。“おれ”が少しばかり骨を折ってやらん事もないって思う程度には、ウッディ・マルデンは“ガルマ”に心を砕いてくれてた。
“人質”だの“囲われ者”だの“棄民の末”だの――“悪童”だの“異郷の貴公子”だの、一度も色眼鏡で見られたことは無かった。この男は、護衛対象の“単なる少年”として、内面の心配までしてくれやがったんだ。
それがこの地の大人たちの中で、どれだけ稀有な事だったか。
一度は助けてやるよ。
次に会うときは知らんけどさ。
グリーン・ワイアットが襲撃されたとの一報を受けたのは、士官学校のラウンジで寛いでいた時だった。
一命は取り留めたものの、意識は戻らぬ有様だと言う。
言うまでもなく、アースノイド至上主義者たちの仕業だった。
マルデン率いる護衛達は騒然となった。
「ワイアット中将閣下が……?」
おれの顔は、ちゃんと青褪めているかね。
ショックを受けた風に震えて見せれば、隣にいたオリヴァーが「しっかりしろ」と力付けてきた。
「ヒデェ事しやがる!」
アイザックが憤っている。
気遣わしげな視線が一斉にこっちに向いて、少しだけ居心地が悪くなった。
そもそも、おれが煽りに煽った末に勃発した事態だし。
連邦の“チカラ”を削ぐことは、地球に降りた当初からの計画だった。
仲間割れからの同士討ち――バスク・オムの離叛だって想定内だ。
敵を潰すのに罪悪感なんて無いけど、気の良い彼らに本気で心配されると、なけなしの良心がチクチクするね。
その場には、おれの「親しくなりませんよ」アピールが全く通用しなかったフレッドと、彼に引き摺って来られたらしき面々が揃っていた――ブライトさんまで。
「コリニー中将閣下から、すぐにお戻りになるようにとご命令です」
護衛のひとりが硬い声で告げてくる。
「ここに残るほうが安全では?」
ブライトさんが控え目に提言した。
確かにね、校内に押し入ってくるのは大変だろう。だけどさ。
「万一、ここで何かが起こったら、皆が巻き込まれてしまいます」
首を横に振った
士官候補生の群れじゃ、対処できない事態になる可能性があるんだ。
「だけど、そしたらお前が!」
アイザックが荒ぶるのを、オリヴァーが肩を掴んで抑える。
「無事に済むのか?」
低い声が。
睨めつける目は真剣で、嘘は許さんと告げてくる。
不良ぶってんのに、実はブライトさん並みに真面目だよね、オリヴァー。
「……何とかなるでしょう」
「その程度かよ。なら、ここに残れ」
引き留める声は真摯過ぎて、隠せない苦笑が零れた。
「ありがとう。でも……決めるのは君じゃない。分かってるんでしょう? 帰還は“命令”です」
発したのは中将閣下だ。
士官候補生達が主張したところで、護衛達が従うべきは“上”だ。
ついでに言えば、防御に優れたここから離さなきゃならない理由があるのかも知れんし。
例えば、ジョン・コーウェンあたりが“ガルマ・ザビ”の拘束を求めた、とかね。
――うわ、あり得る。
奴は、荒れる連邦軍内部の全ての原因がおれだと思ってるから――そりゃちょっとはそうかもしれないけど、全部押し付けるのはお門違い――この混乱に乗じて、排除するつもりかもね。
地球に降りて5ヶ月目。
ここに至って、連邦軍上層部はバッキバキに割れていた。
“ガルマ・ザビ”を擁立して、比較的穏便にムンゾの実質的支配を構想してるジーン・コリニーやグリーン・ワイアットと、アースノイドによる永続的なスペースノイドの隷属を求めるバスク・オムが対立して、先頃、過激思想を持つの面々が更迭された。
不満を抱く過激派たちは、反発の度合いを深め、もはや凶行をも辞さない始末。
大小様々な事件の散発は、治安当局の頭を痛めていた。
さらに、あくまで武力をもってコロニー社会の反抗の芽を根こそぎにしたい一派や、それ以外の連中も、それぞれ根底のところで利害が一致しないから、あっちとぶつかりこっちとぶつかり。日々、連邦の勢力図は塗り変わっている。
