マ・クベが、各サイドで反連邦の気運が高まっていると云っていたが、それは間違いない話だった。
〈とにかく頭が痛い話なのです〉
と、サイド5ルウムの首相は云ってきた。
原作軸では、ルウムはそこまでムンゾよりではなかった――だから、緒戦の戦場になってしまった部分もあるだろう――が、この時間軸では、コロニー同盟のお蔭もあって、割合にこちらよりの心情であるようだ。
〈アースノイド至上主義者が幅を利かせる連邦などに従う必要はない、との論調が大半を占めており――いつもの過激派ばかりであれば、こちらも黙殺できるのですが……〉
「そうではないからお困りなのですな。心中お察し申し上げます」
まぁ、仕方のないことではある。
未成年を人質に取った挙句、内輪のごたごた――無論、アースノイド至上主義者たちが主導した事件ではあるが――で将官を少なくとも一人、また犯人の一人ではあるが佐官を一人――否、ジャミトフ・ハイマンも死亡したそうだから、佐官は二人か、失ったのだ。
これまで連邦に良い印象を抱いていなかったものたちとしては、“ほら見たことか”だろうし、連邦寄りの人間にしても、今回の件は擁護は難しいだろう。比較的中立的な見方だった人びとにしても、抗議の声を上げるものも多いだろうから、つまり、多少の振れ幅はあるが、抗議活動が大規模にならざるを得ない状況なのだ。
〈――随分と余裕がおありですな、ギレン殿〉
などと皮肉を云われるが、こちらは“ガルマ”を地球にやる際に、デモの鎮圧はムンゾ国軍に任せる旨の言質を取ってある。そこは、他のコロニーと違うところではあろう。
「ムンゾは、“ガルマ”を地球にやるのと引き換えに、デモ隊の鎮圧などは国軍に任せるとの言質を取っておりますので」
そう云うと、相手ははっとした顔になった。
〈そ、そうでしたな。――そのガルマ殿は、その後?〉
「まだ行方が知れません。帰ってくると信じてはおりますが」
眉根を寄せ、やや沈痛な顔を作って見せると、相手は気の毒そうな顔になった。
〈――そうですな、ザビ家の御曹司が、そう容易くなくなるわけはない〉
「まぁ、いずれひょっこり帰ってくるのではないかと思っております。――とりあえず、ムンゾから兵を出すわけにはゆきませぬので、何とか連邦側と交渉して、よほどの事態になるまでは静観してほしいとお申し入れされてはいかがか」
それが聞き入れられるかどうかはともかくとして、申し入れをしたと云う事実が国内的には意味が出てくる場合もあるたろう。
それに、連邦軍としても、ここで軍事介入すれば、ムンゾやルウムのみならず、コロニー全体に反連邦の運動が拡がってゆく――それはもう、燎原の火のように――のはわかっているだろう。否、わかっていなくてはならない。国軍に任されているムンゾはともかく、ルウムでデモ隊の鎮圧に武力をもってすれば、間違いなく反連邦の狼煙が、他サイドでも上がることになるだろう。
ムンゾだけであればまだしも、六つのサイド――サイド7は連邦の秘密基地も同然であるから、この際措く――すべてで暴動が起こったとすれば、対応し切れるものではあるまい。戦争とは異なり、コロニーごと戦艦で砲撃すると云うわけにもゆかぬ――まぁこれは、戦時でも批難されるやり方ではあるが――のだ。
それかわからぬ重鎮が、連邦軍内にあるとは思われないが――しかし、現場の指揮官はしばしば暴走するものである。その手綱を、地球にいる連邦軍のお偉方が、きちんと把握し、統制できるかどうか。
〈連邦がどう答えるにせよ、申し入れをした事実を作っておくわけですな〉
「えぇ。自前の自衛軍に任せたいと申し入れたにも拘わらず、連邦軍が拒否した、となれば、まぁ抗議活動がさらに激しさを増すことになるとは思いますが」
しかし、拒否したなら、それは連邦軍側の責任者の問題となる。市民たちの怒りに火を注ぐだけの話になるわけだが、まぁ、そのあたりは知ったことではない。
「われわれとしては、打てる手はすべて打ったと示す必要がございます。その申し入れをどう判断するかは、連邦側の問題だ」
つまり、現場の指揮官の判断如何によっては、ムンゾ以外のコロニーにおいて、デモが暴動に発展する可能性が高い、と云うことである。
とにかく、原作軸よりも圧倒的に、スペースノイドとアースノイドの対立が激化しているのは間違いない。元々コロニー同盟が成立した段階で、やや強まっていたそれが、今回の“ガルマ”の地球行きからこの“事件”の一連の流れの中で、より大きな火の手を上げることになりそうだ、と云うことである。
