ザビ家成り代わり   作:くずみ@ぼっち字書き。

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【成り代わり】another ORIGIN 反逆の"ガルマ" 3【転生】

 

 

 

 そして、テキサスコロニーである。

 古き良きアメリカを模したこの地は、あれだ、西部劇の舞台みたいな感じ。

 コロニーってそれぞれコンセプトがはっきりしてるから、特色がすごく分かりやすいよね。

「『でもお前は、“カウボーイ”って言うより“白馬の王子様”みたいだね、キャスバル』」

 他に誰もいないとき、言葉と思考波は乖離しない。

 思うまま口に出せば、例えが気に入らなかったのか、幼馴染殿はフンと鼻を鳴らし、馬に拍車をかけて駆け出した。

 その後ろをやはり馬で追いかける。こちらは額に星のある黒馬、足の先も白い靴を履いてるみたいで可愛い子だ。

 敢えて悪路を選んでるんだろうけど、これしきどうってことない。

 風に草が靡く。空は澄んだ青、ちぎった和紙みたいな雲が流れてく。

 人工の大地とは思えない環境。思えばすごいもんだね。

 走らせる事しばし。馬の首が汗ばむ頃に、先をゆくキャスバルが速度を緩めた。

 ちらりと振り返る視線は、ちょっとだけ面白くなさそう。おや、遅れずについて行ったのがご不満か。

「『姉さまの趣味は乗馬なんだ』」

 まあ、そうじゃなくても、馬には色々と馴染みがあるけど。

「『ふぅん。ただの”柔な坊や”じゃないってことか』」

「『……いい加減にそれやめろ』」

 唇を尖らせて抗議するけど、キャスバルは知らん顔。

 あの誘拐劇のあと、熱を出して3日寝込んだことを、この幼馴染殿は事ある毎に論ってくるようになった。

 ちなみに実際に熱があったのは1日だけで、あとの2日は過保護な(“ギレン”除く)ザビ家からの強行措置だったんだけど。

 ほんとに勘弁してもらいたい。

 この身体は、鍛えても鍛えてもムキムキにならないし、無理をし過ぎればオーバーヒートを起こす――何故だ。筋肉は裏切らないんじゃないのか。

 まあ、一晩くらい休めばすぐに回復するからどうってことないんだけどね。

 ともあれ、あの事件の首謀者は、バッチリ特定されて御用になった。

 末っ子と保護対象を攫われたデギンパパは、怒髪天を衝いた――髪無いけど。

 おれたちの奪還のために、宙港封鎖を含めて、ありとあらゆる手段を講じたらしい。

 “ギレン”は画策し、サスロ兄さんは扇動し、キシリア姉さまは暗躍し、ドズル兄貴は野獣になった。

 ムンゾは上を下への大騒ぎになり、無事に救出されたときの国民の熱狂は物凄かった。

 街には市民が溢れ、口々に、ジオンを、ダイクンを、ザビを叫んでた。

 子供ながらに誘拐犯と戦ったことも、他ならぬ犯人の口から告げられたことで、キャスバル・レム・ダイクンと“ガルマ・ザビ”はちょっとしたヒーローになった。

 多分、プロパガンダにも利用されたんじゃないかな。

「子供を攫う連邦など言語道断、許すまじ!」と、連邦への忌避から独立の機運はかつて無いほど高まり、それは、ムンゾに留まらず複数のコロニーにも広がりを見せた。

 騒ぎが大きくなりすぎて――多分、サスロ兄さんのせい――“ギレン”はこっそり頭を抱えてたみたい。

 そしておれたちは、“ギレン”のさらなる謀略かなにかで――ほとぼりが冷めるまで、テキサス・コロニーに滞在することになった訳だ。

「おーい!」

 遠くから声が掛かる。

 振り向けば、栗毛の馬に乗った少年が駆けてくるところだった。

