木星航路の初っ端で、けたたましく鳴り響くアラートに、船の中はパニックになった。
「『なんなの!?』」
「『静かに』」
怯える少女を腕の中に抱きしめる。
目下、この船は海賊の襲撃を受けてるらしい。
――どっちかな?
ホンモノの海賊か、それとも“ギレン”が差し向けたダミーか。
そう言う手段取りそうなんだよね、“ギレン”。
だけど情報が少なすぎるから、いまは息を殺して潜まなきゃ。
船員に誘導されて避難する乗客の群れから離れて、物陰へと移動する。
その裏側で、思考波を開放した。
這い出すように広がるそれに、ララァ嬢が目を見張る。
『何してるの?』
『探ってる。コレは、こういう便利な使い方もできるのさ』
センサーみたいに、人の動きが察せられる。強い思念をピックアップすれば、ある程度の情報を読めるからね。
海賊――ちょっと名の知られてる奴等らしい。
ぬ? ホンモノか? だとしたら厄介。
見つからんように隠れとこうか……でも、ここ最近で知られるようになった奴らっぽいし、どうだろ?
呼称なんだよ――んんん? 聞き取れんわ。
拾ったそれらをピースにして、脳裏でパズルを組み上げようとするけど、ニュータイプの思考波と違ってノイズが多すぎだろ、これ。
もっとマトモな思念ないかなぁ……。
できれば海賊共の思念を拾えないかな。
腕の中から、ララァ嬢がソロリと意識に触れてくるのを感じる。ん。不安だよね。
『わたしもやってみる』
って、結構アクティブだった。新緑の瞳がきらきらしてる。楽しんでるって訳じゃないけど、自分の“力”に興味津々って感じか。
『……そっとだよ?』
『わかってるわ、大丈夫!』
『――……そっとね?』
『わかってるってば!』
ララァ嬢のそれは出力高いからなぁ。そりゃ、精度も高かろうが。
次の瞬間、星光の波紋が広がるみたいに、ララァ・スンの意識が拡大した。
澄んだ湖に映る星空。どこまでも深く、謎めいたそれ。
物凄く綺麗だ――なのに。
――……なんだろう、この危機感?
“おれ”の危機察知アンテナが、チリチリビリビリしてる。
サイレンが鳴りっぱなし。海賊にじゃなくて、目の前のララァ嬢にだ。
冷や汗がぶわりと吹き出す。
咄嗟に思考波を思いっきり引っ込めた。甲羅にもぐる亀みたいに。
全力防衛――の、刹那。
『……何者だ!?』
誰かの意識が接触し。
『きゃーーッ!!!!?』
『ぐはぁ!???』
思考波が真正面からぶつかって、どっかの誰かが宇宙の果てへと飛ばされてった。
おれの脳裏にも星が散る。
うわキレイだなお星さまー。
防衛してたけど、ダメージはゼロじゃない。
少女を抱えてなきゃ、ダンゴムシAgainだったろうさ。
『ナニかいたわ!?』
『ッ…出力…落として……』
ララァ嬢には罪がない。慣れない思考波が誰かのそれとぶつかって、ただ驚いただけだ。
知ってる。
でも、それ交通事故に近いから。
『……ナニかいたわ』
“小声”で言い直してくれるけどさ、“ナニか”じゃなくて“誰か”なんだよ。
『“お仲間”が乗ってるみたいだね』
ちょっとビックリ。ニュータイプだ。
無事かな。
今はまだ数少ない同朋だし、取り敢えず回収しなきゃ。
『……拾うの?』
『拾うさ』
なんで嫌そうな顔してんの?
『だって、すごく捻くれてそうだったわ。素直じゃない感じ』
あれま。そーなの?
パチクリと瞬く。
『あれだけでそこまでわかるの? すごいね』
『……別に。すごくなんかないわ』
『すごいよ。ララァ嬢は、綺麗で強くて可愛くていいね』
『……』
あれ、照れたのかな。形の綺麗な耳が少し赤い。ニコニコして見下ろしてたら、パチリと叩かれた。
イテテ。なるほど照れ隠し。
潜んでいた場所からそっと出て、周囲を探りながら思考波の元に向かえば、少し先の廊下で人間ダンゴムシを発見した。
ん。そうなるよね。
少年だ。髪の色がおれのに似てる。背格好もあまり変わらないかな?
彼も海賊たちから身を隠す途中だったんだろう。
『生きてるかー?』
『…、うぅ……』
お。反応があるわ。
意識が朦朧としているっぽいのを、よっこらせと担ぎ上げて、さっきまで潜んでいた場所に急いで戻った。
体に負担が来ないように少年を横たえて、様子を見る。
割と綺麗な顔をしている――けど、なんか記憶に引っかかるんだよね。
何だっけ、居たんだこういう顔。鼻につく美形。さっきの“声”も、思えば聞いたことがあるような?
白すぎるほど白い顔を、じっと見下ろす。
『……何かモヤモヤしてる?』
ララァ嬢が、思考波でつついてくる。
『あなたの意識って、整理されてない雑貨屋の倉庫みたいで、ごちゃごちゃしてて良くわからないわ』
『だろうね。幼馴染にも整理しろってよく言われる』
混沌だの何だの言いながら、キャスバルはそのゴチャゴチャの意識を、いつも浚ってるんだよね。
脳内に万華鏡みたいに幾万の記憶の欠片が散らばって、その中の一つがキラリと光った――ように思えた。
あ。あれだ。あいつ。
あの、潰されてたアレ。スイカバー。物凄い顔の。
『パプテマス・シロッコ!!』
そうだコイツだ。まだ若いけど、面影あるよ。ニュータイプだし。これ木星行きの船だし。
これは当たりだろ。
叫びを呼びかけと捉えたのか、少年がカッと目を見開いた。
銀色にも見える、グレーの虹彩がきらめいた。
なんだよ。美少年バルス!