身内で権力闘争に明け暮れてるんじゃ、当面はムンゾ攻略なんて出来っこないでしょ。
こんな中で日和ってるゴップは、本当に何考えてんのかね。
何にせよ、さっさと避難しないと――間に合うかどうかは、別として。
「さあ、早く」
マルデンに促されて席を立った。
「参ります」
答えてから、短い間ではあったけど、学校生活を共に過ごした一同に視線を向ける。
――元気でね。
敵地で過ごして、だけど、君たちといた時間だけは楽しかったよ。
できれば戦場では会いたくないから、これっきりでさよならになるコトを祈ってる。
微笑んで、敬礼。
声には出さず、心の中でバイバイしてから背を向けた。
「またな!」
なんて、なんだか祈るみたいなフレッドの声には、振り返らなかった。
すたこらと士官学校を出て、車で移動するけど、この先は森林地帯を通るルートだ。
演習場にもなっている広大なエリアは、待ち伏せにだってもってこいだろう。
アースノイド至上主義者達でも、コーウェンの手の者でも、おれに手心を加えるとは思えないから、きっと殺す気で来る。
ちらりと横目でマルデンを見た。
巻き込んでごめんね――出来れば生き延びて、マチルダさんとイチャイチャしてよ。
なんて。思ってる矢先に、後方から猛スピードで追いかけて来る不審な車が、
――ほら来た。
マルデンも気付いて、この車の速度も上げるよう指示するけど。
「車を停めろ!!」
隣に座ってた護衛のはずの男から、こめかみに銃口を突き付けられた。
ふふぅ。敵が紛れ込んでたか。
「貴様!!」
「ほら、停めろよ! ガルマ・ザビが死ぬぞ!?」
ニヤニヤしながら怒鳴らんでくれたまえ。
それでイニシアチブ取ったつもりなら甘過ぎるんだよ。
「『停まるな! 走れ!!』」
命じる。
懇願でも提案でもない。命令に、運転手はアクセルを踏み込んだ。
その瞬間に、狼狽えた慮外者の指を圧し折る――これでトリガーは引けないね。
「〜〜ッ!??」
苦鳴が喉から迸る前に、男の喉仏を一突きすれば、見開かれた眼がぐるりと白目を剥いた。
ん。仕留めた。
こっそり武器も回収する。
ここまでは数秒で済んだ。
「……嘘、だろ?」
アングリと口を開けた運転手がバックミラーに映ってる。
前見ろよ前。
「ガルマ・ザビ……?」
マルデンの唖然とした声が。
「森へ逃げます。この先、待ち伏せてるところに突っ込むのは御免ですから」
そのまま森林地帯に突っ込んでよ。
混乱に乗じて指揮権を奪い取る。車は進路を逸れて、公道から演習場方面へ。
幸い、今日は演習は無かったはず……だよね?
ドンづまりで車を乗り捨てて走る。
足場の悪い森林地帯を、障害物レースみたいに突き進むおれに、マルデンはピッタリと付いてきた。
「待て、ガルマ!」
待てと言われて待つ逃亡者なんか居るもんかい。
他の護衛たちが付いてこれてないから、合流するつもりなんだろうけど、おれはアンタ達も振り切る気満々なんだよ。
――ここらが潮どきだ。
きっと今頃は、ジーン・コリニーやジャミトフ・ハイマンだって襲撃を受けてるはず。
だいたい、ワイアット襲撃の報告と帰還命令を受けたのって、さっきおれに銃を突きつけた奴じゃないのさ。
帰還命令自体が罠の可能性大だ。
いまや、この地上の何処にも、おれが安全に過ごせる場所なんて無い。
――帰らなきゃ。
帰る――やっと帰れる。
溢れそうになる笑いを噛み殺す。ここでヘラヘラしてたら正気を疑われそうだし。
「ガルマ、あまり奥に踏み入ると戻れなくなるぞ!」
マルデンが警告してくる。
だろうね。だけど、戻り道ならわかってるんだ。ここ、演習で入ったことあるから。
追手に気付いた時、頭に浮かんだルートがこの森だった。
“おれ”のアドバンテージを一番に活かせる。
ゲリラ戦得意なんだよね。森林なんか一番と身体に馴染む。ナイフ一本持たせりゃ余裕で野生化するって、方々から言われてた。
「ガルマ、止まれ!」
