事件の一報が飛びこんできたのは、“ガルマ”が地球に降りてから、ちょうど五ヶ月が経過したころのことだった。
「ガルマが!?」
キシリアは叫び、
「――ガルマ……」
“父”は手にした書類を取り落した。
昨日、グリーン・ワイアット中将、並びにジーン・コリニー中将、ジャミトフ・ハイマン大佐が襲撃され、コリニー中将は死亡、ワイアット中将とハイマン大佐は意識不明の重体を負ったと報じられた。コリニー中将邸は、原因不明だが出火して全焼し、死者・負傷者多数、そして、“賓客”であったガルマ・ザビは行方不明である、と。
犯行は、バスク・オム少佐をはじめとするアースノイド至上主義者のグループ、及びかれらに担がれたジョン・コーウェン中将であるとのことで、軍がかれらを拘束し、詳細を調べているそうだ。もっとも、バスク・オムは、“ガルマ”の護衛にやられたとやらで、既に死亡しているのだが。
一説によると、バスク・オム少佐は、ガルマ・ザビを迎え入れたコリニー中将に反発しており、昨今ではスペースノイドに対する暴言や、粗暴な態度が目立っていたのだと云う。
〈いつか、こんなことが起こるのでは、と思っていました〉
テレビの中では、顔を隠し声を変えた、連邦軍士官と思しき男女が口々に語る様を流している。どうやら“ガルマ”が出向いてから、バスク・オムの反スペースノイド志向はより顕著なものになっていたようだ。
――やったな、“ガルマ”。
無論、この騒ぎそのものはバスク・オムが起こしたものだろうが、そもそもの反スペースノイド志向を拗らせたもとは、確実に“ガルマ”であるだろう。
バスク・オムは暴発し、少なくともジーン・コリニーが死亡した――下手をすればグリーン・ワイアットやジャミトフ・ハイマンも死ぬかも知れないし、首謀者のひとりと目されたジョン・コーウェンは、良くても失脚することになるだろう。死亡したバスク・オムは云わずもがなである。
これで、連邦軍の指揮官が、最低でも二人減ったことになる。しかも、一人は対ムンゾ強硬派だ。
“ガルマ”は、見事に仕事を果たしてくれたのだ。
「――何を平然としているのだ、ギレン!」
キシリアのまなざしが、鋭くこちらを睨みつけてきた。
「お前はガルマが心配ではないのか! あの子を、どれだけ疎んだら気が済むのだ!!」
「お前は、あれが死んだとでも思うのか、キシリア?」
「……ッ、馬鹿なことを云うな!!」
とは叫ぶが、その悲痛な表情は、“ガルマ”の生存をほぼ絶望視していることを表していた。
「案外、諦めが良いのだな」
「何を!」
「“ガルマ”は行方不明、だ。死体が見つかったわけでも、身体の一部が見つかったわけでもない。――ところで、あれが地球に降りてから、五ヶ月が過ぎた、と云うことは、あとひと月足らずで半年だな?」
キシリアが、はっとした顔になる。
「半年だ。“ガルマ”がキャスバルに約束した期限が、あとひと月足らずでやってくる。それで、あれが手もなくやられると思うのか?」
「……お前は、ガルマを信じていると云うの」
先刻よりも落ち着いた声が、そう問いかけてきた。
それに、大きく頷いてやる。
「もちろんだとも。あれとてもザビ家の男だ。まして、“ガルマ”は、連邦の力を見事に削いで見せたではないか」
ジーン・コリニーは死に、グリーン・ワイアットとジャミトフ・ハイマンも生命が危うい。そして、主犯格と目されたバスク・オムは死亡、ジョン・コーウェンは降格、場合によっては極刑もあり得るだろう。
これだけの人材が一気にいなくなり、また処分されるとなれば、連邦軍内部の力関係も大きく変わってくるはずだ。
今挙げた面子は、いずれも対ムンゾ強硬派であり、かれらがいなくなれば、とりあえず中立派や和平派の力が強くなる。つまりはゴップやブレックス・フォーラあたりが権限を強めるだろう。それは、ムンゾにとってはもっけの幸いだ。
「信じろ、キシリア。“ガルマ”は必ず帰ってくる。――あれが帰還するために、既に手は打っている」
但し、地球に誰やらを降ろすわけにはいかないから、“ガルマ”が宇宙に自力で上がってくることが前提にはなるが。
「……お前は、本当にあの子を信じているのね」
「信じているとも、あれが、連邦軍と戦うこともなく、子どもらの顔を見ることもなしに、むざむざ死ぬはずはない」