どいつもこいつも美麗な顔しやがって。キャスバルが一番綺麗だけどさ。
『お前たちは何だ!? なぜ私を知っている!?? …うぅ』
急に身を起こすから、目を回したんだろう。ぐらりと傾いた体を支えてやる。
『え。お前その歳で一人称“私”なの? いや、らしいし似合ってるけどさ』
『そこはいま問題じゃないわ』
ごめん。横道に逸れた。ちょっと気になったからさ。
軌道修正。
『パプテマス・シロッコ。お前もニュータイプだったね』
『……だから何者かと聞いている』
パプテマスは、毛を逆立てた猫みたいに、警戒心満載だった。
『おれ、”ガルマ・ザビ”。こちらのレディは、ララァ・スン。よろしくね』
名乗れば、銀色の双眸が限界までに開かれる。
まじまじとおれを見て、ララァ嬢を見て、またおれを見て、さらにララァ嬢を見た。
「『嘘だ!!』」
うわ叫ぶなよ。海賊どもに見つかったらどうすんのさ。
『嘘だ!!!』
別に思考波で叫び直せって言ってない。
『……そうよね、信じたくないの分かる。でも本物なの』
そんな悲しげに言うことないんじゃないかな、ララァ嬢。
『信じられるものか! だってあなたは女の人じゃないか!!』
指を突きつけて、ぷるぷるしてるパプテマスに、ニンマリと微笑いかける。
コイツを騙しおおせるおれの変装術って、捨てたもんじゃないよね。
海賊たちは、あらかた船内を制圧したみたいだった。
すこぶる手際がいい。訓練された軍人みたいだ。
船員や乗客は船倉に集められてるらしい。
積荷が目的のはず、だけど、他にも何か捜しているものがあるみたい。
バタバタと走り回って、隠れている人間がいないか、隅々まで探し回ってる。
こんなに時間をかけて捕まる危険を冒してまで、見つけたい何かがあるらしい。
これはますます“ギレン”が差し向けたと考えるべきだろうけど、万一違ったら万事休す。
――さて、どうしようかな。
無茶はできない。
おれ一人ならともかく、ララァ嬢を危険にさらすわけにはいかんし
いままた一人、連れが増えたしね。
だけど、このまま潜んでても、見つかるのは時間の問題か。
『奴らが何者が分かればいいんだけどな』
呟きにパプテマスが顔をあげた。
『……“レッド・フォース”と名乗っていたぞ。最近じゃサイド7辺りを荒し回ってる奴らだ』
『……“レッド・フォース”?』
え? レッド・フォースって、あのレッド・フォース号? 某海賊漫画の赤髪の船長が率いてる。
ソロリと物陰から様子を伺う。
硬い足音がする。一人分か。不用心な。
乗客が、船員か、海賊か。
『……たぶん海賊よ』
ララァ嬢の直感なら間違いないだろ。
『何をする気だ?』
パプテマスが腕を掴んで強く引いた。苛立ちと焦りを帯びた声。
研ぎ澄まされた勘が、こっちのわずかな動きを読み取ったのか。
『あいつを捕まえる』
『馬鹿か、何を言ってるんだ!?』
『もしかしたら迎えかもしれない』
『海賊がか!? 馬鹿を言うな!!』
『お前はバカバカ言うなよ』
バカって言うほうがバカなんだぞ、バカめ。
パプテマスを振り切って、物陰から滑り出る。
対峙した後ろ姿はひどく背が高かった。
振り返る間を許さず一息で距離を詰めて、くるぶしを刈り取る。
バランスを崩したところを、後ろから引き倒すように首を掴んで引けば、相手はのけぞって蹈鞴を踏んだ。
「動くな。首を掻き切るよ」
耳元で伝えると、強烈な猿臂が繰り出された。避けたけど、危ないね。
「だから動くなって。お前の船に“シャンクス”は乗ってるの?」
もし“ギレン”の寄越した相手なら、この名前に反応するだろ――しなかったら、本当に首を掻き切るしかないけど。
その瞬間に、海賊は抵抗をやめた。ただただ驚愕の気配。
ん。これは“お迎え”確定だね。
安堵したのもつかの間。
「“シャンクス”と言ったか!? お前いま“シャンクス”と!??」
その声が存外に高くておれも驚いた。
そういえばこの首、喉仏が感じられない――って、女性かよ!?