〈しかし、わがルウムの軍組織では、少々心許ないところはあるのです。――お訊き致しますが、もしもの時には、要請すれば、ムンゾから部隊を出して戴けるのでしょうか?〉
「極力、ご希望に沿うようには致しますが――今、確たるお約束は致しかねますな」
ムンゾ国内も、決して安穏としていられる状況とは云えないので。無論、ムンゾから兵を出すとなれば、ルウムからは歓迎されるだろうが――しかし、ことはルウムのみにはとどまらぬだろうから、そのすべてにムンゾ国軍のみであたれるとも思われない。ある程度は、自前で何とかしてもらう必要がある。
ただ、連邦軍に対する申し入れは――受諾されるかどうかはともかくとして――しておく必要はある。
仮に、連邦がデモ隊を鎮圧するために少々過激な方法を用いることになったとして、そこから批難の声明を出すのでは遅いのだ。はじめに武力での鎮圧を回避するよう申し入れをしておけば、その先連邦が暴発したのは連邦軍、あるいはその現場指揮官の責任となる。
とにかく、申し入れを拒否されるにしても受諾されるにしても、政府側の不利には働くまい。
〈そこを枉げて! われわれとしましても、反アースノイド至上主義者の運動はともかくとして、暴動から連邦との抗争に発展するような事態は、極力避けたいのです!〉
「……コロニー同盟内では、ルウムを一番に考えるとお約束致しましょう」
それ以上は、今の段階では、とても確約などできはしない。
まぁ、シャア・アズナブルの故郷である。何だかんだシャアには甘いキシリアは、文句は云っても、多少の人員を派遣することに否やはないだろう。
どちらにしても、人員を派遣すると云っても、パフォーマンスに過ぎないのだ。ムンゾ国軍から人員を出せば、それでルウムの市民たちが喜ぶ、それだけのことだ。それしきで、大きな戦闘を回避できるのなら、ルウムとしても、そしてムンゾとしても、それしきの労力など苦にも思われまい。
ルウムの首相は、あからさまにほっとした顔になった。
〈お願いしましたぞ!〉
念押しとともに、通信は切れた。
深く吐息して椅子に沈みこむと、使いこんだそれは、ぎしりと軋んで身体を受け止めてくれた。
「お疲れですか」
セシリア・アイリーンが声をかけてきた。
「そこまでではない。が、まぁ考えることは多いな」
面倒ではある、が、考えることを止めては政治は成り立たない。思考停止している暇はない、それをしては、国が衰退するだけだ。
「少しお休みになれば宜しいのに」
閣下は働き過ぎです、と云われるが、国政に携わるとはそう云うものだろう。その分、休みの時には何も考えず、のんべんだらりとするなりなんなり、リフレッシュすれば良いだけだ。よくある自己啓発系の書籍などで見るとおり、“切換が大事”なのである。
「休める時には休んでいるし、仕事が終われば、もうそれには煩わされんよ。割合に切換は早い方なのでな」
「心配です……」
ど、沈鬱な顔をされても、これが一番性分に合っているのだ。
「倒れるほどに仕事をするタイプではないからな。疲れたら、適当に休息する。それが、私には合っている」
「でも……」
と、やけに食い下がってくる。
さて、これは厭な予感がする、が。
「やはり、閣下のお身体が心配です。お許し戴けるのでしたら、お傍にお仕えして、癒して差し上げますのに」
――きた。
「これ以上傍にか?」
問うと、秘書官は微かに頬を染めた。ビンゴだ。
「えぇ……ですから、“お許し戴けるのでしたら”と」
「それは困るな」
と云うと、セシリア秘書官は小鳥のように首を傾げた。己の容姿をよくわかった上での仕種であることは明らかだった。
その様はもちろん愛らしい、が、正直に云えば好みではないし、そもそも伴侶とするなら、もう少し胆力のあるタイプでなくては困る。有能さをひとつ超えたものがあらまほしいのだ。
「困る、とおっしゃいますと」
「とりあえず、癒しはそこまで求めていないし、ストレスが溜まったなら、“ガルマ”でも弄っていた方が良いと思う」
あれの厭がることをして、絶叫させ、また威嚇するような奇声――丁度、猫の威嚇のような――を上げさせた方が、セシリア秘書官の“癒し”よりもすっきりするだろう。
妻にするのなら、“昔”の妻たち――北条政子や田村の愛姫や光明子のような――くらいの性格の“太さ”が欲しい。包容力とでも云うべきかも知れないが。