既に、ドレン少尉率いるレッド・フォース号には、地球航路あたりで“ガルマ”を探すよう指示を出している。
この数ヶ月で、海賊船としてすっかり有名になったレッド・フォース号の名は、貨物船のみならず客船においても、恐れとともにその名を囁かれているそうだ――と、“伝書鳩”からは聞いている。
某海賊漫画の赤髪の海賊の船と同じ名を聞けば、“ガルマ”のことだ、こちらの手のものと了解して近づくだろう。
そして、その船長の顔を見れば、からくりに気づくに違いない。
宇宙へ上がれば回収できるのだ――宇宙へ上がってさえくれば。
「――わかったわ」
キシリアは、遂に云った。
「お前がガルマを信じているのね。――わかったわ、父上には、気をしっかりお持ち戴くよう、私から伝える。ガルマは必ず帰ってくる、お前がそう信じていると」
「そうしてくれ」
どうにも、“父”とはしっくりこない。こちらが何か云っても、聞く耳を持たぬ風なのだ。それならば、まだしもキシリアの方が、相性は良いだろう――原作でそうであったように。
同じくそれを思ったのか、キシリアはくすりと笑いをこぼした。
「本当に、お前と父上はうまくかみ合わないのね、ギレン。噂に聞く議会での話では、父上すら手玉に取るのじゃないかと思ったのだけれど」
「――何の話だ」
まさかと思うが、例のゴシップ記事でも読んだのではあるまいな。
「部下や同僚でまわりを固めていると聞いたわよ。それも、癖のある男ばかり。最近では、ゲイセクシュアルの噂も立っているわよ」
悪いことに、お前が重用している二人が二人とも、独り身で浮いた噂もないじゃないの、と云う。
「――デラーズは知らんが、タチ・オハラには想う女がある。絶対に結ばれない相手だから、他を選ぶ気はないのだろうさ」
“伝書鳩”のトップとして、そこそこの地位――タチは、先日少佐に昇進している――と金はあるから、それなりに相手は選べそうなのだが、ランバ・ラル夫人に捧げた心を他にやる気はないらしい。
「それで、お前自身はどうなの」
「あげつらうな、結婚は二度とごめんだ」
自分がシャア・アズナブルと婚約したからと云って、その言動はどうかと思う。
「そんなに懲りたというわけ?」
「ザビ家の権勢に惹かれただけの女が多過ぎるのでな。既に一度失敗しているのだ、二度、三度と繰り返しては、いずれ青髭扱いされることになるかも知れん」
妻を何人も殺した、童話の中の怪物のように。
が、キシリアには通じなかったようだった。
「お前には髭などないじゃないの」
確かに、髭どころか眉すらない。
「――童話のはなしだ。知らないか」
「童話など読んだ憶えがないわね」
なるほど、才気煥発なザビ家の娘に相応しい、が。
「むしろ、お前がそれを読んだことがある、と云うことが驚きだわ。ザビ家きっての天才も、意外に可愛らしいところがあったのかしら」
「よせ」
云うと、“妹”はふふんと笑った。
「父上に関しては、時間を稼いでやろう。お前の部下が、一刻も早くガルマを見つけることを願っている」
「あぁ。――シャア・アズナブルにも、宜しく伝えてくれ」
と云うと、キシリアの顔が赤くなった。
「……伝えておく」
そう云って、踵を返す。
それを見送って、伸びをひとつ。
――さて、ドレンは、無事に“ガルマ”を拾えるか。
流石に、旅行者な何かの中に紛れた“ガルマ”を、恐らく直接対面したことのないドレンが見分けることはできないだろう。
つまり、“ガルマ”がドレンを、あるいはレッド・フォース号の名を伝え聞いて、“ガルマ”の方から接近しなくては、回収しようがないと云うことだ。
ドレン、あるいは配下の士卒のいずれかが地球に降りたとすれば、どうも訛りか何かでムンゾの人間とバレてしまうらしい。そうなっては、そのものはあっと云う間に捕まって、ジーン・コリニーたちの一件が、ムンゾやザビ家の陰謀にされてしまう。
もちろん、“ガルマ”のことを考えれば、あながち冤罪であるとも云い難いのだが――せっかく稼いだ時を無にしないためには、“ガルマ”の回収は、慎重の上にも慎重を期さねばならなかった。
大体、まともな恰好をしているとも思われない“ガルマ”――連邦の目をかいくぐろうと云うのだから、“ガルマ・ザビ”とひと目でわかるようにはしていないはずだ――を、ドレンにどう見分けさせる?