「無礼をお詫びします。レディ。お怪我はありませんか?」
開放して、一礼。
口調を“ガルマ”のそれへと戻しておく。
意識の片隅で、ララァ嬢とパプテマスのびっくりしたような気配を察するけど、基本、“ガルマ”は敬語なんだよ。
改めて海賊を見直したら、背は高いけど、その体つきは女性特有のものだった。
長い黒髪。素敵なお姐さまじゃないか。
女性に暴力を振るうなんて以ての外。
ほんとに申し訳ないと眉が下がった。
「なぜ海賊などに身をやつしているか存じませんが、怪我すると危ないので、早々に足を洗った方がよろしいかと思いますよ」
「そんなことはどうでもいい! お前、なぜ“シャンクス”を知ってる!? お前は何者だ!? ガルマ様はどこにいる!??」
まだ20代半ばくらいの年頃だろうに、髪を振り乱して叫ぶ姿には、結構な迫力があった。
「それは船長にお話しします。連れて行ってください。この子達も一緒に」
ちらりと視線を投げた先、『おいで』と促せば恐る恐る出てくるララァ嬢とパプテマス。
「……3人だと? 聞いてないぞ」
「いろいろありまして」
さぁ、早くしよう。当局に拿捕でもされたら、それこそ目も当てられないからね。
✜ ✜ ✜
「お前は誰だ」
厳しい声だった。連行された先のブリッジ。レッド・フォース号の船長は30がらみの厳つい男で、当然赤髪のシャンクスとは似ても似つかない容姿をしていた。
抜け目のなさそうな目つき。顔も体もガッチリとして、崩して見せてるけど、元の姿勢は良さそうだった。
なんかこの人にも見覚えがあるような。うーん、と首をかしげた。
「……どなたですか?」
「こちらが聞いている」
苛立ったような声。
「ガルマ様はどこだ? そっちの少年はではないことは分かっている。髪の色は似せているがな」
刺すような眼差し。あれ、替え玉とか疑われちゃったのかな。
「ええ。彼はパプテマス・シロッコ。あの船の中で出会いました。……“ガルマ・ザビ”は、僕です」
答えた時の、男と、その部下たちの顔は見ものだった。
ポカンと一斉に顎が落ちて、まじまじと凝視してくる視線は「嘘だ!」と叫んでいるようだった。
「ひとまず、“ギレン兄様”に連絡をお願いできますか。あなた方を差し向けたのは“ギレン兄様”なんでしょう? こんな無茶なことするの、あの人くらいしか居ないし」
慎重に見えて、実のところ力技が好きだよね、“ギレン”。考え過ぎてブッ飛んだ結果かも知らんが。
「…………失礼だが、貴女は女性では?」
透かし見るように見てくるけどさ。
「いいえ。それとわからないように変装してみました。それなりに上手に出来ているようで良かったです」
「……それなりにと言うか、度肝を抜かれるレベルと言うか……」
唸るみたいな声だった。
「まぁ、お上手ですこと」
口元に手をかざしてコロコロと笑って見せれば、「シャレになりませんぜ」と、船長がぼやいた。
海賊船は、極秘で一路ムンゾへと向かう。
船長はドレンと名乗った――って、あのドレンか!
いつかの世界線の“シャア・アズナブル”の部下だった男。ん、見覚えあると思ったはずだよ。
ニコニコして握手。
まだ半信半疑なのか、胡散臭そうな表情を向けてくるけどさ。
「……そのままの格好で通信に出る気ですか?」
「ええ。褒めていただけたみたいなので」
「ええぇ…褒めたわけじゃ……」
「美人ではないと?」
「いやすこぶる美人ではありますが」
だったらいいじゃん。ふふふ。“ギレン”を驚かせてやろう。
半年ぶりの対面に、ワクワクしながらモニターを見上げる。
オペレーターとの通信の後、メインモニターに、半年前とちっとも変わらない“ギレン・ザビ”が映し出された。傍にはタチとデラーズもいる。
楚々とした風情で微笑んでみた。
どうよ、ララァ・スン似の美女だろ?
豊かな黒絹の髪に、淡褐色の艶めく肌。長い睫毛に縁取られた大きな瞳は緑がかった煌めきを宿し、撓む唇は官能的に。
華奢な身体に豊満な胸。
表情さえ謎めいたそれに。瞬間の顔面修正さえ行使すれば、ちょっとお目にかからないレベルの佳人になるはず。傾城って言ってくれてもいいよ?
男にとっての理想の女性は、その無意識化の“anima”の具現に他ならない。
だとすれば、おれが顕現した“夢の女”は、他の男にとっても“ Femme fatale”足り得るだろう。
目を剥いた“ギレン”が何か言う前に、禿頭の巨漢が前に出た。
〈何者だ〉
デラーズのこんな声は初めて聞いた。冷々として、意識に刺さるような。
向けられる眼差しもそうだ。どこにも温かみのない、敵かもしれない相手を見る目。
〈連邦の手のものか? その容姿で閣下の篭絡でも目論むつもり…〉
だけど言い終わる前に。
〈ちょ、何やってんだガルマ・ザビ! あんたまさかその格好で連邦諸氏誑かしてたんじゃないだろうな!??〉
タチが横から飛び出してきた。
ヲイ口調。相変わらずヒドイな。
ともあれ、流石に情報将校のトップだね。難なくおれだと見抜いたみたい。
〈なッ!? これがガルマ様だと!??〉
デラーズの声は悲鳴みたいだった。
なんかカオス。
ちょっと君ら“ギレン”の部下じゃないの。何で“ギレン”が話す前に発言しちゃってんのさ。
「お久しぶりですね。お二人ともお元気そうで何よりです」
それから、背後の“ギレン”に向けて。
「ただいま帰りました。“ギレン兄様”」
とびっきりの笑顔を振る舞ったのに。
〈……そのふざけた格好はなんだ〉
あら額に青筋が。
拳もフルフル震えちゃってるし。
「変装ですよ。連邦に捕まるわけにはいかなかったもので。綺麗に化けたでしょ?」
まぁ、実際にはギャング対策だったわけだが。言うと更に面倒だからさ。
ニコリと。この微笑みで和んでくれないかなー。
ま、無理か。“ギレン”だし。
スンと表情を改めて。
「家族にも、僕の“宝物”にも変わりはないでしょうね?」
真っ直ぐに視線を向ける。
親兄姉は、キャスバルは、アムロ――子供たちは。そして、仲間たちは。
どれか一つでも、よもや欠けてはあるまいな。
こちとらただひたすら再会だけを願って耐えてきたんだ。
〈……何も変わらんよ、何も〉
ため息とともに、“ギレン”が吐き出す。鋼色の瞳には、降り積もった疲れは見えたけど、嘘や隠し事は無さそうだった。
良かった。
帰る早々、おれの宝物を害した連中を潰して廻るようなことにはならないみたい。
心底からほんわりと微笑みが浮かんだ。
“ギレン”は頭痛を払うみたいに頭を振った。
〈着替えて出直せ〉
なんて一言で、半年ぶりの通信はぶった切られた。
――つれないなぁ。
この麗しい姿は、しかしながら“我が兄”の好みでは無かったらしい。
肩をすくめて、ドレン船長に向き直ると。
「……本当に、本物のガルマ様だったんですね」
しみじみとした口調だった。
「そうですよ?」
最初に名乗ったじゃないか。なにさ、今まで疑ってたの?
