全身の倦怠感に、節々の痛み。寝返りを打つことさえ億劫な――発熱である。
地球に降りてた半年間は、こんなことはなかった。
最近では発熱自体が稀なことになっていたから、本当に久々の体調不良だ。
ムンゾに帰ってきて、気が緩んだのが一番の原因だろう。
これまでなら1日寝てれば回復してたけど、積み重なった疲労のせいか、3日経ってもまだ寝台に転がってる。
医師の話じゃストレスと疲れからってことだから、無理に熱冷ましで下げるより、ダラけることが一番の治療とか。
いや、くれよ熱冷まし。
“ギレン”が用意してくれた“隠れ家”には、約束通りコックも派遣されてきていたし、世話をしてくれる人もいたから、助かっているけどさ。
「『大丈夫?』」
「『ただの熱だからね。体質みたいなものなんだ、大事はないよ』」
心配げに覗き込んでくるララァ嬢に、ゆるく笑み返す。
“ガルマ・ザビ”生還シナリオの準備が整うまで、この隠れ家で待機を命じられた――“ギレン”から。
本来なら、この待機中も復帰に向けての下準備に充てられた筈なのにな。
無為な時間が少し悔しい。
寝たり醒めたりうつらうつら。
たまに地球にいる時の夢を見て、帰還したことの方が夢だったんじゃないかと怖くなって飛び起きたり。
その度に、ララァ嬢かパプティが枕元にやってきて、夢じゃなかったってほっとする。
キャスバルはガーディアンバンチに戻って行ったから不在だ。
やっと会えたのに、また離れるって何だよ――早くシナリオとやらを用意して欲しい。
みんなに会いたい。
とりとめもない我が儘が浮かんでは消えるのを繰り返すのは、熱で頭が煮えてるからか。
弱ってんなー。
堂々巡りすぎて、我が事ながら嗤えるね。
どっこいせと身を起こす。
寝てばっかりいるから滅入っているのかも。
「『ちょっとキッチン貸してもらおう』」
「『起きてもいいの?』」
「『そういう気分なんだ』」
室内履きに足を突っ込み、カーディガンを羽織って部屋を出る。
使用人もコックも心配そうな顔で止めてくるけど、もう寝飽きたんだ。
「無理はしませんよ」
「本当にそうしてくださいよ!」
そうして許可をもぎ取って、キッチンでスコーンを焼いた――パプティとララァ嬢が。
「『なぜ私まで!?』」
「『怠くて身体がうまく動かないんだ。仕方ないだろ』」
手伝っておくれよ。
紅茶はおれが入れるからさ。
そんなこんなでティータイム。
整えられたテーブルに目を輝かせる二人は、お菓子の家を前にしたヘンゼルとグレーテルみたいだ。
クロテッドクリームは勿論、ジャムは定番のベリー系に加えて、変わり種だとイチジクなんかも。
パンとケーキはコックに用意して貰った。瑞々しい胡瓜のサンドイッチと、シナモンの効いたアップルタルト。
少し不格好で膨らみが足りないスコーンもご愛嬌。思い切り頬張る姿が可愛らしいね。
よく言えば大人びていて、つまるところ子供らしさが少ない二人だけど、ここへきて年相応の表情を見せることも増えてきた。
曰く、『ガルマの前で肩肘張るのが馬鹿らしくなった(パプティ談)』とのことである
馬鹿にしてるのが8割、懐かれたのが2割ってとこかな。
ララァ嬢とパプティと“ガルマ”。いつかの世界線じゃありえないメンバーだけど、それなりに和気藹々と。
そんなふうに交流を深めること10日目。
ついに“ギレン”が、“ガルマ・ザビ”の生還をムンゾに公表した。
✜ ✜ ✜
「ガルマよ……ッ!!」
おれの身体をかき抱いて、デギンパパは、それ以上言葉が出てこないようだった。
半年前より少し痩せた体が震えてる。降り注いでくるのは涙で、笑みを形作ろうとしてる唇は歪んで、嗚咽ばかりが溢れていた。
「……、……!」
背中側から抱きついたキシリア姉様の声も震えて、意味のある言葉にはならないみたい。
「ただいま帰りました」
抱きしめられている中で、泣き笑いで帰還を告げる。
抱擁は強くなるばかりで、もしかしたらもう離してもらえないんじゃないかなって思う程だった。
“ギレン”によって書かれた筋書きによれば、おれを助けたのはコンスコン少将なんだって。
どういう経緯か、地球から海賊によって拐われていた“ガルマ・ザビ”は、その賊を拿捕したコンスコンの手によって解放されたものらしい。
――なんでアースノイド至上主義者達に襲われてた筈のおれが、スペースパイレーツに攫われてんの?