 大きく手を振られるのに、こちらも振り返せば、となりでキャスバルが鼻を鳴らした。

『おい、猫の皮が剥がれてるぞ。愛想よくしろよ、キャスバル』

『君じゃあるまいし、そんなヘマするもんか。そんなに簡単に媚を売らないだけだよ』

 媚じゃねぇ処世術だ――“ザビ家の末っ子”には必要なんだよ。

 思考波が火花を散らす。

 一瞬だけ視線が絡んだけど、キャスバルの青い眼はすぐに駆け寄ってきた相手へと向けられた。

「ガルマ、キャスバル、君たちも遠乗りかい?」

「ああ。ムンゾじゃこんなに馬を走らせることなんて出来なかったからね、とても楽しいよ」

 にっこり笑って返せば、シャア・アズナブル(本人)は明るい笑い声を上げた。

 快活な表情はともかく、造作はキャスバルに瓜二つなんだよね。

 おのれ爆ぜろイケメン共――思考波で笑うなキャスバル。

「それは良かった! だけど、護衛の人たちはどうしたの?」

「ああ。息が詰まるからって、気を利かせてくれたんじゃないかな」

 今度はキャスバルが答える。

 単に置き去りにしてきただけだよね、護衛と言うか、お目付け役。きっと今頃は通信でランバ・ラルに怒られてる。

 これが、ランバとかレディ・ハモンだったら、撒くことは出来なかっただろう――彼らはアストライアとアルテイシアの護衛でムンゾに残ったから、こちらはかなり好き勝手ができた。

「そう。ねえ、母さんがピーカンパイを焼くって言ってたんだけど、このあと一緒にどうかな?」

 ――ピーカンパイ⁉

 ふおぅ。あの滅茶苦茶甘いやつか。ここへ来て一度食べて、しばらく胸焼けに悩まされて懲りたやつだ。

 尻込みするおれに気付いたキャスバルが含み笑う――よせ、止めろ、誘いに乗るな!

「良いな。僕は甘いものは苦手だけど、ガルマは好きだからね」

『おい! キャスバル‼』

『誰にでも甘い顔をするからさ』

 ――してねぇ! 断じてしてねぇよ‼

 ただ、ご婦人の悲しむ顔を見たくなかっただけだ‼

「……いきなり押しかけたら迷惑だろう? またの機会にするよ」

 遠回しに断ってみたけど、シャアには全然通じなかった。

「遠慮なんかするなよ! 問題ない。すごく美味しそうに食べてくれたって、母さん喜んでたから、大歓迎さ!」

 くぅう、回避失敗。

 欠片も悪意の無いキラッキラのペールブラウンの瞳に見つめられて、「だが断る!」って言える人間は少ないだろう。

 ワンコみたいなんだよ、シャア・アズナブル(本人)。キャスバル・レム・ダイクンは間違いなくお猫様系だけどな!

 さあ帰ろう、と、先に立って走り出すシャアの後を、虚ろな目で追いかける。

 ニヤニヤしてる思考波は、まるっと無視する。探るような思考も総スルーして締め出せば、そのうちに扉をノックするようなイメージが来た。

『……怒ったのかい? ガルマ』

『誰かが意地悪ばっかりするからな! お前もパイ喰いやがれ‼』

 プンスコして答えれば、仕方がないと肩をすくめる感じ。

『善処しよう』

 キャスバル、お前の『善処する』は、おれの『頑張る』と一緒だからな!

 ピシャリとシェルターを閉めるように、思考波をシャットアウトした。

 

 

 アズナブル夫人の名誉の為に言っておくと、ピーカンパイは絶品だ。

 とんでもなく甘いのは、それこそがピーカンパイだからだ。

 表面上はみっちりビッシリとピーカンナッツに覆われ、その下のカスタード層はもったりと重たく甘く甘く、コーンシロップと溶かしバターのコクはこの上ない。そのうえシュガーは洋酒を吸ってオトナの趣すら湛えている。