セシリア・アイリーンが、ギレン・ザビを慕っていたらしいとは、何やらで読んだ憶えがあるが、こちらは“本当のギレン・ザビ”ではないし、かつての妻のようなタイプ以外は面倒だと感じる――クラウレ・ハモン曰く、“釣った魚に餌もやらない”――人間だ。とてもではないが、上司と部下の関係以上になれるとは思われない。
「ガルマ様は、アルテイシア様と結婚なさるのでしょう」
セシリア秘書官は、まだ食い下がってくる。
「そうなったなら、閣下はどうなさるのです? ご自身の家庭をお持ちになりたいとは思われないのですか?」
「……既に一度、妻に逃げられた男だ」
肩をすくめて、そう云ってやる。
「同じことをくり返す気はないし、そのようなリスクを取る気もない。平たく云えば、女は面倒だと思っているのだ。――君は、そんな男が良いのかね?」
まぁ、結婚していたのが本当のギレン・ザビだったのは良かった。冷徹この上ないギレン・ザビ本人ならともかく、脇の甘いこちらでは、妻に執拗に構えなどと云われることになった公算は高い。そうなった時にこちらが爆発して、いつの間にか離婚、どころではない騒ぎになった気がする。
まぁ、もっと平たく云うなら、とにかくとことん身勝手なのだ。“昔”の妻が出ていかなかったのは、それだけ惚れていてくれたからだが、それ以上に忍耐強く、またよく見極めて“適度な我儘”を云える賢さがあったからでもあるだろう。つまり、並の女では難しい、と云うことだ。“昔”、知人にその時の妻のことを“天璋院”に似ている、と云われたが――つまりは、幕府終焉の大奥を支えるほどの器量のある女、くらいしか、こちらの伴侶は務まらないと云うことなのだろう。
セシリア・アイリーンは、きゅっと唇を噛みしめた。
哀しげな表情と仕草は、確かに美しかったのだが、それで心が動くようなら、そもそも妻には逃げられるまい。
「――私は、お邪魔なのでしょうか?」
と云われても、どう返せと云うのだ――邪魔とは云わないが、それ以上ではないと、正直なところを口にしろと?
「……邪魔とは云わないが」
と云う言葉で、女はすべてを察したようだった。
うっすらと目許に水を溜め、秘書官は頭を垂れた。
「わかりました。――異動願を提出致します。お世話になりました」
こうなった以上は、もう秘書官の仕事は難しいと判断したようだった。
その賢さは素晴らしい、が、部下としてはともかく、求めているのは伴侶ではない。
「……わかった」
そう応えると、セシリア・アイリーンは一礼して、執務室を出ていった。
酷いことに、その寂しげな後ろ姿を見ながら、心底安堵している自分がいるのだ。本当に、身勝手極まりない話である。
と、入れ替わりに入ってきたタチが、戸口で秘書官を見送り、こちらを半目で睨みつけてきた。
「……閣下」
「何だ」
「何だじゃないでしょう。振ったんですか、あの人を!」
「――私とでは幸せにはなれんだろう」
「嘘ですね」
タチは云った。
「正直なところをおっしゃって下さい。本当のところはどうなんてす」
「……面倒くさい」
「ッか――ッ!! 女に不自由していない人は、これだから!!」
天を仰がれるが、別にもてるわけではなく、権力と地位と家柄の問題である。
「もてるわけではないぞ」
「モテてますよ! 私のようにお声がかりがないわけじゃないでしょうに!」
「お前とて、縁談を断っていると聞いたぞ」
「……私のは、いいんですよ」
伝えるべき家名もありませんからね、と云う。
「私の方も、とりあえず“ガルマ”は相手が決まっているから、構わんはずだ」
「名家はそうは参りませんでしょう」
「私は予備で良い」
恐らく、ザビ家はここが頂点だ。ドズルの娘、ミネバはそれなりに優秀であったが、ザビ家の家名なしに何かを成し遂げるほどではなかった。“ミネバ・ラオ・ザビ”ではなく、偽名のとおりの“オードリー・バーン”であったなら、『UC』の物語はあのとおりには進まなかっただろう。否、バナージ・リンクスとの関係はともかくとして、その後の“ラプラス事変”とやらのことである。
天才が輩出されると、それを境にその家系は没落してゆく、とは、E.クレッチマーの説だったが、多分それは正しい。ザビ家は、ギレン・ザビ――無論、本来の――を輩出した時点で、その後の家系の衰退がはじまっていたのだろう。現に、兄弟は確かに優秀だが、いずれもギレン・ザビほどではなく――キシリアが本当にジオン公国の実権を握るつもりだったなら、敗戦後、兄に戦犯の責任を被せ、その後自分が軍総帥にでも公王にでもなれば良かったのだ――、ミネバがほどほどに優秀であったのは、ドズルの妻であったゼナ・ミアの血統が入ったからだろうと思う。