「いいえ! 止まったら捕まります。僕は絶対に、彼らに捕まるのだけは嫌だ――ムンゾの“枷”ならないって、約束したんです」
そもそも捕まったら、十中八九命がない。
見せしめに殺されて開戦の発端になるか、よしんば生き延びたとして、ムンゾに対する今度こそ不利な人質になるか。
背後から、追ってきた敵と護衛達のドンパチが聞こえる。
多勢に無勢。分が悪かろうよ。
運がないねぇ、おれの護衛なんか命じられたばっかりにさ。
「貴方たちは投降してください。反撃の意思はないって」
同じアースノイドなんだから、命だけは助かる可能性がある。
せっかくお勧めしたのに、マルデンは目を吊り上げて、それから怒鳴った。
「君を見捨てろというのか!」
「そうです。多勢に無勢で、どっちみち勝ち目がないんです。仲間の人も、このままなら殺されるかもしれない」
ほら、お仲間を助けてあげなよ。
「馬鹿にするな! 俺達はすべて覚悟している!! それを君が愚弄するのか!?」
「死んでほしくないだけです。いい人達だから、みんな」
一瞬だけ足を緩めて、振り返って微笑みかける。またすぐに全力疾走に戻るけど。
鋭い音は、マルデンが舌打ちしたものか。
「なぜ守らせてくれない!?」
――守られてちゃ逃げらんないからだよ。
本音は全部隠してる。
ねぇ、ウッディ・マルデン。お前が見てた“ガルマ・ザビ”なんざ、全てが虚像だ。
「充分に守ってもらってました。心まで気遣ってもらって。嬉しかったですよ」
「だが、君は一度も頼らなかった!」
そりゃね。頼ったり、縋ったりしたらおしまいなんだ。
敵をずっと敵だと思い続けるには、拠り所なんていらないんだよ。
ぬるま湯は怒りを鈍らせる。癒しも憩も、刃を鈍にするだけだ。
だから“おれ”は、アンタが嫌いだったよ。
その瞬間、飛び出してくる人影があった。
「見つけたぞ! ガルマ・ザビ!!」
憎しみと怒りと、喜びとが綯い交ぜになった声だった。
「バスク・オム」
ギラギラと光る目。歯を剥き出しにして、顔はいっそどす黒いような赤で。
酷い形相だった。
「死ね! お前はここで死ね! ガルマ・ザビ!!」
泡を飛ばす勢いで、口汚く怒鳴り散らす。
正気とは思えない有様だ。変わらずに筋骨は隆々としてても、頬の辺りは随分こけてるし、無精髭も目立ってた。
「殺してやる! 何もかもお前のせいだ! 悪魔め!! 殺してやる!! 殺してやるぞ!!」
「やめろ! 彼はただ地球に連れてこられただけだ。コリニー中将がそうしたんだろう!」
そんな制止は逆効果だよ。
「奴はもう居ない! ジーン・コリニーは死んだ!」
「なんだと!?」
マルデンは驚愕するけど、おれは驚かない。
だろうね。そんなこったろうと思ってた。
「貴様も誑かされたのだ!」
どいつもこいつも、みんなそいつに取り込まれて狂わされた、なんて呪詛みたいに吐き散らす様は、どこか哀れでもあった。
バスク・オム、アンタは悪役らしい悪役だったよ。
“ガルマ”を貶んで、憎んでたアンタのことを憎むのは簡単だった。
孤立させて追い詰めた。その先で、よりイカれた野郎とつるみ出してからは、見る間に零落してったね。
それまで築いた地位も立場も、何もかもが崩れたんだ。
憎かろう、恨めしかろうさ。
嘲るように微笑んでやれば。
「死ね!!」
まっすぐに向けられた銃口が、躊躇なく火を吹いた。
「危ない!!」
回避ムーブと同時に、飛び込んでくる人影に目を見開いた。
「ウッディさん!?」
なんでだよ。何で割って入った。
おれ、当たらなかったのに。何やってんだよ。
「ウッディ・マルデン! お前も死ね!!」
崩折れたマルデンへと銃口が下がりきるより先に、おれの指がトリガーを引いた。
さっき護衛もどきから奪っといた銃だ。
射撃の成績はいつだって最高得点だった――弾丸は眉間の真ん中に。
あっけないね。
何が起こったか分からないと、限界まで見開かれた目のまま、バスク・オムが崩れ落ちてゆく。
馬鹿だね。
アンタが一番よく踊ってくれた。