「取り敢えず、着替えたいんですけど……あちらの船におおかた置いてきてしまって」
貴重品は身に着けてたけどさ。
「なにか貸してもらえますか? 僕と、それから彼女の分を」
改めてララァ嬢を示せば、こちらでも目を剥かれた。
「彼女って……こっちは女の子か!?」
確かに華奢だしきれいな顔してるけど、とかなんとか。
それから、パプテマスのことも恐る恐る振り返って。
「なら、お前は……女の子か?」
「男です!」
そんなやり取りに、声を上げて笑った。
「『…………本当にガルマ・ザビなんだな?』」
変装を解いて、素顔に戻ったおれを、パプテマスがまじまじと覗き込んでくる――近ぇよ。
「『まだ言ってるの? だからそうだってば』」
「『その髪はどうしたんだ?』」
「『切った。あのままじゃすぐに僕だとわかってしまうからね』」
森林を抜けたあとに切り捨てた。
「『メディアで見てたのと随分違う。その面変りは……痩せたのか?』」
「『ゲッソリいったね』」
苦笑い。
森林を抜けてから最初の一週間は、ほとんど飲まず喰わずだったんだ。
その後それなりに食わして貰ってたけど――ありがとう、優しいご婦人たちよ。おかげで行き倒れずに済みました。
ともかく、そもそもがウエイトを落としてたところにさらに無茶したもんだから、地球に降りる前と比べたら10kg近く結果にコミット。
肋が浮いてて、貧相で物悲しいったらないね。ドレン船長に用意してもらった着替えだってブカブカだ。
まぁ、ここまで削られてたからこそ、女装が不自然にならなかった訳だが。
「『それより、パプティ、君は幾つなの?』」
「『“パプティ”!??』」
「『長いでしょ、パプテマス。良いじゃないか、パプティ。可愛くて』」
「『可愛い必要がどこにある!? シロッコで良いだろう!』」
「『可愛いは必須項目なのを知らないの? じゃあシロちゃんで』」
「『“シロちゃん”!?』」
「『叫ばないでよ、パプシロ』」
「『“パプシロ”!??』」
めちゃくちゃツッコミ要員。
律儀に反応してくれるのは有難いんだけど、いかんせん喧しい。
話が進まないじゃないか。
「『それで、君いくつなのさ?』」
パプティは、肺の息を全部吐ききるみたいな溜息をついた。
「『――……15だ』」
「『3つ下か。木星へはひとりで?』」
もしも家族がいるなら、ここに至るまで一言くらいあっても良い筈だ。無かったってことは、単身で渡るつもりだったのか。
「『私の家族構成に興味が?』」
皮肉っぽい声だった。冷えた眼差し――家族は“地雷”か。
「『無いよ。つまり家出小僧か』」
「『……帰る家などそもそもないさ』」
「『ふぅん?』」
そりゃ拉致るのには好都合。
無理強いするつもりはないけど、その才能は逃がすには惜しすぎる。
「『うちにおいで――お前なら木星でも成功するだろうけど、どうせならムンゾでそのチカラを奮いなよ』」
言えば、パプティは銀色の瞳をパチクリと瞬いた。まるで意外なことを聞いたとでも言うような反応に、首を傾げる。
「『私が……成功する?』」
「『そりゃそうだろ』」
何を当たり前のことを。その頭脳も度胸も特級じゃないか。
周囲から突出するのは目に見えてる。その分、叩かれもするだろうけど――出る杭なんとやらって。
パプティの思考波がそっと触れてくる。嘘がないのを確かめるみたいに――恐る恐る。
オカシイね。おまえ、そんなに自信ない奴じゃないだろ?