とにかく、多分、少なくともギレン・ザビの血統は途絶えることが確定していたのだ。グレミー・トトなどと云うものが出てきはしたが、正直、顔も性格も似ていないように思われる――未見なので、話を聞いた限りでは、だが。DNA鑑定でもしてみれば、案外別の男の名が上がったのではないか。
ともかく、天才の家系は速やかに死滅すると云う話が真実であれば、どのみちギレン・ザビの血統は残りはしなかったと云うことになる。
ならば、こちらがわざわざ好きでもない女と結婚する意味はなかろう。
タチは、わからないと云いたげに肩をすくめ、そして思い出したように云った。
「それはともかく、閣下、ドレン少尉から連絡が。ガルマ様らしきものが現れたそうなのですが……」
タチには珍しく、はっきりしないもの云いだ。
「が、何だ」
「えー……お一人ではなく、見たところガルマ様らしい容姿のものはいない、とのことです」
「ふむん?」
容姿云々は、まぁどうにでもなるとして――人数が増えているうちの、一人は想像がつくが、もう一人は誰だ。
「……とりあえず、顔を見てみるとしよう」
見れば、“ガルマ”を見分けられぬわけはない。
そう云うと、タチは頷き。
「こちらへ」
と扉の外へと誘ってきた。
海賊船との通信を、まさか通常ルートで行うわけにもゆかぬ。
レッド・フォース号との通信は、“伝書鳩”の詰所とも云うべき、軍本部の地下にある部屋で行われた。外に出るわけではないが、デラーズも警護のためについてきた。
〈――閣下〉
と、すっかり海賊船の船長が板についてきたドレン少尉が、微妙な表情でこちらを見つめてくる。
「“ガルマ”が現れたのだと?」
問うと、
〈とりあえず、“シャンクス”と云いながら現れたそうですがね――あれはどうなんでしょうなぁ。女ひとりと少年二人で、“シャンクス”と口にしたのはご婦人だそうで〉
「“ご婦人”」
タチの声が、不穏な響きを帯びた。多分、こちらと同じ危惧を抱いているに違いない。
「――それで、そのものたちは」
〈今、連れて参ります〉
その言葉とともに、ドレンの姿が画面から消える。
ややあって、男は、三人の人間を伴って戻ってきた。
一人は、“記憶”よりは若いが、見た顔だ。淡い色の髪の少年、恐らくは若き日の“木星帰りの男”パプテマス・シロッコ。
もう一人、もう少し若い、華奢な“少年”は、褐色の肌と漆黒の髪、翠の瞳の持ち主だった。これは、もしかするとララァ・スンだろうか。
そうすると、最後の一人が――
「何者だ」
デラーズが、一歩前に出て、云った。画面の向こうとこちらだ、何ができるわけでもあるまいに、どうやらこちらを守る気らしい。
「連邦の手のものか? その容姿で閣下の篭絡でも目論むつもり……」
と、腰に下げたサーベルに手をかけた時。
「ちょ、何やってんだガルマ・ザビ! あんたまさかその格好で連邦諸氏誑かしてたんじゃないだろうな!??」
タチが、割って入るように、そう叫んだ。
デラーズが、驚愕する。
「なッ!? これがガルマ様だと!??」
まぁ、そうだろうなと思う。
何しろ、最後の一人は、黒髪と翠の瞳、灼けた肌、豊満な胸をことさら強調するような恰好の、妙齢の婦人、のように見えたからだ。
だが、わかる。このどことなくにやついた雰囲気、これはまさしく“ガルマ”に違いない。
“ガルマ”はにっこりと笑った――その恰好に相応しい、つまりは優雅な“ご婦人”らしい優雅さで。
〈お久しぶりですね。お二人ともお元気そうで何よりです〉
そして、舞踏会にでもいるかのように腰を屈め、最上級に作り上げた笑顔を、こちらに向けてきた。
〈ただいま帰りました。“ギレン兄様”〉
頭のどこかで、何かが激しく切れた音がした。
「……そのふざけた恰好はなんだ」
声が震えるのを感じる。握りしめた拳もだ。これで、手にグラスでも持っていたなら、余裕で握り潰せただろう自信がある。
正直、“ガルマ”とキャスバルを、“父”やゴップ将軍とともに迎えた時以来の感情だ。
つまりは、思いっきり怒鳴りつけてやりたいが、怒りのあまり声が出ないと云うことである。
“ガルマ”は、こちらの気も知らぬ気に――あの時とまったく同じだ――にこりと笑った。
〈変装ですよ。連邦に捕まるわけにはいかなかったもので。綺麗に化けたでしょ?〉
“綺麗に化けたでしょ?”ではない。
本当に、どう云う了見でこの“弟”は、女装で海賊船に乗りこんできたのか。
――この碌でなしめ!!