海賊船のクルーが地球出身ってコトで、たまたま拐ったなんて話になってるっぽいけど、めちゃくちゃ無理があるよね?
どこでどうやって出くわして拉致ったのさ?
ツッコミどころしか無いんだけど。
なのに、ムンゾ国民はその荒唐無稽な話をあっさりと信じた。
髪を切られ食事も禄に与えられない中で、それでも希望を捨てずに、同じく拐われていた少年少女を庇ってたとかナントカ。
モニタの中で、コンスコンが痛ましげな表情そんなことを騙ってた――微妙に得意そうに。
英雄コンスコンって、それってアリなの?
そして、おれはどう振る舞えばいいのさ。
『――よし。記憶を無くそう!』
“一切記憶にございません”だよ。君らもね。
『そんないい加減な……』
パプティが呆れてるけど。
『だったら、なんか良い言い訳ある?』
『無いわね』
即答してくれたララァ嬢は、多分、面倒臭くなったんだろう。
じゃあ、2対1の多数決だ。3人ともに記憶曖昧ってことで。
『……なんていい加減なんだ』
パプティがまだなんか唸ってるけど、そろそろ出番なんだよ。
ひっそり帰るのかと思いきや、帰還報告の場にメディアを呼ぶって、サスロ兄さん何考えてんの。まるきり見世物じゃないのさ。
こちとら髪はツンツン身体はカリカリ。ダラダラと続いてる熱のせいで――熱冷ましでも下がらん――、更にやつれてふらっふらも良いところだぞ。
こんなみっともない姿を晒させるって、誰得なの。
なんて。文句は尽きないけど、いまさらダダ捏ねてもどうにもならんし。
ふぅ、と、温い息を吐いてから、脱いでた猫皮をしっかりと被りなおした。
姿勢を正し、表情を改める。
痩せても枯れてもザビ家の御曹司としての顔を作ると、横から驚愕の思考波が突き刺さった。
『本当にガルマ・ザビだったんだな……』
いつまでそのネタ引っ張る気なの、パプティ。鼻にシワ刻んだ猫みたいな顔しちゃってさ。
『“ガルマ・ザビ”ですとも。さて、行こうかね』
ヒラリと手を振って、足先を進めた。
少しふらつくから、戻ってきたコンスコンとその部下が、護衛という名の介助として付いてくれるみたい。
お礼を言って顔を上げる。
コンスコンは、例のチョビ髭の中年男性で、部下は、ずいぶんと横にも縦にも大きなひとだった。
小さな目がキラキラしてる。キャッチャーミットみたいな手が、おれの骨ばった手をそっと包んだ。
あれ? なんか既視感。
何だっけこの感じ。
「以前……お会いしたことありますよね?」
何処かで――じっと眺め上げると、小さな目から驚きに見開かれた。
「覚えておいででしたか! ……はい、兵士に会いたいと酒場まで出向かれたときに」
後半は小声で。
ああ、そうだ思い出した。黒い三連星に接触しようとして、キャスバルとタチ・オハラも巻き込んで冒険した夜のことだ。
おっかないくらいの大男が、小さなお目々キラキラさせて握手してきたんだっけ。今と同じように。
「お髭がないので、ちょっと迷いました」
小さく笑いがこぼれた。
あの時はモジャモジャのお髭だった。
「護衛にはむさ苦しいので、せめて剃れと」
チラリと上司を伺う視線に、命じたのはコンスコンだと知れる。
あの時はドズル兄貴の麾下だったけど、異動でもしたのかな。
「残念です。よくお似合いでしたのに」
視線を交わしてクスクス笑い合う。
親しげに見えたからだろう。コンスコンが大きく咳払いをした。
「さぁ、ガルマ様。お父上達がお待ちですぞ!」
「ええ。案内を宜しくお願いします。英雄コンスコン少将殿?」
いたずらっぽく――僅かばかりの皮肉混じりなのは気づいて無さそう――告げると、ちょっと緩んだ笑みが返った。
なるほど。英雄扱いは満更でもないってコトだね。
見せかけだけの栄誉なんか、ランバならごめん被るって拒否しそうだけど。ま、人それぞれか。
誘導されて廊下を行く。
スタスタ進もうとするコンスコンを、大男の部下が止めた。
指先の温度で、まだ熱が下がりきってないことに気づいたのか。
「……ゆっくりで構いませんよ。ガルマ様。足元に気をつけて」
って、まるでご令嬢に対する気遣いだね。でも確かに弱ってるから、有り難く受けるよ。