ムンゾから引き離されてこっち、ずっと食い殺してやろうと思ってた。コイツをそのままにしといたら、同朋が食い荒らされると思ったから。
これで、“ティターンズ”に至るルートは閉ざされたと思って良いのかな。
感慨に耽ってる時間は無い。バスク・オムは始末しても、その仲間たちはまだ付近を捜索中なんだ。
地面で呻いてるマルデンに駆け寄って、傷の具合を確かめる。
撃たれたのは左の脇腹。ギリギリで臓器は避けられてるっぽい。でも、弾は体内に残ったままだ。
あんまり動かしたくないけど、そうも言ってらんない。ごめんね。
止血をしつつ、傷の部位を固定した。
引きずり起こすと、マルデンはよろめきながらも自分の足で立った。
肩を貸してやって、森の奥へ。
あと少し先には演習で使うガレージ(と言う名の空き地)がある。
“ガルマ”の動向を気にしてるのは、命を狙ってくる連中だけとは限らないんだ。
“ガルマ・ザビ”の身を案じる存在もそれなりに居る――ゴップは微妙だけど、ブレックス・フォーラとかね。
あの辺りがこの状況を聞きつけて、既に動いてる頃合いだ。
この森に逃げ込んだことは知れるだろうから、捜索するにしても拠点になるのは“ガレージ”だろう。
そこらへんにマルデンを転がしとけば、きっと見つけてもらえるだろうさ。
途中で意識を落とした男を、気合と根性で担ぎあげ、道無き道を突き進む。
なんか、以前にもこんな事あったよね?
あの時は雨で、足元がボロボロ崩れて、まだ仲良く無かったロメオを担いでたんだっけ。
コックに救いを求めたら、後でキャスバルに怒られた。
お前が助けてくれたんだ。
おれの“英雄”。“誰より凄い奴”。“幼馴染”。
『……キャスバル』
だけど、お前はここに居ないじゃないか。
どれだけ呼んだって、いまは届かない“こえ”が苦しくってしょうがない。
サイコウェーブが時空を超えるんなら、地球とコロニーを繋いだって良いじゃないか。
なんで届かないの?
地球に降りてから、ずっとずっと。
いつも傍にあった思考波を探して、叫び出しそうになる“意識”を殺し続けるのは、もう嫌だよ。
『キャスバル、キャスバル!』
お前の隣に戻らなくちゃ。
『……アムロ…ゾルタン、アルテイシア、ミルシュカ、フロル、マリオン、カイ……』
まるで呪文みたいに、“宝物”達の名前が胸の底に渦巻いてる。
『デギンパパ…キシリア姉様、ドズル兄貴…サスロ兄さん――“ギレン”』
“意識”が漂いだす。
身体の輪郭を越えて、それは霧みたいにこの森に広がって、そこにある気配をおれに伝えた。
“阿頼耶識”みたいだ――センサーが敵を捉えてる。
“ガレージ”に程近い場所でマルデンを下ろした。
――ここなら見つけて貰えるだろ。
木に凭れさせて、息があるのを確かめる。ついでに止血の具合も見て。
ん。暫くは保つでしょ。
「お元気で、ウッディさん」
じゃあね、と、踵を返そうとしたところで、マルデンが低く呻いた。
「……ガルマ…」
気がついちゃったか。伸ばされた手を避ける。
これがラストだ。とびっきりの笑顔を振る舞ってやろうじゃないか。
渾身の愛想笑い――をしようとして、失敗した。
苦笑いのなりそこない。しかめっ面って言った方が良いかもね。それでも口角だけはキュッと上げて。
「……僕はいきます。さよなら」
引き留める声を無視して背中を向けた。
いざ、疾走れ。
途中で、追手に小突き回されてる運転手を見つけた。
ついでだから助けてやるか。
いやアンタも一応兵士だよね? なんで一方的にボコられてんのさ。
敵は二人だ。
先手必勝。一人は膝を潰し、体制が崩れたところを狙って耳介の後ろを刺し貫く。
もう一人に撃たれる前に、土塊で目潰。怯んだ隙に、腿をナイフで裂いてやった。
下半身って、割と反射が弱いから狙いやすい。耐えきれず膝が落ち、目の前に晒された頚椎を破壊。
さて、運転手と言えば――あれ? 気絶してんのかよ。
――ね、なんでアンタが護衛だったの?