どうせ、このひと月あまり、地球ではそれなりに過ごしていたに違いない。女に匿ってもらったり、女に食わせてもらったり。駄目だ、何かの漫画の、女でのし上がったサラリーマンしか思い出せなくなってきた。
〈家族にも、僕の“宝物”にも変わりはないでしょうね?〉
まっすぐなまなざしがこちらを見る。それが何よりも大事なことだと云うように。
ぷすっと気が抜けた。怒り過ぎて、安全弁でも働いたのかも知れない。
がっくりする。何だか、どっと疲れたような気がした。
「……何も変わらんよ、何も」
変わってほしかったような気もしないでもないが。
“ガルマ”は心底嬉しそうに、やわらかい笑みを浮かべたが、だからどうだとしか思えない。
まったくもって、この“弟”は、混乱からの使者そのものだ。
画面の向こう、レッド・フォース号のクルーはざわついている――多分、この“女”が“ガルマ・ザビ”であったことに――が、それにどうこう云う気力も尽きた。
とりあえず、
「着替えて出直せ」
疲れた。何だかもう、本当に疲れた。
それだけ云い置いて、通信を切る。
「ほ、本当にガルマ様なのですか!?」
デラーズは、未だ混乱のただ中にあるようだ。
「間違いないですよ。あれはガルマ様です」
タチはもう平常心に戻ったのか、平熱の温度でそう答えた。
「……とりあえず、コンスコンを少し急がせよう」
ムンゾ近隣の宙域を荒らしている海賊の目星はつけたと云っていたから、とりあえず拿捕させて、すぐに“ガルマ”発見の報を出させよう。
その前に、キャスバルを呼び出さなくては――原作のこともある、ララァ・スンと、アムロ・レイより先に会わせてやらねばなるまい。その先は、どうせザビ家で引き受けるのだ、なるようになるだろう――法律が許さずとも、あの三人でどうにかすれば良い。
それよりも、どちらかと云うと、問題はパプテマス・シロッコの方だが――
「――居候がまた増えるか……」
まぁ、部屋には困らないが。サスロもキシリアも、最近は外に居を構えているので、実家に居残っているのは実質自分だけだ。嫡子だからそんなものだろうが、結婚もしていないのに、多数の子持ちになった気分である。
とりあえず、ドズルに連絡を入れる。
すぐに繋がり、ドズルが顔を見せた。
〈どうした、ギレン〉
「キャスバルは」
〈一時よりは落ち着いているぞ。呼ぶか〉
「頼む」
ややあって、キャスバルがやってきた。
〈お呼びですか〉
と云う、その顔は確かに以前よりも力に満ちている。かなり持ち直したのは本当のようだ。
「あぁ。――“ガルマ”が戻ってきた」
〈なにィ!?〉
と叫んだのはドズルだった。
〈兄貴、本当か! 本当にガルマが……〉
喧しい。キャスバルも、目を白黒させているではないか。
「本当だ。先刻、部下から報告があった。顔も見た。ふざけた恰好をしていたがな」
〈ふざけた恰好とは……〉
「女の恰好だ。女装して帰ってきた」
それに、さしものドズルも沈黙した。
〈……ま、まぁ、ガルマは可愛らしいからな……〉
などと云うが、そう云う問題ではない。
「とりあえず、キャスバルに引き合わせたいものを連れ帰ってきたのでな。“ガルマ”の引き取りにつき合え。但し、誰にも何も洩らすなよ」
そう云うと、ドズルは目を見開いた。“ガルマ”と似たような“かっ開き方”だった。
〈ガルマの同級生たちにもか!〉
心配しているんだ、安心させてやりたい、などと云うが、冗談ではない。
「駄目だ。“仕込み”がまだだ。“父上”やサスロ、キシリアにも云うなよ」
〈兄貴!!〉
〈――何故、すぐに知らせないのです?〉
沈黙していたキャスバルが云った。
〈ムンゾの状況を考えれば、今すぐガルマの帰還を公表すべきなのではありませんか。それなのに、何故引き延ばそうとするんです?〉
だが、その口調は、この間のように感情的なものではない。説明を求める淡々とした声。
「地球で行方不明の“ガルマ”が、自力でムンゾに帰還したとなれば、連邦はどう思う?」
そう返すと、青い瞳がわずかに見開かれる。
「何故、自力で帰還する前に、連邦側に出頭しなかったかと詰られることになるだろう。だから、とにかくかたちだけでも、“ガルマ”が地球に帰れなかった理由を作るのだ」
〈かたちだけで、連邦は納得しますか〉
「するまいな。だが、云ったもの勝ちと云うことだ。そして、“父”やキシリアの涙を見れば、かたちはどうあれ、ムンゾ国民は“ガルマ”を信じるだろう。それだけで良いのだ」