やがてたどり着いた先で、重厚な扉が開かれた。
足を踏み出せば、カランと、何かが転がる音。さらにガタガタと大きな音が続いた。
視線の向こうに、
「…ッ! お父様!?」
元首ともあろう人が、椅子を蹴倒すようにして立ち上がっていた。
杖を取り落としたことにも気づかぬ様子で、まろび寄ってくる――危ないと止めようとするお付きの人さえ押し退けて。
「ガルマッ!!」
「お父様!」
伸ばされた腕の中に飛び込む。
いつもみたいに。子供のようだと笑われながら、甘えてた頃と同じように。
「ガルマよ……ッ!!」
涙声に、何度も頷く。
「ええ。僕です。“ガルマ”です」
背中側からもきつく包まれた――姉様だ。
「……、……!」
多分、名前を呼んでくれようとしてるんだろう――声が震えて、形にはならないみたい。
「ただいま帰りました」
伝えれば、抱擁はますます強くなった。
稲光みたいなフラッシュと、うるさい程のシャッター音。
これ、みんな報道されるのか。ちょっとやり過ぎじゃないの、サスロ兄さん。
もっと内々で喜び合いたかったよ。外野が邪魔。
「いまのお気持ちをお聞かせください!!」
少し黙れレポーター。
ぎゅうぎゅうと抱き潰されてるうちは喋れないし、デギンパパも姉様も、これでまともに返せると思ってんの?
――その様さえ餌なのか……。
視線の端に、満面の笑顔でおれの帰還を喜びつつ、頬を赤らめてこの会見に興奮してるらしきサスロ兄さんが。
内心で溜息。
こういうところだよね、ザビ家。
情は深いけど、状況を利用することに躊躇は無い。
ま。そういうの、“おれ”には合ってるから、嫌いじゃないよ。
ずいぶん長いこと抱き締められて、やがて周囲に促され、パパはようやくおれを放した。
キシリア姉様も、少し遅れて腕を解く。
用意されてた席につけば、初めて家族以外とも向き合うことになった。
見渡せば会場は6割方泣き笑いの表情で、1割が号泣、残る3割がそれ以外に見えた。
冷静に見えるのはともかく、忌々しげなのは何なの? 反ザビ?
何でもいいけど。好悪の好だけ100%なんて有り得ないからね。
とは言ってもさぁ。
「海賊船の中で、どんな目に合わされていたんですか?」
って、いきなり聞くか? 普通、本人に。
両隣のパパンと姉様の怒気が凄いことになってんのに、よくニヤニヤしてられるね。
なるほど、その神経だからこそこの質問か。
暫し視線を合わせ。
「……すいません。あまり覚えてません」
素で首を傾げる。
そもそも知らんし。
「その髪は海賊達に切られたんですか?」
逃亡する為に自分で切ったんだよ、なんて答えらんないからね。俯いて曖昧に笑う。
「――……短いの、みっともないですよね?」
しょんぼりして見せれば、
「それも可愛いです!!」
そんな声援が後ろの方から飛んできたから、控えめに微笑んで手を振ってみた。
「あまり、辛い記憶を刺激するような質問は避けて頂きたい」
これはパパンの補佐官からの牽制か。すんごい冷たい声にヒヤッとする。
「救出時の詳細は、このあとコンスコン少将からお話があるでしょう」
って、シナリオには無かった展開みたいだね。コンスコンが目を白黒させてる。
ま、頑張ってね、英雄殿。
取り敢えず、コッチは言うべきことを言っておこうか。
「この度はご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。また、温かい応援やご配慮に、心からお礼申し上げます」
立ち上がって、深々と一礼。それからグルリと視線を巡らせた。
「海賊達に囚われた経緯は……先程のお答えのとおりに記憶が曖昧で、お答えすることは困難です。ただ、それ以前の事についてお伝えしたいことがあります」
会場が静まるのは、これから語られる言葉を待ってるんだろう。
少し掠れ気味の喉を絞るようにして、声を張った。
「ご存知の通り、僕が地球に降りたのは、ズムシティへの連邦軍の介入を回避する為でした。僕の身柄を望んだのは、ジーン・コリニー中将閣下です……」
少しだけ瞳を伏せて、俯く。