“ガルマ”のいつもの言動を考えれば、
――“シャンクス”!
レッド・フォース号と云えば、の赤髪の海賊の名を叫びそうではある。何しろ“鉄華団よ、私は帰ってきた!!”だ。
それならば、ドレンには、“シャンクス”と云う言葉を発して近づいてきたものを、“ガルマ”であると認識させるしかない。
まぁ、“シャンクス”と云う名前自体はないでもない可能性はあるが、それと“レッド・フォース号”を結びつけるものは他にないだろうから、それで良いような気がしてきた。
――よし。
早速、暗号通信で、ドレン少尉に伝えてやる。“シャンクス”と云う言葉を発しながらレッド・フォース号に近づくものが“ガルマ”であるから、回収するように、と。
受け取ったドレンは、“シャンクス”の意味に首をひねるかも知れないが、気になるなら、回収した“ガルマ”に訊くだろうし。
――とりあえず、打てる手は打った。
あとは、“ガルマ”が無事に地球を出てこれるかだ。そして、それがすぐであるのか、ひと月、ふた月後であるのか。
場合によっては、ムンゾ国内をまた反連邦の嵐が吹き荒れることになる。それだけは、どうあっても回避せねばならぬ。
――とっとと帰ってこい。
窓の外遙かに、かすかに見えるズムシティの“外構”を、その向こうを思いながら、呪詛のようにそう念じた。
子どもたちは、葬式のような空気に沈んでいた。
「ギレンさん、ガルマ、ガルマは……」
ミルシュカは、両目いっぱいに涙を溜めて、それ以上は言葉が出てこないようだった。
それを宥めるように撫でるゾルタンも、アムロも沈鬱な表情をしている。
カイ・シデンは、忙しいのか、あるいは子どもたちの気持ちを考えると訪問し難いのか、今日は姿が見えなかった。
「“ガルマ”は大丈夫だ」
そう云うと、
「でも……」
不安げに云ったのは、アムロだった。
「地球は遠いよ……確かめに行きたくても行けないし……」
「オレたちが大人だったらな! 地球にでもどこでも飛んでって、ガルマを助けるのに!」
ゾルタンも、悔しそうに云う。
その頭を、くしゃくしゃと撫でる。
「大丈夫だ。“ガルマ”は今ごろ、どうやってムンゾに帰ってくるかの算段をしているさ」
「どうしてそんな風に考えられるのさ。ガルマと一緒にいた人たちは死んだんでしょ!?」
次の年度には中学に入ることになるアムロは、少しばかり物ごとに対して懐疑的になった。それは、もっと懐疑的な友人・カイ・シデンの薫陶によるものなのかも知れなかったが。
こうして、子どもは少年に、少年は大人になっていくのだな、と感慨深く思うが、当の本人は、それどころではないようだった。
「ギレンさんが、どうしてそう平気な顔をしてられるのか、僕にはわからないよ」
沈鬱に云って、顔を背ける。
「信じているからだ」
「信じる?」
声が、不穏に跳ね上がる。
「何を信じるの? カミサマが奇跡を起こしてくれること? それとも、アニメみたいなスーパーヒーローが、ガルマを助けてくれるってこと?」
「“ガルマ”自身の悪辣さをだ」
そう云うと、三人はきょとんと目を丸くして――やがて、アムロが吹き出した。
「何だそれ! 確かにギレンさんらしいけど!」
「アニキの云うことじゃねぇ!!」
「ギレンさんひどい!!」
ミルシュカだけは、本気で怒っているけれど、他の二人は笑い出した。
それに、しれっとして続けてやる。
「本当の話だろう。あれが、そうそうやられてしまうものか。見ているがいい、いずれ、しれっと帰ってくるに決まっている」
「そんなこと云うの、ギレンさんだけだよ!」
「ホントにひでぇ!」
「いやいや、私の部下たちも、そう云っているぞ」
「そりゃ、ギレンさんの部下だからでしょ!」
「だが、もう迎えは出している」
そう云うと、子どもたちは、はっとした顔になった。
「連邦にバレると拙いからな、内緒にしてくれ。――今、“ガルマ”を迎えに、部下が地球に向かっている。流石に、地上に降りることはできないが、“ガルマ”が宇宙に上がってきたら、きちんと回収できるのだ。だから、しばらくおとなしく待ちなさい」