〈連邦が信じなくとも、ですか?〉
「云い立てられなければ良い。ゴップなどは疑念を抱くだろうが、表立っての抗議はできんさ。そもそも、“ガルマ”を差し出せと云ったことが無理筋だったのだからな」
〈――なるほど〉
「私は、単に“落としどころ”を作りたいだけのことなのでな。信憑性やら何やらは、この際二の次だ」
まぁ、あまり長引かせては、再び盛り上がっているデモが暴動に発展しかねないので、あくまでもコンスコンが巧く海賊を拿捕するまでのことではあるが。
〈でも、それならどうして僕には教えて戴けるのです?〉
キャスバルが、純粋な疑問に首を傾げる。
「云っただろう、引き合わせたいものがある。目立たぬ船で出る。合流しろ」
〈――わかりました〉
〈兄貴、俺は〉
「お前は、今回は遠慮しろ。お前まで来ては、連邦側に疑われる可能性もあるし――後で“父上”やキシリアに恨まれたくもあるまい?」
そう云ってやると、ドズルはやや不満げながらも、
〈お、おぅ〉
と頷いた。
“父”に割合理不尽に怒られることの多いドズルは、これ以上怒りの原因を追加したくないと思ったのだろう――それで可愛い弟に会うのが先延ばしになったとしても。
キャスバルが小首を傾げた。
〈それで、いつ発つと?〉
「すぐ発つ。いつものポイントで、後ほど会おう」
〈わかりました〉
キャスバルは、士官候補生らしい敬礼をし、慌ててドズルもそれに倣ったのだった。
宇宙へは、“伝書鳩”の使う小型船で出た。
ザビ家の船、あるいは軍艦で出ると、それだけで連邦軍に探られる。それを回避するために、恰好も“オルガ・イツカ”で乗りこむと、先に入っていたデラーズには目を丸くされた。
「そう云えば、デラーズ殿は、閣下のこの恰好をご存知なかったのでしたっけね」
タチの言葉に、デラーズが声もなく頷く。
「閣下、やはりガルマ様とご兄弟に間違いありませんよ。変装の仕方が本気です」
「少し変えただけだろうが」
「話し方まで変わるじゃないですか。そう云うのを“少し”とは云いませんよ」
「TPOってヤツだと思うんだがな」
「それなら、ガルマ様とのご対面には、いつもの恰好でお臨みになるんでしょうね?」
「スーツは持ってきてる」
“ガルマ”だけならまだしも、キャスバルやララァ・スン、パプテマス・シロッコなどもいるのだし。
「それなら、さっさとお召し替えを。もたもたしておられると、キャスバル様が来られますよ」
確かに、それは問題だ。
着替えていつものスタイルになったところで、キャスバルの到着か知らされる。
タチとデラーズが胸を撫で下ろすのを横目に見ながら、キャスバルを迎えると、こちらは微妙に緊張した面持ちだった。
「それで、ガルマは」
挨拶もそこそこに、キャスバルは云ってきた。
「これからだ。流石に、海賊船に接近するのは拙いからな。あちらからも小型船を出させる」
「海賊船って……何がどうなってるんですか!」
「連邦の動きを邪魔するために、海賊行為を働かせているものがあるのだ。それに、“ガルマ”を迎えに行かせた」
「……海賊船云々は、あながちでたらめと云うわけではなかったんですか……」
などと云うが、あまり呆然としてほしくないものだ。
「まぁ、“ガルマ”の乗る船を襲撃させたのは事実だな」
「……あなたが確かにガルマの兄弟なのだと、今の今思い知りました……」
タチのようなことを云わないでほしい。
「敵の勢力を削ぐのは、兵法の常道だろう」
夜討闇討ち騙し討ちだ。連邦が秘密裏に軍需工場を建造するのなら、こちらは密かにその邪魔をする。ジャブローの秘密基地が多分なくなって、その代わりにサイド7が秘密工場になったわけだ。それは、攻撃もするだろう。
「それにしても、海賊とは……」
「云っておくが、かれらはれっきとしたムンゾ国軍兵士であるし、この海賊行為は基本的に特別任務として命じてある。まぁ、普通の士官では難しかろうから、少々特殊な面子を集めはしたがな」
「――“伝書鳩”と云い、閣下は本当に、そう云うのがお好きですよね……」
タチがぼやくように云う。
――失礼な。
とは思うが、まぁしかし、諜報や特殊工作員が好きなのは昔からのことではあったか。あの時もあの時もあの時も、大体何らかのかたちで諜報や工作をこととする部署を作っていたのは確かなのだし。歴史的に云えば、御庭番だの草のものだの、様々なものがあった。まぁ、根本的に、そう云うものが好きなのだ、その存在そのものも含め。