「地上での生活は、自由こそ制限されていたものの、決して無碍に扱われるようなことはありませんでした。後に親しくさせて頂いたグリーン・ワイアット中将閣下にしても、ジャミトフ・ハイマン少佐にしても、それは変わりません。彼らは僕を初めて身近に接したスペースノイドとして、彼らの中の先入観を、少しづつ改めている様子でした」
ふぅ、と息継ぎ。
発熱の怠さで、たくさん話すのは少々キツイものがある。
言葉を切ったおれに向けられる視線は、真摯なもの、興味深気なもの、不快そうなもの、他には良く読めないものと様々だ。
「……5ヶ月に渡る交流の中で、彼らは、ムンゾを――コロニー社会を、決して討ち取るべき敵ではなく、また搾取するべき対象でも無いと……そう認識してくれました。そして、地球とコロニー社会の新しい関係を模索し始めていたのです」
ん。これは嘘じゃないよ。
ジーン・コリニーは“おれのために”ムンゾを蹂躙すべきでは無いと心を変えてたし、グリーン・ワイアットは“おれを通じた”ムンゾのコントロールを構想してたし、ジャミトフ・ハイマンは“おれを含めた”選民による人類の統治を夢想してた。
これって、“新しい関係”って言えるだろ。
その為にはコロニー社会への過剰な締めはするべきじゃ無いと、方向を転換してたし。
だから、おれの声にも、眼差しにも、一挙手一投足どこにも嘘はない。人間だから“揺らぎ”はあるけど。それすら無けりゃ、かえって嘘臭いからね。
「ですが、それがアースノイド至上主義者達には受け入れられなかった――……とても――とても、残念でなりません」
正直なところ、ここまで意識を変革してやった将校を喪うのは、ちょっとばかり勿体なかったとは思う。
だけど、その頃には既にバスク・オムは離叛してて、襲撃は時間の問題だった。
止めることはできなくも無かっただろう。
でも、そうしたら、おれはキャスバルに誓った刻限までに帰れなかった。
――だから、止めなかった。
彼らは、おれを地球に繋ぎ留めようとする“鎖”だったんだ。
断ち切ることを選択したおれを、“ギレン”なら“人でなし”と判じるのかもね。
“ギレン”に詰られるのは悲しい。知らずに眉が下がった。
「いまはただ、彼らの魂が安らかであることを祈ります――そして、ワイアット中将と、またこの件で負傷した方々の一日でも早い快癒を…」
「まるで聖人のようですね?」
目を伏せたおれに、鋭い声が刺さった。皮肉げな眼差しの――さっきの記者とは別人か。
「……まさか。僕は、ちゃんと恨んでいるし、憤ってもいます」
「それは何について?」
「家族から、ムンゾから突然引き離されたこと。自由を制されたこと――手紙のやり取りすら、ただ一通を除いて許されなかった。面白おかしく揶揄され、心ない言葉を浴びせられた。そして……命を脅かされたこと」
淡々と告げる言葉を、先の記者は存外に真剣に聴いてくれている様だった。
「バスク・オムは、僕に向けて引き金を引いた」
そう言ったとき、ヒュッと喉を鳴らしたのは、パパンか、それとも姉様だったのか。
「結果的に、それは護衛をしてくれていたウッディさん……ウッディ・マルデンが防いでくれましたが、彼が……負傷しました」
ちょっと喋り過ぎたか。熱がまた上がってきたかな。息が続かなくなってきた。
「…………僕は、ムンゾを守りたくて地球に降りたけど、そのことで、連邦に混乱が起きた――オム少佐は、その人生を狂わせました。ジョン・コーウェン中将も。彼らは……“ガルマ・ザビ”を憎んだ。殺したいと思うほどに」
そう仕向けたのはおれだ。
だけど、おれが居ても居なくても、奴らは破滅に向かったかも知れないし、そうじゃ無かったかも知れない。
この世界線に生きるひとの先行きは知れないから、あるいは努力すれば歩み寄れさえしたのかもね。
もし、おれの目的が最初から連中の懐柔であったなら。大人しく飼われる素振りで、奴らの意識にまで喰い入っていたら。
長い時間――それこそ一生分――をかければ、ムンゾを無血に近い状況で独立させるルートを開くこともできたのかな?
だけど、そんな“if”は、今となっては無意味だ――する気も無かったし。
「……アースノイドが憎いですか?」
その問いかけには、パチクリと目を瞬いた。
――なんでまた?