それとも15歳の少年ではまだ、そこまでの自負を持ち得ていないのか。
小憎らしい顔が可愛らしく見えてくる。思わず手を伸ばして頭を撫でたら、目を見開いたままピシリと固まった。
――手触りイイなー。
こんなところまでハイスペック。
フリーズしているのを良い事に撫で続けてたら。
「『ガルマ!』」
「『おや、おかえり。素敵なワンピースだね、とても似合ってる。可愛いよ』」
船内で用意してくれた服に着替えたララァ嬢が戻ってきた。
もともと、あのラインが好きなのか、ストンとした余裕のあるカナリア色のワンピースは、いつか見た画面の中の彼女を思わせた――髪は解かれてるけど。
一緒にいるのは、木星行きの船で最初に会った背の高い女海賊だった。護衛も兼ねてるのかな。
パプティがハッとしたように身を離す。
ララァ嬢はたいして気にした様子もなく、両手を突き出して見せてきた。
「『これを結んで』」
差し出されたのは、カラフルな数本のリボンだった。
「『良いね。どうせなら編み込もうか』」
了承すれば、いそいそと前に来て座る。
飛び切り素敵に編んであげようとも。
まずはウォーターウォールでリボンの冠と流れを作る。さらに流した髪の房を細やかに編み垂らし、更に束ねながら所々にリボンを散らしていって、最終的に2つに分けた髪を、耳の後ろで複雑なシニョンにして留めたら。
「異国の姫君のようだな……」
女海賊がうっとりと溜息をついた。
――だろ!
我が事のように胸を張る。
ソワソワするララァ嬢に、女海賊が笑いながら鏡を見せてた。
思考波がキラキラしてるから、気に入ってくれたんだろう。
「良かったら、君も結ってみますか? レディ・パイレーツ。素敵な黒髪をしているから」
出会い頭のあの無礼もあるから、ちょっと挽回しておきたい。
促してみたら、めちゃくちゃ首を振られた。横に。
「私みたいな大女がそんなことをしたら笑われる!」
「背が高いことは、女性が卑下する理由になりませんよ。そう思わせるのは男が不甲斐ないからです」
キッパリと言い切る。
肩をすぎて流れる真っ直ぐな髪は艷やかだし、顔立ちは少しキツイけど整ったものだ。
強い意志を宿す黒瞳が煌く様は美しい。
「そうでしょ『パプティ?』」
「『急に振るな!』……それは間違いではないな」
パプティも頷く。
ララァ嬢が女海賊の腕を引いておれの前に座らせた。
おずおずと見上げてくるから、笑いかける。
「大丈夫ですよ。甘過ぎないように編むから。髪に触れても?」
小さく頷くのに、さらに微笑みかけて。
さて。じゃあ、可愛くて凛々しいを目指してみようかね。
サイドは残して、後ろ髪をかご編みの要領で編み垂らしていく。いわゆるバスケットウェーブってヤツ。女性らしい柔らかさを残しつつ、先端にいくにつれてキツく靭やかに編んでやれば、ベルトか鞭みたいな毅さを演出するだろ。
女海賊には相応しかろうさ。
「『……今度、わたしにもそれやって』」
お。ララァ嬢のお眼鏡にも叶ったんなら、上々でしょ。
「『いいよ。――如何です? レディ・パイレーツ』」
「……シーマ・ガラハウ。私の名前です」
女海賊が微笑んだ。
――なんと!?
えええぇ!? お姐様ってあのガラハウ姐さん!?
ちょっとマジマジと覗き込んでしまった。だって、印象が結構違う。
画面の中の彼女の、あのふてぶてしい女傑振りからすると、目の前の彼女は可憐と言っても良さそう。
表面上は分厚い猫皮が覆っているけど、内面の動揺は聡いふたりに伝わってしまう――けど。
『……君の思考はスクラップ工場の廃材置場のようで読めないな』
『自分では4日目のカレーって思ってる』
『煮込みすぎたターリーってこと? 言えてるわ』
このごちゃごちゃ加減がいいぐあいにブロックになってるみたい。助かった。
「私の顔に何か?」
じっと見すぎたんだろう。居心地悪そうにガラハウ姐さんが身動ぐのに、慌てて謝罪する。
「申し訳ない。笑顔が素敵だったので…つい」
ちょっと目を逸らして照れてみせる。
――いや、嘘じゃないってば!
ララァ嬢、叩くの止めて。そしてパプティ、ゴミ虫を見る目を止めて。
頬を紅く染めたガラハウ姐さんは、いそいそと立ち上がった。
「これ、ありがとうございます」
髪に手を添えてはにかむように微笑む姿に、やっぱり見惚れた。
「ギレン総帥閣下との合流のために小艇を用意しております。準備が整うまでここでお寛ぎください。入り用なものはお申し付けくださればお持ちいたします」
「ありがとうございます」
素直にお礼を。
ガラハウ姐さんはそそくさと部屋を辞そうとして、ふと戸口で立ち止まってこっちを見た。
その顔に、じわじわとひどく嬉しげな笑みが広がっていき。
「……お戻りをお待ちしておりました。ガルマ様」
一言。そして、彼女は一礼して、そのまま部屋を去っていった。
“おかえりなさい”と言わなかったのは、その言葉を、おれの親しい人たちへと譲ってくれたんだろう。
――良い女だね!
気遣いのできる黒髪のクール系でも可愛くて、豊満なお胸様装備のお姐様だぞ。
うわ、ポイント高っけぇ!!