 そこにパニラアイスがトッピングされれば、ある種の甘味兵器と言えるだろう。

 大きく切り分けられたそれを、ブラウンの髪の夫人が微笑みと共に差し出してくる。

「さあ、いっぱい召し上がってね」

 息子とは似ておらず、美しいとは決して言えない造作ではあるが、如何にも善良そうで温かみのあるそれに、同じく微笑みを返した。

「ありがとうございます」

「うわぁ! 美味そうだなぁ‼」

 斜向いで歓声を上げたのは、思いも寄らない人物だった。

「リノ、まさか君も来てるなんてね!」

 リノの隣では、シャアが呆れた声を上げてる。驚いた、なんて。

 ホントだよ。

 アズナブル邸にひょっこり現れた彼を見て、物凄くビックリした。

 シャア・アズナブル(本人)と、リノ・フェルナンデス。

 “The ORIGIN”でエドワウ(キャスバル)に欺かれた二人が揃い踏みだからね――ガルマも含めれば、被害者の会が結成できるじゃないか。

 さっき、腹を立てて意識を閉じてたことが幸いした。いつものたれ流しオープンだったらヤバかったかも。

 そして“三日月”で培ったポーカーフェイスも役に立った。

 日頃の猫を被った表情と声色は、ここにいる全ての人間に有効だった。

「お前が『すごい友達が出来た!』なんてメールするからさ」

 澄ました顔でリノが言う。

 それから、おれたちにちょっとギラギラした目を向けてきた。怖えよ。

「俺はリノ――リノ・フェルナンデス! ジオン・ズム・ダイクンの思想は偉大だ! 会えて光栄だよ、キャスバル! そしてガルマ! ムンゾでの事件のことも聞いてる! 君たちは凄いな‼」

 リノ、お前は語尾に「!」を付けないと話せないのか?

「そんなことないよ。キャスバルが一緒にいてくれたからね」

 勢いに押されて、つい隣のキャスバルに身を寄せたら、テーブルの下でトントンと宥められた。

 あ。そう言えばまだ思考を閉じてたっけね。

 パカリと蓋を開けるみたいに拒絶を解けば、途端にキャスバルの思考がサワリと意識を撫でていった。隅々まで。

 ――ん、いつもと変わらんよ。もう怒ってない。

『締め出すな』

 なんて上から。

『お前が意地悪しなきゃね』

 答えて、パイにフォークを入れる。せっかく焼いてくれたんだ。有り難くいただくより他に道は無い。 

 口いっぱいに広がる甘みを飲み下して、珈琲を啜る。

 横目に見れば、あれ?

『ほんとに善処してんね、キャスバル』

『……後悔してるよ。頭が痛くなるほど甘いな』

 表情はにこやかだけど、思考波は顰められてる。

 だろ。次は巧いこと逃げような。

 思考波だけで頷き合い、シャアとリノへと視線を戻す。

「キャスバルとガルマは幼馴染なんだろ?」

 興味津々といったリノに内心で苦笑しながら、

「ああ、そうだよ――シャアとリノは?」

「腐れ縁だよ!」

「スクールがずっと一緒なんだ」

 仲が良さそうでなによりだ。

 あれこれ聞きたがるリノをいなしながら、反対にスクールでの日常を聞き出してやれば、そこにはこの年頃の少年には当たり前の環境があった。

 どこの世界でも子供は子供だ。

 微笑ましいやら、わが身に置き換えて物寂しいやら。

 シャアもリノも、競うように話しかけてくる。

 なんだか、大型犬の仔犬に飛び付かれてるみたいな気分――だけど、そこにあるのは純粋な好意とか、そんなものだけじゃないのは分かってる。

 キャスバル・レム・ダイクンも、“ガルマ・ザビ”も、“普通の子供”ではありえない。だからこそ、利権も恩恵も絡んでくる訳だ。

 子どもの世界だって、大人の世界の延長だから、単純に仲良しこよしとはいかない事情がある。世知辛いね。

 ともあれ、ここでこの二人と知り合えたことは、一つの好機だ。

「ふふ。“友達”が増えて嬉しいよ。ね、キャスバル」

「そうだね」

「シャア、リノ、この先もよろしくね?」

「もちろんさ!」

「頼ってくれよ!」

 ――そうさせてもらうよ。

 無邪気を装おって微笑むおれを、キャスバルの青い眼が呆れたように見ていた。

 