キョトンと素の顔が零れて、しまったと取り繕う前に、記者の目もパチクリと瞬いた。意外そうに。
「あなたを虐げたのは、アースノイド達ですよね? ジーン・コリニーも。バスク・オムも、ジョン・コーウェンも、そして海賊達もまた地球籍でした」
「……僕を護ってくれていたウッディ・マルデンも、気にかけてくれたゴップ大将、フォーラ准将も、士官学校で知り合ったブライトも、オリヴァーやフレッド、アイザックにルーカス、マテオも、みんな地球籍でしたよ」
皆で遊んだあのゲームは面白かった。初めて会ったときの阿鼻叫喚は、思い出すだけでいまも頬が緩む。
「………最初から、助けて貰ってたんだ。彼らは“敵”じゃなかった」
ポツリと。
思えば、質の悪い教官から庇ってもらった。その後も孤立しないように、寂しがらないようにと何かと構ってくれてたね。
――良い奴らだった。
「彼らは好きでした。だけど……僕は聖人でも善人でもないから、バスク・オムは嫌いですし、ジョン・コーウェン中将だって好きになれなかった。他のアースノイド至上主義者達もです。嫌悪してたと言ってもいい。……酷いことをしてくる相手を、ニコニコと受け入れろって言うほうが無理です! ひとが言うほど、僕は優しくなんかない!!」
そもそも、それ全部猫皮だし。
ちょっと癇癪。
ごめんよ。模範解答じゃない。故人に鞭打つべきじゃないのはわかってる。形だけでも悼む姿を見せるのが正解。
でもさ、言い訳になるけど、奴らは徹頭徹尾敵意むき出しで、こっちも好意なんて持ちようがなかったんだ。
この場で殊勝さを見せたところで、観察眼に優れた連中に嘘を看破されるだけだろ。
「――……ムンゾに、帰りたかった。寂しかった。みんなに会いたかった。……本当に帰りたかった――優しくしてくれた人は好きでした。嬉しかったです。でも……やっぱり帰りたかった。帰りたくて、堪らなかったです」
毎日帰りたいって思ってたさ。
だから、不謹慎だけどすげぇ笑顔がこぼれる。抑えられないし、取り繕う事もできない。
「――帰れて…嬉しい」
めちゃくちゃ正直な気持ちだよね、これ。
全部吐けば、記者の眼差しの色が少しだけ変わった。良いか悪いか分からないけど。
さて、次の質問は何だ――なんて身構えたところで会見は終わった。
ドクターが止めてきたとか。
フラフラしそうになるのを、パパンと姉様が両側から支えてくれた。
って、姉様。目が真っ赤じゃないか。
「……早く冷やさないと」
目元に手を伸ばしたら、しっかりと掴まれた。
「お前こそ、早く熱を冷ましなさい。こんなに……」
いま、ボロボロになってって言ったよね?
そんなにボロボロか?
溜息が落ちる。
あんまりみっともないのは嫌だから、さっさと戻さないとね。
✜ ✜ ✜
家に帰った。
熱が下がった。
これ、最初から帰宅してたら治ってたんじゃないかな、“ギレン”。
久々の自室は満員御礼だった。
「『My Precious! Cuties!』」
「『おかえりなさい! ガルマ!!』」
「『ガルマ!!』」
「ガルマ〜〜〜!!」
両腕いっぱいに子供達を抱きしめる。
アムロ、ゾルタン、ミルシュカ。
ザビ邸で預かってる彼らは、帰宅と同時に嵐みたいに飛びついてきた。
執事や女中頭が宥めても叱っても離れないし、おれも離したくなかったから、ぎゅうぎゅう抱きしめて部屋に連れて帰った。
大事。大好き。可愛い。会えて嬉しい。幸せ。そんな思考波が溢れ出して、そこいら中を満たしてく。
ミルシュカはギャン泣きしてしがみついてくるし、アムロとゾルタンからは、恒例の噛み付きキスを貰った――絶対、頬に歯型ついてる。
キャスバルたち――アルテイシアとフロルとマリオンも、この後ザビ邸に来るみたい。
「『……会いたかったよ』」
すりすりと擦りよれば、子供たちは擽ったそうに笑った。
「『うん。みんな心配してたよ!』」
「『ギレンさんは心配してなかった!』」
「ガルマはちゃんと帰ってくるから、信じて待ってなさいって」
「『そう! “ガルマの悪辣さを信じてる”って!』」
「『心配しなくてもシレッと帰ってくるから大丈夫って言ってたよ』」
と、口々に。
ふぉう。なんたる申告か。
「『……………“ギレン”まじ“ギレン”め…』」
ギリィと奥歯を噛み締めてみれば。
「でも、ギレンさん、わたしたちをぎゅっとしてくれたよ」
と、ミルシュカが。
んん。フォローはしてくれてたみたいだね。良かった。
「『ちゃんと守ってくれた?』」
「『うん! 僕たちに何かあれば屋敷が崩壊するからって!』」
「『ガルマが怪獣大戦争するんだってさ!!』」
なんかゲラゲラ笑われてるんだけど。
――……“ギレン”?