それは好奇心に拠るものであり、また知をもたらしてくれるものに対する好意でもある。まぁ、そのような変則的な存在のものたちは、いずれ歴史の波の中で賤視されていくことになるのだが。
ともあれ今は、
「そのお蔭で、お前は少佐にまでなっただろう?」
と云うと、やや自棄気味に、
「まぁ、そうですけれどもね!」
と応えが返った。
どうせ諜報員になるのなら、部門のトップになりたいのではないかと思ったのだが――十二分に素質もあったのだし。
「不満か」
「不満ではないですがね……キャスバル様、どう思われます?」
タチの言葉に、キャスバルはひょいと肩をすくめた。
「僕には何とも」
「思うところをおっしゃって下さいよ、大丈夫、閣下は気になさいませんよ、多分」
「多分とは、随分根拠があやふやですね」
云い合うふたりを見やりながら、デラーズは口を噤んでいる。沈黙は金、か。
そうこうしているうちに、船は約束のポイントに到着した。
やがて、向こうの方から小型船が接近してくる。レッド・フォース号はかなり大きな艦船になるので、恐らくダークコロニーあたりにでも停泊させているのだろう。サイド間、あるいは惑星間を行き来するのでないならば、クルーズ船感覚の小型船でも移動には充分だ。
「……ガルマ」
キャスバルが呟いた。ニュータイプの感能力が、“ガルマ”を捉えたのか。
だが、次の瞬間、キャスバルの目が見開かれた。
空気が、変わったような気がした。
まるで、足許から闇が光に呑まれるような――幻影、あるいは一瞬のヴィジョン。
――馬鹿な、ニュータイプと云うわけでもないのに。
だが、もしかしたら、それほどの衝撃があったのかも知れない。二つの恒星がぶつかったかのように、光の奔流が見えた、ような気がした。
原作におけるアムロとララァの邂逅を思い出す。
オールドタイプたる自分が、あの光景を見ることはできないだろうと思っていたが――これはまさか、キャスバルとララァの邂逅の余波が、こちらにまで及んできたと云うことなのか。
「――キャスバル」
呼びかけるが、応えは返らない。何か、目に見えぬ大きなものに、心を奪われているかのように。
「閣下、いかがなさいましたか」
デラーズが訊いてくる。タチも、やや不審そうな顔だ。この二人には、今の“光景”は認識されなかったらしい。
「――いや」
と云いながら隣りを見るが、キャスバルはまだ、あの“光の奔流”に呑まれているかのようだ。
――ララァと“接触”したか。
アムロが先ではいろいろあるかと考えて、ともかくもキャスバルを伴ったのだが、これが吉と出るか凶と出るか。
そうこうしているうちにも、船影はこちらへと近づいてくる。本当にこれが宇宙空間を渡ってのれたのかと、不安になるほど小さな船だ。1stの最終回、あるいは『めぐりあい宇宙』のラストシーン、フラウ・ボゥや子どもたち、ホワイトベースのクルーの乗った、あの小さなボートのようだ。
既視感を感じながら見るうちに、ボートはどんどん近づいて、遂には距離がゼロになった。ドッキングする、その振動が伝わってくる。
接舷して、乗員がこちらへと移ってきた気配があった。
「キャスバル」
もう一度声をかけ、肩を叩くと、キャスバルは夢から醒めたような顔で、あたりを見回した。
「あ……今の、は」
「お前は、もう“逢った”のだろう」
ララァ・スンに。
「――今のを、予期していたのですか」
「誰が宇宙に上がってきたかはわかっていたからな」
この時間軸では地球に降りられぬキャスバルの代わりに、“ガルマ”がララァ・スンを連れてくるのではないかとも予想していた。
「なるほど、圧倒的だ」
ニュータイプならぬものにも何かを“見せる”ほど、ララァ・スンの能力は高いらしい。
キャスバルのまなざしが、何か奇妙な――あるいは戦慄すべき――ものを見つけた時のようになった。
「……あなたは――どこまで、これを」
その言葉には、肩をすくめてやるしかない。
「私はオールドタイプだよ、残念ながら。ただ、知識がある、それだけのことだ」
「知識で、これを見透すことはできないはずです」
「ならば、ただ知っている、と云おうか。――私のことなどどうでも良い。“ガルマ”と、あの娘が待っている」