「……内緒なの?」
まだ目の赤いミルシュカが訊く。
「バレて、そこで連邦に捕まることになったら拙いだろう?」
云うと、こくりと頷きがかえった、
「捕まったら、大変なことになっちゃうものね」
「そうだ。だから、迎えがちゃんと“ガルマ”を回収して戻ってくるまでは、誰にも云ってはいけない。どこに耳があるかわからないからな」
「……わかった」
「それにきっと、“ガルマ”に本当に何かあれば、お前たちにはそれがわかるはずだ」
その言葉には、少年二人がはっとした顔になる。
「――どうしてそう思うのさ」
用心深くアムロが問う。
「お前たちが“わかる”のだと云うことを、私が知っている、それだけのことさ」
“ガルマ”は“なんちゃってニュータイプ”だが、この子どもたちは本物だ。稀代のニュータイプ、アムロ・レイと、“赤い彗星のなり損ない”と呼ばれた男、ゾルタン・アッカネン。
ニュータイプの感能力は、時間と距離を超越するのだと云う。それならば、この子たちが気にする“ガルマ”の安否を感じ取ることも、不可能ではないはずだ。
「お前たちが、不安を感じているだけで、何かが欠けたり、失われたような気がしないのなら、“ガルマ”は平気だ。だから、その間は、あれが無事に回収されるようにお祈りでもしておきなさい」
「お祈りが、何の役に立つんだよ!」
ゾルタンが、拗ねたように云う。
「立つさ。お祈りすれば、気持ちが落ち着く」
祈るためには、ある程度の落ち着きが必要だ。ただ闇雲に願いを叫ぶのではなく、静かな気持ちで祈ること。恐慌状態では、本当の意味で祈ることなどできはしない。
「帰ってきて、お前たちがあまり酷い状態だと、“ガルマ”が悲しむだろう。だから、信じて、おとなしくして待ちなさい」
「うん」
「はい」
「そうする」
三人は頷き――でも、とアムロが続けた。
「帰ってきて、僕らが落ち着いてても、ガルマは騒ぐと思うけどな」
ひどい! とか云って、との言葉に、残りの二人も吹き出した。
「云うな!」
「云いそう!」
「……まぁ、云うだろうな」
元々でも、“構え〜”だの“褒めろ〜”だの云っていた“ガルマ”である。それなりの艱難辛苦を乗り越えて帰ってきて、子どもたちが落ち着いた顔をしていたら、それはそれで文句を云うに決まっている。
「その文句を云う顔を想像してみろ。ちょっと笑えるだろう?」
「うん」
「笑えるな!」
「笑っちゃだめだけど――」
と云いながら、ミルシュカも小さく笑っている。
ひとしきり笑って、
「――キャスバル、大丈夫かな……」
アムロが遠い目をした。
「気になることがあるのか」
「……別に、話したわけじゃないんだけど」
と、もうバレていると思ったのか、ちらりとこちらを見る。
「何だか、トゲトゲしてるみたいなんだよね――ガルマが行っちゃってからずっと」
それは、ニュータイプとして、精神で触れ合った感触が、と云うことなのだろう。
「荒れていると云うことかな」
「荒れてるって云うか、閉じてる? こう、敵に囲まれてるお城の門みたいに、閉まって、誰も入れようとしてないみたい」
「お前もかね」
「う、ん……」
またちらりとこちらを見る。
「ね、僕たち、研究所に連れていかれるの?」
不安そうな顔。
「何故」
「だって……」
と云いながら、ミルシュカを見、ゾルタンとまなざしを交わす。それで、ゾルタンはニュータイプとして覚醒しているが、ミルシュカは違うのだと云うことがわかった。
「他処に、いくつもりが?」
「そんなの! カイもいるし、ゾルタンやミルシュカもいるし、フロルだってくるし――いれるんなら、ずっとここがいいよ!」
「ならば、いれば良いだろう」
「――いいの?」
アムロの声は、震えるようだった。
ゾルタンがミルシュカを抱き寄せ、その力にか、ミルシュカが不安そうな顔になった。
それに、肩をすくめてやる。
「私たちは、お前たちを“ガルマ”から預かっているのだ。あれがいないうちに、お前たちがどうにかなるようなことがあってみろ、帰ってきた“ガルマ”がどれほど暴れることか」