『ああいうのが好みか?』
『違うわ。ガルマの中には、“青と碧”がいつもキラキラしてるもの』
揶揄してくるパプティに反論したのはララァ嬢だった。
『……青と碧?』
『自覚してないのね』
新緑の瞳がひとつ瞬く。
『………いいや』
たぶん、それはおれの中で“一番綺麗なもの”で、いずれ遠くない未来に、きみと共に生きることになる相手だ。
キャスバルもアムロも、運命に惹かれるようにララァ・スンを愛するだろうから。
それは楽しみなような、淋しいような、複雑な気持ちには違いないけどね。
『幸せにおなりよ』
話の流れが変わったことにか、ララァ嬢が小首を傾げた。
彗星と流星と白鳥。この世のなにより美しい者たちが、争うことなく共にある未来を想う――ずっと想ってた。想い続けていたことだ。
微笑みが浮かぶ。
『幸せって、どんなふうに?』
『いっぱい食べてぐっすり眠って、たくさん笑いあえる、大好きな相手が共にいる』
『……難しいわ』
『そうかもね』
だけど、きっと叶うよ。
『少し…こわいかも』
『大丈夫』
全身全霊をかけて護るから。
『……それは、わたしもガルマの“宝物”になるってこと?』
『そうだね』
君がそれを赦してくれるなら。
それから少し所在無げにしているパプティに向き直って。
『君はどうする? さっきの返事をまだ聞いてない』
忙しなく瞬いている銀色の双眸を覗き込んだ。思考波が乱れてるのは、きっと、凄く迷ってるんだろう。
ごめんよ。だけど、そんなに待ってあげられる時間は無いんだ。
『ムンゾに来てくれる? それとも、木星へ行きたい?』
意思表示は明確にしといた方が良いよ。曖昧、もしくは無回答なら拉致るからさ。
『……物騒な思考が漏れてるぞ』
『そう? で、どうするの?』
『――攫われてやろう。いずれお前がほぞを噛むほど、出世して見せようじゃないか』
ふん、とパプティが胸を張った。
『やってみなよ』
お前なら、それも出来るだろう。
もしかしたら“ギレン”辺りが重用するかも知れない――扱き使われるって事だけどさ。
『なぜいちいち思考が不穏なんだ』
『そういうひとだもの』
ええぇ〜。
したり顔のララァ嬢に、ちょっと眉が下がる。
『ね、君の中のおれの評価って底辺這ってない?』
『……そこまでじゃないわ』
そっと視線が逸らされた。
んんん。高くなさそうなのは分かっちゃった。
ガックリと肩を落としたら、ふたり分の楽しげな笑い声に追撃を受けた。
✜ ✜ ✜
小艇はホントに小さくて、ほんとにこれに乗るのって3回聞いてしまった。
操縦士含めて全部で10人も乗れないじゃないか。
艇って言うかポットみたい。
「大丈夫ですよ。仮にも海賊船で接舷できんでしょう」
襲撃になっちまう、とドレンが笑う。
「そうですけど、こんなに小さな艇は初めてです」
ドレンの他にはガラハウ姐さんと、ほか3人、それからおれとララァ嬢とパプティの3人だから、合わせても8人ぽっちりだ。
狭いわー。
空気が薄いような錯覚まで覚える。
緊張してるらしきララァ嬢と手を繋いで、反対側にはツンケンしつつもパプティが張り付いてくる。
その様子を、ドレンはニヤニヤしながら眺めてきた。
モニタからはまだ船影を確認できないけど、センサーはその先にいるらしきムンゾの小艦を捉えていた。
あれに、“ギレン”が乗ってるのか。
ふと、意識するより先に思考波が広がった。
“ギレン”は思考波を捉えたりは出来ないから、そういう意味で触れ合えたりはしないのに。
鼓動が早くなる。耳元に心臓があるみたいにドクドクと煩いほどで。
なんだろ、急かされるみたいにぶわりと、感覚で補足できる範囲が拡大される。
遠く遠く、肉眼で捉えられない先へと視線が伸びて、瞬きさえ封じられた目をかっぴらく。
突然のことに、ララァ嬢とパプティの戸惑いを感じたけど、だけど――。
――……キャスバル?
そこにいるの? キャスバル?
居る――ああ、居るんだね。
澄み切って、深くて、轟々と激しい。
燃え上がるみたいな、凍てつくみたいな。煉獄から見上げる天上の青に似てる。
一番綺麗な青。これ以上に綺麗なものをおれは知らない。
「『……キャスバルだ』」
記憶の中にあるそれより、なおも美しく思えて、瞬きを忘れた目から涙が溢れ出した。
つぶやきに、ドレンが目を見開いておれを覗き込む。
「……わかるのか?」
――わかるさ。
ずっと一緒に居たんだぞ。離れたのは、この半月間だけだった。
あの“青”が、半月も傍になかっただなんて。
虚空に手を伸ばす。
お前も伸ばしてるんだね、キャスバル。
触れないけど、触れてる。思考波が震えて波紋が広がって、そこにお前が形作られてる。
「『……見えた。お前だ、キャスバル』」
約束通りに帰ってきたよ。
さらに手を伸ばそうとした瞬間――隣から白鳥が飛び立った。
星光の波が広がる。緑を映す湖面みたいな。その最中に羽ばたく少女は、一羽の白い鳥のようだった。
伸ばしかけた手を引いて、ただ見守る。
伸びやかで美しい光の羽が、虚空を軽々と飛び越えていく。
運命がふたりを引き合わせるのか。
次の瞬間、まるで星と星がぶつかったみたいなインパクトが来た。
――ふぉッ!?
なんでビックバン!??