キャスバルは、まだ何かを云い募りかけ――言葉を探しあぐねたように口を開け閉めして、やがて唇を引き結んだ。
接舷したハッチへと近づいていくと、向こうから“ガルマ”に先導された――と云うか、先を急ぐ“ガルマ”に、引きずられていると云った方が正しいか――人びとがやってきた。
髪をごく短くした“ガルマ”の後ろにはドレンととララァ・スン、その後ろからパプテマス・シロッコ、殿は背の高い女――こちらと変わらぬほど――が務めている。
“ガルマ”は、そのまままっすぐにキャスバルに抱きついた。
「キャスバル! キャスバルだ!!」
「そう。僕だ。ガルマ」
「ん。おれだよ。……キャスバル」
ぐりぐりと頭をすりつける様は、不在だった飼い主になつく犬のようだ。
「ただいま、キャスバル」
「おかえり、ガルマ」
背の高い女が、微笑ましい顔で見守っているが、いや、あれはそんなものではない。
そして“ガルマ”は、こちらに顔を向けると、期待に満ちたまなざしで見つめてきた――つまりは、“さぁ褒めろ”と云う顔である。
が、正直、そう云う顔をされて素直に褒めると云うのも、癪と云うか業腹と云うか。
とりあえず、
「……貧相になったな」
かりかりだし、髪も新兵のようだし、かつての、まがりなりにも貴公子然としていた雰囲気は微塵もない。
その言葉に、“ガルマ”はくわっと目を見開いた。“他に云うことはないのか!”と、今にも叫び出しそうだ。キャスバルも、微妙なまなざしでこちらを見てくる。
仕方ない。
「……まぁ、よくやった。――ようこそララァ・スン、そしてパプテマス・シロッコ。ムンゾは、お前たちを歓迎する」
「あなたがガルマのお兄さんなのね」
少女が、考え深げな顔で云う。
鮮やかな黄色――レモン・イエローではなく、カナリア・イエロー――の、丁度例の“美しいものが嫌いな人がいて?”あたりで着ていたような、ゆったりと広がるドレスをまとい、黒髪をとりどりのリボンでふたつに結いまとめてある。まぁ、大体は原作どおりの姿と云うことだ。
「そうだ。私はギレン・ザビと云う。そして、もう知ったと思うが、こちらがキャスバル・レム・ダイクンだ」
「キャスバル――ジオン・ズム・ダイクンの……!」
シロッコが驚愕している。『Z』では見なかったような素直な表情だ。なるほど、見た目と同様に、精神的にもまだごく若いようだ。
「“ガルマ”が声をかけて、それに応えてついてきた、と云う認識で間違いないのかな、君たちは、このままムンゾに来ると云うことで?」
問うと、ララァ・スンは溜息をついて、肩をすくめた。
「応えたわけじゃないけど、もう戻れないもの」
憂いを帯びたまなざし。“ガルマ”は一体、何をやらかしてこの少女を引っ張ってきたのか。
一方のパプテマス・シロッコは、この頃からの嗜好なのか、紫がかった髪をやや伸ばし、生成りの上下を身に着けている。
まぁ、ひとのことは云えないが、宇宙に出るのにノーマルスーツなしとは、なかなかいい度胸をしているな、と思う。
「さて、パプテマス・シロッコ、お前はどうだ?」
「その前に、ガルマ・ザビと云いあなたと云い、何故私のことを知っているのか、教えて戴きたい」
「なるほど?」
確かに、当然の疑問ではあるだろう。
が、しかし、
「すまないな、私はそれに返す答えを持たん。ただ“知っている”だけなのでな」
まぁ、まさか異世界転生云々的なことを説明したところで、信じてもらえるわけもない。正直、ニュータイプ理論よりも何倍も怪しい話でしかないだろう。
シロッコは、やや不満そうな顔になったが、もちろんムンゾの軍人ばかりが集まるこの場所で、こちらに食ってかかるような真似はしなかった。賢明なことである。
ララァ・スンはと云えば、その翠の瞳でじっとこちらを見つめている。先刻の言葉の裏側を、探り取ろうとするかのように。
思わず、苦笑がこぼれる。それで、すべてがわかるわけでもないだろうに。
その気配に気づいたか、少女がわずかに頬を膨らませたのがわかった。
「さて、それでは当座の隠れ家へ案内しよう。仕込みが終わるまでは、そこで待機してもらうことになる。その前に、まずはキャビンだな」
くるりと踵を返すと、後ろから“ガルマ”の不満そうな気配が上がったが、まぁそこは放置する。
貴賓室とでも云うべき部屋に、キャスバルも含めた四人を入れると、船は、少し外れた“隠れ家”へ向かうため、ゆっくりと宇宙を滑り出した。