下手をすると、この邸が崩壊する、と云えば、子どもたちはきょとんとして、その後で盛大に吹き出した。
「やだなぁ、ギレンさんてば大げさなんだから!」
「いくらガルマでも、それはないだろ!」
「ガルマ、怪獣みたいじゃない!」
とは云うが、あながち誇張しているわけでもないと思う。
子どもたちの意思で出ていったのならばまだしも、こちらが叩き出したとなれば、怪獣大戦争どころの騒ぎではなくなるのは間違いない。
挙句、他の“弟妹”たちは、自分たちが賛成したり、あるいは見なかったことにしたりしたことを棚に上げ、こちらを批難してくるに決まっているのだ。
こちらにひとつも利のないことを、どうしてわざわざしなくてはならないのか。
例え“駒”として使うにしても、それならばなお一層、それまでの間は楽しく、心地良く過ごしてもらうのが一番だ。好意的に思えない相手から何かを頼まれたとして、返る利益もないのなら、どうしてそれを聞き届けねばならぬと思えよう。情も利もない相手に、骨を折りたいと思う人間などあるまい。
まして、ニュータイプだからだけではなく、この子どもたちには、ある程度思い入れもあるのだし。
「アムロは、父君からも頼まれているしな。だから、お前たちが、もうここには我慢がならないと云うのでない限り、ずっといてくれて構わないのだぞ」
子どもたちは顔を合わせ、やがてこくりと頷いた。
「わかった。僕たちはどこにもいきたくない。ガルマの帰りを、ここで待たせてくれる?」
「もちろんだ」
こちらとしても、帰ってきた“ガルマ”と盛大な鬼ごっこ、などと云う事態は御免こうむる。こと腕力勝負において、“ガルマ”に勝てる要素もないのだし。
「今までどおり、ここはお前たちの“家”だ。まぁ、両親には誰もなれんが、家族のようなものなら充分いるだろう?」
“ガルマ”やシャア、最近では、サスロやキシリアも、くる度に手土産を用意して、子どもたちに構っているようなのだし。
云うと、子どもたちはこくりと頷いた。
「良い子た」
と頭を撫でると、くすぐったそうな顔をした。もう、馬鹿なことは考えないだろう。
が、アムロかふと表情を改め。小さく袖を引いてきた。
「ねぇ、ギレンさん、やっぱりキャスバルが心配だよ――僕たちにしてくれたみたいに、話をして、頭を撫でてもらえない?」
「――お前がそう云うのなら」
ニュータイプ同士だからこそ、わかることもあるのだろう。
確かに、ドズルからも、最近のキャスバルは孤立しがちだと云う話は聞かされている。シン・マツナガたちが、何くれとなく気を配っているそうなのだが、すっかり自分の殻にとじこもってしまっているようだ、と。
「オレからも、お願い!」
「わたしからも!」
アッカネン兄妹も、口を揃える。
「ガルマと一緒に、いろいろしてくれてたから……」
「それに、アルテイシアも元気がないの。ガルマはいないし、キャスバル兄様も全然連絡もくれなくなったって……」
なるほど、ミルシュカは、キャスバルと云うより、アルテイシアのことが心配なのか。
「わかった。――通信では云えないこともあるからな、今度、キャスバルに会いに行ってこよう」
無論、士官学校に出向けば大騒ぎなので、どこかの宙域で待ち合わせることになるだろうが。
「お願い、ギレンさん」
「頼むぜ!」
「キャスバルに、僕らも心配してるって、伝えておいて」
「わかった」
そう云って頷くと、子どもたちは、ハグをねだるように身を寄せてきた。
それを抱き寄せてやりながら、ドズルに連絡を入れなければならないなと考えた。
どうも、ほとほと手を焼いていたらしい。
連絡を入れると、ドズルはふたつ返事でお膳立てしてくれた。
ガーディアンバンチから少し離れた宙域に、自分の旗艦を出して、そこにキャスバルを呼び寄せる。
やってきたキャスバルは、ひどく硬い顔をしていた。
「お呼びと伺いました、ギレン閣下」
その口ききも、硬い。以前、覚悟を決めろと呼び出した時とは、別人のようだ。