壮大なる銀河の爆発を受け、全ての感慨と感情と感動と、ついでに意識も木っ端微塵に吹っ飛んだ。
「『……शुद्ध नीला, चमकता पक्षी, मैंने ब्रह्मांड की सच्चाई को छुआ।…(青の中の青よ。清らかな鳥よ。おれは宇宙の真理に触れたぞ…)』」
「『…! ……ッ!! ガルマってば!?』」
カックンカックン揺すぶられて、ふっと我に返った。
無辺の光は何処だ?
なんかものすごく尊いものに触れていたような気がするんだけど、いま。
目の前には泣きそうになってるララァ嬢が。
――え? なんで??
「『……誰が君を苛めたの?』」
「『あなたが急に壊れるから!』」
ええぇ、おれ?
――って。
「『キャスバルは無事か!??』」
あのビッグバンを思い出して飛び起きたら、小艇はもう小艦に収容されるところだった。
時間にして数分ってところかな。
「『別になんともなさそうだったわ』」
ぷくり、と、ララァ嬢が膨れた。
ノロノロと意識を拡大して探れば、馴染んだ思考波に絡め取られた。
ホントだ無事そう。流石だキャスバル。
ところでパプティは……。
――伸びてるわ〜。
ダンゴムシAgain。まぁそうなるよね。
「『生きてるー?』」
ツンツンとつついて見たら、恨めしげに睨まれた。
「大丈夫なんですか!?」
ドレンとガラハウ姐さんが、冷や汗をかきながら覗き込んでくるのに、なんとか笑顔を向けた。
「大丈夫です」
「何があったんです?」
「“恒星の邂逅”。“deep impact”ってところです」
なるほど分からん、ってドレンの顔には書いてあった。
こればっかりはニュータイプじゃないと実感できないだろうね。
多少のハプニングはあったものの、小艇は無事にムンゾの迎えの艦に取り込まれた。
クルーの手を借りて船内に移れば、まるで隣にいるみたいキャスバルの気配が感じられた。
自然と足が早まる。
案内されなくても真っ直ぐ目的の場所へ進んで行くおれを、数人のクルーが不思議なものを見るような目で見たけど、気にしている余裕なんかなかった。
代わり映えのない廊下を突き進む先、目指す相手を見つけて駆け寄る――と、同時に伸びてきた腕に固く絡め取られた。
「『キャスバル! キャスバルだ!!』」
思い切りしがみつく。
腕の中の身体は、確かな質量を持ってそこにあった。
込み上げる感情がぐちゃぐちゃで、自分にもよく理解できない。
苦しいくらい嬉しいのだけはわかったけど。
ポロリと一粒涙が転げた。
「『そう。僕だ。ガルマ』」
「『ん。おれだよ。……キャスバル』」
以前と同じように、キャスバルの思考波がおれの意識が余さずさらっていく。
その強さに痛みすら覚えるのに、隅々まで触れてくるそれに安心する。
たった一人で切り離されていた心細さから解放されて、やっと深く息ができるような。
ちょっと拙いな。ここまで依存してたのか。
『問題ない』
『そ?』
『ああ』
キャスバルがそう請合うなら、問題ないのかも。
「『ただいま、キャスバル』」
「『おかえり、ガルマ』」
ぐりぐりと猫みたいに頭を擦りつけて、それから名残惜しいけど体を引っ剥がした。
周りを見回せば、呆れた顔の“ギレン”と、深い笑みを讃えたデラーズと、渋面のタチがいた。
――“ギレン”!!
さぁ、“お兄様”、褒めていいのよ。むしろ褒めるべき。
褒めるよね?
ワクワクしながら視線を合わせてみたら。
「……貧相になったな」
――って。
ヲイ、ちょっと待て。
クワッと目をかっぴらく。
半年間、単身頑張りまくって、最後は命懸けで帰ってきた“弟”と直接顔を合わせた第一声がそれで良いのか!?
――良いわきゃねぇだろ!
いま、瞳孔開いてるんじゃないかな、おれ。
『ぶちのめしますわよ、お兄様♡』
『気持ちはわかるが、落ち着け、ガルマ』
キャスバルがなだめてくるけどさ。流石にこれはどうよ――見ろ。デラーズもドレンもガラハウ姐さんも、みんな唖然としてるじゃないか。
大笑いしてるタチは後で絞めるとして。
「……まぁ、よくやった」
ギリギリ凝視してたらようやく労いらしきものが口から溢れたけど、それだけだった。
「――ようこそララァ・スン、そしてパプテマス・シロッコ。ムンゾは、お前たちを歓迎する」
“ギレン”の興味は、既におれが連れてきたふたりに移っていた。
「あなたがガルマのお兄さんなのね」
ララァ嬢が仰け反るように見上げて首を傾げた。
『大きいわ』
『3番目のドズル兄貴はもっと大きいよ』
『……凄いわね』
なんて裏側でコソコソしつつ。
「そうだ。私はギレン・ザビと云う。そして、もう知ったと思うが、こちらがキャスバル・レム・ダイクンだ」
「キャスバル――ジオン・ズム・ダイクンの……!」
パプティがめちゃくちゃ反応した。なに、お前もジオニストなの?