頭数揃えるためか。それともスケープゴートか何か?
まぁイイや。どうせこの先会うこともないしね。
生きてて良かったね、と、その手に血塗れのナイフを握らせてやる。
指紋はちゃんと拭いたし、暴行に朦朧としてたみたいで、おれの事も見てないし。
センサーみたいに広がった思考波は、追手から隠れるのにも、不意打ちをかましてやるにも便利だった。
気分は“プレデター”。まるで不可視の異星人みたいに、見つかる前に近接して個別に始末する。
これもある意味敵討ちなのかな――ジーン・コリニーを殺したやつら。
おれをムンゾから引き離した男だけど、無碍に扱われたことは一度もなかった。
最近なんか、息子かなにかと錯覚してるんじゃないかって、苦々しく思うこともあったけど。
おれを引き込んで身を滅ぼした男。
馬鹿だねって、哀れみも同情もしないけどさ。
あんたを殺した輩くらいは、おれが片付けておいてやるよ。
✜ ✜ ✜
おれ、“ガルマ・ザビ”。逃亡者。
いま、海辺のリゾート地にいます。
青い海と空と、ついでに輝くような緑。楽園みたいに良いところだよ。
マリンスポーツはもとより、カジノなんかもあって、世界中のセレブだの何だのが、あちらこちらを闊歩してたり。
もちろん、たわわな美女もわんさかいる。
――いや待って、違うんだ。
遊びに来たわけじゃないんだ、たまたま逃亡ルートがそうだったってだけで。だってここ、宙港の傍なんだよ。
士官学校から3番目に近い宙空。最短距離のところだと、張られてる可能性が高いし。
2番目か3番目か悩んだけど、ちょうど乗り継げるトラックの行き先がこの街だったんだ。
なんて、誰に言い訳してんのかね、おれ。
森林地帯での攻防戦を経て、なんとか逃げ果せることができた。
現状、ニュースやら何やらは、その話題でもちきりだった。
アースノイド至上主義者達による、連邦軍上層部並びに“ガルマ・ザビ”襲撃事件。
ジーン・コリニーは襲撃時に死亡。重傷を負ったジャミトフ・ハイマンも、数日後に息を引き取った。
グリーン・ワイアットは、一命こそ取り留めたものの、いまだ予断を許さず、回復しても軍部への復帰は絶望的だろうと。
実行犯のバスク・オムはすでに死亡してるし、首謀者と目されてるジョン・コーウェンと言えば拘束され、取り調べを受けてるらしい。
そして“ガルマ・ザビ”は、襲われた森林地帯で行方不明。
今なお、森を捜索中だとか。
この事件で連邦軍上層部はガタガタだし、連邦政府も内外の対応に追われててんやわんやだ。
いたるところのモニタに映し出されている“ガルマ・ザビ”は、どれも余所行きの澄まし顔で、いかにも深窓の令息といった風情だ。
体重落としといたから、なんだか華奢だわ。
儚げにさえ見えるって、どっかのキャスターも言ってた。
地球でも“ガルマ”の手紙が読み上げられ、ハンサムなコメンテーターがボロ泣きしてて、ちょっと引いた。いや、男の涙はそんなに要らないかな。
世論はアースノイド至上主義者達に対して批判的だし、ムンゾの報復を危惧する声も多い。
――だろうね。
ザビ家、ムンゾでは割と人気なんだよ。例に漏れず、“ガルマ・ザビ”も。
無理やり地球につれてった挙げ句、襲撃されて生死不明/行方不明ってさ、故国からすりゃ「フザケンナ 」でしょ。
今頃、救出だの奪還だので紛糾してるかも。
ぜんぜん連絡取れてないから、みんな心配してるはず――但し“ギレン”除く。
デギンパパなんか倒れちゃって無かろうな。心配だわ。
キャスバルやアムロはどうしてるだろ。
子供達は、兄姉や仲間たちは、おれを信じて待っていてくれてるかな。
――早く帰んなきゃ。
じゃないと今度こそムンゾが暴発する。
森から脱出して、ここまでたどり着くまでに1週間かかった。
三つ目の街までは、荷物に紛れて移動した。そこから先は、人に紛れて。
髪をバッサリと切って、ツンツンのショートカットにした。それだけでも印象がガラッと変わるでしょ。あの髪型もトレードマークだし。
お澄ましから素の表情に改めたおれは、“ガルマ・ザビ”の虚像に一致しないらしい。
顔を出してその辺をぽてぽて歩いてても、誰にも見咎められなかった。