「――なかなか、尖っているようだな」
苦笑交じりに云うが、返るのは沈黙ばかりである。
「“ガルマ”のことが気がかりで身が入らんのかな」
そう云うと、強いまなざしで睨み返された。
「あなたは、“ガルマ”が行方不明でも平気なんですか!」
「逆に訊くが、お前は、あれがそう簡単にやられると思っているのか?」
「敵しかいない場所に、独りで送り出して――その挙句の言葉がそれですか!」
「指揮官であるとは、そう云うことだろう」
「……ッ! 僕は……」
「そんな風にはなりたくない、か? だが、戦争とは、こう云うものだ」
どれだけ手放し難い部下であっても、戦地に送り出さねばならない。戻らなかった部下、戻ってはきたがそのまま生命を落とした部下も大勢いた。負け戦とわかっていながら、送り出さねばならなかったことも。
「まぁそれに、あれが戻ることを信じているからこそ、送り出したところもある。お前も、あれが帰ってくると信じて待てば良い」
「あれだけの人間が死傷したのに、ですか!」
確かに――ジーン・コリニー、バスク・オム、グリーン・ワイアット、ジャミトフ・ハイマン。主だった人物だけでも、これだけが死傷した。その中で、“ガルマ”ひとりが生き延びられようはずはない――そう思っても仕方ないところではある。
だがしかし、
「お前は知るべくもないが、あれはかつて“悪魔”と呼ばれたこともあるのだ」
“鉄華団の悪魔”。あるいは、もっと“昔”には、さらに違う恐ろしい名でも。
「だから、何です」
「“ガルマ”を信じろ。あれの悪辣さ、えげつなさをでもいい」
かれこれ十年近くをともに過ごしてきているのだ、“ガルマ”がどんな人間か、二番目によくわかっているのはキャスバルであるはずだ。
にも拘らず、こうして他を弾くほどに荒れると云うのは、正直に云えば良いことではない。
「――キャスバル」
変わらずそっぽを向くようなキャスバルに、声をかける。
「私は前に云ったはずだな? 上に立つ覚悟を――友を、同胞を、戦場に送り出す覚悟を持てと。今が、その時なのではないのか?」
きっと青いまなざしが睨みつけてくる。
「云ったはずだ、独りであることになれろ、とも。今はまさにその時であるはずだ――それなのに、お前のその体たらくはどうだ?」
道化じみた風に、両手を広げてやる。
「“ガルマ”ひとりが戻らぬだけで、他にあたり散らすようではないか。それでお前は、スペースノイドどころか、小隊ひとつも御せるとでも?」
「……あなたは! 大事な人間を持たないのか! だから、何があっても平然としていられるのか!」
「云わなかったか、個々人よりも、私が重んじるべきはムンゾそのものだ」
その答えに、キャスバルは、叫び出したいような顔をした。
その隙を与えず、言葉を続ける。
「どうあっても、人間はひとりであるし、真にわかり合うこともない。だが、少なくとも国は、国民はそこにあって、われわれの手を待っている。それを手あてすることも、上に立つものに課せられた責務だ」
「それで良いんですかあなたは!!」
キャスバルの手が、コンソールを激しく叩いた。
それて良いのか。
そう云われても、
「良いも悪いも、どうせわれわれは、死ぬときは独りだろう」
友や伴侶がいつまでもともにあるなど、幻想でしかない。人間は独りで死ぬし、生きていても容易く独りになる。“昔”には、腹心たちを皆失って、独りで戦い続けたこともあるし、目の前で盟友の生命を断たれたこともある。
人間は独りだ。そこから発しなければ、何もはじまりはしないのだ。
「“ガルマ”に云われたのではないか、仲間を作れと」
薄暗いまなざしが、こちらを見る。
「言葉を変えて云おうか。腹心を作れ。それも、幾人もだ。“ガルマ”ひとりに寄りかかるのではなく、例え“ガルマ”を失ったとしても、そこを埋めてくれるものたちを」
ばちんと音がして、左頬が熱くなった。
キャスバルが平手打ちにしてきたのだ――歯を食いしばって、頬を紅潮させて。
「そんな、ことを!!」
「その覚悟なしに、お前は、誰かを戦場へ送り出せるのか」