さっきからキャスバルの名前呼んでたけど、フルネームじゃないと気づかんのかい。
ジト目で見れば目を逸らされた。
「“ガルマ”が声をかけて、それに応えてついてきた、と云う認識で間違いないのかな、君たちは、このままムンゾに来ると云うことで?」
ララァ嬢は溜息をついて肩をすくめた。ついでにおれをチラリと睨んで。
「応えたわけじゃないけど、もう戻れないもの『誰かさんに攫われたから』」
『……ギャングよりもマシって思ってよ』
『比較対象それ?』
『ごめんて』
ムンゾに来てくれたら大事にするからさ、なんてやり取り。
『何があったら地球から少女を攫ってくるような事態になるんだ』
キャスバルには盛大に溜息をつかれた。
『色々あったんだってば』
『後で全部聞かせてもらうからな』
それ、頭ン中から全部引っ張り出すってコトだよな。うぇへぇ。
“ギレン”の話はその間も続いてた。
「さて、パプテマス・シロッコ、お前はどうだ?」
「その前に、ガルマ・ザビと云いあなたと云い、何故私のことを知っているのか、教えて戴きたい」
警戒心マックスのパプティが、銀色の眼で“ギレン”を睨んだ。
「なるほど?」
僅かばかりに首を傾げて、“ギレン”の片目だけが眇められた。アンバランスな表情。
回答を面倒臭がってる時の癖だからね、それ。
「すまないな、私はそれに返す答えを持たん。ただ“知っている”だけなのでな」
――ほらね!
投げやがった。それくらいなら最初から誤魔化しとけっての!
この場では誰も“ギレン”に対してこれ以上の追求はできない。
と、なれば。
『さぁ、吐け』
案の定、キャスバルの追求がこっちにきた。
『思えば君は昔から、未来を語るようなことがあったな。つまりは、ギレンの言うあれこれは君が原因ということだろう――未来が視えているのか?』
素晴らしく青い眼がひたと見据えてくる。
思考派もガッツリ絡まってるから、嘘はつけない。
――……おのれ“ギレン”め。
面倒事になるのは目に見えてるのに、なんであいった言動をしやがるのか。
おれが難儀するじゃないか。
ふーっと溜息。
『……視えない、未来はね。もう視えない』
『つまり、以前は視えたと?』
パプティもグイグイ来るなぁ。
『あれが未来かは怪しいけど――……そんなものだったのかもね?』
いつかの世界線。物語の時間軸。そうあったかもしれないシナリオ。
今じゃ流れが違い過ぎて、なんの役にも立ちゃしない。
ゆるゆると首を振る。気が抜けた笑みが零れた。
『キャスバル、お前に会う前のことさ――おれがまだ誰とも繋がってなかった頃、たまたまそのチャンネルがひらいたんだ』
TVの画面に映し出された、機動戦士ガンダム。1stから始まって、一連の宇宙世紀に夢中になった。
この辺の思考は混沌の海に沈めとく。
表層から見れば、おれがナニかヤベえモンに触れたと思われるかもね。
だけど、まぁ、他人と意識が繋がるんだ。他のナニかと繋がることだって有り得なくは無いだろ? 証明できないし。
『おれは“それ”を視た――鮮やかに切り取られた世界のカケラだったよ。だから知ってた。いつか会うかもって、会いたいなって願ってたんだ。魂で触れ合える同朋。――その時、“ギレン”も“それ”を視たんだ』
『だが、ギレンは自分を“オールドタイプ”だと』
『だね』
残念だけど、“ギレン”とは思考波でのコミュニケーションはできない。
『なら、なぜだ?』
『きっと……あなたが巻き込んだんだわ、ガルマ』
ララァ嬢がポツリと。
『あなたの“それ”は簡単にひとを呑み込むもの』
言われて内心首を傾げる。
――おれのはララァ嬢みたいに強くないよ?
『そうだな。ガルマの“これ”は、基本的に他者を“弾かない”。意図した場合は別だが』
『なるほど。だから、こうもやすやすと繋がるというわけか』
――って、3人でなにを完結してんのさ。さっぱり分からんからおれも交ぜてよ。拗ねるぞ。
ぷくり、と膨らんだナマカフクラガエルのイメージを投影。
グフッとパプティの喉が鳴ったのは笑いを飲み込みそこねたか。
『……やめろガルマ』
『フグのほうが良かった?』
『そうじゃないけど、それよ』
――どれ?
『投影だ』
『自分が視たものを、ギレンに強制的に投影したんだろう』
『おそらくそれだろうな』
『こういうイメージとか、簡単に送ってくるものね』
3人が頷いてる。
あれ。
何か勝手に解釈されてるんだが。
『……そう?』
それなら、それで良いけど。
追求が止んだことにホッとする間もなく。
「さて、それでは当座の隠れ家へ案内しよう。仕込みが終わるまでは、そこで待機してもらうことになる。その前に、まずはキャビンだな」
言うだけ言って、“ギレン”は素っ気なく踵を返した。
ホントにさぁ。半年ぶりに帰還した“弟”に対する配慮はどこなの“お兄様”?
そんなんだから、いつまでたっても不仲説が下火にならんのだ。
ドレンやガラハウ姐さん、そしてデラーズまでが気遣うような視線を向けてくるのに、苦笑して肩をすくめる。
「我々はふかふかのベッドとソファとバスタブを要求します! それから美味しい食事も!」
まとわりついてシッシと払われるのも業腹だけどさ。
「船内では我慢しろ。……隠れ家には腕の良いコックを派遣してやる」
溜息混じりでも言質をとったから、これで譲歩してやろうかね。