どういう宥め方をしたのさ。物理で聞き出すぞ、ヲイ。
「『でも……大変だったんだね』」
ふと、アムロの思考波が、撫でるみたいに触れてきた。
「『ギレンさんが言うから、もっと何でもない顔で帰ってくるのかと思っちゃってた』」
しょんぼりした気配。じわじわ溢れてる思考波は、痩せてるとか、髪短いとか。
「『ボロボロだ!』」
ゾルタンは、もうちょい言葉を選ぼうか。
「『……まぁねぇ。逃亡生活最初の方で、“水だけで何日保つかなチャレンジ!”とかやったからね』」
あれは拙い。その後に食べ物にありついたって、いきなり食ったらヤバいことになるんだ。
泣きたくなるくらい我慢しながら、チマチマ舐めるとこからスタートだぞ。
ストレスで倒れるかと。
「『……そっち?』」
食べられないストレスより、我慢するストレスの方が上なのって突っ込みがきたけど、そっちだよ。
経験してみれば分かると思う。でも絶対に経験すんなよ。
「『……どっち?』」
「『経験すんなってコト』」
お前たちにそんなこと、絶対にさせないから安心しな。
まあ、やつれ切ったのは帰還後の待機期間に熱出してたのが一番の原因だから、すぐに取り戻せると思うよ。
ニコリと笑って、さらに順繰りに抱きしめてベッドの上をゴロゴロ転がった。
そんなこんなできゃあきゃあ騒いでたら。
「ダイクン家ご一同様、ラル家ご一同様がお見えになりましたよ」
と、執事から。
「アルテイシア!」
お姫様に一番懐いてるミルシュカが、ベッドからぴょんと飛び降りた。
「ガルマはやく! アルテイシア、ずっとずっとまってたよ!!」
はやくはやく、と、グイグイと腕を引っ張ってくる。
「『わかった、ほら、皆でお出迎えだ!』」
アムロとゾルタンもベッドをおりて、皆で小走りでリビングに向かった。
すれ違う使用人たちは、みんな笑顔で目尻を拭いながら、小声で「おかえりなさいませ」って。
帰宅のときにも聞いたけど、何度でも言ってくれるのが嬉しいね。「ただいま」を繰り返しながら長い廊下を急ぐ。
部屋の寸前で、付いてきてくれてた執事が、乱れた髪とシャツのよれを直してくれた。
「姫君方がお待ちでございます」
ん。身だしなみ大事だね。浮かれてて疎かになってたよ。
「……ありがとう」
見た目ボロボロらしいけど、ちょっとは繕えてるのかな。
居間の扉は開かれていた。
一歩踏み込めば。
「ガルマ!!」
腕の中に金色の光が飛び込んできた。
最初に感じたのは眩しさで、それから抱きしめた柔らかさを壊しそうでこわいって、守らなきゃって。
「……アルテイシア。僕の大切なお姫様だ」
唇の端がきゅっと持ち上がった。作らなくても微笑みがこぼれ出す。
僕たちのお姫様。きれいで可愛くて、可愛すぎる。
しゃくり上げる少女の、豊かな金色の髪を指で梳く。
「泣かないで、水宝玉の瞳が融けてしまう。僕の可愛いひと。僕はちゃんと帰ってきたよ」
抱きしめる腕に少しだけ力を込める――苦しくないように、そっと。
『……相変わらず、よくそんな台詞が吐けるな』
『感動の再会に水を差すなよ、お兄ちゃん』
突っ込みを入れてきた幼馴染に、内心で溜息をつく。
『……お前もこれくらい吐けるようにしとけよ、キャスバル』
ララァ・スンがムンゾに来たんだ。うかうかしてるとアムロに取られちゃうぞ。
と、鼻で笑われる気配が。
ホントにさぁ。まぁ、お前は良い男過ぎるから、小細工なんか無用なのは分かるけど。
「……半年じゃ、アルテイシアのお転婆は治らなかったな。『君が甘やかすから、きっとずっと治らないぞ』」
「前にも言ったろ。それもお姫様の魅力さ。――ただいま、キャスバル。『先に会ってたけどね』」
「おかえり、ガルマ。『今日は泣かないのかい?』」
ぬ。一粒泣いただけなのをあげつらうとは、この意地悪め。
『格好つけさせてよね』
『せいぜい頑張れ』
この言いようである。
でもまぁ、キャスバルの思考波がすぐそばにあるのは、めちゃくちゃ意識が安定するね。
思考がズレない。おれと“おれ”と僕が乖離せずに“ガルマ・ザビ”を形成できてる。
『……お前の傍は息がしやすいね、キャスバル』
『そうか』