 

 ピーカンパイを何とか平らげ、夫人にお礼を言い、引き留めにかかるシャアとリノを宥めて、アズナブル邸を後にする。

 頃合いは夕の刻だ。

 見上げる空には星が光りだしていた。たった、数キロ先の宇宙空間。

 ――なんて近い。

「『宇宙だね、キャスバル』」

「『そうだな』」

 馬の背にのんびりと揺られながらの帰路。周囲に誰の耳目もないから、思考波と言葉はまた同調する。

「『……何に感傷的になってる? 彼らと僕たちの境遇の違いにか?』」

「『そう思う?』」

「『いいや。むしろ良からぬことを企んでるだろう、お前は』」

「『そうかもね。“おれ”は、“彼ら”を利用する。シャア・アズナブルは君にそっくりだから、それだけでも利用価値あるし、リノ・フェルナンデスは、ジオンに深く傾倒してる』」

 まだ稚さを残す彼らを、こちらの意に沿うように誘導してやるのは、そう難しい事じゃない。

「『不本意かい?』」

 おれの意識を読みながら、キャスバルが問う。

 思わず嗤いが落ちた。

「『おれをそんなに人非人だと思わないでよ』」

 子供は須らく保護されるべきものだと――おのれを守る術を確立していない存在は、容易く傷つくし壊れるから――そうあれば良いって思ってるんだよ。

 同時に、案外しぶとくて、いつの間にか、強かな大人になるのも知ってるけど。

 子供を利用するなんてしたくない――だけど、ここではおれは子供で、大人達を動かせるだけの力はまだ持たないから。

「『……おれは、もっと早く生まれたかったよ。せめて“ギレン”と同じくらいに』」

 キャスバルの青い眼が訝しげに瞬く。

 悟られないくらい深い意識の底で、そっと“おれ”が溜息をついてる。

 ボス曰くの“最大火力”は、今このとき、出る幕が無いし、その力もない。

 向ける視線の先、たこの一つもない整えられた手指が映る。ご令嬢じゃあるまいに。

 微笑みと弁舌、それだって力には違いないけど。

 もどかしさに歯嚙みする。

「『力が欲しいよ。お前を守って、ムンゾを守って、スペースノイドを解き放つだけの力が――“ギレン”くらい大人なら、お前を弟みたいに甘やかすこともできたのにね』」

 呟けば、キャスバルがフッと息を吐いて首を振った。

「『御免こうむる。君に甘やかされるなんてゾッとしない――でも、まあ、多少は頼りにしてやらなくもないかな』」

 なんだいそれ。もしかして慰めてるつもりなの?

「『君みたいな“柔な坊や”には、まだ早いってことさ』」

「『またそれか!』」

「『悔しかったらもっと丈夫になることだね』」

「『おれは虚弱じゃない!』」

「『はいはい』」

 おざなりに答えると、キャスバルは馬の腹を軽く蹴った。

 合図を受け走り出した馬を、おれの乗る馬も追いかける。

 広がる空間。瞬かない星は渦を巻くようで、見上げれば少しだけ怖い。

 こんなに狭いシリンダーの中で、とてつもなく広大な宇宙に生きるのは、多分、ジオノイドには想像もつかないだろう。

 閉鎖型のムンゾより、開放型のテキサス・コロニーでは、一層それを肌で感じ取れる。

 頭蓋の蓋が開くみたいに、意識が自我を超えて漂うのは仕方ないのかも知れない。

 だって、最初から自己を包む世界の殻が薄いんだ。

 身体からはみ出したおれの意識は、触れ合わずとも、隣のキャスバルの温度を、息遣いを感じとれる。

 それから、どこかはるか遠く、まだ見ぬ誰かの意識が呟くのを――まだ声は届かないけど――感じてる。

「『キャスバル、いまはおれ達だけだけど、この先、必ずお前と繋がる人間が現れるよ』」

 流星みたいに眩しくて、白鳥みたいに激しい、終生を共にするような相手が。

 ――お前にも感じ取れるだろ?