それでも念のため、ちょっとした変装はしてるけどね。
そうして過ごした更に2週間。タイムリミットは、もう目前だ。
「ねぇねぇ、Mr.ベル、今日はカモ来てる?」
「堂々とホテルのラウンジを狩場にしないで下さいよ」
とかなんとか。文句を言いつつ、顔見知りになったベルボーイが、視線を中程のソファに投げた。
「世間話ですが。こちらにお泊りの、あのご婦人、ご主人からカジノの出入りを禁止食らって、ちょっとした遊戯に飢えてるそうです」
「なんと! じゃあ、優しいおれが遊んであげちゃおう」
「……当ホテルの感知することではございません」
僅かに頬を上げてせせら笑うところを見るに、彼にあんまり良い態度とってないね、御婦人よ。
四十絡みかな。割と美人――派手なタイプの。
大柄ボタニカルのいかにもなワンピースドレスが、それなりに映えてる。スリットから覗くスラリとした脚がご自慢かい?
通りすがりに、ポケットからパラリとカードを零す――けど、床に触れる前にキャッチ。
その動きに、ご婦人の気怠げな視線がおれを捉えた。
こっちに来てから調達した、清潔だけど、少し着古した感のある綿のカジュアルジャケットにボトム。
靴だけはちょっと奮発して良いものを。
旅行者と言うより地元の浮ついた若者――駆け出しのギャンブラーに見えるかな。
ね、どう、可愛い子でしょ?
マダムはバッチリおれを見てた。
それに気づかないふりで、視線を敢えて彼女の膝小僧に2秒固定。
それから何食わぬ顔で目を逸らして、立ち去る素振りをした途端、マダムはその白い脚を優雅に組み替えた。
「ねえ、あなた、ポーカーはお好き?」
喉に絡むみたいな甘い声だった。
にっこり笑う唇は下品なほど紅く、こっちを見る目は獲物を見つけたライオンの雌みたいにギラギラしてる。
――ふぉ、食いつきいいねぇ。
内心で苦笑しつつ。
「……好きっていうよりオシゴトだよ、マダム」
少し警戒した感じを出しつつ、指先でトランプを操って見せる。
どうよ、このテクニック。子どもたちを喜ばせるために散々練習したんだ。キャスバルにマジシャンにでもなるのかと呆れられるくらいに。
「じゃあ、私相手にお仕事なさいな。暇なの、退屈なのよ」
「……賭けるってこと?」
小首をかしげる。
「そうよ」
「現金オンリーなんだけど、おれ」
「良いわよ」
どうしよっかなと迷って見せれば、マダムはとうとう紙幣を出した。
「これで文句ないでしょう?」
「無いね」
ん。中の上程度のカモだわ。
ニコリと微笑ってテーブルにつく。
「ね、あなた名前は?」
「マダムが勝ったら教えてあげる」
「あなたは秘密を賭けるの?」
面白そうにご婦人が笑った。
まぁね。全部イカサマだけど。名前も経歴もニセモノのマヤカシ。
「秘密でも、夢でも、お金でも。勝てば何でも手に入るよ」
「……素敵ねぇ」
舐めるみたいな視線。紅く染められた爪が、おれの配ったカードを捲った。
カモはカモでも、ネギがあとから付いてくるタイプのカモだった。
結論から言うと、後から来た旦那の方が、メチャクチャ儲けさせてくれた訳だ。
最初はプリプリしてたけど、おれが奥さんに手加減してるのに気づいたらしい。
だって女性相手だしさ。
本気で喰い物にするのは気が引けるし、なんてコトをコッソリ伝えてみたら、意外そうな顔で眉を上げた。
いたずらっぽく笑いかけて、「アンタが相手なら容赦しないさ」とかね。
喰い付いてきたから毟らせて貰ったとも。
3桁を即金で払ってくれるなんて、気前がいいったらないね。
お陰様で、目標額を軽くクリアできた。
これまでもカジノで悪目立ちしない程度に稼がせて貰ってたし。
思考波を使って周囲を探れば、ルーレットも賽の目も、ポーカーなら尚更に手札が読めるんだ。
手先のイカサマを使わない分、見破られることもないしね。おれ、ギャンブラーが天職かもよ。
ただ宇宙行きのチケット買うだけなら、こんなに稼がなくても良かった。
身分証の偽造が高っかいんだよ。嫌んなる。
誰か迎えに来てくれれば――なんて、詮無い繰り言だけどさぁ。
どうせ連邦の連中に見つかると厄介だとかなんだとかで、自力で帰還することを求められてるはず。
“ギレン”、ほんとにそーゆートコだからね!