くり返して、云う。
「“ガルマ”にその覚悟があったことを、お前はよく知っていたのではないか? にも拘らず、お前の方は、この半年ですら、何の覚悟もできなかったと云うのだな」
甘いことだ、と云うと、また強く睨みつけられる。
だが、他に何と云えばいいのだ。
キャスバルは強くならねばならないのだ。
「ひとは、いずれ、独りで死ぬ。お前のまわりの人間とても例外ではない。あるいは私や父やドズルにしても、何か不慮の事故で明日にも死ぬかも知れんのだ。そうしたなら、お前は一体どうする?」
その双肩に、突然ムンゾの何分の一かを担うことになったなら。
「泣き言を云っている暇などなくなるぞ。その時にお前の力になる人間を、少しでも固めておけと云うのだ。私やドズルの部下が、お前に使われてくれるとは限らんのだからな」
「……あなたは、そうして誰を失っても良いようにしているのだと?」
その問いかけは、先刻までの声とは少し違う響きを帯びていた。
「誰を失っても“良い”わけではない」
軽く肩をすくめる。
「だが、失う可能性を零にできるわけではないのだ。その時に、何も残らぬではやっていけん。ダメージを最低限にすることを考えているだけのことだ」
現実には、誰かの穴を完全に埋め得る別の誰かなど、存在するはずもない。
だがそれでも、似た欠片を集めて、集めて、そうやって生きていかねばならぬものなのだ。
だからこそ、人をたくさん置かねばならぬ――“ガルマ”でなくとも、タチやデラーズでも、完全に取って代われる人間などないのだ。そのことを、自覚して、それでも欠片を集めなければ。
キャスバルは沈黙した。先刻までの尖った沈黙ではない、強いて云うなら、どこか悲哀や、憐愍のような気配を含んだ沈黙だった。
「……あなたには、心を預ける相手はいないのですか」
「いるさ。敢えて云うなら、“ガルマ”だな」
いつも同じ方を向いているわけではないし、お互いの手法に文句もある。それでも、もっとも近くにいて、ともに何かをなしてきたものと云えば、“ガルマ”をおいて他にはなかった。
「だが、心を預ける相手が、永遠に傍近くにあるわけではない。私は単に、それを良く知っているだけのことだ」
病か、事故か、あるいは事件か戦争か。人生に別れは必ずくる。幾度もくり返した“人生”の中、運良く最期までともにあれたのは、片手の指にも満たぬほどでしかなかった。
別れはくる。死別でも、離別でも、あるいは決裂でも。それを知るからこそ、多くの人間と触れ合うべきだと思うのだ。
「“ガルマ”がいなくなって動けなくなる、では話にならん。お前は、もう少し同世代の友人を作るべきだ。お前にとって、“ガルマ”が“特別”なのは仕方ないが、それだけでは士官学校に行った意味はないぞ。友人を、腹心を作れ。それが、これからのお前の力になる」
「――あなたが意外に普通の方で、安心しました」
キャスバルのもの云いに、思わず片眉が上がる。
「私は普通の人間だよ」
ギレン・ザビのように卓越した頭脳があるわけではない。ギレン・ザビと同じように振るまえているとすれば、そこにそう見せるための取捨選択があるからだ。
ギレン・ザビは非情な男でなければならないし、情愛に左右されるようなことがあってはならぬ。
本物のギレン・ザビは、情に流されるところはないが、こちらはその欠片も見せぬようにせねばならぬ。その差は、恐らく判断速度に表れてきていることだろう。
だがまぁ、人の上に立つからには、情をまったく理解しないではいられない。要は、バランスなのだ。情と知のぎりぎりのところで、敢えて知の方に振ってやること。情が絡んでしまえば、人事などぐだぐだになってしまう。それを回避するためには、適度な非情さは必要なのだ。
「私は普通の人間だ。単に、非情になるべき時にそうなれる、と云うだけのことだ。――お前には孤独が必要だと、かつて私は云ったが、訂正しよう。今のお前に必要なのは、同輩ときちんと交わることだ」