 深遠に手を伸ばすみたいに、意識をソラの先に向ける。

「『……ガルマ、少し意識を閉じろ。また熱を出すぞ』」

 波紋に石を落とすみたいに、キャスバルの意識が、おれの波の向かう先を掻き乱した。

 残念だな――もう少しでどこかに届きそうだったのに。

 恨みがましい視線を向けても、キャスバルは振り返らなかった。

 ちぇっと、視線をまた宇宙に投げる。

 ――早く、ここへおいで。

 彗星と流星と白鳥。お前達が揃うことが、待ち遠しくてならないんだ。

 その領域には、きっと、おれは入ることが出来ないけど。

 

 家に帰り着いて、結局、ピーカンパイで胃もたれしたおれたちは、夕食を食べられなくて叱られた。

 

        ✜ ✜ ✜

 

 明くる朝。

 胃もたれを解消せんと、日課のラジオ体操に勤しみ、ついでに立ち木のポーズをキープしたところで部屋の扉が開いた。

 キャスバルだった。

 見つめ合うこと数秒。

「『おはよー』」

「『……今日は“カンプマサツ”じゃないんだな』」

「『本日はヨガだ! 興味あるなら一緒にやる?』」

「『断る!』」

 やれやれ。健康に良いのにな。

 そのまま出ていくのかと思いきや、幼馴染殿はツカツカと部屋の中へ踏み込んで、ひとのベッドにドサリと座った。

 青い眼がもの思わしげに瞬く。畜生、まつげ長げぇな。

「『キシリアが来るぞ』」

 面白くなさそうな呟きだった。

 ――おれの姉貴を呼び捨てにすんなよ。そして、なんでそんなにキシリア姉さまのこと嫌うんだお前は。

「『……だね。おれが呼んだ』」

 正確には、来るように仕向けたんだけど。

 キャスバルが片眉を上げた。

「『ちょっと前に手紙を書いてたのさ。“オトモダチができました”って』」

 通信も手紙も検閲されるだろうって、ここへ来る前に“ギレン”から言われてる――まぁ、そうでなくても想定内だけど――から、具体的なことは何も書いてない。

 “友達”ができたこと。とても良くしてくれること。“キャスバルも交えて”友誼を深めていること。

 その馬によく乗る友達を、乗馬が趣味の姉さまとギレン兄様、そして家族みんなに“是非とも会わせたい”ってこと。

 要約するとこんな感じ。

 誰か他人が目を通しても、十代の甘えたな末っ子が、大好きな姉に他愛ない日常を報告するものとして認識されるだろう。

 “謀略のザビ家”と言えど、子供のうちはこんなものかと。

 だけど、これを読んだ姉さまは、まず“ギレン”に報告、相談したはずだ。

 だって、おれ達は、勝手に友達を作ることを奨励されてない――ぶっちゃけ、現時点では制限されてる。

 さらに乗馬が趣味なのは姉さまだけだし、基本的にムンゾから動かない“ギレン”や家族に会わせたいって言うことは、つまり。

「『……シャア・アズナブルをムンゾに送る気か?』」

「『そうなるね』」

 キシリア姉さまは、手紙を読んで、きっとこう判断しただろう。

 テキサス・コロニーで有用な人物を見つけたから、姉さまと“ギレン”とで見極めて欲しい、と。

 だから、わざわざテキサス・コロニーに来ることにしたんだ。

 大凡を理解したキャスバルは溜息を落として、それから、ギュッと顔を顰めた。

「『ガルマ、いつまでその格好でいる気だ』」

 立ち木のポーズ。

 プルプルグラグラ、限界に来てたおれは、そのままコロリと転がった。

 ん。ヨガってけっこう難易度高いね!