素っ気ない返事だったけど、意識を撫でる思考波はいつもより優しかった。
腕の中で、もぞもぞとお姫様が身動ぎして、それから振り向いた先でキッとキャスバルを睨んだ。
「ひどいわキャスバル兄さん! 私が先におかえりなさいって言いたかったのに!!」
「君がモタモタしてるからだろう、アルテイシア」
ふぉ。ここで兄妹喧嘩勃発とか。
実際には、キャスバルとは先に船で会ってるんだけど、これは秘密だし。
「大丈夫だよ、アルテイシア。君の心の声が聞こえたもの。おかえりなさいって、僕はもう聞いていたよ?」
ポンポンと背を叩いて宥める。
すぐに飛びつかれたから見えてなかったけど、今日のアルテイシアは、ホリゾンブルーのシルクシフォンのワンピース姿だった。
細やかな刺繍、スピーカースリーブのラインが愛らしい。
何を着てたってアルテイシアは美しいけど、今日の彼女もまた格別に美しい。
目に映るたびに美しい。
理屈じゃなく、美しくて可愛い――異論は認めない。
「ただいま、アルテイシア」
「ガルマ、おかえりなさい」
誘われるようにかがみ込んで、瞼にキスを贈った。
アクアマリンみたいな瞳がパチパチと瞬いて、それから怒りに紅潮してた頬が、さらに紅く染まった。
うわ、可愛いな!
気がつけば、さらに髪と頬にまでキスしてた。
やべぇな。キス魔復活してるかも。
だって仕方がない。可愛すぎるんだ――密に抗えない蝶を誰が責められようか。
もういっこキスしとこ。
『その辺にしといてやれ。そろそろアルテイシアの心臓が止まる』
思考波がめちゃくちゃ笑ってる。キャスバル、お前、妹に対してそれは無かろうよ。
『それに、保護者の前だぞ』
『……そうだったわ』
この場にはキャスバルとアルテイシアだけじゃ無かったね。
顔を上げたら、真っ赤な顔のミルシュカとマリオンと、ダァダァ泣いてるフロルと、あらあらとでも言いそうな御母堂様――アストライアとレディ・ラル、それから砂糖を吐きそうなランバ・ラルが居た。
アムロとゾルタンは「ひゅーひゅー」言ってくるし。どこで覚えたの?
改めて。
「ご心配をおかけしました。“ガルマ・ザビ”、ただいま帰りました」
一礼を。
ぱぁっと、居間の空気が明るくなった。
皆が次々に寄ってきて、腕や背を優しく叩いて「おかえりなさい」を言ってくれた。
ランバ・ラルの一撃だけ、ちょっと強めだったけど。
「『〜〜〜ッ、ガルマァ…』」
「『大丈夫。帰って来たからね!』」
かなり大きくなったフロルを、なんとか抱っこして宥める。
よろめいたところを、キャスバルとアムロが支えてくれた。
「一時はどうなることかと思ったわ!」
「助かって本当に良かった」
アストライアとハモンが、交互に頭をなでてくれる。
まだ未成年とはいえ、それなりの年の青年ぞ、おれ。そんな幼子にするみたいに――美人にチヤホヤされるのは嬉しいから、もっとお願いします。
『ブレないな、君は』
『ガルマだし』
『ガルマだからな!』
思考波での突っ込みは流すからな。
「……マリオンも綺麗になったね。“ラル家の紅玉”だ。ランバも気が気じゃなくなるね」
赤と見紛うほどに明るい茶の瞳は、光にかざせば柘榴石もかくやだ。
微笑みは明るくて無邪気だ。もう、以前の翳りは見つからなかった。
スモッグタイプのゆったりとしたワンピースはマリンブルーとホワイトのストライプで、切り替えのリボンが少女らしいね。
ハモンもマリンブルーのスーツだから、母子で色を揃えたのか。
そう言えば、ミルシュカもベビーブルーのドットのワンピースだった。
なるほど。アストライアのスカイブルーのドレススーツも、少女達のそれぞれのブルーに合わせたってことだね。
――おれの一番好きな色だ。
意識して装ってくれたのか。すごく嬉しい。
「お前に誑かされんかヒヤヒヤするぞ」
そんな風に睨んでくるランバは、ちゃんと父親の顔をしていた。
「ガルマは色々言われてるけど、アルテイシア一筋よ!」
と、マリオンが。
「どんな美人にも社交辞令だけで靡かないって言ってたわ。パパも見たでしょう?」
え、それドコ情報――って言うか、パパ! ランバがパパ呼び! ランバパパ良いね!!