ともあれ、懐は暖かい。
ホクホクしながらの帰路。せっかくだから海側をまわってみようと思って、桟橋に向かった。
潮の匂い。海風が気持ち良い――あとでベタベタするのが難だけど。
昼下がりの海は穏やかで、降り注ぐ光の下、どこまでも青かった。
お前の瞳の色を思い出すね、キャスバル。
おれの知る中で、一番きれいな青。
もうすぐ帰るよ。チケットも身分証も、もう目処はついてる。
お土産まで手が回らないのが悔しいけど、そこは勘弁してもらいたい。
最近、垂れ流しの思考波が、また漂い出す。
繋がる相手を探して探して――誰もいないのは分かってるのに。
だって、キャスバルもアムロも隣にいないんだ。ゾルタンだってフロルだって。
早く帰りたい。
思考は同じところをぐるぐる回ってる。
キラキラする海を眺めながら歩いていると、唐突に、ギュンっと――
『……!??』
頭の芯に、何かにぶち当たったみたいな衝撃がきた。
痛い!?
ビリビリ震えてる。
たまらずに蹲った。
――なに!? なんなの!??
梵鐘を100個ぐらいぐわんぐわん打ち鳴らされてるみたい。頭も体も全部が揺すられて目が回る。
痛い痛い痛い!!
痺れるよ、なんなのこれ!??
頭の中に銀河が。
うわ、綺麗。光と闇の万華鏡。
どこかに吹っ飛ばされそうで、必死で意識を閉じようとするのに、何かに引っ張られて逃げられない。
――“ガルマ”は逃げられない!
って、これがラスボスを前にした冒険者の気持ち?
蹲ってるのはおれなのに、なんでか視界にそのおれが映ってる。
ダンゴムシみたい。
驚いて目を開ける――え、いま閉じてたよね?
今度こそ自分の視界に、華奢なフラットシューズが見えた。
「『……君、だれ?』」
喉から落ちた、すごくひび割れた声に我ながら驚く。
「『あなたこそ誰? なんなの? ひとなの? それとも魔物?』」
澄んだ少女の声が、わりかし失礼なことを聞いてきた。
それ、なんてファンタジー。
「『ヒドイ。れっきとした人間ですぅ……」
むしろ君が人間か。
出会い頭にギャラクシーエクスプロージョンくらったかと思ったじゃないか。
小宇宙燃えてんの?
誰か聖衣持ってきてよ。
もしかしてさっきの、思考波が繋がった感じ?
だとしたらとんでもなく強い――キャスバルより、アムロより。
――ゴジラかな。
視線を上げたら、仁王立ちの美少女がいた。
瞬間、思考がバグを起こした。
きらめく様な艶のある豊かな黒髪、きめ細やかな肌はオリーブの色。
インドアーリア系の整った目鼻立ち――何より見開かれた、その森の中の湖みたいな、新緑の双眸が。
ものすごくどっかで見た覚えしかない、素晴らしく美しくて、美しい……。
「『――ッ!? ふぇえええええええッ!???』」
仁王立ちの、
「『ララァ・スン!????』」
心臓が飛び出すくらいビックリした。