 

 

「ガルマ」

 応接間に入るや否や、伸ばされた腕に絡め取られて、軍服の胸元へと顔を押し付けられた。

「姉さま!」

 こちらからもギュウギュウと抱きついてみれば、軽やかな笑い声が返った。

 顎を上げて仰ぎ見れば、柔らかな光を灯す暗い鳶色の瞳が瞬いた。

 自然に、こちらの頬も緩む――たぶん、キャスバル曰くの甘ったる過ぎる笑顔になってるんじゃないかな。

「来てくれて、とても嬉しいです」

「相変わらず甘えたなところは治ってないのね」

 ふぅ、と、溜息を落とす素振りだけど、絡んだ腕は緩まない――甘やかしてるのは姉さまだからね。

 そして、護衛か部下か、とにかく姉さまのお付きの人の顔が、さっきから凄いことになってるんだけど。

 その驚愕の表情やめてコワイから――「氷の女じゃない⁉ 氷砂糖の女だ‼」って、何を呟いてんのさ。意味わからんし。

 そしてキャスバル、さり気なく頷いてんじゃねぇよ。

『君の猫の皮は、キシリアを前にするとより分厚くなるな』

『お前が母君とリトルレディの前に出るときと同じな』

 ――それブーメランだから。

 思考波で鼻を鳴らせば、パチリと、互いにしか分からない火花が散った。

 そんな水面下のやりとりを経て、キャスバルが一歩前に踏み出した。

「お久しぶりです。キシリア女史、お変わりなさそうで何よりです」

 丁寧だけど、どこか皮肉っぽい声音で挨拶――ヲイやめろ。

「ええ、久しぶりね。キャスバルも元気そうで良かったわ。でも、あまりやんちゃをしないで頂戴――ガルマが真似てしまうから」

 ――ふぉう。

 姉さまの声は氷点下である。

 おれ達がテキサス・コロニーで羽根を伸ばしている様子は、あれこれ報告されているんだろう――護衛を置き去りにするとか、そのあたりまで。

 “ギレン”には懐いてるキャスバルだけど、どういう訳か、キシリア姉さまには懐かない。

 そして姉さまも、キャスバルのことを愛でようとはしないのだ。

 何故だ。姉さまは優秀な人間は好きな方じゃないか――キャスバルは過ぎるほどに優秀だぞ。それとも、過ぎるのが良くないのか。

 微笑みを浮かべながら睨み合う姉と幼馴染の間で、毎度ながら途方に暮れる。

 お付きの人に目をやれば、厳つい顔が、凄い眼力で『なんとかしろ』と訴えてきた――ん。思考波でなくても、よく分かるよ。

 仕方がないから、抱きつく腕の力を強くして、姉さまにすり寄った。

「ごめんなさい、姉さま……いたずらは控えます」

 上目遣いで首を傾げれば、「誤魔化されないわよ」と、最初だけ厳しい顔をしたけど、姉さまはすぐに天井仰いだ。

 よし、絆された。

「……仕方のない子」

 本当に仕方のない――と、その手が優しく髪を撫でて、離れていった。

 すうっと姉さまの眼差しが改まる。怜悧な表情。そこにあるのはキシリア・ザビ――ザビ家の人間の顔だった。

「ガルマ、お前が知らせてきた“シャア・アズナブル”に会ってきたわ」

 流石姉さま、仕事が早い――皆にソファに座るよう促すついでに、使用人に茶を新しく用意するように伝える。

 改めて席につけば、

「あれは驚くほどキャスバルに似ている。そして年相応の子供でしかない――お前は早々に我々で“保護”すべきと判断したのね」

 その問いかけに頷く。

 キャスバル・レム・ダイクンに瓜二つの少年――影武者足り得る存在だ。

 こちらの手の内にあれば良いけど、敵方に渡すことは絶対に避けたい。悪用されそうだし。

「それから、手紙には間に合わなかったけど、リノ・フェルナンデスも。彼はキャスバルとシャアがそっくりだと知っています」

「ええ。勿論そちらも手を打つわ」

 姉さまも頷き、それから、少しだけ眉を下げた表情で微笑んだ。