プスっと、ちょっと溢れた笑いに反応してか、ギロリと睨まれた。
『君、あっちで女優を袖にしただろう。ゴシップに流れてたぞ』
キャスバルが笑う。
『そんなことあったっけ? ………んん。あったような?』
いつかのパーティーで、好みじゃない女に撓垂れ掛かられた事があった気がする。金髪で青い目の。そういや女優だったっけ。
正直、地球じゃ女どころの話じゃなかったし。毎日オッサン攻略の綱渡りで――思い返すと泣きそうだ。
「お前のことだから、てっきり羽を伸ばして来るんじゃないかと思っていたんだがな」
そんなデリカシーのない言葉は、妻と娘から背中を叩かれて止められた。
アルテイシアもミルシュカもプクリと膨れて、ランバが慌てて謝ってた。
『おれ、ここに心を置いてっちゃったからさ、そりゃ靡きようがないよね』
『そうか』
キャスバルが笑う。
アムロも、ゾルタンも笑ってるのか。
フロルはきゅっと服の裾を握って、グリグリと頭を押し付けてくる。
「僕の楽園はここだもの。羽はここでしか伸ばせないよ。『つまり、お前たちの傍でってこと』」
大事なものをすべて詰め込んだムンゾは、おれにとっての故国であり楽園であり、宝箱だ。
今回のことで、思いがけずその中に、ララァ・スンとパプテマス・シロッコまで入ったんだし。
ますます護らなきゃなんないね。
『まずは、そのやつれ切った様をなんとかしろ。ギレンにも“貧相になった”って言われてただろ』
って、馬鹿にして鼻鳴らすのやめて、キャスバル。
――おのれ“ギレン”め。
『はいよ。りょーかい』
目標は今週末まで。
遅くとも再来週には、お前の隣に戻りたいからね。
“ギレン”に、ララァ・スンを姫君として扱うようお願いした。
これまであまり良い扱いを受けてこなかった少女はどこか投げやりで、他者からの搾取を仕方がないと諦めて受け入れる素振りだったから。
そんなの許しておけないよね。
だって彼女は、キャスバルとアムロのお姫様だ。
ましてや美少女。磨けばどれほど輝くか。
“ギレン”は少し渋い顔をしたけど――多分、おれの過去の女絡みのアレコレを思い出したんだろう。アレはそんな顔だった――ザビ邸で保護することに反対はしなかった。
パプテマス・シロッコも纏めて引き取ると言ってた。
パプティについては、育てればいい秘書官になるだろうから、それもあってのことか。
屋敷に入れるのは、おれが士官学校へ行ってからだって。
この辺りはアルテイシアへの配慮だとか。
――なんか最近、おれの婚約者みたいだよね、アルテイシア。
大丈夫なのか。いや、そこらの男共の牽制になるから、おれの方は文句は無いが。
だけど、彼女の未来の恋の芽を摘んじゃいないか、おれ。
ちょっと心配。
“ギレン”は生温い視線でおれを見てた。なんなの。
そんなこんなで、結局、屋敷で二週間を過ごした。
落ちた体重はザビ家のコックがせっせと戻してくれたし、アムロやゾルタン、それからフロルに付き合って転げまわって遊んだのは、いい鍛錬になった。
カイが呆れた顔をして見てたから、当然、巻き込んでやった。
すんごい悲鳴を上げてて笑った。
おれが地球で記憶してきたデータは、全部タチに渡しといた。多分、フェイク混じりだとは思うんだけど……どうだろ。
最後の方なんか、コリニー辺りは駄々漏れっぽかったから、ホンモノだったりしてね?
連邦軍の機密あれこれ――あちらこちらで仕入れてた色んな事柄――は、一通り脳ミソに焼き付けといたから、全部出力した。
タチは戦慄、デラーズは驚愕、“ギレン”は普通の顔して受け取ってた。
もっと褒めてよ、“ギレン”。
溜息が落ちるのも、通常運転に戻ってきた感じかね。
デギンパパにはまだ家にいろと引き止められたけど、流石にね。
皆にも誓ってる訳だし――キャスバルの隣に戻るって。
さあ、いざ行かん士官学校。
✜ ✜ ✜
思い切り忘れてたけど。
――……そう言えば、地球に降りたのに、イセリナ・エッシェンバッハには会えなかった。
キャスバルはララァ・スンに会えたのにね。