祀り上げられ、神輿の上にただ乗るのではなく、きちんと他人と向き合って、仲間として行動することだ。
それがあれば、『Z』や『逆シャア』などでシャア・アズナブル=キャスバルの見せた、誰かとの心の交流を拒むかのような描写も、その後の悲劇的な結末も、すべて回避できるのではないかと思うのだ。
「お前は、ただの十八歳の若者として、キャスバル・レム・ダイクンとしてではなく“シャア・アズナブル”として、同級生と過ごすべきだ。その上で、独りであることを選び取れ。さもなくば、お前は、ジオンの後継としてムンゾの頂点に立つ前に、自ら潰れていくことになるだろう」
「……学校では、僕はもう、キャスバル・レム・ダイクンだとバレていますが」
「――なるほど?」
“ガルマ”との会話が切欠なのか、あるいはムンゾ大学立て籠もり事件のせいなのか。
ともあれ、シン・マツナガがいる以上、いつまでも騙し切れるものではないだろうから、保った方だと考えるべきか。
どちらにしても、
「それならばそれで、丁度良いではないか。今、お前のまわりにいる人間は、お前がキャスバル・レム・ダイクンだと知ってなお、それまでどおりに振るまってくれるものばかり、と云うことだろう?」
「……そう……なのでしょうか……」
と云う様子は、半信半疑のようだ。
「あまり疑うものじゃない。まぁ、気持ちはわからぬでもないが。――もちろん、その疑念は間違っているわけではないが、あとはお前の勘を信じることだ。お前が信頼できると思う相手は、多分お前のことを信頼しているはずだ」
不思議なことに、こちらが相手を嫌えば向こうも嫌い、こちらが好ましく思えば向こうも好意を抱いてくれるものだ。恋愛云々はまた違うかも知れないが、友人関係の好悪と云うのは、割合通じ合っていることが多いものだ。
そして、よほど愚かであるか、あるいは現実から目を背けるのでない限り、何らかの意図を持って近づいてくるものは、そのにおいのようなものが嗅ぎ取れるものなのだ。
だから、
「――そう云う相手を見極めて、友情を育め。今のお前に大切なのは、そんなことだ。……今のお前を心配しているものが、お前の力になってくれるだろう」
そう云うと、キャスバルは少しばかり首を傾げ、やがてこくりと頷いた。
「心あたりはなくもありません」
そう云いながら思い浮かべるのは、シン・マツナガか、リノ・フェルナンデスか、あるいはもっと別の誰かなのか。
「――キャスバル」
立ち上がって、その目の前に立つ。
見上げてくる、その目線はまだ低い。『逆シャア』では180cmになっていた男も、まだこの時は175cmがいいところだ。つまり、こちらよりも15cmも低い。
何となく、まだ子どもだと思ってしまうのは、その身長差のせいだろうか。
子どものままでいてはならぬと云いながら、いつまでも小さいままだと思ってしまうのも。
その、まだ成長途中の身体を抱きしめる。
「信じろ。“ガルマ”は無事だ。もう、地球の近くまで迎えを出している。あれは間違いなく帰ってくる――その時に、お前の方がそんなでどうするのだ」
キャスバルは一瞬硬直し、やがてゆるゆると、こちらの袖を掴んできた。
顔を埋めるようにする、その息遣いが乱れている。
泣くに泣けなかったのか、と思うとともに、原作軸よりも弱さを見せる姿に、安堵もする。
「独りで気を張るばかりでは消耗する。少しはまわりを頼るといい」
例え、能力的にはその必要がなかったとしても。
「頼ることで、まわりもお前を信頼する。そうやって、ひとのネットワークを作れ。――“ガルマ”がいつもやっているだろう」
「……ガルマのは、少し違います」
子どものように反論してくる。
それならそれでいい。
「どちらでも構わんさ。誰かと繋がれ。“ガルマ”やアムロたちのようにではなくとも、そうすれば、心は伝わるのがわかるはずだ」
考えることが筒抜けになっていなくとも、信じることができる人間は確かにある。
そのことを、もっと知ってほしいと思った。
キャスバルは何も云わなかったが、袖を掴むその手の力が、答えを返しているように思われた。