「ガルマ、あなたもザビ家の男におなりね」

 声はどこか寂しそうだった。

 ムンゾの為に一人の少年の行く末を歪める判断をしたこと、またそれを外部に悟らせないよう手配して知らせたことは、ザビ家の人間であれば当然のことだ。

 だけど、姉さまは、おれがいつまでも“甘ったれた弟”のままでいることを、どこかで望んでるんだろう――子供のままでいられないことなんて、とうに知ってる筈なのにね。

『……キシリアの目は節穴か』

 しんみりする姉弟の間の空気を、キャスバルが粉砕してくる。

『姉さまをディスるんじゃねぇ。むしろおれの猫の皮を讃えろ』

『その程度の皮に惑わされてるから言ってるんだ』

『お前の猫皮だって大したことないだろ!』

 空間がスパークするみたいな火花を連発しながらも、眼差しは真っ直ぐに姉に向け、背筋を伸ばして胸を張る。

「僕はそうありたい。“ガルマ・ザビ”として、姉さまを守りたいし、お父様や兄様達の力になりたいんです」

 その宣言に、姉さまは一つ瞬いて、それから細く長い息を吐いた。

「そうね。あなたはそうあるべきね」

 答えながらも、瞳は淋しげなままだったから、内心で苦笑してしまう。

「……だけど」

 敢えて声を揺らす。ちょっと言い難そうに視線をさ迷わせれば、姉さまは直ぐに反応した。

「ガルマ?」

「あの……シャアと、本当に友達になっても良い?」

 良い子なんだ、と、口に出すのは甘ったれたおねだりである。

 シャア・アズナブルの価値を察して、それを実家に知らせるだけの機知は持っていても、その対象と友達になりたいだなんて、甘い感情を捨てきれずにいる。

 まだまだ子供なんだよ、あなたの弟は。

 上目遣いで見やれば、姉さまはフッと息を零し、

「ガルマ……まったく、あなたって子は!」

 嗜める口調だけど、その声も眼差しも、ホッとしたみたいに緩んでいた。

『……どこまで性悪なんだ、君は』

『お前にだけは言われたくねぇよ!』

 言っとくけど、キャスバル、お前だって大概だからな。呆れ返ったような思考波飛ばしてくんな。

『で、あいつらをどう利用する気だ?』

『……大枠は“ギレン”が決めるだろうけど。まぁ隙をみて引っ張り出すさ』

 道は敷いた。どちらに向かうにしても、シャア・アズナブルの進む先は茨道だ。

 でも、生きてりゃ良いことあるさ――生きて幸せにおなりよ。

 そっと目を細める。

 微笑みに似て異なる表情に、キャスバルが青い眼を瞬いた。

 この件についてはこれで良いだろ。後は、姉さまと“ギレン”達が取り計らうことだ。

 そこにおれは、まだ関われないし。

 さて。ここらで空気を変えようかね。

「ねぇ、遠乗りに行こう! シャアも呼んでみんなで一緒に。どれだけ乗馬が上手くなったか、姉さまにも見てほしいんです!」

 身を乗り出すようにして言う。

 姉さまは、少し渋るような表情を作ったけど、本心は別のところにあるのが良く分かった。

「またそんなことを――でも、そうね。折角だから見て行くのも良いわね。父上への土産話にもなるでしょうし……」

 自分への言い訳はそんな感じで。

「やった! じゃあ、早速姉さまが乗る馬を選ばなくちゃ。厩舎へ案内します」

 立ち上がって腕を引けば、姉さまは素直に付いてきた。

『姉さま、少し窶れてる。ストレス溜まってるんだよ、おれっていう癒やしがムンゾに無いから仕方ないけど』

『……癒し?』

『今日はいっぱい癒やして差し上げるんだ!』

『……癒やし??』

 いちいち突っ込むなよキャスバル。

 そしてこの後、漆黒の馬に跨り爆走する姉さまの背中を、皆で必死に追いかける羽目になった。

 スゲェな姉さま!

 

        ✜ ✜ ✜

 

 ムンゾへ連れ戻されたのは、わずか5日後のことだ。

 キシリア姉さまは即日に帰還し、なんとその際にシャア・アズナブルを合法的かつ穏便に攫っていった。

 なんたる早業。

 程なくしてリノ・フェルナンデスも確保されるだろうことは想像に難くない。

 そこまでは想定の範囲内だったけどさ。

 

「『だれ⁉』」

『……君こそ誰さ?』

 

 デジャヴを感じさせるような遣り取りが、今度はザビ邸の自室で発生して、驚愕に息を呑んだ。

 小柄で細身。6、7才くらいの茶色の癖毛の子供。瞳の色は地球みたいな碧の色だった。

 ピキィン、と、かき氷をかっ込んだときみたいなあの痛みと共に、脳内のレセプターが新たな思考波を捉えて震えてる。

 扉を開けるなり舞い込んで来たライムグリーンの丸いものには、すごく見覚えがあった。

 そして、その後を追って飛び込んできた少年の姿に、限界まで眼をかっぴらいた訳だ。

 ――ふぉう。なぜお前がここに居んの⁉

「『……アムロ・レイです。こっちはハロ』」

 ――だよね! 知ってる‼

「『ハロがたんけんしはじめたからおいかけてきたんだ』」

 しゅんと項垂れる少年は、こちらがまだ

 一言も言葉を発してないのに気がついているのかいないのか。

 思考波を確実に読み取って返答してることは間違いないんだが。

 ――ヤベェ。彗星様より先にファーストコンタクトしちまった。

「『すいせいさまってなに?』」

『気にすんな』

 おれの、4日目のカレー(そうとう危険)みたいな脳は、ぐるぐる掻き回されてた――つまり混乱してる――けど、目の前の少年はあまり気にならないみたいだった。

 まぁね、お前の頭ン中も、そうとうとっ散らかってるもんな。

 深呼吸。落ち着け、おれ。

 片膝をついて、目の前の子供に視線を合わせる。

「『はじめまして、アムロ・レイ。僕は“ガルマ・ザビ”。よろしくね』」

 改めてニッコリと微笑めば、キャスバルのそれとはまた色の違う碧い眼が、パチリと瞬いた。

「『ちゃんとしゃべれるんだ』」

 ふぉ。口動いてないの気づいてたか。

『shhh…それ、ナイショで頼む。頭の中でお喋りするの。他の人に知られると悪いやつに攫われちゃうからさ』

 “悪いやつ”の一言に、ちょっと怯んだような顔をして、

『父さんにも言っちゃダメ?』

 声を出さずに会話が始まる。お、飲み込み早いな。

『そう。誰にもナイショ。その代わり、仲間を紹介するよ』

 人差し指を唇に添えてお願いすれば、アムロは小首を傾げた後、コクリと頷いた。

 碧い眼がキラキラ光る。

「『なかま? 父さんが友だちつくれって! なれる?』」

「『なれる』」

 断言すれば、満面の笑顔が。おお。眩しいね。

「『じゃあ、ガルマも友だちだね!』」

 ――……まじで?

「『ダメ?』」

「『……いや。ダメじゃない。お前がおれを友達にしてくれるなら、喜んで』」

 むしろ光栄って感じだけどさ。

 まぁ、お前にはこのあと、“運命の出会い”が待ってるから、多分、そっちに全力を注ぐことになるんだろう。

 ――その先に、もし余力があったら。

 お前の友達の端っこに、おれも加えてくれたら嬉しいね。

 差し出した右手を、小さな子どもの手がギュッと握り返す。

 ――可愛いなぁ。

 思わずヒョイと持ち上げたら、ものすごくびっくりしたみたいな眼差しが返った。

「『ね、お腹空いてない? 厨房でパンケーキ焼いてもらおっか?』」

「『パンケーキ‼』」

〈アムロ パンケーキ アムロ パンケーキ〉

 ハロがコロコロと転がって、足元にくっついた。

「『お前は何を食べるの? ハロ?』」

〈パンケーキ パンケーキ〉

「『え? お前もパンケーキ食べるの⁉』」

 そんな遣り取りに、腕の中のアムロが笑う。

 抱えたまま部屋を出て、厨房に向かう道すがら。

 ――さて、キャスバルになんて報告したもんかね。

 そんなことを、少しだけ迷った。

 

 

 

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